AWC 落下する死   永山


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#433/457 ●短編
★タイトル (AZA     )  15/01/28  22:41  (177)
落下する死   永山
★内容                                         15/02/03 20:28 修正 第4版
「まただ」
 わずかな後悔とともに呟いていた。その声の響き具合に驚いてしまい、私は
慌てて口をつぐんだ。
 今、私は自分の住まいにいる。雑居ビルの三階にある小さな部屋が、仕事場
を兼ねたねぐらだ。親父から受け継いだ興信所だが、それなりに繁盛している。
午後十一時を過ぎ、他に人の気配はない。
 正確には、つい今し方まで、人の気配はあった。その気配が消えたのは、私
が命を奪ったせいだ。
 人を殺したのは、これで二度目になる。十五、六年前の話だ。場所は、同じ
くこの部屋だった。ただし、そのときは二人でやった。私と私の親父とで。
 ある若い男性が、妹が自殺したのは調査結果のせいだと言い掛かりを付けて
きたのを思い出す。理屈を説いたり宥めたりしても、引き下がらない。それど
ころか、元から興奮していたのがさらに感情を高ぶらせ、とうとう親父に掴み
掛かってきた。私は彼の背後に組み付いて、親父から引き剥がそうとしたが、
弾き飛ばされてしまった。三度試みていずれも失敗に終わったため、私は最終
手段に打って出た。後頭部を思い切り殴りつけたのだ。あとで、警察に通報す
る手があったと気付いたが、もう遅かった。男性は支えを外された棒きれのよ
うにばたんと倒れると、打ち所が悪かったか意識を失っていた。ぴくりとも動
かない男を見て、さすがに慌てた。呼び掛けても反応はなく、頬を軽く叩いて
も同じだった。脈を診てみたが、よく分からなかった。結局、五分ほどして絶
命したのを確認するに至った。
 私と親父は顔を見合わせたまま、しばらく沈黙を作った。先に声を発したの
は、私の方だったと思う。隠蔽しようと。
 事件、否、事故を隠すには、遺体がここにあっては話にならない。遠くに運
ぶことに決めた。と言っても、二人してえっちらおっちら搬出し、車のトラン
クに押し込んで、どこかの山奥に埋めようという訳ではない。
 私達のオフィスが入るビルは、ある鉄道路線のすぐそばに建っている。窓を
開けると、眼下に線路がある。線路と言っても、よくある二本のレールと枕木
と砂利からなる物ではなく、コンクリートに一本線が通っている奴だ。新交通
システムとかいう、モノレールみたいな代物で、架線もなければ運転士もいら
ない。この線路上を車両が行き交う折は、その屋根の部分がすぐそこに見える。
遺体を車両の屋根に置くことができれば、あとは列車が遺体を遠くへ運び去っ
てくれる寸法だ。
 路線図を調べると、ほぼ直線がしばらく続くようなので、簡単には落下しま
い。大きく右にカーブするのが、およそ二十キロ先と分かった。その辺りで遺
体が振り落とされる可能性が高そうだが、地図を見る限り、落下予測地点の周
囲には人家も大きな道もない。第三者に目撃されて、即座に通報されるような
ことはまずないだろう。
 普段の時刻表通りなら、この深夜の時間帯でも三十分おきに列車が走ってい
る。懸案事項は、列車のスピードだ。駅に近いので、さほど速度は出ていない
はずだが、動く列車の屋根に物を載せようなんて想像したことすらなかったの
で、首尾よく行くかどうか? だが、ピンチを切り抜けるにはやらねばならな
い。私と親父は意を決し、急ごしらえの計画を実行に移した。
 ――その結果、遺体は我々の思惑通りに運ばれ、我々の予想通りの地点で落
下したようだった。現場に足を運んで視認した訳ではなく、報道で知った。
 あの若い男が自宅等に、私や親父につながる記録を残していないかどうかが
心配の種であったが、それもなかったようだ。捜査員が我々を訪ねてくること
はなく、十五年ほどの歳月が過ぎた。その間、親父は天寿を全うし、オフィス
は私が継いだ。新交通システムは、名前ばかり“新しい”ままで、何ら変わる
ことなく走り続けていた。交通インフラは立派だが、どこかで目算違いがあっ
たのだろう、周囲の開発は進んでいるようには見えない。今もあちこちに、手
つかずの土地が残っている。一番大きな変化は、当時はTシャツにジーパンと
いう出で立ちが常だった私が、スーツに袖を通すようになったことか。
 そんな変化に乏しい状況下、私の暮らしをかき乱す存在として現れた男。そ
いつは十数年前の若者と同様、今、私のオフィスに倒れている。床の冷たさを
感じる暇もなく、死んでしまっただろう。今回、私は最初から殺すつもりでい
たのだから。
 この男――中肉中背だが腹の辺りを触るとだらしがない。髭面で年齢の想像
がしにくかった――は今頃になって、どこからかぎつけたのか、私と親父の過
去の犯罪をネタに、脅しを掛けてきた。よほど金が入り用だったのか、性急な
交渉っぷりで、私の言い分に耳を貸す気配は微塵もなかった。こんな私でも、
守るべきものはある。かつて一度殺人を経験していることも大きかったのだろ
う。殺意を固めるのに時間は掛からなかったのだ。
 そんなことよりも、現時点で最優先事項は、この遺体をどうするかだ。
 当然の如く、かつてと同じ処理が頭に浮かぶ。私は窓をそっと開け、線路を
見下ろしてみた。
 変わりない光景があった。時刻や天候まで同じと言っていい。これはもう、
やるしかあるまい。天が私の背中を押してくれている。
 私はスーツを脱ぐと、シャツのボタンを外して腕まくりをやりかけた。が、
途中でやめて、元に戻す。素肌が遺体の衣服にこすれると、皮膚片だの細胞だ
のを残す恐れがあるのではないか。最前、殺害した際には指一本触れていない
ことであるし、このまま直に触らずに済ませるのがよかろう。そう判断し、私
はラテックスの手袋を用意すると、慎重に填めた。探偵の七つ道具という訳で
はないが、何かと役立つので常備している。
 念のため、マスクとキャップもした。
 この男と私とをつなぐ物はないと思うが、男が自宅に何か残している可能性
はある。ならば、男の身元が容易に分からぬよう、運転免許証や携帯電話、名
刺の類は奪い取って処分するとしよう。
 窓を開け放してから、遺体の両脇に腕を入れ、立たせる。外からは見えない
位置にと考えつつ、ぎりぎりのところで“待機”させる。あとは時刻が来るの
を待つだけだ。列車が通りかかるタイミングを見計らい、遺体を落とす。この
男の体格は、かつて殺した男と似たり寄ったりであるから、変にバウンドして
屋根から落ちることはなかろう。全ては、およそ十五年前と同じ行動を取れば
よい。
 私は壁の時計を見た。そろそろだ。耳に馴染みの駆動音が聞こえてきた。

 一仕事を終え、マスクにキャップ、手袋を取り、汗を拭ってから、スーツを
着ようとした。左、右と腕を通したところで、ちょっとした異変に気が付く。
 シャツの右袖がまくれて、スーツの袖の中でアコーディオン状になっている。
直そうと、指先を袖口から入れてシャツを引っ張ってみると……ボタンが一つ、
なくなっていた。
 最初は、ああ、糸がちぎれたんだなぐらいにしか感じなかった。ほつれた糸
を見つめる内に、しかし、重大なミスを犯した可能性に気付かされた。
 ひょっとして、さっき殺した男がボタンを握りしめたのではないか?
 だが、すぐにその恐れはかき消せた。私は殺害に当たって男に接近してはい
ない。ボタンを引きちぎられることはあり得ない。
 あるとしたら、別のケースだ。動かなくなった男を列車の屋根に落とすとき、
シャツのボタンが男の身体のどこか――ベルトのバックルとか腕時計といった
固い部分だろうか?――に引っ掛かり、落下の勢いで持って行かれてしまうと
いう状況である。これだとしたら、男の身体とボタンが今も一緒なのか、それ
ともボタンはどこか遠くへ飛んでいったか、可能性は五分五分くらいか。握り
しめられているよりはずっといいが、私の心理的不安に差はない。
 確かめねば。
 私は車のキーを手に取ると、このビルから落下予測地点までの道順を脳裏に
思い浮かべた。最新の地図で、現在でも周囲に建物などがないことを確かめ、
出発する。
 現地まで車でおよそ三十分。
 時刻表から概算して、遺体を乗せた列車が、落下地点のカーブを通過するの
は、二十分後ぐらいだろう。私が着く頃には、すでに遺体が落下したあとにな
る。人気がない場所とは言え、急ぎたい。
 深夜故、飛ばせばもっと早く着くに違いないが、万が一にも交通違反で警察
に見咎められるのは避けねばならない。私ははやる気持ちを抑え、慎重な運転
に努めた。
 そして車を走らせること三十分。予想とほとんどずれることなく、私は目的
地に到着した。
 しかし、カーブした高架の脚がでんと構えている周囲に、遺体らしき物は見
当たらなかった。捜索範囲を広げてみたが、やはり見付からない。
 何があったのだ? 私より先に、誰かが遺体を見付け、速やかに搬送したと
でもいうのか?
 狼狽えるのを自覚し、落ち着こうと努める私だが、身体に震えが来た。必死
になって、同じところを何度も探した。恐らく、血なまこになっていただろう。
 と、そのとき、頭部に強烈な衝撃を受けた。

           *           *

「なかなかに不思議な死に様だ」
 名探偵氏は顎を撫でつつ、独り言のように述べた。
「あなたが出馬してくるだろうと思って、いつものように一切、手を触れてな
いんですがね」
 馴染みの警部が、あらぬ疑いを掛けられぬようにとばかり、予防線を張った。
 名探偵氏は振り返ると、喜びと困惑を綯い交ぜにした表情を見せた。
「結構なことですな。それで、死因は?」
「まだちゃんと調べてないんで、状態のみになりますがね」
「かまわない」
「上等なスーツを着た方は、頭の骨が陥没しており、強い衝撃を受けたのは間
違いない。加えて、血溜まりができている。他に目立った外傷はなく、それが
死因に結び付いている可能性が高いと。その上に乗っかってる方は、はっきり
しない。頭に傷があるのは同じだが、他の箇所にもいくつかあるし、骨も折れ
ているようだし。注目は、出血量の少なさですかね」
 折り重なったままの男性二人の遺体を前に、警部は分かっていることを伝え
た。
「身元はどうです?」
「下になってる方は、名刺を信じるなら、興信所の所長。住所は、ここから車
で三十分ほどのところになってる。上の髭面の方は、身元を示すような物はま
だ見当たりませんね」
「もし仮に、彼ら二人が無関係であるなら――」
 話の途中で、名探偵氏は空を見上げた。正確には、空ではなく、高架を。
「興信所所長は、不幸にも事故の巻き添えを食らったのかもしれない」
「不幸な事故?」
「あの上には線路があって、電車が走ってるんでしょう? 髭の男はそこから
飛び降りて、たまたま下にいた興信所所長に激突し、死に至らしめたとは考え
られませんかね」
「うーむ。このけったいな状況を説明する原因と結果として、まあまあ説得力
があるとは思いますがねえ。たまたまいたとするには、時間帯が変な気もする。
死亡推定時刻はまだ大まかな見立てですが、夜の十時半からの二時間と出てい
るので」
「……なるほど、確かに。では、一刻も早く、興信所に向かうべきでしょう。
依頼を受けて調査のために、夜遅くだというのにこんな場所へ来たのかもしれ
ない」
 名探偵氏は自己の論理展開に満足したかのように、にやりと笑った。

           *           *

(……な、何だったんだ、一体……)
 意識が遠のく。私は事態を把握しようと、まだ活動可能な脳細胞をフル回転
させた。させようと努力した。だが、ぼーっと霞が掛かったような感覚がどん
どん広がっている。頭の中にスクリーンがあるとしたら、そいつが灰色に塗り
たくられたかのようだ。その上、尋常でない痛みが絶え間なく走る。我慢でき
ない。
 それでもどうにか理解した。自分の上に落ちてきたのは、さっき、私が殺し
た男だということは。
 だが、この“現場”に着くのは、私の方が遅くなるはず。
 にもかかわらず、男の死体が私の上に降ってきたのは――。
(何かの理由で電車が遅れた、それしかない)
 あまりのばかばかしさに、ボタンのことなぞどうでもよくなった。

――終わり





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