AWC 百の凶器 9   永山


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#1105/1117 ●連載    *** コメント #1103 ***
★タイトル (AZA     )  18/02/28  21:49  (499)
百の凶器 9   永山
★内容                                         18/03/14 10:38 修正 第3版

「関さんを最後に見たのは、午後十時になるからならないかのタイミングで、私と犬養
さんとで彼女のコテージを出たんです」
 食事の席は、お世辞にも明るいとは言えないが、重苦しいものでもなかった。ミステ
リ研部員としてこうしていることが一番集中していられるとばかりに、起こってしまっ
た二つ目の殺人について、活発な話し合いが行われていた。
「私もそのように記憶しています」
 湯沢の言葉に、犬養がお墨付きを与える。前日の夜十時以降、関の姿を見た者はいな
かった。そのことから、死亡推定時刻は十時以降。推測される犯人の行動や遺体の体温
低下の具合も考慮して、午後十一時から午前三時の間に収まるだろうと推測された。
「この時間帯にアリバイのある人は?」
 全員に対する橋部の問い掛けに、肯定の返事を寄越す者は皆無だった。四時間と幅が
ある上に、深夜帯となれば、それも道理だろう。
 “捜査会議”は一山超えた感があった。だが、場の空気が落ち着く方向に行きかけた
のを、柿原と真瀬が積極的に事件を解こうと話題を振ったせいで、再び熱を帯び始め
た。口火を切ったのは、その二人、真瀬から柿原への質問だった。
「柿原、手の怪我はどうなってるんだ?」
「え? ご覧の通り。治りかけてはまた傷が開くの繰り返しだよ、ほら」
 柿原が相手に見えるよう、右手の平を開いてみせる。今朝も動き回ったせいなのか、
血が若干、しみ出してきていた。
「なるほどな。そうなると、柿原にも可能な訳だ」
「何が?」
「タイヤをパンクさせる行為がさ」
「……まあ、確かに。傷が開いたことを考えると、他の人に比べて、やったんじゃない
かという疑いが強くなるかもね」
 あっさり認める柿原に、真瀬は拍子抜けしたのか、毒気を抜かれたかのように一瞬、
ぽかんとなった。だが、すぐに気持ちを奮い立たせるように、肩を怒らせると、今度は
村上に視線を向けた。
「村上先輩。スペアの鍵を自由に使えるのは、あなただけですよね」
「ええ。金庫の番号をセットしたのは私だから」
「さっき、たき火のところから見付かった2番コテージの鍵はカムフラージュなんじゃ
ないかと考えてみたんですが、どうですか」
「それだけじゃ分からない。詳しく話して」
 緊張感が高まるやり取りに、周囲の者は、少なくとも柿原ははらはらした。
「元の鍵を燃やすことによって、いかにも犯人は鍵を事前に用いることができずに、関
さんに招き入れられたように見せ掛けるんですよ。実際は、関さんが寝入ったあと、合
鍵を使って忍び込み、犯行に及ぶ」
「――そんなことをしても、犯人にとってメリットはないわ。招き入れられたんじゃな
いのを知られたくなかったとでも言う? だったら、私は違うわね。私が訪ねていけ
ば、彼女は開けてくれる」
「さあて、どうでしょう」
「無闇に疑うのもいい加減にしなさい。私には小津君が死亡したときのアリバイがあ
る。関さんが警戒を解く一人なのよ。だからね、私を疑うのであれば、そちらの方から
攻めなさいよ。合鍵がどうのこうのなんて言わなくても、私は関さんに招き入れてもら
える」
「……確かに、その通りです。部長が亡くなったときのアリバイも、ちゃんと理解して
いましたよ」
 一転して穏やかな口ぶりになった真瀬。左手の平を掻かきながら、にやっと笑う。計
算なのか、臨機応変に対処しているのか、端からでは掴めない。
「本気で疑ってなんかいない。試させてもらいました」
「おいおい、年長者をからかうもんじゃない。それも食事の席で」
 橋部が忠告めかして割って入ったのは、真瀬が自分にも疑いを掛けてくるのか、それ
こそ試す気持ちが働いたようだった。
「疑いを掛けるなら、真っ当な形でやれ。試すなんて気分が悪いだけだ」
「そうですね。言う通りにしたいんですが、橋部先輩がもし犯人だったら、あまりにも
無策で、ミステリマニア失格じゃないですか」
「というと? トリックを弄して、アリバイや密室を作れとでも言うのか」
「そうじゃなくて、仮にもミステリ研の部員が犯人なら、何らかのトリックを使って、
自らが容疑圏外に逃れるようにするもんでしょう。そういう立場から見れば、先輩は犯
人じゃない。だから、疑ってもしょうがない」
 無茶苦茶な理屈だなあ、真瀬君わざとやってるな……と、柿原は感じた。
(このタイミングで、橋部さんと小津部長の会話に出て来た『あれ』の話を持ち出した
ら、真瀬君も橋部さんを疑うようになるのかな。まあ、そんな真似をしても混乱を生じ
させるだけだろうから、しないけど)
 柿原は暴走気味の真瀬を止めるために、別の話を持ち出すことにした。
「真瀬君、僕も言わせてもらうよ。いいだろ?」
「独演会をさせてもらってる訳じゃあないしな、ご自由にどうぞってやつだ」
 真瀬は椅子に座り直すと、ほとんど進んでいない食事に、少し手を着けた。皿を引き
寄せる際に、また左の手の内側を掻いた。
「じゃあ、僕からは、さっき関さんのコテージにあったマッチ箱をテーマに。2番コ
テージに入った全員で見ましたけど、中に九本のマッチ棒が残っていました。再分配し
たのが、昨日の昼過ぎ。その時点で十本ですから、夜を迎えて一本だけ使ったことにな
る。事実、缶に立てたロウソクは少し短くなっていましたし、軸の半分ほどまで炭化し
たマッチ棒一本が、その缶の中にありました。計算は合います。でも、犯人は何故、マ
ッチ棒を持って行かなかったんでしょう? 夜の闇で行う作業が、犯人には残されてい
たはずです。9番コテージ前の、小津部長が倒れていた辺りまで行き、小サイズながら
たき火を起こし、2番コテージの鍵や凶器を燃やし、人形を炙る。まあ、人形作りまで
は、さすがに明るい内にやったでしょうけどやることは結構あります。マッチ棒は少し
でも多い方が心強いはず」
「そりゃあ、十本で充分だったんじゃないか」
 戸井田は当たり前のように言うと、口元を手の甲で拭った。
「下手にマッチ棒の所有数を増やして、調べられたら、証拠になりかねない」
「理屈は分かります。でも、逆に言えば、手持ちのマッチ棒が極端に少なかったら、も
しくは、ロウソクの消費が異様に早かったら、最有力容疑者扱いです。念のため、奪っ
ておいても損はない。多い分は、燃やせばあっという間に始末できるのだから」
「……焦っていたから失念してた、ぐらいしか思い付かん」
「僕も分かりません。不思議でしょうがありません。そこで提案です。今すぐに、各自
のマッチ棒の数を調べましょう」
 テーブルに着く全員を見回した柿原。この雰囲気の中、反対を唱える者はいない。橋
部から、「ロウソクは調べなくていいのか」との問い掛けがなされた。
「ロウソクはこの場に持って来ていない人がほとんどでしょうから、後回しでいいで
す。では、言い出しっぺの僕から。まず、火起こし用に余分にいただいた五本は、とう
に使いました。真瀬君とお互いに証言できます」
 唐突に名前を呼ばれたせいか、真瀬は暫時、目を見開いたが、じきに戻った。そして
「その通り」とだけ言った。
「五本では足りなくて、僕が一本、真瀬君が二本、竈や風呂のために使っています。こ
れで僕は残り九本。夜になってから二本使ったので、手元にあるのは七本」
 こう話してから、マッチ箱の抽斗を開けてみせた。間違いなく、七本のマッチ棒があ
る。
「じゃ、流れで次は俺ですね」
 真瀬が言い、席から立った。柿原とは逆に、語る前にマッチ箱をぽんと投げ出す。
テーブルの上で開けられたそれには、マッチ棒が八本あった。
「火起こし以外に全然使わなかったのか」
「夜、外灯が消える前にコテージに戻りましたから。前に言ったように、自分のコテー
ジまでなら外灯が点いている間であれば、マッチやロウソクの明かりなしに行けるもん
で」
「……待てよ。2番コテージまでも明かりなしで行けるんだったよな」
「二番目の殺人が起きたのは、どう考えても夜中ですよねえ? 外灯が消えたあと、明
かりなしで行くのは無理。無理だっていう証明は難しいかもしれないが、それを言い出
したら、皆さん方だって、本当は暗闇でも自由に行き来できるのに隠しているだけとい
う可能性は否定しきれない、ですよねっ?」
「いや、細かいことはいい。消灯後に行き来できたとしても、犯人なら、メインハウス
で包丁を探したり、9番コテージの前でたき火の準備をしたりせねばならない。マッチ
が絶対に必要だ。全く減っていないのなら、おまえをシロ認定するのは当然だ」
「どうも。そもそも、俺には動機がないですし」
 当たり前のことを認められても別に嬉しくない、と言わんばかりに肩をすくめた真
瀬。今度は左手で右手の甲をさする仕種をした後、マッチ箱を仕舞う。場の空気に刺々
しさを残したまま、他の部員達のマッチ棒の残りも確認がなされた。一覧にすると、次
のようになる。
      橋部5 戸井田8 真瀬8 柿原7
   村上8 沼田9  湯沢9 犬養6
 全員が十本でリスタートし、橋部の消費本数が多いのは昨夜、小津の右足が見付かっ
た件で、率先してマッチを使ったのが大きい。ただし、橋部以外がカウントしていた訳
ではない。五本の具体的な使い道となると、客観性はなかった。
 彼に次ぐのが犬養だが、相変わらず、マッチを擦る行為が苦手と言われるとそうかも
しれないし、着火に失敗せず、他のことに使ったかもしれない。
「折れて火が着かなかったマッチ棒、どこかに置いてない?」
 柿原が聞くと、犬養はそれを非難と受け取ったのか、ふくれ面になった。
「置いてません。そのままだと危ないと思って、燃してから捨てていましたの。いけま
せんか?」
「いけなくはないけど、前にも同じようなことがあったんだから、今度は置いておいて
くれたら、無実の完全な証明になったかもしれないのに、と思って」
「殺人事件が続けて起こるなんて、想像もしていませんでしたから」
 分かり易く機嫌を損ねた犬養だったが、戸井田が隣にやって来て、何やら声を掛ける
と、収まったらしい。すまし顔に戻った。
「皆、食べ終わったようだし、このままロウソクも再チェックと行くか」
 橋部が言った。マッチの本数で言えば、彼が一番怪しくなるが、ロウソクを上手く使
いこなせば、昨夜から今朝に掛けて行われたであろう犯行の数々に必要なマッチの本数
は、一本だけで済むかもしれない。その代わり、ロウソクは短くなるが。
「ロウソクの長さも大事でしょうが、外部との連絡についても、方針を決めないと」
 村上から釘を刺されたこともあり、ロウソクのチェックは手短に行われた。その結
果、仕舞われていた柿原の分一本を含め、極端に短くなっていた物はなかった。
「ついでにと言っては変ですが、割り箸も調べましょう」
 柿原が提案した。
「空き缶に小さな空気穴をいくつか開けて、その中で割り箸を燃せば、明かり代わりに
なるのを思い出したので。それに明かりとは別に、例の人形も使われていましたし」
 この合宿では、食事には各人が用意したいわゆるマイ箸を使っているが、調理には割
り箸を用いている。一日を通じて三膳ほどが使われるが、夕方には竈もしくは風呂焚き
に回されるため、残らない。よって調査対象は未使用の物に限られる。
「私達の把握している限りでは、新品の割り箸が二膳分、計算が合いません。少ない」
 料理を主に受け持つ女性陣を代表して、沼田が調べた結果を報告した。
「たったの? 四本だけではどうしようもない」
 戸井田が首を横方向に何度か振った。
「確か二本が人形に使われて、たき火にも残り二本を使ったとずれば、それで終わり」
「そこら辺の枝では、湿っていて燃えない、か」
 橋部が言ったように、問題のたき火跡でも、実際に燃えたのは割り箸と紙ゴミだった
らしく、枝はほぼ焼け残っていた。
 これらの経緯を受け、疑惑が橋部に向いてしまった。急先鋒は、やはりとすべきか、
真瀬である。
「橋部先輩、マッチとロウソクを調べて、最も容疑が濃いのはあなただと言うことにな
りそうだ。それ自体は認める?」
「証拠と常識的な理屈からすれば、そうだろうな。犯行を認めはしないが、疑われるの
はやむを得まい」
 当人は否定しなかったが、外野から意見が飛んだ。柿原だった。
「待って、真瀬君。最初の事件と違って、昨晩から今朝未明までの犯行に必要なマッチ
棒の推定は難しいと思う」
「どうして? 最低でも二、三本。闇の中で物を探すから、もっと必要だろう」
「はっきり説明してなかったけれども、切断された足を見付けて調べる過程で、懐中電
灯を使ったんだ。だからまず、犯行に懐中電灯が使われていないことを確かめたいな。
ねえ、村上さん?」
「あのあと、金庫に仕舞ったわよ」
 話のいきさつから、自らにお鉢が回ってることを予想していたようだ。村上は即答す
る。
「さっき、君のロウソクを取り出したときに見たから、いちいち調べに行かなくても答
えられる。間違いなく、懐中電灯はあった。動かされた形跡もなしよ」
「分かりました。ありがとうございます」
 柿原の言葉に被せるようにして、真瀬が「ほうら見ろ」と短く口走った。
「慌てないでよ、真瀬君。まだなんだ」
「まだ? そういえばさっき、『まず』とか言ってたな」
「うん。もう一つの可能性、携帯端末の明かりを利用した可能性を検討しないとね」
「携帯のって、そんなことすれば、あからさまな疑惑の材料を残してしまう。だから使
わないというのが読みだろ。それともあれか。裏を掻いたっていうのか」
「いや、自分の携帯を使う可能性はないと思ってるよ。まあ、調べてみてもいいだろう
けど、今僕が言いたいのは、亡くなった二人の携帯端末」
「あっ」
 真瀬以外にも、虚を突かれたような反応の声が複数あった。
「尤も、小津部長のコテージはしっかり閉ざされているし、再度、格子を外す面倒を犯
人がやるとも思えないから、無視していいかもしれない。最優先で調べるべきは、関さ
んの携帯」
 柿原は力強く言い切った。

 有志三名――柿原と村上と湯沢とで、関のコテージ内を改めて探すことになった。犯
人が関の携帯電話を持ち去った恐れが懸念されたが、幸い、すぐに見付かった。荷物の
一番上に置かれていた。代表して、村上が手に取る。念のため、軍手を填めている。
「彼女、ロックを掛けてないのね。――減ってはいるけれども」
 村上は首を捻りながら、液晶画面を二人に向けた。とりあえず、現時点での表示をカ
メラに収めておく。それからじっくり見ると、バッテリー残量は半分を少し下回ってい
た。
「ほとんど使わずない環境で、充電せずに四日目なのだから、自然に減った分がこんな
ものよ。単純に比較していいものか怪しいけれども、私のも確か同じぐらいの残量」
 喋りながら、村上は自身の携帯で確認をした。同様の減り具合だった。柿原と湯沢も
それぞれチェックし、「僕も同じくらいです」「私もおおよそ半分ですね」と知らせ
た。
「当然、何かを照らすのに使ってはいないと。残念だけど、橋部さんへの真瀬君の疑い
は、消せそうにない」
 携帯の電源を切ろうとした村上を、柿原が止めた。
「あ、待ってください。ついでに、少し調べましょう」
「調べるって、これを? プライバシーの侵害よ」
「そんなつもりはありません。村上さんも承知の上で、敢えて忠告してくれているんで
すよね?」
「……何を調べたいの」
「関さんはハチを気にしていました。ハチが苦手だとしても、あんなに気にするのはち
ょっと変だった。もしかしたら、事件に関連する何かに気付いて、ハチが気になったの
かも」
「ないとは言い切れないでしょうけど、今の時季、ハチは実際にはいないんでしょう
?」
「はい。だからこそ気になりませんか。関さんは多分、ハナアブをハチと見間違えたん
でしょうけど、怖がっている素振りは感じられませんでした」
 柿原が言うと、湯沢が同意を示した。
「私も関さんが言ってるのを聞きましたけれど、怖がっているという風ではなくって、
気にしてる感じ? もしかしたらハチがいるんじゃ……っていうニュアンスに聞こえた
かな」
「関さんは蜂蜜にアレルギーがあったとか、ないですよね」
 柿原が女性二人に尋ねた。村上と湯沢は顔を見合わせ、首を傾げた。
「聞いたことないわ。もしアレルギー持ちだったなら、日常生活で周囲の人達にも知っ
てもらわないと危険だから、黙っていることはないと思うけれど」
「あっ、私、関さんが蜂蜜の掛かったクレープを食べるのを、見た覚えがある」
 湯沢の証言ではっきりした。
「ハチの刺す行為を怖がっていたのではなく、アレルギーでもないとしたら、何が残る
のかしら」
 村上の疑問に対し、柿原はあることを思い付き、「携帯の検索履歴、見てみません
か」と言った。
「何故? キャンプ場を含むこの辺りでは、全然つながらないはずよ」
「だめと分かっていても、試してみたくなることってありませんか」
「もちろんあるわ。実を言えば、小津君が亡くなって、土砂崩れで閉じ込められたと分
かったあと、つながらないか、一度だけやってみた。だめだったから、すぐにあきらめ
たけれども」
「それです。村上先輩と同じ心理で、関さんはアクセスを試みたかもしれません」
「いや、だから、どうして検索履歴なの?」
「根拠はあってないようなものですが……ネットにつなぐか電話を掛けるかしようとし
た記録があったとしても、見たってしょうがない。意味があるのは検索履歴だと思っ
た、それだけのことです。つながらなかったはずですから、実際には変換履歴になるの
かな」
「ハチについて、関さんが何か調べようとしていたかもしれない、と言うのね。日本語
入力の変換履歴は――」
 柿原の意図を解した村上は、関の携帯を手早く操作した。
「あ。昨日、アブとアナフィラキシーショックを変換していた記録があるわ」
「アナフィラキシーショック!」
 疑問が解けた気がした柿原。だが、それはほんの短い間のことで、根本的解決にはつ
ながらないと思えた。
「アナフィラキシーショックって、ハチに二度目に刺されたとき、起こす恐れのある症
状でしょ? それをどうして関さんが調べてたのかな」
 湯沢が口にした疑問に対する解答は、推測が可能だった。
「多分だけど関さんは、小津部長の死はアナフィラキシーショックが原因ではないかと
考えた。でもハチはいない。アブでも同じことが起きるのかどうかを知りたかったんだ
と思う」
「アナフィラキシーを思い付いたのはいいとして、誰にも言わなかったみたいだが、そ
れは何でなんだろう。殺人じゃなく、事故だった可能性が高くなるのは、いいことじゃ
ないの」
 村上の眉間には深い皺ができていた。関の行動が理解しがたいものに映ったのだろ
う。
「……分かりません。小津部長の遺体の様子は、アナフィラキシーショックが起きたと
きの症状に似ている気がします。でも、関さんは明らかに殺されている。部長の死も、
アナフィラキシーショック等の事故じゃなく、他殺と見なすのが妥当……」
「わざとアナフィラキシーショックを起こさせたとしたら?」
 湯沢の放った意見に、村上も柿原もしばし言葉を失った。
「あの……?」
「故意にアナフィラキシーショックを起こさせたとしたら、れっきとした殺人。そし
て、犯人はそのことに気付いた関さんを口封じした――あれ?」
 村上は一気に喋ったが、不意に止まった。
「事故死を装うつもりだったなら、足を切断するのは真逆の行為だわ」
「そう、ですね」
 理屈が通らない。見通す先に光が差し込んだかと思ったのに、かえって混乱してき
た。
「右足に傷をたくさん付けたのは、ハチの刺し傷を隠すために思えます」
「そもそもの話、ハチはいないんでしょ? どうやってアナフィラキシーショックに見
せ掛けるの?」
 柿原は黙った。これ以上考えても、泥沼にはまり込むだけのようだ。
「村上さん、湯沢さん。この検索のことは、他の皆さんには打ち明けないでおきません
か。知ったら、今の僕らと同じように、迷宮に入って出られなくなりそうな気がしま
す」
「――なるほどね」
 村上は少し考え、分かったように頷いた。
「ここにいる三人の中に犯人がいないなら、犯人に対する情報隠しにもなる、というこ
とかしら」
「好きに解釈してくださって結構です、はい」
「基本的に賛成。でも、誰か一人だけ、他の意見を聞いてみたいわね。橋部さんとか」
「橋部さんはアリバイがないので、できれば避けたいですが」
 他にアリバイがあると言えそうなのは、戸井田、犬養、真瀬の三人だが、戸井田と犬
養はそれぞれどちらかに話せば、他方に喋ってしまう可能性が高い。真瀬は些か興奮気
味なのが気になる。アリバイのない沼田は、小津の死にショックを受けてから依然とし
て落ち着いていないように見える。
 こうして適任者がいないことを、柿原自ら認めた。
「結局、橋部さんが一番いいみたいですね。真瀬君に言わせれば、橋部さんへの容疑は
濃くなる一方なんだろうけど」
 湯沢からも反対意見は出なかったため、検索履歴の件は柿原が折を見て橋部に伝える
ことになった。
 小津の携帯端末のバッテリーも異常なしであることを確かめたあと、メインハウスに
戻った。と、真瀬が「時間が掛かったようだけど」と、柿原らにまで疑うような目を向
けてきた。
「携帯を見付けるのに、少し手間取ってしまってさ」
 予め考えていた釈明をしてから、柿原は関の携帯端末のバッテリーが、放置しておい
て自然に減る割合を逸脱していなかったことを告げた。
「そうか。こっちも待っている間、念のために、互いの携帯を調べていたんだ。誰もお
かしな減り方はしていない」
 真瀬はそれから、村上に顔を向けた。
「公平を期して、そちらの三人の分も調べたいんですけどね」
 拒む理由はない。調べた結果、村上、湯沢、柿原の携帯も通常の減り具合だった。
「残るは柿原、君のノートパソコンだ。前に何度か大学へ持って来たとき、バッテリー
がへたっているのか、減るのが早いと嘆いていたよな。満タンで八時間持つはずが、使
い始めて直に七時間ぐらいになるって。あれ以来、バッテリーは交換して――?」
「いない。勿体ないから、使える内は使うよ」
「その分じゃあ調べても意味がなさそうだが、持って来てくれるか。あ、いや、こっち
から足を運べばいい。今度は俺と村上先輩が着いて行くということで」
 イニシアチブを取る形の真瀬には、何かに取り憑かれたようなものを感じなくもな
い。今は大人しく従っておくとしよう。
 その後、7番コテージにて行われたチェックで、柿原のパソコンのバッテリー残量は
36パーセントと表示された。判断の難しい値に、村上だけでなく、真瀬も黙ってい
る。柿原はとりあえず、使用状況を話すことにした。
「夜になって色々メモを書いて、そのあと、このバックライトで本を読んでみたんだ」
「あれか。ロウソクを使うのかと思っていたら、こっちとはな」
 二人のやり取りのあと、古本を借りていたことを柿原が村上に伝えた。
「それで、六時前ぐらいに起動したときが残り六時間目安で。九時前にスイッチを切っ
たから、三時間使ったことに」
「計算上、おかしくないわね。昨日よりも前にも、こっちに来て使ったんでしょう? 
その分を含めると、昨日の夕方に起動した段階で残り六時間。三時間経って残り36
パーセント。満タン八時間の36パーセントは、大体三時間」
「疑うとすれば、夜六時前から九時前まで、ずっと点けていたかのかってことになる
が」
 真瀬の言葉には遠慮がなかった。
「ソフトを起ち上げ、文章も書いていたから、自動保存機能が働いていると思うよ。そ
の記録を見てくれたら、一定間隔で文書が保存されたと分かるはず」
「なるほど、理屈だな」
 真瀬と村上が柿原のパソコンを触って、タイムスタンプに当たったところ、六時から
九時までの間に、十分おきに文書保存がなされていると分かった。
「犯行にパソコンのバックライトを使ったという線も、これで潰せた訳ね」
 村上の言葉に真瀬は首を縦に一度振ってから、ただしと言い添えた。
「厳密には、十分おきに起動させることで、バッテリーの節約は可能だけれども、その
電源の入り切りの記録も残る。犯行に使ったとすれば、真夜中に使った記録だって残
る。あとで調べてすぐにばれるような嘘を、こいつがつくとは思えないので、認めるこ
とにしますよ」
「嬉しいよ。皮肉でも何でもなく」
 柿原が微笑を浮かべてみせると、真瀬は少々気まずそうに、ぷいと背を向けた。
 そうしてメインハウスに戻って来るなり、真瀬は言った。
「今度こそこれで決まり。現時点での最有力容疑者は、橋部先輩、あなたになります
よ」
 彼の声には、どこか勝ち誇った響きがあった。ぎすぎすした雰囲気の中、パソコンが
使われた可能性がなくなったことが知らされる。橋部は年長者として冷静に受け止め
た。
「そうだな。客観的には俺が第一容疑者になる。さっきも言ったように、犯行を認める
訳じゃないが」
 答えると、村上の方に顔を向けた橋部。
「すまないが村上さん、俺が主導権を握ってあれこれ決定を下すのは、ここまでのよう
だ。これからは君が決めてくれ。しっかりしたアリバイもあるし、村上さんなら皆、文
句あるまい」
「……やむを得ない状況ですから引き受けます。責任を問われる立場であるのは元から
変わりませんし」
 あきらめを含みつつも、改めて覚悟を決めたように、村上は応じた。そして混乱の口
火を切った真瀬に聞く。
「それで? 真瀬君はこのまま犯人探しを続けたいのか、歩いてでも早く下りていって
外部に知らせたいのか。どっちがしたいの」
「全員揃っての移動が原則なら、従いますよ。歩きながら、色々と言うだろうけど」
「結構。他の人も賛成――ああ、犬養さんは? 体調は戻った?」
「完全にじゃありませんけれど、だいぶ。ゆっくりしたペースなら、ついて行けると思
います」
 犬養がやる気を見せたちょうどそのとき、横に立つ戸井田が「あれ?」という声をこ
ぼし、斜め上方の天を見た。
「どうにか聞こえた予報じゃあ、降らないはずなんだけどな」
 そこには黒い雲がじわりと広がっているようだった。すでに雫が地を叩く音が、遠く
から届いている。十分と経たない内に、この辺りも雨に降られると容易に推測できた。
「出発は延期しなければいけないみたいね」
 村上が呟くのへ、真瀬が言った。
「本意じゃないが、再び土砂崩れが起きるってこともあり得るんじゃ?」
「そうね。雨が上がっても、出発は安全確認ができてからにしたい……戸井田君、ラジ
オの電池はまだ保ちそう?」
「新品を入れて来た訳じゃないから分からない。でも、多分、大丈夫」
 ラジオの乾電池は懐中電灯のそれとはサイズが違うため、代用は利かない。
(外部への通報が、どんどん遅れる……嫌な感じだ)
 出入り口まで来た柿原は、軒先の外へ右手を出してみた。雨粒が包帯に滲んだ。

 出発の準備という名目で、皆が各自のコテージに籠もり、しと降る雨がかえって静か
さを強調する。そんな中、柿原のコテージに橋部がやって来た。
「何か手伝うことないか」
「特には……」
 とりあえず、先輩の言葉を真に受けた返事をした柿原。そのあとに話が続かないのを
見極めると、逆に聞いた。
「事件のことで話があって、来たんじゃありませんか?」
「ご名答。手伝う用事があるってことにして、中に入れてくれ」
 応じると、橋部は上がり込んで、ドアをロックした。傘は外から壁に立て掛けたよう
だった。
「手短に言うと、零余子のことを見ておこうと思ってな」
「僕もそうしたいと思ってました。あと、高枝切り鋏も」
 柿原の返答に、橋部は我が意を得たりとばかりの笑みを浮かべた。
「天気はよくないが、見る分には問題ないだろう。何らかの発見があった場合、他の連
中に言うかどうかが、悩みどころ」
「何を発見したかによるでしょう。どちらかと言えば、何も発見できなかった場合、人
形に零余子が使われた事実を皆さんに知らせるかどうかの方が、重要な気がします」
「かもしれんなあ。うーん」
「橋部さんの他に、零余子の生える場所が限定的だという話を、どなたが知ってるんで
しょう?」
「うん? おまえを除くと、小津だけだ。というか、小津が最初なんだ。小津の親族が
このキャンプ場を所有してるって話は、したっけか?」
「噂で聞いたぐらいですが」
「充分だ。小津なら合宿時に限らず、このキャンプ場に何度か来てるだろうから、零余
子の生える特定の場所を把握できたんだな。それを春の合宿で、俺にこっそり教えてく
れたんだよ。いつかトリックに使うつもりだけど橋部先輩なら使ってもOKですよって
な。俺がその前の夏頃に、トリック作りのヒントをやったんで、そのお返しってことだ
った」
「ははあ。じゃあ、小津部長が亡くなるまでは、誰にも言っていなかったと」
「もちろんだが、俺も後輩のネタをそのまま使うのも何だかなぁ、と思って、お蔵入り
させていた。今回、小津が山の案内をしたと聞いたから、てっきりおまえ達に話したん
だと思ってたが、違っていたようだし、小津も誰にも言わなかった訳だ。他の部員が自
力で気付いた可能性を排除するものじゃないが、今頃の時季にここに何度も来たことが
なければ、気付けるはずがない」
「なるほど」
「それじゃ、行くか。雨、ましになったようだから、ちょうどいい」
 腰を浮かした橋部。が、柿原にはまだ話があった。自らも立ち上がって引き留める。
「朝食後、2番コテージに村上先輩達と行ったとき、ちょっとした発見があって、でも
内密にしていたんです」
 それから関の携帯端末にあった検索履歴(変換履歴)について、過不足なく説明す
る。
「と、そんな訳で、他の四人には今は内緒で。その上で、橋部さんのご意見を」
「聞いたばかりでは難しいな。考える時間をくれ。今は、零余子を先にしよう」
「はい。それと、あとでもいいんですけど、高枝切り鋏も見ておきたいんですが」
「分かった。先に鋏だな。みんなに見られても、他に凶器になり得る物がないか、調べ
ていたと答える。いいな?」
 黙って首肯した柿原だったが、また別のことを思い起こし、声を上げた。
「あ、僕、傘を持ってきてないんでした」
「……山を甘く見てるな。しょうがない。俺のはでかいこうもり傘だから、入れてや
る」
 男同士で相合い傘となった上に、橋部の方が背が高いこともあって、先輩に傘を持た
せる格好に。柿原が肩をすぼめているのは、雨を避けるためだけではなかった。
「よし。あった。あれが鋏だ」
 物置小屋に来ると、奥まで入って行き、橋部が指差す。高枝切り鋏は、左隅の棚に寝
かされていた。摘果用ではなく、剪定鋏の柄を長くしたタイプで、全長で約二メート
ル。全体は金属の銀色、所々に青や黒のラインが横に入っている。持ち手部分も黒色。
刃の部分にはオレンジ色のカバーが被せてある。
「最近、使用されたかどうかまでは分からないが、自由に持ち出せる環境にあったのは
確かだな」
「持ち手を捻って縮めれば、一メートルもないですね。これなら持ち出しても、さほど
目立たない」
 無論、目撃されれば何事かと聞かれるかもしれないが、言い訳はいくらでもできよ
う。
「次、行くか」
 物置小屋を出る前に長靴に履き替えておく。柿原は右手の怪我がちょっぴり気になっ
たが、紐を結ぶときはしっかりと力を入れた。
「器用なもんだ」
 感心した風な口ぶりの橋部。柿原は首を横に小さく振った。
「いやいや。あのときも感心したんだぜ」
「あのときって?」
「『他履くの紐』実験の第二弾だよ」
 『他履くの紐』:“人は他人の靴紐を結んでやるとき、自分の靴紐を結ぶときとは逆
の結び方になるのかどうか”を調べるミステリ研内の実験は、第一弾が現二年生と三年
生を対象にしたが、第二弾は新入会の一年生を対象に、散発的に行われた。
(あのとき居合わせた人で、今回来ている人は、小津部長を含む先輩方全員と、一年生
では犬養さんと湯沢さんか)
「あのときは意に沿わないやり方をしちゃったみたいで」
「あれはあれでよかったさ。そうそう、柿原は最後だったから直接は見てないだろうけ
ど、犬養さんの結び方がおかしかったんだ。変と面白いの中間みたいな」
「へえ、初耳です」
「結ばれる役は戸井田がやったんだが、犬養さんは何と、戸井田のいる側に回って、後
ろから手を回して結ぼうとしたのさ。あれには唖然としたよ」
「ははあ。なるほど、それでかな?」
「うん、何が?」
「えっと、あとで時間があるときに話します。お喋りで時間を取られてる場合じゃない
ですよ」
 準備万端整い、山の方を目指して歩き出した。と言っても、山の登るのではなく、そ
の入口とでもすべき地点だから、楽だ。初日と前夜に訪れているので、柿原にも勝手は
分かっている。
「あれだ」
 左手を伸ばして示した先には、びわの木が崖の方へと幹を伸ばしていた。その枝のい
くつかに、蔦のような物が巻き付き、螺旋を描くような感じで先端へ向かっている。
「――あ、切った跡みたいなものが」
 柿原は念のため、小さな声でその発見を伝えた。一本の比較的細い枝が、他と比べて
不自然に短い。よく見ると、その先端では白い木肌が覗いている。
「自然に折れた感じじゃない。高枝切り鋏を用いて、あの枝を切ったのは確かだ。零余
子の蔦も同時に切ったと思うが、さすがにはっきり断言できるもんじゃないな」
「さっき見た鋏で切った場合、落ちちゃいませんか」
 不安に駆られ、尋ねた柿原。返って来た答は、すぐに安心させてくれるものだった。
「うまくやれば、刃に挟んだ状態で、手元に持って来られる。いや、どちらかと言え
ば、きれいに切り落とす方が難しい。丁寧に手入れしてる訳じゃないからな」
「よかった。切られた枝、探してみます?」
「見付けたとしたって、あの枝の先端だったと決め付けられないと思うが……それらし
き物は落ちてるな」
 顎を振った橋部。その先を見やると、三つほどに細く分かれた、長さ七、八センチく
らいの枝が落ちていた。びわの木に間違いない。雨に濡れてはいるが、金属の刃で切断
されて、まださして時間が経ってないと分かる。
「あっ、蔦も絡んでます。零余子?」
「すまん。そこまでの知識はない。あの木を切った物がこれなら、蔦は山芋、つまり零
余子だってことは言える。何にせよ、物証になり得るから、保管しておくか」
「……目立たない方が賢明かもしれません。持ち帰ったところを犯人に見られたら、対
策を講じられる恐れがありそう」
「ふむ。人形だけでもかなり有力だが、枝を持ち帰ったことで逆に勘付かれては元も子
もない……理屈に叶ってる。ならば――」
 橋部は携帯電話を取り出すと、地面にレンズを向け、カメラ機能で問題の枝を写真に
撮った。さらに立ち木の方に焦点を合わせながら、「柿原も撮っておいてくれ」と言っ
た。

――続く




元文書 #1103 百の凶器 8   永山
 続き #1106 百の凶器 10   永山   (追記あり)
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