AWC SS>倒叙   永山


        
#457/460 ●短編
★タイトル (AZA     )  18/11/15  21:28  (162)
SS>倒叙   永山
★内容
 これから綴られるのは、倒叙ミステリである。
 倒叙ミステリとは何かをくだくだと説明するのは面倒なので、簡単に言ってしまう
と、主に殺人のような犯罪について、犯人側から描いた物語だ。徹頭徹尾、犯人側の視
点を採る訳でもないのだが……著名映像作品の例を挙げるのが分かり易いだろう。「刑
事コロンボ」シリーズや「古畑任三郎」シリーズにて描かれたようなスタイルの推理物
だと思っておけば、ほぼ間違いない。
 なお、ビギナー向けに念のため断っておくと、叙述ミステリや叙述トリックといった
用語もあるが、倒叙ミステリとはまた別物であり、くれぐれも混同しないように。

             *           *

 厄介なことになったものだ。
 殺してしまったものは仕方がない。今さら取り返しようがないのだから、取り乱して
動揺する暇があるのなら、善後策を講じることに力を注ぐべき。
 今、私の目の前には死体がある。人間の死体が一人分。この“犯罪の主体”さえ消し
去れば、完全犯罪がなる。死体が見付からないことには、殺人の立件はできない。
 犯行現場となったこの家は、そこで死んでいる男――鬼頭平六の住処である。好都合
にも、人里離れた一軒家。秘書名目の若い女性、田ノ上アキラと二人暮らしだが、今
日、明日、明後日……と田ノ上が戻ってくる恐れはない。大きな音を立てようが、気に
する者は周辺にいない。殺しを行うとしたら、誰もがこういう場所を一つの理想とする
かもしれない。
 現在午後四時で明るい。もう少し待って暗くなれば、死体を容易に運び出せるだろ
う。が、それでいいのか? 死体がこの場からなくなるだけで、世の中から消えてくれ
る訳ではない。どこかへ捨てねばならなくなるが、ではどこへ? そもそも、折角人目
のない場所にいるのに、わざわざ搬出して、車で運ぶなんてのは愚かな行為ではない
か。見付かる危険を高めるだけだ。
 かといって、この家の近くに穴を掘って埋めるというのも、飛び付きかねる案だ。こ
こが都会から離れた一軒家であっても、死んだ鬼頭は世捨て人ではない。超が付くほど
のベテラン作家で、時代小説や歴史小説を大量に世に送り出し、人気を得た。今でもほ
どほどに名を知られているだろう。ここ数年はネタが尽きたのか時代物や歴史物を離
れ、箸にも棒にも掛からない商業小説を数作書いたあと沈黙を続けてきていたが、それ
でもたまに編集者が足を運んで姿を見せると聞く。そうしてベテラン作家の行方不明が
公になると、すぐさま捜索が始まり、埋めた遺体は見つかるであろう。
 運び出すのも埋めるのもだめなら、焼却か。しかし、家の中ではできないし、外でや
るのはさすがにまずい。人が少ないとは言え、目撃されたら言い逃れのしようがない。
煙や臭いが出るのも気になる。焼却案は却下だ。
 他に考えられるのは、解体か。死体をばらばらにして小さくすれば、いくらか扱いや
すくなる。労力、手間を想像するとやりたくないし、何よりも精神的にきつそうだ。そ
ういえば。死体を食べて消すという処分方法を描いたミステリがあったが、そんな真似
は到底無理。薬品で溶かすとか、肥料にしてしまうとかも無理。せいぜい、動物に食わ
せるぐらいが私にできる限界だろう。
 動物……と呟いてみて、閃いた。辺り一帯には獣が出没すると聞いた。クマはいない
が、イノシシやタヌキ、アナグマ等がたまに出るらしい。
 作家先生の死因は、後頭部を強打したことによるもの。イノシシのタックルを食らっ
て、ばたんと倒れたことによる事故死に見せ掛けられるのではないか。解剖した訳じゃ
ないから、年齢を考えると後頭部云々ではなく他の急病を発症した可能性だってないと
は言えないが、頭の傷が致命傷なのはほぼ間違いあるまい。それに、心臓発作のような
病死だったとしても、イノシシに突き飛ばされたショックで、という推定診断はきっと
通る。
 死体をこの世から消し去ることに拘って、もっと簡単で現実的な案を見落としてしま
っていたようだ。事故死に偽装なら、夜になるのを待って、外へ運び出し、そこいらの
空き地に大の字に横たえておけば済む。できれば胸か腹の辺りに打撲痕を付け、周辺に
イノシシの足跡を付けたいところだが、高望みはすまい。打撲痕の方はやろうと思え
ば、車をぶつけることで可能かもしれないが、下手を打って車の塗料が死体のどこかに
転移したり、逆に鬼頭の衣服の切れ端が車に挟まったり、車体に傷を付けたりしては元
も子もない。足跡にしても、ぼやっとした、獣の足跡らしきへこみを地面にいくつか付
ける程度でいいだろう……。
 そこまで考え、室内を見回すと、トロフィーや表彰盾、酒瓶なんかを飾っている棚の
一角で目がとまった。
 重々しい黒の平皿に、焦げ茶色の毛で覆われた棒状の物体が二本、載せてある。ご丁
寧にタグが針金で付けられ、説明書きがあった。そこには年月日と、「記念イノシシ罠
に掛かる」と細い字で記されていた。
 つまり、この棒状の物体は、イノシシの脚なのか。一年以上前の日付だから、防腐処
理をしてあるのだろう。鬼頭自身が罠を仕掛けたのか、近場に住む農家か猟師が仕留め
た物を、興味本位で分けてもらったのか。前者だとすると法に触れていそうな気もする
が、私にとってはどうでもよい。この脚をうまく活用すれば、地面に本物そっくりのイ
ノシシの足跡を残せそうだ。
 私と鬼頭は釣りを共通の趣味としていた。鬼頭愛用の釣り竿が、この家のどこかに仕
舞ってあるはず。それを探し出して、使うとしよう。

             *           *

「木本さんは田ノ上さんと、いつ頃までお付き合いをしていたんで?」
 とうに把握済みであろうに、刑事はしれっとした態度で聞いてきた。その証拠に、別
れてから一年足らずと答えると、「正確には十ヶ月と十日ですな」と応じてきた。
「色恋の縁は切れても、仕事上のつながりは残っていたみたいですが」
「どうしてそれを?」
 愚問であると分かっているが、敢えて尋ねた。
「あなたは評論家として、鬼頭平六氏の作品を批評されているし、解説の文章を引き受
けられたことや対談をされたこともある。当然、鬼頭氏の秘書とも多少のやり取りはあ
ったと見なせますな」
「確かに。そういう意味では、つながりはありましたよ。だけど、彼女の逃走を手助け
するなんて、あり得ません」
 ニュースや週刊誌などで見聞きしたところによると、田ノ上アキラは現在、警察に行
方を追われている。そう、鬼頭平六殺害の容疑で。
 実際、鬼頭を死なせたのは、この私ではなく、田ノ上アキラで間違いない。
 私は床に倒れている鬼頭の死体を見て、彼が田ノ上に突き飛ばされ、後頭部を強打し
た結果、亡くなったと早合点した。しかし、本当の死因は意外にも溺死だったのだ。こ
の報道を知ったときの私の驚きようときたらは――ああ、思い出すだけでも震えが来
る。周りに知人がいたため、ショックを隠すのに非常な努力を要した。
 警察の捜査で、鬼頭は自宅の浴槽に張った水に、顔を押し付けられて死亡したものと
判明。そんな溺死体が、野っ原で大の字になって見付かったのだから、無茶苦茶であ
る。私の偽装工作は、何ら意味がなかった。それどころか、溺死ならまだ事故死の余地
を残せたものを、小細工のせいで他殺の疑いを濃くしてしまった。解剖の結果、死因が
溺死と特定できた上に、鬼頭の肺や胃、喉からは田ノ上の毛髪が何本も見付かってい
た。
「彼女の居場所に心当たり、ないですか」
「ありませんよ」
 私は嘘をついていた。
 まあ、想像するに、田ノ上は鬼頭を溺死させたあと、死体に関して丁寧に水を拭き、
髪の毛を乾かし、服を着替えさせたのだ。恐らく、年齢のいった鬼頭が普段の何気ない
動作で足を滑らせて転倒、後頭部をしこたま打ったがために死に至ったというシナリオ
を思い描いていたに違いない。その程度の偽装で解剖が行われないと踏んでいたのだと
したら、とんだ無知だ。鬼頭平六がもし仮に推理小説をも書いていたら、秘書がこんな
思い込みをすることもなかったろうに。
 あの日、そういった犯行をやってのけた彼女が、よりを戻すことを口実に、前もって
私と会う約束を取り付けていたのは、アリバイめいたものをこしらえる意図があったん
だろう。正確な死亡推定時刻なんて、一般人に予測できるものではなく、苦心のアリバ
イトリックを弄して、予測と大きなずれがあったなんてことになれば、目も当てられな
い。それならいっそ、曖昧模糊とした、ふわっとしたアリバイを用意して、運がよけれ
ば成立するだろうくらいの考えを抱いたたとしても、不思議じゃない。
 一方、田ノ上のそのような思惑なんて全く知らなかった私は、会う約束に応じたとき
から、ある計画を立てていた。私のプライドを傷付けてくれた田ノ上アキラを殺害する
計画を。
 とうに瓦解した計画であるので、今さら事細かに記す気力を持たないのだが、ざっと
触れておくと、私は田ノ上を彼女の車の中で殺害し、そのまま人里離れた鬼頭宅へ直
行。そこで鬼頭を自殺に見えるようなやり方で殺し、田ノ上殺しの罪を被せるつもりで
いた。
 だから、鬼頭の家に上がり込んで、彼の死体を見付けた瞬間、私は驚きの叫びを上げ
るのもそこそこに、「ちぇ、これなら田ノ上の方を自殺に見せ掛けられる殺し方にして
おけばよかった」と嘆いたものだ。まずいことに、私は彼女の腹を包丁で刺してしまっ
ていた。
「本当に知りません?」
 刑事は食い下がってきた。何故食い下がれるのか。理由でもあるのか。
「刑事さん達もそれがお仕事だとは言え、あんまりしつこいと協力したくなくなるじゃ
ありませんか」
「そう言われましてもねえ。一応、木本さんに話を伺う根拠はあるんですよ」
 ほら、やっぱり。隠していた。
「差し支えがなければ、その根拠を聞かせてもらいたいな。聞いた結果、場合によって
は、積極的に協力する気になるかもしれない」
「そうですか。じゃあお話ししましょうかね」
 刑事は懐から紙片を取り出し、広げた。A4サイズと分かる。
「これはコピーなんですけど、鬼頭さんのパソコンにあった物です。執筆に使っていた
パソコンに保存されていた、テキストファイルですな。私ら素人が見ても分かる、創作
メモのようなもの」
 刑事は、ちらっとだけ表を見せてくれた。内容は全然読み取れなかったが、創作メモ
らしい箇条書きがどうにか視認できた。
「これ、最後に名前がわざわざ打ってありまして、鬼頭平六だけでなく、田ノ上アキラ
の名前も併記してある。多分、二人で考えていたんでしょう」
「ありそうな話です。鬼頭さん、アイディアの創出に苦しんでおられたようだから」
「興味深いのは、内容でしてね。ジャンルはどうやら推理小説みたいなんです」
「ええ?」
 鬼頭平六が推理物を? 似合わない。だが、時代物や歴史物の才能が枯渇し、商業小
説で失敗した彼にとって、推理物に掛けようという狙いは分からなくはない。
「鬼頭さんの推理小説なら、私も読んでみたかった」
「メモだけでも読ませて差し上げたいところだが、捜査が優先なんで。まあ、さわりだ
けは今から話しますよ。女の犯人が、夫を殺し、そのアリバイ証明を愛人にさせるとい
う筋書きで、印象からして、田ノ上さんが犯人役、鬼頭氏が夫役、そしてアリバイ証人
が木本さんみたいなんですがね。人物属性や造形の設定が、それぞれそっくりでして」
「……」
「肝心なのは殺害方法だ。これがドンピシャリ。風呂場で溺れさせた夫を、転倒で頭を
打って死んだように見せ掛けるというものなんですな」
「……」
 何て物を書き残してくれていたんだ。
「正直な感想を述べると、わざわざ溺死させた男を、転倒死に偽装するメリットが分か
らんのですよ。そのまま風呂場で溺れたことにすりゃいいのに。評論家先生なら、この
粗筋の狙い、分かるんでしょうか?」
「生憎、推理小説は専門外でして……」
 前言撤回。
 鬼頭は推理物を書くべきではない。書こうとすら思ってはいけなかった。

――終わり





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