AWC ◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー1


        
#1033/1121 ●連載
★タイトル (sab     )  16/01/15  16:35  (224)
◆シビレ湖殺人事件 第1章・ヒヨリー1
★内容
八月のある朝、私はJR身延線という、
甲府から富士のすそ野の方へ走っている電車に乗っていた。
甲府から10個目ぐらいの市川本町という駅で降りて、
シビレ湖という湖に行く為だった。
そこで高校の補習があって、それにパスすれば留年を免れる、という話だった。
電車の中は、朝だというのに無人だった。
隣の車両も無人。
電車のつなぎ目のガラスが屈折していて、向こうで吊革だけが揺れていた。
連結部のアコーデオンみたいなところから、ぎーぎー音がしてくる。
レールの乾いた音が尾てい骨から後頭部に響いてくる。かたたん、かたたん。
車窓から遠くの山々が見えた。あれは南アルプスなんじゃない? 
それで、何でこんな遠くまで来なくちゃならないのよぉー、と思った。
私の高校は都立高なのだ。
リュックのポケットから案内のプリントを出して広げてみる。

ーーーーーーーーーー
一学期生物Tの補習に関するお知らせ

1年3組 北村ひより君 平成27年6月28日
                1学年教務係

木々の緑が目にしみる今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
中間試験も終わり、のんびりしているのではないでしょうか。
しかしここで厳しいお知らせをしなければなりません。

この度生物の担当教諭から、皆さん6人に関して、
期末試験を待つまでもなく単位の取得は無理、との連絡がありました。
生物Tは必修科目ですから、この時点において皆さんの留年が確定した事になります。
又、当校では学年制をとっているので、
本日以降は他の科目にも出席する必要はありません。
(出席したとしても、来年度は全科目をやり直さなければなりません。)
さてしかしながら、これから半年以上もの期間を、自宅待機やアルバイトで過ごす
としたら、皆さんはあまりにも無駄だと感じるのではないでしょうか。
学校としましても、皆さんが留年してきたら、新入生枠を減らさねばならず、
遺憾な事ではあります。
そこで今回学校は、次の様な措置を考えました。
すなわち、夏休み期間中に4日間の補修期間を設け、
全てのカリキュラムを修了した者に対しては生物Tの赤点をなかった事とし、
2学期以降も引き続き出席出来るものとする、というものです。
但し、復学出来るのは6名の内2名とし、残る4名は残念ながら退学する事とします。
これは一見冷たいようですが、皆さんにとっても学校にとっても無駄を省く
という意味で有益である、と考えて了承して下さい。
つきましては、補習に参加を希望する者は、下記の日時に集合して下さい。

1、補習期間。8月15日(土)〜18日(火)
2、集合場所。山梨県西八代郡市川三郷町山保33** シビレ湖ロッジ前
3、集合時間。午前11時
4、連絡と注意。
当日は身延線市川本町駅で下車して登山で来て下さい。
登山の所要時間は約3時間ですので遅刻しない様に注意して下さい。
自動車、オートバイ等で来た場合には失格となりますので注意して下さい。
食事は学校で用意しますので登山中のドリンク等以外は不要です。

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案内をたたむと、Gパンのポケットにねじ込んだ。
窓の外の景色の流れがゆっくりになっていた。
レールのつなぎ目の音もゆっくりになっていた。
その内「次は、市川本町駅、市川本町駅、お降りの際はお忘れ物など無いよう
お気をつけ下さい」という蓄膿症みたいなアナウンスが聞こえてきた。
さーていよいよかぁ、と私はリュックを背負って立ち上がった。
よろけながらドアのところまで行くと、ドア脇に渡された鉄パイプを
ぐいっと引っ張ってガラスにへばりつく。
ちょうど電車がホームに入って行くところだった。
丸い時計が8時なのが見えた。
これだったらまだ少しは涼しいかも知れない、と期待する。
が、電車が止まって、ぷしゅーっとドアが開いて、
一歩ホームに降り立ったら、熱風が顔に吹きかかってきた。
あぢー
ホームに降り立って、前後を見渡す。
誰も居ない。なんでだろう。時間が早すぎ?
でも他の生徒はどうしたんだろう。
ぷーと警笛を鳴らすと電車は出て行った。煙は残らない。
私は小首を傾げながら、その場を後にした。

駅舎とホームの間には、改札も何も無かった。これは無人駅だからだろう。
しかし待合室に入っても誰もいなかった。
そこを通りすぎて駅舎のひさしの下に出るとUV光線がお肌を直撃した。
プスッ、プスッ、プスーッ
私は帽子のツバを丸めるようにして押さえると、辺りを見渡した。
駅前には小さな広場があって、太陽光線を照り返していた。
奥の方には細い道があるのだが、
日陰になっていてどこにつながっているのか分からない。
その手前に地図を描いた看板があった。
とりあえずあそこまで行ってみっか、と、そこまで行った。
そしてこれからの道のりをチェックした。
えーっと、なになに、ここが標高250メートルでシビレ湖が880メートルかぁ。
ということは標高差630メートルか。高尾山とあんまり変わらないな。
しかし距離は6キロだから倍もある。
うーん、どうだろう…、と東の空の太陽を仰ぎ見た。
ぎ〜ら、ぎ〜ら、結構きついかも。
しかし線路の向こう側の山肌を見ると、ブロッコリーみたいにもこもこしていて、
苔みたいな緑色をしているので、
あそこに入れば案外涼しいんのでは、とも思う。
まぁ何れにしても行くっきゃないのだが。
私は背中を揺らしてリュックの位置を直すと歩き出した。

日陰の細い道を歩いて行くと県道につながっていた。
ぎらぎらと太陽がアスファルトを照らしていて、足跡がつきそうだった。
そこを300メートルぐらい進んで行くと、「シビレ湖↑」という標識が出ていた。
そこを右折して、さっきの身延線の踏切を渡って、道路の脇の石段を上って、
コンクリートの坂道を上って…と、ここらへんで既にバテていたのだが。
暑いし熱いしで体の熱が逃げていかない…とにかく進んで行くと、
またまたアスファルトの道路に出た。
そこをしばらく行くと左手に、なんだろう、龍宮城みたいな建物が見えてきた。
香港のカンフー映画に出てきそうな建物なのだが、
何のために建てられてんだか分からない。
なんなんだろう、と思いつつ、それに近づいて行った。
その石垣に沿って奥の方に進んで行くと、そこが登山道入口になっていた。
ここかぁ。こんな所に入口があるなんてちょっと宮崎駿っぽい。
立ち止まると額や首筋からどっと汗が吹き出してきた。
がさっとリュックを下ろすと、ペットを取り出すて、がーっと一気に飲んだ。
半分ぐらい飲んだところで、氷がくるくると回転した。
水道水を冷凍庫で凍らせてきたものだ。
ふーっと息をついて、キャップを締める。
空を見ると、日がかなり高くなっている。
これからまだまだ暑くなるんだろうか。
でも、登山道の奥は薄暗いから、こっから先は少しは涼しいんだろうなぁ、
と期待する。
リュックのサイドポケットにペットを突っ込んで、背負った。
よっこいしょっと。

しかーし、森の中に入ると、そんなに涼しくはなかった。
木漏れ日というか、あっちこちから直射日光が差し込んできていて結構暑い。
クヌギだのブナだの雑木が一応トンネル状になっているものの、
枝が貧弱で陽の光を遮ることが出来ない。
これは多分昔富士山が大爆発して、火山灰が降り積もった為に土壌が酸性で、
樹木が太くならないんだと思う。
関東甲信越の山はどこもこんな感じだ。
高尾山とか、御岳山とかもこんな感じだ。木枯し紋次郎の世界。
山に限らず街でも八王子とか立川とか国立あたりまでこんな感じ。
国立なんて学園都市とか言っているけど、ちょっと甲州街道の方に行くと、
ものすごい埃と排気ガスで人も歩けないぐらい。
小金井とか府中とか三鷹のあたりまで行くと、もっとしっとりしていて、
木々の緑も濃くて空が青くて、玉川上水みたいな小川が流れている。
あれは多分多摩と武蔵野の違いで、武蔵野には火山灰が降らなかったのではないか。
八王子には、ああいう小川は無いのだが、
あれは火山灰に埋まってしまって地下水になっているのでは。
だから八王子には温泉が多いんだ。
しかも臭くて、イオウじゃなくて生臭いニオイがするやつ。
それをみんなありがたがって浴びているけど、
あれは火山灰に埋もれている動物の死骸のニオイなんじゃないの。
…とか思いつつ歩いていたら、突然、雑木のトンネルが途切れて、
土管が破けて陽が当たっているような場所に出た。
私は歩調を緩めて、あたりを見ながら歩いた。
あたり一面、真っ白。
うどん粉病とかいう葉っぱの病気だろうか。
それとも本当に火山灰でも降ったか…。
左側が峰になっていて、草ボーボーの斜面になっているのだが、
そこなんてシベリアンハスキーが丸まっている様に見える。
歩きながら、何気思ったのだが、
あの峰を歩いていてコケたら、
ごろごろーっと転がってきて自分の足元を通過して右の崖に落ちて行くんだなぁ。
と思って、そっちを見たらお地蔵さんが置いてあった。
ひぇー。
歩調を早めて走り去った。
そうすると又又森のトンネルに入った。
またかよー。
しかし、今度はなんだか鬱蒼としている。
あちこちの木もいやに太くて、
木の根が露出していて蜘蛛が獲物を掴んでいる様に見える。
その根が登山道まで伸びてきていて階段の一部になっているのだが、
いきなりくるくるーっと脛に巻きついてくるのではないか。
ぞぉーっとした。
登山道の両脇には夏だというのに大量の落ち葉があって堆肥みたいになっている。
あれをひっくり返したら、ダンゴムシがうじゃうじゃ居るのではないか。
ぞぉー。気持ちわりー。
一瞬にして胸焼けがしてくる。
それでも我慢して前進していたら動悸もしてきた。
これは運動によるものなのか。はたまた魑魅魍魎が迫っているのでは…。
私は、なんとなく気配でも探るように歩調を緩めてしまった。
耳に神経を集中する。
カサカサ、カサカサと擦れるような音がする。
なんだろう。
そーっと後ろを振り返る、と、落ち葉の下から大量のダンゴムシが這い出してきて、
こっちに迫ってくる、ような気がした。
気持ちわりー。
腰でも抜かさんばかりに後退りすると、体の向きをかえて一目散に走り出した。
なるべく遠くを見るようにして走った。
リュックがどんどんと背中を叩いた。心臓がコウモリの様にバタバタしている。
遠くに、又土管が破けて陽が差している場所が見えてきた。
光に浮かんでいるのはなんだろう。
ハシゴか。
いや、あれは階段だ。
丸太で出来た手摺つきの階段が小高い山の上に伸びていて、
上の方に光が当たっているのだ。
あそこだったら安心して休める。
私は更にスピードを上げた。
しまいには腕を振って走り出した。
そしてとうとう階段にたどり着き、片足をかけた、、、その瞬間だった。
バタバタバターっと空中から黒い影が舞い降りてきた。
うワーッ、カラス天狗!
私は、うわーっと天を仰いでそっくり返ると階段の下で尻餅をついた。
カラス天狗はばさっと、すぐ手前に着地した。
うわわわわわ。私は尻餅をついたまま後ずさった。
カラス天狗はにじり寄ってくる。
「ひぃーーー」、来ないで。
「待ったぁ」カラス天狗は手を伸ばしながら迫ってきた。
「ひぃ、ひぃー」私は後ずさる。
「待ってよ」
「ひぃー」
「待って、待って」と言いつつ、カラス天狗は迫ってきた。
そして覆面を取るとぬーっと顔を近づけてきた。
最早、身動きのできない私は、じーっと見詰めた。
子泣き爺とか左卜全みたいな顔。
5秒ぐらい見ていて、ん?と思う。クラスの斉木という男子に似ている。
が、どうしてここに。
「サイキか?」私は恐る恐る訊ねた。
「そうだよ」
「えー、なんでこんなところに」
「補習に来たんだよ」
「えー」頬の肉が緩んで涙目になるのが分かった。「つーか、なに、その格好は」
彼はチャンバラごっこでもするみたいな渡世人みたいな格好をしていたのだ。
「日よけだよ」
「うそぉー。つーか、もう脅かさないでよ」とようやく私は脱力した。
「ごめん、ごめん」と手を伸ばしてくる。
が、非力で私を起こせない。
自分で起き上がると、尻の泥をはたいた。
「上から見えたんだよ」斉木は階段を指した。
「なんなの、ここは」
「のろし台だよ。展望台みたいなもの」
「へー。つーか、みんな居るの?」
「僕だけ。一人で休んでいたら君が来たんだよ」
「へー」




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