AWC お題>【台詞回数限定】>最後の一言   永山


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#429/549 ●短編
★タイトル (AZA     )  14/05/24  22:14  (266)
お題>【台詞回数限定】>最後の一言   永山
★内容                                         14/07/26 14:59 修正 第2版
 島の名は、仮に辺島(へしま)としておく。その辺にある島といったニュア
ンスだ。
 無論、現実にごろごろあるような島ではない。メタテキスト的な表現をすれ
ば、推理小説の世界にごろごろあるような島である。絶海の孤島で適度な規模、
船など本土との往復手段がなくなれば、たちまち閉鎖環境ができあがる。当然、
携帯電話の類は使えない。
 私、標準一郎(しるべじゅんいちろう)と私の友人で名探偵の天田才蔵(あ
まだざいぞう)が辺島に渡ったのは、天田が風変わりな依頼を受けたためだっ
た。およそ名探偵の役目とは思えない依頼、それは、島を所有する乾家の長男・
乾香甫(いぬいこうすけ)に相応しい女性を見定める、というもの。
 乾家では代々、長子が十八歳を迎える日にその相手を父親が決める習わしに
なっている。しかし、香甫の父は早くに亡くなり、遺言の類も書き記していな
かった。このようなケースにおいて、乾家では祖父が、次いで祖母が代わりを
務める。しかし祖父も祖母もすでに逝去しており、母親に役目が回ってきた。
香甫の母・久美(ひさみ)は、自分には決めかねるとして、かつて事件解決の
お世話になったからという理由だけで、天田に判断を委ねてきたのだ。まった
くもって信じられない決断だが、見方を変えれば、結婚相手の身上調査と重な
らなくもない。天田自身もやる気を見せ、こうして辺島にある乾家別荘へ足を
運ぶことになった次第。決して、リゾート気分に浸ろうと考えた訳ではない。
季節は冬で、辺島は凍えそうな寒さに包まれるのだし。
 ここで、島に滞在する人達を紹介しておこう。

乾香甫(いぬいこうすけ)高校三年。乾家次期当主
乾久美(いぬいひさみ)香甫の母
六田千里子(ろくたちりこ)香甫の恋人候補。二十歳、タレント。有名俳優の娘
蜂須賀陽菜(はちすがひな)同上。大学一年、生物学専攻。元水泳選手
西野河原有子(にしのがわらゆうこ)同上。高校三年。資産家の娘で香甫と同級
堀之内浩美(ほりのうちひろみ)同上。二十三歳。経営アドバイザー
近山翔(ちかやまかける)乾家の使用人。別荘全般の管理や雑務をこなす
天田才蔵(あまださいぞう)探偵
標準一郎(しるべじゅんいちろう)その助手で記述者。「私」

 いくつか付記しておくとすれば、六田はタレントと言ってもあまり売れてい
ないこと、蜂須賀は水泳選手時代にかなり有望視されていたこと、西野河原は
香甫の希望で候補に入ったこと、堀之内の肩書きは就業規則の作成がメインで
学生時代から実績を積んでいることといった辺りだろうか。
 別荘に滞在中の家事については、共用スペースの清掃は近山が受け持つが、
あとは恋人候補達の役目とされていた。恋人選びと言っても実際は花嫁選びに
等しいようだし、つまるところ、どの程度家事ができるのかを見極めるためだ
ろう。それは候補者達もよく理解しており、私の感想を述べるなら、料理は西
野河原が一歩リード。そうそう、蜂須賀は冗談めかし、夏だったら海に潜って
色々採ってきてみせるのにと言っていた。新鮮な魚介類を自力で調達できるこ
とが、花嫁選びにどのくらいプラスに作用するのか、分からないが。掃除は、
その蜂須賀が体力と持久力に物を言わせているが、丁寧さと効率で堀之内にも
目を見張るものがある。六田は努力は伝わってくるものの、あまり活躍できて
いない。
 話は前後するが、香甫の相手に関する最終決定権は、乾久美が握っている。
天田はそのための助言をするだけ。ただし、候補者達には天田及び私の役割は
伏せられており、久美の知り合いとして招かれたことになっていた。要は、母
親のいない場面で、彼女らがどう振る舞うかを観察する訳である。
 観察のポイントは、家事だけにとどまらない。女性らしさを基準とした口の
利き方や動作・仕種、喫煙や飲酒の有無までチェックする。香甫との相性、彼
に対する愛情も一応、勘案される。相性だけなら、香甫が希望して入れた西野
河原が一番に決まっているだろう。
 女性らしさに関して、私の感想をまた述べるとするなら、以前から香甫と面
識のある西野河原が、良くも悪くもフレンドリーと言えそうだ。時折、口調が
砕けすぎるきらいがある。蜂須賀は体つきから来るイメージで損をしているか
もしれない。が、その分を差し引いたとしても、女性らしい振る舞いをしよう
と努力する様が見て取れ、些か不自然になっている。堀之内は四人の中で最年
長だけあって、板に付いている。実は、私が用を足そうとトイレの戸を開けた
ら、ちょうど彼女がいて(といっても用足しの最中ではなく、流し終わって手
を洗い始めたところだ)、一瞬、緊張と怒りの混ざった表情でにらまれたのだ
が、すぐに笑みに変わり、どうぞとそつのない仕種で中へと促され、すれ違っ
た。こっちの気まずさは消え、そのまま気分よく用を足せたものだ。残る六田
は、さすがタレントと言うべきか、演技が巧みなようだ。少なくとも、乾久美
の眼があるところでは淑女になりきっていた。家事ができない分を挽回するか
のように、聞き上手な面も見せている。ただ、久美がいなくなるときが抜ける
ようで、手にした小さなゴミをそこらにぽいと捨てたり、ソファにあぐらを掻
いて座ったりするのを見掛けた。
 私には判定の権限はないが、私だけが目撃・体験した事柄も、天田に伝える
約束だから、多少の影響はあるだろう。
 判定の参考とするために、各候補者と香甫が二人きりになれる時間もそれぞ
れ設けられた。三泊四日の滞在スケジュールの中で、二日目の午後のことだ。
先に記したように季節は真冬、実際の気温も低かったので、別荘の外には出な
かった。我々にとってはその方が好都合な訳だが。
 とはいえ、デート中の男女に、ぴたりと張り付くなんて真似はできない。存
在を意識されては、正しい観察も無理というもの。そこで、館内に設置された
全ての防犯カメラを、直に見られるように準備を整えてもらっていた。当然な
がら、各個室やトイレ、風呂場にカメラはない。皆が集まる食堂にリビング、
玄関ホール、遊興部屋やちょっとした図書室を兼ねた共用の書斎等々に、一見
カメラと分からぬ形で配されている。さらには香甫と四人の候補者に宛がわれ
た部屋のドアにも、出入りを記録するためそれぞれカメラが向けられた。なお、
香甫と候補者達には、カメラの存在は知らされていない。
 こうした状況下で、事件が起きた。発覚したのは、三日目の朝だった。乾香
甫が自室で死んでいたのだ。
 定時になっても朝食の席に姿を現さないことを訝しみ、私と天田とで香甫の
部屋に様子を見に行った。候補者達に行かせなかったのは、逆に、行くのなら
四人全員でという流れになりかけたので、それでは騒々しいだろうと、天田が
代わりを買って出たのだ。
 二階の角にある香甫の部屋の前に着いた我々は、ドアをノックし、呼び掛け
たが、返事がない。施錠はされておらず、ドアを押すと簡単に中を覗けた。そ
うして、ベッドの上で動かなくなっている半裸の香甫を発見したのである。
 首に絞め跡がくっきりと残った絞殺で、死後六時間から八時間は経過してい
ると、天田は見立てた。発見時刻が朝の九時前だったので、深夜一時頃が犯行
時刻と推測された。また、被害者の格好やベッド周辺の状況より、性交渉の最
中もしくは直後に襲われた可能性が極めて高いとも考えられた。何しろ、ぱっ
と見ただけで精液と分かる代物が、シーツに点在していたのだ。
 ともかく、食堂に引き返し、全員が食べ終えているのを確かめてから、香甫
の死を伝えた。すると、真っ先に動いたのは母親の久美で、現場まで飛ぶよう
に駆け付けたかと思うと、冷たくなった愛息を見て、声もなく卒倒してしまっ
た。我々が追い掛けていなければ、後頭部を床に打ち付けていたであろう。
 彼女の世話を近山に任せ、天田は四人の候補者――今や、元候補者とすべき
か――に事実を告げ、続いて探偵の身分を明かし、捜査を開始すると宣言した。
この時点で、警察への通報が試みられたのだが、元々この別荘は企業の社長が
仕事を忘れ、休暇を満喫するために建てられたもの。外部への連絡手段は一切
ない。当初のスケジュールに従い、翌四日目の昼過ぎにならないと、迎えは来
ないことが確定した。
 科学的捜査にほとんど期待できない現状で、天田がまず着手したのは、各人
のアリバイ調べだ。午前一時を中心とした二時間、どこで何をしていたかを問
う。すると恋人候補四名からは、口を揃えたように同じ答が返ってきた。自分
の部屋に一人でいたと。思い返せばそれは当たり前で、昨日は午後十一時に解
散し、めいめいは宛がわれた部屋に入ったのだ。私や天田も、一つの部屋で小
一時間ほどおしゃべりをしたあとは、自室で一人きりになっていた。意識を取
り戻した乾久美及び近山にも同じ質問を発したが、久美もやはり同じ答。近山
は、一時過ぎまで雑用をこなしていたようだが、彼一人で行動していたのだか
らアリバイ証人はいない。
 しかし、部屋に閉じ込められた訳ではない。出歩くのは自由だ。それぞれの
主張を検証するのに、防犯カメラが役立つことになった。
 まず、私や天田が香甫の部屋に行っていないことを確認してもらった。探偵
役が疑惑を持たれたままだと、今後の捜査に支障を来しかねない。
 次に、近山の証言の正しさが裏付けられた。彼は申告通り、一時過ぎまで屋
内を動き回り、まめまめしく働いていた。香甫の部屋に近付いてもいない。続
いて乾久美の証言にも、ほぼ嘘はなかった。ほぼというのは、二十三時十分頃、
息子の部屋を訪ね、五分間ほど戸口で立ち話をしていたのだ。カメラは映像の
みなので、会話の内容を問い質すと、香甫があの時点で誰を気に入ったのか本
心を知りたかったとの返答。
「でも、まだ決められないでいるよとはぐらかされ、早々に追い返されました。
……まさかあれが最後の会話になるなんて」
「奥様、お気を確かに」
 泣き崩れそうな気配を察し、近山が彼女を落ち着かせた。
 続いて、恋人候補達の証言の検証に入る。すると、大小様々な嘘が発覚した。
小さな嘘は、夜中にトイレに行ったり、水を飲みに行ったりというもので、事
件に無関係なのは明白だった。
 だが、大きな嘘は簡単には見過ごせない。四人中三人が部屋を抜け出し、香
甫の部屋を訪れ、しばらくとどまっていたのである。順に記すと、次のように
なる。
・0時から0時四十五分まで:西野河原有子
・一時から一時四十五分まで:堀之内浩美
・二時から二時十分まで:六田千里子

 三人がそれぞれ言うには、昼間のデートタイムに、香甫から持ち掛けられた
のだという。時刻も含めて、香甫主導で決めたらしい。しかも、西野河原、堀
之内、六田の三人は互いの動きを承知していた。これらのことは、深夜の密会
に応じなかった蜂須賀の証言からも裏付けられた。
 ではどうして嘘をついたのか。それも、三人が揃いも揃って。これに対する
返事は、疑われると思ったからというお決まりの文句だった。死亡推定時刻に
ずばり重なる西野河原や堀之内は無論のこと、六田にしても、その訪問時間帯
は殺人が不可能と断言できるものではない。
「他の人はどうだか知らないけれども、私は容疑者の枠から外してもらえる訳
ね」
 蜂須賀陽菜は安堵したように言い、スプリングのほどよく効いたソファに身
を埋めた。だが、これには西野河原が異議を唱えた。
「冗談はよして。水泳が得意なあなたなら、自分の部屋の窓から海に飛び込ん
で、浩介君の部屋の真下まで泳ぎ、そこから岩肌を登って彼の部屋まで行ける
んじゃないの?」
 意外な指摘に、場がざわついた。しかし、当の蜂須賀は一笑に付すのみ。馬
鹿らしくて話にならないといった風だ。
 あとで確認したが、なるほど、蜂須賀の部屋の窓からは海が見下ろせ、飛び
込めなくはないかもしれない。だが、じっくり考えるまでもなく、真冬の海に
飛び込み、往復数十メートルを泳ぐなんて無茶だ。しかも途中で岩肌を何メー
トルもよじ登る必要もある。これらの関門を、ウェットスーツやロープ等を用
意し、クリアできたとしても、ずぶ濡れの身体で香甫の部屋に侵入することに
なる。現場にそのような形跡はなかった。冬なのに窓の錠が開いていた点は不
可解だが、少なくとも侵入時には施錠されていた可能性が高く、窓をどうやっ
て開けさせるかが問題になる。夜中に、窓の外に濡れ鼠の女が立ったとして、
それを迎え入れるとは考えにくかった。だいたい、防犯カメラの存在を知らな
かったのに、何でわざわざ海から香甫の部屋に行かねばならないのか、理由が
ない。
 以上の検討により、蜂須賀は容疑者の範囲から外されることが認められた。
 捜査の対象は、三人の候補者に戻される。とりあえず、深夜の密会で何をし
ていたのかが問われた。西野河原と堀之内は当初、昼間の続きでおしゃべりを
しただけと主張するも、あまりにも無理があった。追及すると、どちらからと
もなく、キスをしたことは認めた。しかし、性交渉はもちろん、触る触らせる
の類もしていないと頑なに言い張った。
 残る一人、六田は密会の時間そのものが特徴的だ。他の二人と異なり、十分
で部屋を出ている。犯行を済ませて、さっさと脱出したのかもしれない。ある
いは、入ってみると香甫の遺体に出くわし、逃げ帰った線もないとは言えない。
「言われた通りの時間に行って、ノックしても返事がなかったから、勝手に開
けて入ったのよ。部屋は真っ暗でほとんど何も見えなかったけれど、これも彼
の演出かなと思って、そのまま、歩を進めたわ。ええ、香甫がいるつもりで、
何度か短く呼び掛けてみた。無反応だったけど、これも何か意図があってのこ
とだと思って。少し目が慣れてきて、部屋の構造が同じと分かったから、ベッ
ドの縁に座ったわ。そうしたら、不意に手を触られる感覚があって……それが
香甫と思ってたんだけれど……どこか違っていた。腕の太さなんかから男性に
は違いないと思ったけれども、おかしな感じがしたのよ。全然口を聞かないし。
それで私、やっぱりやめておくと言い残して、部屋を出たの。香甫が死んだと
聞いて、ぞっとしたわ。じゃあ、あのとき部屋にいたのは誰?」
 六田の証言を信じるとすると、その人物こそが殺人犯の本命となる。だが、
六田、堀之内、西野河原の他に、被害者の部屋を出入りした人物はいないのだ。
六田よりも前に部屋を訪れた堀之内もしくは西野河原が居残った可能性もゼロ。
彼女らは間違いなく部屋を出ている。
 六田の話が真実と仮定した上で、襲われた香甫が瀕死の状態になりながら、
やってきた六田に助けを求めたのではないかという意見が出た。だが、呻き声
の一つも出せないのはおかしいとされ、瞬く間に却下となった。
 その後、天田は私を伴って、現場とその周辺、そして被害者の遺体を改めて
調べた。天田には何らかの確信があるらしく、ある方針に従って調べているこ
とは明白だった。私にはそれがどんな推理なのか、ほとんど分からなかったが。

 天田は咳払いのポーズからわざとらしい咳をすると、おもむろに口を開いた。
「皆さん、昼食の前に集まっていただき、ありがとうございます。どのタイミ
ングで話すか、非常に迷ったのですが、やはり一刻も早くお伝えしようと判断
しました。
 ええ、犯人が誰なのか、分かりました。少なくとも私はそのつもりでいます。
推理をお話しする前に、お願いがあります。私が推理を話し終わるまで、質問
や疑問を差し挟まないでいただきたい。一切の質問は、あとでまとめて引き受
けます。よろしいですか? よろしいですね。
 まずは、最前、乾香甫君のご遺体と部屋等の再調査結果を、お伝えします。
えー、久美さんには非常にお伝えしづらいのですが――ああ、近山さん、そば
にいて差し上げてください――心して、お聞きください。
 私は人体や法医学に関して専門家ではないが、長年に渡る探偵活動により培
った経験と、普段の勉強により、ある程度の知識はあります。その私から見て、
香甫君は強姦されています。はい、男に、です。シーツに付着した精液も、こ
の強姦男の物である可能性が高い。ああっと、ショックは分かりますが、ご静
聴を願います。
 さて……この事実と、実際に起きたこととを考え合わせれば、強姦男イコー
ル殺人犯である可能性が非常に高い。蓋然性から言って、間違いないでしょう。
ならば、この男とは誰か。島に男性は、私と標君と近山さんがいるだけのよう
だ。狭くはない島ですから、山狩りでもすれば四人目の男が見つかるかもしれ
ませんが、あまりに空想的です。殺人犯が男であるなら、容疑者は私達三人と
なる。
 ところが一方で、防犯カメラの眼があります。犯行時刻に私や標君、近山さ
んの誰一人として、香甫君の部屋に出入りしていない。そこで私は考えました。
我々がまだ関知していない、別のルートがあるのではないかと。そして真っ先
に思い付いたのが、隣の部屋のベランダから、香甫君の部屋に行けないかとい
う考えです。果たして、くだんの部屋は空室で、しかもドアは無施錠。窓を開
けてちょっと勇気を出せば、隣の香甫君の部屋のベランダに飛び移れる。こう
なると、私や標君、近山さんの誰もが現場に出入り可能、つまりは犯行可能に
なった――かのように見える。
 よく考えてください。季節は冬、部屋には暖房が効いている。窓を開け放つ
道理はない。施錠もする。それを、ガラスを割ることなく外から開けるのは、
無理です。可能たらしめるのは、香甫君の部屋に一度入り、密かにドアのロッ
クを開けることができた者しかいません。この条件から、またも話は逆戻りし、
死亡推定時刻の近辺に部屋を出入りした六田さん、西野河原さん、堀之内さん、
あなた達が怪しいとなる。
 犯人は男。なのに、部屋を出入りしたのは女性ばかり三人。この矛盾はどう
したことか。どうすれば快勝できるのか。――答は一つです。あなた達三名の
内、誰かが男なのですよ。
 お静かに! 約束を守って、最後までご静聴願いますっ。なに、長くは掛か
りません。三人の誰が男なのか、すぐに判明します。いえいえ、身体検査をす
るまでもありません。
 私はこの問題を考えるに当たり、あることを思い出した。標君が聞かせてく
れた話です。標君はここに滞在中、うっかり、ノックをせずにトイレの扉を開
けてしまったんですね。そうしたら、中には一人の“女性”がいた。その人物
は、標君を中に通して出て行ったそうだが、肝心なのは標君がこのあと、“そ
のまま”用を足せたという点。標君、君は便座に触れなかったんだよな? 男
である標君が便座に触れずに、違和感なく小用を足せたということは、最初か
ら便座が全て上がっていたに違いない。女性なら、便座を上げる必要はない。
にもかかわらず、便座が上がっていたのは、標君の前に入っていた人物が、一
見女性であるが実は男性だという証拠。
 つまり、その人物――堀之内浩美さんは女性ではなく男性なのだ。そして、
島にいる人物の中で、香甫君殺害犯の条件を全て満たす、唯一人の者でもある。
よって、犯人はあなただ、堀之内浩美さん! いや、浩美君と呼ぶべきかな?」
 天田はいかにも名探偵らしく、堀之内を指さし、きっぱりと断定した。
 堀之内に、他のみんなの視線が集まった。あたかも、水の流れができ、波が
起こるかのように。
 ざわつきが収まるのを待って、犯人と指摘された堀之内は口を開いた。皆の
注目が高まる。
「違います。私は女です。トイレの件は、酷い誤解だわ。汚れに気付いたから、
便座を上げて掃除していただけなのに。点数稼ぎと思われたくなかったので、
ドアがいきなり開けられたときはつい睨んでしまいましたが」
「そ、そうだったのですか」
 思わず呟いた私は天田を見た。
 ……
 しかし、もはや名探偵は何も言えないのだった。

――終わり





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