AWC その光は残像かもしれない   永山


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#470/471 ●短編
★タイトル (AZA     )  19/05/30  21:27  (197)
その光は残像かもしれない   永山
★内容                                         19/06/02 23:58 修正 第4版
 地方の澄んだ空気の中、満天の星空を観てみたい。プラネタリウムイベントに参加し
てみたい。
 という友達の川田次美に付き合わされて、イベント込みのバス旅行に参加した。星に
ほとんど興味がない私にとって、気乗りしないツアーだったけれども、ここにきて変わ
ったわ。
 たまたま暇潰しに覗いてみた古本屋で、前々から探し求めていた“お宝グッズ”を発
見するなんて。
 最初は、ゴミに出す物をまとめて段ボールに放り込んであるのかと思った。でも、ち
らっと覗いていた紙の端っこにある文字に気付いた。あれは漫画雑誌の付録。しかも、
かなり古い。
 私は店のおじさんに聞いた。
「表にある段ボール箱の中身って、売り物ですか?」
「ああん? 売り物なんかじゃないよ」
 その答を聞いたとき、物凄くがっかりした。けどおじさんの次の言葉で逆転。
「もう捨てようかと思って。いるのがあるのなら、持って行っていいよ」
「え? あの、値段は……」
「ただだよ、ただ。そりゃ払ってくれるんならもらうけどさ」
 そう言って、かかと笑いながら店の奥に戻ったおじさん。その背中が神様に見えた
わ。
 段ボール箱の中身を漁ると、欲しかったシールのセットが見付かった。手付かずのき
れいな状態で。
 売る気はないけど、ネットオークションに出せば、いい値段が付くはず。さすがにこ
れを無料でいただいて、はいさようならでは気が引けちゃう。私は本棚も見て回り、懐
かしい漫画と小説を一冊ずつ選び、レジに持って行った。

 移動するバスの中で、次美が「何だか凄く嬉しそう。いいことあったの?」と聞いて
きた。上機嫌だった私は、古本屋での事の次第を話して聞かせ、彼女にも礼を言った。
「誘ってくれてありがと。ラッキーだったわ」
「どういたしまして。そんな偶然で喜んでくれるのなら、私も嬉しいよ」
 思えば、このときに声高に説明したのがまずかった。
 最初におかしいなと感じたのは、道の駅での休憩中。ハンカチを忘れたと気付いてバ
スに戻ってみると、同じツアーの女性が、私達のいたシートに座っている。
 私が近付いていくと、気が付いた気配はあったんだけど、そのまま動かない。横まで
来て、「すみません、そこ、私の席なんですけど」と注意を喚起して、やっと「ああ、
こちらこそすみません。間違えました」と言い、席を立って、二つ後ろに移動した。
 このときはまだ、ちょっと変だなと感じた程度だった。
 次に、うん?と異常を感じたのが、宿泊先となるペンションに着いたあと。みんなで
バスを降り、荷物を持って歩き出した。その矢先、例の女が近寄ってきて言った。
「先程は大変失礼をしました。お詫びに荷物を運びます」
「いえ、結構です。大した距離じゃなさそうだし、重くないし。気にしてませんから」
 持ち手に指先が触れたけれども、さっと引き離した。そのときの相手の目は、私の荷
物をしっかり記憶しようとするかのように、手元をじっと見つめてきていた。
 私は女の左胸にあるネームプレートで、名前が上島だと知った。実は最初に参加者全
員の簡単な自己紹介があったんだけど、よく覚えていなかった。ただ、この上島は職業
が確か鍵屋といっていたような。花火職人ではなく、キーの方の。
 ぱっと見、若くて細面で、静かにしていれば美人で通りそうだが、二度の少々おかし
な動きのせいで、薄気味悪く映る。鍵の専門家だと思うと、なおさらだ。
 そのことを、次美の部屋に行ってちょっと話したら、「やだ気持ち悪い」と「でも積
極的なアプローチなのかも」という、両極端な反応をしてくれた。
「私にレズの気はない。それに、あれはアプローチじゃないわ。興味があるのは私じゃ
なくって、荷物の方みたいなんだけど」
「じゃ、こそ泥かなあ?」
「まさか。お金目当てなら、もっと持ってそうな人のを狙うでしょ」
 ツアー参加者の中には、いかにも裕福そうな老夫婦がいたし、アクセサリーをたくさ
ん身に着けた中年女性三人組もいた。狙うんだったら、私じゃないだろう。
「ということは、あれかも」
 次美が手を一つ叩いた。そのまま、右手の人差し指で私を指差してくる。
「買ったじゃないの、お宝のシール」
「いや、買ってはいないけど。でもそうか」
 友達の言いたいことはすぐに飲み込めた。上島は二つ後ろの座席で、私と次美の会話
を聞いていたのだ。そして値打ち物のシールの存在を知り、あわよくばそれを手に入れ
ようと……ちょっと変だ。
「あのシール、いくらお宝と言ったって、せいぜい数万円だよ。マニアが競り合って、
それくらい」
「そうなんだ? じゃ、あれだよ」
 また、「あれ」だ。
「上島って人も、シールコレクターなんじゃない? それか、そのシールの漫画のマニ
アとか」
 なるほどね。そちらの方がありそうだわ。
 お金を出しても簡単には入手できない代物が、ひょんなことから目の前の、すぐにで
も手が届きそうなところに現れた。しかも持ち主の女は、古本屋でただでもらったと言
っている。そんな不公平があるか。隙を見て、私がもらっても罰は当たるまい。どうせ
ただだったんだから……と、そんなところかしら。
「どうしよう。これからお風呂よね」
「そうだけど。あっ、入っている間にシールが心配ってこと?」
「うん。ペンションの鍵なんて単純そうだし、貴重品入れはないみたいだし」
 このあとお風呂場の脱衣所を見てみて、そこにも貴重品入れがないことを確かめた。
同性だから、女湯の方に入ってくるのには何の問題もない。
「私が見張っておこうか」
 次美が言ってくれた。
「代わり番こに入ればいいじゃない。お風呂の中でトークできないのは、ちょっぴり残
念だけどさ」
「ありがと。お願いするわ」

 風呂から上がり、部屋に戻って次美と入れ替わり。
 独りになって、扇風機の風を浴びながら考えた。シールをどこかいい場所に隠せない
かと。お宝シールは五センチ四方ぐらいのサイズで、台紙を含めても厚さはミリ単位。
どこへでも隠せそうだけど、万が一ってことがあるし、変に凝って、あとで私自身が取
り出せなくなっちゃった、では目も当てられない。
 ここが普通の宿泊施設なら、フロントで預かってもらうという手があるんだろうけ
ど、生憎と違うのだ。星空観察&プラネタリウムイベントのために開放された、少年自
然の家的な施設だから、宿泊専門の業者ではなく、イベント主宰者や地元の人達が世話
を焼いてくれている。貴重品はご自身でしっかり管理してくださいというスタンスなの
は、やむを得ないんだろうと思う。
 次美に持ってもらう、次美の部屋に置いておくという手もあるけど、万が一を考える
とね。友達に危害が及ぶのは絶対に避けたい。
「あ〜あ。どうしたらいいんだろ」
 扇風機の近くで風を浴びつつ独り言を喋ったら、声がぶわわって感じで震えた。近付
きすぎて、折角まとめた髪の毛もぶわわっと広がる。
「――そうだわ」
 閃きが突然、舞い降りた。

             *           *

「被害者の名前は生谷加代、学生、二十歳。友人で同じ学生の川田次美に誘われ、とも
にツアーに参加していたとのことです」
「ツアーの中に、他に知り合いは? 客でも添乗員でもバス運転手でもいい」
「えっと、見当たりませんけど」
「だったら、その友人が怪しいのか? 普通、見ず知らずの相手を殺して、こんな風に
はしないだろう」
 生谷加代の死因は絞殺だと推測されているが、それ以外にも大きな“傷”を彼女の遺
体は負っていた。
 長い髪の毛をバッサリ切られていたのである。乱雑で、長さは不揃い。切り落とした
髪が、現場である被害者の部屋にたくさん落ちていた。
「いえ、川田次美は風呂に入っていたというアリバイがあります。それに、仲はよく
て、二人はツアー中も楽しげに喋っていたとの証言を参加者達から得ています」
「じゃあ何か。この地元にロングヘアフェチの奴でもいて、そいつがたまたまここに侵
入して、被害者を手に掛けて毛を持って行ったってか? ありそうにないな」
「はい。数は少ないながらも、防犯カメラの映像も、外部の者が侵入したような場面は見
当たらないみたいです。まだ全部は見切っていないようですけど、多分、外部犯ではな
いでしょう」
「内部に怪しい奴はいるのか」
「はい、川田の証言ですが、バス移動の途中で立ち寄った城下町の古本屋で、被害者は
珍しいシールを見付けて入手したそうです」
「シール? そういうもんを集めてる風には見えなかったが。まあいい、それから?」
「ツアー客の一人、上島竜子がそのことを知って、盗もうとしていたんじゃないかと川
田は言っています。そして問題のシールもなくなっているとのことでした」
「だったらそいつの身体検査をすればいい。シールが動機なら、どこか身近にあるに決
まってる」
「言われる前に実行しました。すると、身体検査を受けるまでもなく、自ら提出してき
たんです」
「何だ、解決しとるんじゃあ?」
「いえ、観念したという態度ではなく、『話題にされたシールなら私も持っています。
同じ古本屋で見付けましたから』って」
「物真似はしなくていい、気持ち悪いから。指紋は? シールから被害者の指紋は出て
ないのか」
「きれいに拭き取ってあり、上島の指紋だけが残っていました。拭き取ったんじゃない
かと問い質すと、これまた当たり前のように認めて。手に入れたときに、少しくすんだ
ような汚れ感があったから、丁寧に拭いたということでした。今はDNA鑑定に掛ける
かどうか、判断待ちです」
「したたかな女のようだな。DNA鑑定で被害者の物が出たとしても、『彼女が見せて
と頼んできたので、渡しただけです』とでも言われて、かわされるのが関の山だろう
な。次々とこちらの疑問点を認めた上で、別の答を用意している。神経が図太いに違い
ない」
「そうかもしれませんが、我々が踏み込んだときに、上島は部屋でだらだら汗をかいて
ましてね。最初はびびっているのかと思ったら、単に風呂上がりで暑がっていただけみ
たいです。その割には、扇風機を仕舞い込んでいて、変な感じでしたが」
「女が風呂から上がって、冷房のない部屋で、扇風機を出さずに、汗だく……考えられ
ん。おい、上島の部屋は調べたのか」
「いえ、調べたのはシールですが、あれもすぐに提出されましたので。部屋は実質、手
付かずと言えます」
「それじゃあ、すぐにでも調べた方がよさそうだ。

 警察の鑑識課が入った結果、上島竜子の泊まる部屋からは、生谷の物と思われる短い
毛髪が見付かった。さらに、羽の部分に大量の毛髪が巻き付いた扇風機が、部屋の押し
入れの奥、布団に覆い隠された形で見付かった。
 動かぬ証拠を突きつけられた上島は、取り調べに対して、概ね素直に犯行を認めてい
るという。
 供述によると――上島は生谷がいそいそと部屋に戻る姿を目撃し、あとをつけた。そ
の顔つきを見て、「うまい隠し場所を思い付いたんだわ」とぴんと来たという。そのま
ま生谷の部屋の前で迷っていたが、もうすぐしたら連れ(川田次美)が戻って来るだろ
う、そうしたらチャンスは失われる。そう思い詰めて、ドアのロックをピッキングの技
で解除、これにはものの十数秒で成功したという。ドアの開く音や中に入ったときの気
配は、生谷が作動させた扇風機の近くにいたおかげで、聞かれなかった。
 戸口の陰から窺っていると、生谷は回し扇風機を停めて、外していたカバーを戻すと
ころだった。扇風機の風の音が消えたら気付かれると考え、上島は生谷に突進。振り向
きざまに突き飛ばされた生谷は転倒。持っていた扇風機の羽に髪の毛がしっかり絡まっ
た。一方、顔を見られた上島は最早引き返せないと考え、生谷に馬乗りになると両手で
首を絞めて殺害。それから“護身用”に所持していたカッターナイフを使って、生谷の
髪をざくざく切り落とした。
 この行為は、生谷がお宝シールを扇風機の羽に貼り付け、常に扇風機を使用すること
で容易には見付からぬようにしていためである。上島は部屋に忍び込んで、扇風機のカ
バーが外されているのを見た瞬間に察知したという。なお、シールは羽に直接貼られて
いた訳ではなく、安全ゴム糊を使って接着されていた。
 生谷の髪と扇風機とを切り離した上島は、廊下に人のいないタイミングを見計らっ
て、その扇風機を抱えたまま、自分の部屋にダッシュ。返す刀で、元々自分の部屋にあ
った扇風機を持ち出し、生谷の部屋に運び込んだ。そして自室に戻ると、羽に絡まる髪
の毛をじっくりとかき分け、シールを見付けた。
 これが事の次第の全てである。
 一見、猟奇的な殺人事件に思えたが、解決してみると非常に即物的かつ衝動的な犯行
が、多少奇妙な像を現実に投影しただけのことだった。

             *           *

 グッドアイディアが浮かんでよかったわ。
 扇風機の羽に安全ゴム糊で一時的に貼り付けて、部屋を留守にするときも扇風機を回
しっ放しにしておけば、見付かりっこない。あとで剥がすときも、安全ゴム糊なら問題
なし。
 あとはこの近所に安全ゴム糊が売ってあるかどうかだったけど、さすが地方の町とい
たら失礼かしら。文房具屋で見付けたときは感動したわよ。
 さあ、これでいちいち持ち歩かなくても大丈夫ね。

 生谷は左胸のボタン付きポケットに入れたシールのかすかな感触を、布越しに確かめ
た。
 夜空には数え切れないくらい多くの星々が、きら、きら、きら。

 終わり





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