AWC 札束風呂には入れない   永山


        
#480/485 ●短編
★タイトル (AZA     )  20/09/01  19:59  ( 87)
札束風呂には入れない   永山
★内容
 結婚してもうすぐ一年になる。だから会社からの帰り道では、紙婚式の祝いをどうし
ようか考えていた。
 中古マンションの自宅に帰り着き、妻の名を呼んだが返事がない。室内は暗くて、で
も履き物は残っている。家中あちこち探す。嫌な予感が大きくなる。防犯カメラはない
し、エントランスの自動ドアにロック機能はない。高くてももっとましなマンションを
探すべきだった。
 後悔の渦に巻き込まれながら、探しに探して、最後に行き着いた。風呂場の浴槽の中
に妻を見付けた。
 妻は死んでいた。頭の後ろ辺りから血が流れていた。
 そして何故か、浴槽は万札で一杯だった。

 紙幣だからって紙婚式の祝いじゃあるまい。

 警察を呼んでから、色々と気が付いた。
 うちにどうしてこんな大金があるんだ。そもそも本物の一万円札なのか? 全部真
札? だとしら数枚くすねても分からないんじゃないか……とまでは思わなかったが。

 浴槽から出された妻は、さすがに裸ではなく、仕事に出るときによく身につけるスー
ツ姿だった。ただ、わざわざ袖をまくり上げ、スカートの裾も大きくまくれ上がってい
た。
 札束風呂にリアルに入るなら、服の着用は必須だろう。肌にお札が触れたって気持ち
よくはないし、むしろ不快なはず。下手すると、お札の縁で肌を切って出血を見るかも
しれない。それなのに何故、腕や足を露わにしていたのか。事実、外から見える肌には
傷がたくさん見られた。

 奥さんにはこういう趣味があったんですかと、無神経な刑事に無神経な質問をされ
た。無論、否定した。金の出所についても知らないと答えるほかなかった。刑事の話し
ぶりでは、どうやら全て本物の一万円札のようだった。

 しばらくして別の刑事が報告に来た。洗面台のネジが複数緩んでおり、外して調べて
みたところ、壁に穴があいていた。穴は入口こそ狭いものの奥行きがあり、横にも広が
っていたので、金が隠してあったと考えれば辻褄が合うという。
 入れ違いにまた別の刑事が来て、一万円札は全部で二十二万九千四百三十七枚あった
と告げた。あの札束風呂に、二十三億近い金が使われたのか……。

 刑事達がごにょごにょと話をし出したので、聞き耳を立てていると、三十億円横領殺
人事件という言葉が漏れ聞こえた。
 十年ぐらい経つだろうか。某仮想通貨を運営する社長が行方をくらました。仮想通貨
を約三十億円とも言われる現金に換え、自らは死んだように装ってとんずらを決め込む
計画だったが、側近の一人と仲間割れして、本当に命を落とした。その殺害犯は逮捕さ
れたが、金は行方不明になっていた。
 有名な未解決事件の一つだが、まさかあの事件の金が、うちの壁に隠されていた?
 前の入居者について問われたが、何も知らなかった。刑事達はマンションの管理会社
に問い合わせるようだった。

 あとは刑事から聞いた事後報告のようなものである。
 前の入居者である男性は、交通事故死していた。両親が地方から出て来て、遺品を整
理し、そのまま引き払った。両親は息子が犯罪に手を染めていることも、大金が隠され
ていることも知らなかったに違いない。
 大いに慌てたのが、犯罪仲間の連中。事の次第を知るや、すぐさま次の住人として入
居を試みたはずだが、一歩遅かった。そう、我々夫婦が先に契約したのだ。
 全く運が悪い。犯罪者連中の運ではない。我々夫婦の方だ。こんな部屋を借りられる
ことになったばかりに、妻は犯罪に巻き込まれ、命を落とす羽目になったのだ。せめて
あの日、妻が仕事を早めに切り上げることなく、定時に帰ったのなら、侵入していた犯
人と鉢合わせすることはなかったろうに。

 疑問がまだ残っていた。
 犯人達は、どうして金を持ち出さなかったのか。それどころか、札束をわざわざ浴槽
にぶちまけた理由は?
 刑事が説明する。
「犯人の一人が白状した話から想像を交えて状況を再構築すると、次のようになる」
 早めに帰宅した妻は、室内から聞こえる物音で異常を察知し、咄嗟にスマホを構え
た。動画なり写真なりで犯人とその行為を撮影し、即座にネットに上げられるようにし
た。これを材料に犯人らを追い出そうと試みた。
 が、犯人グループの一人が動揺のあまり暴走。妻は後ろから殴りつけられ、命を落と
す。その際の衝撃でスマホは落下し、壊れたが、もしかすると画像(動画)ファイルは
送信されたかもしれない。
 そして何よりも犯人達を不安に陥れたのは、撮影された画像の正確なところを掴めな
いことである。紙幣番号が映っていたら、そのお札は使えない。だがどの番号が映った
のか? これではマンションの外へ運び出せたとしても、危なくて使えない。確実に映
ってない札のみを持ち出し、あとは置いていくしかなかった。
 元の場所に隠す時間はなく、燃やすことも考えたが、あまりに大量なのと、スプリン
クラーの作動を恐れて断念したらしい。
 また、一味の何名かは、札の縁で頬などを切っていた。血の付いた札を現場に残した
ままにすることはすなわち、DNAという証拠を残すことである。回収するにも数が多
すぎるし、うっすらと付いた血はもはや見分けるのも至難の業。窮余の一策として、被
害者の血で札を汚してしまえば見分けが付かなくなり、検査が甘くなるのではないかと
いうアイディアを絞り出す。そして洗面台のすぐ隣には、浴室があった。追い込まれた
犯人らが札束風呂という珍妙な発想をしたのは、自然な成り行きだったのかもしれな
い。

 事件で妻を亡くして以来、風呂に入るのを躊躇うようになった。心理的なものに違い
ないのだが、妻の死に様を思い起こして、申し訳ない気持ちに支配されてしまう。
 一度、償いのつもりで札束風呂に入ってみようと考えたことがあった。でも、仮に一
万円札を千円札に置き換えても無理だと分かり、あきらめた。

 終





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●短編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE