AWC 今夜一緒にいてーな 1


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#1082/1158 ●連載
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:18  (439)
今夜一緒にいてーな 1
★内容

 1


 ある初冬の月曜日の午後、俺は中央道を八王子から高井戸方面に向かって走って
いた。ストリップ劇場に行く為に。
 ストリップには10年ぐらい前、95年頃からはまっていた。
 当初は近場の劇場に通っていたのだが、当局の手入れでどんどん潰れて、今では
北関東の方まで行かなければならなくなった。それで、行く時にはいっつも、中央
道、外環道などを使ってひたすら北へ北へと上って行くのだった。
 それでも、平日だったらピストン西沢グルーヴラインとか土日だったらハウス・
ミュージックなどをカーステでがんがんかけて、ノリノリでハンドルを叩いたり手
拍子をしながら運転していくは楽しかったのだが…。
 しかし今日はそういう訳には行かなかった。AIDSの検査を受けたからだ。劇
場に行く途中で保健所に寄って結果を聞くまでは安心出来ない。
 俺が何時も行っているストリップ劇場には個室サービスというのがあって、店の
あちこちにユニットバスぐらいの小部屋があって、一発やらせてくれるのだが。し
かし、厚生省が、AIDSがどれぐらい広がっているのかを調べる為に、そこのコ
ンドームを回収して調べてみたら、なんと80本に2本の割合でHIVが発見され
たのだ。
 それがマスコミ沙汰になったのは、そういう方法でデータを集めていいのかとい
う事が問題になったのだが。
 しかし、80本に2本といえば40人に1人だから、あそこの店が満員になれば
一人ぐらいはHIVに感染しているという計算になる。あの店は、生ではやらせな
いのだが、中には親指の爪を尖らせておいて、入れる瞬間に傷を付けておいて中で
剥けるようにする、というふざけたオッサンもいるから、こっちはこっちで、たま
には勢いで生尺という事もあるから、そうすると間接キスじゃないけれども、その
オッサンのHIVが俺に伝染するという事もあるんじゃないか。そうやって考えて
いると、感染しない方があり得ない、と思えてくるのだ。
 そういう訳で、HIVの検査に行ったのが先週末だった。しかし結果が出るまで、
一週間も待たされる。そうすると、もう、AIDSノイローゼみたいになってしま
って、あの劇場での感染は勿論の事、あんな保健所に来ている連中はモーホーみた
いなのが多いに決まっているから、あそこで感染したかも知れない、もしかしたら
俺の前で採血した奴の注射針から伝染ったかも知れない、みたいにぐるんぐるんし
てしまうのだった。
 そういう訳で、劇場に行く前に保健所に向かっていた。保健所は八王子ではなく
練馬石神井のにした。そうすればついでに北関東の劇場で遊べると思ったから。
 高速を下りると、環八、井荻トンネルを経て、西武池袋線の高架をくぐったとこ
ろで左折した。くねくねとした裏道を行くと、石神井の街に入った。どっか止める
所はなーとしばらくぐるぐるしてから、駅の北側の市営住宅の中に駐車する。そこ
からは歩いて行った。
 保健所はレンガ造りの頑丈そうな建物で、玄関から入ると、受付の発券機で番号
カードを引っ張り出した。
 エントランスホールに入ると妙に採光が良くて、壁も床も薄ピンクに光っていて、
妙に脚の細い椅子やテーブルが設置してあって、そこらへんに、白人のグッドルッ
キングガイ二人組と日本人の幼児、とか、超デブの母親と逸見政孝似の旦那さんと
ハーフの娘、とか、壊れた様な家族が居る。こいつら全員感染してんじゃねーの。
 そいつらと距離を置いて、しばらく待っていると、俺の番号が呼ばれた。
 がらがらがらーと引き戸を開けて診察室に入る。白衣というよりか割烹着みたい
なのを着た若奥さんみたいな保健婦さんがいた。見た瞬間、これだったら大したト
ラブルはなかったんじゃないか、と思う。だって陽性で、いきなり泣き崩れたりし
たら、こんな女じゃあ対応出来ないだろう。
 偽名を書いた申込書を渡して検査結果をもらった。
 ぺろりんと開いてみると…HIV陰性、梅毒陰性、クラミジア陰性。
 俺は結構冷静だった。
 しかし、「質問はありますか?」と聞いてくるので、「キスではうつらないとい
うが、フェラチオではどうなんですか?」とか、「ディープキスをしていて相手の
女に口内炎があったらどうなるんですか?」とか、如何にも激しいセックスをして
いるんだぜ、みたいな事を言ったので、やっぱ俺は興奮していたんだと思う。普段
俺はこんな素人の奥さん相手に下ネタを発せられないから。
 エントランスに出てきた頃には喜びがこみ上げてくるのが感じられた。ほとんど
ガッツポーズしたい程に。しかし陽性の奴に刺されると困るので止めたけど。そし
て笑いを噛み殺して足早に走り去ってきた。
 そして、保健所の外に出た時には「陰性」の横断幕を掲げたい気分だった。なに
しろ一週間も不安に苛まれていたんだから。

 とにかくこんな所に長居は無用だと思って、俺は、石神井のビルの谷間を走った。
高架の向こうに向かって。
 すぐに市営住宅の中に戻って、車のところに戻ると、ポケットに手を突っ込んだ。
キーを出すのももどかしい感じで。
 が、何気バンパーを見ると、チラシが挟まっているのが見えた。…なんなんだろ
う。車検が近いからか。
 しかし、近くに寄って剥がそうとしたら、それは、なんと駐禁の輪っかだった。
 なんじゃ、これは。
 即腕時計を即見たが、まだ20分も経っていない。それに、タイヤにチョークの
跡も無いし。おかしい。
 前後の車を見てみると、ドアミラーには駐禁輪っかが取り付けられていたが、タ
イヤにちゃんとチョークが引いてあって、ちゃんと時間が書かれている。
 ああやって30分以上経っているのが駐禁になるんだよな。30分以内だったら、
ほんの10センチでも移動してしまえば、セーフなんじゃないのか。だからわざわ
ざチョークで線を引いているんだろう。
 だから、これは、前後の車だけが駐禁であって、俺のはただ巻き添えを食っただ
けなんじゃないか。
 こらあ警察に行って話をつけてこないと。

 車を出すと、富士街道に出て、とろとろ北上していった。左右に交番を見付けな
がら。しかし、なかなか見付からない。
 とうとう谷原の交差点まで行って目白通りに入ってしまった。が、すぐに反対車
線に交番を見付けた。Uターンすると、交番の駐車スペースに頭から突っ込んだ。
 下りていって交番の中を覗くと誰も居ない。
「すいませーん」俺は軒下から怒鳴ってみた。
 パトロールにでも行ってんのか。
 しかし、ジャーっとトイレを流す音がしてから、鉄扉が開いて、ヨレヨレの交通
整理みたいなジジイがズボンのチャックを上げながら出てきて、
「はいよ」と言った。
「あれなんですけど」とバンパーを指差す。
「あ、駐禁ね」
 お巡りは鍵を持ってデスクの向こうから出てきた。
 そして、俺と二人でバンパーのところに行って、輪っかを外してもらう。
 それを持って戻ってくると、お巡りは交番内のデスクに座り込んだ。俺もデスク
の前の椅子に座る。
 お巡りは、違反切符の帳面を出すと指を舐め舐めパラパラとめくる。
「そんじゃあ免許証を見せてもらえますか」
「ちょっと待って。その前にちょっと聞きたいんだけれども 俺、20分しか停め
ていなかったんだけど、30分まではいいんでしょう?」
「いやいや、たとえ5分でも駐車違反は駐車違反だよ」
「だって、俺のの前と後ろのには、ちゃんと30分計ってから輪っかが付けられて
いたよ。俺のにはチョークの跡もないんだから、時間は計られていなかったんじゃ
ないの?」
「…」
「つまり、前と後ろのをやったんで、ついでに俺のもやったんじゃないの?」
「いやいやそんな事ないよ」
「そんな事ない事ないよ。とにかく俺は、そんなもの払う気ないから」いきなり、
俺は、ぎーと椅子を鳴らして立ち上がった。
「ちょっと待って、だったらこれを付けさせてよ」
 お巡りは、腰をくねらせて机の向こうから出てくると、駐禁輪っかをヒラヒラさ
せながら車に向かって走った。
 俺も、飛び出して行って、車に飛び乗った。エンジンをかけると、Rに入れてア
クセルを踏み込んだ。
 しかし寸でのところでお巡りが輪っかを付け直したところだった。
 危うくお巡りを引きずるところだった。

 そういう訳で、駐禁輪っかをぶら下げたまま環八に戻ると又北上していった。
 そして川越街道にぶつかると左折して、外環にぶつかると右折して、そのまま外
環の下を北上する。荒川を渡って、浦和、川口、草加とどんどん北上、越谷線にぶ
つかったら左折して更に北上する。
 こんなところまで来ないとメスにありつけないのかよ、と思ったが。
 しかし10キロぐらい行って、北越谷駅を超えると、ターゲットの劇場が見えて
きた。

 送電線の鉄塔がある空き地が駐車場になっていて、そこに車を突っ込んだ。
 そこからは歩いて行くのだが、歩道が無いので壁すれすれにダンプカーがび
ぃーーーうーーーっ、とかすめていく。
 劇場は戸建てのモーテルが2件あるみたいな佇まい。一歩敷地に入ると、あちこ
ちに築山みたいな植木が植えてあったりして、道路の騒音を遮って、竜宮城みたい
な雰囲気を出している。
 俺は、入り口で、会員証を提示して3千円を支払った。
 店員の背後の水槽には、へら鮒ぐらいの金魚が泳いでいる。これは昔、花電車で
こーまんから飛び出してきた金魚が大きくなったものだ。

 防音ドアを押し開けると、黒壁、黒天井の狭い場内にオヤジがズラーッと雁首を
並べていた。
 立ち見は居ないのだが、どっか座れるところないかなぁ、と見渡している、と、
奥の方で、通称カンクンと呼ばれる男が俺に気付いて、こっち、こっち、と手招き
してくれた。
 カンクンは黒田アーサー似のイケメンで、踊り子を連れ出しては食っているとい
う噂なのだが、いかんせん優男なので、こういうガサツな野郎の多いところでは襲
われる可能性があるので、どうも俺を番犬にしているらしい。
 カンクンが作ってくれた隙間に、どっこいしょと腰を下ろした。
 ステージでは、パンツにランニング姿のオッサンがせんべい布団にあぐらをかい
ていた。これから本番まな板ショーが始まるんだろう。もうちょっと早く来れば俺
も参戦出来たのに。
「どうだよ、最近。なんかおもしれーこと、あったかよ」途端に態度がでかくなっ
てカンクンが聞いてきた。
「どうもこうもないっすよ」
 HIVの検査に行って、それは陰性でよかったのだが、出てきたら駐禁の輪っか
がぶらさがっていた、という経緯を説明した。
「俺、20分も停めていなかったんですよ。こりゃぁなんかの間違いだと思って、
交番まで行ったんですけどね。警察は自分の間違いは認めないですね」
「なんでそんな余計な事するんだよ」
「えーっ」
「そんな事しねーで、構わずぶった切ってくりゃいいんだよ」
「そんな事して見付かったら…」
「見つかる訳ねーだろう」
「だって、前の車も後の車もやられていたんですよ」
「そうしたら前のも後ろのもちょん切ってくりゃいいじゃねーか。それが人助けっ
てもんよ」 
 カンクンはランクルにでっかいワイヤーカッター積んでいて、構わずぶった切っ
てそこらへんに捨ててくるんだという。仮に呼びだされても、そんじゃあ誰かが捨
てたんでしょうね、とすっとぼけてくるという。つーか、あんなものはワンクリッ
ク詐欺みたいなもので、大量にばらまいておいて、「本当に払わないといけないん
ですか?」とわざわざ律儀に尋ねてきた奴がターゲットになるんだ、そうやって目
を付けられたら終わりだ、最初っからすっとぼけていないと駄目だ、と言う。
「今からちょん切ってこようかな」
「駄目だよ、今更、そんな事したって」

 ぱら、ぱら、ぱらーっとやる気のない拍手が起こった。
 ステージを見ると、楽屋の袖から浴衣を着た踊り子が現れた。これからあのオッ
サンと本番をやるのだ。日本人の踊り子が本番をやるのは珍しかった。
 しかし、ほとんどの客は人のセックスになんて興味がないので、タバコをぷかぷ
かやりだした。凄い煙だ。禁煙の表示が見えないぐらいだ。
 そういえば俺は禁煙したのだった。AIDSも怖いけどガンも怖くなったのだ。
 それだけではなくて、俺は派遣社員だから、国保なので、社保みたいに傷病手当
金てみたいなのがないので、病気になったら途端に生活に窮するだろうと考えて、
アフラックにも入る事にした。あれだったら、医師の診断不要、誰でも入れます、
という触れ込みなので、高血圧、高脂血症の俺でも入れると思ったのだ。しかし俺
は何時でも自分の寸前でシャッターが閉まる、『シンドラーのリスト』にも俺の名
前は載っていない、みたいな気分があるから、これ、いざとなったら支払われない
んじゃないか、みたいな予感があった。そこでわざわざアフラックに電話して、こ
れこれこういう持病があるんですが、と聞いたら、「そういう場合には告知書にそ
の旨書いていただければ、ガンの場合のみ保証という事になりますから」と言われ
た。そこで俺は告知書に持病がある旨やら市民検診の時のHDL、LDLの値まで
書き込んで、確実にガン保険が支払われる様にしたのだった。
 しかし考えてみれば実際にガン保険なんてもらう頃には、今の俺の病気なんてう
やむやになっているんじゃなかろうか。自殺だって2年もすれば保険金が出るんだ
から。
 そうやって、何時でも俺は、チキンな犯人が犯行現場に現れる様な事をして墓穴
を掘る。

 ステージを見ると、浴衣をハダケた踊り子が跪いて、オヤジのちんぽを入念に拭
いている様がブルーのライトに浮かんでいた。
 曲は、エニグマのサッドネスというオドロオドロしい曲。
 コンドームを被せおわると、オヤジの肩を叩いて促した。
 仰向けになってパンティーを脱ぐと、一瞬、陸上のハードルでも跨ぐ様な格好を
してオヤジのちんぽを導き入れた。
 俺は、即、カシオの腕時計をストップウォッチにして時間を計った。
 オヤジが腰を降りだした。一回、二回、三回…わずか十八回で肛門周囲をビクビ
クっと震わせた。時間にしてわずか30秒。
「はい、おめでとう、コングラチュレーション」というアナウンス。
 ぱら、ぱら、ぱらーっとやる気のない拍手が起こる。
「あの女は具合がいいんじゃないんすかね」と俺は言った。
「なんで?」
「たった30秒で行っちゃったから」
「どうしておめーはそうやって杓子定規に考えるんだよ。オナホールじゃねえんだ
ぞ。溜まっていただけかも知れねーだろう」
「それはそうだけど…」
 女が引き上げると、蛍光灯がついて、場内は薄ピンクの明かりに包まれた。SM
APの『SHAKE』が小さな音で流れている。
 ところで今日の本番と個室サービスは誰なんだろう。
 俺は黙って立ち上がると、劇場の反対側に行った。そこの壁に香盤表が張ってあ
る。

 @★ダイアナ
 A 一色繭
 B★リンダ
 C 金城みゆき
 D エリザベス
 E★青木ひかる
 F★朝霧ケイト

 名前の上に★がついているのが個室サービスありの踊り子だ。
 青木ひかる、と、朝霧ケイトって日本人だろう。日本人が二人も個室をやってい
るのか。円安が進んでいるのだろうか。
 今、ラスト前だから、今、丸本をやったのが青木ひかるか。
 ふとステージを見ると、その踊り子がタッチショーをやっていた。アルコールテ
ィッシュで客の手を消毒しておっぱいを揉ませるのだ。
 本番客は、ステージの奥でステテコを履いていた。
 この女が個室サービスありか、と思って見る。顔は、酒井和歌子とか榊原るみ似
(ちょっと古いが)のキョトーンとしたうりざね顔で歳は27、8歳か。経産婦で
はないらしく張りもいい。何気、保健所の若奥さんを連想したな。
 この女に入ろうかなぁ、次の朝霧ケイトのジャンケンで負けたら。でも日本人っ
て幾らなんだろう。外人なら3千円だが、まさか日本人が3千円ではやらせないだ
ろう。受付に行って聞いてくるか。そんな面倒くさい事しないでも、目の前にいる
女に直接聞けばいいんじゃないか。
「ねえ、ねえ、お姉さん」俺は青木ひかる嬢に呼びかけた。「お姉さんの個室、幾
ら?」
「なーに言ってんのかしら、このお客さん」と女はますます目をキョトーンとさせ
た。「なにを言ってのかしら」
「え、だって この青木ひかるって、お姉さんなんじゃないの?」
「なに言ってんのかしら。変な事を言うお客さんがいるわねぇ」
 何言ってだ、この女、と俺は思った。今、ステージで本番やらせた癖に。堂々と
香盤表にも★がついているのに。
 女は多少不機嫌になって、ウェットティッシュでハタキでもかけるように客を追
い払うと「あー、もう終わり終わり」と言って引き上げて言った。
 ぱら、ぱら、ぱらーっとやる気のない拍手。
 最後列に座っていた、茨木から来ている常連の立松さん(エグザイルのヒロ似)
がぎょろりと見上げて言った。こいつもカンクンに勝るとも劣らないおまんこ泥棒
なのだが。
「有田君よぉ、いくら個室サービスをやってるからって、みんなの前で、『いく
ら?』なんて聞いたら駄目だぞ」
 有田というのは俺の名前だ。
「え、なんで?」俺は立松さんの隣にケツを割りこましつつ言った。
「そりゃあそうだろう。公然と言われたら、恥ずかしいだろう」
 えっ。公然と言われたら恥ずかしい?

 突然、ステージの照明が落ちた。
 音楽がアップテンポのハウス・ミュージックに変わった。
 ステージ正面の暗幕に、スポットライトの赤、青、黄色の明かりがくるくる回っ
た。
 ステージの袖から、大柄な日本人、というよりかはハーフみたいな女が現れた。
二十歳ぐらいか。
「グラインドの女王、朝霧ケイト嬢登場ーーっ!」というアナウンス。
 アマゾネスみたいな腰巻き胸巻きをまとったケイト嬢は、どんどん、どこどこ、
どんどん、どこどこ、と響くハウスのビートにのりながら、ステージ前面にせり出
してきた。
 どんどん、どこどこ、どんどん、どこどこ…… All Aboard Night Train!!!
 ステージの角までせり出してくると、陶酔した様に踊り狂う。
 オヤジどもは、手のひらも裂けんばかりに手拍子をする。
 どんどん、どこどこ……
 ケイト嬢は踊りながら反対側に移動して行った。身を乗り出して、腰と胸をくね
らせる。
 オヤジどもは狂喜乱舞の大はしゃぎ。
 更に数周、踊りながらステージを回る。
「燃えよいい女、燃えよギャラリーっ」という訳の分からないアナウンス。
 オヤジどもは揺れていた。
 突然音楽が止まった。スポットライトも消えた。
 ケイト嬢は「ありがとうございました」とちょこっと頭を下げると楽屋に消えて
いった。
「はい、それではジャンケン、よろしくー。なおジャンケンは公正にね。インチキ
ジャンケンはお断りー」というアナウンス。
 いよいよ本番まな板ショーであった。
 恥ずかしいなんて全然思わなかった。客なんて30人もいないし、カンクンだの
立松さんだの知り合いばかりなので、公然わいせつ的な気分にはならないのだ。
 俺を含めて5人が立ち上がった。
「このままやろう」、「分かれないでやろう」とみんなで協議してから、いざ勝負。
「よーし、ジャンケンポーン、あいこでしょ」と戦いが始まった。
 俺はすかさず、変化する奴、つまりグーを出したら次はグー以外を出す奴を見付
け出し、そいつに負ける様に出していった。つまり、そいつがグーを出したなら、
次に俺はチョキを出す。そうすればそいつは変化をするのだから、パーかチョキし
か出さないのだから、勝つかあいこに持ち込める。
 そうやって、ジャンケンを繰り返している内に、2人脱落、3人脱落していき、
とうとう2人残った。そいつは俺が最初に目をつけたのとは別の奴だったが、本番
の常連で、ちんぽはでかいがジャンケンは弱いというバカで、何時も必ずチョキか
ら出すのを知っていたので、見透かした様にグーを出して、勝つ。
「勝った、勝ったぁ」と宣言すると、俺はステージに這い上がった。他の奴がいち
ゃもんを付けない内に。
「挑戦者は布団を敷いて、パンツ一丁座って待つ」というアナウンス。
 俺は、ステージ横に畳んであったせんべい布団を広げると、パンツとユニクロの
Tシャツ一枚になってあぐらをかいた。
 やがてステージの袖から、ケイト嬢登場。
「はい、握手よろしくー。なお、本番中はお静かにね、そこらへんのメリハリをよ
ろしく」
 ケイト嬢はさっきとは違う、超ビキニのTバッグ姿だった。
 コンドームやらウェットティッシュの入ったポシェットを足元に落とす。
 俺の前につったって、マライア・キャリーの曲に合わせて腰をくねらせながら、
余裕で客を見回していた。
 俺はせっせと、太ももを擦った。
 しばらくそうやってから今度は尻をこちらに向けて腰をくねくねさせる。
 俺は太ももの裏を擦る。少しでもアナルの方に指を伸ばすと払われてしまった。
 又こっちを向いて腰をくねくねさせる。そうしながらブラをとった。白人の様な
でかくてぷっくりした乳輪で、ずぼぼぼぼっと吸いたくなる様な乳首だった。
 曲がセリーヌ・ディオンに変わった。2曲目だ。本番は3曲で終わる。
 女はパンティーの紐を持たせてきた。俺はそのまま引っ張った。上半分はぺろん
と取れたが、陰部がしっとりとしていて張り付いている。更に紐を引っ張ったら絆
創膏でも剥がすみたいにぺろ〜んと剥がれた。陰毛の剃られた割れ目が眼前に。
 ケイト嬢はしゃがみこんで、トランクスの上からちんぽを握ってきた。
 既にびんびんに立っている。
 このまま本番行為に突入すればいいのに、と思ったが、すんなりとは行かない。
 女は鼻息混じりに耳元に囁きかけてきた。
「あたな今日、車?」
「えー、なんで?」
「私、今日、千葉に帰りたいんだけど、送ってってくれる?」
「えー。俺はタクシーの運転手じゃないんだよ」
「私、お金払う」と言うと、ポシェットの中から4つ折りになったボロボロの千円
札の束を出した。厚み的に4千円はあったか。
「ねぇ、お願い、お願いぃ」
 よっぽど帰りたい事情があるんだろう。
「そんなのいらないよ。そこに恋人でも居るの?」
「居ないよ。ただ帰って寝るだけ」
「だったらそのアパートで一回やらせてくれたら、送って行ってもいい」
「ダメだよ。お客さんはアパートに入れらんないよ」
 お客さん、だって。お客さんなんて言わなくったっていいだろう。
 今、俺は本当に、可哀想だと思って送って行ってもいいと思ったのに。劇場が終
わるのは12時だ。そうしたら、ケイト嬢はトリだからぎりぎりまでステージがあ
るから、千葉まで電車で帰るのは無理だ。タクシーなんて銭がもったいないし。あ
の4千円だって、こーまんを酷使して稼いだ金だろう。そんな金は受け取れないし。
だから、俺は本当に人間の同情から、送って行ってもいいって思ったのに、お客さ
んだって。
 お客さんと聞いた途端に、萎えてくるのが分かった。
 それに、以心伝心か、女も急に冷たくなった様に感じられる。
 俺を突き倒すと、ポシェットからウェットティッシュを出してトランクスを引き
ずり下ろして職業的に拭いた。コンドームをおしゃぶりみたいに咥えると、俺のふ
にゃちんをずるずるずるーっと吸い上げながら被せていく。
 そして俺の腰を叩いて合図すると、ごろーんと仰向けになった。
 起き上がって膝立ちになって見てみると、すっかりマグロになっていて、陰部の
カミソリ負けの赤いぷちぷちを爪でカリカリやっている。
 又曲が変わった。最後の曲だ。
 俺はふにゃちんを握って前傾姿勢で、「ねえ、ちょっとぉ」とすがりついていっ
て、太ももを擦った。
 しかし、はぁーとため息一発、女は横を向いてしまった。
「アパートが駄目なら、途中のサービスエリアの便所でやらせてくれるんでもい
い」とか言っても無視。
 何も律儀に交渉しなくても、送って行くと言っておいて、この場だけでもやらせ
てもらって、後はすっとぼけて帰っちゃえばいいのに。
 ダメだ。そんな事をしたら騙した事になる。人間同士、騙しちゃいけない。
 とうとう3曲目のテープが止まった。
「はい、タイムアップ、又にしてね」というアナウンス。
 同時に、軽快なハウスがかかり、色とりどりのスポットライトがくるくる回り出
した。
 hey Yeah Yeah…hey Yeah YeahーーI said hey what's going on!!!
 女は羽でも生えた様に、楽屋に戻って行った。
 すぐにブラ一枚で戻ってきて、オープンショーを始めた。
 ステージの先端に行くと、後ろに手をついM字開脚、指でこーまんを開いて見せ
る。続いて横に寝そべるとL字開脚。ぐるりとうつ伏せになって、バックからこー
まんご開陳。
 それから反対側に飛んで行って、又見せる。
 hey Yeah Yeah…hey Yeah Yeah!!
 それをステージの四方八方に向かってやるのであった。
 俺は、後ろで、布団を畳んだり、ズボンを履いたりしていた。

 やがてステージが終わり、ケイト嬢も楽屋に引き上げて行った。
 ピンクの蛍光灯が点った。
 幕間のけだるい雰囲気が場内に充満した。今の女がトリだった。
 ステージから下りて行くと、立松さんが話しかけてきた。
「随分親しげに話していたな。何話していたんだ? デートの約束でもしたか?」
「いやー、アパートに送ってけって言うんですよ。だから、やらせてくれるんだっ
たら送ってってやってもいい、って言ったら駄目だって」
「有田君よぉ、やらせろなんて言ったら、やらしてくんねーぞ」
「じゃあなんで言えばいいんすか」
「今夜一緒にいてーな、って言うんだよ」
「今夜一緒にいてーな、ですか」
 そんな事言って覆いかぶさったら騙した事にならないか。最初からちゃんと約束
するべきなんじゃないのか。それが杓子定規なのか。
 防音ドアが開くと店員が半身を突っ込んできた。
「はい、朝霧ケイト、1番のお客さんどうぞ。朝霧ケイト1番」
 立松さんは、「俺だぁ」というと、Gパンのポケットからチケットを取り出して
立ち上がった。
 なんだよ。ケイト嬢のチケット持っていたのかよ。あいつが送って行って「今夜
一緒にいてーな」って言うのかな。俺と穴兄弟にならなくてよかったな。
 それにしても、俺はどうするか。今更ケイト嬢を買うのも馬鹿らしいし。ひかる
さんにも嫌われちゃったし。
 と考えていると、茨木さんの消えた向こうに、厚木君が座っていた。
 こいつも常連だが、劇場ではもっとも親しくしている友達だった。
「なんだ、居たのか」
 厚木くんは、アルミの筒に入った何かのタブレットをぼりぼり齧っていた。
「何食ってんの?」
「ビタミンB。これ寝ている間に脂肪を燃やしてくれるんだよね」と、甘そうなタ
ブレットをぼりぼり食う。
 見た感じ、立花隆か和歌山毒入りカレーの犯人みたいな顔をしている。
「食う?」
「いや、いらない。それより、日本人の個室っていくら?」
「5千円」
「5千円かあ。入場料と合わせて8千円コースになっちゃうな」
「俺は一発の単価がもっと安いところ見付けたよ」
「どこだよ」
 厚木君は、チノパンのポケットからティッシュに挟まったピンクちらしを取り出
した。
「ここだよここ。2発で8千円だよ」
 チラシを見ると、萌えヌキ倶楽部、王子駅から徒歩5分、8千円ぽっきり、など
書いてある。
「どこにも2発なんて書いていないじゃない」
「でもやらせるんだよ」腫れぼったい目を瞬かせた。
「女はどんな感じ?」
「若くてさぁ、女子高生か短大生みたいな感じ」
「本当かよ」
「俺が嘘を言った事があるかよ」
 確かにこいつが足で稼いできた情報には、それなりの信頼性があった。この前も、
練馬の花びら3回転という店を教えてもらったのだが。これは、10分ずつ3人の
女が代わる代わる出てきて、生で口の中で受け止めてくれるというものなのだが、
みんな女子高生みたいのが出てきた。それで3000円だというのだから、一体一
発幾らでやっているんだろうと思ったのだが。
 それで、3回射精した後、便所に行ったら、洗面所にイソジンがズラーっと並ん
でいて、「こりゃあ衛生的に問題があるな」と思って、二度とは行かなかったが。
 しかし、情報に嘘はなかった。
 それを思い出して「行ってみるかなあ」と俺は呟いた。
 厚木君からピンクちらしを引っ張り取った。







 続き #1083 【純文学】今夜一緒にいてーな 2
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