AWC 誤配が運んでくれたもの   永山


前の版     
#473/474 ●短編
★タイトル (AZA     )  19/09/27  21:14  (104)
誤配が運んでくれたもの   永山
★内容                                         19/10/10 19:50 修正 第3版
 今日も郵便受けを覗く。何通か入っている。単なる投げ込みチラシも一枚あった。
 私は一通の茶封筒に目を留めた。宛名書きがないことから封筒に入ったチラシの類だ
と思ったが、それにしては封がしっかりされているし、茶封筒とは味も素っ気もない。
 玄関から家に戻って、リビングに向かいながら封を切る。中からは白地の紙が出て来
た。A4のプリント用紙のようだ。六つ折りぐらいに畳まれて、入っていた。
 プリント用意だけど、ここもやはり手書きだった。定規を当てて鉛筆で書いたと思し
き、かくかくした大きめの文字が並ぶ。全て片仮名のようだ。
<サトウカツヒトサン、サトウマナミサンヘ。オフタリノダイジナヒトリムスコ、タツ
ヒコクンヲユウカイシタノハ、ワタシデス>
 読み始めてすぐに、え?っとなった。
 まず、私はサトウではなく鈴木だ。隣の家が佐藤だから、誤配に違いない。いや、そ
もそもこれには宛名がないのだから、郵便局や宅配業者の手を経た配達物ではない。何
者かが直接、郵便受けに入れたのだ。隣と間違えるという大ぽかをやらかして。
 そしてこの文面によると、お隣では子供がさらわれ、誘拐事件が起きているらしい。
 知らなかった。それもそうか。誘拐事件は人質の命を最優先とすることから、報道管
制が敷かれて、原則、事件が決着するか、犯人側からのコンタクトが長期に渡って途絶
えるかすれば、公になる。
 隣の佐藤タツヒコ――竜彦――誘拐事件は、まだその段階には至ってないということ
になる。
 そういう意識を持って、昨日今日の隣家の様子を思い浮かべてみると、確かにそれら
しき動きがあった気がしてきた。真っ当なサラリーマンである旦那の佐藤勝人が今日は
出社していない。今日はゴミの収集日で、いつもなら、他人のゴミ袋のチェックに余念
のない佐藤愛美は、今朝に限って姿を見なかった。そしてシロアリの駆除業者らしきミ
ニトラックが佐藤家の玄関前に横付けされ、大荷物を持ち込んで何かごとごとやったあ
と、二時間ほどで出ていった。あの荷物の中に捜査員が隠れていたのかもしれない。佐
藤家は大きな家で、覗こうとしても簡単には見えないからさっぱり分からなかった。
 手紙の続きに目を通すと、営利目的の誘拐犯の決まり文句が並ぶ。警察など外部に連
絡しないこと、すれば人質の身の安全を保障できないこと、身代金として五千万円を使
用済みかつバラの一万円札で用意しておくこと、次の指示は二日後になることが記して
あった。全文ほぼ片仮名でとにかく読みづらく、“バラノ一マンエンサツ”なんて、薔
薇・ノーマンと読めてしまって、文意を汲み取るのに多少の時間を要したほど。

 さて。
 こんな恐ろしくて禍々しい手紙を受け取ってしまった私は、どうすればいいのだろ
う。
 誤配がありましたよって隣に持って行く? それとも警察に届ける?
 なるほど、そういった常識的な判断はもちろんありだろう。
 だけど私は別の選択肢を思い浮かべている。
 先程、ちらと触れたように、お隣は家が広く、金持ちだ。多分、五千万円なら払える
額に違いない。佐藤愛美は、そうした裕福な家の妻にしては、ちょっと変なところがあ
る。これも先述した通り、近隣の家のゴミを覗く癖があるようなのだ。裕福なのに、他
人の生活水準が気になるのか、あるいは嘘や秘密を暴こうという魂胆なのか、はたまた
ゴミの分別にうるさいだけなのか。
 どうもそれら三つが絡み合っているようだ。要するに、この一帯のママ友でのマウン
トを完全に取りたいのかもしれない。その証拠と言えるかどうか分からないが、一度、
人のゴミ袋の覗かないでとやんわりと抗議したことがあるのだが、分別間違いがあるよ
うに見えたのでチェックしてあげていただけ、と全然改める気配がない。それ以降、我
が家に対して小さな嫌がらせをするようになったようだ。
 抗議の翌日の晩から無言電話が夜中に掛かるようになったし、隣との境目、私の家の
側にやたらと落ち葉が溜まるようになった。町内会の回覧板を、留守だったという理由
で二度ほどとばされたこともある。
 旦那の勝人は一流企業勤めとあってまあまあ常識人のようだが、妻に甘く何にも注意
しない。一度、妻の口車に乗せられたか、テレビの音量を下げてもらえないかと、夜言
いに来たことがあった。こっちは長いことボリュームなんていじってないのに。
 一人息子の竜彦が問題児だ。母親の性格を受け継ぎ、育てられ方もよくなかったと見
え、学校の行き帰りで、近所の人とぶつかりそうになってもそのまま行ってしまうし、
注意しても聞かない、謝らない。もれなく母親からの抗議が返ってくるおまけ付きだ。
ほとんどは家の中でゲームをしているくせに、あるとき突然、往来で泥団子の投げ合い
を悪ガキ仲間と共に始めて、うちの塀にいくつも痕跡を残してくれた。また、カエルの
死骸や犬の糞が家の前にあることがたまにあるが、どうも佐藤竜彦の仕業のようなの
だ。
 こういったいたずらの一部は、我が家が防犯カメラを設置すると、ぴたっと止まっ
た。見た目だけの“なんちゃってカメラ”なのだが効果はあった。
 このように、佐藤家と我が家と軽い戦闘状態にあると言える。ご近所トラブルなんて
これが初めてだけど、実に嫌なものだ。同じ区画の隣同士、完全に無視する訳にもいか
ず、嫌でも視界に入る。おいそれと引っ越しできるもんでもない(佐藤家は引っ越しす
るだけの金銭的余裕はあるはずだが、する気はさらさらないようだ)。終わりが見えな
いのが、特に苛立たしかった。
 ここまで書けばお分かりだろう。私の言う別の選択肢が何かって。
 言ってみれば、生殺与奪の権利を与えられたようなもの。誘拐された竜彦だけでな
く、佐藤家全体の命運を握っているのだ。
 常識ある人間を自負するのなら、警察か隣家に届けるのが人として当然の行動だ。そ
れは重々承知している。
 だけど、そんなことを帳消しにするほど、隣の佐藤愛美や竜彦らのやってきたことに
は迷惑をしている。もしこの脅迫文を渡して、結果、子供が無事に帰ってきたらどうな
る? あのケチな性格から言って、引き続きここに住み続ける可能性が高い、一方、子
供が無事に帰らなければ、事件が解決しようが未解決のままだろうが、佐藤家は居づら
くなるのではないか。好奇の目に耐えられず、引っ越す可能性がぐんと上がる。たとえ
そうならなくとも、あの性根の曲がった子供を屠り、さらには佐藤愛美を絶望にたたき
込めるのなら、充分だ。
 私は封筒とプリント用紙を持ったまま、席を離れて台所に立った。流しに、鍋焼きう
どん用の簡易鍋を置き、中に封筒と脅迫文を入れる。着火道具がないことに気付き、少
し考え、茶封筒を固く捻った。このあとコンロに火を着け、その炎をたいまつみたいに
なった茶封筒に移し、さらに脅迫文の書かれた用紙へと燃え移らせる、ただそれだけで
いい。
 私は何度も何度も茶封筒を捻り、固くした。そしてコンロのスイッチに手を掛ける。
ボッ、という音に続いて青い炎が円を描く。
 さあ、着けようかしら。













                                  なんてね。

 おしまい





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●短編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE