AWC 斑尾マンション殺人事件 9


        
#1076/1110 ●連載    *** コメント #1075 ***
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:14  (453)
斑尾マンション殺人事件 9
★内容

●36

 AMの事務所に入ると明子は、電気を付けたり、カーテンを開けたり、エアコン
を入れたりした。
 突っ立っている井上に「どうぞそこにお掛けください」とソファを勧める。
 そして井上が座ると、「そこ、昨日まで所長が座っていたんですよ」
「えっ」
「大丈夫ですよ。化けて出たりしないから」
 キッチンコーナーでアイスコーヒーを入れて、それを持って応接セットに戻った。
 コーヒーを飲みながら明子が言う。「蛯原さんって、井上さんをみんなの前で使
って見せて、何かの出汁にする積りなんじゃないですかね」
「実は僕もそう思っていたんですよ」と井上が言った。
 それから、共用部2階の雀荘化計画や、清掃員に遠赤ストーブを買わされた話な
どをした。
「でも遠赤ストーブにしても何にしても、私は策士というか、首謀者がいると思う
んですよね。蛯原さんは、そんなに計画的な事は出来ないと思うから」
「誰ですか。その首謀者って」
「斉木さん」
「だって、斉木さんって撃たれたんでしょ?」
「ですからそれはちょっと話が込み入っているんで、ぐーっと遡って時系列的に話
すしかないと思うんですよ。
  さっき耳に入れておきたいと言ったのもその話なんです」
 そして明子は、ぐーっと遡って時系列的に話した。
「所長や私がこっちに来る前は、24時間管理員は、飯山の事務所に日報を送って
きていたんです。bccで。
 それを印字して所長に渡すのが私の仕事だったんですけど、斉木さんは日報以外
にも、チクリメールも送ってきていたんです。
 それは、所長には現場で何が起こっているのかは分からない、とか、蛯原に聞い
たところで、自分に都合のいいジグソーパズルのピースしか見せないから所長は全
体像を把握出来ない、とか言う愚痴メールだったんですけど。
 でも、去年の春頃だったんですけど、かなり具体的なチクリメールが来ていたん
です。
 それはどういうものかと言うと、鮎川さんの前に草津さんっていう管理員が居た
じゃないですか。あの人は結局蛯原さんにイジメ尽くされて辞めたんですけれども、
それがどういう段階を踏んでなされたかっていうものだったんです。
 で、チクリメールによると、まず第一段階としては、朝の引継ぎの時に、蛯原さ
んが草津さんにこう言うんです。『昨日の3時頃、居住者からどこどこに犬の糞が
落ちているってクレームがあった。それで俺が掃除したが、あんた、気が付かなか
ったのか?』と。
 すると草津さんは『いやあ、気が付きませんでした』と言う。
 でも、実は蛯原さんは防犯カメラを巻き戻していて、草津さんが犬の糞を見て見
ぬふりをしていたのをチェックしていたんです。
 そして、『お前、嘘つくな、ネタは上がってんだぞ』と中学生だって体育館の裏
でやる様な事を引き継ぎの場で延々とやる。
 ここまでが草津イジメの第一段階です。
 第二段階としては、この『草津は嘘つきだ』というイメージの拡散です。所長は
勿論、井上さんにも、更には、居住者との世間話の際にも『いやー、草津がすっと
ぼけて取らなかったんですよ』等々言うんです。
 そして第3弾、というかトドメなんですけど。そうこうしているうちに、イーマ
ンションの口こみ掲示板に『夜の7時とか8時とかにフロントで居眠りをしている
管理員がいる』という書き込みがあったんです。
 そこで蛯原さんは、『草津に決まっている、カメラにも写っている』と言うんで
すよ。
 草津さんは『カウンターの内側のPCをいじっていただけだ。うつむいていたか
ら寝ているように見えるだけだ』と弁明するんですけど、蛯原さんは『また、草津
は嘘をついた』と言う訳です。
 つーか、それが事の真相だ、と、斉木がチクリメールで言ってきていたんです。
 それでですねぇ、こっからが重要な事なんですけど、ちょっと頓珍漢に聞こえる
かも知れないんですけど、その斉木が、夜な夜な、『ビートルズ殺人事件』という
小説も書いていたんですよ。
 それ、ネット上で見られますから、井上さん、スマホでちょっとググってもらえ
ません?」
「え?」井上は怪訝そうな顔をした。
「夕べ殺されかけた斉木が小説を残しているんですよ」明子は強い調子で言った。
「そっか」
  井上はスマホで検索すると『ビートルズ殺人事件』を表示した。
「うん。確かにある」
「じゃあ、それ、長いですから、スッチーで検索して、スッチーの一件だけ読んで
みてくれません?」
「すっちー」
「そうそう。そこの所だけ読んでもらえません?」
「今?」
「そう今。私、コーヒーを入れてきますから、その間に読んでおいて下さい」
 明子は、テーブルの上のグラス等を掴むと、キッチンコーナーに引き上げた。
 横目でちらちら井上を見ながら、ドリップコーヒーを入れる。
 そしてコーヒーカップを持って応接セットに戻った。
「そのスッチーの件って、草津さんお件と似ていると思いません?」と明子は言っ
た。
「どういう点が?」
「まず、ビートルズの場合だったら、バーの客が、ビートルズの誰かが外している、
と言った訳ですよね。でも誰が外したのかは分からない。そこでジョンは自分だと
思われたら困るから、ポールを使ってスッチーだと印象付ける。そしてこれ以上外
したらビートルズ全体が下手だと思われるとなると、いよいよスッチーを刺す。
ポールに『50セント返せ』と連呼させて。同時にスッチーには、『50セントぐ
らいなら友達なら返す必要はない』とでも言ったんじゃないですか?
 それを草津さんの退職に置き換えると、まず居住者が、管理員の誰かが居眠りし
ている、と言う、でも誰だか分からない。そこで斉木は自分だと思われたら困るか
ら、蛯原を使って草津だと印象付ける。そしてこれ以上居眠りしていたら管理員全
体が駄目出しされそうになると、いよいよ草津を刺す。蛯原に『草津は嘘つきだ』
と連呼させて。同時に草津には『休憩時間は休めよ。夜の7時から8時は休憩時間
だろう。お前が休まないと他のメンバーも休めない』とか言ったんじゃないです
か?
 つまり私は、草津さんの件の首謀者は斉木だと思う。斉木が蛯原を使ってやった
んだと」
 そこまで話すと明子は井上の様子をうかがった。自分の話が余りにも頓珍漢なの
で笑っているんじゃないか、と思いつつ。
 しかしそういう雰囲気もないので明子は更に言った。
「実は私、所長の件も首謀者は斉木さんなんじゃないかと思っているんです。エプ
スタイン殺しの首謀者がジョンである様に」
「そんなぁ」井上は苦笑いを噛み殺す。「その、スッチーの件と、草津さんの件が
似ているというのは分かるけれども」
「もっとおかしい事があるんですよ。エプスタインも所長もマネージャーでしょう。
そして二人とも吐しゃ物をノドに詰まらせて死んだじゃないですか。
 その次にジョンと斉木でしょ。二人とも銃で撃たれたじゃないですか。
 これって偶然ですか?
 これって見立てなんじゃないですか?」
「見立て?」
「そうそう、見立てですよ。そうだとすると、エプスタイン、ジョンの後で、ジ
ョージ、リンゴ、ポールの順に死ぬ事になるんですよ。そう書いてあるんです。そ
の小説に」
 井上はスマホをテーブルに置くと「しかし」と言った。「ジョージって肺がんか
何かで死んだんでしょう? それって自然死じゃないですか。それにリンゴとか
ポールってまだ生きているし」
「だから、これはリアルビートルズじゃなくて、『ビートルズ殺人事件』の見立て
って事なんですけど」
「斉木はまだ死んでいないし」
「きっと死にますよ」
「うーん」井上は唸りながら腕組みをした。ハッと思い出した様に、背広の内ポケ
ットから懐中時計を出す。懐中時計…。「あ、こんな時間だ。会社に電話しない
と」
  スマホを持って和室の方に行く。
  数分で戻ってきた。
「なんて言ってました?」
「なんでそんな事高橋さんに言わないといけないんですか」
「ただ、どうしたのかなーと思って」
「状況を把握しておけって言われましたよ。蛯原さんにでも聞いてみるかなぁ」
「だめだめ。それをやったら蛯原に都合のいいジグソーパズルのピースしか出てこ
ないんだから」
「じゃあ誰に聞けと」
「そうですねぇ」
 言いながら明子は立ち上がった。




● 37

 リビング入り口に行くと、タイムカードの上の行先表のホワイトボードを取って、
明子は戻ってきた。。
「所長が救急車で搬送された時に、私、斉木と二人になったんです。その時にあの
人が、ビートルズの誰誰がこのマンションの誰誰に対応するとか言っていたんです
けど、それによると…、
 ジョン=イタチ型が斉木自身、
 ジョージ=ラクダ型が大沼、
 リンゴ=石臼型が山城、
 ポール=イルカ型が蛯原、って事でした。
 所長は薬缶頭だったから山城と同じ石臼型だと思うんですよね。
 そうすると、もし見立て殺人が進行しているのなら…」
 そしてホワイトボードに書いた。

 エプスタイン 所長 死亡
 ジョン    斉木 重傷
 ジョージ   大沼
 リンゴ    山城
 ポール    蛯原
「こういう順番になると思うんですよね。だから、とりあえず大沼さんに聞くべき
じゃないかと」
「いや、別にこれから起こる事件について聞きたい訳じゃなくて、今まで起こった
事について把握しておきたいだけなんですけどね」
「ぞうだとしても、斉木さん銃撃事件にしても、犯人が養鶏場の女かも知れないん
だから、そうしたら大沼さんが絡んでいるのかも知れないし」
「大沼さんか。しょうがないな。あの人に聞くのが常識的なんだろうな」と何やら
ぶつぶつ言ってから、「じゃあ、大沼さん、呼んで」と言った。
 しかし明子がフロントに電話をしたところ、大沼は既に帰宅したとの事だった。
「え、帰った? じゃぁ、しょうがないなぁ。鮎川さんにでも聞くか」
「いや、24時間同士って、あんまり接点ないんですよね、引継ぎだけで。むしろ
横山さんあたりに聞いた方がいいかも」
「横山さん?」
「清掃の横山さん。あの人は大沼さんと仲がいいんですよ。昼ごはんも一緒に食べ
ているし、ペンション村で」
「じゃあその横山さんにインタビューするか」


●38

 明子が再びフロントに電話したところ、横山はマンション外周の拾い掃きをして
いるので昼までは戻ってこない、との事だった。
  昼になって再度電話してみると、今度は横山が出たのだが「ペンション村に昼
食を取りに行く積もりだったのに」などとごねる。しかし長寿庵のカレーライスを
ご馳走するからということで納得してもらって来てもらう。
 そして井上、明子、横田の3人で食べた。
「蕎麦屋さんのカレーってカレーうどんのカレー? とろみを出すのに片栗粉使っ
てるみたい」言ってから横田は笑った。
  声はハスキーなのだが笑うとキャンと犬でも踏み潰した様な音を出す。言葉を
発するというよりは、くしゃみ、とか、あくびの様な生理現象の様である。
 最初明子は、横田を見て、デビルマンレディーみたいだと思っていた。しかし、
近くで見ると純粋なラクダ型というよりは、ラクダとイルカの混合型なのではない
か、と思う。ちょっと古いが秋吉久美子とか原田美枝子、ビートル妻で言うならパ
ティー・ボイドがこのタイプではなかろうか。魔性の女、という感じだ。
 ラクダだのイルカだのと言っても、くっきりラクダになったりする訳ではないの
だ、と思った。
 多分、ホルモンが関節や骨の形成に影響を与えているのだろうが、ジョージみた
いに関節が太いのと、リンゴみたいに全体にずんぐりむっくりしているのとでは、
頭蓋骨はともかくとして、肢体に関してどう違うんだろう。
 例えばモー娘。で言えば、

      −
 イルカ型 −イタチ型
 加護亜衣 −後藤真希      
 ―――――・―――――     
 石臼型  −ラクダ型      
 辻望美  −矢口真里      
      −
 
 だと思うが、矢口と辻だったら関節は矢口の方が太いが筋肉は辻の方が厚いって
事だろうか。
 加護、矢口のラインって、ナチュラルで下ネタOKって感じがする。
 辻、後藤のラインって、ケミカルで下ネタNGって感じがする。
 矢口って、縦ロールにしているな、と思い出した。宝塚とかゴスが好きなんだろ
うか。
 そういえばフローレンス・ジョイナーも縦ロールにしていた気がする。
 そして目の前に居る横田も、髪を後ろで束ねているが縦ロールが入っている。
 やっぱり、ラクダ型なのではなかろうか。
「横田さんって、宝塚とかゴスとか好き?」明子は思わず聞いた。
「え、何で?」
「なんとなく雰囲気が…。髪とか」
「ああ、これは」
 横田の髪型は宝塚って訳ではなくて、『カラフィナ』というマニアックな女性
ボーカルグループが好きでやっているそうだが、そのステージは劇団四季風で、宝
塚に似てなくもないという。
「へー」と明子は納得する。
「ゴスが好きなのは泉ちゃんだよ。飲み会に行く時コスプレしてるし」
「あの子、そんな事するんだぁ」あのイルカがコスプレだって?「へー。みんな、
色々趣味があるんですね」
「じゃあ、まぁお話は尽きない様ですが、そろそろ、大沼さんの話を」と井上が仕
切ってきた。
「ちょっと下ネタ入っちゃうけどいい?」と横田が言った。
 この人やっぱり下ネタOKなんだなあ、と明子は思う。
 明子は蕎麦屋のどんぶりを下げるとお茶を持って来た。
 横田は、大沼さんが言っていた事だけれど、と前置きしてから話し出した。


● 39

  かつて大沼はこう語っていた。
「去年のクリスマスイブの話や。
 中野の営業停止中のフリィピンパブの様子を見に行ったんや。未練たらしく。
  相変わらず営業停止中やったけど、路地の向こうから、通称脂すまし、という
常連が歩いてきよる。
  CPO着て背中丸めて。
「なにやっているんや」
「仕事の帰りだよ」
「クリスマスイブに仕事かい」
  近くに来ると脂すましの顔がネオンに浮かぶ。
  相変わらず、女に縁のなさそうな顔をしている。
  自分じゃあクリストファークロスに似ているとか言うが、お獅子というか、ち
ょっとダウン症みたいな顔や。
「飯でも食う?」というんで、近所の定食屋に行った。
  脂すましは豚のしょうが焼き、俺は刺身定食を食いながら「最近、どこで遊ん
でいるんや」と聞いた。
  フィリピンパブで遊んでいる頃には、テレクラで素人とやりまくっていると豪
語していたが、今は、終電後の駅前をうろついている女をナンパしているという。
「どうやって誘うの」
「カラオケ行かなーい? って」
「それで着いてくるんか」
「くるよ」
「そんでカラオケ、行くのか」
「カラオケ行ってどうするんだよ。直行だよ、直行」
「ホテルに直行か」
「他にどこ行くんだよ」
「ふーん。そんで生でやるんか」
「そんな事やって汁でも漏れたらどうするんだよ。ゴムだよゴム」
「そんで一発やって帰ってくるんか」
「そうだよ」
「金は要求されないんか」
「財布広げて、あれー2千円しかないやー、ごめんねー、又ねー、で終わりだよ」
「それ、たちんぼとちゃうんか」
「素人だよ」
「素人と思えん」
「お前、なんでそうやってケチつけるんだよ」クリストファークロスがお冷を見詰
めて言った。「そっちが教えてくれって言うから教えてやったのに。前もテレクラ
の事を教えてくれいっていうから教えてやったら、そんなにいいんならどうしてフ
ィリピンパブに居る、とか言うし。だったら聞くなよ」
「おーわりーわりー。じゃあその定食はおごったる。情報提供料や」
  脂すましと分かれてから、居酒屋で飲んで、スナックで飲んで、赤提灯で飲ん
だ。
  そうしたら11時や。
  あほらしいと思いつつも駅ビルのシャッターの前へ歩いて行ってみた。
  でも誰もおらんかった。と思ったんやが、白いパーカーを着た女が一人立って
いた。シャッターも白っぽかったんで見えなかった。
  近づいてやり過ごしてから又戻ってくる。
  日本人やない。ハーフかな。へちゃむくれた顔や。ドリュー・バリモアとか、
クリスチーナ・リッチとか。
「自分なにしてる」と俺はきいた。
「人を待っている」
「もう人来ないで。電車終わっているもの」
 女は黙って前を向いていた。
「カラオケでも行くか」と思い切って俺は言った。
「カラオケは行かないけど、裏に映画館があるからそこなら」
「もうやってへんよ」
「でも、あそこなら遊べるよ」言うて人の顔を見てにっと笑った。
  駅前のビルと隣のビルの細い道を抜けると、裏にコンビニと潰れた映画館があ
った。真っ暗で廃墟っていう感じや。こんなところで昼間やったら青姦になるんや
ろう。
「こんなところでなくてホテルに」言うていて、気が付いた「ところで幾らなん
や」
「15分で3千円」という。
  それだったらわざわざホテルに行くのもアホらしいな。
  コの字の廊下の左右の、元は自販機でもあったようなスペースに布団が敷いて
あった。
  窓ガラスはダンボールで目張りがしてあって、LEDのキーホルダーが何個が
ぶら下がっている。
  ここでやるんか。
  3千円渡すと女はそれを財布にしまって、その手でコンドームを出した。
  赤ん坊がおしゃぶりでも銜えるみたいにコンドームを銜えると、萎んだままの
亀頭に吸い付いて、吸い込む力でちんぽを伸ばしながら被せてしまう。
  しかし酒のせいか、萎んだまんまや。
  もういいと言うと、まだ時間がある、と一生懸命しごきよる。
  なんでそんなに熱心なんやろう。
「そんじゃあ話でもするか。どこからきたの?」
「ペルー」
「幾つ?」
「18」
「自分さっき、人を待っている言うてたが、あれはほんまか」
「お姉さんを待っていたの」
「どっから来るんや」
  養鶏場の名前を言うとった。
  彼女は、元々は金沢の水産加工会社で働いていたそうや。
  機械から流れてきて湯に浮いているおでんをひたすら串に刺す作業や。
  最初はきつかったがじきに慣れた。しかし慣れると経営者が機械のスピードを
上げるから又きつくなる。
  そんなの1年もやっとったらこんなになった、と言って手を出す。
  手の皮が足の裏みたいになってたで。
「だから今はお姉さんと一緒に、養鶏場で働いている」言うとごわごわの腕を引っ
込めて、白いパーカーを被ると震えた。
「自分寒そうやなあ。もう帰ったらいいんじゃないの?」
「私、お腹へったよ」
「そしたら、飯でも食いいくか。でもこんな時間やと、深夜営業のファミレスしか
やっていないよ」
「それでいいよ」
  映画館を出る時、売店横のソファにもう2人女がいたんやが、カミーラに二言
三言、スペイン語で話しかけていた。
  それからデニーズに行ったんや。
  あそこはメニューが写真やから、フィリピンの女を連れ出すんでもよく使った。
  カミーラはピザだのハンバーガーだのを食べとった。がつがつ食っているカ
ミーラに俺は言った。
「商売の時、先に金を要求すると白けるで。瞬間恋愛したいんやから」
「そんな事言っても払わない奴がいるから」
  脂すましが脳裏に浮かぶ。
「暴力をふるう奴もいるし、親指の爪を尖らせておいて、入れる寸前にコンドーム
を破く奴もいる」
「そんな奴がおるんか、大変やな」
  デニーズを出てから、結局ホテルに行ったんや。
 部屋毎に建物が別になっている、昔ながらもモーテルや。
 部屋は暖かかった。
 入るなりカミーラはうずくまるようにして腹を押さえるんで、何しているんやと
思ったが、Gパンのボタンを外しとったんや。ぺらぺらぺらと脱ぐとすっぽんぽん
になった。
 俺もぎんぎんやった。それからやったよ。
 終わると、俺の腕を取って、自分の首に巻きつけて、俺の太股に足を絡めて来た。
 何をする気やと思ったら、そのまま俺の胸の中で寝息をたてたんや。
 体が熱かったで。女の体ってこんなに熱を持っているのか。
 雪が降っていたからすごい静かだった。どっかで、しゅーっと、音がしている。
暖房の湯が回っている音やろ。
  それから俺は考えたんや。
  危ない客が多いっていうのは可哀想や。斉木や鮎川や新聞配達なら大人しんと
ちゃうか。そやけどあいつらにやられるのもしゃくやな。あいつらには別の女を宛
がってやりゃあいいんじゃないのか。あの売店横に居たインディアの女でも。それ
にあいつら飢えているから5千円は払うやろ。2千円ピンはねしてやればええんと
ちゃうか。
 朝、彼女はシャワーを浴びていた。髪の毛を後ろでアップにして、スケベ椅子に
腰掛けて。
 それから備え付けの歯ブラシで歯を磨いていた。
 生活の無いのが惨めやった。
 それからデニーズ行って、マンゴーを食っている彼女に、客の件を提案した。
  彼女は目を輝かせていたよ」

「私が知っているのは、そこまで」と横田が言った。「続きは大沼さんに聞いて」
「聞くのが怖いよ。つーか、飯山に住んでいる人って、みんなそんな感じなの?」
「それって酷くありません?」明子が言った。「それって地方を差別していな
い?」


●40

 横田が帰ると同時に電話がなった。
  明子が出るとフロントの榎本からだった。
「警察が来たって言ってますよ。4人も。井上さんに話を聞きたいって」
「えっ、僕に?」
「どうします? 管理室で会います? それともここに来てもらいます?」
「うーん」と言いつつそわそわする。「とりあえず、ここに来てもらおうか」
 明子はその旨伝えた。
「いやー、困ったなあ。まだ顛末書も何も出来ていない」
「それは困りましたねぇ」言うと明子はにやにやした。「実はですねぇ、うちの所
長は、設備の業者から説明を受ける時には、必ずハンディーカムで録画していたん
ですよ。後で、このボタンを押せばいいって言った、いや言っていない、ともめる
から。
 あとパートの面接の時にも、後で言った言わないになるんで必ずICレコーダー
に録音していたんですよ。
 だからって訳じゃないけれども、私もさっきからからの会話を録音していたんで
すよね」
 言うと明子はシャツのポケットからICレコーダーを取り出して井上に差し出し
た。
「これは…。何が入っているんです?」
「だから、私が話した草津さんの件と、あと今の大沼さんの話。これを警察の人に
聞いてもらえば手間が省けるんじゃないですか」
「そうですか。実は私もですね」言うと井上はスーツの内ポケットからICレコー
ダーを出した。「インタビューの際には必ず録音しているんですよ」
「それには何が」
「昨日の夕方の山城さんとの会話と、高橋さんが話した草津さんの件、今の大沼さ
んの件」
「じゃあだぶっちゃいましたね」
  言うと明子はつまらなそうに自分のレコーダーを故金子所長の机の引き出しに
しまった。


●41

 制服警官が4人も入ってくると、部屋の狭さのせいもあるが、かなりの威圧感が
ある。
 井上がソファを勧めて4人は着席した。
 明子が日本茶を入れてテーブルに置いた。
「大通リビング、井上と申します」むにゃむにゃ言いながら井上がそれぞれに名刺
を渡した。
 警官の中の痩せていて人の良さそうなのが、「飯山南警察署の服部です」と自己
紹介した。
 所長の事故の時に来ていた警官だった。
  それから彼が他の警官の紹介もした。
「こちらが、三木警部」太っているが凸っぱちだ。50代だろうか。
「こちらが山本さん」定年再雇用って感じの初老だ。石臼タイプ。
「そしてこちらが何時もお邪魔している須藤」蛯原ともめていたうどの大木だ。
「君さあ」山本が井上に言った。「立ってないで椅子もってきて座ったらいいんじ
ゃないの?」
「えー、つーかですね、今日は勿論、斉木の事と所長の件でいらしたんですよねえ。
 その事に関しては私も色々調査しているんですが、まだまとまっていないという
か、まだ皆から聞いている段階なんですよ。それでですねえ、皆から聞いたものを
こちらに録音してあるんですが。20分ぐらいの録音が、3つ入っているんですが、
とりあえずこれを聞いて貰うって訳には行かないですかねえ」と言ってテーブルに
差し出した。
 服部が受け取って横の三木の顔色を伺う。
「いいんじゃねーの」と三木。
「じゃあ聞かせてもらいます」
「じゃあ私達はお茶でも飲んできましょうよ」明子が口を挟む。「その方がお巡り
さん達も話がしやすいと思うし」
「そ、そうなんですか?」と井上。
「とりあえずは聞かせてもらいますが」
「じゃあ、席を外していますから、用があったらそこに書いてある携帯に電話して
もらえますか」と名刺を指差した。

 そういう訳で、明子と井上は一階ラウンジで待機していた。
 夕方の5時頃、4人の警官は便所を借りに下りてきた。
  それから再び事務所に戻って、更に1時間経過した頃になって下りてきた。
「次に大沼さんが来るのはいつですか?」と服部が聞いてきた。
「今日は鮎川だから、明日の朝には」
 服部はこそこそと相談してから、「じゃあ、明日の昼頃に又連絡しますわ」と言
った。
 そして警官達は帰っていったのだが。









元文書 #1075 斑尾マンション殺人事件 8
 続き #1077 斑尾マンション殺人事件 10
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