AWC 堀馬頭写楽の選択   永山


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#437/550 ●短編
★タイトル (AZA     )  15/05/31  22:29  (414)
堀馬頭写楽の選択   永山
★内容
「あなたが主張するこのアリバイですが」
 堀馬頭写楽(ほりめずしゃらく)の目配せに応じ、私はボイスレコーダーの
再生ボタンに触れた。一時、上沼作彌(かみぬまさくや)殺しの最有力容疑者
と目された小茂田繁(おもだしげる)の声が、スピーカーから聞こえてきた。
 二〇一四年十月末、犯行推定時刻の午後八時過ぎに、小茂田がJR東日本の
U駅から友人の倉下(くらした)宅の固定電話に掛けてきた通話だ。倉下が留
守だったため、留守番電話に録音されたものである。音声は小茂田のものだけ
でなく、BGMのように駅構内のアナウンス音も含まれていた。男性の声で、
ホームの番線と発時刻、行き先を告げている。
 捜査開始当初、警察は小茂田の主張の裏付けを取るため、U駅周辺での聞き
込み及び駅構内と周辺に設置された事故防止・防犯カメラの映像チェックに人
員を割いた。だが、結果は小茂田にとって芳しくないものに終わり、警察は疑
いを強めた。窮した小茂田が思い出したのが、倉下宅への電話だった。
「十月三十一日の午後八時三分頃、携帯電話のアドレス帳から、自宅を選ぶつ
もりが間違えて、倉下さんの自宅に掛けてしまった。それに気付かず、もうす
ぐ帰る旨を吹き込んだ、と。間違いありませんね?」
「ああ。最初っからそう主張してる。事実なんだから」
 やや粗暴な口ぶりで答えた小茂田。初対面時の無精髭がなくなり、こざっぱ
りしているが、内面は変わっていないようだ。あるいは、容疑が晴れた(とさ
れる)今でも、我々探偵や警察に対する敵意は燻ったままなのかもしれない。
「その後、倉下さんは十月二十八日から旅行中だったこと、しかも十月二十九
日の時点で、旅先の千葉において事故死したことが確認される訳ですが――」
 堀馬頭は“事故死”に強いアクセントを置いた。倉下が行方知れずだった間、
小茂田のアリバイを確認できないでいた。
「――その件について、小茂田さん、あなたのアリバイをお聞かせください」
「な、何だ? 今度は倉下を殺した疑いを掛けようってのか」
「ええ」
 顔色を変えた小茂田に、堀馬頭はあっさり言い放ち、顔色をさらに変えさせ
た。
「どういうつもりだ? 一度だけでは飽き足らず、二度も――」
「倉下さんが十月二十八日から自宅を不在にしていたとなると、留守番電話の
録音を部外者が改竄し得たことになる。もしかすると、倉下さんを殺害して鍵
のスペアを作り、家に侵入したのかもしれない。その可能性を潰すために、あ
なたのアリバイを聞きたいのですよ」
「ないさ、そんなもん。何時頃に倉下の奴が亡くなったのか知らないが、平日
だろ? 俺は資金集めに走り回っていただろうさ。夜なら、ひょっとしたら誰
かと一緒だったかもしれないが」
 小茂田は投資ファンドの関連会社に勤めている。特定の事業のために出資者
を募るのが役目だという。
「アリバイがないだけでは、犯人であるとも犯人でないともどっちつかずで、
断定できまい?」
「無論です。そこで、次にお尋ねしたいのはが、録音された内容です。この背
景音として聞こえる駅のアナウンスですが、警察の方で詳細に分析してもらっ
た結果、面白い事実が分かりましたよ」
「そんなもの、あるはずがない。あれは正真正銘、U駅のプラットフォームか
ら掛けたんだからな。前もって録音したとか、別の駅とかではないんだから、
見分けようがない。そうだろ?」
「確かに、U駅からの電話なのは間違いないんでしょう。ただ、先程も明言し
たように、アナウンスがね。あなたの主張を信じるなら、ちょっとあり得ない
状況を呈している」
「……はっきり言ってくれ」
 不安の影が差したか、小茂田には若干怯む様子が窺えた。堀馬頭は手元にメ
モ用紙を構え、ちらと一瞥をくれてから話を再開した。
「私も今回、初めて知ったので、自慢にはなりませんが……JR東日本ではこ
の十一月から、男声の――男の声のアナウンスを順次、新しくしていってるん
だそうです。えー、T田という方からT中という方に、バトンタッされている。
U駅でも切り替えが行われているが、T中氏の声が流れるのは、十一月一日以
降の話。あなたのアリバイを支えるこの電話は、十月三十一日にかけたもので
すから、聞こえる男のアナウンスは全てT田氏の声のはず。ところが、実際に
は、T中氏の声だと判明したのです。ねえ、面白くもおかしな話じゃありませ
んか?」
 矛盾を指摘された小茂田は、返事に窮し、そのまま沈黙してしまった。アリ
バイがないだけで犯人か否かを断じるのは早急だが、嘘のアリバイを申し立て
ていたとなると、些か事情が変わってくる。小茂田自身もよく承知しているら
しく、最早、彼の口から反論は出て来なかった。
「さて、次の事件に向かおう」
 あとのことを地元警察に任せ、堀馬頭は私とともにタクシーに乗り込んだ。
「全体で、事件はあといくつ残っている? それと残り時間は?」
「事件は三十五。ちょうど半分ですねえ。残り時間はおよそ四日と十三時間四
十二分といったところ」
 私が即答すると、堀馬頭は顔色や表情を一切変えずに、「このペースなら」
とだけ呟いた。

 現在、二つの“軍”が戦闘状態にあった。
 名探偵軍と魔法使い軍が、世界の命運を賭けて。
 五週間前、我々魔法使い軍は、世界に向けて宣戦布告をした。世界の命運を
賭けた戦いを一ヶ月後に始めると。
 戦いと言っても武力や魔力を用いるものではない。そんな物の使用を認めて
戦えば、勝利してもその後の世界には何の魅力もなくなるだろう。
 我々が用意したのは、知力・推理力の戦い。より噛み砕いて表現するなら、
事件解決能力の勝負である。選抜された七人の名探偵が人類を代表し(この言
い回しは不正確だ。我々魔法使いも人類の一部を形成しているのだから。厳密
な表現を用いると、「魔法使い以外の人類を代表する」となる。だが、いちい
ちそう表記していては煩雑となるので、以下、便宜的に魔法使い以外の人間を
「人類」とする)、我々魔法使い軍と事件解決能力を競う。十日の期限内に、
七十の事件を七人の名探偵で解き明かすことができたら、魔法使い軍は撤退し、
以後、世界に魔法で影響を及ぼす行為は慎む。逆に一つでも未解明の事件が残
ったのであれば、そのときは魔法使いが世界を支配する。
 解決すべき事件の数やレベル等は、我々の側で決定した。手順は次の通りだ。
 まず、七人の魔法使いが十日間でどれほどの凶悪事件を解決できるかを、事
前に検証した。人間社会で起きている、あるいは過去に起きた犯罪を対象に、
実際に取り組んでみた結果、我々は七十の事件を解決に至らしめた。人類代表
がこれと同数をクリアできたなら、我々は負けを認める。七十を上回らなくて
よいとしよう。一ヶ月の猶予を与えるとは言え、こちらが不意打ちし、さらに
は条件を飲まなければ魔法で世界を混乱に陥れると圧力を掛けたのだから、こ
の程度の譲歩は当然と言えよう。
 なお、我々が求めるレベルの事件が、都合よく発生するとは限らない。その
ため、いくつかの犯罪に関しては、我々が魔法により数名の人類を操り、意図
的に起こした。無論、それらの事件に関わった者達が刑罰を受けることのない
よう、事後の配慮には万全を尽くす。
「銛当(もりあて)君。君は、私以外の探偵の動向も把握できているのかい?」
 私の名は銛当善二(ぜんじ)という。七人の魔法使い代表の一人で、この戦
いの間、人類代表の一人である堀馬頭に立ち会うことになっている。睡眠時や
風呂、トイレといった生理的な用足しを除き、可能な限り行動を共にし、彼が
事件に適切に取り組めるようナビゲートする。また、解決ぶりを判定し、見届
けるのも役目だ。
「あなた以外の探偵達が現時点までにどんな事件を解決したのか、また現在ど
んな事件に取り組んでるのか程度であれば、把握している」
「各自が何件解いたのかを知りたいんだが、だめだろうか。今後の見通しを立
てる参考に」
「よろしいでしょう。これまでに六件解決したのが、堀馬頭さんの他にエドガ
ー・ランボー氏、ヘラクレス・ペロー氏の合計三名。ヒラリー・タロット氏と
江成訓氏は五件、金田はじめ(かねだはじめ)氏は三件、古間美鈴(ふるまみ
すず)氏が四件となっています」
「金田君が出遅れているのは、孤島で起きた連続殺人を受け持ったからだな。
移動だけで時間を食う。古間女史も車椅子生活の上、ご高齢故、短い距離の移
動に苦労されていると見える。――魔法使いの銛当君。君達の力なら、空間を
ものともせず、一瞬で移動することも可能なんだろう?」
「無論。簡単ではありませんし、全員ができる訳でもありませんがね。多いの
は、直に飛んでいく方ですよ」
「まあ聞いてくれたまえ。一つの事件を解決してから次の現場へ向かう間は、
何ら推理を組み立てられない。言うなれば、無駄な時間帯だ。これは、事件解
決能力を競う戦いにおいて、著しいハンデだと思う。魔法の力で瞬間移動して
もらうことを求めたい」
「さあて、どうでしょう?」
 私は相手の論理展開をなかなか面白いと受け取った。腕を組み、真面目に考
えてみようじゃないか。
「堀馬頭さんの今の話は、確かに理屈です。でも、その能力差こそが、我々と
あなた方との違いですしね。そもそも、私の一存で決められる事柄じゃありま
せん。持ち帰って検討したいのですが、よろしいですか」
「是非。しかし、持ち帰るとは、この私のお目付役を離れることに?」
「そのような必要はありません」
 スーツの内ポケットから手帳を取り出し、一枚破り取った私は要件を書き付
けた。それを四つ折りにし、両手のひらで挟むと短い呪文を唱えた。次に手を
離し、紙を開いてみると、文字が消えて白紙に戻っていた。成功だ。これで要
件は関係者に伝わる。
「返事には、最大で半日程度を要するかもしれませんが、気長にお待ちを」
「やむを得まい。なるべく早い返事を願うよ。いや、色よい返事か」
 タクシーは最寄り駅に到着した。このあと、一度乗り換えを挟んで、空港に
向かう。そこからまたタクシーで移動の予定だ。なるほど、魔法使いの身では
ほとんど意識しなかったが、移動には時間が掛かるものだ。

 堀馬頭写楽が取り組む七つめの事件は、タクシー殺人だった。
「一見、タクシー強盗がエスカレートして殺人に発展したように思える」
 堀馬頭は車内の惨状を子細に検分し、車内を録画した防犯カメラの映像を確
認した後、慎重な物腰で語り始めた。
 被害者の所有物であり、殺人現場でもある個人タクシーは、過剰なほどに血
にまみれていた。わざと血をばらまいたとさえ思えて、偽装工作を疑いたくな
るのが普通だろう。加えて、血しぶきのおかげで、防犯カメラが犯行途中から
役立たずになっていた。
 一方で、運転席で頸動脈を切られ、絶命したのは、この車の運転手・金戸恭
悟(かねときょうご)で間違いない。遺体の顔は酸で焼かれていたため、外見
では判別が難しかったものの、DNA検査で確定している。
 と、捜査員の立場から綴ってみたが、魔法使い側の私はすでに、この事件の
答を知っている。シンプルな考え方と、運命にも似た偶然の巡り合わせを想像
できれば、謎はあっさり解ける。
 堀馬頭は「だが」と続けた。
「強盗目的なら、金銭に手付かずなのはおかしい。予定外の殺人に動揺し、金
を取らずに逃げた可能性もゼロとはしないが、ドアが閉めてあった点や日誌の
新しい数ページが破り取られていた点を考慮すると、犯人は冷静に振る舞って
いると見なすべき。犯人は最初から明確な殺意を持って、凶行に臨んでいる。
しかし、気になるのは……」
 彼は立ち会いの警官に合図を送った。魔法使い軍と名探偵軍の対決の間、各
地の警察は名探偵に協力する取り決めがなされている。
 合図を受け取った警官は、少し型の旧いノートパソコンを操作し、防犯カメ
ラ映像を再生した。レンズが血で覆われる直前から始まる。
「この場面だが、血の飛び具合があまりにもできすぎていやしないか。後部座
席にいる者が運転席の金戸さんを鋭利な刃物で襲ったとして、こうもうまく血
が付着するものだろうか。犯人が被害者の血を手に付け、レンズに直接塗った
のならともかく。これを疑問に感じた私は、より詳細な解析を警察にお願いし
た。すると、この血は運転席の方向からではなく、ほぼ真横から飛んできたこ
とが分かった。レンズの左側、つまり運転席のハンドル辺りになる。これは何
を意味するのか。運転手は最初に手か指を切られたのか? だが、検死報告に
そのような記載はない。映像にもそんな様子はなかった。そうなると、他に考
えられるのは……たとえば、極小さな容器に前もって血を仕込んでおき、角度
を見定めてレンズに血を飛ばしたのではないか」
「どういうことですか、それは」
 聞き役は地元の警察署長が務める。
 今回の推理開陳は、容疑者や事件関係者を集めた場ではなく、タクシーを保
管する施設で、捜査関係者を前に行っている。だからといって、捜査に直接携
わる警官達が民間の探偵に問い掛けては、沽券に関わるのだろう。
「運転席に座る人物が、スポイトか何かで金戸さんの血を、レンズに吹き付け
たんでしょう。現場の血痕から抗凝固薬が検出されたとの報告は見当たりませ
んから、血液は体内から抜かれてからさほど時間が経っていない。また、防犯
カメラ映像では運転席の人物は一貫して金戸さんです。総合的に考えると、金
戸さんがタクシーに乗り込む寸前に、あるいは乗り込んだあと防犯カメラに映
らない位置で自らの血液を必要分採取し、機会を見計らってレンズに飛ばした
のではないかと想像されます」
「ということは、もしや、金戸氏の狂言? しかし、死体が一つ出ている。狂
言だけでは済まない。しかも、DNAが一致してるのだから、死んだのは金戸
氏に間違いない訳で……ああ、もしや双子ですか?」
「何人兄弟かはともかく、複数の人間のDNAが一致するとしたら、それくら
いでしょう」
「被害者――金戸恭悟に双子がいたとの情報は、どこからも上がっちゃいませ
んが」
 黙っていられなかったか、刑事の一人が声を上げた。
「それはそのつもりで調べなかったからではありませんか? 養子に出される
などして、双子の片割れが家族構成に含まれないケースはあり得る。遺体が金
戸恭悟氏かどうかは、指紋を調べれば分かるはずだが、酸のせいで指紋も溶け
ていたんでしょう。酸は顔目がけて掛けられた様相を呈していたが、実は指紋
を焼くことが本当の目的だったんじゃないでしょうか。警察は、指紋が判別不
可能なほどに死体の指がダメージを負っていても、顔に掛けられた酸を両手で
払おうとした結果だと判断する、犯人はそう踏んだんです」
 堀馬頭の説明、さらには署長からの目配せにより、捜査員は調査・照会に走
った。
 私は心の中で、堀馬頭の勝利を認めた。このあと、証拠固めには時間が掛か
るだろうが、遠からず死体の正確な身元は分かるに違いない。指紋を焼いても、
皮膚の下の血管全てが消えた訳ではないのだから、指紋模様の再構築は可能の
はず。そうすれば、殺されたのは金戸恭悟ではなく、双子の弟である新貝廣務
(しんがいひろむ)と鑑定されよう。犯人たる金戸の身柄拘束に手間取るかも
しれないが、それは堀馬頭の探偵能力とは関係ない。今回の件で、堀馬頭写楽
が可能な限り迅速に行動したことは、私が請け合おう。

 勝負を始めてから、八日と半日がすでに過ぎた。堀馬頭写楽を含む名探偵達
は、事件を解決し続けている。
「次へ行こうか」
 堀馬頭の気力は衰えていない。しかし、体力の方はどうだろうか。この九日
足らずの間、ほとんど眠っていない。次の場所へは、時間帯の兼ね合いで、適
切な移動手段がない。今はとにかく夜の道を歩くだけである。市街地と逆方向
の、小高い丘を目指している。堀馬頭にはヘリコプターをチャーターしたと説
明してあるが、実際は違う。
「少し休むといいですよ」
「魔法使いが悪魔の囁きかね」
「いいえ、とんでもない。あなたの身体を心配して行ってるんです。それにね、
次は休めるんですよ。寝台列車が舞台になるのですから」
「……舞台に“なる”だって?」
「はい。これから事件が起きるんです。あ、食い止めようなんて思わないこと
です。殺人は絶対に起きますから。仮に、現時点で我々の側が犯人として予定
している人物を、あなたが看破し、殺人発生を防いだとしても、犯人の役が別
の誰かに移るだけです」
「そうか、対決前に言及したのは、このようなケースを指していたんだな?」
「その通り。我々の思う通りにアレンジした殺人事件の謎を、たっぷりと堪能
していただきます」
「……どうせ信じるしかないから聞かないつもりでいようと思ったが、気が変
わった。改めて問おう。事件に関わる人達の安全は保証できるんだろうな? 
事件に関わる前と関わったあととで寸分の違いもなく、平穏な暮らしが送れる
と」
「ええ。ただし、平穏な暮らしかどうかは、補償しません。何故って、その人
物の元々の暮らしが平穏でなかったとしても、我々の責任ではありませんから」
「くだらん理屈はいい。我々が万が一にも事件を解けなくても、当該人物らの
命から生活から、とにかく何から何まで、元のままになるんだな?」
「はい、魔法の力を持ってすれば、可能です。被害者役を割り振られた者も、
生き返らせてみせます。我々魔法使い側の用意した、ゲーム空間のような世界
だと捉えていただくのが、最も近いかと」
「それならいい」
 堀馬頭写楽はようやく安心したのか、唇の端に分かりにくい微笑を浮かべた。
 ちょうどそのタイミングで、我々の用意しておいた“扉”が開くのが分かっ
た。最前より向かっている丘の頂が、白い光を丸く放ち始めていた。
「面倒な説明は抜きにしますよ、堀馬頭さん。あそこには扉が出現している。
その扉をくぐれば、先程述べたゲーム空間に踏み入れることになります。ゲー
ム終了まで引き返せません」
 私の声に対する堀馬頭の反応は、さすがに何秒か遅れた。名探偵でも、目の
前で繰り広げられる非現実的な現象を受け入れるのに、多少の時間を要すると
みえる。
 が、受け入れたあとは早かった。
「引き返せないとは、こういうことか。寝台列車の事件に手を焼きそうだから、
他の事件を先に片付けるといった真似はできないと」
「そうです。けれども、安心してください。残りの事件は全てあのゲーム空間
で起こります」
「何だって?」
「寝台列車が舞台になると言いましたが、それは皮切りに過ぎません。目的の
駅に到着後、あるホテルに入る段取りになっています。それまでに、他の名探
偵各位も相前後して、列車に乗り込んでくることになるでしょう。では、参り
ましょうか」
「待て。いや、待たなくてもいいが、私以外の探偵も順調に事件を解決してい
るんだな? 残る事件はいくつだ? そちらの用意した空間で、事件はいくつ
起きる?」
 走りながら質問してくる堀馬頭。その息に乱れがないのは、日頃から身体を
鍛えている証か。
「七つです」

           *           *

 終点まで間もなくとなった。
 列車の終点ではなく、名探偵軍と魔法使い軍との戦いの終点が見えてきた。
タイムアップまで三時間を切ったところである。
「残るはあなた一人になりました」
 堀馬頭写楽にその声は届いていないかのようだった。反応を見せず、テーブ
ル一杯に広げた手掛かりのメモを見下ろしている。眼球が細かく動いてるのは、
手掛かりを次々と再検討しているのかもしれない。
 口元も忙しなく動いている。独り言で推理を組み立てては崩し、組み立てて
は崩しを繰り返しているらしい。
 と、不意に堀馬頭が面を起こし、我々七名の魔法使いを見据えてきた。横一
列に並んで立っていた我々は、何事かと思わず顔を見合わせる。
「銛当君」
「何でしょう?」
 堀馬頭に呼ばれ、私は一歩前に出た。
「この空間に足を踏み入れる直前に、私は君にまとめて質問をぶつけた」
「ええ、覚えていますとも。それが何か」
「あのときの君の返答は『七つです』だった。この答は、どの質問に対しての
ものだったんだ? 正確に知りたい」
「あの答は……確か、あなたの三つ目の質問に答えたものですよ。このゲーム
空間で、七つの事件が起きるとお教えしたのです」
「なるほど。七つの事件とは七つの殺人と考えてよいのかね」
 少し余裕を取り戻したのか、問い掛けの言葉にも余裕が滲み始めた。
「はい、その通りで」
「これまでに、このゲーム空間で起きた殺人は六つだね?」
「そうなりますね」
 そう、確かに六名の死者を出している。亡くなったのは、名探偵達。金田は
じめ、古間美鈴、ヒラリー・タロット、江成訓、ヘラクレス・ペロー、エドガ
ー・ランボーと順番に死を迎えた。残るは堀馬頭写楽唯一人。
「念のために聞こう。六つの死に、仮に自殺や事故死が含まれていたとしても、
殺人事件として認識されたからには、殺人としてカウントするんだね?」
「――その辺りは何とも……」
 六探偵以外にも、二人の“自殺者”が出ている。一人は、金田はじめ殺しを
悔いて自殺したという体を取って、首を吊った財津満夫(ざいつみつお)。こ
のフェイクに引っ掛かったのが古間美鈴で、財津を金田はじめ殺しの犯人だと
我々に宣言したが、当然、誤りと判定され、その後の“解答権”を失った。も
う一人の自殺者は鏑木勝帝(かぶらぎしょうてい)といい、四人の名探偵を殺
した罪の意識に耐えかねて飛び降り自殺を図った、というシナリオに沿って死
んだ。ヘラクレス・ペローがこのシナリオに乗り――恐らくは敢えて乗ったの
だろうが――、結果、“解答権”を失った。
「返答に窮するからには、真相解明の鍵となる質問だったということかな」
 堀馬頭はいよいよ勢いを取り戻したようだ。ソファに深く座り直した。
「さっきから気になっていたのだが、君達は私を脅すような言動をしてくれた
ね。『七人目の犠牲者が出てからでは遅いんじゃありませんか』とか、『名探
偵軍全滅も近い』とか。これは、七つ目の事件の犠牲者が堀馬頭であると、私
に思い込ませようとしたんじゃないかと感じ始めた」
「……」
「だが、ゲームとして考えれば、それはおかしな話だ。七つの事件が起きると
予告しておきながら、六つの事件が起きた段階で答を求めている」
「それは――名探偵なら事件が全て終わるまでに、真相を見抜いてもおかしく
ないでしょうから」
「苦し紛れの言い訳だな。七つの事件が成し遂げられた段階で、名探偵が誰も
残っていないのなら、勝負の形をなさないじゃないか」
「……」
「さらに言うと、財津さんと鏑木さんの“自殺”が、我ら探偵を引っ掛けるた
めの死なら、これらは自殺ではなく、殺人だろう。すると、現時点でもう八つ
の殺人があったことになってしまう。七つといった銛当君の答に反する。
 この矛盾を解消するには、こう考えればいいんじゃないか。自殺は――見せ
掛けの自殺ではなく、本当の自殺は――七つの殺人に含めない。もっと厳密に
言うと、殺人は殺人でしかない。そういう認識に立ち、改めて事件を見直すと、
自ずと仮説ができあがるんだよ。死亡した名探偵六人の内、一人は殺されては
いない。自殺したか、死んだふりをしたか、そのどちらかだろう」
「なかなか……見事な推理です」
 私は軍を代表する形で認めた。堀馬頭は聞き流した風に、先を続ける。
「この内、自殺はあるまい。人類の、世界の命運を背負って戦っている身で、
名探偵と目されるほどの人物が自ら死を選ぶ訳がない。私なら絶対にない。よ
って、可能性は死んだふりに絞られる。殺されたように見せ掛けて実は生きて
いたとするなら、それが可能なのは誰か。金田君ではない。彼は首を切り落と
されて死んだ。私も直に調べたので、彼の死は間違いのない事実だ。古間女史
も同様だ。足の不自由な彼女には到底行けない、ホテルの屋上から突き落とさ
れ、亡くなったのを確認している」
 堀馬頭写楽は、このあとも一人ずつ、可能性を潰していった。最後に残った
のは、エドガー・ランボーだった。
「ランボー氏だけは、他の犠牲者とは些か様相を異にする。ばらばら遺体は炎
に包まれ、炭化していた。身元確認はまだできていない。それどころか、あの
燃え残った肉体の一部は、人間の物であるかどうかでさえ、分かっていない。
科学捜査が行われればはっきりするが、タイムアップに間に合いそうにない。
その辺りも、狡猾な作戦だったと思えるんだよ。
 さあ、こうなってくると、ランボー氏を疑わぬ訳にはいかない。エドガー・
ランボーこそが、このゲーム空間での殺人者だったのではないか。そう考えれ
ば、名探偵が次から次へと、実に簡単に殺害されたのも納得がいく。仲間にや
られるとは、つゆとも思っていなかったんだ。ランボーは世界的な名探偵なん
だから、尚更さ。ランボーが端から魔法使い側に通じていたのか、あるいはこ
のゲーム空間でのみ操られていたのかは分からないが、彼が五人の名探偵と二
人の一般人を殺害した犯人ではないか――今の私は、そんな恐ろしい想像に取
り憑かれている」
「――」
 私は息を深く吸い込み、ゆっくりとはき出した。それからおもむろに問う。
「時間切れまで二時間ほどありますが、それが名探偵掘馬頭写楽からの解答と
見なして、よろしいんでしょうか」
「それはむろ……」
 返事を言い切る寸前で、堀馬頭は口をつぐんだ。
「改めて問われると、慎重にならざるを得ない。隠れているエドガー・ランボ
ー氏を見つけ出して、万全を期したい気持ちはある」
「どうぞご自由に。このホテルと言わず、空間ないならどこへでも自由にお探
しに行ってくださって結構です」
「……違うのか。違うんだな?」
 堀馬頭は鋭い口調で聞いてきた。私はつい、硬直してしまった。口調と同じ
く鋭い眼光に、射貫かれたような心地になる。
「やけに急かせるじゃないか。ということは、私が今し方口にした仮説は、間
違いなのか。私を敗北させようと、間違った答を、いかにも正解を言い当てら
れたみたいに振る舞っているのか?」
「そんな質問には、答えられません」
「分かっている。だが、他に辻褄の合う仮説なんて、存在するのか……」
 すっくと立ち上がると、テーブルを見下ろす最後の名探偵。その眼球や口元
は、再び忙しく動き出した。
「そうか!」
 程なくして、彼は叫んだ。七人の魔法使いが注目する。
「間違っていると行っても、ほんの些細な数点なんじゃないか? ……だが、
この論理展開では、犯人候補が増えてしまう。まあよい。話している内に、絞
り込めるかもしれない。おい、魔法使い達! これから推理を喋るが、それを
私からの最終回答だと勝手に受け取るな。いいな!」
 我々は黙って首を縦に振った。他の六人はどうか知らないが、私は内心、早
くなる鼓動に気分が悪くなっていた。これでもしも堀馬頭が真相を見抜いたな
ら、その敗北の責任は、不用意な口をきいた私にあることになる!?
「犯人は恐らく、リセットされることを利用したんじゃないか。そう、リセッ
トだ。このゲームが終われば、たとえ敗北したとしても、生活自体は元通りに
送ることができる。言い換えれば、死を選んでも、生き返れるんだ。この選択
肢を活用するなら、わざと殺されるということが可能になる。それは実質的に
自殺と同等かもしれないが、殺人としてカウントされるんだろう。だがこの考
え方を通すには、六人の探偵の内の誰か一人が、魔法使い軍の用意した筋書き
とは関係なしに、自殺したか、死んだふりをして身を隠したか、あるいは事故
死したことになる。そうでなければ数の整合性が崩れる。それは誰だ? 自殺
なら、名探偵にとって自ら死を選ぶことは、恥ずべき行為だろう。他殺を装っ
た自殺を選ぶに違いない。いや、しかし、さらに裏を掻くことも考慮せねばな
らない。何しろ、名探偵同士で騙し合うようなものなのだから。そもそも、先
程の仮説で犯人と見なしたエドガー・ランボー氏を、リセット説を採ったから
といって除外できまい。――畜生、時間が足りるだろうか?」
 時計を一瞥して、堀馬頭は叫ぶような声で続けている。
 私も時計を見て、じりじりとしていた。時よ、早く過ぎてくれと願う。
 堀馬頭の推理がまた耳に入ってくる。
「たとえば、五番目に死んだヘラクレス・ペローが、実は殺人犯だったとしよ
う。その次に死ぬことになるランボーは、ペローが犯人ではないかと疑い、一
人で確かめようとした。ペローと二人きりで対峙した際に、争いとなって、ラ
ンボーがペローを死なせてしまったんだとしたら? 世界的な名探偵であるラ
ンボーは、人の命を奪ってしまったことに耐えられず、自殺という道を選んだ
のかもしれない……」
 私は思わず息を飲んだ。これはほぼ正解だ。
 魔法使いでも最後には、祈ることしかできない。
 最後の名探偵が、この推理を最終回答として選ぶことのないように!

――ゲームオーバー





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