AWC 【純文学】今夜一緒にいてーな 4


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★タイトル (sab     )  17/03/18  18:19  (281)
【純文学】今夜一緒にいてーな 4
★内容                                         17/04/06 13:54 修正 第2版
 人気のないパーキングビルでは、靴音さえこだました。
 高橋さんが助手席に乗ってドアを閉めると、ドスンという音が駐車場に響いた。
 何時もの癖で、ドアロックすると、集中ドアロックなので全部のドアがロックさ
れた。
 高橋さんの緊張が伝わってくる。
「シートベルトしてもらえます?」
 あくまでも安全上の配慮だ、という雰囲気を醸し出す。
 そしてエンジンをかけると、いきなり、♪ライト・イン・ザ・ナーイと、と鳴り
響いた。
 慌てて、カーステのスイッチをオフにする。
「こんなの聞いているんですか?」
「いやいや、これはね、この前妹に車を貸した時に入れられたんですよ」
 立体駐車場のコーナーをきゅきゅーっとタイヤを鳴らしながら下りて行った。
 五日市街道から吉祥寺通りに入ると、さっきのロフトが見えた。
「もう一回さっきの騒ぎ、見に行ってみましょうか」
「いいですよ、君子危うきに近寄らずで」
「そうですね。それにしてもガーディアン・エンジェルスは気に入らないな」
「え? なんで?」
「前にテレビで見たんですけれどもね。あいつら、電柱にテレクラのちらしを張っ
ている様なひ弱な奴を捕まえて、あなたを逮捕します、私人による現行犯逮捕です、
あなた、逮捕されているんですよ、分かってます? 逮捕されているんですよ、と
か。逆にはめてやりたいね」
「え? どうやって」
「そりゃあ、なんかで挑発して、相手に襟首を掴ませて、お前今これやっただろう、
って自分で襟首を摘んで見せるんですよ。
 そんで、今から警察呼ぶからな、やっていないなんて言うなよな、これは傷害罪
じゃなくて暴行罪だからな、こっちが怪我していなくっても罪になるんだからな、
って。
 警察のカウンターでお巡りの襟首を掴んだら即逮捕だろう、一般人同士だって同
じ事が言えるんだからな、って」
「でも、ガーディアン・エンジェルスだって法律をよく勉強しているだろうから、
そんな簡単に襟首を掴んでこないんじゃないですか?」
「いやあ、人間、興奮させれば襟首ぐらい」
「ふーん。襟首を持たせるっていうよりか、美人局みたいな感じですね。最後に本
性を見せるって感じで」
 すぐに車は東八道路に入っていた。喧騒を抜けて、静かな夜の闇に潜り込んでい
く感じ。
「そういえば」と高橋さんは思い出した様に言った。「つい先月、事務所にあった
スポーツ新聞で見たんですけどね。元国家好委員長が警察に逮捕されたんですよ。
 その政治家が渋谷のセンター街にいたんですよ。それで、なんで昼間っから60
のじじいがセンター街にいるんだ、若い格好して、Gパンなんて履いて、って感じ
で。
 そりゃあ本人は、ただモスバーガーのシェイクを飲みたかっただけだ、と言って
いるけれども。
 でも、街には援交女子高生が溢れかえっていて。
 そりゃあ本人はモスバーガーのシェイクを飲みたかっただけだと言っているけど。
 とにかくそれで逮捕されて、署に連れて行かれたんですけど、誰もその人が国家
公安委長だって気が付かないんですって。課長が出てきても気が付かなくて、副所
長が出てきて初めて、これはもしかして先生じゃありませんか、ってやっと気付い
て。
 やっと気が付いたか、もっと早い段階で気が付かないとダメだ、とか。
 だったらモスバーガーで、自分は国家公安委員長だって言えばいいのに」
「ふーん。水戸黄門みたいな感じ?」
「水戸黄門っていうか、後から本性を出すのはずるいですよね」
 と言うと、あーーーと大あくびをした。
「お疲れの様で」
「そうじゃないです。最近眠れなくて」
「なんか悩みでも?」
「そうじゃないんです。アパートの隣の学生がうるさくて。友達を連れてきて、夜
中の2時3時まで話しているんですよ。毎晩」
「そりゃあ文句を言わないと」
「言いましたよ。管理会社に」
「いやー、直接言わないとダメですよ。私がいっちょ、話つけてやりましょうか」
「いいですよ」
 一瞬、学生って、法政の学生じゃないだろうか、と思った。
 あそこらへん、法政のラグビー部で、天山とか佐々木健介みたいな感じの奴が、
原チャリでビュンビュン走っている。
 あんなのにタックルされたらひとたまりもない。
「もしかして学生って法政とか?」
「多分、トヨタの専門学校生だと思うんですけど」
「専門学校生か。だったら余裕だな」
「いいですよ」
 東八道路が終わると、甲州街道を横切って、京王線の向こうまで南下して行った。
 川崎街道〜北野街道はがらがらで時速60キロぐらいで飛ばす。
 北野、寺田はすぐだった。
 アパートは、寺田団地から崖の下の方まで、いろは坂みたいな坂をくねくねと下
って行ったところにあった。
 とりあえず、ゴミ置き場の前に停車した。
「ここかあ、結構僻地ですね」
「…」
 ギーッとサイドブレーキを引くと、下りて行った。
 アパートは軽量鉄骨造りで、前と後に冬の田んぼがあって、擦り切れたブラシの
様に、刈り取られた後の稲が残っていた。
 アパート内の駐車場に入って行くと、足の裏でじゃりじゃり音がする。
「居るかな」と高橋さん。「居る居る、車があるから」と指差したのは、いかにも
自動車修理工が好みそうなハチロクのトレノ。
「いつもここをガレージがわりにしていじくったり、空吹かししたりしいるんで
す」
「へー、こんなポンコツをねぇ」
 バンパーに足をかけて体重をかけてみる。
「やめて、やめて」と声をひそめつつも激しく言った。
 一階の角部屋がトヨタの部屋で、その隣が高橋さんのだった。
 廊下まで来てもシーンとしている。
「静かですよねえ」
「それが、部屋の中だと響くんですよ」
 言うと、高橋さんは、バッグからキーケースを取り出す。
「それじゃあ、ちょっと散らかってますけど…」
 南京錠の鍵みたいな小さな鍵で玄関ドアを解錠した。
 電気をつけると、右側にユニットバス、左側に小型冷蔵庫、ガスコンロ、流し。
 この台所なんだか廊下なんだか分からない板の間を歩いて行ってドアを開けると
6畳のワンルーム。
 狭い。ジョン・ウェインのセットにでも入った気分になる。
 ベッドはなかった。クローゼットの中に布団があるのか。
「壁、薄そうだね」
 言うと、俺はなんとなく左側の壁に寄り添って、耳をそばだてた。
「話し声が聞こえるね」
「でしょう。今日も友達を連れ込んでいるんだ」
 俺は、いきなり、どーんと壁をぶっ叩いた。
「やめてー」と小声で叫ぶと、高橋さんは制する様に手を広げた。
 壁に耳を付けると、話し声は止んでいた。
 しかししばらくすると又話し出す。
「こりゃあ、やっぱ言ってこないとダメだな」
 俺は、ジャケットの前をはだけて両手をポケットに突っ込むと玄関に向かった。
 高橋さんもオロオロしながら付いて来る。
「手荒な真似はしないで下さいよー」
「そんな事はしませんよ」
 廊下に出ると、隣のチャイムを、きんこん、きんこん、きんこん、と連打する。
そしてどん、どん、どん、とドアを叩く。
 すぐにドアが開いて若造が顔を出した。エグザイル系でもジャニーズ系でもなく
吉本のボケ、又吉みたいな感じか。これだったらいざ武力衝突になっても余裕だろ
う。
「隣のもんだけど」と俺は言った。
「は?」
「うるせえんだけれど」
「すみません」
「すみませんじゃねーよ。おめー、トヨタの学生か?」
「はい」
「誰か来てんのか」
「あ、すみません、レポートがあって…」
「なんで修理工になるのに、レポートがいるんだよ」多少声を荒げた。「ここはト
ヨタの合宿所じゃないんだぞ。トヨタのせいでどれだけみんなが迷惑しているのか
知っているのか」
「えっ」
「名古屋の方じゃあ、トヨタがあるから、外国人労働者が殺人や強盗をやらかして、
みんな迷惑してんだぞ。分かってんのかよ」
「はい」
「二度と人を連れてくんな。今日はいいよ。だけれども金輪際人を連れてくるな。
今度連れてきたらトヨタの学校に電話するからな。近隣住民がとーよーたーのせい
で迷惑してますって。おめーの将来なんて電話一本で真っ暗に出来るんだからな。
分かってんのかよ」
「はい」
「じゃあ、今夜は絶対に喋るなよな」
「はい」
「よし、じゃあ、行こうか」と背後の高橋さんに言うと、俺はズボンに手を突っ込
んでつかつかと踵を返した。
 高橋さんも、あたふたしながら付いて来た。
 ワンルームの部屋に上がり込むと、再度、壁に耳をつけてみる。
「あんな言い方したら私がここに住んでいられなくなるじゃない」高橋さんが言っ
た。
「あんぐらい言ってやってちょうどいいんですよ」
 と言って壁から耳を離して振り向く、と、電灯の傘に頭が触れて、傘が揺れた。
 俺の陰も部屋の壁で大きく揺れている。
 なんとなく部屋全体の雰囲気が変わってしまった。
 俺は高橋さんの瞳をジーっと見詰めた。
 高橋さんも離れたタレ目でこっちを見詰めている。唇を真一文字に結んでいる。
 今しかない、と思った。
「今夜一緒にいてーな」と俺は言った
「えっ」
「今夜一緒にいてーな」
「ええっ」
 俺は一歩踏み出した。
 高橋さんは、後付さると踵を引っ掛けて、テレビと三段ボックスの間に尻もちを
ついた。
「今夜一緒にいてーな」俺は膝を付いてにじり寄って行った。
「いやだ、いやだ」
 嫌よ嫌よも好きのうち、俺は両肩を押さえにかかった
「いやっ」膝を抱える様に小さく丸まる。
「なんで。だって2回も外であっているじゃないか」
「ええ?」
「昨日も今日も一緒だったでしょ」
「それは、仕事でしょう」
「だって、ドトールでエスプレッソ飲んだでしょ。あれはくつろいでいたんじゃな
いの?」
「あの時には疲れていたから、甘いカプチーノが飲みたくて…」
「今夜も手に手を取って踊ってくれたじゃない」
「忘年会じゃない」
「そんな事ないっしょ。今夜一緒にいてーな」俺は更に迫って言った。「今夜一緒
にいてーな」
 高橋さんは「いやー」と頭を抱えて身を捩った。
 三段ボックスが揺れて、ドサドサーっと本が落ちてきた。
『100億稼ぐ仕事術』ホリエモン。『渋谷ではたらく社長の告白』サイバーエー
ジェント社長。
「なんじゃ、こりゃあ」プチプチプチっとこめかみで音がした。「てめー、こんな
もの読んでピンはねの勉強をしていたのか」
「…」
「お前も俺を利用していたんだな。このテレビも、ビデオも、俺からピンはねした
金で買ったんだろう」
「…」
「その上、俺を利用して隣の住人と戦わせた」
「…」
「お前、ピンはねされている人間の気持ちが分かるか。時給1200円でこき使わ
れる人間の気持ちが分かるか」
「…」
「お前に、代償を払わせてやる」
 俺はジャケットを脱ぎ捨てて、黒シャツのボタンを外した。
 その状態で覆いかぶさろうと、女の両肩に手を掛けた。
 女は恨めしい顔でこちらを睨むと、「いやなんです」と言った。
 そして、丸で紋甲イカでも網に乗せたみたいに、ぐにゅ〜っと顔の筋肉を歪ませ
ると、瞼を三日月形に持ち上げて、薄い唇をへの字に結んだ
「えッ、えッ、えッ、ひえ〜〜〜〜ん」と泣く。
 泣きながらも、三日月形の瞼の奥から黒目が恨めしそうにこっちを睨んでいる。
「ひえ〜〜〜〜ん」
 その顔が…。ガキの頃、妹をぶん殴ったら泣きながらこういう顔をして俺を睨ん
でいたな。
 突然俺はしんみりいてしまった。
 俺は、両肩を解放した。
 立ち上がって、電灯の傘の下に突っ立った。
 高橋さんは尚も泣いている。
 俺はシャツのボタンをかけるとジャケットを着た。
 泣くのが終わると、ひくひくしゃくりあげながら高橋さんは言った。
「私、隣の人に文句を言ってなんて頼んでいない。有田さんが勝手に、言ってやる
って買って出てきたんじゃない。
 T芝の主任に話を通すとか言っていた時にも、あれー、この人、自分で前へ前へ
と行く人なのかなぁ、って思ったけど。
 だから、グッドの人だって、勝手に前へ前へと行くって感じてんじゃないの? 
グッドの人が言うみたいに、やっぱり、共依存関係なんじゃないの? 弱みにつけ
込むのは自分に自信がないから、とか思った…」
 涙を擦ると、ずずーっと鼻を吸う。
「とにかく今日は帰って下さい」
「えー」
「帰って」毅然と言うと、高橋さん立ち上がった。
 そして、突然、北斗の拳の突きみたいに、「たーーーたったったっ!」っと突い
てきて、一気に玄関の外まで追い出されてしまった。
 転げ落ちる様に玄関から追い出されると、ドアがバタンとしまって、鍵のかかる
音、チェーンの降ろされる音がする。
 えー、っと一瞬呆気にとられたが、とりあえず、靴をちゃんと履き直す。
 それから合板のドアを見つめて、これで終わりかよ、納得出来ない、と思う。
 俺は、ドアノブに手を掛けようとした。が、突然、やばいんじゃないか、と思え
てきた。
 もしかしたら、サツにでも電話されるんじゃないか。
 俺は魚眼レンズを親指で押さえると、中腰になってドアに耳を当ててみた。
「げーっ、うえーっ」という嘔吐の音がしている。ユニットバスで吐いているのか。
 そんなに俺が嫌いなのか。
 ストレスで吐いただけなんじゃない?
 いやー、やっぱ俺の事が嫌だったんだよ。
 ここまでやられれば、すっきりするわい。こっちに勝ち目はなかったのだから。
チップのあるなしに関わらずただまんにはありつけない、という感じ。
 あー、すっきりした。
 俺はすっきりして、その場から踵を返した。

 田んぼの横の道から、アパートが見下ろせる。
 トヨタの自動車学校に、家政なんとか大学か。貧乏くさいアパート。
 しかしまてよ、と思う。俺は、決して、高橋さんが言うみたいに、自分に自信が
ないから隣の専門学校生を脅かして、その代わりにセックスしよう、みたいな取り
引きをした訳じゃない。
 ただ、上手く行くかも知れないしダメかも知れない、という男女の駆け引きは苦
手なのだけれども。職場での加藤との駆け引きが苦手な様に。
 原子みたいに固定した関係なら、かなり強引な事が出来るんだよ。例えば、本番
まな板ショーみたいにね。
 車に乗り込むとキーを回してエンジンをかけた。
 とりあえず明日からはもう会社には行けないな、と思った。
 辞めるっきゃない。だったら、会社都合にして、即、雇用保険を貰わないと。レ
インボーの事務所に行って大声を出せば、会社都合にしてくれるだろう。しかし、
吉祥寺まで行くには、道も混んでいるし、電車代ももったいないから、原チャリで
行く様かな。
 やっぱり、俺は先に先にと考える癖があるのか。
 つーか、明日は土曜だよなあ。明日は劇場に行かなくっちゃ。忘れていた。俺に
は劇場があった。
 何があったって俺には劇場があるじゃないか。
 あそこでジャンケンに勝ちさえすればただまんにありつけるんだ。
 カーステのスイッチを入れると、ハウス・ミュージックが流れだした。
 ♪ライト・イン・ザ・ナーイと 
   ライト・イン・ザ・ナーイと
 俺はオヤジと一緒に手拍子をしていた。
 ライト室からアナウンスが聞こえてきた。
「はい、ジャンケンよろしくー。なおジャンケンは公正にね。インチキジャンケン
はお断りー」
 俺の心は既に劇場にあった。


【了】














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