AWC お題>未解決   永山


前の版     
#425/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  14/01/31  20:39  (380)
お題>未解決   永山
★内容                                         15/01/11 10:12 修正 第2版
 名探偵・天田才蔵(あまださいぞう)の推理は、佳境に入っていた。
 会議室に関係者を集めておき、彼らをいつものようにざっと見渡したあと、
おもむろに「さて」と言う、この古来から連綿と続く伝統の型から入った彼の
推理は、今日も絶好調のようだ。僕・標準一郎が天田のワトソン役に収まり、
事件を記録するようになってから、不調な彼を見た覚えはないのだが。
 今、アリバイ検証により、四方快人(よもかいと)と五島志甫(ごとうしほ)
を殺害した容疑者は、三人にまで絞り込まれた。一場建太(いちばけんた)、
二谷芽衣子(にたにめいこ)、三山光郎(みやまこうろう)の三人には、現時
点で判明している分には、一昨日の夜九時からの二時間及び、昨日の未明から
明け方五時までの二時間について、アリバイがない。
「一見すると、三人の中で最も怪しいのは三山さんだと思われるかもしれない。
何せ、彼は偽証を頼み、アリバイ工作をしていたのだから」
 名指しされた三山という学生は、表情を隠すように左手を頭に宛がい、目線
をそらした。貧乏揺すりが出ていて、椅子の脚が床をかたかた叩いていた。実
際には当人も親も金銭的に裕福で、身なりもきちんとしている。生真面目そう
な二枚目で、その外見が女性の警戒心を解かせるのか、何股も掛けていること
が明らかになっていた。アリバイ作りもそのためで、事件とは無関係だと主張
している。
「では、その後彼が主張した、恋人の一人と一緒だったとのアリバイは、どう
か。恋人の証言は、身内のそれに準じる程度の信憑性しか有さないと、私は判
断します。複数の女性と付き合っている場合でも、大差ないでしょう」
 天田が、アリバイを疑うような口ぶりで始めたので、三山は何か反論しよう
とした。だがそれを制し、天田は続ける。
「しかし、私は別方向から、三山さんを容疑の枠から外すか否かを決める材料
を得ました。三山さん、あなたは高所恐怖症の気がありますね?」
「え、何故それを――」
 探偵を指さしたまま、絶句する三山。他の面々――三山の友人達も把握して
いなかったらしく、一様に驚きの表情を浮かべている。
「一昨日の昼間、湖にボートで漕ぎ出した際、たいして揺れてもいないのに、
あなたは酔ったみたいだとか何とか言って、早々に引き返すように主張した。
あれ、湖底を覗き込んだためじゃないかと睨んだんですが、どうやら当たって
いたようで」
 得意げに語る天田。まだ理解できない人のためにと、補足する。
「透明度の高い湖だと、水に浮かんでいるのにまるで宙に浮いているような感
覚になることがありますからね。仮に底まで見通せたとしたら、水深イコール
高さという訳です」
「つまり、こういうことか」
 口を挟んだのは、地元警察の刑事。確か有本(ありもと)という名前だ。髭
剃り痕の青さが印象に残る、厳つい顔。背が高くがっしりした体格で、叩き上
げのベテラン――と見た目で判断していたのだが、実年齢を聞いてびっくりし
た。
「二番目の殺しは、この先の吊り橋を渡ったところにある別荘で起きた。高所
恐怖症の三山には、橋は渡れないと?」
「そういうことです。意識のない状態で車か何かで運べば、向こう側に行ける
でしょうが、それだと当然、共犯者が必要だし、そもそもあの橋は車は通れな
い。足で歩くしかないのです」
「なるほど。だが、三山は高所恐怖症であることをどうして黙っていたんだ? 
はっきり言って、最有力容疑者だった。疑われていることを、当人も自覚して
いただろう?」
「それは恐らく、格好を付けたかったのではないかと思いますね。どうかな、
三山さん?」
 探偵に問われ、三山は不承々々といった体で、首を縦に振った。
「高いところがからきしだめだなんて知られたら、女にもてなくなる。それど
ころか、馬鹿にされると思ったんだよ」
 吐き捨てるように言って認めた。とにかく、これにより容疑者は三人から二
人になった。
「次は二谷さん、あなたについて検討してみたい」
 天田が名指しすると、二谷芽衣子は明らかにほっとした。名前を最後に言わ
れなかったということは、自分が犯人ではないと判定されたものと受け取った
のだろう。
 天田のワトソン役を務める私の知る限り、天田はときに、変ないたずらを仕
掛ける。容疑者を絞り込む途中で、いきなり犯人を名指ししたことも一度あっ
た。今回は果たしてどうだろう?
「私には動機がないと何度も申し上げたのに、信じてもらえず、アリバイもな
し。もちろん、高所恐怖症でもないわ。どんな手で救ってくださるのかしら」
 社会学の教授という二谷は、時代の流行に合わせて何らかの専門家を名乗り、
各地で講演会を行っていた。今回の事件に巻き込まれた(?)のも、元々はこ
ちらの保養施設のイベントとして、講演会を依頼されたためだ。重要なのは彼
女が、一本橋を渡った先の別荘の主、四方と旧知の間柄である点だろう。彼女
自身は動機がないと言っても、昔付き合っていたと聞けば無視できまい。
「二谷さんがこちらに来られて以降の行動を、子細に調べてみました。そうし
たところ、一つ気付いたことがあります。あなたは最初の被害者である五島さ
んと、面識がありませんね。講演会で顔を合わせる可能性があったが、五島さ
んは体調を崩し、部屋で休んでいた。知りもしない相手を、殺すなんておかし
な話です。殺人の順序が逆なら、分からなくもない。たとえば、四方さんを殺
害したところを目撃されたから、五島さんも口封じに殺した、という風に想像
できる」
「動機が明らかになっていないことを、今更挙げられてもだな」
 刑事が口を挟んだ。
「何の意味もない。現に、天田さんが残したもう一人の容疑者にも、二人を殺
す明確な動機があるかどうか、まだ判然としていない」
「ええ、承知しています。でも、私が指摘したいのは、二谷さんが五島さんの
顔すら知らなかったであろう点です」
「うん?」
「五島さんが泊まったのは、相部屋でした。彼女の部屋について、宿泊者の情
報を施設に問い合わせた記録はないそうです。顔も名も知らない人物を殺しに、
何者かが何名泊まっているのか分からない部屋に出向くなんて、ばかげている」
「ううむ……。しかし、無差別殺人、殺人狂の線は否定できますまい」
「やれやれ、刑事さんもなかなか頑固だ。では決定打を提示するとしましょう。
犯行現場となった五島さんの部屋には、どういう訳かブタクサが飾ってあった
ことに、刑事さん達はお気付きでした?」
「あん? ブタクサ? どんな物か知らんが、花瓶に挿してあったあれか」
「そうです。ほとんど緑色の、あまり見栄えのしない植物で、そこいら中に生
えています。宿泊施設側の話では、花瓶には何も挿していなかったとのことで
したし、同室の女性も関知していない。五島さんがいつの間にか挿したらしい。
重要なのは、このブタクサが花粉症の原因の一つであり、さらに、二谷さんは
ブタクサに弱く、ちょっと吸い込んだだけでも激しい鼻水とくしゃみに見舞わ
れるという事実です。つまり、もしも二谷さんが五島さんの部屋に入っていた
なら、今、その症状が出ていなければならない。しかし実際には違う」
「仰りたいことは理解しました。だが、本当にブタクサの花粉症なんですか、
二谷さんは」
 探偵と容疑者双方に、刑事は疑わしげな視線を投げ掛けた。二谷芽衣子は即
座に首肯した。
「ブタクサの話を聞いただけで、鼻がむずむずしてくるぐらいですわ。お疑い
でしたら、薬を処方してもらっていますから、照会でも何でもしてください。
でも、天田さんはどうしてそのことを……ここにいる誰にも話した覚えはあり
ません」
「簡単です。ブタクサのあるところを避けていたように見えたので、もしかし
たらと常備薬を調べてみたところ、分かったんです」
「調べたって……あ、もしや」
 二谷は口元を手で押さえ、僕の方を振り向いた。僕は照れ笑いを浮かべて応
じた。昨日の朝、廊下ですれ違いざまに軽くぶつかって、半開きのハンドバッ
グの中身をぶちまけさせたのだ。そのとき、薬をほんの少し失敬し、あとで天
田が調べた。それだけのことである。元に返す隙がなかったので、今も持って
いるのだが、まさかこれが彼女の無実の証拠とは知らなかった。
 有本刑事の指示で、照会作業が進められる間、二谷は再び天田に疑問をぶつ
けた。
「私の花粉症を把握していたのに、すぐにそのことを持ち出さなかったのには、
何か理由が?」
「プライバシーに関わることですし、情報の入手方法も、いささかイレギュラ
ーなものでしたからね。できれば、行使せずに済ませたかったんですよ」
 またも得意げに答えた天田。そこへ、ごほんごほんとわざとらしい咳払いの
音がした。容疑の枠内にいる最後の一人、一場がその源だった。スーツをきっ
ちり着こなした彼は、ネクタイを緩めていた。どこの会社員かという出で立ち
だが、これでイラストレーターを生業としている。右手に指先のない革手袋を
はめているのが、唯一それらしいといったところか。
「おかしな流れになっているようですが、自分は犯人ではありません」
 皆の注目を浴びた一場は、きっぱりと言い切った。無論、真犯人であろうと
なかろうと、犯行を否定するのが普通であるが。
「残った一人だからと言って、犯人と決め付けはしない。検討してみよう」
 天田は笑みを短く浮かべ、口元をまた引き締めてから続けた。
「一場さんが犯人ではない、あるいは犯人だと断定できるロジックがあるか、
探してみた。すると、案外間近である発見をした。皆さんに見てもらいたい」
「見て、だって?」
 刑事のオウム返しはこれで何度目になるだろう。
 天田は黙って一場のそばまで歩み寄ると、相手の足下を指さした。
「立派な革靴を履いておられる。それを脱いでみてくれませんか」
「意図が分からないが……お安いご用だ」
 靴を脱ぐと、当然、靴下が露わになった。それを見て、僕やその他何人かが
あっと声を上げた。一場の穿く靴下は、彼の右手袋と同じく、指先がないタイ
プだったのだ。
「ご覧のように、一場さんは指先を出したソックスを着用されている。これは
普段からですか」
「ええ。脳に刺激を与えてくれる気がしてね。常用している。ソックスはこの
タイプしか持っていない」
「結構。――刑事さん、これが何を意味するか、お分かりですか」
「……ぼんやりとだが、浮かんできたぞ。ええっと、五島志甫の部屋は靴を履
いたまま出入りできたはずだから関係ないが、四方の別荘は、玄関で靴を脱ぐ
スタイルだった。スリッパも、男所帯故か、用意されてなかったように記憶し
ている」
「私もそう記憶しています」
「ということは、だ。四方の家の床には、一場さんの足の指紋がいくつか付着
しているはず。だが、そんな物が検出されたという報告はない!」
 有本刑事は、髪を激しくかきむしった。容疑の枠内に、誰もいなくなってし
まったのだ、無理もない。
 ざわめく場の空気を察し、僕は天田に問い掛けた。
「犯人がいなくなってしまいましたが、推理が間違っていたのでしょうか」
「そう言えるかもしれないが、厳密には、前提が間違っていたのだと思う」
「前提というのは」
「推理を重ね、数を絞り込んでいく母体そのものに、穴があったんじゃないか
って意味だ。君は気付いていただろうか? 事件関係者の中で、初めから無条
件に除外された人物が一人だけいると」
 僕は「何の、いや、誰のことです?」と応じた。天田から詳細は聞かされて
いないが、彼の推理がいよいよ追い込みに入ったんだと感じる。
「四方快人だよ」
 この発言には、部屋にいた誰もが衝撃を受けたようだった。「えっ?」だの
「四方は二番目に殺された被害者だぞ」だのの声を上げる者がほとんどだが、
すぐには理解できずに頭を振る者や、隣同士でひそひそと囁き合う者達もいた。
「あー、つまり天田さん。こういうことですかな」
 有本刑事が頭を掻きながら言った。
「四方が五島を殺害し、後に自殺したと?」
「飲み込みが早くて助かります」
 にやりと笑う天田に対し、刑事は信じられないという表情を崩さない。
「飛躍が過ぎるんじゃないですか。そもそも、何の証拠もない」
「物的証拠と言うには弱いかもしれませんが、一応の根拠はあります。是非と
も、調べていただきたいのですが」
「そりゃあ、話を聞いてからだ。納得が行けば、調べる」
 確約を取ると、天田は「結構ですね」と手を打った。大きな音に、室内の騒
ぎが収まる。
「まず、四方の遺体発見後に、皆で現場である別荘に行きましたが、その際、
二谷さんの鼻の調子が悪くなった」
 言われてみれば、あのとき、彼女は盛大にくしゃみをした。回数こそ少なか
ったが、かなり酷い症状だったように思う。
「それまで何ともなかった二谷さんに、どうして症状が出たのか。別荘内にブ
タクサの花粉が漂っていたためと想像できる。そしてそれは、四方が五島志甫
さんの部屋を訪れた折、言い換えれば殺害時に、花瓶に挿してあったブタクサ
から衣服等に移り、別荘に持ち込まれたと仮定すれば、筋が通る」
「理屈ではあるが……他の可能性だって充分にあるでしょう。ブタクサはそこ
いらに生えてると言ったじゃないですか。いつどんな形で持ち込まれるか、分
かったものじゃない」
「確かに。では二つ目。四方は五島志甫さんが殺されたと思しき時間帯のアリ
バイを問われ、こう答えている。“別荘のテレビで映画を観ていた。『ゲーム』
というタイトルで、知っている俳優は出ていなかったが、いかにもいわくあり
げな古めかしい屋敷を舞台に、特定の状況から抜け出せないスリラーで、そこ
そこ楽しめた”と」
「その点なら、我々も確認済みだ。当日の午後九時からの枠で、『ゲーム』と
いう洋画をオンエアした局があった」
「主演は誰でした?」
「関係あるのか?」
 訝しがりつつ、手帳を取り出し、確認をする刑事。
「マイケル・ダグラスとショーン・ペンという役者だな」
「かなりのビッグネームですよね。この二人を知らないなんて、あるでしょう
か?」
「私もマイケル・ダグラスなら顔も知っているし、もう一人の方も名前ぐらい
は聞いたことあるが。四方は映画マニアという訳じゃないし、知らなくてもお
かしくはない。少なくとも、知っていなければならないという理論は成り立ち
ませんぞ」
「マイケル・ダグラスらが出ている『ゲーム』の粗筋を、ご存知ですか?」
「いや、知らないし、そこまでは調べていない」
「やはりですか。四方の証言は、ちょっと変なんですよ。特定の状況から抜け
出せないスリラーというのは、当たらずとも多少はかすっていなくもない。し
かし、古めかしい屋敷を舞台にというところは、全くおかしい。豪邸こそ出て
来るが、古びた屋敷ではありません。そこで調べてみると、四方の証言にぴっ
たり合う映画が見つかるんですよ。もちろん、タイトルは同じ『ゲーム』で、
トビン・ベル主演のシチュエーションスリラーが。ひょっとすると、四方はこ
ちらの『ゲーム』だけをかつて観ており、当日放送の『ゲーム』については全
く知らなかったのかもしれません」
「何? てことは……四方は五島を殺害後、テレビ欄に『ゲーム』とあるのを
見て、アリバイ工作のためにとっさに嘘を吐いたってか?」
「私はそう推理します。疑いもされぬ内から自殺を選んだのも、このアリバイ
工作が簡単に見破られると覚悟したからではないでしょうか」
「うーむ。可能性が出てきたことは認めてもよい。だが、自殺にしては、あの
死に様は変じゃありませんかね?」
 有本刑事の言葉に、頷く者多数。当然だ。四方は、腹部からの失血で死亡し
たと見られている。傷は刃物、恐らくは四方の別荘にあった包丁によると推測
されたものの、その凶器が現場では発見されていない。
「氷やドライアイスで作った刃物だなんて、言わんでくださいよ」
「彼が死んだ部屋の窓は開いていたはず。そこから外へ投げ捨てれば、川に落
ちる」
「舐めてもらっちゃ困る。窓の下なら、真っ先に浚った。包丁どころか、剃刀
一つ落ちちゃなかったよ」
「川の上流や下流は、まだ捜索していませんよね?」
 何やら念押しするような口調で、天田は聞いた。憤慨が収まりきっていない
様子の刑事は、乱暴に「ああ、時間が足りない。だがいずれやる」と答えた。
「だったら、望みはある。水の勢いで押し流されたかもしれない。あるいは、
流されるよう、四方が包丁に細工をした可能性もある」
「細工?」
「水の抵抗を受けやすくする細工です。たとえば、包丁の柄の部分に、傘状の
物を手作りして取り付けるとか。そうすることで、自らへの返り血も抑えられ、
自殺したようには思えなくなる効果も期待できる」
「うぬぬ……」
 名探偵と評判の男から、自信溢れる口調で断言され、刑事も考え直したよう
だ。十秒ほどの間をおいて、部下達に命じた。川の下流を重点的に浚え、と。

 冬にしてはうららかな陽光が、窓ガラスを通して室内に降り注いでいた。休
日のそんな昼下がり。
 自分がこれまでに記した事件簿を読み返す内に、あることに気付いた。いや、
むしろ先に気付きがあり、確認するために事件簿を読み返したと言うべきかも
しれない。
 そしてその気付きが当たっていたと確かめられた頃合いに、天田才蔵が事務
所に帰ってきた。たまには一人で昼食を摂りたいと、どこかに出掛けていたの
だ。
「お帰りなさい、天田さん」
「うむ。留守中、何もなかったかね」
「特にありません。ねえ、天田さん。現在のところ、依頼を抱えていないこと
ですし、僕の話をちょっと聞いてくれませんか」
「何だい、改まって。断りを入れなくても、暇なときであればいつでも聞くが」
 天田の返事には、若干の嘘がある。この名探偵、依頼がないときでも、一人
の世界に没頭することがたまにあるのだ。そんなときの天田に、おいそれと声
を掛けても、無視されるだけならまだいい方で、怒鳴りつけられる場合だって
ある。
「それじゃ……あ、最初に言っておくと、気を悪くしないでくださいね」
「どういう意味だい。――うん? 旧い記録を引っ張り出したようだが、それ
と関係ありそうだな」
「はい。この間の『保養地殺人事件』――仮題ですが――の解決後に、ふっと
感じたんです。天田さんの解決した殺人事件て、犯人が死亡しているケースの
割合が高いんじゃないかなって」
「へえ、そうかい?」
「まず、『保養地殺人事件』でしょ。犯人が実は二番目の犠牲者を装って、自
殺していた」
 僕は指折り数え始めた。ついこの間の事件だから、記憶が鮮明だ。包丁は吊
り橋の真下付近で見つかったのだが、その柄には天田の想像した通り、紙皿を
利用した傘状の物が取り付けてあった。
「次に、殺しを扱った依頼としては一つ前の『虫眼鏡殺人事件』。逃亡を企て
た犯人だが、崖から誤って転落し、事故死」
「ああ、そうだった。思い出してきたよ。さらに遡ると、『ブルーベリーとラ
イラック、あるいは入浴剤殺人事件』では、犯人が謎解きの場に姿を見せず、
部屋を訪ねると自殺していた。その前は……『家庭菜園殺人事件』で」
「正式なタイトルは、『洋風庭園殺人事件』と付けましたが」
「うむ。あの事件では、事件に先立って病死した老人が、あれこれ仕掛けをし
ていたおかげで連続殺人が起きた。『日曜大工殺人事件』は、計画殺人を完遂
した犯人が、よほど浮かれたのか屋根から落ちて死んでしまった」
「『剥製殺人事件』を飛ばしましたよ、天田さん」
「あれもそうか。犯人は巧妙に隠れたつもりだったろうが、アクシデントによ
り、窒息死してしまったやつだ」
「数えてみると、僕が記録役に就いて以後、天田さんが引き受けた殺人事件解
決依頼八件の内、六件で犯人が死亡しています。七十五パーセントというのは、
多いんじゃないかと」
「多いかどうかは、私にも判断できないな」
 分析を始めることもなく、案外あっさりと結論を下す天田。
「標君が記録役になる前にも、何件か殺人事件を解決に導いたが、同じような
ペースで犯人の死による結末を迎えたと記憶している。これが異常と呼べるレ
ベルか否かは、全ての殺人事件に関して追跡調査する必要が出て来る。あるい
は、名探偵に依頼したくなるようなタイプの殺人に限ると、犯人の自殺が多い
のかもしれないよ。目的を遂げた犯人が油断したり、死んでもよいと考えたり
することで、犯人の死という結末を迎える場合が増えるのかも」
「そんなものでしょうか」
「我々が携わった殺人事件で、犯人が逮捕されるまでに死亡していないのは?」
「えっと、『自転車通勤殺人事件』と『歩く雪だるまの殺人』ですね」
 念のため、リストを見てから答えた。前者は、いわゆるプロバビリティの犯
罪で、犯人は目的を達成している。後者は、雪の密室が最大の謎として立ち塞
がった。犯人は予定していた四人の内、最後の一人を殺し損なっている。
「計画した殺人の達成具合は、関係あるとは言い切れないな。犯人が死んだ六
件も、全てが計画を完遂した訳じゃあない」
 僕の手からリストを取り上げ、しばらく眺めていた天田は、やおら資料を机
に放った。
「結局は、偶然さ。全て、偶然に過ぎない」
 さっきと同様、あっさり断定すると、興味を失ったらしく、天田は本棚から
一冊の実用書を手に取った。

           *           *

 U駅近くの喫茶店、その地下階の隅にあるテーブルにて、男が二人、顔を突
き合わせていた。
「約束した通りの額が入っています。確認したければご自由にどうぞ」
「信用しますよ。見返りは、金銭だけではありませんしね」
 若い方の男からテーブルを滑らされてきた封筒。その中ををちらと覗いただ
けで、もう一方の男――天田才蔵は懐に仕舞った。
「そちらの方もお約束通り、手配しておきます」
 それじゃこれでと立ち上がり掛けた相手を、天田は呼び止めた。
「もう少しだけ付き合ってください」
「何ですか? これでもう縁切りのはずでしょう。なるべく接触しない方がお
互いのためだって言ったのは、あなただ」
 座り直した若者は、声を低く、潜めつつも、強い抗議調で言った。
「ええ、覚えています。それとは別口で、状況に少し変化がありましたので、
お伝えしておきたくて」
「わざわざ言うからには、悪いことなんでしょうね」
「まあ、そうです。実は、あの保養地での事件で、我々が密かにしたことに、
気付きつつある人物が現れたんです」
「え? それは困る。あなたが保証するというから、話に乗っただけで……」
「まあ、最後まで聞いてください。現時点でその人物は、全てに気付いた訳で
はなく、ほんのちょっぴり、疑問の萌芽が顔を覗かせた程度ですから。ただ、
今後もしも、より真実に近付かれた場合の対処法を、決めておかねばなりませ
ん」
「と、言いますと?」
「疑惑を向けられたら、素直に認める、なんて選択肢は論外でしょうね」
「も、もちろん」
「ならば、三つの手段が残っています。穏便にその人物を遠ざけるか、実力行
使でその人物を口封じするか、別の人物を新たな犯人として仕立て上げるか。
一つ目は、完全な対処法ではなく、いずれぶり返す恐れがあるので勧められな
い。二つ目は逆に完璧だが、最終手段。なるべく使いたくない。私と親しい間
柄でもあるし」
「じゃあ、三つ目しかないじゃありませんか」
「決めるのはあなたです。ただし、手段に応じてそれなりの報酬をいただきま
す。元々、あなたが四方と五島を殺害しなければ、起こらなかった事態なんで
すからね」
「……金で解決するのであれば……」
「二つ目を選択しますか? これまでの説明で分かると思いますが、二つ目が
最もお高くつきますよ」
「もう少し、考える時間をもらえませんか」
「連絡を取る回数は、少ないに越したことはないんですがね」
「う、うん、それは理解してる、充分に。……そうだ、一週間。一週間の猶予
をください。一週間後に大手新聞に広告を出します。僕達だけに分かる合図を
決めて。それでいいでしょう?」
「ん、ま、かまいません。では、合図を手っ取り早く決めてください。私の方
は料金を提示させていただきます」
 天田は小型のスーツケースから一枚の紙を取り出した。きちんとした書類で
はなく、簡潔なメモ書きで、三つの手段それぞれに対応する必要な額が記され
ていた。

 〜 〜 〜

 三通りの合図を取り決めると、天田はそれをしっかり記憶した。
「では、一週間後の新聞で」
 相手の若者はそそくさと立ち上がり、足早に階段に向かった。彼――三山光
郎の背中を見送り、天田は伝票を手に取った。もうしばらく待ってから、店を
出るつもりだ。
 高所恐怖症の三山が、いかにすれば高い吊り橋を行き来し、四方を殺害でき
るのか。この設問に対する答を見付けたことが、天田に今回の行動を起こさせ
た。関わった殺人事件において、裕福な者や権力者が犯人であると推定でき、
かつ、解決を捏造できる見込みがあり、さらには犯人からしっぺ返しを食らう
可能性が低い場合、天田は名探偵らしからぬ行動を取る。真相とは異なる解決
を作り出し、犯人を救ってやるのだ。それ相応の見返りと引き替えに。
(あのお坊ちゃん、高所恐怖症でも、下が見えなければほぼ平気なんだよな)
 天田は気象台に問い合わせたことを思い出していた。
 四方が殺された時間帯、あの保養地の一帯には濃い霧が立ちこめていた。そ
の高さは、吊り橋の高さとちょうど同じぐらいだったと推測された。濃霧のお
かげで、三山は高さを意識せずに、橋を往復できたのである。

――終





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●短編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE