AWC 過誤無きトリュフ   永山


        
#427/457 ●短編
★タイトル (AZA     )  14/02/23  21:18  (195)
過誤無きトリュフ   永山
★内容
 猫背になり、ズボンのポケットに両手を突っ込んで下校する勝浦大伍の姿を
見て、僕は思わず、「あれ?」と声を上げた。相手にも聞こえたらしく、勝浦
がこっちを振り返った。その拍子に、小脇に抱えていた学生鞄が、するりと落
ちる。勝浦に慌てた様子はなく、のろのろと拾い上げた。
 クラスメートの中でも、勝浦は一番親しい友達だ。中学に入ってから知り合
ったから、まだ四年ほどの仲だが、それでもこんな不抜けた感じになったの勝
浦を見るのは、今日が初めてだ。
 だけど、思わず声を上げた理由は、別にある。今日はバレンタインデー。勝
浦には彼女がいて、放課後はデートだと浮かれていたのを知っていたからだ。
「勝浦、どうかしたん?」
「どうかしたとは?」
 ほぼおうむ返しに問われ、僕は相手を指さした。
「こんなとこで何してるのかなと。粂寺さんとデートだろ、確か?」
 僕と粂寺万里とは、小学校と中学校で、何度か同じクラスになった。元々、
近所同士で親しい仲とまでは行かなくとも顔見知りだった。その関係で、彼女
と勝浦は知り合えたようなものだ。彼に、小学校時代の粂寺さんにまつわるい
くつかのエピソード――運動会のリレーで、隣のコースを走る親友が転んだの
で起き上がるまで待ったとか、植樹のイベントで女子にしては平気で土いじり
したり虫に触ったりしているなと思ったら、親の田舎で野菜作りを頻繁に手伝
ったことがあるとか、ピーマンが好きで友達から変人扱いされたとか――を話
してやったら、すごく面白がって喜んでいたっけ。
「ああ、そのこと……」
 素っ気ない、というよりも避けたがっているように、ぷいと顔をそらした勝
浦。そのまま、さっき目の当たりにしたのと同じ格好で、ぞろりぞろりと歩き
出す。
「まさか」
 ふられたのかと聞こうとするも、思いとどまった。興味津々なのだが、友人
に対する心配りくらいは働く。もしも本当にそうだったら、傷口に塩を塗り込
むことになる。というか、当たっている気がしてならない。
 どうしようと悩んでいると、意外にも勝浦の方から話し出した。
「仲間、おまえの方が親しいよな、家庭科部の部長とは」
 念のため記しておくと、僕の名前は仲間正二という。
「家庭科部の部長さんて、木幡先輩? まあ親しいというか、昔からの顔見知
りというか。家が近所で、町内会の行事なんかで割と顔を合わせていたからね」
 僕は木幡先輩の面長で柔和な顔を思い浮かべながら答えた。ちなみに、家庭
科部の部長といっても男子だ。身体は大きいのに家庭科関係、特に料理が得意
で、食材の知識も豊富。荷物を軽々運ぶ様は、気は優しくて力持ちを体現した
ようなところがある。
「あの人、粂寺さんとどういう関係だ?」
「はい?」
 そんな組み合わせ、考えたこともなかったので、頓狂な反応をしてしまった。
勝浦の前に回り込み、その顔を見ながら問い返す。
「何があったか知らないけど、粂寺さんと木幡先輩の仲を疑ってる?」
「ああ。だから、昔何か関係があったのかと思って」
 投げ遣りな口調で、ちっとも要領を得ない。
 歩きながらするような会話ではないと判断し、僕らは落ち着ける場所を探し
た。とはいえ、わざわざファーストフード店まで出向くには遠いし、公園に駆
け込むのも、誰か知り合いに見られそうで嫌だ。結局、僕の家に行くことにし
た。

 インスタントのコーヒーを飲んで、人心地ついたらしく、勝浦はやっと順序
立てて話せるようになった。
「今朝、見たことなんだが」
「ふむふむ」
「あ、他言無用な。絶対に誰にも言うな。言ったら、絶交する」
「わかった。言わない」
 軽い調子の相槌を引っ込め、僕は真顔で約束した。
「登校して教室に向かう途中、社会科か何かの準備室の前で、粂寺さんを見掛
けたんだ。ちょうどいい、声を掛けようとしたら、柱の陰にもう一人いた。そ
れが木幡先輩」
 確かに、意外な組み合わせではある。少なくとも、高校での二人の接点を僕
は知らない。でも、さっきも記したように、粂寺さん家も僕の家の割と近所に
あるから、そのつながりで推せば、木幡先輩と粂寺さんだって近所ってことに
なる。顔見知りであっても、別に不思議ではない。
「声を掛けそびれて、逆にこっちが隠れた。そのまま、聞き耳を立てていたら、
粂寺さんが言ったんだ。『これ、約束していた物です』って」
「約束していた物? 何だろ」
「バレンタインデー当日に渡すような物なら、だいたい決まってるじゃないか」
「そりゃそうだけど。確かめたの?」
「うん。見えたんだ。粂寺さんが、両手のひらに乗るくらいの、白い紙袋を木
幡先輩に渡した。受け取った先輩は、紙袋をのぞき込んで、中から一つ、取り
出した」
「それがチョコレートだったと」
「多分な。焦げ茶色で、丸っこくて、少し白みがかっていた。大きさは親指ぐ
らいだったな。トリュフチョコかもしれない」
 勝浦は自らの親指を見つめながら答えた。
 一応、高級チョコレートと呼んで差し支えない商品だったってことか。……
うん? 商品とは限らないか。
「さっき、勝浦は紙袋って言ったけど、店で売っているようなチョコじゃなか
ったってこと?」
「……分からない。紙袋は無地だったから、店が出すような物じゃないのは確
かだけどな」
 トリュフチョコを手作りできるのかどうか、知らない。仮にできるとして、
よほど自信がなければ、家庭科部部長で料理の得意な木幡先輩にプレゼントす
ることはなさそうだけど。
 一方、店で買った物だとしたら、わざわざ無地の紙袋に移し替えたことにな
る。バレンタインのプレゼントなら、もっと愛らしいデザインや色合いの袋を
使うのではないか。白の袋を使うなら、せめて赤いリボンで結ぶぐらいはして
いいはず。
「なーんか、変だよ。本当にチョコレートだった?」
「そりゃ、直接口にした訳じゃないさ。外見はそれっぽく見えたぜ」
「うーん」
「あ、そういえば、渡すときにこうも言ってた。『ちょっと時季外れですけれ
ど』って。トリュフの旬じゃないって意味じゃないか?」
 トリュフに旬があるのかどうか、あるとしていつなのか、寡聞にして知らな
い。検索してみようとも思わないけれど。
「プレゼントの正体はさておき、そのあと、粂寺さんと先輩はどんな会話をし
てたのさ?」
「見てない。その場をこっそり離れたから」
「あれ? でも、一時間目のあと、教室で粂寺さんからプレゼント、もらって
なかったっけ? 廊下で」
 勝浦を指さす僕。正確には、棒状のお菓子で指し示したんだけれど。
「ああ、見てたのか」
「目立つもの。クラスが別々になってからは、大変だなって思うし」
 粂寺さんと僕たちとは今学年、異なるクラスになった。だから今日のバレン
タインデーも、粂寺さんがわざわざ勝浦の教室までやって来て、プレゼントを
手渡していた。
「プレゼントの中身は? もう確認したんだろ?」
 確認したのだと断定的に言ったのには、理由がある。粂寺さんがプレゼント
を渡して帰ると、勝浦はすぐ、どこか――多分、トイレの個室――に行き、二
時間目の始まるぎりぎりに戻ってきたから。
「ああ、とうに開けたさ。中は、普通の手作りチョコだった」
 手作りという時点で、普通のチョコではないと思う。その点をただすと、勝
浦は補足説明をした。
「トリュフチョコではなかった、という意味だよ。普通のチョコレートの方が、
ランクが下なのは明らかだ」
「木幡先輩がもらっていたのとは、全く違う形のチョコだったと」
「形だけじゃない。種類もきっと、全然違う。見た目が、あれほど違うんだか
らな」
「念のため、見せてよ。その、粂寺さんからもらったというやつ」
「学校に置いてきた。机の中にな」
「何でまた」
「食べる気にならん」
 それもそうか。現在の勝浦の心情を思うと、無理もない。ただ、捨てなかっ
たとうことは、粂寺さんをまだ嫌いになった訳じゃなさそう。
 事実、勝浦は直後にこんなことを言い出した。
「……本当は食べたいんだよな〜。くれたときの様子、やましそうな感じは微
塵もなかった。それどころかかわいらしくて。手が部分的に赤くなってるから、
『火傷したのか』って、それだけ心配になって聞いたんだ。そうしたら、『こ
れはお母さんの料理の手伝いで、山芋を摺ったらかぶれただけよ。ありがと、
心配してくれて』って返事が、またかわいらしくて」
 のろけているのか、遠い思い出を語っているのか、よく分からない。
「あのさ。そんなに気になるなら、粂寺さんに直接、聞いたんだろうね。今朝、
木幡先輩と何を話して、何をあげたんだって」
「それもしていない」
 おや。プライドが邪魔をして、聞けなかったんだろうか。
「はっきり言って気分が悪くて、聞く気になれなかった。喋るとぶっきらぼう
やつっけんどんを通り越して、暴言を吐きそうな予感がしたから、今日は粂寺
さんとは必要最小限の会話しかしてない」
「……てことは、デートをやめたのも、すっぽかした形になってるってか?」
「かもな。だが、ある程度は察しがついてるんじゃないか。こっちは口を聞か
なかったんだし、当人は俺に内緒で、朝、先輩にチョコを渡した自覚があるだ
ろうし」
「うーん、それはどうかと思う」
「それって何だよ」
「だから、この、今の状況だよ。何ら確認をせず、一方的な判断のみで相手の
行動を決めつけている。誤解の可能性もあるだろう」
「どこに? バレンタインデーに、チョコレートを渡す行為に誤解のしようが
あるか? 義理チョコだなんて言うなよ。トリュフチョコだ。俺が受け取った
のよりも、多分、高い」
「僕は見てないし、その点は何とも言えないけど。なあ、そっちが承知してく
れるのなら、僕が粂寺さんに事情を聞いてみてもいいかな」
「……粂寺さん、俺達の仲を知ってるからなあ。おまえが聞けば、俺の考えだ
ってこと、すぐに察するんじゃないか」
「かまわないじゃないか。何か問題でも?」
「なんていうか、小さい男と思われそうで」
 未練たらたらじゃないか。まあ、今日起きたばかりの出来事なんだから、無
理もないか。ただ、別れたくないんなら、さっさと聞く方が絶対にいい。現状
からプラスに転じることはあっても、マイナスにはなるまい。駄目押しの決定
打になる可能性は、ゼロではないだろうけど。
「――じゃ、こういうのはどう? 木幡先輩に聞くんだ」
「お? なるほど……」
 意外だったらしく、眼をぱちくりさせた勝浦。しばし考慮し、「まあ、粂寺
さんに直接聞くよりは、だいぶましかな」と言った。
「よし、決まり。これから聞いてくる」
 勝浦が翻意しない内に、即断してやった。ここで待っているように言って、
僕はハンガーに掛けたコートを再び羽織った。

 木幡先輩から返事をもらった僕は、ゆっくりと時間を掛けて家に向かった。
 笑いが収まるために、十分ほど必要だったからだ。
 ……やっぱり、笑いが収まらなかったので、勝浦に直接説明するのはやめに
した。
「結果は保証する。だから、自分で粂寺さんに聞いてこい!」
 そう言って、親友を送り出した。

「え、今朝のこと……って何かあった? え、何? もう、勝浦君、はっきり
言って。――ああ、木幡先輩に。うん、渡したわ。やだ、見てたのね。それな
らそうと、すぐ言ってくれたらよかったのに。冬休みの間、怪我をした小鳥を
見つけたのよね。治療するつもりで連れて帰ったんだけれど、うまくいかなく
て、木幡先輩に教えてもらったの。そのお礼。――紙袋の中身? ムカゴよ。
――そっか、勝浦君は知らないか。まだ余っていると思うから、持ってくるわ。
山芋の子供みたいなもので……。
 ほら、これよ。木の皮みたいな表面をしてるでしょ。これをふかすと、仄か
に甘みが出て、ほっこりした感じになって、おいしいのよ。本来は十月から年
末にかけての物なんだけど、今の時期でも食べられないことはない。……ムカ
ゴを先輩にプレゼントした理由? だから、小鳥の――ああ、そういう意味じ
ゃなく、何故、お礼がムカゴなのかってことね。木幡先輩のこと、勝浦君がど
れだけ知っているか知らないけれど、色んな食材を試したいと思ってる人なの
よ。ムカゴは手に入れたことがないって聞いたから、それならって私、おじい
さんに頼んで送ってもらったの。そうだ、折角だから、勝浦君も食べてみる? 
少し時間が掛かるけれど、元々、今日はデート――そういえば、何ですっぽか
してくれたの?」
「――ごめん。本当にごめん。今からでも……かまわないかな?」

――終わり





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