AWC そばにいるだけで・ホイッ! 26−2〜3   寺嶋公香


        
#443/453 ●短編
★タイトル (AZA     )  16/06/29  20:16  (496)
そばにいるだけで・ホイッ! 26−2〜3   寺嶋公香
★内容
※9.ライブラリィの9.3長編ボード#4557〜#4558辺りに位置するエピソードです。

 涼原純子はイラスト付きの小ぶりな卓上カレンダーを見つめ、小さな吐息とともに小
首を傾げた。
(今年は何を贈ろうかしら)
 父の日まであと一週間を切っていた。
 中学生になって迎える二度目の父の日だが、一年前に比べると決めるのが遅くなって
いる。
 去年は、アルバイト初体験のあとで懐が温かいせいもあって、帽子とシャツのよい物
を奮発した。主にゴルフ用だが、大事に使ってくれている。
 では一年経った今、懐具合が寂しいかというとそうではない。むしろ、入りは増えて
いる。純粋に、何を贈ればいいのかを悩んでいるのだ。
(去年、二品にしたのが失敗だったかも。去年と今年に分ければよかった)
 普段から父のほしがっていた物を選んだのだが、今年は見当が付かない。しかし、直
接尋ねるのは避けたいところ。
(あと、お母さんとのバランスも考えなくちゃ)
 およそひと月前の母の日、純子はお手伝いに精を出した。懐が豊かだからといって、
それに頼ってばかりいてはいけない。多忙さに加え、そんな理由付けもあって、物を贈
ることはしなかった。
(だからといって、お父さんには肩たたきというわけにもいかないのよね)
 今度の六月第三日曜日、純子はモデル仕事の打ち合わせが入っていた。長くはなるま
いが、いつ家に帰れるかはっきりした見通しは立っていない。
 一方の父も、当日は会社の友達数名とゴルフに出掛ける予定がある。もちろん天候次
第だが、今のところ予報は晴れ。その前後が雨模様なだけに、どう転ぶか分からない
が、たとえ雨でも出掛けるのは間違いないだろう。
(私も打ち合わせだけと言ったって、どれくらい疲れるのか分からない。今から肩たた
きやお手伝いを約束して、いざそのときになって動けなかったら、格好付かないわ)
 何か妙案ないかしらと、小首を傾げていると、母の声がした。友達から電話だとい
う。部屋を出て、固定電話のある下まで降りていく。
「――あ、芙美。何かあった?」
 町田からの電話に声が弾む。相手は「特に重要な用事ってわけじゃないんだけれど」
と前置きし、話し始めた。
「明日の放課後、暇?」
 明日は月に一度設けられている平日の半ドンだ。昼から何かしようというお誘いらし
いと当たりを付ける。
「うん。別にこれといって予定はなし。宿題次第かな」
「だったら、買い物に出掛けない? みんなと一緒に」
 みんなというのは、いつも行動を共にすることが多い富井と井口の二人だろう。
「いいわよ。ていうか、ちょうどよかった。実は、父の日のプレゼントに何がいいの
か、悩んでいたところ」
「およ、純もか。私も何かないかと考えててさ。結局浮かばないから、みんなで出掛け
たら、その内思い付くんじゃないかと」
「じゃ、決まりね。何時にどこに集まるの?」
 待ち合わせの約束をしてから、電話を切る。すぐさま、明日出掛けることを母に伝え
ておく。すると、ついでに買ってきて欲しい物を頼まれた。漂白剤と調味料の塩こしょ
う。そのメモと代金を受け取って、財布に仕舞う。
「お釣り分は、適当におやつを買っていいから」
「あ、うん。――お母さんは、お父さんに何か上げないの?」
 部屋に戻る前に聞いてみた。母はこめかみの辺りに片手人差し指を当て、少し考えた
ような仕種を見せた。
「私から見るとお父さんは旦那様。父の日に贈り物をするのはふさわしくない」
「そんなことないよー。家族から見ての父親、なんだから」
「分かってます。そうね。当日はいつも以上に優しくしようかしら」
「――長年の夫婦だと、それで充分?」
「ふふふ。まあ、それはおいといて。父の日のプレゼント選びね。そんなに難しく考え
なくても、お父さん、何でも喜ぶと思うけれど」
「うーん、でもやっぱり、父の日という名目で何かするからには、心から喜んで欲し
い」
「そういえば、お弁当を作るっていう案は、どうなったの?」
「あ、あれは無理かなあ。ゴルフ場って、お昼を食べるところがあるって聞いたわ。そ
こで他の人が料理を注文してるのに、お父さんだけお弁当を広げるのはちょっと……」
 つい最近まで、ゴルフ場は広々としているからどこにでもブルーシートを敷いて弁当
を食べるのに向いているイメージを持っていたのだ。
「そうかもしれないわね。でも、当日は父の日なのだから、ひょっとしたら、他の人達
はみんな娘の手作り弁当持参だったりして」
「まさか」
 母の珍しい冗談に、ひとしきり笑った。

「去年はどうしたのさ?」
「帽子とシャツを贈ったよ。いい物を奮発したつもり。そのせいか、大事に使ってくれ
てるみたい」
「なるほど。うちは定番のネクタイ。さすがに二年連続というわけにいかないもんね
え」
 待ち合わせ場所である駅の南口に早めに着いた純子は、同じく早めに現れた町田と、
去年の父の日の話をして参考にならないか考えていた。
 ちなみに、学校から直接来たのではなく、一旦帰宅してそれぞれお昼を食べてからま
た集まったのだ。予定を立てたのが直前になったのだから、仕方がない。
「できることなら、たくさんあって困らない物よりも、お父さんが今、ほしがっている
物を贈りたいよね」
「うん。それでいて手頃な値段で。欲しい物……テレビで見た、工具セットをいいなあ
って言ってたな」
「工具セット?」
 道具箱を思い浮かべる純子。町田は両手を使ってサイズを示した。せいぜい新書を開
いたくらいの大きさらしい。
「小さめのドライバーやスパナやレンチ、メジャーなんかがコンパクトに詰め込んであ
るの。サイズが小さいから安いのかと思いきや」
 町田は肩をすくめ、首を左右に振った。苦笑を浮かべた純子は、ふと視線の先に富井
と井口の姿を捉え、手を挙げた。
「郁、久仁! こっち!」
「あ、いた」
 お互いに小走り気味になって合流を果たす。挨拶もそこそこに、富井が切り出した。
「この間、だいぶ散財しちゃったじゃない。ほら、相羽君達と一緒に遊園地に行ったり
して。それでお父さんのための予算が……。だから、あたしは今日、ついて回るだけ
!」
「何と。父の日はどうするの?」
「困ったときの肩たたき券。ただ、うちのお父さんは体質なのか、あんまり肩が凝らな
いタイプみたいなんだよ、酷いでしょ」
 酷いことはない。思わず笑ってしまった。駅前のアーケード街を目指しつつ、おしゃ
べりが続く。今度は井口が口を開いた。
「私のところは一応、ハクの散歩当番を三回分、お父さんの分もやることにした」
 ハクというのは、井口家で飼っている犬の名だ。白くて大きな玉のような犬で、ハク
という名前が似合っている。
「これだけじゃあんまりだから、プラス簡単な物がほしいなって」
「ネクタイかソックス?」
「できれば、それ以外かなあ」
 アーケードの下に入った。左右に様々な業種の店が並ぶ。数が多いのは、やはりと言
っていいのか喫茶店とファッション関係だ。今は、左手に若い人向けの洋服屋、右手に
女性向けの古着屋が見えていた。
「細くて見た目が若い感じなら、Tシャツなんてのもありかもしれないけれど」
 左の店先にぶら下げてあるTシャツに触れつつ、純子が意見を言ってみた。
「無理無理。うちのお父さんは、すでにそういう体型じゃない」
「私のところも、顔はともかく、お腹周りの方が心配」
 町田、井口の順に返答があった。仮にTシャツにするとしても、よい物はそれなりに
値が張るようだ。
「あれ? お腹周りが心配なら、犬の散歩を代わりにやるっていうのと矛盾してるね」
 純子はTシャツの値札から手を離すと、ふと感じたことを言ってみた。
「言われてみれば確かに」
 井口は認めたが、「困るなあ。今さら他のことも思い付かないもん。これで押し通す
しか」と付け加えた。
「懐が温かければ、あたし、財布を考えてた」
 これは最後尾を行く富井の意見。即座に町田が反応する。
「財布は案外、ハードルが高いイメージあるわ。渋くて格好いい物は、私らのお小遣い
をちょっと貯めたぐらいじゃ、手が出ない」
「そうそう。それに、カードを入れるスペースとか、小銭入れのサイズとかも、使う人
には拘りがあるもんだし」
 続いて井口も言った。二人とも、財布は既に考え済みだったようだ。
 一方、純子は財布を対象に入れていなかったので、改めて考えてみた。声に出すと、
他の友達に対して小金持ちアピールをしているみたいになるから、心の中で。
(……確か、お父さんの財布って、少し前に新品を買ったはず。使い勝手がよくないと
感じてるのなら、新しく財布を贈るのもいいかもしれない。けれど、別に使いにくそう
にしているところ、見た覚えがないわ)
 これまた採用ならず。
「万年筆なんかは?」
 そう言った富井は、文房具店を斜め前方に見付けていた。
「そういうのも手が届かないような。ピンからキリまでだろうけど」
 町田は否定的だったが、とりあえず店に入ってみることにした。入ってすぐの右手
に、父の日特集のコーナーがあるにはあったが、やはり予想通りの価格設定。普通の中
学生ならば、足が遠のく。それでも純子は一応、覗いてみた。
(凄く凝ったデザインに彫り物。石が埋め込まれてる物まである。こうなってくると、
筆記用具自体が芸術品に近付いてる感じ。書きやすいのかな?)
 そこまで想像し、ふと思った。最近、父親が何か書く姿を見掛けた覚えがないこと
に。
(この頃は、ワープロの方が多いもんね。使ってもらう物をプレゼントするなら、万年
筆はパスかなあ)
 かぶりを振って、コーナーを離れる。先を行く町田達を追って奥に向かった。三人
は、別の一角で足を止めていた。カートに背の高いフックを組み合わせたワゴン売りの
コーナーで、目をやると赤や白やピンクの色が飛び込んでくる。挙げ句、猫のキャラク
ターグッズ付きの物まであった。
「――お父さん向けって感じじゃないなと思ったら」
 どうやら女子中高生向けのワゴンらしい。普段は外に置いているのが、父の日が近い
ので奥に引っ込めたというところか。
「かわいい。自分が欲しくなっちゃう」
 井口が苦笑交じりに言った。
「だね。値段も安い」
 町田が消しゴム一個を取り上げつつ応じる。ワゴンは、消しゴムの他に三角定規やミ
ニコンパス、手動の小型鉛筆削り等で埋め尽くされていた。さすがに万年筆はない。
「これはこれでいい物だけど、今は目的と違うでしょ」
「うむ。さすがに父親にこれはない」
 そう結論づけて、純子と町田は立ち去ろうとするが、井口と富井は残ったまま。
「私はもう少し見てる」
 井口が言った隣では、富井が前のめりになってあれこれ物色している。父の日のプレ
ゼントを今年は買わないと決めた彼女は、自分のために何か購入するつもりかもしれな
い。
「じゃあ、あっちの方に行ってるね」
 店内をぐるっと見回し、万年筆以外の文房具が置いてありそうな方を指差した。
 そちらに行ってみると、定規やコンパスに加え、メジャースケールやノギス、写真立
てまであった。文房具の枠をちょっとはみ出しているようだ。
「フォトスタンドなんか、悪くないんじゃない?」
 純子は一つ手に取って言ってみたが、その横手で町田は首を捻った。
「娘の写真を入れて飾ってもらうってか。うーん、すでにあるんだよねえ。プレゼント
した物じゃないけれど」
「そっか。言われ見てれば、うちにもある。家族写真だけど」
 写真立てを戻し、今度はコンパスを取ってみた。よくある実務一辺倒なそれとは違
い、黒光りした重厚感のあるデザインで、まるで武器のようだ。持ってみると、予想以
上に重みを感じた。手にしっくり来る。
「こういうのって男の人、というか男の子が好きそう」
「分かる。必要ないのに、何となく格好いいからって理由で」
 笑いが声になってこぼれる。純子は、コンパスを開いてみた。今度は意外とスムーズ
に動いた。使い勝手もよいかもしれない。
「コンパスとか定規とか、設計する人なんかだったら、喜ばれるかも」
「今はコンピュータ使う人も多そうだけどね」
「あとは洋裁かな」
「要塞? ああ、服の方の洋裁ね。純のお母さんがやってるんじゃなかったっけ」
「うん。来年の母の日は、コンパスにしよっかな。こんな無骨なのはだめだけど」
 なかなか父の日の話にならない。
「あ、これよさそう」
 町田がワゴンを離れ、壁の棚の方に手を伸ばした。彼女が持って来たのは、スーツ
ケースを手のひらサイズにしたような代物だった。最初から開けてあって、中には小さ
めのメジャーやカッターナイフ、ハサミ、ステープル等がコンパクトに詰め込んであ
る。ミニ工具セットの文房具版といった趣だ。
「仕事とか家の中でもだけど、あれないかこれないかって、こういった小物をよく探し
てるんだよね、お父さん。これ一つあれば、事足りる」
「なるほど」
「ただ、これを買ってあげたら、これ自体を紛失しそうな予感がしないでもない」
「あはは」
 町田はもう少し検討してみると、類似品と見比べながら熟慮に入った。
 純子はその場を離れ、他に何かないかと見て回る。
(こういうお店に入ってから考え直すのも何だけど……仕事を連想させる品物は、あん
まり選びたくない気がしてきた。父の日にそういう物をもらったら、もっと頑張れって
言われてる気分になるんじゃないかなあ)
 シンプルに、もらって嬉しい物を選びたい。
(そういう意味じゃ、去年のシャツと帽子は、好きなゴルフのときに使えるんだから、
結構いい線行ってたよね?)
 仕事の延長線上にゴルフをプレーする場合があるということに、このときの純子はま
だ意識が及ばない。それはさておき。
(文房具はどう転んでも、仕事のイメージが強いなあ。ここはパスしよっと)
 そう決めると純子はくるりと踵を返し、富井や井口がまだいるワゴンへ再び向かっ
た。

 ミニ文房具セットで手を打った町田は、富井と並んで歩いている。
 まだ決められない純子と井口は、二人の先を行きながら、相談を重ねていた。
「仕事と関係なしに喜ばれる物ねえ」
 首を捻る井口。しばし黙考の後、「そんな物があったら、私もそれにするだろうけ
ど、なかなか難しいよ」と答えた。
「だよね。人それぞれだし」
 肯定した純子は、歩きながら腕組みをした。若干上目遣いになって、父の趣味や父が
喜んでいる場面を思い起こしてみる。
(ゴルフの他は……何だろ? 子供の頃、模型作りに凝っていたって話を聞いた覚えが
ある。でも今は時間がないからやらないって。プラモデルとかじゃなくて、木片を自分
で削って、一から作るのが醍醐味とか言ってたっけ)
 プラモデルからの連想で、玩具屋を覗くことにした。デパートに入っている店でもか
まわないのだが、道すがら、個人商店の一つにあったので、そこに入ってみる。
「急に思い出したんだけど」
 入るなり、左斜め上を見ていた井口が、叫び気味に言った。
「何なに?」
「うちのお父さん、科学の実験が大好きだったって言ってた。でも、中学だったか高校
だったか忘れたけど、通っていた学校の方針で、実験が極端に少なくてがっかりしたっ
て。今、その穴埋めをするのってどうかな?」
 井口が指差した先には、大人向けの科学実験セットがシリーズ揃って掛けてあった。
「いいんじゃない? それで久仁が一緒になって実験をやったら、もっと喜ぶかも」
「も、もう、やだなあ」
 照れ笑いを浮かべ、井口は純子の肩口をぺしっと叩いた。これで決まりそうだ。念の
ため、他を見て回る井口と離れ、純子は改めて町田と富井に意見を求めた。まず、父が
少年時代、模型作り好きだったことを伝える。
「――けど、プラモデルをそのままって言うのは、やめた方がいいかしら?」
「うーん、どうなんだろー? 木の模型がもしあれば、いいかもしれないし」
「それ以前に、作る時間が取れないんじゃあ、贈り甲斐がないでしょ、純も」
 富井も町田も、プラモデルの案には否定的のようだ。まあ、純子自身もそちらに傾い
ていたのだから、問題はない。
「他に玩具でよさそうなのは……」
「煙草吸うんだっけ、純ちゃんのお父さん?」
「ええ。できればやめて欲しいんだけどね」
「じゃあだめかあ。ライターの機能が付いた玩具ってあったなって思ったんだけど。モ
デルガンみたいな」
 意見を聞いて考慮しかけた純子だったが、町田が早々に「却下だね」と言った。
「そういう芙美ちゃんは、何かアイディア持ってるの−?」
「いや。玩具屋ではありそうにない」
 台詞としては緩やかな否定に留まっているが、口調は断定している。
「純子なら、お父さん一人のために、個人的に何かして上げるのが一番だと思うんだけ
どな。時間の関係でそれが無理なら、ほんと何でもいいからちょっと気の利いたプレゼ
ントに、音声かビデオでメッセージを添える」
「メッセージってたとえば? 仕事お疲れ様です、感謝していますとか?」
「じゃなくて。純の場合、モデルをさせてもらってるっていう側面があるでしょうが」
「ああ、そういう……」
 見方もあるんだと気付かされる。客観的になって見えてくることなのかもしれない。
「純ちゃんのモデルで思い出したんだけどぉ」
 富井が、閃いた!みたいな雰囲気で、右手の人差し指をぴんと立てる。
「男の人がどんな物をほしがるかの参考に、相羽君に聞いてみたら? 電話でもして
さ」
「えー、何で相羽君限定なのよ」
 訝る純子に、富井は「他の男子より大人びてるもん」と即答する。
「大人びた男子なら、他にも大勢いるわ。立島君とか」
「立島君は、前田さんとのデートで忙しいかも。そこに電話したら、迷惑になっちゃ
う」
「そんな仮定の話を持ち出すのなら、相羽君だって忙しいかもしれない」
「はいはい、そこまで」
 話が終わりそうにないと見たか、町田が割って入る。そしてレジの方へ、顎を振っ
た。
「久仁香が買ったみたいだから、ここはもうよしとしますか」

 玩具屋のあと、デパートの玩具屋にも足を運び、さらに船舶物を中心に面白グッズを
取り扱うショップにも入ってみたが、純子にとってぴんと来る物は見付からなかった。
 いい加減、歩き疲れてきたので、ファーストフードの店に入り、お茶をすることに。
「あー、疲れたー」
 言いながら座った富井に、純子は両手を合わせた。
「なかなか決められなくて、みんな、ごめんね。特に郁江は、無理に付き合わせちゃっ
た形になって」
「いいよ、別に。いつもお世話になってるんだし、何たって一緒にいて楽しいもん」
「あら、郁江ったら」
 町田が妙に取り澄ました調子で口を挟んだ。
「ここで交換条件を示して、おごってもらえばよかったのに」
「あ、その手があったか。惜しいことしちゃったな」
 冗談ぽく応じた富井だが、純子は真に受けて、「い、いいよ。おごる」と富井のトレ
イに載っているレシートを覗き込もうとした。
「いいっていいって。今日はお買い物に来たのに、余計なことに使ったら、いざという
ときに足りなくなるよ。そうなっても知らないから」
「は、はあ。そっか」
 ようやく落ち着き、皆でいただきますをしてから食べ始める。
「話を蒸し返すけれど、結局、電話しないの?」
 井口が純子に尋ねた。一つ目の玩具屋でのやり取りに加わっていなかった井口だが、
あとで聞いたのだ。
「うん。少なくとも相羽君には」
「何でー?」
 今度は富井。さっきから、相羽を巻き込もうと熱心だ。
 純子は少し間を取り、静かに答えた。
「父の日のことで、相羽君に聞けないよ。もしも聞くとしても、電話なんかじゃとても
できない」
「……そうだよね」
 相羽は数年前に父親を亡くしている。当人が普段、そんな気配を微塵も見せないもの
だから、周囲の友達もつい忘れがちになるが。
 しんみりした場の空気を元通りにするためか、町田が音を立ててジュースをすすっ
た。
「さて。相羽君を頼れないのなら、他の男子に聞く? それとも私らだけで考えるか」
 答は後者になった。
「来年からは、こうも悩まなくて済むように、普段からリサーチしなくちゃ」
「身近に、お父さんと年齢が近い男の人がいればね、聞いてみることもできるのにね」
「先生とか?」
「うーん、ちょっと違うような」
 お喋りを続ける最中、純子は自分の周りに父と同年代の男性がいなくはないことに気
付いた。
(仕事関係なら、何人かいるんだったわ。よく話をする人は杉本さんくらいで、若すぎ
るけれど。AR**所属の人の中には、いっぱいいる。今から聞くのは遅いとして、来
年、何も思い付かなかったら聞いてみたい)
 心の中でメモを付ける。
(……来年の今頃まで、モデルさせてもらってるのかなー、私? 高校受験あるし)

 四時を少し過ぎるまで、あちこち見て回ったけれども、とうとう決められなかった。
「しょーがないわ。決められないものは決められない」
 友達三人をずるずる付き合わせてしまったことに対して頭を下げる純子に、町田が慰
めるように言った。それから純子の肩に手をやって続ける。
「ま、娘が半日、足を棒にして探してくれたっていうエピソードだけで、お父さんは泣
いて喜んでくれるよ、きっと」
「あはは。だったらいいんだけど。そうだとしても、実際問題、何かないと」
「何にするかのヒントにはならないけど、こう切羽詰まってきたなら、サプライズ重視
で通販を利用するのは?」
 自分達の家の最寄り駅で降り、別れ際に井口が言った。
「通販?」
「うん。父の日のプレゼントなんて用意してませんよーってふりをしておいて、当日、
お父さん宛に荷物が届くの。開けてみたら、娘からのプレゼント。これなら、何だって
喜ぶんじゃないかしら」
 人間、追い詰められると、面白いアイディアが出て来るようだ。
「狙いは分かる。通販に限定しなくても、届けてくれる店はあるだろうし」
 考えてみようかなという気になった純子。問題があるとすれば、やはり何を贈るか
と、もう一つ、父の在宅しているタイミングがはっきりしないことか。
「みんな、考えてくれてありがとう。あとは自分で知恵を絞ってみる」
 じゃあまた明日。
 一人になってから、純子はまだ考えを巡らせていたが、はたと思い出した。
「頼まれてたんだった!」
 財布を取り出し、中にあるメモ用紙を確認する。幸い、また電車で出なくても、ここ
からほど近いスーパーマーケットで事足りる。
 純子は角を折れ、店に続く道に入った。すぐに店舗が見えてきた。三分と歩くことな
く到着。
「あれ?」
 出入り口の大きなドアの脇には、自転車置き場がある。その一番手近に停めてある自
転車に、見覚えがあった。前輪のフレームにある名前を確かめると、思った通り。
(相羽君が来てる?)
 生活圏なのだから、来ていても全くおかしくない。ただ、純子の頭には、さっき友達
とした会話が残っていた。
(思わず聞いてしまわないよう、気を付けよう。できれば、顔を合わせないのが一番)
 意を強くしてから、店内に足を踏み入れる。脇目も振らず、掃除洗濯関係のコーナー
に直行した。動きながら、財布のメモで、メーカーと商品名を再確認。
(えっと――)
 棚を見上げ、徐々に視線を下げていく。すぐには見付からず、同じ動作を繰り返しな
がら歩を進めていった。
「あった」
 手を伸ばして、白っぽい容器の柔軟剤を取ってみた。メーカーと商品名は一致した
が、サイズが違うようだ。元に戻し、近くにより大きな物があるはずと探す。五秒後、
今度こそ見付けた。
「――結構重い」
 持ってから、買い物籠を取ってくるのを忘れていたと気付いた。このまま手で持ち歩
けなくもないけれど……少々迷って店内を見回すと、出入り口まで引き返さずとも、近
くの通路に籠とカートが並べてあった。カートはいらないにしても、籠は欲しい。一つ
取ってこようと、そちらに向かう。
「――涼原さんだ」
 手を伸ばして籠を持った瞬間、馴染みのある声が耳に届く。あ、やっぱり会ってしま
ったと感じつつ、純子は声のした方を振り返った。
「こんなタイミングで会うなんて、偶然だね」
「そ、そうね。買い物?」
 聞いてから、スーパーマーケットにいる相手に対してする質問にしては間抜けだった
と後悔した。
 でも、相羽は頷いてから「僕は一人で来たけど、涼原さんも?」尋ね返してきた。
「うん、私も一人。お母さんに頼まれたの」
 答えてから、思い出したように柔軟剤を籠に入れる。見れば、相羽の方は籠は持って
いない。手にあるのは、整髪剤か何かのスプレー缶のようだ。
「まだ他にも買う物ある? 持つよ」
 純子が最初の質問に「ええ」と答えた時点で、相羽はひょいと籠を持った。そのつも
りのなかった純子は慌てたが、相羽はスプレー缶を一緒に入れてしまった。
「いいでしょ? レジでは分けるから」
「え、ま、まあ、しょうがないわね。ありがと」
 近くに来た缶の表面をよく見ると、イラストで男性の顔がアップになっている。整髪
剤ではなく、シェービングクリームだった。
「そっちこそ、他に買う物は?」
「あるにはある。けど、まだ決めてないんだ」
「何よそれ」
 先に立って調味料の棚を目指しつつ、純子は苦笑交じりに尋ねた。すると後方から
は、多少間を置いて返事があった。
「父の日のプレゼント」
「――えっと」
 足を止め、くるりと振り返る。相羽はびっくりしたみたいに急ブレーキを掛けた。
「お父さんにプレゼントって、相羽君……?」
「ごめんごめん。驚かせる気は全然なかった。次の日曜、お墓参りに行くんだ。そのと
きのね」
 そう言う相羽の表情は、普段と変わらない。むしろ、普段以上に朗らかかもしれな
い。
(何だか……安心した)
 相手をまじまじと見返していた純子は、唇の両端をきゅっと上げた。
(この分なら、聞いてもいいよね)
 並ぶようにして再び歩き出してから、純子は尋ねた。
「どんな物を買うつもり?」
「ピアノに関係する何かかなと思ってたけれど……スーパーにはなさそう」
「そりゃそうよ。せめて駅前のデパートとかに行かなくちゃ」
「あとは、お墓参りなんだから、お供え。食べ物もいいなと思う。ただ、今日買うと早
すぎるかもな」
「……食べ物」
 そうだわ、食べ物でもいいんだ――。自分の父親へのプレゼントに考えが及ぶ純子。
 形に残る物をと、無意識の内に境界線を引いていた気がする。でも、実際は食べ物や
飲み物であっても、何も問題ない。
「うん? どうかした?」
 某かの変化が表情に表れていたのだろう、相羽が純子に聞いてくる。
 純子は最前と同様の笑みを浮かべ、答える。
「私もお父さんへのプレゼント、迷ってたんだ。今の会話で、ヒントをもらっちゃっ
た」
「ほんとに? 今のやり取りで、そんなヒントになるようなことなんか、あったっけ」
 怪訝そうに目を細めた相羽。籠を持ち替え、真剣に考えているようだ。
 純子は調味料の棚から、塩こしょうを選び取ると、籠に入れた。

 夕暮れ時の家路を、相羽と一緒に歩きながら、純子はいきさつを手短に伝えた。
「別にもう気にしなくていいって」
 自転車を押して歩く相羽は、父の日の話題に触れないようにする皆の気遣いに感謝し
つつも、そう言った。前籠には、彼の買ったシェービングクリームの他、純子の買い物
分も入っている。
「それはいいことだと思うんだけど、だったら、あなたもみんなの前で、もっと普通に
話してほしい。お父さんからピアノを習っていたこととか」
「まあ、その内に」
 角を曲がる。籠の中の缶が買い物袋毎転がって、音を立てた。
「そういえば」
 純子は自転車の前籠を指差した。
「こんな物もお供えするの?」
「え?」
「だから、シェービングクリーム。これって、お父さん用でしょ? ひげそりのときに
使う……」
 当たり前のつもりで尋ねた純子だったが、相羽は慌てたように首を横に振った。
「ち違うよ。いくら何でも、シェービングクリームのお供えはないっ」
「じゃあ、何で」
「……涼原さん。僕も男なんですが」
「……え。まさか、相羽君、ひげが」
「うん。少し前から、生え始めた」
 その返事を聞いて、純子は目をそらし、前を向いた。
(うわー!)
 顔が赤くなるのを自覚する。あっという間に火照ってきた。両手を当てて、冷やそ
う。
「どうかした?」
 尋ねる相羽の声は聞こえたが、ただただ黙って首を左右に振った。
(相羽君、男の子なんだ。当然なんだけど。ひげが生えるようになって、大人の男の人
になっていくんだ)
 意識していなかったことを、今初めて明確に意識した。
 大人になっている。そう思って目を向けると、夕日を浴びて歩く相羽の姿は、何とな
く前よりも頼もしく見える。背も伸びた。
(私も成長してるのかしら)
 純子は思い巡らせ、やがてため息を密かについた。
(とりあえず、胸がもう少し……)

 六月の第三日曜日、父の日当日。
 純子は母と一緒に、夕餉の準備に取り掛かっていた。
「あなたの仕事でもらった分だから、どう使っても基本的にかまわないけれども、随分
奮発したのねえ」
「えへへ。私やお母さんも食べるんだし」
 母娘は、届けられたばかりの食材を金属製のタッパーに広げ、まるで観察するように
見ていた。
「AR**の佐山さんの紹介。いいお肉を売ってるお店を教えてくださいって頼んだ
ら」
 前もって予算を伝えた上で、一番よい牛肉を三人前、用意してもらった。無論、肉は
三枚あってそれぞれサイズが異なる。父親用が一番大きい。
「お酒も考えたんだけれど、やっぱり飲まないでいてくれる方がいいし。その点、ス
テーキなら、たまに食べる分にはいいでしょって思って」
「お酒は、純子が飲めるようになってからがいいかもね。それで、誰が焼く?」
「私、と言いたいところだけれど」
 改めて肉を見下ろす。きれいに差しの入った見栄えのするステーキ肉。
「実際に目にすると、失敗できないと思って緊張しちゃうかも」
 本気と冗談半分ずつの答を言ったところで、玄関のチャイムが鳴った。続いて声が聞
こえる。父帰る、だ。
「お帰りなさい!」
 大きめに返事して、玄関に向かう純子。その途中、テーブルにメッセージカードを出
したことを再確認した。月並みだが、感謝の言葉を書いてある。
「おっと、靴があると思ったら、純子ももう帰っていたか」
「うん。早く終わったわ。今日の晩御飯は、父の日のごちそうを作るからね」
「ああ、そうか父の日か。それは楽しみだ」
 玄関脇のウォークインクローゼットを開け、その一角にゴルフバッグを仕舞う父。手
にはまだ荷物が残っている。
「そうそう、ごちそうと言えば、これがあるんだった」
 と、その紙袋を、純子の目の高さに掲げた。
「何?」
「今日のコンペで、二位になった。その賞品が――」
 紙袋の口を開くと、そこには“霜降り”が。
「えー!?」
 高級和牛、と続けた父の台詞は、純子の声にかき消された。

            *             *

「――相羽さんのお宅でしょうか? あ、何だ、相羽君だったの。――うん。その父の
日のことで……お肉、もらってくれないかしらと思って電話したんだけれど。――それ
がね、お肉がだぶついちゃって。って、太ったとかそういう意味じゃないから! お父
さんがゴルフで二位を獲ったその賞品が、似た感じの牛肉だったのよね。え? あ、そ
の日食べたのは私が用意した方よ」

――『そばいる・ホイッ! 26−2〜3』おわり





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