AWC 斑尾マンション殺人事件 7


        
#1074/1112 ●連載    *** コメント #1073 ***
★タイトル (sab     )  17/03/18  18:13  (323)
斑尾マンション殺人事件 7
★内容

● 32

 その頃、2階の休憩スペースでは、山城がソファーに座って、見るでもなくテレ
ビを眺めていた。
 くそー。と山城は思う。
 何で俺の居場所が無いんだ。ボイラー室には大沼が仮眠しているし、清掃員更衣
室では額田以下が時間を潰している。だいたいあいつらは俺の兵隊だったんじゃな
いか。
 テレビのチャンネルは地元のケーブルテレビ局だった。飯山の新幹線新駅が映し
出される。
 山城は、腕組みを解いて身を乗り出した。
 山城はあの近所に2ヘクタールの田んぼを持っていた。
 売れば億になるが売らない。米も売らない。みんな親戚に配る。皆にそう言って
やった事があった。それで皆、俺を妬んでいるのかも知れない、と山城は思った。
 いや、あいつらそれぞれ、土地を持っているものな。
 やっかむとしたら、24時間管理員の中年ぷーたろーどもだ。
 特に斉木だ。
 あいつは、飯山から更にバイクで20分も行った原野でアパート暮らしをしてい
る。
 ああいう、持たざる者は人民主義者の扇動家になったりするんじゃなかろうか。
 そういえば、先月の今頃もそういう事があった。
 AMの懇親会も兼ねて、飯山雪祭りを見物に行ったのだが、俺と斉木が、清掃員
と管理員をそれぞれ代表して、早い時間に行って場所取りをした。俺は行きの電車
の中で、ワンカップと柿ピーで一杯やっていた。
 そうしたら斉木が「こんなに混んでいるのに、目の前に子連れの妊婦が立ってい
るのに、つーっと飲んでんじゃねえよ。丸で朝マックの時間帯に、朝刊を広げる散
歩帰りの年金生活者みたいだ」とかなんとか言ってきやがった。
 俺の方が先に座っていたのに何で譲らないといけない、と俺は思った。
 それにあの女は、豊野駅で急行から乗り継いできたので、県外のよそ者なのだ。
 それが証拠に、ガキの鼻水を拭いたティッシュをそこらに捨てて行ったじゃない
か。
 それを拾って、俺はワンカップの空き瓶と一緒に捨てた。
 すると斉木が「携帯灰皿を持っているだけで迷惑かけていないと思っている勘違
いじじい」とか言ってきやがったな。いちいち。
 会場に着くと、雪中花火大会に備えて俺はビニールシートを広げて場所取りをし
た。
 夜になるとだんだん混んできて、押すな押すなになって来た。
 後から来た奴が羨ましそうに見ていたが、あれは、俺の畑の周りに住んでいる団
地族の視線だ。
 その内、子供を抱っこしていた母親が「すみません、ちょっとここに座ってもい
いですか? 気分が悪くなって」とかなんとか言ってきやがった。
 俺は言ってやった。「あんた甘いんだよ。こっちは昼間っからここで頑張ってい
るのに、今更のこのこ出て来て座れると思ったら大間違いだ」
 そうしたら斉木が「おーい、みんな、ここは誰の土地でもないんだぞー」と言っ
て、回りに居た群衆がざーっとなだれ込んできた。
 それでも、結局、あいつら、飲んだり食ったりしたものを片付けて行かない。最
後に俺が一人で掃除したんだ。
 山城は、ふーっと憤怒の鼻息を吐いた。
 テレビを見ると、飯山の緑の田んぼに、アパート、マンションが迫っているのが
分かる。
 丸で皇居に迫る雑居ビルじゃないか。あんな奴らに俺の田んぼを汚されてたまる
か。お堀でも掘りたいよな。
 ふと人の気配を感じて暖簾の方を見ると、スリーピースを着た長身の若者が、不
動産屋みたいな営業スマイルを浮かべながら迫ってくる。
「どうもー」と言いながら井上が斜め前のソファーに座った。
「もう今日の仕事は終わったよ」チャンネルを変えながら山城は言った。
 液晶画面に韓流スターが現れた。東方神起だと? 正月に紅白に出ていた奴らだ。
「あんたこういうのをどう思う」
「は?」
「大和撫子がこういうのにきゃーきゃーしていたら面白くないんじゃないのかね」
「さぁ」
「実は泉がそうなんだ」と山城は言った。
「イズミ?」
「清掃の泉だよ。あの馬鹿は、紅白にああいうのが出るのはいい事だと言う。ああ
いうのが出ればジャニーズが独占状態のダンスボーカルの世界にブレイクスルーが
起こるとかなんとか。
 泉の小理屈などどうでもいい。
 それに、俺はいけないって言っているんじゃないんだ。紅白に出る事はないだろ
う、って言ってんだ。
 俺だって、コレアンパブでマッコリ飲みながらトロットを聴く事もある。
 だけれども鎮守の祭りでアリラン流す事は無いだろう。
 そうだ、思い出した。
 あの時、泉に説教していたら、又又あの斉木がどっからか湧いて来やがったんだ。
 そして、俺はただ単に、大和撫子から戦艦大和を連想して、戦艦大和の主砲は東
京湾から駿河湾まで飛んだ、と言っただけなのに、あの野郎は、大和の主砲で大和
撫子の貞操を守ろうってか、とか絡んで来やがった。
 斉木はガキの頃、戦艦大和は世界最大級の戦艦であり、本当はもっとでっかい戦
艦を造れたんだけれども、ワシントン海軍軍縮条約で、米英日5対5対3って決め
られていたから、それ以上でっかいのは造れなかった、と学校で教わったと言う。
そして家に帰って『コンバット』を見ていたら、サンダース軍曹がダッダッダッダ
ッーっとドイツ人を撃って居たので、帝国軍人だったらそう簡単にはやられない、
と言ったら、奴の親父が、旧日本陸軍38式は一発ずつしか出ない、と言ったとい
う。
 斉木は言う。一発ずつしか出ない? は? どういう事? 一発ずつっきゃ出な
いんだったら、外れたらどうするんだよ。いきなり降伏かよ。そんなの聞かされた
ら、ワシントン海軍なんたら条約なんて、脳内条約だったんじゃないのってと思え
てくる。考えてみりゃあ、日本なんて帝国主義と関係ないものなあ…。
  そう言うんで、俺は、ただなんとなく、日本は大日本帝国だろう、と言ったん
だよ。
 そうしたら斉木が、
 まさかそれって、日本帝国と、モンゴル帝国とかローマ帝国を一緒に考えていな
いよねえ。まさか、俺、そんな馬鹿と話していた訳じゃないよね。ねえ。
 あの野郎、最初から挑発して俺を誑しこむ積もりで誘導していやがったんだ。
 俺は、かーっとして、
 この野郎、失礼な事いってんなよ。本当に憎らしいんだから。お前気をつけろよ、
みんな言ってるぞ、俺じゃなくてみんながお前んところに行くぞ、と怒鳴ってやっ
た。
 するとあの野郎、
 そんなに興奮する事ないじゃないですか。頭、つるっぱげになる歳なんだから、
とか言いやがって」
 山城は、東方神起など観るのも不愉快という風にチャンネルを変えた。
 今度はサッカー中継だった。
「キリンカップは原発事故を受けて中止となりました。本日は、1970年代、
ヨーロッパサッカーを代表する、カイザー・ベッケンバウワー、ボンバー・ミュー
ラー全盛時代のドイツと南米サッカーの歴史をダイジェストでご覧頂きます。解説
は元日本代表の夜露死苦・アルマンドさんとホセ・愛羅武勇さんです。お二方、ど
うぞよろしく」
「サッカーは点取りゲームかね、それとも陣取りゲームかね」突然山城が井上に言
った。
「うーん。ドイツサッカーなんて、セットプレーで陣取りゲームっぽいですよね。
南米サッカーはコンビネーションプレーで点取りゲーム的かな」
「そうだよなあ。前にワールドカップを見ていたんだよ、蛯原と。勿論休憩時間中
にね。そうしたら、セットプレーに終始して、全然シュートを打たないんで、撃
てー撃てーッって言っていたんだよ。そうしたら又又どこかから斉木が湧いてきて、
絡んできやがる。
 まったくこいつらサッカーというよりかは競馬やボートでも観ている感じだな、
まくれー、まくれー、みたいな。まぁ、サッカーよりかはボクシングが似合いだけ
どな。それもファイティング原田とかジョー・フレージャーみたいに、ひたすら攻
めて行くタイプのがいいんじゃね。しかし、ああいうファイターっていうのは何で
凸っぱちで手足が短いんだろうか。それにしても、日本のサッカーって、どうして
相手がどんなんであろうとも、セットプレーを繰り返すんだろうねぇ。いくらサム
ライ日本つっても、元寇相手に、一騎打ちを臨む鎌倉武士じゃないんだから…
 とかなんとか言い出して、それから又、コンバットがどうの言い出したな。
 本当はサッカーっていうのは、『コンバット』の要塞攻めみたいなもので、足の
速いケリーはあそこの切り株まで走れ、リトルジョンは左の茂みから回りこめ、
カービーは後ろから援護しろ、みたいに、相手に応じて変わるし、仲間は有機的に
繋がっているって感じなんだけれども、日本のサッカーって、ひきこもりの詰め将
棋みたいな感じだな、
  とか何とかなんとか言っていた。
 とにかく俺は、そんな事言ったって、突っ込まないと点を取れないじゃないかっ
て言ったんだよ。そうしたら、
 もしかして、サッカーの事、点取りゲームだと思っていない? あれは陣取り
ゲームなんだよ。だからオフサイドがある。陣地を確保するまでは撃てないんだよ。
まさか知っていたよね。それを知らないんじゃあ、アウェイで日の丸振っている馬
鹿と同じだよ。
 又、こいつは最初から俺を誑しこむ積もりでいたんだな。
 それでかーっとして、
 どうしてお前は、そういう食ったこと言ってくるんだ。最初からおちょくる積も
りで言ってんだろう。一丁スポーツでもするか、表でるか、と怒鳴った。
 そうしたら、
 そんなに吠えないで下さいよ、犬みたいに、と斉木は又又嫌味を言う」
 山城は鼻の穴全開にして、鼻息を荒げている。
「斉木さんの言っている事は適当じゃあありませんね」井上が言った。「『コンバ
ット』の要塞攻めはコンビネーションプレーでも陣取りゲームだったんですよ。そ
もそも、ノルマンディー上陸作戦自体、オフサイドみたいな作戦だったから、アウ
ェイで戦うんだから、コンビネーションプレーをするしかなかったんですが。なん
でそんな事をしていたかっていうと、ソ連と陣取りゲームをしていたからなんです
よ。あれを点取りゲームとは言えませんね」
 何を言っているんだこいつは、と山城は思った。『朝までテレビ』の軍事評論家
の様な奴だ。
  俺は、ノンルマンディー上陸作戦などどうでもいいんだよ。
  そんな事より俺の田畑を守らないと、あのすばしっこいイタチから。まだ早春
だというのに、地震の影響か、ぼちぼち出てきているのだ。あんなの竹やりで突っ
ついても本当に鎌倉武士みたいなものだ。強力な薬品で、一気に駆除してやる。そ
んで、みんな隣の養鶏場に追いやってやる。あそこは、東京から来た奴がペルー人
を使って経営しているから、イタチがペルー人を食ってしまえば、一粒で2度美味
しいじゃないか。そうだ。今夜まいてやる。大々的に。
 そう思うと、山城は腰を上げた。



●33

 30分後、茹だった体にYシャツ、ノーネクタイという格好で井上は戻ってきた。
 管理室の中では、大沼が暇そうに回転椅子を揺らしていた。
「これから朝までこうしているんですか?」
「しょうがないやろ。出前でもとる?」
「そういえば、腹減ったなぁ」
「そば? 中華?」
「そばの方が温泉っぽいですよね」
「じゃあ長寿庵や」言うと引き出しから品書きを出した。「わしゃ、カツ丼や」
「じゃあ僕は」と品書きを見ながら。「カツ丼と天ぷらそば」
「食うねえ。若いから」言うと、管理室の電話で蕎麦屋に電話する。
 フロント側の入り口から私服に着替えた榎本が入って来た。
「帰りまーす」と言いながらホワイトボード横のタイムカードで打刻するとそのま
ま出て行った。
「あの人、足はあるんですかね」
「旦那が迎えにきとるんやろ」
「へー」
 すぐに蛯原も現れる。「じゃあ、私も帰りますんで」
「帰るんだ」
「何か?」
「別にいいですけど。足は?」
「私はバイクで通っているんですよ」
 蛯原もジーっと打刻した。

 同じ頃、4階の事務所で高橋もタイムカードを押したところだった。
 玄関に施錠すると、通路、エレベーターの順番で降りて行った。
 共用棟に移るとエントランスは既に真っ暗だった。
  管理室の扉が開け放たれていて、光が漏れて来ている。
 その中に入りつつ「帰りますけど」と言った。
 回転椅子の大沼と、パイプ椅子の井上が同時にこっちを向いた。
 何だ、あの頭の形は、と明子は思った。丸で、星野一義と鈴木亜久里ではないか。
ヘルメット取っても又ヘルメットって感じ。そういえば、セナもプロストもああい
う感じだった。やっぱりメカに強い人はああいう頭の格好をしているのだろうか。
「なに、見とるんや」大沼が言った。
「私、帰りますけど、井上さん、乗っていかないんですか?」
「出前、頼んじゃなったんですよ」
「泊まってったらええやん」
「しかし…」
「今から東京、帰んのんか」
 確かに言われてみるとすごいかったるく感じがした。
「スタジオで寝ればいいんや。静かやでー」
「奥さん待っているんじゃないですか?」
「え、僕って、そんなに所帯じみて見えます?」
「一人もんや。泊まってったらいいんよ。なんだったら街にでも繰り出して。冗談、
冗談」と笑う。
「じゃあ、僕、泊まってきます」
「じゃあ、私、帰ります」
  と2人を見ていて、大沼はボンドという台詞を思い出した。
  そうだ、試してみようという悪戯心が起こった。
  大沼に近寄ると、明子は「お疲れさま」と言って肩に手を置いた。
  瞬間、ブルース・リー風にあちゃーっと唸って払ってきた。
「なんの真似?」驚いて手を引っ込める。
「いや、一応、一回は一回って事で」
 信じられないと明子は思った。こいつら大人かよ。こういうのが世の中に20%
もいるのか。
 とにかく、そのまま退場したのであったが。


● 34

 2人は出前を食べ終わると、2階の自販機で買ってきた緑茶を飲んだ。
「そう言や、井上さん、顛末書の下書きって出来たの?」
「それはですねえ」
  井上はポケットからスマホを出すと擦った。「こんな感じですよ。今朝の高橋
さんの行動を振り返ると、まず所長が便所で水を流した直後に出掛けて、この管理
室を通過して、ゴミ集積場でみんなと一緒に所長に手を振って、車を出して、大沼
さんを迎えに行って、帰って来て下ろして、駐車場に車を戻して、そして4階事務
所の玄関前から管理室へ電話した、と。以上をホワイトボートに書きますと」言う
と井上は書いた。

8 : 10 大沼から着信
8 : 15 エントランスに高橋、現れる
8 : 20 ゴミ集積場に高橋。所長に手を振る
8 : 25 高橋出発。
8 : 45 高橋帰ってくる。
空白の30分超。
9 : 20 4階より管理室に電話。

 そしてパイプ椅子に戻った。
「この大沼さんから電話っていうのは証明できますか?」
「できるで」大沼は携帯を開いて発信記録を見せた。
「その次の、エントランスに現れるっていうのは防犯カメラに写っていますか?」
 大沼が監視カメラのビデオを巻き戻して時間をチェックすると、確かにその時間
に高橋はエントランスに現れていた。
「じゃあ、8時25分にここを出て45分に戻って来られますかねえ?」
「わしが一緒やったからなあ」
「マンションに帰って来てから、4階の事務所に戻って管理室に電話をするまでが
30分以上もありますよね」
「便所に入ってたんやろ。更衣室の隣の共用部の便所に」
「それはカメラに写っているんですか?」
 またまた大沼が再生して確認する。
「写っとるよ」
「そうすると時間は正しいとして。私の大胆な推理はこうです。所長は便所で死亡
した。トリックは、便所の水溜りにサンポールか何かの酸性の液体を入れておいて、
ウォシュレットのノズルの中に塩素系の液体を入れておく。そしてケツを洗った瞬
間に混ざって塩素ガスが発生する」
「だけれども流した音はしたんやろ。それで流れて証拠隠滅になるかも知らんが、
流したのは本人やから生きていたちゅー事やろ」
「じゃあ、ウォシュレットじゃなくて、便所の水溜りに酸性のもの、タンクの中に
塩素のものを入れておいて、流した瞬間にガス発生、っていうのはあり得るかな
ぁ」
「苦しいなあ。じゃあ仮にそこで死んだとしてやな、その後、望遠鏡で見とるやろ。
大石さんと一緒に。手ぇ振って。それはどう説明するんや」
「今日、ここに来る時、プリウスのタクシーに乗ったんですよ。そうしたら、フロ
ントウィンドウにメーターだのナビだのが映るんですよね」
「なんの話や」
「いや、それで思い付いたんですけど。こうやって予め所長が手を振っているシー
ンを撮影しておいて」言うと、スマホのカムレコーダーを再生して大沼に見せた。
事務所の窓からゴミ集積場に向かって手を振る高橋が映っている。そして井上は望
遠鏡を取り出すと、スマホのディスプレイにくっつけて大沼に覗かせた。「こうや
って、朝のゴミ置き場で大石さんに覗かせれば、あたかも所長が和室から手を振っ
ているように見えないですかねえ」
「ほー」
「まだあるんですよ。実は、高橋さんは、自分が出かけている間に所長が発見され
るように仕組んで行ったんじゃないかと思って」
「どうやって」
「便所で所長が死ぬでしょう。その後高橋さんが所長を風呂場に引きずって行くん
ですよ。洗面所を挟んで隣だから短時間で出来るでしょう。
 そして、自分が出かける時に玄関の鍵を120度ロックして警戒
定するんですよ。
 こうしておいて、高橋さんが市内に行っている間に警報がなってナルソックでも
来てくれれば、アリバイが成立するじゃないですか。
 じゃあ、どうやって警報を鳴らすか、っていうと、これですよ」
  言うとスマホのカメラで撮った除湿機を表示して見せた。「そのコンセントに
タイマーがぶら下がってますよね。それ、8:30にセットしてあったんですよ。
それが夜間なのか朝なのか分からないけれども、朝だとしたら…。その除湿機を見
て下さいよ。吹き出し口の所にリボンがついているでしょう、電気屋に展示してあ
るみたいに。そうすると、8:30になって、除湿機が動き出すと、リボンが舞っ
て、センサーが感知して、警報が鳴ると。ところが作動しなかった。何故なら、そ
のタイマー、50Hzなんですよ。AMの元の事務所って飯山市内にあったんです
よね。あそこって、東北電力だから50Hzなんですよ。ところが斑尾はこんなに
近いのに中部電力だから60Hzなんですよ。それで作動しなかったんじゃないか
と」
「そんなアホな」大沼は笑った。「そんな芸の細かい事、する訳ないやろ。仮に上
手く行ったって、ネタがみーんな残っとるやないか。そんな事せんでもわしやった
らなあ」大沼は自説を語り出した。「あの部屋、下水管の換気扇のスイッチ、切っ
てあったやろ。だいたい引っ越してきて2、3週間はみーんな気付かないんやけど
な。
 そんでな、ここのマンション、安普請やから便器がI社なんよ。世の中の大部分
はT社やろ。T社のは大の時には手前にレバーを引くんや。そやけど、I社は逆な
んや。そうすると大でも小しか流さんやろ。そうするとS字のところで詰まるんや。
しかも換気扇のスイッチが入っていないから、ニオイが逆流してきよる。そういう
クレームが何十件もあったんや。そんで、ニオイが入ってくるっちゅー事は、塩素
ガスも入って来るってことやろ。
 でな、あの事務所の上の階も下の階も空き室なんよ。だから、下の階で下水管に
詰め物してやなあ、上の階からまず塩化カルシウムでも入れて、それからサンポー
ルでも入れてやれば、事務所ん中に塩素ガスがたちこめるやろ。そんで、あとで詰
め物を外せば密室犯罪や。どや」
「可能かも知れませんね。まず下の階の下水管に詰め物をしておく。それからター
ゲットの部屋の水道の元栓を止めてしまう。そうすれば便所の水を流した後、S字
の箇所に水が溜まりませんからね。そこで上の階から塩素と酸を下水管に流し込む。
塩素ガスが発生してターゲットの部屋にたちこめる。ミッションが終了したら、下
の階の詰め物を外す」
「そやな。それで出来るかも知れんな」
 ラクダ頭の二人は密室トリックについて夜遅くまで語っていた。









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