AWC 百の凶器 8   永山


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#1103/1112 ●連載    *** コメント #1102 ***
★タイトル (AZA     )  18/02/20  21:57  (495)
百の凶器 8   永山
★内容                                         18/03/14 10:36 修正 第2版
 全力疾走で真瀬のコテージに辿り着いた柿原は、出入り口のドアを、もたれかかるよ
うにして叩いた。勢い余って、真瀬の靴を蹴り飛ばしてしまったくらいだ。
「真瀬君! 起きて!」
 繰り返し呼び掛けること三度。「やかましいな」という声が返って来た。気配で、起
き出していることが分かる。じきにドアが開けられた。
「何だよ」
 真瀬は不機嫌そうに言った。眠たげな目の下には、少し隈ができている。
「なかなか寝付けなくて、やっと眠れてたんだ。何も起きてないなら、寝させてくれ」
「それが起きたんだよ」
「本当かぁ? 被害者が出たとかじゃないだろ?」
「それは出てないと思うけど」
 柿原は今し方、9番コテージの前で見付けた物について、言葉で説明した。話してか
ら、写真を撮っていなかったことを後悔した。写真で見せれば、もっと簡単に飲み込ん
でもらえるはずなのに。
 それでも真瀬は、奇妙なことが起きたと理解できたらしい。「見に行くから、案内し
てくれ」と言うや、靴を履き始めた。よく見ると寝間着でも部屋着でもなく、シャツに
ジーパンという格好の真瀬。9番へ向かいながら、柿原が服のことを指摘すると、「何
か起きたとき、すぐに動ける格好をしておくべきだろ。柿原はそうしてないのか?」と
逆に問われてしまった。
(ジーパンはどちらかというと動きにくいんじゃあ……)
 と思った柿原だったが、声に出しはしなかった。今はそれどころじゃない。新たな“
事件現場”へと急行する。

 人形と火の跡を確認した後、二人は携帯電話のカメラ機能で状況を収めた。それを携
え、柿原は6番コテージから、真瀬は10番コテージから声を掛けていくことにした。
そのあとのことは村上と橋部に判断を仰げばいいが、恐らく続けて皆を起こすように言
われるだろう。
 柿原が6番コテージの近くまで来ると、村上は既に外に出ていた。手頃な大きさ・形
の切り株に腰掛けた後ろ姿。片耳にイヤホンをして、音楽でも聴いているらしかった。
「あの、村上先輩!」
 距離のある内から大きな声で名前を呼ぶと、村上の肩がびくりと上下するのが見え
た。
「――柿原君か。びっくりするじゃないの」
 左手でイヤホンを外し、右手で機械を止めながら、村上は振り向いた。立ち上がる彼
女に、柿原は手短に状況を伝える。と、村上の顔色が、見る見る内に変わったように思
えた。血の気が引いた、その白い表情は、柿原が写真を見せると、多少赤みを取り戻し
た。
「こんな、死んだ人に鞭を打つような……冒涜だわ」
「それでどうしましょうか。皆さんの無事を確かめつつ、起こしに行こうと思ってるん
ですが、女性は女性が起こすのがいいんじゃないかなって。男の方は真瀬君が起こしに
行ってまして――」
「そうね。じゃ、写真、借りるわよ。柿原君は現場に戻って、見張っていてちょうだ
い」
 早朝でも村上の決断と行動は、鈍くならないらしい。きびきびと指示すると、もう走
り出していた。
 柿原は柿原で、スタミナ不足を感じながらも、可能な限り急いで9番コテージ前の現
場まで戻った。当然ながら誰もいない。
 が、一人の時間が長引くことはなかった。真瀬から話を聞いたのであろう、橋部が駆
け付けた。
「おう、柿原」
「あ、橋部さん、おはようございます」
 反射的に言ってから、ここで朝の挨拶はおかしかったかなという思いが、頭をよぎる
柿原。だが、橋部に気にした様子はない。問題の人形を見下ろせる位置まで来ると、顎
をさすった。
「これか、呪いの人形は」
「はあ。呪いというか怨みというか」
「ふむ……なるほどな、『怨 オヅ』と読める。最初に聞いたときは、『オズの魔法使
い』のオズじゃないのかと思ったんだが、写真でも、こうして実物を見ても、オズでは
ない」
 独特でちょっと興味深い発想だと感じた柿原だが、真相解明には役立ちそうにない。
「おや? これは自然に燃え尽きるのを待ったんじゃなくて、消しているな。踏み消し
た跡がある」
「――本当ですね」
 橋部が指し示した先の地面をよく見ると、靴跡の一部のような模様が残っていた。明
らかに、たき火の跡に重なっている。
「この足跡は多分、長靴ですね。同じ物がたくさんあるから、これだけでは証拠になり
そうにありません」
「犯人だって考えるわな。そこへ持って来て――ミステリ好きとなればなおさらだ」
 苦々しげに吐き捨てた橋部。
「だが、自戒も込めて言うならば、俺達は多かれ少なかれ、ミステリに毒されている。
村上がいみじくも言ったようにな。それこそが落とし穴になるかもしれない」
「考えすぎるとか、ミステリでのみ成り立つロジックに拘るとか、ですか」
「ああ。この人形はおどろおどろしくしようとしているが、恐らく何か他の目的があっ
て作られた物なんだろう。犯人は人形を拵える必要なんてなかったのに、カムフラージ
ュか何かのために作ったんじゃないか。作ったおかげで、手掛かりを残すことになるの
に」
 確かにそうだと柿原が思った。
「じゃあ、たとえば、この人形の材料も手掛かりになりますよね。枝や割り箸はともか
く、頭の部分はもしかしたら、特徴的な物かも」
「ん? どれどれ」
 やや芝居がかった台詞とともに、橋部は手を伸ばした。人形の頭部に直に触る。
「え、橋部さん、いいんでしょうか」
「ちょっとぐらいかまわん。ごちゃごちゃ言ってるときじゃない。なーに、表面のすす
を少し落とすだけだ、」
 橋部は手ぬぐいか何かを巻いた指の腹を使って、人形の頭を擦った。柿原の想像に反
して、黒いすすの下からも、黒っぽい物が覗いた。
「これ、零余子だな」
 橋部が言った。
「ほれ、昨晩、言っただろ。右の長靴が見付かった現場辺りの、木に蔦を絡めて、高い
ところで実を付けてる」
「あの話ですか。この付近では、あそこにしかないんですよね、零余子って」
「うむ」
「じゃあ、犯人がわざわざ零余子を取って、人形に使ったのかの理由が気になる……自
然に落ちた物を拾ったのかな?」
 考えるべきテーマを見付けたと喜んだが、落ちた実を拾ったのなら、犯人側にさした
る理由がなくても零余子を使うことはあり得ると思い直した。
「いや、それはない」
 橋部が意外にも断定口調で言った。
「実際に見れば合点がいくと思うが、俺が見たとき、零余子の絡んだ枝は、切り立った
崖の方に突き出ていた。あそこから実が自然に落ちたとしても、俺達が歩いて行けるよ
うな場所には転がらない。遙か下に転がっていくだろうさ」
「……それだと逆に、どうやって入手したのかが問題になりそうです。木に登ったんで
しょうか」
「うーん、木登り説はなさそうだな。元々、そんなに太くない幹だったし、老木だった
と記憶している」
「じゃあ、他にどんな方法があるんでしょう……?」
「梯子や脚立を掛けるのも難しい、というよりも無理な位置だし、あとは……物置に高
枝切り鋏があったはずだ。あれを目一杯延ばせば、二メートルくらいになるんじゃなか
ったかな」
 橋部は両手を使って、鋏を開閉する動作をしてみせた。それだけだと剪定鋏と変わり
ないようにも見える。それよりも、柿原には気になることが。
「枝を切る道具なら、結局、下に落ちてしまうんじゃあ……」
「お、知らないか。上手に捻れば完全に切り落とすことなく、回収できるんだよ」
 その台詞の途中で音量を小さくした橋部。何事かと、柿原が相手を見やると、橋部は
にやりと笑った。
「お互いに犯人ではないと信頼し合う必要があるが……今言ったことは、他の全員には
伏せておかないか?」
「――了解しました」
 受け入れる返事をした直後、あのことは聞いておかねばと柿原は強く思った。
(橋部先輩と小津部長との会話で出て来た『あれ』って、何なんですか?)
 聞き方をどうしようか、検討するのに時間を取ってしまった。
 やっと段取りが組み上がったちょうどそのとき、真瀬と戸井田が新たに姿を見せた。
(ああっ、これでまたお預けか? 信頼し合う必要があると言われたんだから、この場
ですっきりさせたかったのに)
 悔やむ柿原だったが、もう遅い。現時点では一旦引っ込めるしかなかった。
「女子の方には、誰か行ってるんだよな?」
 真瀬が柿原に聞いてきた。
「うん、村上先輩に行ってもらってる」
 答えてから、柿原は思考を巡らせた。
(危険はないよね? まさかこの明るくなった状況下で、犯人が開き直って暴れるとは
考えにくい。万万が一何かあったとして、男はここに全員いる。女性同士なら、体力的
に極端な差はない。各人、警戒を解いてないのだから、不意を突かれることもまずな
い。強いて言うなら、今日が当初予定されていた最終日だってことぐらい)
 頭の中では、何も起きやしないさと思っていても、不安を完全に拭い去ることはでき
ない。身体が勝手にそわそわし出して、十数秒に一度、メインハウスへと通じる方向を
振り返ってしまう。
 気もそぞろな柿原だったが、他の三人は今朝新たに見付かったこの犯行?について、
あれこれ議論し始めた。
「それにしても、犯人は何でこんな呪術めいたことを。まともに考えたら、虚仮威しに
すらならないと分かりそうなもの」
 真瀬が口火を切ると、戸井田は「いや」と否定から入った。
「虚仮威しのつもりかどうか、そこから議論する必要があるんじゃないか。本気で信じ
てやっているのかもしれないし、他のことを隠すカムフラージュなのかもしれない」
「そう、ですね。うーん、分かりません」
「部長が倒れていた場所を選んで火を燃やすくらいだから、本気っぽいような。カムフ
ラージュだったら、ここじゃなく、9番コテージのすぐ近くでやる気がする。火を放て
ば、証拠隠滅になる」
 戸井田はコテージの方を振り返った。皆、つられて同じようにする。ここでようや
く、柿原も話に加わった。
「実際にはコテージは燃やされていない、故に本気で呪うつもりだった? でも、もう
亡くなっているんですよ」
「そこなんだよなあ。橋部先輩は、どう思われます?」
 意見を求められた橋部は、腕組みをして首を傾げた。
「何の根拠もないが、俺はカムフラージュ説を採りたいな。そうあって欲しいという、
ミステリマニアの願望が自然に出ちまっただけかもしれないが」
「……犯人にとって、現場はコテージじゃなく、ここだとしたら」
「うん? どういう意味だ、柿原」
「犯人にとって、小津さんが倒れていたこの場所こそ、重要な犯行現場なのかも。何ら
かの痕跡を残してしまった自覚がある、あるいは後になって思い当たったので、火を放
った。証拠隠滅をしたかったと」
「ふむ、なかなかユニークだな」
 橋部が評したそのとき、メインハウスへと通じる道が俄に騒がしくなった。駆けてく
る足の落ち葉を踏みしめる音と高い声が、綯い交ぜになって耳に届く。
「湯沢さん!」
 その姿を認識し、柿原は思わず叫んでいた。続く「どうしたの」という言葉は、他の
者からの同様の台詞に飲み込まれたが。
「そんなに息せき切って、どうかしたのか。何があった?」
 橋部が問うが、ようやく辿り着いた湯沢は息を切らし、膝に両手を当てた。声が出せ
るまで、しばしの間を要した。
「た、大変です。関さんが、亡くなっています」
「えっ」
 聞き手の男四人はここでも同じような反応を示したが、特に声が大きかったのは真
瀬。一歩前に出て、「どういうこと?」と湯沢に詰め寄る。両肩を持って、揺さぶろう
とまでした。橋部と戸井田が止めに入り、引き離す。
 湯沢は橋部に促され、やっと続きを話せた。
「殺されたみたいなんです」
 震え声で。
 直後に、どすんという地響きにも似た大きな音がした。真瀬が両手両膝を地面につい
て、俯き加減になって目を見開いていた。口からは、形容しがたい唸り声が漏れてい
た。

 関は自身のコテージ内で、ベッドに上半身をもたれかかるようにして俯せに倒れ、絶
命していた。
 二人目の死者、そして明らかな殺人の発生に、一行のいるキャンプ場は一時的に恐慌
状態に陥った。寸刻の猶予もならず、事態を外部に知らせるべきと全員の考えが一致を
見て、土砂崩れの復旧現場まで伝えに行くことに決まった。行くのは何名で、誰々がと
いう段になり、
「複数人を選んでいるよりも、今はスピード重視。誰か一人で行って、またすぐ戻って
来るのがいいんじゃないか」
 という橋部の一声で、小津の事件でアリバイが成立すると考えられる村上、湯沢、犬
養、真瀬の中から、優先的に選ぶことになった。そして、精神的な面を考慮して興奮気
味の真瀬が抜け、犬養と湯沢は運転免許をまだ取得していないため、必然的に村上に決
定。
「伝えるのは、我々の身元と現在の状況、起こったことだけでいいから。あとは、でき
れば常時使える連絡手段を向こうで用意してもらえないか、聞いてみるといいかもしれ
ない。たとえば無線機ならスマートヘリで運べるんじゃないか」
「連絡手段の確保が無理だったら、次にあの場所まで降りていける時刻を決めてきま
す。他には……怪我人がいると伝えれば、より早急に対応してもらえるかもしれませ
ん。尤も、行ってみて人がいなければ、話になりませんが」
「天候は安定しているから、復旧作業がスタートしているのは間違いない。時間帯は確
かに早いかもしれないが、それでも一時間も待つ必要はないと思う」
 おおよその方針や見通しが立ったところで村上は出発、するはずだったのだが。
「パンクさせられている?」
 駐車スペースから戻った村上の知らせに、誰もが――犯人以外の――驚き、焦りの声
を上げた。
「全部なのか」
「ええ。二台とも。スペアタイヤまでは見ていませんが、四輪全てがやられていますか
ら、交換しても無意味かと」
 村上は悔しさを押し殺したような声で、淡々と告げた。
「パンクさせた方法は分かりますか」
 柿原の出した疑問は皆も同じだったので、全員で駐車スペースに移動した。並べてあ
る二台のタイヤを見比べると、同じ凶器で切られたのは一目瞭然だった。
「これはもしかすると」
 柿原は、「高枝切り鋏でしょうか」と続けようとして、言っていいものかどうかを迷
った。
(橋部さんとの約束は、零余子についてまだ言わないというものだけれど、その零余子
を採るには、高枝切り鋏の使用が必須らしい。となると、ここでは口にしない方が賢明
なのかな? そもそも、タイヤをパンクさせたのが高枝切り鋏である根拠はなく、印象
でしかない)
「もしかすると、何だよ」
 真瀬が聞いてきた。まだ高ぶりが色濃く残る口調だったが、関の死が明らかになった
直後よりは、随分とましになったとも言える。
「いや、一気に切られているように見えたから、斧かハサミみたいな物を想像したんだ
けど、八つのタイヤ全部を見てみたら、そうじゃない切り口のもあるね」
 一度突き刺してから下向きに引き裂いたような切り口もあった。どちらかといえば、
五対三で、すぱっと一直線に切られた切り口は少ない。高枝切り鋏ではないなと、柿原
は心中で結論づけた。
「ナイフか包丁、でしょうか」
 湯沢が言った。確かに、突き刺して引き裂くという動作は、ナイフか包丁によるもの
の可能性が高そうだ。一気に切られたと見える切り口は、たまたまそうなっただけのよ
うである。
「あとで調理場の刃物を調べるとしよう。問題は、犯人がこんなこと――関さんの殺害
と人形を炙ったことも含めて、これらのことをやった理由だ。それと、外部へ知らせる
のをどうするか、だ。言うまでもないが、歩いて行けない距離じゃない。現状で体力を
消耗するのが、身を危険に晒すことにつながるのかどうかって話だな」
「疲労したところを、犯人は襲うかもしれないってんですか」
 戸井田が悲鳴のような声を上げた。勘弁してくれよと言いたげに、繭を下げている。
「分からん。パンクさせた理由にしてもな。俺達を閉じ込めたいのか? だとしたら、
何で最終日になってからなんだろうな。昨日の時点で、移動する可能性は大いにあった
のに。歩いて行ける距離なのに、パンクだけっていうのも手ぬるい。靴はコテージの外
に出てるし、長靴も自由に出し入れできるんだから、足止めしたいなら全部処分しちま
えばいいのに。まあ、こっちだっていざとなりゃあ、裸足でも歩くし、パンクした車で
一気に走るかもしれんが」
 頭を左手でかきむしる橋部。心底、分からないといった体だ。
「……時間……時間稼ぎかもしれません」
 疲労が表情に露わな犬養が、絞り出すような口ぶりで言った。
「何のためかは分かりませんけれど、私達をこのキャンプ場へ釘付けにすることが、犯
人にとってメリットになるのでは?」
「ここに足止めされたら、どうなるか。通報が遅れるわな。科学捜査の介入が遅くなれ
ばなるほど、犯人にとってはメリットだろう。だが、それだけだと、最終日になって足
止めの工作をする理由が、いまいちぴんと来ない」
「昨日から今日に掛けて、何か大きな変化がありましたっけ?」
 戸井田が言いながら、自らの記憶を呼び起こしたいのか、デジタルカメラの画像を見
始めた。
「言うまでもなく、関さんが殺されたことが一番大きいが……その行為自体は、犯人に
とってコントロールできる。計画的な犯行なのか、予定外の犯行なのかで多少は違って
くるだろうが、すでに小津部長が死んでいるんだ。小津が亡くなった段階では、足止め
の時間稼ぎをせずに、今になってする。やっぱり、ぴんと来ない」
「あの」
 柿原は橋部に向けて、目で訴えた。
(もう一つ、大きな変化があったじゃないですか。部長の足が見付かったというか出て
来たというか。あれ、一部の人には伏せたままですけど、ここで言っちゃってもいいで
すか?)
 無論、目による合図だけでそこまで通じるはずもなし。橋部が小首を傾げるのを目の
当たりにした柿原は近寄っていき、耳打ちした。
「――ああ、そうか。色んなことが起こったせいで、忘れかけていたな。元々、朝にな
ったら言うつもりだったんだから、いいだろう」
 橋部は頭をもう一度掻いた。今度は自嘲の意味があっただろう。そうして橋部は、昨
晩、小津の物と思われる足が偶然見付かったことを、知らなかった面々に説明した。
「え。そんなことまで起きていたんですか」
 言ったきり、文字通り絶句したのは真瀬。関の死に比べれば衝撃は軽いはずだが、最
早感覚が麻痺しているのかもしれなかった。
「今、足はどうしてるんですか。まさか、見付かったまま、放置?」
 早口で聞いてきたのは沼田。村上が、9番コテージに運んだと話すと、沼田は大きく
息を吐いて、多少救われた様子になった。
「それで柿原君は、何を言おうとしていたの?」
 湯沢が言った。見られていたんだと意識した柿原は、返事するのが少しだけ遅れた。
「部長の足が見付かったことは、イノシシのおかげによる偶然で、犯人にとって予定外
だったと思う。だから、もしかしたら、今日になって犯人がパンクさせたことと、関連
してるんじゃないかって」
「ああ、そういう意味」
 得心した風の湯沢に代わって、犬養が聞いてくる。
「埋められていた場所は、もう突き止められたのでしょうか」
 これに答えるのは橋部。
「いやまだだ。まあ、埋められていたのは確実だ。犯人にとって、本当に足の発見がパ
ンクにつながる原因だったなら、犯人は今朝までに、足が掘り起こされたと知ったこと
になる。土に埋めたのは、人目に触れないようにするため。小津を殺めた際に、決定的
な証拠を残してしまったというようなミスをしていれば、腐敗させたいと考えるかも
な」
「犯人は小津部長の遺体には痕跡を残さなかったけれども、関さんの遺体には残したと
いう場合も考えられませんか」
「……いや、ないと思う。小津の足については、完全にハプニングだ。関さんの方は、
犯人にとって時間があった。たとえ痕跡を残したとしても、消し去る余裕はあったんじ
ゃなか。洗剤をばらまくだけでも、だいぶ違ってくると聞くし」
 橋部はそう言ったが、念には念を入れて、関の遺体をざっとでいいから検分しておこ
うという話になった。小津を調べたときと同じように、今度は四人ずつ二組に分かれて
調べる算段だったが、辞退者が出た。沼田と犬養と湯沢の三名だ。真瀬も迷う様を見せ
たが、最終的には加わることを決意した。
「五人なら入れなくはない。一度に視るとしよう。ただし、前と違って、飽くまで簡単
にだ。最低限、犯人が何らかの工作をしていないかだけが分かれば、いや、推定できれ
ばいい。あと、沼田さん達を外に置き去りというのは気になるが、何かあったら大声を
出してくれ」
 橋部の判断でことは進められ、とりあえず、犯人による隠蔽工作と思しきものは何ら
見付からず、これが結論になった。
 その他にも各人、気が付いた点があった様子なので、全員がメインハウスに集まり、
状況の整理が試みられることに。手始めに、発見時の状況から取り掛かる。
「私はまず、沼田さんに声を掛けて」
 村上が経緯を説明する。傍目には冷静なように映るが、実際のところは分からない。
声がかすれ気味である。
「そのあと、私が犬養さんのところ、沼田さんが関さんのところへ呼びに行くことにな
ったわ」
「湯沢さんが飛ばされてますけど、それは何か理由があるんですか」
 柿原は早口になるのを抑えつつ、質問を繰り出した。村上が答える。
「他意はないわ。ここに来てから、湯沢さんは連日早起きして、散歩しているのを知っ
ていたから。コテージにいる確率が高い人を優先したまでのこと」
 柿原はそれを聞いて納得した。話の続きに耳を傾ける。村上に代わって沼田が話し始
めた。
「ただ、私はまだ支度ができていなかったから、すぐには行動開始と行かなくて」
 彼女の方は、小津の死だけでもショックを受けていたのに、関の死が重なったこと
で、憔悴が明白になっていた。
「着替えだけして、できるだけ急いだつもりだったけれども、足が重い感じがしたこと
もあって、2番に向かう道を折れた頃には、村上さんが追い付いたわ」
 村上が頷き、補足説明を入れる。
「犬養さんも支度がまだで、時間が掛かりそうだったから、先に出たの。そうしたら、
ちょうど沼田さんと合流できたから、一緒に行くことにした」
 橋部が軽く手を挙げた。
「何で一緒に行こうと思ったの? 関さんは沼田さんに任せて、君は先に湯沢さんを探
すべきでは?」
「彼女が――沼田さんが特に体調悪そうだったから、心配で」
 間を取ることなく、また淀みもなくすらすらと答が返って来た。橋部は納得の体で首
を縦に振ると、「遮って悪かった。続けて」と先を促した。
「二人でここまで来ると、ドアをノックした。反応を待っていると、背後で声がして、
振り返ったら湯沢さんと犬養さんが」
 その証言を受け、湯沢が問われる前に説明しに掛かった。
「朝起きてから、メインハウスにいたんです。食事の下準備でもしようかなって。その
あと、自分のコテージに戻ろうとしたら、犬養さんと会って。彼女も詳しくは事情を知
らない様子でしたけど、事件に関係する何かが起きたのなら、一緒に行動するのがいい
と思って、二人で相談して、先輩達と合流しようと思いました」
「私は、村上先輩から9番コテージに行くように言われていたんですけれど」
 さらに犬養がフォローする。
「一人で行くより、皆さんと一緒の方が心強いと思えたので、合流することに賛成した
んです」
「それで……依然として関さんの返事がなかったので、四人揃って呼び掛けたんです
が、それでも起きてくる気配はなし。靴がありましたから、中にいるのは確か」
 村上が再び話し手に。発見時の状況を思い出したのか、顔色は青ざめて見える。
「仕方がないので――というより、嫌な予感がしたので、私がメインハウスへ鍵を取り
に行って、戻って来てもやはり無反応のままだと聞き、開けることに」
 深呼吸をした村上。
「ドアを開けてすぐ、関さんの姿が目に入り、ただ事じゃないと感じたので、急いで駆
け寄りました」
 靴を脱ぐのももどかしく、そのまま転がり込んだという。他の三人も続き、関の名を
呼んだり、背中をさすったりするも、相変わらずの無反応。それどころか、直に触れた
手に冷たさを感じたため、心肺蘇生を試みるべく仰向けにしようとした。
「でも、すでに身体は冷たくなっていた上に、顔を見たら、もう……」
 その言葉は多くの者に、つい先程見たばかりの、関の死に様を思い起こさせた。場に
重苦しい空気が漂い、どんどん沈殿していく。
 死因は一応、首を絞められたことによる窒息と推測された。首に微かに残る絞め痕と
爪痕(紐状の物で首を絞められた際、防ごうとして自らの手で首に傷を付ける場合が多
いとされる)、関の苦悶の表情、そして床に投げ出されたように置かれた一本のタオル
からの判断だ。凶器と思しき薄手のタオルは、関自身が首から掛けていた物。湯冷め対
策あるいは防寒にしていたらしいが、徒となった形である。
 ただ、死因を“一応”としたのには理由がある。関の遺体にはもう一点、顕著な異状
が認められた。胸板のほぼ真ん中辺りに包丁が刺さっていたのだ。ミステリ研究会が今
回持ち込んだ洋包丁の内の一本で、本来はメインハウスの調理場に置いてあった。斧と
異なり、小津の事件が発覚してからも管理を厳しくした訳ではないが、毎回の使用後に
複数人の目できちんと仕舞うところを確認するようにはしていた。だから、昨晩までは
メインハウスにあったことは間違いない。
「出血量は結構多い方だろう。だから、絞殺後に刺したのではなく、刺してから首を絞
めた、あるいは首を絞めて意識を失わせてから刺した。このいずれかだと思う」
 橋部が見解を述べた。異論は出なかったが、村上が意見を加えた。
「計画的な犯行ではない気がします。関さんの服装から、犯人は就寝前にコテージに来
たはず。一方、あの包丁は刃渡り二十センチ近くあると思われますが、鞘や専用のケー
スはありません。目立たぬように持ち運ぶのは、意外と難しい。少なくとも、剥き出し
の包丁か、それを何かでくるんだような物を携えた人に夜、コテージを訪問されたら、
警戒します。中に入れるとは思えません。きっと、包丁はあとから持って来たんじゃな
いでしょうか」
「ふむ……一理あるな」
 そう呟いた橋部に続いて、柿原が口を開く。
「さっき、現場を見せてもらったとき気が付いたんですが、関さんの首元に刃を当てた
ような小さな傷めいた物がありましたよね? 爪でできたのとは違う」
「じっくりとは見ていないから、気が付かなかった。爪の傷と思い込んでいたかもしれ
ん」
 他の者はどうだ?と問い掛ける風に、皆を見渡す橋部。村上と真瀬が気付いていた。
真瀬は黙って挙手しただけにとどまったが、村上は「あれは、ためらい傷のように見え
た」と感想を述べた。
「と言っても、自殺者のそれじゃなく、犯人が躊躇ったんじゃないかっていう意味。同
じミステリ研究会のメンバー相手に、躊躇うのが当たり前でしょうけど」
「ここまでをまとめると――関さんの遺体には隠蔽工作の形跡がなかった事実から、犯
人がタイヤをパンクさせたのは、小津部長の足を腐敗させる等して、自身の犯行の痕跡
を消したかったからと考えられる。犯人は最初に首を絞めたが中断して、メインハウス
まで往復してまで刃物を持って来ると、刺した。さらに首にも傷を付けようとしたよう
だ。いずれも理由はまだ不明。関さんの服装やコテージ内の様子から、彼女自身が犯人
を招き入れた可能性が高い。まあ、これは関さんが誰も疑っていなかったという場合も
あり得るので、あまり参考にならんな」
「あの、橋部さん。僕の話はまだ途中なんですが」
 遠慮がちに小さな声で伝える柿原。橋部は「おお、何だ?」と意見拝聴の姿勢を取っ
た。
「関さんの遺体発見時、包丁は刺さったままでした。一方、首の小さな傷からは、出血
はほぼ皆無でした。これは死亡後に首を傷付けたことに他なりませんが、不可解なの
は、何で傷を付けたかです。胸板に刺さった包丁を一旦抜いて、また戻したのではあり
ません。それくらいなら、見て分かりますからね」
「多分、判別できる。つまり、犯人は少なくとももう一本、ナイフか包丁を2番コテー
ジに持って来たことになる!」
 戸井田が珍しく興奮気味に反応を示した。対照的に、やや冷めた反応は真瀬。
「複数の刃物を持ち込んだことが、そんなに重要か?」
「うん。僕の考えではこうなる。犯人は小津部長にしたのと同様のことを、関さんの遺
体にもするつもりだったんじゃないかな。言いにくいんだけど、切断する気でいた」
「柿原!」
 真瀬が大声を張り上げたが、柿原はしかめ面をしながらも続けた。
「犯人は斧による“成功体験”がある。しかし、斧は管理下に置かれて、簡単には持ち
出せない。犯人は包丁一本だと不安だから、複数の刃物を持ち込んだんだ。でも、土壇
場になって躊躇した。知っている人の肉体を切り落とすなんて、それ以上は無理だった
んだ」
「切り落とすっていうのは、当然……?」
「頭部」
 単語で返した柿原に、真瀬はぐいと詰め寄った。相手が怪我人じゃなかったら、胸ぐ
らを掴み、持ち上げかねない勢いがある。
「関さんのどこに、そんなことをされなきゃならない理由があるんだよ!」
「それは……分からない」
 柿原は少し嘘を吐いた。一つ、思い付いたことがあるにはあったが、何ら確証や根拠
がないため、言葉にするのは控えた。
「実際には犯人はしなかったんだから、絶対に必要な行為ではなかったのかもしれない
し、もしかしたら逆に、絶対にそうしたかったが、どうしてもできなかったとも考えら
れる」
「――気休めにもならねえ」
 口ではそう言ったが、真瀬は柿原から離れた。激情がどうにか去ったところで、橋部
が口を開いた。
「柿原の推理は、心理的には結構ありだと感じた。何にせよ、包丁の類が何本持ち出さ
れているかぐらい、すぐに調べられる。仮に血を拭って戻されたなら、正規の科学捜査
を待たねばならないが。それから――柿原、話は終わったよな?――もう一つだけ、気
に掛けておくべきことがある。2番コテージの鍵だ」
 発見時、2番コテージは施錠されており、村上がスペアを使って開けた。最前の調べ
で、2番コテージの窓も内側から施錠されていた。室内にも見当たらない。となると、
犯人が退去時に使用し、そのまま持ち去ったと考えるのが妥当というもの。
「いつまでも身に付けているとは思えない。どこかに捨てたと思われる。鍵の行方も、
最優先事項ではないにせよ、注意しておくべきだろう」
 議論により状況性はここで一旦打ち切られ、包丁の所在確認に移った。調理場を見て
みると、洋包丁が二本とも消えていた。一本は現場で、遺体に刺さったまま。もう一本
は、犯人が隠し持っていると考えるよりも、遺棄したと見なす方が現実的に違いない。
ではどこに遺棄するか。
「――たき火にくべたんじゃないでしょうか? 鍵も、包丁も。指紋や汗や血、その他
タイヤのゴムなんかが付着したとしても、燃やせば証拠能力はほとんど失われると踏ん
で」
 柿原の閃きに、一行は9番コテージ前へと急いだ。
 橋部と村上が手頃な枝を拾ってきて、燃え跡をつついてみる。無論、その直前に、戸
井田に改めて写真を撮らせておいた。
 程なくして、村上が左手を止めた。少々舞い上がった灰を、もう片方の手で払いなが
ら、顔を近付ける。他の者も同じようによく見ようとした。枝の鋭い先端を使って、刃
の周りをがしがし削り掘る村上。マッチ棒などの燃えかすと混じって、土が徐々に取り
除かれた。
「刃、だけだわ。柄の部分は、木目調の柄が印刷されたプラスチック製だったみたい」
 黒く汚れていたが、現れた刃は洋包丁のそれに一致するようだ。
「おっ。こっちも成果ありだ」
 橋部が僅かに喜びを滲ませた声で言った。彼の持つ枝の先には、鍵の輪っかの部分が
引っ掛けられていた。
「こっちも原形はとどめているが、キーホルダーの部分は完全になくなってる。念を入
れて、2番コテージの鍵に入れてみるか」
 後ほど、その実験確認は行われ、燃やされた鍵は間違いなく二番コテージ用の物と特
定された。
「これで、火を燃やした狙いがはっきりした訳だ」
 真瀬が強い調子で言った。
「呪いの人形だの何だのっておどろおどろしく飾り立てようとしたって、無駄無駄。証
拠になりそうな物を処分したかっただけじゃねえか」
「確かに、虚仮威しの域だな」
 戸井田が同意し、犬養がさらに続く。
「証拠を単独で燃やしても勿体ないと考えたのかしら。そこで私達を脅かす小細工をし
た……無駄なことをしていると言いますか、私達を小馬鹿にしていると言いますか、理
解に苦しみます」
「人形を作る手間に比べたら、効果に疑問が残る細工だったね」
 柿原も、しっくり来ない物を感じつつ、他に思い浮かぶアイディアもないため、同調
しておいた。人形の作る手間、特に零余子に関してはこの場で言うと橋部との約束を破
ることになるため、口をつぐむ。
「さて、これで一安心という訳にはとてもいかないが」
 橋部は上目遣いに空を見やった。まだ青空はあるが、雲も増え始めた気がする。
「山の天気は、またいつ崩れるとも知らないからな。もしも、歩いてでも知らせに行く
というのなら、早めに決断した方がいい」
「行くかどうかはまだ決めかねていますが、行くのなら全員で動くべきです」
 いち早く意見を表明したのは村上。
「全員が行動を共にすれば、犯人はこれ以上何もできないでしょう。それに、犯人が捜
査の入ることを遅らせたいのなら、その妨害にもなります」
「基本的に賛成。動くにしても動かないにしても、全員一緒というのはいい。夜、暗く
なればまた別ですが、明るい内はそうする方が何かと都合がいい」
 戸井田が賛成すると、犬養も同意した。ただ、犬養は積極的に移動したいという訳で
はないらしく、心身共に疲労が溜まっていること、足が痛いこと、空腹であることを訴
えた。
「そういえば、何にも食べていませんでしたね、私達」
 湯沢が無理に作ったような明るい表情をなし、両手を開くポーズをした。おどけたつ
もりなんだろう。笑顔が若干、ぎこちない。柿原は間を開けずに言った。
「腹ごしらえするというなら、そっちに一票入れるよ。ああ、お腹空いた」
「腹ごしらえのあと、移動を始めるのか」
 真瀬が尋ねてきた。真瀬が移動を希望しているのか否か、外見からは判定しかねた。
「そのことも含めて、話し合いながらの朝飯ってことでいいんじゃないか」
 橋部がまとめる形で提案すると、他の全員が温度差こそあれ、賛成の意を示した。

――続く




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