AWC ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー2


        
#1034/1117 ●連載    *** コメント #1033 ***
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:36  (101)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー2
★内容
斉木は階段を上がって行った。
私もついて行く。
丸太を埋めた土の階段を20段ぐらい上ると、
洞窟から出たみたいに陽の光に晒された。
そこは10平米程度の展望台で、芝生が生えていて、青空が見えて、
右の奥には盛土の山があって大砲みたいな筒がぶっ立っていた。
「あれがのろしだよ。つーかその看板に書いてあった」
どれどれ? と私は右手にあった看板を見た。
城山の烽火台は武田信玄公の時代、静岡、神奈川からの情報を山梨に伝達する
最後の烽火台である、云々、と、読んでいる内に、
斉木は展望台の先端に移動していた。
斉木のリュックが芝生に転がっていて、私もその横に下ろすと、先端に行った。
すると、絶景かな…とは行かない。
山の緑はくすんでいて、平野は黄土色に滲んでいて、
永谷園のお茶漬け海苔についている安藤広重の浮世絵みたいに滲んでいる。
西の方が多少青っぽい感じがする。あっちが静岡か。
東の方は甲府盆地か。
「あの山の向こうが相模湖かな」と、私は東の方角を指した。
「違うよ。河口湖あたりだよ。富士急ハイランドとか」
「近いような遠いような」
斉木はすぐ下の麓を見下ろして、「あそこを必死に登ってきたんだよ。
蟻地獄にはまった糞転がし系の甲虫みたいに。ヒヒヒっ」
と肩を揺すって笑っていたが、その肩幅の狭いこと狭いこと。
腕も細い。
Tシャツじゃなくてカッターシャツを着ていてズボンの中に入れている。
はぁーと何気ため息をつく。
私は、のろし台手前の芝生に戻って、どっかと座ると、ペットを出して一気に飲んだ。
溶けた水はすぐに空になった。
斉木も戻ってきて、ごそごそと自分の荷物を漁る。
ミリタリーの水筒を取り出して、こっちに差し出してきた。
「何はいってんの?」
「レモン水」
受け取って飲むと鉄の匂いがした。
それから斉木はアルミ箔に包まれた塊を見せてくれた。
「見て、これ。チョコが一回溶けて固まったらこんなになっちゃった」
アルミ箔を丁寧にはがすと皺皺の痕がチョコレートの表面に付いている。
半分に割ると半分くれた。
それを口の中に放り込むと、じわーっと甘みが広がる。
「うめー」
口腔粘膜から直接細胞に取り込んでいる感じだ。頬の筋肉に痛みさえ感じる。
ほっぺたが落ちるというのはこういう感じか。「これ旨すぎるよ。マジやばい」

また、水筒をラッパ飲みした。
人心地ついて、大きく鼻で息をする。
斉木がじーっと見ていた。
「なによ」
彼は鼻の下を指差した。
鼻の下をぬぐったら、産毛に水滴が残っていた。
こいつの家は産婦人科医院で、ああやって人を観察して、産婦人科的に分類するのだ。
よく人の食べるところを見ていて、
鼻の下が長い人は母乳で育ったから愛に溢れている、とか言う。
「つーか、斉木も落第したの?」
「うん」
「医者の息子が」
「まぁ…。そっちは?」
「私はグロ耐性ゼロだもの」
私は解剖が嫌だったんだよなぁ、と遠くを見た。
さっき来たきもい山道は、土手の影になって見えない。
「つーか、他に誰か来るの、見えなかった?」
「いいや」
「つーか、斉木って、何時の電車で来たの?」
「30分ぐらい前のだと思うけど」
「それって誰も乗っていなかったんでしょう?」
「そうだよ」
「でもその前だと7時着ぐらいのだよ。そんなの早すぎだし。
私のの後だと9時頃で、それだと遅刻だし。
もしかして、みんな車で来てんじゃないのかなぁ」
と言う私を見て、斉木は二ターっと笑った。
「なによぉ」
「登山で血の巡りが良くなっているところにチョコレートなんて食べたもんだから、
色々妄想するんだな。酒乱になる可能性がある」
「なんですって」
「まぁまぁ、いいじゃない。もし皆が車で来ているんだったら、
バレた時点で失格だから、僕と君の勝ちだし」
言うと立ち上がった。
展望台入り口のトタンの案内図を見に行く。
私もついて行って見た。
「まだ3キロもあるのね」
「でもここが標高868メートルで、湖が880メートルだから、
ほとんど上りはないんじゃない?」
「そうだといいけど」
「じゃあ、そろそろ行きますか」
と言って私らはリュックのところに戻った。

のろし台を後にして、私らは山道に戻った。
しばらくは平坦な道が続いた。
しかし少し行くと、急な下りになって、その先は沢になっていて
丸木橋がかかっていた。
それを渡ると又上り。
まだまだアップダウンが続くのか、と思うとうんざりした。
しかし、それが最後の上りで、そのシビレ湖峠という峠を上りきると、
後は緩やかな下りになった。
そして、だんだん傾斜がきつくなり、重力にまかせて足を出すだけで
前へ進めるようになる。
やがて、左側の木々の間から湖面が見え隠れし出した。
「おっ」っと斉木が言った。
湖面が陽の光でキラキラ光っている。
「おーーーーっ」と興奮して、奇声を上げながら、斉木は足をどんどん前に出して、
駆け下りていった。
両手両足を前後バラバラに出すので、韋駄天走りみたいだった。
私もどんどん足を前に出して、落ちるにまかせて下って行った。




元文書 #1033 ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー1
 続き #1035 ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー3
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