AWC ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー9


        
#1041/1158 ●連載    *** コメント #1040 ***
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:41  (195)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー9
★内容
抜き足差し足で、階段を下りて廊下を進むと、私、ミキ、ヨーコ、と斉木は、
食堂のドアに張り付いた。
ドアの隙間から覗くと、牛島が、壁にかかっている道のりマップみたいなのを
携帯のライトで照らしていた。
休憩場所の見当でもつけているんだろう。
地下から春田が、メリメリ、ドタドタいわせながら、モリを持ってきた。
「しーしーっ」と指で合図しながら、それを受け取った。
ずっしりと重い。
ボートのオールの先っぽに火箸でも付けた様な感じで、
でっかい矢じりが付いている。
こんなんで刺されたら死んじゃう。
それをヨーコに渡す。
「いい? 指し棒にでもすればって渡すのよ。
頃合を見計らってみんなで突入するから」とヨーコの背中を押した。
そしてドアの影から見守る。
食堂は異様に明るい月光で照らされていた。
しかし足元まで明るいわけではなく、ヨーコが真ん中辺まで行くと
椅子がぎーと音を立てた。
「誰だッ」。 牛島がビクッとして振り返る。「あー、びっくりした。
そんなところで何をしているの。つーか、なんでそんなもの持ってんの」
「そこに立てかけてあったの。地図なんてこういうので指さないと
迫力無いなーと思って」と言って渡した。
「ふーん」受け取ると、ライフル銃の重さでも確かめる様に両手で握った。
「あの烏合の衆に言う事をきかせるには、いいかもしんねーな」
言うと、柄の方をグッと突き出して、ニーっと笑う。
「よし、今だ」私の掛け声で、全員が突入した。
牛島は、足音に反応して睨んできたが、テーブルのところで椅子をぎーぎー
鳴らしてやると、こっちの敵意に気付いたか、モリをがっちりと抱えた。
「なんだよ、お前らは」
「ヨーコ、こっちきな」ととりあえずヨーコを呼び戻す。
子供みたいに戻ってくると私らの後ろに隠れた。
「何もってんの? それで私らをビビらす積り? でも似合っているよ。
半漁人みたいで」と私は言った。
「なんだと」。このやろう、という怒りが顔に浮かぶ。
「半漁人みたいで似合っている、って言ったんだよ」と囁くように言った。
「てめぇ」口をゆがめると抱えていたモリをこっちに向けてきた。
予想通りの反応に、すかさず私は、「あっ、半漁人が刃物を向けてきた」と
振り返って言った。
他のみんながこぞって、
「えぇ、半魚人だって?」
「半魚人つーのがやべーな」
「きゃー、半魚人、こわーい」
と、繰り返す。
その内誰かが「半漁人、半漁人…」と小声で繰り返し始めた。
他の誰かがそれに乗っかり、声も段々大きくなり、手拍子も重なって、
だんだんとシュプレヒコールになっていく。
「半魚人、はんぎょじん、ほら、半漁人」と私らは連呼しながら、迫って行った。
「黙れーっ」と牛島は怒鳴った。
「半魚人、はんぎょじん…」
「黙れってんだろう。てめーらぶっ殺すぞ」
「半魚人、はんぎょじん、はんぎょじん…」
「ごるぁああああああ??」と絶叫すると、牛島はモリを放り投げた。
うわー、と全員がたじろいで、連呼は止まる。
しかし、牛島はぶるぶると震えながら、うずくまる様にして頭を抱えている。
そして顔を上げると、額から鼻筋にかけてYの字が浮き上がっているではないか。
Y遺伝子!
それから、爬虫類的蛇行で丸椅子を蹴飛ばしならテーブルに迫る、
と、テーブルに飛び乗った。
「てめーら、ふざけんじゃねー」
全員が逃げ惑う様を、肩で息をしながら睨んでいる。
そして、肩寄せ合って震えているミキとヨーコに狙いを定めると、床に飛び降りた。
ヨーコを捕獲して餌食にする気か。
ミキが「やめてー」と叫んでヨーコに覆いかぶさった。
何故か牛島は躊躇って、フリーズした。と思ったら、廊下に飛び出して行った。
だだだだーっと階段を駆け上る音。
それからメリメリと2階で動いている音がしてくる。
みんな固唾を飲んで天井を見上げていた。
と思ったら どどどどーっと、と階段を下る音。
「今度は地下に行ったぞ」と春田。
「武器でも取りに行ったのかな」と斉木。
しかし しばらくして、廊下をミシミシいわせて登場した牛島は、
リュックを背負ってランプを手に持っていた。
これから帰る積りか。
私ら全員を無視して、途中でモリを拾うと、テラスに向かった。
「どこ行くんだよ。危険だよ」かつてのよしみで春田が言った。
「うるせぇ」と血まなこで睨む。
そして牛島はテラスから月あかりの中に出て行った。
私らも全員でテラスに出ていって行方を見守った。
ランプを揺らしながら、山道の方へ歩いて行く牛島の背中が見える。
しかしすぐにロッジの影になって見えなくなってしまった。
今度は全員でキッチンコーナーへ行って、裏の窓を開けて見る。
牛島のランプが森の中で幹の陰になったり出てきたりして、
点いたり消えたりしている。
やがて完全に見えなくなると、誰かがため息をついた。
全員で、テーブルのところに戻ると、
倒れた丸椅子を元の位置に戻して、みんなで座って何気脱力。
「あんなに挑発するべきじゃなかったんじゃない?」と春田が言った。
「いやぁ、さっきのがXYYの本性だよ。
夜中になればあの調子でヨーコを襲ったんだから、これで正解だったんだよ」
「そうかねえ。みんなで追い詰めたからあんなんなったんじゃない?」
「自分だって、ノリノリで連呼していた癖に、
後になって後悔するのって、場当たり的だよね」
「まぁまぁ、もうこれ以上揉めない。今日はもうさっさと寝ちゃおう」
とミキが言った。
「放送は?」
「えー、あんなの見るの?」
「それ見て寝るか」
「そうだね」
話すことがなくなって、しばらくぼーっとしていた。
突然森の方から、「ぎょえーーーーーっ」という叫び声が響いてきた。
マンホールにでも吸い込まれていくような響き方だった。
「なんだッ」春田は裏窓のところに走って行って外を見た。
それから戻ってくると、「行ってみよう」と斉木の肩を叩いて、自分はテラスへ
出て行った。
斉木もそれに続く。
「もう、なんなのよー」とミキ。
「どうする?」と私は聞いた。
「もう面倒くさいよ」
「でも、とりあえず行ってみる?」
「うー、うん」
というんで、女子も後に続いた。

裏の山に入ると、私らは左に伸びている坂道を登った。
男子は既に先に行っていて、見えない。
一つ目の折り返しを右に曲がる。
森が鬱蒼としてくる。
木々の間から湖面が見える。小波に月光が反射してイカ墨パスタみたい。
「でも、虫の声とか全然聞こえないね」と真ん中のヨーコが言った。
「そうだよ。ここは地球じゃないんだよ。実は黄泉の国を彷徨っているんだよ」
と先頭のミキが、わーと振り返る。
ずずずーっとヨーコが滑ってくる。
「危ないじゃない。すべるんだから」としんがりで私が文句を言った。
しばらく行って、最初の平坦な道になったところで、男達の背中が見えてきた。
「おーい、どうした」向こうを見ている彼らにミキが言った。
「土砂崩れ」振り返って斉木が言う。「しかも、牛島がそこに引っかかっている」
「うっそー」
駆け寄ってみると 幅5メートルぐらい、深さは見えないのだが、
ずっぽり陥没していて、壁面からは、
植木鉢から引っこ抜いた植木みたいに、根が出ている。
そこに牛島がぶらさがっているのだ。
牛島は携帯の光で照らし出されていた。
地面から2メートルぐらいのところだろうか。
ナップの肩紐の片方を首に、もう片方が木の根に引っ掛けた状態で、
両手をだらーんと下に垂らしている。
「おーい」と斉木が呼びかけても反応しない。
「こんな崖、あったっけ」とミキが言った。
「活断層でもあったんじゃないの?」と春田。
「地震なんてあった?」
「俺らが騒いでいる時にあったのかも」
「そんな事より、彼をどうにかしないと」と斉木が言った。
「どうにかしてっ言われても、絶対届かないよ」
斉木は、とりあえず崖から顔を上げると、携帯のライトであたりを照らした。
「あそこにモリが落ちている」というと走って行って拾ってきた。
「このきっぽにロープを引っ掛けて、肩紐に通せば…」
「ロープなんてないよ」
「何か代替品は…。そうだ、ベルトだ。みんな、ベルトを外して」
言われるがままにベルトを外すと斉木の足元に投げた。
斉木は、みんなのベルトとつなぎ合わせると、バックルをモリの先にひっかけた。
そして、釣竿でもしならせるようにベルトを引っ張った。
そのまま崖っぷちにかがみ込むと、モリの先っぽで牛島の肩紐を狙う。
何回も空振った後、ようやっと肩紐に通った。
さらに数分かけて、モリの顎にバックルを引っ掛けてベルトを引っ張ってきた。
「よっしゃー」斉木はモリを脇に置くと、
ベルトを両手で引っ張って引っ掛かり具合を調べた。
「ばっちり引っ掛かっている。じゃあ、いっせーのせえで引き上げよう」
と春田に言った。
「じゃあ、いっせーのせえ」で、二人は、綱引きみたいに後ろに体重をかけた。
「まだまだ」とミキ。
「せーのせえ」
「まだ、もうちょっと」
「いっせーのせい」
牛島の両肩が出てきたところで、私やミキもリュックの肩紐に手をかけた。
そして全員で思いっきり引っ張る、と、ずるんと、
舟に引き上げられたシーラカンスの様に這い上がってきた。
なんとなくぬとぬとの牛島を全員で見下ろした。
「これ生きてんの?」とミキ。
「斉木、検視だ。医者になるんだろう」と春田が言った。
「えぇっ」と言いつつも、片膝をついて携帯のライトで瞳孔のチェックをした。
しかし分からないらしく、携帯を畳んでしまうと、頚動脈に指をあてた。
「脈拍はゼロだな」
「死亡って事?」
「どうるす?」とミキが春田に言った。
「って俺に聞かれても」
「置いていく訳に行かないでしょ」
「どうやって運ぶんだよ」
「春田君が背負って行く」
「やだよ。つーか、なんか生臭くない?」
「牛島がにおっているの?」と私。
「いや、土のニオイだろう」
「なんか、ここらへん一帯生臭くない?」
「もう、引き上げようよ。ねえ、春田君、担いじゃいなさいよ。男でしょう。
強いところ見せてよ」とミキが春田の肩を叩いた。
「エェエエ。じゃぁ斉木、せめて後ろから押さえていろよ」
「おっけー」
そして全員で春田に背負わせると、斉木が尻の辺りを押さえた。
女子3人が携帯のライトで山道を照らす中、
男子3人は、チャリの3人乗りみたいにグラグラしながら降りて行った。

ロッジに到着すると、そのまま地下室に降りていって、
鉄格子の向こうに、ごろりと下ろした。
おんぶしている間に死後硬直したらしく、牛島は招き猫の様な格好で転がった。
それからみんなで、地下室にあった食糧や武器を食堂に移動したのだが、
階段が狭いし暗いしで、何往復もせねばならず、すげー疲れた。
やっと運び終わった時に、ピッピッと腕時計のアラームが鳴った。
「放送の時間だ」息も絶え絶えの私はみんなに言った。




元文書 #1040 ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー8
 続き #1042 ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー10
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