AWC 世界で二番目に大事   永山


        
#442/453 ●短編
★タイトル (AZA     )  16/05/26  19:22  (393)
世界で二番目に大事   永山
★内容
 滝田豪蔵(たきたごうぞう)はソファに腰掛けたまま、眩しさに目を覚ました。瞼を
開こうにも、白い光が己の顔を強烈に照らしており、なかなかしんどい。手を顔の前に
持って来て、影を作ろうとした。
 だが、手が動かない。左右とも、肘掛けにしっかり固定されているようだ。そう感じ
たのと同時に、照明が消された。じきに目が慣れ、十畳ほどの広さの部屋にいると把握
できた。窓はないが、天井の蛍光灯が点っているため、見る分には支障がない。しか
し、動き回ることは不可能だった。腕だけでなく、腰部や両足も拘束具で自由を奪われ
ており、ソファとがっちりつなぎ止められている。当然、ソファは重く、動かせない。
 室内に大した物はない。最前まで顔を照らしていた大型のランプと、二メートルほど
前に五十インチはありそうな大きなモニターが一台あるだけ。
 後方を見てみようと首を巡らせてみたが、寄る年波のせいで、あまり可動域は広くな
い。骨の鳴る音を何度か聞いて、滝田はあきらめた。どうせ、自分以外に誰もいないら
しいのは気配で感じ取れた。
「どうなってんだ、おい」
 声を出してみる。喉が張り付いた感があって、乾きも若干覚える。
 声に対して反応は――あった。
 モニターの画面が白みを帯び、程なくして画像が映った。旧いタイプのコンピュータ
ゲームのグラフィックといった趣で、トランプのカードとじゃんけんをする手が映し出
されている。静止画だ。
『起き抜けのところを悪いが、滝田豪蔵さん。あなたにはこれからゲームに参加しても
らいます』
 突然、機械的な音声が告げた。
「誰だおまえ? 俺をどうしたい?」
 滝田は声を絞り出した。自身の着ている服から、週末の夜、バーに入ったときのまま
の格好だとは気付いていた。そのバーを出た記憶がないということは、そこで何かを盛
られ、意識をなくしたところで連れ去られたと考えるのが妥当だろう。
『ゲームには強制参加だから、その辺の事情を説明しても、時間の無駄なんですがね。
まあいい。対戦相手との公平を期すため、あなたにも頭をすっきりさせる時間をあげる
としましょう。私が誰かなんて答えられる訳ないが、呼び名がないと不便かもしれな
い。マスターとでも呼べばよろしい。滝田豪蔵さん、あなたをどうしたいかだが……一
言では言い表しにくい。罰したい、苦しむ顔が見たい、あるいは単に賭の対象とした
い。この辺りの感情が一緒くたになっているというのが一番近い』
「罰したいとは、どういうことだ? 俺が何か悪いことをしたか?」
「これはこれは、おとぼけを。悪さを働いたことがないとは、言わせませんよ。今でこ
そ、一端の有名企業社長だが、こうなるまでに色々とやってますよね、あなた。嘘、裏
切りは当たり前。私の調べでは、人一人死んでいる。奥様の貴美子(きみこ)さんと組
んで、玉城栄(たまきさかえ)さんを葬ったでしょう? 当時、彼女から大金を出して
もらう代わりに、肉体関係を持ったはいいが、予想以上に玉城さんが長生きをするもの
だから辛抱できなくなったのでしょうか』
「な、何でそんなことを知ってる?」
「蛇の道は蛇、ではありませんが、人間てのは窮地に追い込まれると、助かりたいがた
めに秘密の情報をはき出すことがある。今言った話だって、あなた一人で抱えていた秘
密ではないでしょう」
「もしや、貴美子が。いや、そんなはずはない」
 かぶりを振った滝田。妻は現在、海外を豪華客船で長期クルーズ中だ。そんな妻を、
この“マスター”らが拉致して秘密を白状させたとしたら、大騒動になっているはず。
 となると、他に秘密を知る奴は――。
「米川(よねかわ)か? あいつが喋ったんだな?」
 秘密を知るもう一人の男の名を口にした。だが、マスターは答をはぐらかせた。
『どうでもいいでしょう、そんなこと。秘密は一度漏れれば、用をなさなくなる。あな
たがこうして、ゲームの場に引きずり出された時点で、この話は終わり』
「……一体、何が目的だ? 俺を脅迫したいのなら、こんな拉致監禁なんぞの手間を掛
けなくても、さっきのネタで充分だろうが。なのに、ゲームだあ?」
『お好きなはずですが。ギャンブラー気取りで、裏カジノに出入りしていることくら
い、把握していますので』
「それは……そうだが」
『私は、あなたの戦いぶりを目の当たりにしたいんです。金のやり取りだけで終わらな
い、本気を出さざるを得ないゲームで』
 言い終わったマスターが、ふふふと冷たい微笑を添えた。滝田は背筋に寒気が走っ
た。
「ま、まさか命を賭けろって言うのか? 冗談じゃない! 金なら払う。俺のところで
払えるだけ払う!」
『落ち着いて、冷静に。命を賭けろとは言っていない。ま、賭けたければ、ご自由に。
その辺りを含め、そろそろゲームの説明に入るとしましょう』
 一方的に告げるマスターの声が途切れ、モニターには細かな字で説明文らしきものが
表示された。
『まず、最も気にされている賭ける物だが、あなたにとって一番大事なもの、というの
が条件です。無論、嘘はいけない。たとえば、尻ポケットに入っている汚れたハンカチ
が一番大事なんだとか、初めて自分の金で買った高級腕時計が大事だとか、三代にわた
って暮らしている家は絶対に手放せないとか、そういう戯言は認めません。ご自身の命
と比べても遜色ないようなレベルでないと、私は認めませんから』
「そ、それはつまり、全財産を賭けろということか」
『大金や不動産だけが、命と釣り合うとは言ってませんよ。人の命に釣り合うのは、人
の命だけという見方もできますし。まあ、何を賭けるかは、あとで聞きますから、じっ
くり考えておいてください。続いて、ゲームにおける報酬について――』
「ほ、報酬があるのか?」
「当然です。まず、参加するだけで百万円をお支払いします。ゲームに勝利すれば、五
千万円プラスα。このプラスαは、何を賭けたかによって変わってきます』
「ふん、今まで理不尽なことばかり聞かされていたせいか、ありがたく聞こえるが、ど
うやって信じろと?」
『さあ? それはあなた次第でしょう』
 小馬鹿にしたような返しに、滝田は大きな音を立てて舌打ちした。
『たとえばここに百万だの五千万だのの札束を持って来れば、滝田豪蔵さん、あなたは
信用するんですかね? お札が本物でも、あなたに渡すとは限らない。それは証明のし
ようがない。証明するには、勝利すること。ただそれだけです』
「……説明を続けろ」
『では……お待ちかね、ゲームの内容だが、これは私の考えたオリジナルゲームで遊ん
でもらいましょう。今回は、名付けて“ばば抜きじゃんけん”』
 その聞き慣れないフレーズなら、既に画面に見付けていた。ルールも読もうとしてい
たところだ。
『このゲームは、プレイヤー二人で争ってもらいます。まず、グーチョキパーそれぞれ
のイラストが描かれたカード十四枚をシャッフルし、両名に配る。手札を早くなくした
者が勝ち。手札七枚ずつが配られたところで、先手Aと後手Bを決める。AはBの手札
から一枚を選んで引き、引いた札を見なくてよければそのまま“ボックス”に捨てる。
見たい場合は、手札に入れ、同じ絵柄の札とペアにできれば、二枚をボックスに捨て
る。ペアができなければ手札が一枚増えることになる。次に、BがAの手札から一枚選
び取り、同じことを繰り返す。そしてAB双方が手札から一枚ずつ出して、じゃんけん
勝負。負ければ自分の出した札は無論のこと、相手の出した札も受け取らねばならな
い。ここまでを一つのターンとし、どちらかが手札をなくすまで行う。なお今回は、先
に二勝を挙げた方を勝者とします。そうそう、先手と後手は、ひと勝負事に決めます。
質問は?』
「そ、そうだな。じゃんけんがあいこだったときはどうなるんだ」
『勝敗が付くまで行います。その場合、あいこの札はボックスに入れられます』
「そうか。ということは、あいこが続くなら、それだけ札を減らせるんだな」
『他に質問はありませんか』
「急かすなよ。まだよく分かってないんだ」
『すぐには飲み込めなくても大丈夫。ルール書きを見ながらゲームをしてもかまいませ
ん。何なら一度、試しに私がお相手することもできますが、いかが?』
「その試しは、本番のゲームの勝敗には関係ないんだろうな」
『もちろん』
 滝田は即座に、試しの勝負をしたいと希望した。ゲームに慣れておく意味もあるが、
それ以上に、マスターが姿を見せると踏んだという理由が大きい。
 ところが、マスターは姿を見せなかった。
 モニター画面が切り替わっただけだった。しかも、マスターらしき人物が映像で現れ
る訳ではなく、イラストによるキャラクターが登場する訳でもない。単に、対戦相手ら
しき人物の両手と、カードを置く台が絵で示されたのみ。この絵は、上下向き合う形で
二組あり、下側が滝田を表すようだ。
 呆気に取られている内に、画面上では札が配られた。
『本番でも同じように行います』
 そんな注釈を聞きながら、滝田は自分の手札が開かれるのを見た。グーが二枚、チョ
キが二枚、パーが三枚となかなかバランスがよい。
「全くテレビゲームみたいだが、どうやって操作するんだ?」
『声に出してもらったら、その通りに動きます』
「待て。何か細工があるんじゃないだろうな」
『それもまた信用していただく他ありません。対戦相手と顔を合わせずに済む配慮なの
ですよ。たとえば、か弱い女子学生が、強面のヤクザ者を目の前にして実力を発揮でき
なかったら気の毒でしょう。可能な限り、フェアな場を提供するのが目的なのです』
「……やむを得ん。先攻後攻はどう決める?」
『対戦する二人の合意の上、好きなように決められます』
「先攻が有利じゃないのか?」
『ああ、これは失礼をしました。補足します。先に札をなくした者が一勝を挙げると言
いましたが、厳密には引き分けもあり得ます。一つのターンを単位として勝敗を判断し
ますので、先手側が先に手札をなくしても、それに対応する後手の動作により、後手が
手札をなくすことができた場合は引き分け。たとえば……両者とも残り一枚になった状
態で、後手が手札を引くと、先手の札はなくなりますが、引いた札が後手の手持ちの札
とペアになれば、後手もまた札をゼロ枚にできます』
「なるほどな」
 一応頷いたものの、内心、滝田は首を捻った。それでもやはり有利なのは先手ではな
いのかと思う。
「今は試しなんだから、俺が先手でいいだろ?」
『かまいませんよ。では、そろそろ始めてみますか』
 滝田は応じ、マスターの手札から一枚、真ん中の札を取るように言った。すると画面
の絵が反応し、マスター側の手札の真ん中の一枚が、その縦の長さ半分ほど前に出た
(画面では、下向きに進み出た格好だ)。
 見るか見ないかを問われ、見ることにした。グーが現れる。
(ああ、そうか。なるほどな。見る方が絶対に得だと思っていたが、このグーと手持ち
のグーとでペアができたから、捨てなければならない。結果、手元にはグーが一枚だけ
になって、ジャンケン勝負という意味ではややバランスが悪くなる。尤も、相手もグー
を一枚減らしたことが分かっているが)
 二枚を捨てる。ボックスのイラストに二枚のグーが吸い込まれた。
『一連の動きの内、あなたの手札以外は、対戦相手の私に見えています。引いた札を見
てペアができた場合も、対戦相手には当然その札が何か分かっているのですから』
「そりゃそうだ。で、次はマスター、あんたの番だ」
 マスターは右端のグーを選び取った。思わず、「あっ」と声が出た。グーが手札から
なくなってしまった。
 そんな滝田の反応はマスターに見えているのかどうか、抜いた札を見ることなく、そ
のままボックスに入れた。
『それでは、じゃんけんと行きましょう。タイミングをぴったり合わせなくても、両者
が札を選び終わると、表示されます。制限時間は特に定めてないんですが、三十秒まで
にしましょう』
 滝田は相手の言葉を聞きながら、懸命に検討していた。滝田が声を上げたのを知っ
て、グーがないことをマスターは察しただろうか。だとしたら、マスターは負けないた
めに、チョキを出すはず。そうなると、俺もチョキを出して引き分けに持ち込むしかな
い――。
 そう判断して、チョキを選ぼうとしたときには、相手はもう出す札を決めていた。ま
だ時間はあるが、滝田も急いで決定した。
『では、オープン』
 マスターの声とともに、伏せられていた相手の札が開かれた。それはグーだった。
「何っ!?」
 呆気に取られる間もなく、グーの札が増えた。手元にはまだ六枚の札がある。一方、
マスターの手札は五枚。引いた札を見た方が一枚多く捨てられるからよいと思っていた
が、実際は負けている。
 滝田は、次は見ないで捨てようと決めた。運の要素が大きいとは言え、試行錯誤は必
要だ。
「俺から見て右端を引く。それを見ずに捨てる」
 発声した通り、画面上の絵が動きを見せた。
 マスターは左から三枚目を引いた。チョキである。ここで滝田はダメ元で頼んでみ
た。
「お試しということで、我が儘を聞いてもらえんか? その札を手札に入れて見てもら
いたい」
『……特別ですよ』
 引いた札を手元に入れたマスター。そこから二枚を捨てる……と思いきや、そのま
ま。
「ん? 質問だが、ペアができた場合、捨てなければならないんだよな?」
『その通り。嘘をついても、チェックされます』
「ということは……分かった」
 つまり今、マスターの手にチョキの札は一枚。大半はグーとパー。
(俺はパーを出せば、負ける確率は低い。だが、さっき俺は逆の立場で、まんまとやら
れた。勝ちたいのなら、何を出すべきか。相手はチョキは一枚しかないのだから、使い
たくないだろう。……いや待てよ。その思い込みを利用されたとしたら、どうなる?)
 糸口を見付けたと喜んだのも束の間、迷宮に入り込む。これでは普通のじゃんけんと
変わりがない。
『滝田豪蔵さん、時間切れになりますよ』
 画面を見ると、マスターは既に札を出している。こちらが決めかねている内に出せる
なんて、勝率を高める確固たる方針でもあるのか。
 時間切れで負けにされるのも癪だ。滝田はパーを選択した。理由は単純。手札の中で
一番多いからだ。グーとチョキは一枚ずつしかなく、ここで使うとなくなってしまう。
 両者の提出札が開かれる。ともにパーで、あいこだ。二枚のパーがボックスに回収さ
れた。手札が減るのはありがたいが、相手との差は縮まらない。
 とにもかくにも、引き続き、次に出す手を決めねばならない。
(今、マスターの手札はチョキ一枚は確定で、あとはパー三枚かグー三枚、あるいは
パー1グー2、パー2グー1のいずれか。心情的に、一枚しかないパーをさっき使い切
ったとは考えにくい。――俺のチョキを使うとしたら、今しかないんじゃないか? 負
ける可能性もあるが、相手がパーを使い切らない内にチョキを出さなきゃ、無意味だ。
いや、しかし、それにはなるべくグーを消費させてからの方が)
『また、時間切れになりますよ』
 マスターの声に急かされ、滝田は結局、最前と同じ手を打った。手札の中で唯一、二
枚あるパーを出したのだ。
 そしてマスターの手も同じくパー。再びの引き分け。すぐさま、三度目の選択に入
る。
(まずい。チョキを出しにくくなってしまった。これだけパーが場にたくさん出ると、
もうパーはないんじゃないかって気になってくる。次のターンでチョキを相手に引いて
もらえる確証があれば、チョキを残してもいいんだが、それは無理。ここは負けてもい
いから、チョキを消費すべき……なのか?)
 考えがまとまらないまま、チョキを出した。三度続けて、時間切れになりますよとの
警告を受けたくないという変なプライドもあった。
 そうして開かれたマスターの手はグー。覚悟していたとは言え、負けは痛い。気付く
と、相手は二枚、自分は四枚になっていた。
 もうなりふり構っていられない。滝田は相手の札を引き、すぐに見た。チョキのペア
ができたので捨てる。手札はグー2、パー1。
 マスターの手札一枚はグーかパーだ。次にマスターがー引いた手で、揃えられると終
わってしまう。今回も見ずに捨ててくれれば、生きながらえるが。
 マスターはグーを持って行った。そしてその札を手札に入れ――ペアができていた。
『滝田豪蔵さん。この回のあなたの敗北が決まりました』
「あ、ああ。そうだな」
『さあ、試しはもうよろしいでしょう。対戦相手もお待ちかねだ』
「わ、分かった」
 勝ちのイメージがないまま本番に臨むのは、嫌な気分だが仕方がない。
『それで、何を賭けます?』
 マスターの問い掛けに、滝田は気を引き締めた。
「それなんだが、大事な人の命を賭けることは、許されるのか?」
 苦しげな声を意識して作った。思い悩んだ末の結論という感を醸し出すために。
『かまいません。勝利ボーナスのプラスαが多く見積もられるだけです』
 認められない可能性もあると覚悟していたが、返事はあっさりしたものだった。心中
でほうっと息をついた。
「それなら……俺の一番大事な存在は、滝田貴美子。我が妻だ」
 これも、いかにもやむを得ない選択なんだとばかり、奥歯を噛みしめ、俯き加減に言
った。
(若いとき、一緒に悪事を働いた頃なら、こんな真似はしない。だが、今は違う。たと
え負けても、あいつと離れられるのなら万々歳だ。ましてや、始末してくれるのなら、
願ったり叶ったり。お互い、余計な秘密を知っているしな)
 笑みが面に出て来ないよう、必死に偽りの感情を作る。
『認めましょう。ただ、念のために忠告しておくと、あなたがもしも負けた場合、滝田
貴美子さんの生命はこの世から消えてなくなりますが、それでもかまわないと?』
「かまわないことがあるか! 絶対に勝つんだ。負けなんて、考えてない!」
『覚悟の程、承知しました。プラスαは五千万円になります。それでは早速対戦開始と
行きましょう』

   〜   〜   〜

 ゲームは三戦目に突入していた。
 一戦目は滝田が後攻を取り、ターンを三度繰り返したところで勝利した。二戦目は逆
に滝田が先手となり、四度目のターンで負けが決まった。最後の第三戦を取った方が勝
利し、賭けたものが守られる。
 ルール通り、対戦相手が誰なのかは互いに分からないままだが、加えて、何を賭けた
かも知らされていなかった。
(まさか、相手も自らの命を賭けちゃいまい。そりゃあ、自分の命を賭けたらプラスα
がとんでもない額になるのかもしれんが、リスクがでか過ぎるだろ。俺みたいに一見大
切な関係者に見えて実はどうでもいい人間を選ぶか、そこまで非情になれないとした
ら、不動産や宝石やらが普通だ。この三戦目を勝って、見ず知らずの人間が死ぬ代わり
に、一億をもらうのと、負けて賞金は百万止まりになるが、貴美子に死んでもらうのと
なら、別に後者でもかまわんな。どんな方法で始末するのか知らんが、貴美子に掛けた
生命保険でいくらか入るだろうし。ああ、こんなことなら、もっと大きな生命保険にし
ておくんだったな)
 捕らぬ狸の皮算用を弾きつつ、滝田は先攻後攻を決めるじゃんけんに勝利し、後攻を
取った。勝てる可能性が高くなった、気がする。
 対戦相手の選択決定は、機械で変換された声で聞こえてくる。今、相手は滝田の真ん
中の札を抜き取った。それはチョキで、これまでの回に倣うなら、見ずに捨てると思わ
れたが、今回は手札に入れた。そして二枚のチョキがボックスに入れられる。
 滝田の手は、グー1チョキ2パー3になった。相手の左端の札を引き、見ずに捨て
る。明確な戦略がある訳ではなく、験担ぎだ。試しの勝負で、マスターが勝つ流れを見
ただけに、印象が強い。
 そしてじゃんけんだが……ここはやはり三枚あるパーを消費しておく。双方とも対戦
相手の手札の情報が何もないのだから、考えてもしょうがない。序盤の内に試せること
は試しておくしかない。
「あ」
 開かれた相手の手はチョキだった。アンラッキーだ。これで一気に残り枚数が7対4
になってしまった。
(気が緩んでいた。負けてもいいとは言え、一億円をみすみす逃すのは勿体ない)
 次のターンに進む。相手はパーを引いていき、手元に入れた。が、捨てられることは
なかった。敵の手札にパーは今入った一枚きりだ。
 滝田は迷った末、今度は引いた札を見た。パーだった。さっきのが戻って来た格好
だ。パーのペアを捨て、手札はグー1チョキ3パー1となる。
 じゃんけんのときの戦略は変えなかった。変えたくても、どうしても三種類を最低で
も一枚ずつ残しておきたいと考えてしまう。相手にパーはないと分かっているが、滝田
はチョキを出した。
 相手もチョキだった。
(二度続けてチョキを出してきた。ということは、次こそはグーか? 相手がパーを持
ってないのは分かってるんだ。しかし)
 もしパーを出したら、手元に一枚もなくなる。それは避けたいような……。
(だいたい、今度またチョキじゃないという保証もない。仮にチョキを出して負けたと
しても、グー2チョキ2パー1でバランスはまだいい。これがもしパーで負けたなら
グー1チョキ3パー1になる。いずれの場合も、相手の手札はパー以外の二枚になる。
勝ち目のないチョキ三枚を抱えていたら、最早挽回不能じゃないか?)
 時間をぎりぎりまで使って、滝田は決めた。思い込みを排除し、バランス感覚優先、
最悪負けてもまだましな方を選ぶ。
 滝田はチョキを出し、札が開かれるのを固唾をのんで見守った。
「――よし!」
 つい、声に喜びが出た。勝ちはないチョキだから、あいこに持ち込めただけで御の字
だ。ラッキーとしか言いようがない。
(それにしても、三連続でチョキとは意表を突かれた。次こそグーか? グー二枚かチ
ョキ二枚、あるいはグーとチョキ一枚ずつを持っている可能性があるが、まさか残りも
チョキ二枚ってことはあるまい。最初に配られた時点で、バランスが悪すぎる。だが、
次にそろそろグーを出すかどうかは微妙だな。手札にチョキが偏って多く、それを効果
的に使おうと思えば連続して出すのがいいアイディアだと思える。想像しにくいもん
な。だから、俺は負けないグーを今こそ使うときか? もし引き分けると、こっちはチ
ョキ一枚とパー一枚。相手の最後の一枚がチョキなら俺の負け、グーなら俺の勝ち。何
だ、五分五分か。もし、ここでチョキをまた出せばどうだ? 負ければそれで終わり。
あいこなら、相手の最後の一枚はグー、いや、チョキの可能性もゼロではない。俺は
グーとパー一枚ずつだから、勝ち目は残るが、分がいいとは言えない。今回パーなら?
 負ければ終わり、勝てば形勢逆転か)
 そこまで考えたところで、タイムアップが目前に。分岐点の多さに、とてもじゃない
が対処しきれない。
(ええい、相手は意表を突いて、次もまたチョキで来るに違いない! だから俺はグー
だ!)
 理屈も何もあったものじゃない。最後には信仰めいてくる。
 ――だが、今回はこれが吉と出た。
 相手は、四回連続でチョキを出したのだった。
 形勢逆転に、ほっと胸を撫で下ろす心地になる。我が身かわいさから妻・貴美子の命
を賭けたとは言え、頭のどこかでは死なせたくない情は残っていると見える。あるい
は、一億円への執着かもしれないが。
 次のターン、最後になるかもしれないババ抜きに入る。先に引く相手は、必ず手札に
入れてペアができることに望みを託すだろう。推測するに、その手札はグー1チョキ2
か、グー2チョキ1。滝田はチョキ1パー1だから、パーを引いてくれれば、ぐっと勝
利に近付く。次に自分が引く札を手元に入れるかどうか悩みどころだが、入れなくと
も、一枚残ったチョキは、この手がチョキであることは相手にまだ知られていない。
 チョキを引かれた場合、滝田は次に自分が引いた札を見て、手札に加える。手元に残
ったパーではペアができないのは明白だが、加えなければ、手元の一枚がパーだとばれ
ているため、じゃんけんで負ける可能性が高い。
(そうか。相手は、俺のパーをじゃんけんで討ち取る流れに持ち込みたいだろうから、
その手札はグー1チョキ2か? 仮にグー2チョキ1だとしたら、ペア作りでチョキが
なくなってしまう恐れがある)
 めまぐるしく脳内でパターン分けをしているところへ、不意に札が一枚引かれた。
「よっしゃ!」
 またまた思わず声が出た。パーを持って行ってくれた。敵の手札からペアが捨てられ
ることはなく、四枚になった。
 これで、次に滝田がチョキを引けばペアが完成し、手札をなくせる。確実にチョキを
引ける保証はないが、ここは文字通り、賭に出る。引いた札を見ることに決めた。
(そういえば……札の位置は変わってるんだろうか?)
 引く札を決める段になって、ふと疑問が脳裏に浮かぶ。
(俺も対戦相手も、手札の実物に触れて、位置を変えられる訳じゃない。まさか、最初
に配られたときのまま? だとしたら、引いた札はどこへ置かれるんだ? もしや、そ
のことも指示すれば機械がやってくれるのか? 俺だけが知らなかったのか? 対戦相
手は知っていて、当然俺も知っていると思ったから、札の位置が変わっていない可能性
を考えず、引いていたのかもしれない?)
 最終局面になって、重大なポイントを見落としていたと気付いた。だが、もう遅い。
質問をして正確な情報を得る時間はない。
 札を決めようと焦る。額を汗が伝う。一本、二本、三本、四本。
 その内の左から三本目が、いち早く流れ、鼻筋をかすめた。
 滝田は運を天に任せた。
「左から三枚目を引いて、手札に入れてくれ!」

   〜   〜   〜

 手元に来た札を見た瞬間、失神するかのような感覚を味わい、続いて震えが足下から
上半身へ昇ってきた。
 勝った。
 引いたのはチョキ。ペアが完成し、滝田は手札を全てなくすことに成功した。
 緊張感から解放されたが、声が出ない。今はとにかく、手足の拘束を早く解いてもら
いたかった。
『おめでとうございます、滝田豪蔵さん』
 マスターの声が聞こえた。意外にも心からの祝福をしているように響いてくる。
 滝田は返事したつもりだったが、声はまだ出なかった。
『約束通り、報酬の一億と百万円は、あなたの自宅へ届けさせますので、楽しみにお待
ちを。多分、一週間後になると思います』
 そりゃどうも。それより、早く自由にしてくれ。俺の年齢も考えてくれよ……。
『お帰りの準備の前に、もう一つ、しなければならないことがあります。敗者が賭けた
物の回収です』
 そんなのはどうでもいい。どこの誰だか知らん奴が死ぬところなんて見たくないし、
物品だとしたらなおのこと見ていてもつまらん。
『さて。ここで滝田豪蔵さんにとっては、非情に重大なお知らせがあります』
 何だ?
『あなたが今勝利した相手が賭けていたものは、“滝田豪蔵”だったのです』
「……え?」
 声が出た。
『付け加えますと、あなたの対戦相手のお名前は――』
「ど、どういうことだ!?」
 今さっきまで声を出すのもしんどかったのが嘘みたいに、大声を張り上げた。
「それじゃあ、俺はどうなるんだよ? 死ぬのか? 何だよ、それは! 相手が俺を賭
けてたなんて、そんなのありか? 勝っても意味ねえじゃねえか。いや、勝ったらだめ
だってことだよな。な? そんな重要なことを黙ったまま勝負させるなんて、非道いだ
ろうが。あり得ねえ! ギャンブルとして不公平だ! 認めんぞ!」
『……不公平と言いましたが、滝田豪蔵さん。こと先程の勝負に限って言えば、至極公
平なゲームだったと断言しましょう』
「何でだよっ」
『あなたも、対戦相手の命を賭けていたからです』

             *            *

 一週間後。
 滝田家には報酬が届けられ、滝田貴美子が無事に受け取った。

<<完>>





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