AWC 【純文学】今夜一緒にいてーな 2


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#1083/1110 ●連載    *** コメント #1082 ***
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:19  (461)
【純文学】今夜一緒にいてーな 2
★内容                                         17/04/06 13:53 修正 第2版
 そういう訳で、俺は鉄塔の駐車場から車を出すと、今度は王子に向かった。
 八王子から80キロも北上して、今度は20キロ南下する。こんな事にガソリン
を使っていいのだろうか。
 カーラジオから、JーWAVEグルーヴラインのエンディングが流れてきて、一
日の終わりを予感させる。まだ一発もやっていないのに。
 この時間帯、都内に向かう上り線はがらがらで、すぐに王子に到着した。駅裏の
コインパーキングに車を突っ込む。
 チラシを見ながらうろつくと、すぐにターゲットの雑居ビルは見付かった。
 ビルに入った途端に、お湯のニオイがする。ビルのテナント全部が風俗店で、各
階にファッションヘルスだのの看板が出ている。
 3階の「萌えヌキ倶楽部」に入った。
「はい、いらっしゃい」角刈りのあんちゃんが、威勢のいい声をかけてくる。「い
い子がいるんですよぉ」
 さっそく、カウンターの上にクリアファイルをひろげると、ぱらぱらめくる。
レースクイーンだのミニスカポリスの格好をした女の写真が見える。
「この子なんてどうすか」
「ちょっと待って。その前に、8千円で2発って聞いたんだけれども、それは本当
なの?」
「そりゃあ旦那、たまたま早く行っちゃって、時間が余ったから話しているうちに
もう一回ってなっただけで、別に2回を売りにしている訳じゃないんですよ」
「そうなんだ…」
 という俺の落胆など意に介さず、女を勧めてくる。「さあ旦那、この子はどうで
すか。この子だったら今すぐ入れますよ」
「これかあ。ビニ本に出てきそうな女だなあ。もっと素人っぽいのがいいんだけ
ど」
「それじゃあ」と店員がぱらぱらめくるのにすかさず指を突っ込んで、
「この子は?」
「この子は、今、入っちゃっているんですよ。だから30分待ちだ。そうだ、旦那
にお勧めなのはこの子だ」
 と店員が勧めてきたのは、109にいそうな茶髪のギャル
「これかあ」唸った。「これで1発8千円だったら、うま味を感じないなあ。2発
やれるんだったらともかく。やっぱ、俺、ちょっと、考えるわ」と踵を返そうとし
たら、
「わー、ちょ、ちょ、ちょっと待って」カウンターから身を乗り出してきて、人の
袖を引っ張る。「分かった、やらせますよ。2回やらせます」
「本当?」
「本当だよ」
「2回やらせるんだったらこの女でもいいかなあ」
「いやあ、もうやらせますよ」
「約束だからな」
「いやあ、もう大丈夫」
「だったら行ってみる」

 待合室で、写真週刊誌をめくっているとすぐにギャルが現れた。タンクトップに
ホットパンツを着用。顔は、ギャル曽根みたいな感じ。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
 女に案内されて中に入って行った。間仕切りで区切られた迷路みたいな通路を歩
いて行く。
 個室に入ると、真っ暗だった。あちこちに、ぶつからない様にLEDのランプが
付いている。
 これじゃあ女の裸が見えないじゃないか。乳首でも黒いのか。
 それからポンチョみたいのを渡されて着替えた。
「ジャワーはここじゃないんです」
 又女に誘導されて、迷路の廊下を歩いて別室のシャワールームに行った。
 そこで、ポンチョを脱いで、女も裸になった。
 浅黒い肌にアーモンド色のびーちく。
 女はさっそく背中を丸めて、ポンプ式のボディーソープをスポンジに染み込ませ
た。
 それでも、蛍光灯の下で見ると生々しいな。
 シャワーを出してスポンジを泡立てる。
「失礼しまーす」と言ってちん洗いを始める。
 すぐに泡の中からちんぽが勃起してきた。
「たつと洗いやすーい」と如何にも低偏差値な事を言いつつ、しごく。
「あー、いいや。このままここで一回目出させて」
「えー。いいんですか。こんなところで行っちゃって」
「いいから」
 女がしごくと、簡単に、ぴゅぴゅぴゅーっと射精した。
 女がザーッとシャワーで流した。
 白濁した液体が排水口に流れ、塩素臭の残り香が立ち上る。
 くらくらする。何しろ八王子から80キロ、越谷から20キロだからなあ。

 シャワーが終わって、真っ黒い部屋に戻るとベッドに腰掛けた。
 女がCDのスイッチを入れるとパラパラが流れ出した。ディスプレイのLEDが
暗闇の中で揺らいでいる。
 超小型冷蔵庫を開けると瓶入りジーマを取り出して1本くれた。
 プルトップを開けて「かんぱーい」
 一口飲んで、「あー、美味しい」
「ところで名前なんていうの?」
「ユカリ」
「こういう曲、好きなんだ」
「好き」
「彼氏とかいる?」
「えー、いたらこんな仕事していないよー」と茶髪の毛先をくるくる指でまるめた。
「髪とか染めない方がいいよ。あと日サロとかもやめた方がいいよ。その方がいい
男が寄ってくる」
「えー、そうなんですかぁ」
「結局男は身持ちの固い女が好きなんだから。いい男を見つけりゃあ働かなくても
家でテレビでも見ていればいいんだし」
「ふーん」
 女はタバコを出した。
「吸っていいですか。吸います?」
「いや、いらない」
 女は火を付けると、深く吸い込んで、フーっと煙を吐き出した。
 煙が漂う。
「話す事なくなっちゃったな。それ、吸い終わったら2回目行こうか」
「は?」
「2回目」
「そんなの、ないよ」
「なんで。あるって聞いたぞ。2回で8千円だって」
「知らねーよ」
「知らねーよじゃねーだろう。つーか、まだ20分もあるし」
「じゃあ、チップくれたらやらせてあげる」
「幾ら?」
「1万円」
「なんでそんな金、要求するんだ…」
 劇場でも、先にチップを渡してサービスを引き出した方が利口だとみんな言う。
よかったら後で渡すなんて愚の骨頂だと。
「そんなの馬鹿らしい。つーか、俺はセックスだけを買っているんじゃなくて、嘘
でもいいから擬似恋愛というか…」
「だったらなんで2回で8千円とか言うんだよ」
「それは…」
「結局安くあげたいだけでしょ。遊び人の癖に金払いが悪いっていうのは、どうな
のかしらねぇ」
 瞬間的に、さっきの「お客さんはアパートに入れらんない」という台詞とか、昔
18歳の踊り子が60のジジイに貢がれて、結婚してもいい、とか言うんで、「あ
のジジイは金を払って個室に入ってくる男じゃないか」と言ったら、「あなただっ
て金を払って私のところに来る。どこが違うのか分からない」とか言われて、俺は
親身になって相談にのっているんじゃないか、どうしてその違いが分からないんだ。
 パラパラを聞きながら、首でリズムをとって、タバコを吸っている、このドン・
キホーテのコスメのコーナーにいそうなあばずれを見ていて、こんな女に払う銭は
ない、と思う。
「話しにならないな」
 ベッドから起き上がると、ポンチョを脱ぎ捨て、Gパンにシャツを着て、化繊ダ
ウンを抱えておん出てきた。

 受付に出てくると カウンターの外から店員に噛み付いた。
「おい、2回目、やらせなかったぞ」
「そりゃあ残念でしたねぇ」角刈りは、蛙の面に小便って感じで、鼻歌交じりにク
リアファイルをめくっていた。
「すっとぼけるな。話が違うじゃないか」
「だから、それはお客さんの持って行きようだ、って言ったじゃないですか」
「お前、2回って確約したじゃないか」
「ふん」と風営法の看板に手をかけると「うちはそもそも本番行為は認めていない
んだよ」
「何言ってんだ、俺はそんな法律の事を言っているんじゃない。さっき約束しただ
ろう。人間と人間の約束だ」
「なにが人間だい。2発やりたかっただけだろう。人間とかいうなら女の子の気持
ちも考えてみろ」
「偉そうな事言うじゃないか。俺がちょっとそこの公衆電話から、お恐れながらと
電話すりゃあ おめーも女も前科一犯になるのがわからないのか」と言って、俺に
正義はないな、と思った。
「やんな。やんな。こっちは風営法の看板出して営業してんだ。中で何をやったか
なんて、おめーが警察に行って説明しなけりゃならないんだぞ。おめーが裁判所で
証言しなけりゃならないんだぞ。そんな度胸あるのか。あーあー、何が人間だよ、
全く。人間のカスだ、おめーは」
 言うと角刈りは、店の入り口の盛り塩をこっちの足元に投げつけてきた。「帰り
やがれ」



 2

 翌日、俺は真面目に会社に行った。
 俺は派遣社員としてT芝日野工場で働いていた。通勤には車を使っていた。工場
のそばに月極駐車場を借りておいて。派遣会社は、勤務地に到着してから仕事は始
まると考えていて、交通費はよこさず、且つ、途中で事故があると雇用者の責任に
なるもんだから、公共機関を使えという。そんなのは無視していた。
 車から下りると、12月の冷たい空気を鼻腔で感じる。ダイソーで買ったポリエ
ステルのネックウォーマーを鼻までずり上げた。
 俺は、作業着の上に化繊ダウンを着込んで、スポーツバッグをたすき掛けにして
いた。
 工場のフェンス沿いを歩いていると、他の社員もみんな丸でミシュランマンの様
に着膨れしているのが見えた。そして西門に吸い込まれて行く。
 西門の前で加藤と出くわした。倉庫で一緒に働いている奴だ。
「いやー、昨日はひでぇ目に…」と会うなり言ったところで、言葉を飲み込んだ。
 こいつは前職不動産屋で、あること無いこと言いふらして人のイメージを毀損す
る、全く信用出来ない奴なのだ。
 黒目の上下に白目が見える。それを気にしてかメガネのレンズに緑色が入ってい
て、ますます変態っぽく見える。
 西門から入ると真ん中の道を構内に入って行った。
 右手の基板工場から、グッドウィルの派遣社員が、台車に基盤を積んで、左手の
プレハブの携帯工場に向かって運んでいた。そいつは作業着も貸与されず、グッド
ウィルのブルーのトレーナーを着ていた。基盤工場の出口の所では、T芝の作業着
を着た正社員が、クリップボードを抱えて、帽子を目深に配って、作業の様子を監
視していた。丸で強制収容所のナチスの兵隊みたいな感じ。あいつらは、T芝の作
業着にプライドをもっていて、俺らがT芝の作業着を貸与された時にも、「どうだ、
T芝の作業着を着れて誇らしいだろう」とかなんとか言っていた。
 朝日の当たっている芝生のところでは、グッドウィルのトレーナーを着た津村記
久子みたいなのが首から休憩中のプラカードを掛けてタバコを吸っていた。
 それを見付けて俺は、「あいつら、雨宮、赤木みたいに戦わないのかねぇ」と言
った。
「あいつらあれで、結構満足しているんだよ。つーか、部品の出し入れとか、組み
立ての段取りとか、そういうのに段々慣れてくると、働く喜びとか感じたりするん
だよ。そういうやる気をグッドとかT芝とかに利用されているんだけれども、そう
いうのは、鵜飼とか、豚にトリュフを採らせる様なものだな。ヒヒッ」と加藤はシ
ニカルな事を言う。
 一瞬、交番に出頭した事とか、アフラックに告知した事とか、俺の正直さを突か
れた様な気がしてカチンとしたが。
 携帯工場が終わったあたりの十字路の左側が出荷場になっていて、ナッパ服を着
たT芝物流の作業員が、木枠梱包されたでっかいパラボラアンテナを、トラックに
積み込んでいた。
 更にその奥に、薄暗くて日が当たらなくて裸電球がぶら下がっている、木枠梱包
だの、ダンボール箱への箱詰めなどをする作業場があって、梱包屋の社員が朝礼を
していた。紺色の作業着を着た、高齢男女なのだが、妙に小柄で、生まれた時から
貧しくて栄養状態が悪かったんじゃないかと思える様な人達で、グッドウィルの奴
らとは又違った感じの底辺さを感じる。一人前で喋っている所長だけは、俺らと同
じ年格好で、色白で、デブっていて、元暴走族の頭という噂だった。昔は集会で活
を入れていたのだろうか。
 その梱包屋の事務所に俺らのタイムカードはあった。
 俺の派遣元は、レインボーという会社なのだが、直接T芝に派遣されている訳で
はなく、レインボー→神本梱包屋→T芝、と二重派遣、つまり二重ピンはねされて
いるのだった。因みに加藤の派遣元はグッドウィルだった。
 さて、交差点の反対側の4階建の工場に俺らは向かった。
 4階の生産管理事務所のロッカーで着替えると、2階の倉庫に行く。
 倉庫といっても元は事務所だったのが今は空き家になっているのを倉庫に使って
いるのだが。
 左右のラックに、カメラ、テレビ、DVRがずらーっと積み上げられていた。こ
こで、この加藤と二人で、全国の営業所から来た伝票をチェックして、製品を出荷
場に持っていくのが俺らの仕事だった。もっとも最近はそれだけではなく、だんだ
ん労働強化されて、ワイヤーハーネスを作っておけ、とか、カメラに電源ケーブル
をつけておけとかいう作業もあったのだが。
 ラックの間から倉庫内部に入ると、真ん中に作業台があって、ネジ回しとか圧着
端子のついたハーネスが散らばっていた。作業台の脇には、ハーネスを取り付け済
みのカメラが4、50台積み上げられていた。
「俺が居なくてもちゃんと作業していたかなぁ」
「まあな」いきなり加藤はあくびを噛み殺す。
 しかし、何気、カメラを取り上げて見てみると、圧着端子はぐらぐらだし、平ワ
ッシャーの向きもまちまちだった。平ワッシャーの向きはバリが出ている方が外側、
とか、ネジはスプリングワッシャーが潰れてから15度ぐらい回したところで正し
いトルクが得られるとか、決まってんのに。
「加藤さん、これじゃあ駄目だよ。ぐらぐらじゃない」
「そんなの適当でいいんだろ。どうせ二重ピンはねされてんだから」
「そういう問題じゃないでしょう。こんな電源部のネジがいい加減だったら、どっ
か地方のコンビニで火事にでもなったらどうするのよ。そういうの平気なの?」
「平気だね」
「平然と言わないでよ、平然と。PL法で責任を追求されたらどうするのよ」
「別に俺達、教育も受けていないし、手当だってもらっていないんだから、責任な
んてないね」
「教わったじゃない」
「あれはやり方を教わっただけで、教育でも資格でもないよ。無資格の俺達に作業
させる会社がいけないんだよ」
 こういう奴が原発を作るから災害が起きるのだ。
「もう全部やり直しだよ。こんな事だったら、何もやってくれない方がよかったよ。
いちいち外すのも面倒臭いし」
「全部やり直すのかよ」
「当たり前だろう、こんなもの出荷出来ないだろう」
「あんた、真面目だな。でも、それがトリュフを採る豚だっていうんだけど。ヒヒ
ッ」
「うるせッ。お前みたいな適当な奴は、テキ屋か不動産屋でもやってろ。俺がやる
からお前は手を出すな」
「そんじゃあお任せします」
 言うと、パイプ椅子を広げて少年マガジンを読みだす。

 それから俺は、黙々と、ハーネスの付け直しをやっていたのだが、黙々と作業を
していると、だんだんムカムカしてくる。
 横目で加藤を見ると、平気で漫画を読んでいやがる。よく平気で読んでいるよな
ぁ、人にやらせておいて、目と鼻の先に居るのに。
 そういえば、あの野郎、俺の事を、トリュフを採る豚だと言った。という事は、
確信犯で俺にやらせているんじゃないのか。俺は、レインボーにもダンボール屋に
もピンはねされているが、その上加藤にまで利用されているって事か?
 ムカつくなあ。
 既に作業台の端には4冊も雑誌が積まれている。ああやっている間にも、あいつ
にも賃金は発生しているのだ。15分で300円ずつ、チャリーンと。300円つ
ったらかまど屋ののり弁が買えてしまう。昼休みになるとかまど屋が売店の前にワ
ゴンを出しているのだが。
 ああ、胸いっぱいに不公平感が広がっていく。
 あいつのパイプ椅子を足払いで蹴飛ばしてひっくり返してやるか。

 しかし午前中は堪えた。
 昼休み、かまど屋ののり弁と売店で別っぱらのスニッカーズを買って、社食に行
った。
 加藤はカレーうどんと稲荷セットを取ってきて食っていた。うどんにカレーの汁
をたっぷりと含ませて、汁ごとずるずるっとすする。唇の周りをカレーだらけにし
て。汁は全部飲み干していた。

 午後になってからは、出荷作業を行った。 
 営業所から回ってきた伝票を、加藤が読んで、俺が棚から製品を降ろす、という
風にやっていく。こうやってやった方が、それぞれが伝票を見ながらやるよりも、
早いのだ。でもこうやってやっていると、加藤に使われている様な気がしてくる。
逆でもいいのだが、そうすると、加藤は、先入れ先出しをしないで、手の届くとこ
ろから適当にとっていくので駄目なのだ。
 俺が這いつくばって奥から出すと、加藤がビンカードにシリアルと数量を書き込
んだ。こ汚い字で1なんだか7なんだか9なんだか分からない。
 そうやって倉庫一周を回って、台車一杯に、カメラだのDVRだのを集めてくる。

 作業台のところに戻ってくると、営業所の伝票を宅急便の伝票に書き写す作業が
あった。
「俺が汗だくになって、製品を出したんだから、そっちが書き写してよ」と加藤に
言った。
 そして俺はノートPCを広げて、エクセルのシートを開いた。
 加藤が書いたこ汚いビンカードなどアテにならないので、自分でエクセルの表を
作って在庫管理しているのだ。
 俺は、台車に積まれたダンボールを見ながら、機種、シリアル、数量をPCにタ
イプして行った
「なんでそんな事やんだよ」今日に限って加藤が言ってきた。「そんなの会社から
やれって言われてないだろう」
「そんな事言ったって、こうやってちゃんとしておかないと在庫が合わないじゃな
い、そっちの書いた字が汚いから」
「そうじゃないだろう。俺の字がどうこうじゃなくて、手書き自体が気に入らない
んだろう」
「ええ?」
「1か0かでやりたいんだろう。時計もデジタルだし」
「えっ」
「あんた、毎日シャワー浴びないだろう。その癖、ウォシュレットがないとうんこ
ができないタイプ」
「なんだよ、そりゃあ」
「ざーっとでいいから毎日入ればいいのに、あんたは局所的に潔癖にしようとする
タイプなんだよ」
「なんだよ、そりゃあ」
「要するに豚のきれい好き、って感じかな、ヒヒッ」
「なんだよ、そりゃあ。つーかおめー、朝から豚、豚、うるせーな」
「興奮するなよ、ヒヒッ」
 加藤は分厚い緑のレンズの向こうで細い目を見開いて、ヒヒッと笑っていた。

 台車を転がして出荷場に行ったら、神本梱包の事務所のガラスの向こうに所長が
船を漕いでいるのが見えた。
 ふと、加藤がいかにいい加減かを相談してみるかと思ったが、全く頓珍漢な事だ
と気付く。
 あの梱包屋は、レインボーに口座を貸して、口座使用料として数%をピンはねし
ているだけなのだ。本屋のマージン取りみたいなものか。
 突然、昔、笹塚のセブンイレブンで買った折りたたみ傘が開けた瞬間にバラバラ
になったので帰りに調布のセブンイレブンに文句を言いに行ったら、えらい威勢の
いい店長で「そんなもの、ロサンゼルスのポロショップで買ったポロシャツを東京
のポロショップで返品する様なものだ」と逆に怒鳴られたのを思い出した。
 こうやって昔の悔しい思い出でを思い出す時っていうのは、脳がかなり沸点に近
づいているんだよな。誰かに相談しないと。

 出荷が終わった後は、一服の時間なのだが、俺は禁煙してしまったので、加藤だ
け工場一階の喫煙所にやった。俺は一人で出荷場の隣の社食に行くと、自販機コー
ナーで、紙コップの粉っぽいコーヒーを飲んだ。
 それから二つ折り携帯を取り出してメールを打ち出した。

 To akiko_takahashi@rainbow_tool.co.jp
 Sub 一緒に働いている他社派遣社員について
 レインボースタッフ殿 高橋亜希子様
 お世話になっています。
 現在一緒に働いているグッドウィル派遣社員が不真面目で困っています。
 電源ケーブルをカメラにネジ止めする作業があるのですが、いい加減です。
 電源ケーブルですから、現地で漏電事故が起こる可能性もあるのに、関係ないと
言います。
 結局、彼には仕事を任せられず 小職が一人でやっている状態です。
 というか、私の真面目さを利用してサボっているのでは、とさえ感じます。
 現場には上長が居ないので誰にも相談出来ません。
 神本の所長に言ったところで無理だと思います。
 レインボー殿から、神本かT芝に言ってもらえないでしょうか。
 よろしくお願い致します。

 俺の担当は、今年大学を出たばかりの女子なので、あんまり言いたくはなかった
のだが。しかし、トリュフを採る豚なんて言われた日にゃかなわないぞ。炭鉱のカ
ナリアならともかく。
 しかし、その日メールの返事は来なかった。

 翌日になってもメールの返事は来なかった。
 あの女子大生にしてみたら、こんな日野の派遣社員なんてどうでもいいのか。
 とにかく、俺は、今日は公平に作業をしようと思っていた。昨日は俺一人が家畜
になって働いていた感じだからなぁ。
 午前中のカメラに電源ケーブルを付ける作業の前に俺は加藤に言った。
「加藤さんよ、今日は、俺が電源ケーブルを付けるから、加藤さん、ダンボールに
しまってくれる?」
「ああ、いいよ」と加藤は言った。
 そしてそういう役割分担で作業を開始した。
 ダンボールにしまうなど、なんのスキルもいらない単純作業に思えるが、ケーブ
ルを束ねたり、ビニール袋に入れたりして、ちゃんとダンボールの蓋が閉まる様に
格納するのは結構面倒なのだ。そういう肉体的負荷を加藤に与える事で、雰囲気的
に公平になる。
 もっともそういう作業は加藤はいい加減なのだが、別に適当に箱に入れたとして
も、ケーブルさえちゃんと付いていれば品質には問題ないので、俺は気にならなか
った。これも豚の綺麗好きなのか。
 そうやって午前中の作業は公平な感じで終わった。

 昼休みは又かまど屋ののり弁を食った
 加藤は又カレーうどんと稲荷セットで、カレーうどんの汁を全部飲み干すと、お
冷を口に含んで、舌で歯の表面の汚れを落とすと、そのまま飲んでしまった。
 見ていてゲーッとする。

 午後からも、作業の公平を期す事を第一とした。
 営業から回ってきた伝票を真っ二つに分けると、それぞれがやる事にした。こう
するとかえって時間がかかるおだが、お互いの体力の消耗が平等だというのがよい。
あと、加藤は先入れ先出しもしないし、ビンカードにも書いたり書かなかったりで
だらしないのだが、最後にエクセルに打ち込むので、在庫はちゃんと把握出来るの
で、豚の綺麗好き的には満足だった。

 そうやって倉出し作業を終えると、何時もの様に出荷も終える。
 その後、加藤は喫煙所に行き、俺は社食の自販機の所に行った。粉っぽいコー
ヒーを飲みながら、それでも今日は公平に仕事が出来たなぁと満足したのだった。
 しかし、今日はまだやる事があった。今日は水曜で掃除があったのだった。

 休憩の後、倉庫に戻ると掃除を始めた。
 これにも、不公平の無い様に、週ごとのローテーションがあって、どっちが雑巾
がけでどっちが掃除機がけというのが決まっていた。
 今日は加藤が掃除機の日だった。
 俺は、作業台やラックの隙間などを乾拭きしながら、加藤の掃除機がけの様子を
見ていたのだが。なんであんなに適当なんだろう。盲人が杖を突くように、或いは、
富士そばの天ぷらでも割り箸で突く様に、ペタペタペタペタ掃除機のノズルを床に
当てている。あれじゃあ全然吸い取らないだろうが。もっと床面にノズルをすべら
せる様にやらないと。
 俺は、ラックの隙間からジーっと見ていたのだが、とうとう我慢出来ず声を発し
た。
「なんだそのかけ方は。もっとちゃんとやってよ」
「いいんだよ。こんなの適当で」
「適当にやろうがちゃんとやろうが労力は同じなんだから、ちゃんとやってよ」
「だったら来週自分の番になったらちゃんとやれば」
 俺は、雑巾投げ捨て、駆け寄っていくと、掃除機を奪った。「お前、何もやらな
くっていいから漫画でも読んでろ」
 加藤は最初目を見開いてびっくりしていたが、表情を緩めると、
「そんじゃあお願いします」と言って、パイプ椅子を引っ張り出して腰を下ろした。
 マガジンを手にとってめくりだす。

 俺は掃除機をかけだした。パレットの周りではポールをどかして、作業台のとこ
ろではパイプ椅子をどかして。
 加藤は平然と漫画を読んでいやがる。何で手伝わない。お前は漫画でも読んでい
ろ、とは言ったものの、拘置所の掃除みたいに、パイプ椅子をどかすとか、コード
捌きをするとか、手伝ってくれればいいじゃないか。
 俺は加藤の方に迫っていって、掃除機のノズルをパイプ椅子の脚をごんごん当て
て、
「ほらあ、どいてくれよ、せめて邪魔しないでよ」と怒鳴る。
 加藤は、ひょいっと立ち上がって、パイプ椅子を移動させると、そこで又漫画を
読みだした。
 結局、俺一人で、全床面に掃除機をかけた。
 やっとこ終わると、へたばって、作業台のパイプ椅子に腰を下ろす。
 フェイスタオルで顔を拭う。
 おもむろにマガジンから顔を上げると、加藤が言った。
「あんたを見ていると死んだ女房を思い出すよ」
「は?」
「いや、俺の死んだ女房は世話焼きでさあ…」加藤は喋った。
「あいつは世話焼きでさぁ。
 俺の酒の肴のコレステロールが高いだの、小便が臭いから糖尿じゃないかだのと、
口から入るものからちんこから出るものまで、色々世話を焼くんだよ。もちろん口
からちんこの間のその他色々に関してもね。
 そして、さんざん世話を焼いておいて、突然キレるんだよ。自分は利用されてい
るーって。
 そのキレ方が半端じゃなくて、向こうの親まで巻き込んで騒ぎ出すので、もうカ
ウンセリングを受けろって話になったんだよ。
 そうしたら、嗜癖だって言うんだよ。
 嗜癖って知っている?
 嗜癖っていうのはね、例えば出汁ってあるだろう、ああいうのは豚骨とか昆布と
か、何かを煮詰めて出てくるものだろう。だけれども、味塩だけを舐める女がいる
んだよ。そういうのを嗜癖って言うんだけれども。
 セックスでも同じでさぁ、映画を見たり食事をしたり、色々な事があって、そう
いうのの一部、というか結果として、セックスあるんだけれども、セックスだけを
求めてくる奴がいるんだよ。セックスを嗜癖にしているんだよ。そういう奴はやた
らと回数をやりたがる。2回やらせろと迫って行ったり。そういうのはセックス依
存症だな。
 まぁ、そういう感じで、俺に関しても、食う寝る遊ぶがあって、俺のダメな所も
あるのに、俺のダメな所だけに注目してくるんだよ。
 そういう感じで俺のダメな所を嗜癖にしている、って言うんだな。
 なんでそんな事するんだろう。不思議だと思わない?
 カウンセラーによれば、自分に自信がないからだって言っていたよ。自分に自信
があれば、愛されて当然と思うから、どーんと俺にぶつかって来るんだけど。自信
が無いもんだから、何か自分を必要とする相手のだらしなさが必要になってくるん
だよ。
 それはちょうど、非モテがさあ、愛されて当然と相手の体を求めていけないから、
金を払って買春を繰り返す、みたいなものかなあ。
 まぁ俺にしてみれば、女房が俺のダメさをケアしてくれる訳だから、断る必要も
なく、ますますダメになっていく、女房はますますダメさをケアする、という負の
スパイラルが起こる訳で、これを共依存関係って言うんだよ。
 そしてその内、自分は利用されているのだとキレる。それにそういうのはやっぱ
りストレスになっていたらしくて、最後には乳がんになって死んだけれどもな。
 まぁ、俺には保険金が入ったけれどもな」
 喋るだけ喋ると、自分で勝手に受けて、ヒヒヒッっと笑う。
 こんな上下三白眼の鶏男にそこまで惚れる女がいるのか、と思う。もっとも加藤
の言う共依存関係とかいう理屈で行けば、ダメさがあるからこそ惹かれて行く訳だ
が。だめんず・うぉ〜か〜、みたいなものか。
 加藤と女房の関係は知らないが、俺と加藤が共依存関係だなんてあり得ない。俺
が加藤を求める訳がない。俺がこの鶏男に惹かれる訳がない。即にでもチェンジし
て貰いたいんだよ。俺はただ公平でありさえすればいいと思っているのだ。
 しかし、加藤の方では、こっちを共依存関係とやらと思っている訳だな。この野
郎、確信犯だな。







元文書 #1082 【純文学】今夜一緒にいてーな 1
 続き #1084 【純文学】今夜一緒にいてーな 3
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