AWC 斑尾マンション殺人事件 14


        
#1081/1117 ●連載    *** コメント #1080 ***
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:17  (213)
斑尾マンション殺人事件 14
★内容


●61

 次に、何で俺が撃たれたのか、何で撃たれても死なないのか、って話だけれども。
 そもそもあの映画館には大沼に誘われて行ったんだよ。
  5千円が魅力ですぐ常連になったけど。
 大沼が、新聞屋とかも誘ったので、女が足りなくなるんじゃないかと思ったけれ
ど、商売になるというのを聞きつけて、他の養鶏場の女も来たので、何時でも女が
余っている状態だったな。だから、大沼が、どんどん客を連れて来いという。
 だから俺は携帯で写真を撮って、管理室のプリンターで印刷してパウチまでして、
サウナの労務者に見せてやったんだよ。雨の日に飯場に居てもつまらないからって
来る奴らに。演歌歌手みたいな背広を着ちゃって。ロッカーで着替えた後でわざわ
ざ見せびらかしに戻ってくる奴ら。忘れ物をしたとか言って。だから俺も見せびら
かしてやったんだよ。俺は普段こういう女と遊んでいるんだぜーって。
 それが警察の知る所となって、4人もぱくられた。
 俺はそのまま放置しておいて、映画館にも近寄らないようにしていたのだが、カ
ミーラが、これが大沼の女なんだが、あの女が18歳未満で起訴できないから、自
分で家裁に行って少年審判を受けてこいって、警察を追い出されたって言うんだよ
ね。
 俺には信じられない。
 あのパスポートの18歳というのも疑わしいが、売春婦に、自分で裁判所に行け
という警察の感覚が信じられない。
 とにかく、そんなこんなで、人材派遣会社の知る所となったんだよ。養鶏場に日
系人を派遣している会社だけれども。俺はそこの事務所に呼び出された。スカーフ
ェイスの日系人が3人麻雀やっていて「一緒にやらない?」と言う。
「いや、それはちょっと」
 向こうの言い分としてはこうだ。
 ただでさえワールドカップで入国が難しくなっているのに、4人も連れて行かれ
たんじゃあ堪ったもんじゃない。彼女ら一人300万の借金が残っている。カミー
ラは帰って来たからいいとして、300かける3人で900万払ってくれ。それが
嫌ならこれだ、と猟銃をちらつかせる。
 ところで俺は胸に持病があって、前から市立病院に通っていたんだよね。
 この件の後も、何時もの様に病院に行って待合室で待っていた。
 そうしたら隣に大沼が座った。
「何やっての?」
「実はな、お前さんを、一発撃って来いって命令されたんよ。派遣会社の日系人に。
でないと連体責任だって言うんよ。あんたを殺せって言うんじゃない。脚とか腕と
か撃って来いって」
「そんで俺をここまで追いかけて来た訳?」
「そうじゃないよ。わし、肺がんなんよ」
 それから大沼はこう言った。自分はマンションを持っている。ローン2千万が残
っているが自分が死ねばそれは団体生命で支払われて、マンションの名義は親に移
る。しかし親はとうに他界している。自分としてはその名義人をカミーラにして、
彼女が売っ払って、故郷に帰ればいいと思ってる、が、カミーラのパスポートなど
信用出来ない。そこで、誰か信用出来る奴に名義人になってもらって、自分が死ん
だらあのマンションを金に換えて、彼女に渡してもらいたいのだが。もっともそん
な事を引き受ける奴は常識のない奴なんだろうが。
「そんなの俺に聞かせて、どうするの。俺にやれって言うの? 断ったら撃つと
か」
「どっちにしても撃たないと駄目みたいやで。斉木君、どないする」
 しばらく考えて、ふと俺は思い付いた。
「俺はさあ、気胸でここに来ているんだよ」俺はシャツの間からドレーンチューブ
を見せてやった。「何回空気を抜いても脱腸みたいに飛び出してくるから今じゃあ
ずーっと刺しっぱなしなんだよ。これがこの前風呂場で抜けたんだよ。そうすると
胸に風穴が開いたままままになる。
 だから、そこに弾を突っ込んだら、派遣会社の日系人も納得するんじゃなかろう
か。
 例えば、鉄橋の下で、豚肉の塊か何かに撃って、それを俺の胸に入れて、こんな
でかい病院じゃなくて、夜間はアルバイトの研修医がいるみたいな病院に行けば、
撃たれたって事にならないだろうか。医者に感づかれたら逃げてくればいい。銃で
撃たれたってなったら、そういう診断書を書いてもらって、派遣会社に持っていく
よ」

 実際には、銃で撃たれたと診断された段階で、医師は警察に通報する訳だよな。
 それで、イタチ誤射事件に発展してしまったのだが。
 しかし、大沼の死後、マンションを処分して、こうやってカミーラとロレートに
来られたんだから、当初の目的は達成出来たけど。


●62

  次に山城の件に関して。
 あれは別に山城を狙った訳でもなかったのだが。
 あの冬、原チャリで走っていたら、雪のワダチにハンドルを取られて、そのまま
ガードレールに激突しそうになった。
 その時に思い付いたんだよ。マンション駐車場のスロープに半径1.5メートル
ぐらいの左カーブのワダチを作れば壁を突き破って地上に落下するんじゃないか、
って。
 どうすればそんなワダチを作れるだろうと想像したのだが。そして思い付いた事
を、こうすればそうなるんじゃないの? と蛯原に言ったらそうなったのだけれど
も。
 まず、雪の積もった後、半径1.5メートルの左カーブを残して、除雪しておく。
 そうすれば翌日には、そのカーブの箇所だけが凍結するだろう。
 そこで泉あたりに、あの凍った雪をとっておけと命令する。でも、清掃部隊の雪
かきはプラのだから、取れない。
「だったら柄の方でがりがりやれ。あそこで居住者が滑ったりしたら損害賠償10
0万円だぞ」と脅かす。
 それが効いて、泉が必死にこじったら、ウレタンがぺらぺら剥がれてしまった。
 泉は他の清掃員が帰ったあとで蛯原の所に来て、「屋上のウレタン、剥がれちゃ
った」と言ってきた。
「そりゃあ弁償かもしれないな」
「幾ら?」
「張り替えたら何十万もするんじゃない」
「えー、私知らなかったもの、ウレタンだなんて。コンクリの上に緑のペンキを塗
ってあるんだと思ったもの」
「しょうがねえなぁ。だったら俺がアロンアルファで養生しておいてやるよ。そう
やって誤魔化しておいて、春になれば2年点検があるから、そこでばれなきゃあ、
ちゃんと点検したのかよ、って言えるものな。
 だから、春になるまでは、二度とウレタンの剥がれた箇所をこじられない様にし
ないとな。
 それには雪が降る度に、塩化カルシウムを撒いておけばいい。でも、塩化カルシ
ウムにも限りがあるので、スロープ全面にまくってわけには行かない。だから、ウ
レタンがはがれている所にだけまいておきなよ」
 そうすれば、翌日には、ボブスレーのコースみたいに、1.5Rのワダチが壁に
向かって出来てる。
 ついでに鮎川あたりに、「雪が吹雪くと、あそこの壁面にも吹き積もる。それが
凍結して落っこちたら危険だろう。だから、あの枠のところに塩化カルシウムを撒
いておけ」と言っておけば、枠のボルトも錆びるだろう。
 そうしたら、ああなった。


●63

 最後に、落雷の件に関して。
 蛯原は、前から、あそこのマンションの空き室の鍵を欲しがっていたんだよ。飢
えた団地妻としけこむのに。
  未販売の部屋を使ってもよさそうなものだが、それだとコンストラクション
キーで開けられちゃうだろ、他の管理員に。だから、中古の空き室の鍵を欲しかっ
たんだよ。
 それは、管理室の壁面に埋め込まれているナルソックのキーボックスの中にぶら
下がっている。
 キーボックスの鍵自体はタキゲンだの栃木屋だのの市販品なので、簡単に手に入
るのだが、電磁式のロックみたいなのが掛かっていて、ICカードをかざさないと
開かない。
 停電になれば解除されるかも、と思って、電気保安協会の点検とか、計画停電の
時を待っていたのだが、停電になっても、どっかのバッテリーから電源供給される
んだろう。
 だったらそのバッテリーも壊れてしまえばいいんじゃないのか、という話になっ
た。
 ところで俺が勤め出したばかりの頃だけど、あのマンションに落雷があって、F
AXの基板を焼いた事があったんだよ。その時に業者が来て、避雷針から逆流して
いるんじゃないかって言っていたんだけれども。そして、避雷針の土に埋まってい
る、銅のヒラヒラした部分を確認して行ったけれどもね。
 それは管理室前のマンホールの中に埋まっているんだけれども、あのヒラヒラを
下水管のこっち側にもってくれば、落雷の時に鉄骨に逆流して、バッテリーを焼い
てくれるんじゃないかって思ったんだよ。
 その為には、毎日ろ過器を逆洗して、マンホールから湯を溢れさせて、凍結して
危ないから下水管を交換してくれと言って、その時に、ヒラヒラの位置を下水管の
こっち側にもってくればいい…と蛯原に言った。
 そうしたら蛯原が丸焦げになった。
 まあ、そういう訳だよ。それで全部だよ。納得してくれた?


●64

 なんとも性格が悪い奴だ、と井上は思った。
 何れの手口も長い時間をかけて用意されたものなのだが、その苦労が報われる瞬
間は、収穫をするというよりかは、脱糞するかの様である。
 もしかしたら、こうやって喋っている今もカタルシスを得ているのではないか。
 そう思って画面の斉木を眺めていた。
 スカイプだから鮮明ではないのだが、頬はこけ、無精ひげが生えていて、頭も薄
くなってきている。伸びきったタンクトップの胸のあたりには肋骨が透けている。
 逃避行で疲れたのか、糖尿病でも患ったか。
 やがて斉木は机の上の皿から、スプーンですくってピラフの様なものを食べ出し
た。
 その様子は、キッドナッパーに誘拐された商社の駐在員といった感じだった。
 そこへ、さっきのノースリーブの女性が登場した。
 最初の内は、斉木がペラだのプータだの声を荒げていたが、その内、ポルファ
ボールとか言って、命乞いでもする様に手を合わた。
 女が「ベンガ」とドア方に向かって言った。
 すると、機敏な動きの男2人が入って来て、椅子に座っている斉木の肩を両方か
らハーフネルソンで固めて、そのまま、部屋の外に引きずっていった。
 それからワンピースの女がカメラを覗いた。
「アディオース、アスタ、ラ、ビスタ」と言うと、ぷちんとスカイプが落ちた。


●65

 午後1時近くになって、井上は昼食に出た。
 これは斉木の相手をしていたのでずれ込んだ訳ではなく、一緒に食事をする相手
と最初から1時に約束をしていたのだ。
 待ち合わせ場所の交差点に現れたのは高橋明子だった。
 近所にある大手不動産会社のスカート、ベストを着用していて、財布だけ手に握
っている。すっかり東京のOLさん姿が板についていた。
「何食べる?」と明子が言った。「中華でも食べようか」
 10分後、2人はバーミヤンで、フカヒレラーメンと半チャーハンを食べていた。
「そういえば、さっき斑尾の斉木から電話があったよ」
「え? 携帯に?」
「いや、スカイプに」
「あの人、まだ日本に居るの? てか、生きているの?」
「うん。ペルーに居ると言っていた。なんか揉め事が多いみたいだよ」
「そういえば、斑尾で一回だけ大沼さんのお見舞いに行ったのよ。あの居酒屋の飲
み会の後だったけど。そうしたら、カミーラちゃんが来ていたのよ。うん。
 ペルーに帰るけど、大沼と一緒じゃない、別の人だって言っていた。ペルーはす
ごい危険だからって心配していた。左翼ゲリラがあちこちにいて誘拐事件が多発し
ているって。誘拐されるとバラバラにされてアメリカに売られるんだって。心臓と
か目とか。
 そんなんだったら旅行者保険に入っておかないと、あれに入っておけば万一の時
には保険金が下りるから、と言ったら、なんか目をきらきらさせていたなぁ。
 あの女って日本人殺しちゃうんじゃないかしら。大沼さん、行かなくて正解だっ
たよ」
 井上はフカヒレラーメンのスープをレンゲですくうと、ずずずーーッと音を立て
てすすった。
 これは、猫舌の為にこうやって冷ましながら飲まないと本当に口の中の粘膜が火
傷してただれてしまうのだ、と井上は言った。




【完】


参考文献
『ザ・ビートルズ/リメンバー』(クラウス・フォアマン)
『THE BEATLES アンソロジー』











元文書 #1080 斑尾マンション殺人事件 13
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