AWC 零になるレイナ   永山


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#485/485 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/11/20  20:26  (279)
零になるレイナ   永山
★内容                                         20/11/21 20:49 修正 第4版
 今日のイースターで春休みも終わりだと、少し沈みがちだったところへ、いいことが
あった。
 うちの正面の大きな空き家に、母娘二人が引っ越してきた。娘の方は僕と同じぐらい
の歳で、同じ小学校に通うのかも。引っ越しの挨拶に来たときに、思い切って聞いてみ
た。すると予想通りで、しかも同じ学年だと分かった。
 何がいいことかって、その女の子、レイナ・ソントンはとてもかわいい子だったん
だ。赤縁の眼鏡とちょっと変わった色艶の栗毛のせいで損をしてるが、美人なのは間違
いない。
 週明けの月曜、学校に行ってみると、一時間目の前に転校生の紹介があって、レイナ
が入って来た。七クラスあるのに一緒になるなんて、ラッキーだ。エイプリルフールな
のに、これは嘘じゃなかったよ。
 さすがに席は離れたが、僕はご近所さんの強みを活かして、男子の中では一番積極的
にレイナに話し掛けた。
「てことは、ジョエル・ホプキンスの向かいに越してきたのか」
 話を聞いていたホス・ハワードが言った。
「あの家結構でかかったけど、二人で暮らすには広すぎないか?」
 ハワードは言動が直感的で、人の気持ちをあまり考えない。今の発言にしてもレイナ
が母子家庭になった事情なんて、全然頭になかったろう。
「ばか。ちょっとは気を遣いなさいな」
 女子の一人、ケイト・モルスが肘鉄で注意を促すと、遅ればせながらハワードも己の
無遠慮さに思い当たり、「あ、ごめん」と口走った。
「ううんいいよ。それに私、寝相が悪いからあれくらい広くないと」
 レイナの返事がジョークだと分かるのにゆうに一秒は掛かったけれども、その後笑い
に包まれて空気は和んだ。

 少し経って、一部の女子が、レイナのことをよく思っていないとの噂を聞いた。放っ
ておけず、レイナのいないところで女子の一人、イーデン・バーグにわけを尋ねた。
「感じ悪いんだもん、あの子」
「そうか? どういう風に」
「声を掛けてもすぐには返事しなかったり、振り向かなかったり」
 それなら僕にも経験があるにはあった。学校ではなく、家の近所でのことだ。遊んで
来た帰りに後ろ姿のレイナを見掛けたから名前を呼んだのに、すぐには振り向いてくれ
なかった。そのとき僕は自転車だったから急いで前に回り込み、やっと気付いてもらえ
た。何かあったのか尋ねると、「ぼーっとしてただけ」という答。
「多分だけど、ソントンさん家は耳が悪い家系なのかも」
 そのときの体験も含めて、僕はイーデンに言った。
「耳が悪いとしたら呼んでも振り向かなかったのは分かるけれど、家系って?」
 イーデンは戸惑ったような反応を見せていた。
「内緒の話だぞ。同じく近所でのことなんだけど、レイナの家に宅配屋が来て、庭にい
たレイナのお母さんを配達員が見掛けた。それで塀越しに『ソントンさん、お荷物で
す』と控え目に呼び掛けるも、全然気付いていない様子だった。そのときやっぱり、後
ろ向きで」
「母娘揃って反応が遅いのなら、家系ってことなのかしら」
 イーデンは一応、納得したようにうなずいた。
「そんな訳だと思うから、女子のみんなにもそれとなく言っといて」
「分かったわ」
「あと、できれば耳のことは、レイナ本人には伝わらないように」
「それくらい言われなくても」
 僕はレイナの悪い噂を拭い去る手伝いができたと思うと、嬉しかった。ただ、その一
方で、イーデンには言わなかったこともある。話がややこしくなるかもと判断したか
ら。
 これまた近所での目撃談になるんだけれども、セールスマンか何かがやって来て、庭
にいるレイナのお母さんに「奥さん、ちょっとお時間よろしいでしょうか」なんて声を
掛けたことがあった。それとなく見ていた僕は、前のことがあるから、その程度の声で
は聞こえてないよおじさん、なんて思っていた。ところが、レイナのお母さんは即座に
振り向いて、応対を始めたのだ。たまたま耳の調子がよくて聞こえたのかなと思った。

 またしばらくすると、レイナの悪い噂は消えた。イーデンの協力が効果を発揮したの
もあろうが、それ以上にレイナにも変化があった。
 背後からでも名前を呼べば振り返るようになったし、ちゃんと返事をするようにもな
った。耳が悪かったんだとすれば、手術をして完治したんだろうなって思えるくらい
に、普通の人と変わりなくなっていた。
 そうして彼女が転校してきてから一年近くが経った頃。日曜日の昼下がりだった。
 僕の一家は前日の土曜の朝から旅行に出掛ける計画を立てていたのだけれども、僕は
その数日前より風邪でも引いてしまったらしく、体調がすぐれない。いつもなら中止す
るところだが、今回は特別で、両親の結婚記念日だった。僕は別に行けなくてもかまわ
ないから、お父さんお母さんには楽しんできて欲しい。
 そんな思いを伝えたけど、うちの両親は「それじゃ行ってくる」と受け入れるタイプ
では全然なかった。体調不良の一人息子を置いて行けますかってことらしい。
 ならばと僕は友達の家に厄介になれないか、男友達に電話を掛けまくった(学校は休
んでいたので、電話かメールしかない。即座の返事が欲しかったから電話にした)。で
もただでさえ難しいお願いである上に、数日後の週末からっていうのはかなり急な頼み
だ。どこからもOKはもらえなかった。
 するとその翌日、レイナがそのお母さんと一緒に訪ねてきた。よろしかったら旅行の
間、お子さん(僕のことだ)の面倒をみますよ。使っていない部屋がたくさんあります
からって。それまでにもうちとソントンさんとはご近所付き合いが結構あって、物の貸
し借りは無論のこと、夏から秋にかけてはバーベキューパーティを開いて、行き来し
た。そのよしみで、申し出てくれたみたい。ちなみに、僕のせいで旅行が中止になりそ
うだって話は、レイナが学校で耳にしたとのこと。
 僕の両親は頭が割と固い方なのか、それとも礼儀なのだろうか、「とんでもない、よ
そ様にそんな迷惑を掛けてまで」と断ろうとした。しかし最終的には折れてくれて、僕
は土日をレイナの家のお世話になることに決まった。正直、嬉しい。
 と、こういう訳で、日曜日の昼間、僕はレイナの家にいた。
 レイナのお母さんは図書館司書で、日曜も近くの公立図書館に勤務しに行くことが多
いそうなんだけど、この日は休みだった。
 昼ご飯のあと、夕食の材料などを買いに行く必要があるからと、ソントンさんは車で
出掛けた。四十分ぐらいで戻るから、その間はレイナと僕とで留守番だ。
「口に合った?」
「うまかった。タコがあんなにうまいなんて、知らなかったな」
「本当はタコ、嫌いなんでしょ」
「うまければ食べる」
「ふふふ。好物をママに伝えておいたから、夜は期待して。お父さんとお母さんが帰っ
てくるのって、九時の予定だよね?」
「うん」
 そう答えたときだった。玄関の呼び鈴が鳴ったのは。
「誰か来た」
 レイナが立ち上がって、部屋のドアを開けた。
「お客さん? 一応、気を付けて」
 僕が体調万全なら一緒に出向くんだけどな。
「分かってるわ。カメラ付きのインターフォンがあるし。待っててね」
 レイナが言って、部屋を出て行った。玄関まではちょっと離れており、しかも廊下を
二度か三度、曲がらねばならない。故に僕のいる部屋からは、仮にドアを開けて頭を出
しても玄関は見えない。もちろん声だって聞こえない。
 代わりに僕は窓際へ寄ってみた。ガラスに顔を押し付けるようにして左を向くと、ぎ
りぎり見えるのが門から玄関へと続く小径の様子。草花のせいで一部遮られてしまう
が、玄関を出入りする人物を目撃できると思った。
 その玄関先の道路には、車が停めてある。青みがかったグレーのステーションワゴン
だ。訪問者は、あれに乗って来たのは間違いない。
 息を飲んで見ていると、三分ぐらい経ったろうか、ソフト帽を被った中年男性が、キ
ャスター付きの大きな鞄を大事そうに押して現れ、玄関から道路へと出て行った。どこ
かで見たことのある顔だと思ったら、だいぶ前に目撃していた。レイナのお母さんに声
を掛けていたセールスマンだ。そのまま車のそばまで来ると、バックドアを開け、旅行
ケース並に大きな鞄を載せた。バックドアを閉めるとしっかりロックして運転席に向か
う。横顔がちらと見えたが、やけに緊張している風だった。
 改めて物を売りにやってきたが肝心の奥さんが留守で、仕方なく引き返した……とい
う情景に感じられた。車は静かに発進し、遠ざかっていった。
 それから二分近くが経過しても、レイナが戻って来ない。
 おかしいな?
 僕は微熱の残る額に手をやってから、頭を振ると、意を決して部屋を出た。
「レイナ?」
 滅多に呼び捨てにはしないのだが、このときはすぐにそう呼んだ。だが、それでもレ
イナは姿を現さない。いやそれどころか、声や物音一つ聞こえやしない。
「レイナ! どこだ!」
 玄関口まで来た。誰もいなかった。玄関ドアはぴたっと閉じてある。念のため、手で
ノブをがたがた言わせると、鍵が掛かっているとしれた。靴だってきちんと揃えてそこ
にある。
「レイナ! レイナ・ソントン! どこにいる? 隠れてるのか?」
 一瞬、あのセールスマン風の男の他にもう一人いて、そいつが強盗として入り込んだ
可能性が思い浮かんだ。そいつから逃げるために、レイナは家の中のどこかに身を隠し
た? だけどそれも変だ。人に押し入られたら、レイナの靴が乱れていると思う。加え
て、その強盗の気配を全く感じないのもおかしな話だ。
 インターフォンの使い方が分かれば、ひょっとしたら訪問者の映像が録画されてい
て、再生できるのかもしれない。だが、残念ながら僕には操作方法が分からなかった。
 これは異常かつ緊急事態ではないか。警察への通報が頭をよぎるが、まだソフト帽の
男が去ってから五分も経っていない。通報はいくら何でも早すぎるか? だけどその一
方で、男が押していた大型鞄がまぶたの裏に焼き付いてる感じで、嫌な想像をしてしま
う。
 そうだ。レイナのお母さんに連絡を取れないだろうか? 僕はレイナのお母さんの携
帯端末番号を知らないし、レイナの携帯端末は見当たらない。だが、この家には固定電
話があったはず。そこの短縮ボタンにレイナのお母さんの番号が登録されていないだろ
うか。
 そんな風に考え、固定電話を探していると、急に呼び鈴が聞こえてドキッとした。
 鼓動の高鳴りがある程度落ち着くのを待ってから、玄関に行く。何故だか、忍び足を
心掛けた。
 さっきのセールスマン風の男が戻ってきた、なんてことはあり得ないと思いつつ、僕
はインターフォンの画像を見た。
「……あれ?」
 副担任のリチャード先生が映っていた。
 この先生はレイナが転校してきた二週間後ぐらいにやって来た人で、そもそも僕らの
小学校には副担任なんていないのが普通だったから、何事だろうとちょっぴり話題にな
った。ふたを開けてみれば答は単純。校長先生の遠い親戚で、仕事にあぶれたため、臨
時教員としての採用とのことだった。教え方は喋りが固いけど、親切丁寧で分かり易
い。
「リチャード先生がどうして」
 ドアを開けると、先生は機敏な動作ですっと近寄ってきて「事情は聞いている。ま
ず、君の体調だが、大丈夫かい?」と尋ねてきた。
「僕のことは大丈夫だから、レイナを。レイナ・ソントンがいなくなっちゃった! 探
して見付けて!」
「分かっているよ」
 そのあとのことは、正直、あんまりよく覚えていない。
 僕は「レイナを、レイナが」と連呼して、叫び疲れて眠ってしまったのだ。風邪がぶ
り返したのもあると思う。
 目覚めて回復した僕に、先生と警察の人がざっと説明してくれた。
 レイナ・ソントンとその母親は、どうしても避けられない急な用事ができたため、こ
の町を離れなければならなくなった。それは真に急なことで、誰にも挨拶する余裕がな
く、また可能な限り人目に付かないようにしなければならなかったという。学校で先生
がみんなの前で改めてした説明でも、都合で急に引っ越さなければならなくなったと言
っていた。
 僕は彼女がいなくなる現場に居合わせたせいか、より詳しい事情は僕が大人になった
ら話そうと、約束してもらった。それまでは詮索するなとも言われた。でも、どうして
も考えてしまう。
 いくら無事だと言われても、あのあと彼女の姿を見ていないのだから、気になって当
然だと思う。しばらくは、テレビのニュース番組やネットのニュースサイトに、“鞄詰
めの子供の遺体発見さる”なんて見出しが躍らないか、注意深く探していたくらいだ。
 旅行から戻った僕の父と母は、警察から説明を受け、ソントンさんを全く悪く言わな
かった。普通に考えたら、病気の子供を預かっておいて勝手な理由で姿をくらますなん
て無責任に過ぎる!くらいは言いそうなものなのに。ということは、僕の両親は、母娘
が姿を消した背景に納得しているに違いない。
 それから何年か経って、僕は、一定レベル以上の暴力的なシーンのある映像作品を観
てもよい年齢に達した。つまり、人殺しや死体なんかの出てくる作品を観られるように
なった僕は、割とはまった捜査物のシリーズがあって、その中のエピソードである制度
のことを初めて知った。
 あ、レイナが消えたのは、こういうことなのかと思った。

 某政府機関の地下にある、完全な個室に通された。
 今日が、かつて僕とレイナが学校で初めて顔合わせした日と同じになったのは、偶然
だろう。
 彼女が消えた詳しい事情を教えてもらえるのは、成人したらすぐだと思っていたが、
実際にはもっと後になった。関係する裁判の判決確定を待たねばならないとか、犯罪者
の仲間を完全に一掃する必要があるとか、色々と難しいらしい。
「先生、お久しぶりです」
 僕は、かつて副担任だった男性に手を差し出し、握手をした。小振りな四角いテーブ
ルを間にして、お互い着席する。
「先生の本名も、きっとリチャードではないんでしょうね?」
「そんなことを言い出すからには、もう察しは付いているという訳か。だが、あくまで
他言無用に願う。君の行状を徹底的に調査した上で、こうして打ち明けることに最終的
なゴーサインが出たのだから。裏切らないでもらいたい」
「分かっていますよ。ただ、一度でいいから、レイナ・ソントンと会いたいな」
「まあ、そう先走ることもなかろう。それよりも君がいつ気付いたのかが気になる。今
後の参考のためにも、聞かせてもらえないか」
 ジャケットのポケットに手を入れ、何やら操作する様子を見せた元リチャード先生。
大方、録音かメモを取るつもりだろう。
「本当の意味で気付いたというか、そうじゃないかなと思ったのは、証人保護プログラ
ムという制度があると知ったときだから、だいぶあとになってからですよ。ただ、思い
返してみれば、それ以前、レイナと話をしているときに違和感あったなって」
「続けて」
「名前を呼んだとき、振り向かなかったり反応が遅かったり。あれ、本名とは違う名前
をもらって暮らしていたからですよね、きっと。慣れない内は、どうしてもタイムラグ
が生じる」
「そうだな。ファーストネームをそのまま使ったり、響きの似た名にしたりと工夫を施
すんだが、限界はある」
「あのソフト帽のセールスマン風の男性は、連絡係か巡回警備係といったところです
か? 彼はレイナのお母さんを名前で呼ばずに、奥さんと呼んだ。慣れない偽名と違
い、『奥さん』なら、結婚経験のある人は大抵は振り返る」
「そのつもりがあったかどうかは、本人に聞かねば分からない。残念ながら彼はもう亡
くなっていてね」
「そうでしたか……。僕が気付いたこと、思い当たったことなんて、この程度のもので
す。要する、全てが終わったあとでないと気付けなかった」
「なるほど。よく分かった。我々のやり方で、基本的には間違いないと思える」
「それで……他に教えてもらえる事柄ってあります? レイナの本名や、どんな事件の
証人になったのか、なんてのは無理なんでしょうね」
「分かっていてくれてありがたい。その辺の情報は明かせない」
「今、レイナやそのお母さんが何と名乗って、どこに暮らしているかもですか」
「……手続き上は全て終了している。偶然再会した折に思い出話に花を咲かせるくらい
なら関与しない。ただ、こちらが手引きして会わせるということはできない」
「制約が多いんですね。予想はしていたけれども」
「前もって断っておくと、レイナ・ソントンなる女性を探して欲しいと探偵に調査依頼
を出しても無駄だ。書類上、死亡扱いになっているのだから」
「それじゃあせめて、彼女を連れ出したときの状況を。セールスマンは当日、レイナの
家に僕がいたことを知らなかったんですか」
「その点は、記録がないな」
「実は、おかしいと思った点がもう一つあるんです。あのセールスマン風の男が、レイ
ナの家を担当する連絡係や監視役だとしたら、僕があの日の前日から来ていることくら
い、掴んでいるはず。なのに、レイナを連れ出すのに随分とせっかちな方法を用いてい
る。何て言うでしたっけ……神隠し? 一歩間違えれば神隠し騒ぎになっていました
よ、あれ」
「そうか。そこまで気が付いていたのかい」
 リチャードの喋りは一段低い音量、しかもかすれた声になった。咳払いを挟んで、喉
の調子を整えると、続けて言った。
「ならば、やはり真実を伝えるべきだな」
 真実? そんな台詞を吐くってことは、今までの話は嘘が混じっているのだろうか?
「セールスマン風の男は、確かに君の見込んだ通り、我々の側の連絡役だった。しか
し、あの問題の日の昼間、ソントン家の玄関前に現れた男は違う。別人だったのだ」
「え? で、でも、顔は同じでした」
「整形だ。元々、ベースの似ていた男にさらに整形手術を施して、そっくりにしたん
だ。それくらい、ウォーラン・シンジケートにとって容易いことだったらしい」
「シンジケートって、あのとき姿を見せたセールスマン風の男は、犯罪組織の人間だっ
たの?」
「そうなのだ。我々は奴らから母娘の存在を完全に隠したつもりでいたが、組織の人数
を甘く見積もってしまっていた。そして、組織とつながりのある者が母娘を目撃すると
いう不幸な偶然が起きた。連中はそれ以降、時間を掛けて連絡係の偽者を仕立て上げ、
決行日に供えた。真向かいの家、つまり君の一家が旅行に出掛けるのを絶好のチャンス
と捉えていたんだ」
「何てこと……」
 うちの両親が旅行を計画したせいで、いや、僕が病気になりながら、二人を行かせよ
うとしたせいで、犯罪組織が行動を起こした? そんな。
「奴らの計画は、娘が一人になるのを待って偽の連絡係が訪問、『君のお母さんが襲わ
れた。ここも危ない、一刻も早い退去の指令が出た』とレイナに伝え、大きな鞄の中に
隠して連れ出すというもの。レイナは連中の嘘に気付かず、大人しく従っただろう。
我々は感知したが一歩遅かった」
「じゃあ、レイナはどうなった?」
「電話があった。母親に裁判で証言させないなら解放すると。だが、その判断を下す前
に、事件は動いた、不慣れな土地に出張ってきた連中は、地元の小悪党と諍いを起こ
し、アジトに放火された。拘束されていたレイナは放置され、そのまま……」
 ――僕は意味不明な叫び声を発して、喚いていた。


 どのくらい喚いて泣き叫んだか分からない。三十分程度?
 ふと気付くと、僕の肩にリチャード先生が手を置いていた。
「ジョエル・ホプキンス。そんなにも彼女のことを思っていたとは知らなかった。もっ
とオブラートに包んで話すか、いっそ話すべきでなかったかもしれない」
「いえ、いいんです。真実を知らないと意味がない」
「そうか。真実は大事だな。――ところでジョエル。今日は何月何日だ?」
「……四月一日……」
 日付の意味することを理解し、僕がリチャード先生の顔を見上げた。
 そのとき、背中を向けた方角にある部屋のドアが、かちゃっと音を立てて開く気配が
した。

 終





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