AWC オートマチック【改】


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#469/469 ●短編
★タイトル (sab     )  19/05/07  09:28  (213)
オートマチック【改】
★内容                                         19/05/07 09:48 修正 第2版
ミステリー本を借りに推理研顧問の鬼塚先生のマンションに行った。
「僕にぴったりの本ってなにかなあ」廊下を歩きながら小林君。
「物理トリックもの」
「じゃあ恵さんのは心理トリックかな」
「さあ」

チャイムを押すと出てきたのは家庭科の佐倉先生。
「いらっしゃい」
二人は結婚したばかり。
奥から赤ちゃんの泣き声が。でもあれは二人の子供ではなく、元夫との間に
6ケ月の子供が居るのだった。
案内されてリビングダイニングに入っていくと鬼塚先生がベビーベッドの脇に
かがみ込んでいた。
「おっ、来たな」
私達もベビーベッドを覗き込んだ。ぷにゅぷにゅの赤ちゃん。わー可愛い。
頬でもつつきたい衝動にかられるが手洗いもしていないので自粛。
それから先生に促されてリビング中央のソファに身を沈めた。
あたりを見回す。
50インチぐらいの液晶テレビにモーニングワイドが映っている。
本棚には漫画やノベルスがずらーっと。
FAXの複合機が床に直置きされている。
キッチンで佐倉先生がドリンクの用意をしていた。
「今どきFAXなんて使うんですか?」と小林君。
「PTAの中にはメールを使えない家庭もあるんだよ」鬼塚先生が座りながら。
「まだ買ったばっかで使っていないけど。
つーか通信テストシートを送ったんだけれども返送されてこないなあ」

佐倉先生がレモネードを持ってきた。
「暑いでしょう、この部屋。備付けのエアコンが故障しているのよ。
これでも飲んで涼んでね」
「へー」小林君は壁際を見渡した。出窓に並んでいるペットボトルを見て
「あれはなんなんですか」
「猫がいるのよ。窓を開けたいんだけれども赤ちゃんがミルクの匂いがするから。
夜は氷やドライアイスを洗面器に入れて寝るのよ」
ベビーベッドの周りには洗面器が転がっていた。
「色々大変ですね」
「そう。だからこれからは炊事洗濯も男女共同参画で」
「でも今は結構楽なんだよ。掃除だってあのルンバが」言うと壁際に設置されている
ロボット掃除機を指した。「あれが、時間がくれば勝手に掃除をしてくれるんだよ。
今の主婦は昔に比べれば相当楽だよ」
「あらそう?」佐倉先生は小指を立ててレモネードを飲んだ。
真っ赤なマニキュアが目立つ。
テレビのモーニングワイドでは幼児虐待のニュースをやっていた。
全身アザだらけで栄養失調、保育園では通常の数倍の食欲を見せていた、
などと司会者が伝えていた。
「なんて可哀想な事を」と佐倉先生。
「僕はこういうニュースを見ると、もう子供はあの子だけでいいって思っちゃうよ」
「そんな事、生徒の前で言わなくても」
「そういえばクリスティも子連れで再婚したんだよな。
後夫に娘を取られるんじゃないかと気にしていたかも。
『検察側の証人』などは自伝を読んでからを読むと面白いよ。
そうだ、恵さんにはクリスティの自伝を貸してあげよう」
鬼塚先生は立ち上がると本棚のところに行った。
そして私にはクリスティ、小林君には『乱れからくり』を持ってきた。
「これはほとんどオートマチックにトリックが進むんだよ。
うちの奥さんも気に入っているんだ」どうたら言っている。
「あ、もう学校に行く時間だ」と佐倉先生。「君達も登校しなさい」
「えー、1時間目休講なんですけど」
「とにかく出掛けて」
そして先生は冷蔵庫からドライアイスを出してくると、
ベビーベッドの奥の洗面器に入れた。
「じゃあねえ。1時間したら子守りがくるからねぇ」と赤ちゃんに話しかける。
「大丈夫なんですかぁ」
「うーん、一応、赤ちゃん見守りカメラもあるし。でも首振り機能がないのよね。
あれだと赤ちゃんの顔しか見えない」
※
マンション近くの喫茶店で時間を潰した。
「あの二人は上手く行くのかなぁ」と私。
「さぁ。鬼塚先生は、自分にはなんの取り柄もない、しかし女がある、
とか言っていたらしいよ」
「えー、どういうこと?」
「女を利用して出世する、みたいな」
「えー」
それから元いた女教頭との噂やら何やらを話していたらすぐに1時間経過した。
スマホが鳴った。
噂をすれば影、佐倉先生からだった。
「あなた達、今どこにいる?」
「マンション近くの喫茶店です」
「すぐに私の部屋に行ってみて。赤ちゃんが大変なの」
「えっ、何があったんですか」
「とにかく早く行ってみて」
ブツッと通話が切れた。
「小林君、大変。マンションで何かあったみたい。それで赤ちゃんに何か
起こったみたい」
「えーッ。じゃあ、僕が先に行っているから、恵さん、会計してきて」
言うと脱兎の如く出て行ってしまった。
会計をするのに、お釣りがないから細かいお金でとか言われて、かなり時間を食った。
※
小林君に15分遅れてマンションに着いた。
部屋に入っていくと刑事らしき背広の男、制服警官、ナルソックの隊員が居た。
「赤ちゃんはどうなったんですか」
「うーん」と刑事が唸った。
「まさか」
すぐに佐倉先生と鬼塚先生も着いた。
「赤ちゃんは?」
「さっき病院に搬送されたんですが、残念なお話しをしなければ」
ここまで聞いただけで佐倉先生は泣き崩れた。
「わぁぁぁ、うわぁー」
「それで、こんな時になんなんですが、先生方は今までどちらに」
「え、何か事件性でもあるんですか」
「そうではないが、事故なので事情聴取をしないと」
「私達は学校で授業をしていましたけど、
その前にココの経緯を説明するのが筋でしょ」
「20分程前に、あの天井の煙感知器が反応したんですよ」
「煙なんて出たんですか?」
「煙じゃなくても、湯気、埃、虫などでも反応するんですけど」とナルソック。
「ガスではどうですか」と小林君が言った。
「ガスでも多分」
「二酸化炭素でも?」
「多分」
「ドライアイスの二酸化炭素で鳴ったのかなぁ。…いや、空気より重いから、
床を漂って行って、あのキッチンの換気扇から排出されちゃうかな」と
動きっぱなしの換気扇を指した。「煙もあそこから出ていったのかも」
今や泣き叫ぶのをやめて佐倉先生らが睨んでいた。
「ドライアイスが乳児突然死の原因になる事、知ってました?」
いきなり小林君が言った。
「何言ってんのかしら、この子は」佐倉先生は目を丸くした。
「もし仮に、ドライアイスの二酸化炭素が赤ちゃんを殺して、
それが漂っていって警報を鳴らしたんなら、
みんなが居ない間にナルソックが来るから、先生達には完全なアリバイが出来る訳か」
「何を言っているんだ。君は」鬼塚が怒鳴った。
「君は今、炭酸ガスは重いから警報機に触れないと言ったじゃないか」
突然小林君はしゃがみ込むと出窓に並んでいるペットボトルを睨んだ。
「まぶしい。なんだってあんなにペットボトルを並べたんだろう」
そして指をパッチンと鳴らす。
「あれを見て下さい」小林君はFAXの排出口の横を指差した。
そこにはペットボトルが作った日だまりがあった。
小林君はそこまで行って片膝を付くと日だまりに触れた。
「熱い。今ここにあるってことは20分前にはちょうどここらへんにあった筈」
とFAXの排出口を指差した。
「つまりこういう事が起こった。20分前、気化した二酸化炭素が
赤ちゃんの鼻の下をかすめていく。それを吸った赤ちゃんは酸欠状態になる。
ちょうど同じ時刻、何者かが外部からFAXを送信してくる。
それは真っ黒に塗られていた。そうすると、ペットボトルの日だまりがちょうど
虫眼鏡の様な働きをして、そう、収れん火災が発生する。
その煙でナルソックの警報が鳴る」
「何を言っているんだ。どこにも燃えカスなど無いじゃないか」と鬼塚。
「それはですね、更に芸の細かい事をしたんですよ。
黒いFAX用紙が燃えきって冷めた頃、そこにあるルンバが作動して
綺麗に掃除してくれたんですよ。そして赤ちゃんが息を引き取って
ガスも煙も換気扇から排出されて全てが終わった頃にナルソックの隊員が駆けつけて
第一発見者になる。全くオートマチックだ」
「そんな事が出来る訳ないじゃない」ほとんどヒステリックに佐倉が叫んだ。
「赤ちゃんが死んだかなんて分からないじゃないの。どういうタイミングで
FAXするのよ」
「それは見守りカメラで見ていたんじゃないんですか」
「カメラは突然故障して見られなくなったわよ。それに紙だって
ペットの日だまりぐらいで燃える訳ないじゃない」
「それはそうですね。いくらこれだけペットボトルを並べても煙ぐらいは出ても
完全に灰にするのは難しいかも知れませんね。だから犯人はFAX用紙に何か
引火性のある液体を染み込ませていたんじゃなかろうか」
小林君はFAX排出口のあたりの床を指先でなぜるとニオイをかいだ。
「かすかに除光液のニオイがする」
「除光液?」
「先生、べっとりマニキュア塗っていますよね」
「そんなッ、私はなにも…。というかそもそもペットボトルを並べたのは旦那なのよ」
「なにっ。なんでこっちに転嫁してくる」
「並べたのは鬼塚先生かも知れない。でも流石に普通に並べているだけでは
収れん火災は起きない。先生がペットボトルに角度をつけて一箇所に収れんする様に
したんじゃないんですか」
「そんな事したのか」ギョッとして鬼塚が言った。
「そんなの想像だわ」
「指紋が出てくるかも知れませんよ」
「そんなのみんな情況証拠だわ」
小林君はその場に立ち尽くしてため息をつくと、ポケットから一枚の紙を出した。
「これは通信テストシートです。FAXのメモリに残っていたものを
印字したものです。鬼塚先生がメーカーに送信したものが今朝になって
返送されてきたんです。その時間が今から40分前。…何が起こったか分かりますか?
 メーカーがこのFAXを送りつけてくる。除光液の染み込んだ紙にこのシートが
印字されて排出口から出てくる。ペットボトルの光で収れん火災が起きる。
そしてナルソックのセンサーが反応する。そしてナルソックの隊員が駆けつける。
その時刻が今から20分前です。その時ナルソックは何かの拍子でカメラを
転倒させたんですよ。にも関わらず先生は一か八か黒いFAXを送ってきた。
それが…」
言うと小林君は刑事に合図した。
「それが、この紙です」刑事はビニール袋に入った黒い紙を翳した。
「うッ」佐倉は微かに呻いた。「騙したのね。私がここに到着する前に
ネタバレしていたのね。警察やナルソックは勿論、小林まで演技していたのね。
ははは、ははははは。でも、それでもまだ想像だわ。情況証拠だわ」
「いやあ、この黒いFAXをどこから誰が送ってきたのかを特定するのは
時間の問題ですよ。たとえsnsで知り合ったどこかの誰かに頼んでいたとしても、
それは突き止められますよ。そうなる前に、言ってしまえば、
先生、情状酌量の余地が出てくるんじゃないでしょうか」
「私を装った誰かが送信したのかも知れないじゃない。旦那の元カノとかが
嫉妬してやったのかも知れないし」
「そうそう。そうですね。鬼塚先生はお盛んですからね。
あの女教頭とも出来ていたんですよ? 知ってました?」
「えぇー、あのババアと? 本当なの?」
「いや、それは」
「この先生は採用される為にあの女教頭と出来ていたんですよ。
それだけじゃない。先生と結婚したのも、
親が教育委員会のお偉いさんだからじゃないんですか」
「本当なの?」
「そんな事ないよぉ」
「信じられない。いっぺんに冷めた、このスケコマシ。…赤ちゃんは、
私の赤ちゃんはどうなったの?」突然、子殺しをした雌ライオンが
雄ライオンにふられて母性を回復した様な展開になった。
「赤ちゃんはどうなったの?」
「赤ちゃんは無事ですよ。ナルソックの駆けつけが早かったから」
「あぁ、よかったー」そして先生は再び泣き崩れた。「本当によかったー」
「じゃあ続きは署で伺いますか」
そして、両先生は刑事と制服警官にしょっぴかれて行ったのだった。

私と小林君が部屋に残された。
「小林君、私も騙したのよね」
「しょうがないだろう」
「あの二人はどうなるのかしら」
「さぁ」
「これからどうする?」
「とりあえず僕は『乱れからくり』を読んでみるけど」
「じゃあ私は『検察側の証人』を読んでみるわ」

部屋を見渡すと、太陽が更に移動し日だまりは空のベビーベッドに向かっていた。





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