AWC IT&R   永山


        
#436/453 ●短編
★タイトル (AZA     )  15/04/30  22:17  (348)
IT&R   永山
★内容
 我が友にして名探偵の天田才蔵(あまださいぞう)が、ある人物からの挑戦
を受け、対決することになった。
 きっかけは、天田がテレビのワイドショーにゲスト出演したとき、久方ぶり
に大口を叩いたせいだった。解けない謎はないと公言するのは、まあ、名探偵
の矜持として許容範囲内だろうが、不可思議な事件なんて所詮紛いもので、私
のような名探偵になると、不思議さを感じるいとまもなしに解決してしまうと
いうのは、言いすぎだったように思う。
 当然のように、批判や抗議が殺到した。が、ほとんどテレビ局が引き受けて
くれたので、天田の事務所がパンクすることはなかった。問題は、対決を迫る
コンタクトだ。挑戦状は三つ来た。自称・超能力者と自称・犯罪王と自称・魔
法使いから。この内、犯罪王はこちらからの返事に何ら音沙汰なしで、悪戯だ
ったようだ。超能力者は、対決の話を進める内に、何やかやと条件を付け始め
た。それらを飲むと伝えると、さらに難題を提示してきた。これは対決の意志
なしと見なし、交渉を打ち切った。
 残ったのは、魔法使いだ。彼――黒田暗護(くろだあんご)と名乗っている
のでとりあえず男性としよう――が提示した条件は以下の通り。対決の舞台と
対決方法はは彼が指定する。期間は二日。テレビ局の介入なし(ただしテレビ
局の人間二名を立会人とし、勝負結果の公表はテレビ局が行う)。
「名を売りたい似非魔術師が挑んできたのかと思っていたのに、テレビ局をこ
こまで排除するというのは意外だ」
 天田はそう述べた。
「しかし、テレビなしはこちらも歓迎するところだ。演出を排除し、純粋な勝
負ができる」
「では、受けるんですね?」
 私――標準一郎(しるべじゅんいちろう)が問うと、天田は曖昧に頷いた。
「受けるつもりではいる。だが、魔法使いの手の内をなるべく知っておきたい。
返答する前に、舞台と日時と勝負方法を聞き出せれば、それに越したことはな
い」
 黒田暗護とのやり取りは、電子メールで行っている。天田が上記のことを尋
ねる旨をメールで送ると、返事は翌日早朝に届いた。
 黒田からの回答は、「舞台と日時は前もって伝えられるが、勝負方法は明か
せない。不可思議な謎を存分に味わってもらうには、勝負方法を前もってする
ことは、マイナスになる故」というものだった。その言葉通り、舞台と日時に
関しては、明記してあった。日時はちょうど一ヶ月後に設定してあったが、天
田の都合が悪いのであれば変更可能とまで付記してあった。
 これで受けねば、天田が逃げたと思われるだろう。もちろん、この一連の交
渉は公にされておらず、対決を拒んでも直ちに名折れとなる訳ではないが、テ
レビ局の関係者らには伝わるに違いないし、そうなったらあとはどこからどう
噂が広がるか分かったものではない。
 天田がそこまで計算を働かせたかは知らないが、彼は勝負を受けて立つと明
言した。

 昼の三時。天気は下り坂で、予報によれば日付が変わる頃には雨がぽつぽつ
と来て、明け方までに相当降るという。
「初めまして、天田さん、挑戦を受けてくださり、とても光栄に思います」
 待ち合わせ場所のホテル前に現れた対戦相手は、優しい口調で挨拶をくれた。
 対決当日、我々の前に姿を現した黒田暗護は、若くて細くてともすれば頼り
なげな男性だった。さわやかな好青年を具現化した一例、といったイメージだ。
季節はそろそろ初夏を迎えるが、黒田は長袖のシャツに淡い青系統のカーディ
ガンを羽織り、下はこれも淡い黄色のスラックスに毛糸のソックスというなり。
魔法使いからはかけ離れている。顔や手といった露出している部分は、浅黒く
日焼けしており、また身長一八五はあろうかというサイズ故、ひ弱さとまでは
行かないが……闘争心の欠片も感じない。
「あ、いや、こちらこそ。挑戦してきてくれて、嬉しく思ってるよ」
 戸惑いを覚えつつ、応じた天田。私達は自己紹介のあと、さらに立会人とな
るテレビ局の人間二人を紹介した。
「まず、彼女は見たことがあると思うが、局アナの四方花江(しかたはなえ)
さん。報道畑出身で信頼は厚いし、今ではバラエティーにかり出されている程、
世間の人気も高い。適役だと、お願いしたところ、引き受けてくださった」
「四方です。よろしくお願いします」
 ショートヘアで清潔感のある女性が頭を下げる。年齢は確か四十近いはずだ
が、下手すると二十代と行っても通りそうだ。笑うとできる片えくぼが人気ら
しい。
 そんな女子アナを見下ろす格好の黒田は、へどもどした様子を垣間見せた。
「こちらこそ。いやー、緊張するなあ。まさか、こんな大物アナウンサーが出
て来てくれるなんて、予想していなかったですから。あ、もしかして、これも
天田探偵の作戦ですか? 緊張して僕を失敗させようという」
「そんなことはないよ」
 調子が狂うのか、苦笑いを浮かべた天田。事実、この場の空気は弛緩してい
た。対決を控えているとは思えないほど、リラックスしたムードになっている。
「もう一人は、君も見たというワイドショーのプロデューサーを連れて来たか
ったんだが、調整が付かなくてね。ディレクターをやってる、渡井正二(わた
らいしょうじ)さんだ」
「どうも」
 口髭とちょび髭を生やした渡井は、ぴょこんと短い動作で頭を下げた。彼が
立会人に選ばれたのは、立会人そのものの役目よりも、看板女子アナを守るボ
ディガードとして期待されたためだ。さほど大きな体格ではないが、がっしり
しており、柔道、合気道、空手を一通り嗜んでいるという。万が一、黒田暗護
が有名人相手の狂的な振る舞いに出る輩であった場合を想定し、こういった対
策は必要に違いない。
「さて、黒田暗護さん。僕や標君はたっぷりと時間を取ってきたが、テレビ局
の人間、特にアナウンサーは多忙な身だとは分かると思う。早速だが、勝負を
始めてもらいたいのだが、いいかな?」
 天田が促すと、黒田は「いいですよ」と軽い調子で承知した。
「ホテルに部屋を取っていますので、まずはそちらへ」
 すぐ横手に建つホテルは、名を紅夢といった。お世辞にも高級ではなく、ビ
ジネスホテルと民宿を足して二で割ったような、三階建ての少々古いビルであ
る。黒田は、その二階に五部屋を確保していた。四方アナウンサーが二〇九号
室、渡井が二〇八号室とそれぞれ一人部屋に、私と天田が二人部屋の二一〇号
室に入る。ということは、黒田は一人で二部屋――二〇一と二〇二号室を使う
のか。その二〇一号室前で、魔法使いを自称する青年は語り始めた。
「このホテル紅夢を舞台に、僕は不可思議な殺人劇を演出するつもりでいます。
観客は、天田さん達四人だけの贅沢な劇です」
「殺人劇とは?」
 笑みを交えて自信たっぷりに宣言した黒田に対し、天田がすかさず尋ねる。
「まさか、本当に人を殺すというのではあるまいね?」
「不可思議な謎をご覧に入れるのに、死体は必要条件ではありません。推理小
説などでは、より強烈なインパクトを与えるためとか、重大な出来事であるこ
とを示すために、死体が出て来ますけれど。僕がこれから行うのは、言ってみ
ればぬいぐるみ殺しです」
 そう言うと、彼は二〇一号室のドアを開けた。中はベッドとバスルーム、ラ
イティングデスク、テレビに小さめの冷蔵庫といった、ビジネスホテルには極
極当たり前の設備がある。私達が宛がわれた部屋と同じだ。
 唯一、ベッドの上にいくつかの物が置かれているのが違う。擬人化された猫
(もしくは虎だろうか?)のぬいぐるみが一体と、籐製っぽいバスケットに、
ホルダー付きの鍵らしき金属物がこんもりと盛られている。
 黒田はつかつかと中に入っていくと、ぬいぐるみを取り上げた。
「まず、犠牲者役がこのぬいぐるみ。僕が明朝九時までに、このぬいぐるみを
“殺害”してみせます。凶器はナイフの一本も用意してよかったんですが、物
騒だし、所持しているところを警察に見咎められたら面倒になるかもしれませ
んので……」
 と、黒田はとぼけた口ぶりになりつつ、スラックスの脇ポケットを探った。
程なくして、おもちゃのナイフが現れる。刃も鍔も柄も赤色をしたプラスチッ
ク製で、本物ではないと一目で分かる。
「これを凶器に見立てて、ぬいぐるみの胸板に突き刺すとしましょう。が、今
まで話した通りのことが起きても、何の不思議もなく、魅力的な謎にはなり得
ません。部屋に鍵を掛けた状況下で、つまり密室内でのぬいぐるみ殺しをやり
おおせてみせます」
「ふむ」
 天田は鼻を一つ鳴らした。続いてため息を挟み、感想を述べる。
「不可思議な謎というから、一体どんな魅力的な物を見せてくれるかと期待し
ていたのに、密室とはね。私は実際の事件で、密室殺人には、飽きるほど遭遇
してきた。そのどれもが、さほど不思議には感じなかったんだな。何故って、
一見、人の出入りが不可能と思われる空間で、人が死んでいること自体は不思
議だが、その一方で、人が殺されているからには真の意味での密室殺人なんて
あり得ないと分かりきっている。難しい数学の問題と似たような物だよ。まあ、
そのトリックに美しさを感じることは、希にあったけれどね。基本的に、密室
というだけでは不可思議さはもう感じないレベルだよ」
「そんなこと言わずに、騙されたと思って、体験してみてほしいですね。まあ、
僕的にも騙す気でいるのですが」
 あははと乾いた声で笑う黒田。まったくもって、魔法使いらしさがない。
「そりゃあ、ここまできて拒否する訳には行くまい。約束は守る。それで? 
勝敗はどうやって決める?」
「天田探偵、急かさないでください。まだ、密室の説明が。密室を構成する要
素の一つに鍵がありますよね。ここに鍵を山盛りにしたバスケットがあるでし
ょう?」
 ベッドの上のバスケットを指差す黒田。我々は首肯した。
「あの中に、“殺人現場”となる二〇二号室の鍵を混ぜます。その上で、この
二〇一号室の鍵も掛けます。二〇一号室の鍵は、天田探偵が預かってください。
僕は魔法を用いて、この部屋の外から二〇二号室の鍵を触り、形を読み取り、
二〇二号室のドアを解錠し、ぬいぐるみを“殺害”します。その後、余裕があ
れば二〇二号室にまた鍵を掛けた上で、このバスケットに戻します」
「魔法と言うよりも、超能力だな」
 渡井が独り言のように呟くのへ、黒田は「そうなんですよ」と両手を打った。
「先に超能力者と称する人が、天田探偵に挑戦状を叩き付けたという噂を耳に
したものですから、同じように名乗るのはよくないなと思い、魔法使いにして
みたんです」
「じゃあ君は、超能力者だというのか?」
「さあ? 魔法と超能力の明確な分類なんてできます? 無理だと思いますよ。
超能力っぽい、魔法っぽいというニュアンスでしかない。そのニュアンスに照
らせば、今僕が語った手口は、どちらかというと超能力に傾いているかな」
 話が脱線している。少し盛り返した緊張感が、また緩んでいった。
「口上はいいから」
 天田が肩をすくめながら言った。
「要するに、密室状態にした二〇二号室の鍵を、二〇一号室で保管し、二〇一
号室の鍵は私が保管する。そのような状況で、君は二〇二号室内でぬいぐるみ
におもちゃのナイフを突き刺してみせる、という訳だ?」
「うーん、基本的にはそうなりますが、うまくすれば、もうちょっと不可思議
なことをご覧に入れることが可能かもしれません」
「その不可思議なこととは何だね」
「それは……たとえば、鍵が戻っていくところをお目に掛けられるかも」
「さっきの説明を聞く限り、君は鍵を室外に持ち出す訳ではないんだろ?」
「いえ、ですから、そういうことではなく……まあ、起きたときのお楽しみと
いうことで、お許しください」
 ふっと、黒田の表情が急に真剣味を帯びる。口元には微かな笑みが残ってい
るものの、目はまっすぐで真剣そのものだ。
「――分かった。話を進めようじゃないか。そろそろ、勝敗の判定に関して、
聞いてもいいだろう?」
 とことん付き合ってやる、そう決めた風に腕組みをした天田。黒田は元の雰
囲気に戻って、「ええ」と軽い調子で答えた。
「僕の用意した不可思議な謎を、今日から四週間以内に、天田探偵が解体する
ことがで来たら、あなたの勝ちです。そうならなかった場合は、僕の勝ち」
「解体するとは、解明すると同義と取っていいのかな? やり口を指摘し、不
可思議でも何でもないことを示すという……」
「まあ、そうなるでしょうね。他に確認したいことがあれば、伺いますが」
 これに対し、四方アナが小さく挙手した。
「私でもかまいません?」
「もちろんです。どうぞどうぞ」
「黒田さんは、どの部屋にお泊まりになるんですか? 今伺った限りだと、二
〇一号室は鍵の保管のための部屋、二〇二号室はぬいぐるみのための部屋です
わよね?」
「あ、それなら、僕は泊まりません」
 この返答には、質問をした四方のみならず、皆が「え?」と声を上げた。
「僕の住んでるとこ、この近所なんですよ。泊まってもいいんですけど、でき
るだけ出費は抑えないといけません」
「ふうん……それじゃあ、ホテルの外から魔法を使うっていうのね?」
「はい」
 事も無げに言う黒田。俄然、魔法使いらしく見えてきたから、不思議なもの
だ。
「そうだ、思い出した。一つ、言い忘れていました」
 ところが次の瞬間には、もう謎めいた雰囲気は霧散する。
「二〇一号室の鍵は天田探偵に預けますけど、明日の朝九時より早く、二〇一
号室を開けないでください。二〇二号室も、フロントに頼めば開けてもらえる
かもしれませんが、決してそんなことはしないでくださいね」
「……了解した。しかし、ちょっと文句を言ってもいいかい?」
 天田もまた笑みを浮かべつつ、対戦相手に許可を求めた。黒田はこくりと頷
いた。
「魔法使いだか超能力者だか知らないが、そんな遠隔操作の力を本当に有して
いるのだとしたら、私の見ているところで、リアルタイムに実行してもらいた
いものだね。いや、君らの言い訳は想像が付くから、言わなくていい。大方、
能力を発揮するには集中を必要とするが、見られていると集中できないとか言
うんだろう。そういうのは聞き飽きた。まあ、君のような連中の立場も、分か
ってはいるが」
「……そこまで仰るのでしたら」
 黒田は顎に片手を当て、首を傾げながら、ゆっくりと喋った。
「難しいですけど、努力してみますよ。全てではないが、最後の瞬間に僕の力
を目の当たりにできるように。確約はできませんので、もしもそうならなかっ
たときは、ご容赦ください。勝敗にも無関係と言うことでお願いします」
 自称・魔法使いは、ぼんやりとした約束を土壇場になって持ち出してきた。
単なる見栄なのか、それともある程度の勝算があっての発言だろうか。
 とにもかくにも、勝負が始まる。
「最初に、そうですね、ぬいぐるみと鍵を調べてくださいますか。気の済むよ
うに」
 鍵の入ったバスケットとぬいぐるみを、左右の手で我々に渡してくる。私と
天田がそれらを受け取ると、黒田はさらに二本の鍵を渡してきた。二〇一号室
と二〇二号室の鍵だ。
「バスケットの鍵は、どれも別の鍵のようだな。キーホルダーも違う」
 天田が言った通り、形状は全てばらばらだった。長さからして異なる。似て
いる物もあるが、仮に二〇二号室と同じ鍵があったとしても、それ自体、この
二〇一号室に保管されるのだから、役立てようがあるまい。
「ぬいぐるみは、お手製のようね」
 女性らしい感想と言っていいのか、四方アナがぽつりと言った。私もぬいぐ
るみを手にとって、頭部や胴体をぎゅっぎゅっと押してみた。ウレタンか何か
が入っているのが分かる。他に固い物が仕込まれているような気配は全くない。
「終わりました? 終わったら、ぬいぐるみと二〇二号室の鍵を持って、隣に
移りましょう」
 黒田を先頭に、隣の二〇二号室に移動する。同じ間取り、同じ家具の部屋で
あるのは言うまでもない。
「ぬいぐるみは、ベッドの中央に置くとします。返してくれます?」
 甲を下にして右手を出してきた黒田に、私は持っていたぬいぐるみを渡そう
とした。ところが、天田から声が飛んだ。
「いや、置くのは標君がやるんだ。それでも問題ないだろう?」
 私は視線を天田から黒田に移した。黒田は目をしばたたかせたものの、ふっ
と表情を緩め、「いいですよ」と承諾した。
 私は黒田の前を通り過ぎ、ベッドの中央辺りにぬいぐるみを置いた。
「仰向けでいいかい?」
 黒田に確認を取ると、「どちら向きでもかまいません。でも、仰向けが絵に
なりますよね」と答えた。ナイフが刺さった状態を想像すると、確かにそうか
もしれない。
「では、皆さん、出てください。ああ、僕が最後だと怪しいですね。最初に出
ましょう」
 黒田はその言葉の通り、真っ先に二〇二号室をあとにした。渡井、私、四方
アナ、最後に天田の順で続く。
「鍵をする役も、僕はふさわしくないですね。天田探偵が決めてください」
 天田はほとんど間を置かず、自分の手で二〇二号室の鍵を掛けた。ドアノブ
をカチャカチャ言わせ、間違いなく施錠されたことを確かめる。
 それから再び二〇一号室に入る。黒田がバスケットを手に持ち、天田に二〇
二号室の鍵を置くように頼んだ。
「これでいいかな」
「ええ、充分です」
 黒田は左手の指先で、キーホルダーをちょんとつついて鍵の位置を少しだけ
直すと、バスケットをベッドの中央付近に、慎重な手つきで置いた。
「あとは部屋を出て、ここの鍵を掛けてください」
 私達は廊下に出た。天田が鍵を使って二〇一号室をロックする。最前と同様、
確実に施錠されたことを立会人を含めた全員でチェックした。
「さあ、これで完了です。僕は家に帰りますが、皆さんはどうぞこのホテルで
おくつろぎください。ありきたりですが、温泉やゲームの施設は整っています
し、近所にパワースポットの類や小さな博物館がありますし。ああ、食事は朝
夕ともバイキング方式で、お口に合うかどうか分かりませんが、ご容赦を」
 魔法使いの黒田は、旅行会社の引率かホテル関係者のような台詞を残し、紅
夢ホテルを立ち去った。

 このあと翌朝までの間に、特記するような物事はなかった。私と天田と四方
アナと渡井、四人で小旅行に来たような体で、のんびりくつろいだ。他にする
ことがなかったとも言える。
 もちろん、対決を忘れてはいない。気になって、時折、二〇一号室や二〇二
号室まで足を運び、ドアの前から様子を窺ったり、中の気配に聞き耳を立てて
みたりしたが、何ら変化はない模様だった。
「もし、黒田暗護が本物だとして、いかに成し遂げるつもりなんだろう……」
 眠る前に、私がそんな疑問を呟くと、同室の天田がいくらか呆れた口調で応
じた。
「標君、その言い方は矛盾を孕んでいるぞ。彼が本物の魔法使いなら、魔法を
使って不可思議な出来事を成し遂げるに決まっている」
「あ、ああ。そうでしたね」
「まあ、どうせ何らかのトリックだよ。手品的、詐術的な方法を用いるに違い
ない。ホテルを離れると聞いたときは、多少驚いたが、それとて、こっそり戻
ってまた出て行くことは、不可能ではあるまい」
 二〇一号室と二〇二号室を常時監視していない限り、その可能性はある。
「現時点で思い悩んでも仕方がない。明日の朝九時を楽しみに待とうじゃない
か。結果が出てから対策を立てよう」
 天田はそう言うと、部屋の明かりを消した。

 黒田暗護が次に我々の前に現れたのは、朝八時半だった。朝食のバイキング
を終えて、部屋に戻ろうかという頃合いだった。
「皆さん、快適に過ごされましたか?」
 昨日の続きをやっているかのような台詞で始める黒田。テレビ局の不介入を
条件に入れたのは、黒田当人が己の魔法使いらしくなさを認識しているからで
はないかと、妙に納得する。テレビ映えしないのは確実だ。
「ちょっと早いじゃないか、黒田さん。我々がチェックアウトの準備をしてい
る間に、何かするのではないかと勘繰りたくなってしまう」
 天田が嫌味混じりに告げる。すると黒田は、「いらぬ疑いを招くということ
ですか」と答える。
「お疑いでしたら、今すぐ、結果を見てもよいですよ」
「何だって?」
 また驚かされた。時々、この魔法使いらしくない自称・魔法使いには驚かさ
れる。
「二〇二号室に行き、鍵を開けてもらって、中から二〇一号室の鍵を取る。そ
れから二〇二号室に行って、ぬいぐるみがどうなったのか、見てみるとしまし
ょうか」
「……分かった。多忙だから早くしてくれといった手前もあるし、そうすると
しよう」
 天田は同意し、立会人らにも異存はなかった。早速、食堂から二階に向かう。
 二〇一号室の前に辿り着くと、黒田はドアのすぐ横に立ち、天田に鍵を使っ
て開けるよう、促した。
 天田はジャケットの懐から、ゆっくりと鍵を取り出した。意識してスローモ
ーな動作に努めたのが分かるくらい、ゆっくりと。
 鍵穴に鍵を差し込む前に、施錠状態を改めて確認する。変わらず、鍵は掛か
っていた。
「では、開けます」
 天田は立会人らに向けて言った。渡井は鷹揚に無言で首を縦に振り、四方ア
ナは「どうぞ」と小声で応じた。
 かちゃりと音がして、解錠された。ノブを回し、天田がドアを開ける。ドア
とドア枠とが作る隙間が、段々と広がっていく。
 ――その瞬間、私は、私達は目撃した。
「か、鍵が」
 鍵が宙に浮いていた。
 それは一瞬で、次の刹那にはバスケットの中へと落下。ちりんという金属音
が短く響いた。
 天田がダッシュで室内に飛び込んだ。バスケットに手を伸ばし、たくさんの
鍵の中から、目的の物を見付ける。ホルダーに刻まれた数字は、202。
「くそ」
 吐き捨て、とって返す天田。目指す先は、隣室だ。
 私達が驚愕している間、黒田はずっと廊下から中を覗くのみだった。部屋を
飛び出す天田を、身体を開いて通してやる余裕さえある。
 天田は黙したまま、新たに手にした鍵を、二〇二号室のドアの鍵穴に入れた。
回す前に、施錠の確認は怠らない。黒田はさっきと同じように、ドアのすぐ横、
壁に身を預けるようにして立った。
 ドアが開かれる。黒田を除く四人が、雪崩れ込んだ。ベッドの中央、ぬいぐ
るみに視線が集中する。
「――ナイフだ」
 赤いおもちゃのナイフは、擬人化した猫のぬいぐるみの上にあった。刺さっ
てはいなかった。
「すみません」
 後ろから、黒田の謝る声が届く。振り返った私達に、彼は続けてこう言った。
「情が湧いて、刺すことはできませんでした。そのぬいぐるみに、僕は何の恨
みもありませんので」

 一ヶ月後、天田才蔵は敗北を認めた。名探偵が白旗を掲げたのである。


 さらに三ヶ月後のことだった。
 一人の若いマジシャンが、テレビのショーで華麗に初お目見えした。
 名前はANGOとなっていたが、黒田暗護に違いなかった。そのキャッチフ
レーズには、「かの名探偵・天田才蔵すら騙された」という文言が含まれてい
た。

――終わり
※種はタイトルを検索すれば分かるかも





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