AWC お題>宿敵   永山


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#423/549 ●短編
★タイトル (AZA     )  13/10/29  23:15  (264)
お題>宿敵   永山
★内容
 指定されたのは、とある廃ビルの二階、一番手前の部屋。中には、事務机と
イス、そして机の上にモニターが一つ。モニターは、最初から電源が入ってお
り、暗い室内で唯一、光を発していた。
 名探偵・天田才蔵(あまださいぞう)が、長年の宿敵である“殺人怪盗”サ
ウの呼び出しに応じたのは、今回が四度目だった。
 過去の三度はいずれも、相手の罠を予測し、サウを捕らえることこそならな
かったものの、見事に処理した。
 一方、今回は事情が異なる。予測も対策もない。取るものも取りあえず、応
じざるを得なかったのだ。
「素晴らしい。時間厳守だな、天田才蔵」
 ボイスチェンジャーを通したらしい声がした。モニターには、仮面の男の上
半身が大きく映っていた。左右が白と黒に塗り分けられた、能面のようなマス
ク。目も口も、小さく細い穴しかあいていないため、表情は窺えない。こいつ
がサウだろうか。
「標(しるべ)君はどこだ」
 天田は単刀直入に聞いた。怒気を抑え込んだ、静かな口調で。
 標とは、標準一郎(じゅんいいちろう)のことだ。私の兄である。
「安心したまえ。君の大事なワトソンなら、すぐにでも帰す。こちらの提案を
受け入れればの話だがね」
「……聞こう」
「我々の敵対関係も、三年を超えた。そろそろ決着をと思わないかね?」
「言われるまでもない。常に、おまえの逮捕を考えている。今も、標君を人質
に取られていなければ、おまえを捕らえる絶好の機会なのに、歯噛みする思い
だ」
「結構。思いは同じと確認できて、嬉しい限りだ。私もけりを着けたいのは山
山なんだが、これまでの繰り返しでは、永遠に終わるまい。君の名探偵として
の能力は認めるが、少々偏っているというのが私の評価だ。私の犯罪を解体す
るのは得意だが、私の逃走を妨げるのにはいつも失敗している」
「……」
 いつも、というのは言い過ぎだ。天田才蔵は、サウとされる人物の逮捕に、
二度も成功している。後に、逃走されたり、裁判で無罪判決を勝ち取られたり
しているが、その責任まで名探偵が被るいわれはないだろう。
「私を捕らえられず、君はいつも切歯扼腕しているかもしれんが、私も同じだ
よ。苦心して生み出した芸術的な犯罪が、簡単に解体され、失敗に終わるとい
うのは、非常に遺憾で、心が痛い。そこで考え、結論を得た。必ず白黒はっき
りする方法を用意し、勝負すればよい」
 白黒の仮面を着けた男は、かすかに顎をそらした。笑ったのかもしれない。
「戦いの場とルールを決めて、雌雄を決しようじゃないか」
「その呼び掛けは、こちらにも選択権があるというのかな?」
「あるといえばある。標君の身の安全は保証しないが」
「やはり、そう来たか。どうせ、勝負の方法もおまえ一人で決めるんだろう」
「それくらいしないと、悪役らしくないだろう? ふふ。ま、あとで意見は聞
いてやろう。聞くだけになる可能性が非常に高いがな」
「早く言え。犯罪者の提案する勝負方法、聞いてやろうじゃないか」
「その前に……男と男の勝負は、一対一が原則だと考えているのだが、もしワ
トソン役が必要というのなら、そこにいる若い男に役目を託すこと、特別に認
めてもよい」
 サウの視線が、こちらを見据えた気がして、私はびくっとした。余計な反応
は見せてはならない。恐ろしい結末が待っているかもしれないのだから。
 私は、振り返った天田と顔を見合わせた。緊張の面持ちで、無言のまま頷き
合う。
「勝負の内容次第だ。危険を伴うのであれば、同行はさせない」
「なるほど。探偵らしい、常識的な判断だ。では、勝負方法を提案させてもら
う」
 そう言ったサウは画面から姿を消し、代わって、予め用意していたと思しき
フリップが大写しになる。テレビのクイズ番組等でよく見る、長方形のボード
だ。青地に黒い文字で、何やら箇条書きされている。近付いて、読み取った。

・本日、十月一日から一週間以内に、サウは殺人を決行する。
・その殺人を、天田才蔵の仕業に偽装する。
・殺人発覚から一週間以内に、天田は濡れ衣を晴らすために尽力する。
・期限内に濡れ衣を晴らせなかった場合、勝負はサウの勝利とし、以後、天田
はサウの行動に一切関与しないものとする。
・期限内に濡れ衣を晴らせた場合、勝負は天田の勝利とし、以後、サウは殺人
や盗みをはじめとする犯罪行為から足を洗うものとする。

「いくつか尋ねたいことがある」
 私より先に読み終えた天田は、画面に対して早口で言った。
「聞いてやろう」
「殺人の被害者は、まさか標準一郎君ではないだろうな」
「さあ、どうだろうね」
「標君の解放について言及がないのも、どういうことだ? 馬鹿にしているの
か?」
「この勝負を受けて立つのであれば、すぐにでも帰すと言っただろう。勝負の
勝敗とは関係ないのだよ」
「死体になって、じゃあるまいな?」
「ふん、自分の目で確かめることだな」
 天田の口ぶりが乱暴になったのを不快に感じたか、サウの口調も粗っぽくな
った。
「サウよ。明言しておく。おまえが標君の身の安全を保証しない限り、勝負は
受けない」
「……面倒臭い奴だな」
 吐き捨てると、サウはボードを放り出した。ため息をこぼし、不承不承とい
った体で認めた。
「おまえが勝負を受ければ、標準一郎を無事に帰す。これでよかろう?」
「だめだ。時間を明示しろ。十年後に帰すなどと言われては、お話にならない」
「……一両日中に。さあ、譲歩したのだから、受けるんだろうな?」
「まだ質問がある。おまえが引き起こすという殺人を、私が食い止めた場合、
勝負はどうなる?」
「――ふはははは。そんなことはあり得ないが、答えなければ、どうせ食い下
がるつもりだろう。事前に防げたら、私は負けを認めた上で、これまでの罪を
全て白状し自首してやろうじゃないか」
「よかろう。この勝負、受けた」
 名探偵は力強く言い切り、頷いた。

 私の兄が解放されたのは、翌日の夕刻だった。薬か何かで眠らされ、大きな
公園のベンチに横たわっていたところへ、制服警官が通り掛かり、身元確認と
相成った。
 実際には、もっと早い時間、恐らく昼前後には公園のベンチに連れてこられ
ていたようだが、サウから解放してやったなどという連絡があるはずもなく、
いくらか遅れてしまった。今、病院で検査を受けている。健康状態に問題がな
いと分かれば、帰宅できることになっているが、その前に警察で事情聴取があ
るかもしれないという。兄の体調次第らしい。
「仕方がないさ」
 天田が言った。大学があった私に代わり、病院に行き、兄と短い時間だが会
ってきてくれたのだ。その様子が気になる。努めて気安さを装っている感じが
しないでもないのだ。
「どうかしたんですか」
「色々と懸念があってね」
 名探偵らしくもない、弱々しい息をついた。
「まず、標準一郎君の体調だが、多少の衰弱はみられるものの、肉体的には直
に回復するだろうとの見立てだった。ただ……サウに関する有力な証言を期待
するのは、望み薄かもしれないな。サウが何らかの心理的なショックを与えた
ようなんだ」
「え? じゃあ、兄さんはもしかして、喋れないとか」
「いや、それはない。実際に会話してきた。言い方がまずかったな。さっき言
った心理的なショックというのは、恐怖などではなく、催眠のテクニックによ
るコントロールじゃないかと想像している。何しろ、サウについてはおろか、
さらわれていた間の出来事を、ほとんど話さないらしいんだ。記憶が抜け落ち
ているのかもしれない」
「……」
 体験した記憶を意図的に消し去るのは、許しがたいことだ。しかし一方で、
それが覚えていたくない出来事だったとしたら、永遠に封印される方がましか
もしれない。
「もう一つの懸念、というよりも迷いは、今度のサウの殺人宣言についてだ」
 天田は話を次に進めた。
「全てを警察に話すか否か、まだ迷っているのだよ」
「そうなんですか? とうに全てを打ち明け、警察に協力を仰いだんだとばか
り。兄さんが戻ってきたんだから、心配はないでしょう?」
「サウの言葉が気になる。あいつは、一対一の勝負を求めていた。警察に話す
のは、ルールを破ることになる」
「そんなに大事なんですか、殺人犯との約束が」
「残念ながら、最優先で重視すべき事柄なのだよ。名誉に関わるから言ってる
んじゃない。サウに、過去の罪を含めて全てを認めさせる絶好のチャンスなん
だ。それを棒に振るような真似はできない」
「ですが、ぐずぐずしていると人一人の命が、失われるんですよ。警察に話し
て、マスコミでも何でも利用して、世間に注意を喚起すれば」
「そうすることで、絶対確実にサウの殺人を防げるのであれば、そうするさ。
しかし、現実にはそうは行くまい。昨日は奴を揺さぶるために、強気に出た面
もあった。だが、サウの殺人を食い止める手立てはないというのが、正直なと
ころなんだ」
「……」
 最早、非難する気にはなれなかった。兄を助けるために奮闘してくれた名探
偵を、兄が助かった今、非難してどうなろう。それに、この人の間近にいて、
苦悩する様が手に取るように分かった。今までに、兄の準一郎も、事件捜査に
携わる中で、同様の経験をしてきたはずだ。私が口出しできる領域ではない。
 心にそう誓った、まさにその瞬間――天田の携帯電話が鳴った。
「警部からだ。――もしもし?」
 このとき、私には何故か分かった。悪い報せなんだと。単なる直感で、外れ
ていればすぐに忘れていたであろう、些細な予感。だが……的中してしまった。
「分かりました。すぐに向かいます。ちょうど、準二(じゅんじ)君とも一緒
ですから、連れて行きますよ」
 切迫した口調の天田。通話を終えて、こちらを振り返った顔は、蒼白と言っ
てよかった。
「気を確かにして、聞いてほしい」
 彼は殻からに乾いた声で切り出した。悪い予感を抱いていたこちらとしては、
よほど、耳をふさぐか、大声を上げようかと考えたが、やめた。おとなしく聞
く。
「標君が。標準一郎君が、亡くなったそうだ」
「……どうして。死因は」
「ま、まだ不明だ」
 私の冷静な反応に驚いたのだろう、天田は少し言葉につっかえた。
「警部の話だと、毒物の可能性が高いようだが。とにかく、病院に行ってみよ
う。ああ、田舎のご両親への連絡を先にするかい?」
「いえ、詳しいことが分からない内は」
 悲しみを拡散させるのは、なるべく遅らせることにした。

 兄・標準一郎は、青酸系毒物で殺された。
 犯人は、兄の奥歯の一つに小さな穴をあけて、そこに毒を仕込んでいた。時
間の経過とともに溶け出す物質で穴にふたをした上で、解放したのだ。
 何が、身の安全を保証して解放する、だ。時限爆弾のように毒を仕掛けて、
ほぼ命を握ったまま、解放のふりをしただけじゃないか!
 サウが約束を違えたのだから、天田も守る必要はない。警察の力でも何でも、
利用できるものは全て使って、あいつを引きずり出して、捕らえるべきだ。私
は強く主張した。
 だけど、名探偵はいい顔をしなかった。
「確かに、君の言い分は分かるが、少し考えてみてほしい」
「何をですか。今更、躊躇する理由なんて、ないでしょう?」
「サウは、人質に取った準一郎君を、無事には帰さなかった。それは間違いの
ない事実だ。だが、これを奴の約束違反だとしていいのかどうか」
「天田さん、意味が分からない。どう見たって」
「待ちなさい。聞くんだ。君のお兄さんが殺された件が、サウの言っていた殺
人なんだろうか。もしそうだとして、サウの宣言を額面通りに受け取れば、私
に容疑が向いていなければならない。あいつは私に濡れ衣を着せるつもりなの
だからね。だが、実際にはそうなっていない」
「言われてみればそうですが……それが何か? これもまたサウの約束違反じ
ゃないんですか」
「勝負の根幹たる部分まで違えては、意味が全くなくなる。サウの目的は、標
準一郎君の殺害だけだったことになる。仮にそうだとしたら、矛盾が生じるん
だよ。わざわざ人質に取り、私達を呼び出して、妙な取引を持ち掛ける必要が
ない。捕まる危険を冒してまでね。それに、君の前では言いにくいが、サウが
その気になれば、準一郎君と会ってすぐに殺害し、素早く立ち去ることぐらい、
簡単にできるはずなんだ」
「……そうしなかったからには、サウには別の目的、あなたとの決着かどうか
は分からないけれども、他の目的があると?」
「その通りだよ」
 ほんの微かに、天田探偵は笑った。
「さすが、準一郎君の弟だ。飲み込みが早い」
「それで、サウの目的とは何だと考えてるんですか?」
「私としては、言葉の通り、受け取りたいんだがね。あいつとの戦いに早くけ
りを着けたい。しかし、そうだとすると、サウはこれからもう一件、殺人を犯
すことになる。私に濡れ衣を着せる形でね」
「その線で行くなら、サウに狙われるのは、天田さんの身近にいるか、関係の
深い人物になるんじゃあ……」
「恐らく。私には家族は少ないが、警察や検察、マスコミに知り合いが多い。
弁護士も幾人かいる。彼らに知らせて、警戒してもらえれば、殺人を防ぐ可能
性をある程度は高められるだろう。ただ、そうすると別の心配が浮上する。標
的選びに難儀したサウが、より狙いやすい人物にターゲットを移すことだ。狙
いやすい人物の筆頭が――」
 天田は私の顔をまっすぐに見つめてきた。
「君だ」
「私、ですか」
「君とは知り合って間がないが、お兄さんを通じて、その存在はお互いに知っ
ていた。だね?」
「はい」
「サウにとって、君もれっきとしたターゲットになる。くれぐれも注意してほ
しい――と、言うだけなら簡単だが、あまりに無責任だ。私のせいで君を巻き
込んだのだし、お兄さんのこともある」
「……」
「君さえかまわなければ、しばらく――そうだな、短くとも十月八日までは、
一緒に暮らすというのはどうだろう? 暮らすのが無理なら、私が君のボディ
ガードに付きたいと思っている」
「全然、無理じゃないです」
 こうして、私と天田名探偵は、期間限定で同居することになった。
 私はその後、兄に代わって、天田才蔵のワトソン役のように行動した。大学
の授業は適度に間引きしつつ、可能な限り、天田と行動を共にした。サウの次
なる犯行を食い止め、できれば奴を捕らえるために。

 ところが……十月八日を過ぎても、何事も起こらなかった。天田の身内や知
り合いに、誰一人として犠牲者は出なかったし、天田自身に嫌疑が掛かる殺人
も発生しなかった。サウは結局、約束を守る気などなかったのだ。そうに決ま
っている。
 サウからは音沙汰なしで、このまま頬被りを決め込むつもりのようだ。
 あるいは、と考えないでもない。やはり兄の殺人こそが、サウの言っていた
殺人そのものであったのではないかと。サウの腹づもりでは、兄は天田探偵の
目のまで、二人きりのと気に毒死するシーンを描いていたのではないか。もし
そうなっていたならば、警察は容疑を一時的にせよ、天田探偵に向けていただ
ろう。だが、そうはならなかったことで、サウは全てを無視することに決めた
のではないかと思う。
 この思い付きを、天田探偵に伝えたところ、「準二君、君はユニークかつ客
観的な発想ができるんだね」と言われた。なるほど、サウの振る舞いの理由付
けのために、兄が殺されたことをあれこれ解釈するのは、名探偵の指摘する通
りかもしれない。
「私は、君のような優秀な人物を欲している。何故なら、この間までいた標準
一郎という優秀な人物を失ってしまったからね……。どうだろう、準二君。君
さえよければ、将来、私のワトソンになってくれないかな」
「……考えておきます」
 正直な気持ちを返事に乗せた。兄の後を継ぎ、兄を殺害した犯人を追うとい
う行為には、使命を感じる。今まで私が抱いていた将来の夢と、天秤に掛けて、
どちらが重いか。よく考えなければいけない。

           *           *

「――ああ、しばらく。ようやく、ほとぼりが冷めたようだからな。連絡をし
てもいい頃合いだろう。あ? うまく行ったかだって? 首尾は上々と言える
んじゃないか。そりゃあ、優秀なワトソン役を失うのは惜しかったが……彼は
知り過ぎたんだ。探偵稼業の裏をね。最早、口先では裁ききれなくなったので、
ご退場願ったまで。
 うん? ワトソン役がいなくなって、支障? もちろん、いないままだと支
障を来すだろうが、そこはぬかりないさ。ちょうどよい人材が、すぐ近くにい
てね。どうにか自然な形で、ワトソン役に収まりそうだ。未知数の部分はある
が、得がたい人材だと見ている。血は争えないな」

――終





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