AWC ダブル・トラブル   寺嶋公香


    次の版 
#422/550 ●短編
★タイトル (AZA     )  13/08/29  20:35  (347)
ダブル・トラブル   寺嶋公香
★内容
 二〇一三年の夏の終わり。荷物を整理していると、自分が昔書いた覚え書き
のような物が出てきて、つい、読みふけってしまった。
 脱力感を伴う苦笑とともに、高校時代の一場面を思い出した。

           *           *

 週明け最初の学校も放課後を迎え、自分達は部室に集まっていた。と言って
も、今日は特にやることもない。徐々に傾く太陽を窓の向こうに意識しつつ、
だべっていると、何かの流れで誕生日の話に。
「え。“エンジン”の誕生日、この間の月曜だったんだ?」
「そう、ちょうど一週間前。事前に知っていたら、プレゼントを用意していた
とでも?」
 自分――米川延仁(よねかわのぶひと)は、反射的に応じてから、内心、舌
打ちした。
 新年度のクラスになってから五ヶ月余り。すっかり定着したニックネームに、
違和感なしに反応する自分が少し嫌だ。
「いや。あれよ、ほら。同じ年齢に追いつかれてしまったなあと。知っていた
ら、ここ二ヶ月ほど、おねえさんぶれたのに。だいたい、先週の月曜って学校
なかったから、知ってても渡せなかったよね」
 沢島菊花(さわしまきっか)は、口元を手のひらで隠し、何故かおほほと笑
った。
「言うな。昔は休みと被る確率、今の半分だったのに」
 頭の中で検算しつつ、ぶつぶつ言った。
「沢島さん、年上ぶるのがそんなにいいのかい? 君が七月生まれで、エンジ
ンが今月。毎年巡ってくるのだから、そう悔やむことでもあるまい」
 部長の鳳享一郎(おおとりきょういちろ)は、伊達眼鏡のブリッジを押し上
げながらクールに言った。謎研究会の設立申請者にして部長のこいつは、自分
と同級生。スポーツ万能なんだが、中学生のときに飽きるほどやったからとい
う理由で、高校ではこんな耳慣れない武を自らの手で作った。
「だね〜。ちなみに、鴻君の誕生日は?」
「僕も人間だから、誕生日はある」
 部長の意地の悪い返答に、沢島は、きーっと歯噛みした。漫画によくある反
応だ。
「もう、分かってるくせに。いつですかと聞いてるんだってば、誕生日!」
「来月だ」
「来月のいつ?」
「あまり言いたくないんだが……三日後だよ」
「三日後? というと木曜日になりますね」
 今まで黙って聞いていた、倉木穂奈美が壁掛けタイプのカレンダーを振り返
った。部室の奥、窓の近くのそれは、時折吹く風で弱くはためく。
「来月なんて言うから、だいぶ先だと思ったら、三日後とは。何か贈ろうと思
っても、選ぶ余裕があんまりない」
「くれるのなら、もらうぞ。遅れても、僕は気にしない」
「いいよ。その代わり、私の誕生日にもちょうだい。あ、私も遅れて気にしな
い質だから、今年の分からね」
「……」
 部長が視線を沢島から外し、黙り込む。最初笑っていた沢島は、その沈黙の
長さに耐えきれなくなったか、「鳳君? どうかした? おーい、部長ーっ?」
と不安げに声を掛け始めた。
 それでもしばらく反応がなかった鳳だったが、不意に向き直った。
「別にどうもしない。ただ、思い出していたんだ。昔、誕生日プレゼントをも
らったときのことを」
「なぁんだ」
 よかったと安堵の色を露わにする沢島。その間に、自分は部長に聞いてみた。
「今改めて思い出すほど、印象深い物をもらったと?」
「そうじゃない。ある意味、忘れられない出来事であるのは確かだが」
「気になります〜。ここまで思わせぶりに言っておいて、話さないなんて、な
いですよね?」
 一学年下の倉木が、好奇心を隠さずに求めた。猫のそれに似た両目を見開き、
待ち構えている。差し詰め、鳳部長の昔話が鰹節といったとっころか。
「――そうだな」
 室内を見渡す鳳。形だけの眼鏡の位置を直し、再び口を開く。
「することもないし、話してみるとしようか。そうと決まれば、誰か、飲み物
を用意してくれないか」
 こう言われて、いつもは渋る沢島が、率先して席を立った。

「あれは僕が中学二年のときだから、三年前になる」
 部長は湯気の立つコーヒーを一口飲むと、話し始めた。
「みんなは、僕とは中学が違うから知らないだろうが、中学時代の僕は控えめ
に言っても異性にもてた」
「信じますよ」
 倉木が即応する。
「見目麗しく、運動は何でもこなす。勉強だって成績はいいし、頭の回転も速
い。知識も豊かですもん」
「おしゃべりもいけてるしね。ギャグがシュールで、たまに笑えないけれど」
 沢島が追加すると、鳳は少しの間だけ苦笑いを浮かべた。それを引っ込める
と、また真顔で話し出す。
「誕生日を自分から言い触らしたことはないが、クラスの女子がどこかからか
ぎつけたらしくて、その前の年、つまり中一のときには下駄箱や机の中に、き
れいに包装された様々な箱が、いくつか入っていた。それから三週間ぐらい経
った頃だったかな、僕はプレゼントをくれた一人と、特に親しくなった。と言
っても、付き合い始めたわけじゃないんだけど。その子……仮に西田法子さん
としておくよ。西田さんとは、趣味が合ったんだ。沢島さんが言うところの、
シュールなギャグにもついてきてくれたしね」
 そう言って、沢島に目を向ける部長。口元が、また微かに笑っている。
「頭の回転が速い子って言いたいのね」
「まあ、そうだったのかもしれない。彼女とは仲のいい友達みたいな関係だっ
た。だから、半年ほど先のバレンタインデーや一年後の僕の次の誕生日を迎え
ても、西田さん以外の女子からも、プレゼントは何だかんだともらった」
「自慢はいい」
 自分が口を挟むと、鳳は分かっていると頷いた。
「本題は、その中学二年のときの誕生日だ。学校に行くと、すでに下駄箱には
いくつか小箱があった。でも、その中に西田さんからの物はなかった。教室に
行くと、今度は机の上や中が、同様の状態だった。しかし、その中にも西田さ
んのはなかった。ふと気が付いて、教室を見回したところ、彼女の姿がない。
彼女の席を見て、まだ来ていないらしいと分かった。結局、その日、西田さん
は朝のホームルーム前ぎりぎりにやって来て、席に着いた」
「何だ、来ないのかと思ってたわ」
 息を詰めて聞いていたのか、沢島が大きく嘆息する。
「ごめんごめん。気を持たせるような言い方をしたかな。こっちも思い出しな
がら語ってる。順を追って話すのがいいと思って」
「どうぞ、続けて」
「――一時間目のあとの休み時間、僕は何とはなしに期待していたんだ。西田
さんが誕生プレゼントをこっそり渡しに来ることを。しかし、そうはならなか
った。次の休み時間も、変化なし。辛抱できなくなって、昼休みに、こっちか
ら聞いてみたよ。付き合ってるわけでもないのに催促なんて、格好悪いし厚か
ましいという自覚はあったけれどね」
「何て聞いたんです?」
「どうだったっけ……確か、『去年くれたパズルに、続きはないのかな』だっ
たと思う」
 気障だ。あるいは照れ隠しか。
「返事は?」
「用意してなかったわけでも、サプライズがあるわけでもなかった。『放課後、
部室で渡すから』と。ちなみに部室っていうのは、彼女の入っていた新聞部の
部屋で、普段は人が少ないことで知られていた」
「それで、どうかなりましたかっ?」
 倉木、想像をたくましくし過ぎだ。とは言え、自分も気になるので、いちい
ちからかいはしない。
「特記するようなことはなかった。本当に彼女の言葉通り、プレゼントを受け
取って、少し話をして、終わりだった」
「何ですかー、それ」
 立ち上がり、机に両腕をついていた倉木は、見事にずっこけている。
 沢島も椅子の上で天井を臨むように首を傾け、足をぶらぶらさせていた。
「鳳、本当に思わせぶりに話そうとしてないか?」
 念押しすると、部長は首を縦に振った。
「このあとが大事なんだよ。僕は西田さんと別れたあと、部活に行った。掛け
持ちしていたので、定かじゃないが、サッカーだったと思う。部室に行き、ロ
ッカーを開けると、顔の高さに設置した棚に、ラッピングとリボンできれいに
飾られた、手のひらサイズの箱が置いてあった」
「そんなところにまで、女子からのプレゼントがあったんですか」
「女子からのプレゼントには違いなかった。ただ、添えてあったカードの名前
を見て、僕は首を傾げた。西田法子と書いてあったんだよ」
「ん?」
 自分を含めた三人は、一斉に同じ反応をした。鳳部長を見つめる目付きも、
多分同じだ。
「まじで? 同姓同名じゃなく、本人から?」
「ああ。知る限り、西田さん――の本名と同姓同名の子は、当時学校にいなか
ったはず。それに、明らかに彼女の字だった」
「西田さんは、どうしてそんなことをしたんでしょう……」
 倉木の絞り出すような疑問に、すぐさま反応したのは沢島。右手の人差し指
を立て、全てお見通しとばかりに語る。
「恐らく、手違いよ」
「手違い?」
「鳳君は聞きたくない話になるけど、いい?」
「別にかまわない。想像するのは勝手だ」
 鳳はパイプ椅子の背もたれに身体を預け、腕を組んだ。
 沢島は、多分ぬるくなっているであろう紅茶を飲み干すと、一気にしゃべり
立てた。
「ずばり、西田さんにはもう一人、意中の男がいたと見た。鳳君と二股を掛け
ていたかはどうかは分からないけれど、その男もまたサッカー部員なのよ。彼
のロッカーに、プレゼントを置いたつもりが、間違えて鳳君のロッカーに入れ
てしまったわけ。どう?」
 胸を張る沢島。鳳は、三秒ほど待って、「あのさ」と始めた。
「仮に沢島さんの説を採用するとして、僕とそのサッカー部員は、誕生日が同
じなのかい?」
「あ。バレンタインデーと勘違いしてたわ。でも、偶然、同じだったのかも」
「そもそも、カードには宛名も記してあったんだよ。鳳君へってね」
「それを早く言ってよ〜」
 頬を両手で包み、赤面を隠そうとする沢島。それでは足りないと思ったのだ
ろう、立ち上がると、机の上にある空いた紙コップを集めて、片付けに行った。
「あー、もう、ごめん! 私の妄想は忘れて、次の方、どうぞ!」
「謝ることはない。なかなか面白い説だった。他にはあるかな」
 部長は、倉木と自分とを等分に見つめてきた。倉木は考えているようなので、
自分が口を開く。
「忘れていた、というのはないか?」
「どういう意味か、詳しく言ってくれ」
「別の機会にも、西田さんからプレゼントをもらったはずだってこと。たとえ
ば、さっき言ったバレンタインデー。鳳は西田さんからプレゼント、多分チョ
コをもらったに違いない。他の大勢の女子からのチョコと一緒にね。そして特
別な一個を選り分けて、ロッカーに仕舞った。で、特別でない方のチョコから、
順次食べ始め……」
「大事なチョコは仕舞ったまま、忘れていたと?」
 心外そうに眉根を寄せる鳳。これは外れだなと察したものの、ここでやめる
のもつまらない。
「あるいは、忘れたのではなく、大切に取っておいたという可能性もある。で
も、誕生日当日はバースデープレゼントをもらって舞い上がっていたため、ロ
ッカに仕舞っていたチョコの存在を一瞬、忘れてしまった。要は、極短い間の
勘違いってわけさ」
「この謎が僕の中で解決しているのは確かだが、そんな間の抜けた解決ではな
いよ」
「やっぱり、真相は分かっているのね」
 いつの間にか席に戻った沢島が、叫び気味に言った。立ち直ったらしい。
「ああ。二人とも、回答するのが早いんだよ。僕は最後まで話ていない。犯人
当てでいうところの、挑戦状はまだ先だ」
「だったら、答を求めるような振りをせず、続けてよ」
「そうだね。――僕は部活が終わってから、新聞部の部屋に行ってみたが、西
田さんは帰ったあとだった。今みたいに携帯電話があれば、すぐに掛けたんだ
ろうけれど、当時、中学の校則で持ち込みを禁じられていた。公衆電話まで行
くのも面倒だったし、とりあえず、人目を避けられる場所で、プレゼントを開
けてみた。ひょっとしたら、二つ揃って意味のあるプレゼントかもしれない」
「なるほど」
「ところがだ。開けてびっくりとはことのこと。箱の中身は、全く同じ物だっ
た。ファッション性の高いリストバンドが一組」
「……予備、じゃないですよね」
 倉木が念のためといった口調で聞く。
「予備なら、わざわざ二つに分ける必要がない。二組を一つの箱に入れれば事
足りる」
「ですよね」
「ますます困惑した僕は、校内の公衆電話に走った。そして、西田さんの自宅
に電話を掛けたんだが、つながらない。呼び出し音は鳴るんだが、出る気配が
全くなかった」
「家族の方も出なかったと」
「ああ。普段は彼女のお母さんが在宅しているのだが、そのときは留守にして
いた。緊急事態のせいで」
「緊急事態?」
 聞き手三人で口々に聞き返した。鳳部長は居住まいを正し、座り直した。
「もうほとんど答になってしまうが、いいか? 僕はそのとき、彼女が家族揃
って夕食にでも出掛けたんだろうと思い、プレゼントの件は明日聞こうと決め
た。だが、それはある意味、間違っていた。夜中――と言っても、午後十一時
頃だったかな。僕の家に電話が掛かってきて、僕は電話口に立った。そして西
田さんが亡くなったと知らされた」
「え?」
 急展開に思考が着いていけない。まさか、人が死ぬような話だったなんて。
「病院に駆け付けたり、その後の通夜や葬儀に参列したりしたくだりは省く。
プレゼントの謎に関わるのは、彼女の死因なんだ」
「え、ちょっと待ってくださいよ」
 思わず口を挟んだ。深刻そうな話なので、つい、丁寧語になる。
「確認するけれども、二つのプレゼントを受け取ったあと、西田さんは亡くな
ったんだよね? なのに、プレゼントの謎に関係してくるなんてこと、あるの
か……」
「あったとしか言い様がない。西田さんがどうして亡くなったか、想像できて
るかい?」
「交通事故?」
「その通り。ただし、彼女が事故に遭ったのは、僕の誕生日の前日夜のことだ
った」
「前夜? ますます分からない……」
 つぶやいた沢島に、黙って首を傾げる倉木。そして、自分は気が付いた。
「もしかして、あれか。事故から時間差で、症状が出る……」
 鳳は無言で頷いた。こっちに続けさせるつもりだ。仕方がない、話すとしよ
う。
「西田さんは事故に遭ったが、たいしたことはないと判断したんだろう。実際、
見た目には無傷だったのかもしれない。でも、たまにあることらしいんだが、
交通事故などで転倒し、頭部を打った場合、脳内で出血が起きているとは気付
かずに放置し、その結果、数時間から数日後に症状が表面化するケースがある
という。最悪、死を迎えると」
「……僕もそれだと思った」
 鳳が口を開く。皆、静かに聞く。風の音だけが時折邪魔をする。
「西田さんは前日、自転車で学校に行き、サッカー部部室にこっそり入ると、
僕のロッカーにプレゼントを置いたらしい。その帰り道に信号のない交差点で
自動車と接触、転倒し、頭を地面に打ち付けた。自転車はもちろん、自動車の
方もスピードは出ていなかったので、外見は無傷だったようだ。運転手の男性
は、念のため病院にと行ったようだけれど、西田さん本人が断ったという。運
転手は連絡先をメモにして渡すと、立ち去った。西田さんは再び自転車を漕い
で、その晩は帰宅した。
 翌日、朝目覚めた彼女は、プレゼントを置いてきたことを忘れたんだろう。
無論、頭を打ったことが原因に違いない。それどころか、買ったはずのプレゼ
ントが消えたと思い込み、焦っていたそうだよ。朝から開いている店に飛んで
いき、同じ物を買い求めた。そのため、登校がぎりぎりになった。
 僕にプレゼントを渡したあと、彼女はすぐに下校したようだ。恐らく、症状
が出始めていたんだろうな……。どうにか自宅に帰り着いたものの、じきに昏
倒し、二度と意識を取り戻さなかったらしい」
「……」
 しんとなる部室。風も完全に止んだ。時間の経過とともに夕日に呼称を変え
た太陽から、夏の名残の光が差し込んでくる。

 場の空気を一変させたのは、意外にも鳳だった。
「おいおい、どうしたんだね、みんな?」
 と、明るい調子かつ大声で言う。自分達がやや訝しみの目を向ける中、部長
は話し続けた。
「謎研究会のメンバーともあろう者が、揃いも揃って、何故、沈んでいる? 
ここはこう言うべきところだぞ、『部長も人が悪い。そんな嘘に我々はだまさ
れませんよ』と」
「――はあ?」
 我ながら、素っ頓狂な声を出してしまった。恥ずかしくなかったのは、他の
二人も似たような反応を示したからだ。
 ぽかんと口を開ける部員達の前で、鳳部長はクールに言った。
「よく考えてみたまえ。今から三年前、つまり二〇〇六年の僕の誕生日は、日
曜日なんだよ。学校は休みだ」

           *           *

「ここに書かれていることが、二〇〇九年に起きたと分かればいいのにねえ」
 友人の声に、どきりとした。思わず、手が震えるほど。
 いつの間にか背後に立ち、肩越しに読んでいたらしい。
 自分――言うまでもない、米川延仁だ――は、心臓のどきどきを隠し、座っ
た姿勢のまま振り返った。
 友人はにんまりして、「ニックネームが誕生したのは、このときだったのか、
エンジン」などと軽口を叩く。
 相手を見上げた自分は、まあ座れと促した。目の高さが同じになるのを待ち、
始める。
「さっき、ここに書かれていることだけでは、いつの出来事か分からない、み
たいな言い種をしたよな」
「文言は違うが、ま、意味はそういうことになるね」
 素直に認める友人。この瞬間、自分の表情はにやりとしただろう。
「よく読め。そして考えよ」
「うん?」
「読めば分かるんだよ。この出来事が二〇〇九年に起きたってな」
「嘘だろ?」
 こちらの手元――手記をまじまじと見下ろす友人。言葉とは裏腹に、早速読
み返し始めた。
「……手掛かりはこれかな。最初の方の誕生日の」
「その通り。じっくり考えれば、誰にでも分かると思うぜ」
「まず……話をしているのは、九月。新年度のクラスになってから、つまり四
月から五ヶ月あまりとあるし、沢島という女子の誕生日が七月で、二ヶ月ほど
おねえさんぶれたのなら、九月だ」
「ご名答。だけど、それ以前に、自分の誕生日、知ってくれてなかったのかよ。
知っていたら、考えるまでもなく九月と分かるだろうに」
「うむ。男の誕生日になんぞ、誰が興味を持つかいな」
「興味を持てなくても、この文章を読んだら、推測できちまうんだぜ」
「……とりあえず、先に鳳という人の誕生日から。九月にした会話で、誕生日
は来月で、かつ三日後とある。三日後に十月になるには、この会話の日は、九
月二十八、二十九、三十日のいずれかである」
「いいぞいいぞ」
「このちょうど一週間前がエンジンの誕生日。九月の二十一、二十二、二十三
日に絞られる。休みになる確率が、昔と今とでは違うというのは何だろう?」
「ギブアップかな?」
「いや。思い当たることはある。ただ、活用の仕方が」
「確率の件は、あまり厳密に受け取らなくていい。要するに、普通に日曜にな
る可能性に加えて、休みになる可能性が増えたって意味」
「……そういえば、秋分の日はだいたい、九月二十二か二十三日。ハッピーマ
ンデー制度だったっけ、あれは――いや違う。九月の祝日で、ハッピーマンデ
ーに関係しているのは敬老の日だけ」
「難しく考えすぎだなあ。よし、ヒントをやろう。このとき月曜なのに、学校
がなかったとあるだろ。それは何故か」
「――あ、そっちか!」
 友人は大きく手を打った。そして手のひらに指で、見えない数字を書いてい
く。多分、カレンダーだ。
「敬老の日は、九月の第三月曜日。この年のエンジンの誕生日は、敬老の日と
被ったんだね?」
「それは何日だ?」
「えっと。二十一日?」
「当たり。だが、どうしてそういう結論になるのか、説明がほしいな」
「簡単だよ。二十一、二十二、二十三の三日の内、第三月曜日になり得るのは、
二十一日だけさ。二十二と二十三は、どうがんばっても第四月曜」
 日付ががんばる、という言い回しが妙におかしくて、笑いを誘う。
「そうかあ。九月二十一日が月曜になる年は、ハッピーマンデー制度で敬老の
日が九月の第三月曜日と定められて以降、今年までの間に、二〇〇九年だけな
んだね」
「そう。自分もあとで知ったんだけどな」
 自嘲気味に笑う。友人の方は感嘆したように何度も首肯しつつ、詰めに入っ
た。
「二〇〇九年から遡ること三年の、二〇〇六年。鳳部長の誕生日である十月一
日は日曜ってことかあ。聞いていたときは、全然気付かなかったの?」
「ああ、全然」
 あのときの鳳の得意げな顔が、脳裏のスクリーンにまざまざと甦った。まっ
たく、腹立たしい。
「それで、種明かしのあと、どうなったんだい?」
「どうなったとは?」
「鳳部長を袋叩きにしたとかさ」
「それはない。謎研究会の部員であれば、フェアな形でだまされても、文句は
一切言えない。それが掟だよ」
「ふうん」
「でもな」
 当時を思い出し、にやにやしてしまう。
「やり返すのは自由なんだ」

――おわり





前のメッセージ 次のメッセージ 
「●短編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE