AWC カグライダンス・ミニ   寺嶋公香


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#458/550 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/19  22:26  (200)
カグライダンス・ミニ   寺嶋公香
★内容                                         19/01/02 16:34 修正 第2版
 芸能週刊誌をぱらぱらと読んでいた加倉井舞美が、ふっと顔を起こして唐突に言っ
た。
「『好感度がいい』って、変じゃない?」
「え?」
 純子は加倉井のいる方を振り返り、目で問い返した。唐突だったから聞き漏らしたの
だ。
 ちなみに、純子の今の格好は銀色を多用した衣服に、表が黒、裏が橙地の短めのマン
トを羽織っている。横のテーブルには、鍔広の黒い三角帽が置いてあった。要するに魔
女のなりだ。加倉井の方も同じ格好だが、彼女はマントも外している。
「『好感度がいい』という表現が、ここに使われているのよ。何だがむずむずする」
 加倉井はパイプ椅子から腰を上げると、日よけの天幕の下、慎重な足取りで近付いて
きた。靴の爪先がタンポポの綿帽子みたいなデザインで上向きに伸びているため、気に
なるのだ。
 彼女が両手で開いてみせたページには、タレントの好感度ランキングが載っていた。
「ほら、ここ」
 指差す先には、言った通りの『好感度のいい』という文字が躍る。あるお笑い芸人に
ついての記述のようだ。
「好感度の好って、良いという意味でしょ。好感度が悪いなんて言わないし。『好感度
のいい』には二重表現という以上に、据わりの悪いものを感じるわ。あなた、どう思
う?」
 問われた純子はつい思い出し笑いをしてしまった。加倉井の垣間見せた理屈っぽさ
が、相羽を思い起こさせたせい。
「何かおかしいこと言ったかしら」
 密かに笑ったつもりだったが、加倉井は目聡かった。純子は急いで首を横に振る。
「ううん。友達の理屈っぽさを思い出しちゃったから。理屈っぽいは、悪い意味じゃな
くて、私も影響を受ける場合が結構あって」
「分かった分かった。別に怒ってるんじゃないわよ。それで、感想は?」
「えっと、確かにおかしいと思うけれど、じゃあ好感度の尺度を表すのって、どうすれ
ばいいのかなって……」
 小首を傾げる純子。対する加倉井は、当たり前のように即答した。
「好感度が高い、じゃないの」
「私も最初に思い浮かんだ。でも逆の、好感度が低いという言い回しには、凄く違和感
を覚えるような。だから高い低いでいいのか自信が持てない」
「……なるほどね」
 納得したようにうなずいた加倉井。
「好感度の低いという言い方はよく見掛けるから、何となく受け入れていた。よくよく
考えてみれば、これもむずむずする表現だわ」
「意味は伝わるから間違いじゃないのかもしれないけれど、何となく変。あ、でも、好
感度アップとか好感度が下がったとかには、違和感ない」
「ほんと。上がり下がりはするのに、低いだと何故か据わりが悪い……」
 加倉井は週刊誌を持ったまま、腕組みをした。考え込む様子で眉間に皺を作ったが、
はたと我に返ったのか、表情を和らげる。
「ちょっと、あんまり考え込ませるようなことを言わないで。皺ができちゃうじゃない
の」「そ、そう言われても」
 話題を持ち出したのは加倉井さんの方……とは言い返せない純子である。代わりに、
疑問解消の解決策を絞り出してみた。
「好感度って言うからおかしいのかな。好の字の印象が強くて、いいことにしか使えな
い雰囲気がある。だから、好を外して感度にすれば……」
「……やめて。とても卑猥に聞こえる」
 ぴしゃりと言われてしまった。だがすぐには理解できなかったため、さっきとは反対
側へ首を傾げる純子。
「感度がいいって、受信状況なんかに使うのならいいのよ。人に対して使うと、途端に
おかしくなるでしょうが」
「……あぁ」
 遅ればせながら、加倉井の想像していることが飲み込めた。ちょっと顔が赤くなるの
を意識し、心持ち俯く。加倉井さんてそんなこと考えるんだ、とも思った。
 元いた椅子に座り直した加倉井は、週刊誌を閉じた状態で手放さず、団扇のように
二、三度扇いだがすぐにやめた。
「おっそい。もう充分に晴れているように見えるのに」
「あ、休憩に入る前に、飛行機の通過時刻と被りそうだとか何とか言ってました」
「じゃあ今は飛行機待ちってわけね。五分か十分といったところかしら。――以前、イ
ンタビュー記事で、くすぐったがりだと言っていたみたいだけど、あれ本当? 記者の
創作?」
「どの記事か分かりませんが、くすぐったがりなのは本当です」
 再びの唐突な切り出し方だが、純子は慣れもあって平静に答えた。
「ふうん。ということは、感度も高いのかな」
「――」
 飲み物を口に含んでいたら噴き出しそうなことを、加倉井はさらっと言ってくれた。
ついさっき、感度の使い方にだめ出しをしてきたのに、それに反することを自らやるな
んて。まじまじと見つめる純子に対し、加倉井は笑みを返す。
「カメラの回っているところで言わないよう、おまじないを掛けてあげたのよ。当分、
意識して『感度』を使う気になれないはず」
「うーん、他の人が言ったら変な反応をしてしまいそう」
「それは自分で何とかして」
 頭上高く、飛行機が飛んでいく。
 コマーシャルの撮影再開までもう間もなく。

 撮影が完了したあと、様子見に来ていたクライアントの人と言葉を交わした。第一弾
コマーシャルのときとは別の女性で、まだ不慣れなのか言動がどことなくたどたどし
い。初対面の挨拶時には名前すら早口で聞き取れなかったほどだが、大手おもちゃメー
カー・ハルミのれっきとした社員だ。
 宣伝する商品は、『ウィウィルウィッチ』という人気の魔女アニメ(魔女っ子も登場
するが魔女っ子アニメではない)とコラボレートした玩具。第一弾、第二弾と何種類か
撮影したのだが、さっきまで青空待ちをしたのは、大雨を魔法で抜けるような青空に変
える、というシーンを実写で撮りたいという監督の謎の拘りのせい。
 撮影が終わったと言ってもコマーシャルの完成はまだ先になる。純子も加倉井もあと
のスケジュールは空いているとは言え、普通は長々と話す場面でもない。だが、そのお
もちゃメーカーから来た女性がお話がありますというので、ロケバスの中をしばし三人
で占める。
「以前にも数字で示したと思いますが、お二人のおかげで売り上げは好調です。特に社
長が大変気に入ったご様子で、これからもよいつながりを持ちたいと。端的に言います
と、他のお仕事もお願いしたいと申しておりました。つきましては先程、撮影の最中に
事務所の方にはすでに打診したのですが」
 持ち掛けられた新たな仕事とは、二人で――純子と加倉井――海外の名所を紹介する
テレビ特番の話だった。何でも、ハルミ一社提供の二時間枠で、マジックをキーワード
に二つの面から、つまり魔女や呪術といった神秘的な事柄と、奇術・手品の範疇にある
事柄にスポットを当てる云々かんぬん。
「言うまでもありませんが、アニメ『ウィウィルウィッチ』とも関連しています」
「面白そう。マジック――奇術、好きなんです」
 第一印象を素直に口にした純子。一方、加倉井は特に何も言わない。慎重な姿勢を
キープしている。
「とても光栄です。が、『ウィウィルウィッチ』と関係するのなら、私達よりもふさわ
しい方がいる。違います?」
 遠慮のない調子で質問する加倉井。相手の女性はほんの一瞬、目を見張った。すぐに
平静に戻る。申し訳なげに眉を下げ、笑みを絶やさずに答えた。
「その、いずれ耳に入ることかもしれませんので、先に打ち明けておきますと、アニメ
製作側の周辺からは、主要キャラクターを演じる声優の皆さんを採用するよう、推薦し
てきました。これに社長が難色を示しまして、スポンサー特権でお二人を推すと」
「……」
 加倉井と純子は目を見合わせた。そして加倉井が答える。
「後押ししてくださるのは大変感謝します。ただ、失礼な物言いをお許しください。他
にも候補者がいる中、力で押し切るのは本意ではありません」
「それは……オーディションか何かを催して、競った結果、選ばれるのであればよいと
解釈してかまわないのでしょうか」
 事務所を通さず、マネージャー不在の場で、タレント相手に直接的な提案をするのは
珍しい。正面に立つ女性は若くて頼りなげな外見と違い、意外とそこそこの決定権を与
えられている人物のようだ。
 しかし、加倉井は首を左右に振ってみせた。
「私達も人気商売、好感度が大事ですから。アニメ制作側や作品のファンと揉めそうな
種を蒔くのは避けたい、それだけです。御社も本音では同じじゃありません?」
 ビジネスっ気をちらと見せてから、相手に同意を求める。加倉井なりの交渉術かもし
れない。
「確かに。アニメの人気があってこそ、弊社の関連商品が売れた面は否定できません」
「でしょう? だったら、無碍にシャットアウトするのではなく、受け入れた方が絶対
にプラスになると思いますよ。ね?」
 加倉井はいきなり純子に振り向いて、相槌を求めてきた。調子を合わせるわけではな
いけれども、即座に首肯した純子。
 加倉井は軽く頷き返すと、クライアントの女性に向き直る。
「出してもらう立場で厚かましいんですけど、どうせなら四人にできません?」
「四人というと……あっ、加倉井さんと風谷さんに加えて、声優の方もお二人と」
「そう、さすが、飲み込みが早くて嬉しい。元々、マジックを二つの面から捉えるのだ
から、レポートも二組に分かれてやることはむしろ自然」
「え、二組に分かれるのなら、私、奇術の方がいいです」
 場の空気がよくなったのを感じ取って、純子はすかさず言った。
 二人の“連携プレー”に、相手の女性は口をかすかに開けたままにして、唖然とした
風だったが、そこからのリカバリーは早かった。
「分かりました。こちらから声優の皆さんへ打診してみます。加倉井さんと風谷さん
は、原則、了承してくださったと解釈してよろしいですね。細かい条件面はまた別とし
て」
「もちろん。この子がこんなにやる気になっていますし」
 純子を指差す加倉井。慌てて両手を振り、異を唱える。
「そんな、私のわがままみたいに。加倉井さんがやりたくないのなら、私もやめておく
から」
「それは困ります」
 相手女性の被せ気味の反応に、加倉井は苦笑をかみ殺しつつ、純子に対し返答する。
「大丈夫、私もやってみたいと感じてるんだから。オファーの条件が余程悪くない限
り、承ることになるんじゃない?」
 強気のなせるフレーズを含んでいて、聞いている方はハラハラする。同世代の中では
加倉井はトップクラスに位置しているから、多少の希望(要求、我が儘)は言えるみた
いだけれども。
 純子のそんな内心の動きを知ってか知らずか、相手女性は間髪入れずに言葉をねじ込
んだ。翻意されてはたまらないとばかりに。
「声優さん達へのオファーも含めて、持ち帰って、検討させてもらいます。なるべくよ
い方向に持っていきますので、よろしくお願いしますね」
 頭を深々と下げると、引き留めて長話になったことを詫び、彼女は辞去していった。
「――ちょっと汗かいた」
 その後ろ姿が遠くに見えなくなってから、純子はため息とともに言った。
「あ、好感度って言葉を使ったの、やはりまずかったのね」
「違います。使ったのには気付きましたけど」
 否定してから、加倉井の強気な物言いが原因だとはっきり言った。当人は、まるで気
にしていない。
「いいじゃないの。望んでいた形になったでしょう? あの人、なんて名前だったかし
ら。最初は慣れていない感じが丸出しで不安だったけれども、案外、話の分かる人みた
いで嫌いじゃないわ」
 撮影前に名刺を受け取っていたが、マネージャーにも渡っているということだった
し、しかと見ていなかった。純子は名刺を改めて見直す。
「ましこはるみさん、と読むのかな」
 益子春見と縦に書いてあった。なかなか意匠を凝らしたデザインになっている。透か
し彫り風の字体で、各文字が左右対称になるよう、手を加えてあった。益・春・見は左
右対称にし易いからいいとして、子は若干だが無理をした感があった。
「――おかしい」
 純子は名刺を見つめる内に、何となく違和感を覚えた。名前にかなもしくはローマ字
が振られているのが普通だと思うのだが、これにはない。肩書きも、会社名と部署だけ
が印刷されている。
「もしかして」
 裏返す。裏側からも益子春見の文字が確認できた。ただし、その脇に矢印があった。
姓と名を入れ替えてくださいというサインのように。
(益子春見を入れ替えると、春見益子。益子はますこやみつことも読めるんだっけ。う
ん? 春見?)
 メーカー名に思い当たる。ハルミ。
「か、加倉井さん!」
「な、何、大声出して。落ち着きなさいよ」
 純子が大きな声を出すのが珍しければ、加倉井が明らかに驚いた顔をするのも珍し
い。そのためか、純子と加倉井はしばらく黙ってお見合い状態になった。
「――名刺の裏、見て」
 先に口を開いたのは純子。加倉井は「今、持っていない」と言い、純子の手元を覗き
込む。隣同士で額を寄せ合う格好になった。
「完全に想像に過ぎないんですけど、さっきの人、社長さんの血縁なのかも」
 続く純子の説明を聞き、加倉井はふんふんと軽く頷いた。
「もしそれが当たっているとしたら、ますます面白い人だわ。身分を隠して現れるなん
て。ひょっとしたら、社長の命を受けて私やあなたを直接品定めすることが、真の目的
だったのかもね」
「うわ〜」
 自らの二の腕をさする純子。加倉井は呆れ気味に言った。
「自分で気付いておいて、今さら緊張しないでよ」
「はい……次の機会があれば、意識しちゃうだろうなあ」
「まるで気付かない方がよかったみたいね。まったく、感度がいいのも考え物だわ」
「か、感度じゃなくて! せめて勘と言ってください!」

――『カグライダンス・ミニ』おわり





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