AWC 呪術王の転落   永宮淳司


        
#449/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  17/02/25  21:15  (413)
呪術王の転落   永宮淳司
★内容
 遠くに赤い砂肌をした山々が見える。どれも三角形より四角形に近いシルエットを持
っていた。
 周辺にはサボテンを始めとする棘の多い植物が点在する他は、特に生き物の気配の感
じられない、荒涼とした地面が延々と続く。無論、我々人間が簡単には見付けられない
場所に、小さな生き物たちは潜んでいるのだろうが、一見するとこの一帯は“死の土地
”そのものだった。
 こんな場所に何を思ったのか、宗教団体がかつて巨大な塔を建てた。高さ二十四メー
トルの五階建て、ドーナツ型をした円筒の石造り。かつてはそれなりにきらびやかさを
有していたそうだが、生憎と資料が残っておらず、具体的には分からない。現存する塔
は、内壁も外壁も黒く磨き上げられた石が鈍い光をまだ宿しており、往時を偲ばせた。
 一階部分には窓もドアもなく、地上からは二階へと通じる階段を登ってから、改めて
降りることになる。他の階には全て窓が四つずつがある。いずれもはめ殺しで、分厚い
ステンドグラスが今も無傷で残っているようだった。
 ようだったと曖昧な表現にしたのは、近くまで行って直接確かめることが困難だから
だ。内部にあった螺旋階段は錆び朽ちて、ほぼ全て崩壊していた。僅かに残った数段の
ステップや手すりなぞ、最早何の役にも立つまい。触れただけで崩れかねないように見
える。
 塔の内部は屋上まで吹き抜けで、エントランスホールに該当する中心区画から見上げ
れば青空が望める。元々、屋根はなかったらしい。
 何のために作ったのか? 宗教団体の説明によれば、各階にある四部屋が修養の場と
して機能していたとのこと。どのような修養が行われていたのかの記録はあるのだが、
詳細は省く。部屋の構造自体は同じだが、上階ほど上級の修養がなされていたという。
「宗教団体の解散後、所有権を持つ人物とその血縁者が皆、お亡くなりになってね。よ
うやく、こうして利用できることになった」
 鼻髭の印象的な中年男が言った。“呪術王”と呼ばれる割に、柔和な表情をしている
し、声の調子は穏やかで優しく、身体も平均的だった。
 彼の名は、ロドニー・カーチス。占いを生業とする。ここ数年で、急に知名度が上が
り、人気を得ていた。きっかけは、芸能人やスポーツ選手など著名人の将来に関する
諸々を、いくつも言い当てたためだ。
 当初、彼自身は、必要以上に自らを売り込もうとはしなかったが、人気者になるとマ
ネージャーがいる方が便利だ。という訳で雇われたのが私、メクロ・カンタベルであ
る。元は男性歌手のマネージングをやっていたが、タレントの不祥事により喉が干上が
りかけていたところを、拾ってもらったのがより正確な表現になろうか。
 もちろん、腕には自信がある。カーチスを最初は占い一本で売り込み、次いで予言や
心霊現象関連に首を突っ込ませ、徐々にクイズ番組などにも進出。今ではスポーツ選手
の運動会や、芸能人の水泳大会にまで顔出しさせている。呪術王は年齢の割に運動がで
きるのだ。
 そんな風に仕事をするようになってからしばらくすると、カーチスにも商売っ気が出
て来た。私は彼のためを思って、仕事を取捨選択し、呪術王ロドニー・カーチスにとっ
て最善のイメージ作りを心掛け、機を見てイメージチェンジをはかり、そして成し遂げ
た自負がある。
「それで……一体、何を確かめたいと言うんです?」
 私はカーチスに尋ねた。荷物を満載したワゴンカーを用意させられ、目的を告げられ
ぬまま、ここまでお供させられたのだ。いい加減、打ち明けてくれてもよかろう。
「メクロ・カンタベル。君はここでかつて起きた不可思議な出来事について、知ってい
ますかな?」
「いえ……特に何も知りません」
 大きな事件と言えば、くだんの宗教団体の教祖が、塔の天辺にある自身の部屋で死亡
したことくらいだろう。ただ、あれは報道によると病死で、別段、不思議な事件ではな
かったはず。
「勉強不足です。ここへ来ると伝えた時点で、下調べくらいしておいてもらいたいも
の」
「すみません。他の諸々に忙殺され、そこには意が回りませんでした」
 やや不機嫌な口調になった呪術王に、私は急いで頭を垂れた。
「それなら仕方がない。まあ、私でも知っている常識だと思っていたが、昔のこと故、
世間から徐々に忘れられているのかもしれない」
 そう言うと、カーチスは塔によってできた日陰に入り、話し始めた。
「長くなる話じゃあない。語ろうにも、情報が少ないのでね。事件の主役は、バーバ
ラ・チェイス。宗教団体の信者で、齢は十五ほど。見事な金髪だけが自慢の、他は地味
な印象の少女だったとか。そして彼女は足が不自由だった」
 教祖が奇跡を起こして、その子を歩けるようにしたとでも言うのだろうか。
「バーバラは教団の末期に入った信者で、程なくして教祖が死亡、教団の解散となる。
それでも彼女は信仰を捨てず、ここへ来ることを願った。多分、教祖の魂がまたいると
でも思ったのでしょう。解散から一年後、その願いは叶い、友達数名の助けを借りてこ
こへやって来たバーバラは、一人で一晩明かしたいと告げる。友達は聞き入れ、場を離
れた。バーバラが夜をどのように過ごしたかは定かじゃないが、この塔の一階で寝袋に
入って就寝したことだけはほぼ間違いない。というのも……いや、この点は後回しにし
よう。翌日の昼前、友達がバーバラを迎えに行くと、彼女の姿はなく、荷物の一部が一
階の壁際に置いてあるだけだった。ああ、言い忘れていたが、当時の段階で既に建物は
今のように朽ちかけていた。時間による劣化のみならず、教祖死亡を受けて混乱を来し
た教団内で、大小様々な暴力・暴動沙汰があったせいらしいね」
 何故かにこりと笑うカーチス。呪術王は新興宗教団体を見下しているようだ。
「友達はバーバラ・チェイスを探したが見付からない。遠くまで移動できるはずがない
彼女を探すのに、捜索範囲はさほど広くない。一時間ほどで行き詰まった友達連中が途
方に暮れていると、突然、空から声が聞こえたそうです。叫び声と呻き声が混ざった、
形容のしがたい声がね」
 私が知らず、固唾を呑むのへ、カーチスはいよいよ講釈師めいた口ぶりと表情をなし
た。案外、楽しんでいるようだ。そして案外、愛嬌のある顔になると気付いた。
「それはバーバラの声だった。友人らが見上げた先は、塔の天辺付近。具体的にそちら
から聞こえたとの確信があった訳ではないらしく、他に見上げるべき物がなかったとい
うのが正しい。とまれ、声の源としてそこは間違っていなかった。塔の最上階、少しば
かり残った床の上に、バーバラ・チェイスは横たわっていた。寝袋に入ったままの状態
で、仰向けに」
「どうやって助けたんですか? いや、そもそもどうやってバーバラはそんな場所へ行
けたのか」
「焦るもんじゃないですよ。無論、友人達はすぐさま助けに行くことはかなわず、本職
の救援隊を呼んだ。詳しい段取りは省くが、かなり手こずったという。それよりもバー
バラが登れた方が不思議であろう。彼女が後に語ったところによると、意識を失ってい
たらしく、気が付いたときにはそこにいたと言うんですな。日差しのきつさに覚醒し、
周囲を見回して悲鳴を上げてしまったと」
「夜は下で寝ていたんでしょう? 何者かが彼女を寝袋ごと担いで上がるとしても、塔
の様子からして非常に難しい……と言うよりも、無理だと思えますが」
 私は聳え立つ塔を改めて見上げ、言った。バーバラ・チェイスの一件が何年前の出来
事か知らないが、塔の状態が現在よりも劇的によかったとは考えにくい。長梯子や滑車
があったとしても、不可能ではないか。
「ああ、バーバラが睡眠薬でも飲んでいたなら、あるいは可能かもしれませんね?」
「いや、仮にそうだったとしても、難業ですよ。人ひとりを担ぐにしろ、道具を使うに
しろ、目を覚まされないようにするのは。まあ、実際には睡眠薬を始めとする薬物の類
は、全く検出されなかったんですがねえ」
「そうだったんですか」
 当事者が生きて助かった場合でも、健康診断名目であれやこれやと調べるものらし
い。
「この謎は、結局解かれないまま、現在に至っているのだが……私はどうやって起きた
のかを突き止めた。正確には、突き止めた気がするという段階だがね」
「つまり、筋道だった推理を組み立てたってことですね? 聞かせてください」
 私の言い方がよほど物欲しげだったのか、カーチスは嬉しそうに笑みを作り、そして
勿体ぶった。
「今は話すつもりはない。推理が当たっているのかどうか、確かめてからになります」
「確かめる?」
「そのために、現場まで足を運んだんですからな」
「ははあ。てっきり、暇潰しの物見遊山かと」
「とんでもない。もし当たっていたときには、世間に大々的に公表するつもりだ。その
前に、君には真っ先に教えてあげましょう」
「それはありがたいですが……当然、今は他言無用ですね」
「ああ。公表前に外部に漏れたときは、君はくびだ。はははは」
「冗談でもそんなこと言わないでください」
 私は身震いして見せた。事実、呪術王はこのところ、以前のように単独で仕事をやり
たがっている風に見受けられる。私の仕事のやり方を会得し、一人でできると踏んだの
だだとしたら、それは大きな間違いというものだ。
「それよりも、早く実証実験に入らないんですか」
「君がいる前ではやらん。一人で始めて、結果を待つことにしてる」
「どうしてです?」
「間違っていたら、気まずいじゃあありませんか。加えて、この実験は時間が掛かる。
しかも、いつ、私の想定した条件が揃うのか、分からないと来た」
「えっと。それって」
 私は近くまで運んで来て荷物を思い浮かべた。
「ここでお一人でキャンプでもすると……?」
「そうなる。なあに、安全は確保してある。水や食糧は充分に用意したし、電話が通じ
なくなるような万々が一の緊急時に備えて、信号弾もある。ああ、結果が出たら知らせ
ますから、すぐに来てくれたまえ」
「結果が出なかった場合はどうしましょう?」
「そうですな、そのときは……まあ、五週間と期限を区切りましょうかね。連絡がなく
ても、五週間後には迎えに来るように。いいですね」

 現在、きっかり三十五日後の昼間。
 私はカーチスのいるはずの塔の足元に立っていた。
 外から呼び掛けても返事はない。しかも、彼の持ち物のいくらかは、周辺に散乱して
いる有様だ。何らかの異変があったに違いない。それは端から分かっていた。
 即座に浮かぶとすれば、大型肉食獣による襲撃だろうか。この辺がいくら死の土地だ
と言っても、獣が全くいない訳ではあるまい。熊のような大型で凶暴な獣が出現したの
ではないか。そんな想像を脳裏に描いてみた。食い散らかされた人体……。
 が、思い付きは簡単に粉砕されることになる。
 塔の内部に、恐る恐る足を踏み入れた私は、一階エントランスの部分に呪術王を見付
けた。彼は俯せに横たわっており、一見、寝ているようだった。だがしかし、異変が起
きたのは確かなのだ。
 その名を何度呼ぼうとも、応答はなく、代わりのように嫌な臭いが私の鼻を衝いた。
背中や額を汗が伝う。
 近付いて、いよいよはっきりした。カーチスの後頭部には、赤黒い物があった。何者
かに殴られでもしたかのように、少々へこんでいる。
 呪術王は息絶えていた。

 後日明らかにされたところによれば、カーチスの死因は、転落死とのことだった。
 あんな場所で転落とは。それなら彼はあの塔に本当に登ったか、登る途中のいずれか
で、何らかのミスを犯して落ちてしまったのか。だとすると、彼の言っていた実験は、
ほぼ成功しかけていたことになる? 当人が死んでしまった今となっては、彼の推理し
た方法がどんなものだったのか、知る術は失われた。
 ただ、彼の残していたメモ書きにより、仮説が的中していた場合には自身の新たな売
りにするつもりだったことが分かった。“呪術王”ロドニー・カーチスが起こす不可思
議な現象として、大々的に披露する算段でいたのだ。そのためなのだろう、例の塔のあ
る一帯の土地を購入する手筈も、あとはサインをするだけと言っていいほどの段階まで
済ませていた。密かに計画を進めていたと知った私は驚きもしたが、今となってはどう
でもよい。
 それよりも、後処理だ。そこまで費用を掛けて、見返りが充分にあると踏んでいたの
だろうか? 私のようなマネージャーがいないとだめな人だったから、その辺の商売感
覚は怪しいが、そこはそれとして、俄然、興味が湧いた。もしも実際に見世物として成
り立つ現象が起こせるのであれば、カーチスの解き明かした方法を知りたいものだ。何
せ私は、彼の死によって、失業状態になった。見世物で稼げるのなら、私も当面の間、
糊口をしのげるであろう。マネージャーとして、カーチスのサインを真似るぐらい訳な
いから、いざとなれば土地購入の契約を正式に結んでいたことにできよう。
 そのためには、一にも二にも、謎の解明だ。
 とは言え、独力で解き明かせるかと問われると、全く自信がない。私は現実主義の方
に傾いた一般人だ。想像を際限なく膨らませるのも、無から突拍子もないものを創造す
ることも苦手だと自覚している。となれば、得意な者に頼むしかない。できる限り、費
用を掛けずに。
「そんな奇特な奴、いる訳ないだろ」
 昔からの悪友で、物書きをやっているテムズ・タルベルが言った。作家先生というよ
うなご立派なものではなく、記者崩れの男。そのくせ、金回りはいい。この居酒屋での
払いも、今夜は彼持ちだ。どこぞの富豪から、小金を引き出す種を握っているらしいの
だが、教えてくれる気配はない。
「正解があるかどうかも分からん謎に、無給で取り組むような輩。いたらそいつはよほ
どの暇人か、阿呆だ」
「ただ働きとは言わんさ。儲けの一部を回してやっていい。心当たりはないか」
「だから、見世物として成り立つのかどうかがはっきりしない段階で、協力する奴がい
るとはとても思えん」
「いくらか前払いできる。今なら、呪術王死す!と散々やってくれたおかげで、多少は
懐が潤ったんだ」
「金の問題というより、謎に取り組む熱意の問題だぜ、こいつは。おまえさんも夢みた
いな話を追い掛けてないで、新たなマネージャーの口を探した方がいいんじゃないか。
三月ぐらい前から、カーチス以外のマネージメントも考えたいと言い出していたが、あ
れ、どうなったんだ?」
「呪術王と仕事をしていたという評判が、なかなかね。芸能人の秘密を掴んでいるんじ
ゃないかと噂されて、いい印象をもたれていないみたいなんだな。それに……曲がりな
りにも、カーチスの世話をした身としては、情が移ったのかもしれない。解き明かして
やりたいという熱意は、確かにあるんだ」
 割と本音に近いところを吐露し、私は残っていた酒を呷った。
「頼むとして、どんな職業の奴を想定してるんだ?」
「それはやっぱり、宗教家とか占い師? インチキな御業に詳しい人物ならなおのこと
いい」
「そんな連中が都合よく見付かったとして、素直に協力してくれるかね?」
「……難しそうだ。となれば……手品師の類だな。あとで見世物にするとき、手品師が
いれば都合がよいかもしれないし」
「おまえに利益が回らなくなる可能性が高そうだ」
 解明してもそれを私には教えず、手品師が独自に見世物に仕立てるっていう意味か。
そんな狡賢い奴ばかりではないと思うが、きちんと契約を結んだら結んだで、儲けのほ
とんどを持って行かれそうなのも、容易に想定できる。
「じゃあ、あと考えられるのは……探偵かな」
「探偵?」
 全く予想していなかった言葉を聞いたとばかり、目を丸くしたタルベル。だが、こち
らとしては意表を突いたつもりなぞ毛頭ない。
「おかしくはあるまい。すっかり忘れているようだけれど、ことは殺人事件なんだ。地
元の警察は、まだ何の手掛かりも掴めていない。ひと月近く経つのにまともな発表が全
くないんだから、少なくとも難航しているのは間違いないだろう。そこでマネージャー
だった私が、探偵を雇うというのはさほど変な成り行きではないはずだ」
「なるほどな。しかし、刑事事件を依頼するとなると、相当な金が……。実費だけでも
かなりになるだろう」
「タルベル、君の広い顔でもって、誰かいないもんかね。依頼料なんて二の次、謎解き
こそ喜び、みたいな探偵の心当たりは」
「うーん。実は、いないことはない」
「そうなのか? 是非、すぐにでも紹介してくれ」
「簡単には掴まえられんのだ。その男、世界を旅しているからな」
「旅? もしかすると、異人なのか」
「異人だが、言葉は問題なく通じる。少し、気難しいところがあるがな。エイチという
名の、黒髪の男だ」
 結局、私の懇願に折れ、タルベルはエイチへ接触を図ってくれることになった。期待
するなよと何度も言って。

「その件なら、発生当時に滞在先で聞き及んで、ある程度の興味を抱いたよ。が、検討
の結果、事件性はないと判断できた。だから、あなたの地元での出来事だと分かってい
ても、特に知らせようとは考えなかったな」
「うむ」
 エイチの言葉に、警察署長のライリー・カミングスは、重々しく頷いてみせた。威厳
を保とうという意識が、強く出てしまっていた。童顔のため若く見られがちなカミング
スは、半ばそれが癖になっていた。
「私もそう思っていたのだが、関係者からせっつかれて、のんびりと構えていられなく
なった。さりとて、事件性がないことの証明は、意外に難しいものでね。管轄内では他
に大きな事件が複数、起きていることもあり、ここは君の助けを借りるべきだと判断す
るに至ったのだ」
「以前は僕の方もお世話になりましたから、協力は喜んでしますが――こちらの推測を
話す前に、カミングス署長ご自身の考えを聞きたいものです」
 そう言って微笑するエイチに、カミングスは眉根を寄せた。
「私の考え?」
 応じる声が、多少の動揺を帯びていた。“呪術王転落死”の件の顛末について、彼が
思っていることはただ一つ。呪術王カーチスは崩れかけの塔をどうにかして登ったが、
誤って足を踏み外し、地面に激突、そのまま死に至った。それだけである。無味乾燥で
つまらないが、そうとしか考えられない。
 カミングスはしばしの逡巡のあと、エイチにこの感想を正直に伝えた。
「――こう言うと、君はすぐに指摘するだろう。分かっている。どうにかして登ったと
言うが、その方法を解き明かさねば真の解決とは言えない、とでも言うつもりだろ?」
「まあ、半分は」
 エイチは、今度ははっきりと笑いながら言った。
「半分? 何が半分だ。その言い種だと、どうにかして登ったということ自体、半分し
か当たってないみたいじゃないか」
「半分というのは言葉のあや。思うに、カーチス氏は自らの力で登ったのではないと考
えています」
「……分からんなあ。自力じゃないのなら、誰かに引っ張ってもらったとでも? あ
あ、そうか。先立つ事件では、足の不自由な女性が塔を登った訳だから」
「ええ、関係あり、です。カーチス氏とバーバラ・チェイス嬢は、同じ過程を辿って、
塔の上まで運ばれたんでしょう」
「何と。二つとも解決したというのか」
 つい、解決という表現を使ってしまったカミングス。これでは、警察は皆目見当が付
いていなかったと白状するも同じである。
 そのことに気付いたカミングスだったが、素知らぬ態度で続ける。
「ならば、答合わせといこう。エイチ、君が真相に至ったのは、何がきっかけだった
?」
「過去の新聞記事」
 短く答えるエイチ。ある意味、意地悪な返事とも言えた。
「そうであろう。かつての事件にヒントがあったと」
「ええ。あの一帯で、何らかの特徴的な出来事が起きていないかどうか、遡って調べて
みた。すると、数年に一度、奇妙な変死事件が発生していると分かった」
「変死か」
「問題の地域は、砂漠に近い、乾燥した大地です。にもかかわらず、溺死者が出ている
んですね。とても特徴的でしょう」
「ああ、死の土地での溺死か。それなら分かるぞ」
 さすがに警察署長として把握している。
「十五年くらい前までは、完全に謎だったな。何しろ、周囲には川や沼といった水辺は
全くないのに、人が溺れ死んでいるのだから。どこかよそで溺れさせたのを運んだとし
ても、わざわざそんなことをする理由が犯人にあるのだろうかと、不思議だった。ま、
分かってみれば単純なことで、山側で突発的に大雨が降ると、その雨水が一本の濁流と
なって、短時間で一気に押し寄せる区域がある。運悪く、そこにいた人物が犠牲になっ
たという仕組みだった」
「それと同じですよ。カーチス氏のときもバーバラ嬢のときも、直前に同じ気象条件に
なっていたと分かった」
「むう。しかし、ロドニー・カーチスは溺死ではなく、転落死。バーバラにしても、溺
れてはいない。どういう訳で、そんな違いが?」
「多分、彼らは水に浮かんだんです。その結果、カーチス氏は命を落とし、バーバラ嬢
は助かったという風に、道ははっきり別れましたが」
「ますます分からん。焦らさずに、噛み砕いて教えてくれ」
 カミングスはすっかり、教師に教えを請う生徒と化していた。
「溺れずに浮かんだの何故か。鍵となったのは、まず、あの塔の内部にいたという事
実。現地に行って調べてはいませんが、塔の壁は、床や天井に比べると相当に頑丈なの
ではないかと想像できた。中が朽ちても、壁は殻のように残り、塔として聳え立ってい
るのだから」
「まあ、そう言えるだろうな」
「次に、二人とも寝袋を使った。正確には、カーチス氏が寝袋を使ったかどうかは定か
でないが、キャンプ道具を運び込んでいる。一人で野営するのなら、テントよりも寝袋
の方が簡便と言える。第一、氏はバーバラ嬢の身に起きた現象を再現することを期し
て、現地入りしているのだから、同じ格好をした可能性が高い」
「何となく見えてきたぞ。寝袋は撥水性、いや、もっと言えば防水加工が施された代物
だったとすると、水に浮かぶ。少なくとも、身一つでいるところを水に襲われた場合、
浮かびやすくなる、だろ?」
「ご名答。短期間に山に降った豪雨が、強くて速い流れになって、塔のふもとを襲っ
た。所々に開いた穴から、水は塔内部に入り込む。塔を大きくて細長い器に見立てる
と、分かり易いかもしれません。中で横たわっていた人間は、嵩を増す水に一気に持ち
上げられ、塔の天辺近くまで行き着く。バーバラ嬢は、幸か不幸か気付かぬまま天井上
に到着。カーチス氏は最上階の床に乗り上げた」
「ふむ、なるほどな。バーバラ・チェイスの方は、おおよそ分かったぞ。彼女を持ち上
げた大量の水はじきに引く。そして目覚めたときには、照りつける太陽や乾燥した空気
のおかげで、地面や衣服などにあった濡れた痕跡もすっかり乾き、分からなくなったと
いう訳だな」
「恐らく。早めに気付いてもらえて、彼女は幸運だったのかもしれない」
「気付かれなかったら、やがて干からびて死を迎えた……」
「あるいは、どうにしかして降りようともがき、転落した可能性もあったでしょう」
「本当に転落死したロドニー・カーチスは、もがいたということになる」
「うーん、少し違うかもしれませんよ。彼は連絡手段があったはずですから」
「そうか。落ち着いてマネージャーに知らせれば、助けを待つぐらいの辛抱はできただ
ろうなあ」
「カーチス氏が転落したのは、中途半端な位置に引っ掛かったからではないかと、推測
しました」
「そういや、君は最前、バーバラは天井の上に辿り着いたが、呪術王はそうではない、
みたいな言い方をしたっけな」
 思い出したという風に、カミングスは左の手のひらを右の拳で打つ。
「具体的にどこと特定することはできませんが、最上階の不安定な場所だったと見なす
のが妥当でしょう。もしかすると、引っ掛かり損ね、慌てて手で床の端を掴んだかもし
れない。そこからよじ登れたならば、きっと助かっただろうに、握力の限界が先に来
て、転落してしまった――という推測ができる」
「連絡できなかったという点を考慮すると、それが一番ありそうだなあ。両手がふさが
っていたら、緊急の連絡もしようがない」
 カミングス署長は合点して大きく頷くと、手元の紙にメモ書きを始めた。宙ぶらりん
になっていた呪術王転落死事件に、はっきりとした結論を下すために、改めて調べるべ
き事柄を思い浮かべ、箇条書きにしていく。
「どうしてまた、ふた月近く経ってから、協力要請をしてきたんです? 言っちゃあ何
ですが、カミングスさんが事故だと思っていたのなら、もっと長く放置しそうなもの
だ」
 その様子を横目に見ながら、エイチが尋ねた。
「うむ。まあ、面倒くさい奴からつつかれたもんでね。裏も表も知ってるような自称・
記者から」
「その記者は、何でこの件に興味を持ったのでしょう? 元の宗教団体を追い掛けてい
るとか」
「いやいや。カーチスのマネージャーだった男が、その記者と旧知の仲だっただけさ
ね。カーチスの不審死の謎を解き明かしたい一心、てことだったが、金儲けも企んでい
るようだ」
「金儲けというと……ああ、カーチス氏に死なれたあとはマネージャーも何もないって
訳か。次の職を得るまでのつなぎに、呪術王を利用しようという策は感心しないが、や
むを得ないと」
「そこなんだが」
 カミングスはあまり進まない筆を止め、エイチの顔を見た。
「思い出した。一応、人が死んでるってことで、メクロ・カンタベルの身辺も調査した
んだ。カンタベルってのはマネージャーのことだが」
「不審な点が?」
「はっきりと怪しいことが出て来てたら、事件性を疑ってもっと調べたよ。まあ、引っ
掛かった程度だな。カンタベルは、ロドニー・カーチスが亡くなる前から、次の職探し
をしていたようなんだ」
「気になりますね」
「お? どう気になるって言うんだ?」
 エイチの即答に、カミングスはペンを手放した。机の上で両手を組み、身を乗り出す
姿勢を取る。
「最初に、報道された記事だけで事件性はないと判断したと言いましたが、それは条件
付きでした。確実に殺せる方法じゃないからです。犯罪者にとって不確実な方法でもよ
いのであれば、事件性がないと現段階では言い切れない」
「え。そんな方法がありますか?」
 急に丁寧な言い回しになったカミングス。すぐに気付いて、口元を手のひらでひと拭
いした。
「転落死させる方法があるとは、思えないんだが。知らないのかもしれないが、カーチ
スの死亡推定時期の間、カンタベルにはちゃんとしたアリバイがあるんだ」
「一日中、監視が張り付いていた訳ではありますまい? 遠隔地にいても、ちょっと操
作するだけで、人と人はつながれますよ」
「電話か。そりゃあ、電話があれば話ぐらいはできるが。実際には、電話はなかったと
カンタベルは言っている」
「待ってください。危機に瀕したカーチス氏にとって、電話は単なる会話道具ではな
く、命綱にも相当したんじゃないかな。無論、危機というのは、水の急増によって、塔
の上方に運ばれたことです。多分、カーチス氏は水によって塔の上まで行けるとは予想
していたが、あまりにも急だったんでしょう。食糧などを上に持って行けていたら、し
ばらくは耐えられたはずなのに、そうはならなかったようですから。だが、いつでも緊
急の連絡を入れられる準備ぐらいはしていたと思う。寝袋の中に電話を常備しておくと
かね。だから、その場合、氏はすぐにマネージャー宛に電話を掛けたに違いない。で
も、その電話に反応がなかったとしたら」
「反応がないとは、つまり……電話に出ないということで?」
「それもあります。あるいは、電話で救援を要請され、応じる返事をしておきながら、
実際には行動を起こさなかったか。そもそも、バッテリーをまともに整備しておかない
という方法もあり得る」
「バッテリー……」
「手動の充電器を用意していたかどうかは知らないが、それとは別に、予備のバッテ
リーも用意していくでしょう。充電器自体が壊れることだって考えられるのだから。そ
してバッテリーのいくつかを不良品にしておけば、カーチス氏の連絡手段は断たれる」
「うーむ。確かに、どの場合も死に至りかねないな。救助の声が伝えられないにして
も、待てど暮らせど救援が来ないにしても、絶望につながる」
「僕の想像では、電話はつながったと思います。カーチス氏の立場に置かれたとして、
助かるとしたら、水の勢いが収まった時点で思い切って飛び込むぐらいでしょう。それ
ぐらいのことをいい大人が気付かないとは思えない。あ、呪術王は泳げますよね?」
「ああっと、多分。運動は得意だそうだから」
 記憶を手繰りながら答えたカミングスに、エイチは「あとで確認を」と指示し、話を
続けた。
「泳げるとして――泳げなくても命に関わるとなれば飛び込むという選択をする可能性
が高いでしょうが――、それにも関わらず機会を逸したのは、救援が来ると確信してい
たからではないか。電話を受けたカンタベルが、すぐにでも来てくれると疑いもしなか
ったからこそ待ち続けた挙げ句、水が引いてしまった」
 エイチの推理に、カミングスは唸った。だが一方で、首を捻りもした。
「興味深い仮説だが、証拠がない。何せ、カーチスの電話は完全に壊れた状態で見付か
ったんだ。高いところから落ちたせいだと思っていた。今の話を聞くと、ひょっとした
ら第一発見者であるカンタベルが破壊したのかもしれないし、そうじゃないのかもしれ
ん」
「通話記録の照会ができない?」
「荒涼とした土地に行くからと、常用していた物を持っていかずに、前払い形式の奴を
新たに購入したらしい」
「いや、僕が言ったのは、マネージャーの電話です」
「……ああ、そうか」
「まさか、マネージャーの方も電話を新しくしてはいないでしょう? 使えるのに変更
したら、カーチス氏から疑われかねない」
「なるほど。細い糸のような頼りなさだが、調べる値打ちはありそうだ」
 カミングスは署長の椅子から腰を上げた。電話に手を伸ばすと、係の者につなぐよう
に伝えた。

――終





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