AWC ゲームをしましょう   永山


        
#419/451 ●短編
★タイトル (AZA     )  13/05/29  21:50  (336)
ゲームをしましょう   永山
★内容
 平日の昼下がり、その男は現れた。郵便配達人を装っていたが、そうではな
かった。米田と名乗った彼は、玄関ドアを閉めると、やおら切り出した。
「一切騒がないで聞いていただきたいのですが、心の準備はよろしいでしょう
か。正君を誘拐しました。無事に帰してほしければ、次の二つの要求を飲んで
ください」
「……え?」
 式神佐和子は、思わず聞き返した。男の話はちゃんと聞こえていたのだが、
意味をすぐには理解できなかった。
「式神正君、こちらのお子さんですよね? **小学校の二年生。クラスは四
組。正君を預かりましたので、私の要求を飲んでさえくだされば、すぐにお帰
ししますという話です。お分かりいただけましたか?」
「え、でも、誘拐って、普通は……」
 そうするつもりはなかったのに、つい、米田を指さしてしまった。米田は気
を悪くした風もなく、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべた。きっちり整えた
髪に、銀縁の小ぶりな眼鏡が、真面目な印象を与えるが、笑うと意外に愛嬌が
ある。
「ええ、普通は姿を現しませんね。誘拐と聞けば、電話で何度もやり取りをし
て、現金を受け渡すという流れを想像されたでしょう。ですが、今の警察相手
に、そんなやり方を取っていては、ほぼ確実に失敗します。私どもは安全な方
法を模索し、一つの結論に辿り着きました。リスクを最小限に抑えるには、ど
うすればよいか。答は、一度で済ます、です。
 あ、おしゃべりしていると、リスクが拡大するので、説明はここまでとしま
す。式神佐和子さん、あなたは要求を飲むしかない。いや、飲まなくてもかま
わないが、その場合、正君の身の安全は保証しません。端的に言えば、彼は命
を落とすことになるでしょう」
「――」
 室内着のポケットを探り、携帯電話に触れようとした佐和子。だが、すぐさ
ま男の注意が飛んだ。
「だめですよ。誰かに連絡すると、その時点でこの話はなかったことになり、
正君はいずれ死ぬでしょうね」
「……」
 手を戻す佐和子に、米田は「念のため、携帯電話の類は出しておいてもらい
ます」と言った。従うしかない。
 佐和子はふと、相手のペースに巻き込まれていることに気付いた。気を強く
持とう。こちらから要求をしてみる。
「あの子が、正が本当にさらわれたのか、私はまだ信じてない。証拠を見せて
ください」
「物の道理ですね。いいでしょう」
 米田は懐をまさぐり、ビニール袋を取り出した。中には水色の布がある。
「正君のハンカチです。あなたの入れた刺繍があるの、分かるでしょ?」
「……手に取らせて」
「かまいませんよ」
 ハンカチを確認した佐和子。我が子が誘拐されたことを実感し、涙ぐみそう
になる。ハンカチを握る手が震えた。布地を凝視する内に、血のような赤い染
みを見付け、さらに感情が高ぶる。
「これはっ?」
「大丈夫。正君は無事です。私どもには最早必要ないので、そのハンカチはお
返しします」
「そんなことより、これは正の血じゃないの?」
「話を急ぎましょう。私どもにも時間の都合がある。聞いてもらえないなら、
話はこれまでだ」
 佐和子は力一杯歯がみした。それこそ、血が出んばかりに。どうにかして自
分の中で折り合いを付け、承知する。その意思を無言の首肯で示した。
「ああ、話がご破算にならなくてよかった。要求を述べるので、よく聞いてく
ださい。一つ目。十万円を払っていただきたい」
「十万円?」
 問い返したのは、聞き間違えたかと思ったから。今時の誘拐身代金の相場が
いくらかなんて知らないが、十万は一人の命に対して安すぎやしないか。
「この額なら、金融機関に行かなくても、出せるでしょう? 調査済みですよ」
「いえ、そんな意味じゃなく……」
 桁を間違えていないか、尋ねようとしたが、すんでのところでやめた。安い
からもっと値上げしてもいいなんていうお人好しの親が、いてたまるものか。
「分かりました。正を帰してくれるのなら、払います」
 へそくりのある部屋に向かおうとするのを、米田は呼び止めた。
「支払いは二つ目の要求が済んだあとで。第一、今、私の前から消えられては、
何をされるか分からないじゃないですか。こっそり、通報されでもしては、た
まらない」
「そ、そうね」
 身体の向きを戻し、改めて男と相対する。上がり框に立っている分、佐和子
の方が頭一つか二つぐらい高い。手頃の武器さえあれば、男の脳天に一撃を食
らわせることも可能な気がするが……恐らく、米田には共犯がいる。安直な行
動は慎むべき。
「要求の二つ目は、あるゲームをこれからしていただきたいのです。誰にでも
できる、簡単なゲームです」
「わ、私が負けたら、正はどうなるのよ?」
「運不運も多少はあるゲームですから、負けたからと言って命まではいただき
ません。まあ、身体の一部をほんの少し、失うことになるかもしれないと心に
留め置いてください」
「な何よ、はっきり言いなさい」
「言えません。言うと、精神状態に悪影響を及ぼし、ひいてはこのあとのゲー
ムに響く恐れがありますからね。それでは面白くないし、真の実力が測れない」
 佐和子は奥歯を強く噛み締めた。いやあっと短い叫び声を上げそうなのを、
必死で我慢する。
「――分かった。分かったから、早くしましょう。嫌な想像をして、気分が悪
くなってきたから」
「それはいけませんね。では、ゲームの説明をさせていただきます」
 米田が語ったゲームとは、次のようなものだった。

・1〜13の数から特定の一つを当てるゲーム
・二名で対戦。参加者には1〜13に該当するトランプカードが配られる
・七回ヒントが出される。参加者は、ヒントの度にカードを一枚、場に捨てる
・七回のヒントの内、嘘が一回だけ含まれる
・最終的に手元に残ったカードから、答を選ぶ。答える権利は一度きり
・より早い段階で正解を言い当てた者の勝利
・正解を得るためのアイテムカードが二種各一枚ある。使用回数は一度きり
 復活:捨てたカードを一枚だけ指定し、手に戻せる。その場合、手札から別
   の一枚を捨てる
 審判:その回までのヒントに、嘘があったか否かを知ることができる

「――以上ですが、何か質問はございますか? 今思い付かなくても、ゲーム
中でもその都度、お答えしますが」
「こんなゲーム、信じられない。あなたは答を最初から知っているのかもしれ
ないじゃないの」
「ああ、対戦相手に関する説明をしていませんでしたね。私ではありません。
佐和子さんの相手は、今井奈緒さんと言って、隣町の主婦の方です」
「主婦って……そう言われても、あなた達の仲間かもしれない。だいたい、そ
の人はどこにいるのよ。ここに来るの? 私が行くの?」
「いいえ。このゲームをするのに、顔を直接合わせる必要はありません。とは
言え、相手の存在を実感してもらうことも大事でしょう。そこで」
 米田は、また懐をまさぐった。最前のハンカチのときとは逆サイドから、モ
バイル端末を出してきた。両手のひらを並べたよりも二回りほどはみ出すサイ
ズだ。厚みは二センチ足らずか。起動させ、何やら確かめてから、画面をおも
むろに佐和子へ向ける。
「分かり易い表現をするなら、テレビ電話ですかね。彼女が、対戦相手の今井
奈緒さんです」
 端末の画面には、佐和子と同年代と思しき、若い女性の上半身が映っていた。
多分、佐和子の映像も向こうに送られているのだろう。
 何となく目礼をしてから、米田に聞く。
「声は通じていないみたいだけれど……」
「はい。音声のやり取りは、私どもだけでやります。あなたと今井奈緒さんは、
場に置かれるカードを見るだけです」
「……もしかするとだけれど、この女性も、子供を……」
「察しがいいですね。その通りです。今、彼女も一人娘を誘拐されて、不安と
戦っている最中なんですよ。同じ立場だから精神面の条件も同じ。健闘を祈り
ますよ」
「え。ちょっと」
 カードが配られた。有無を言わさず、ゲーム開始。

 式神佐和子に渡されたカード十三枚は、ハートだった。相手のカードのマー
クが何なのかは、まだ分からない。
 最初のヒントを米田が告げる。
「『絵札ではない』」
 絵札ではないということは、11、12、13は候補から外れる。無論、こ
のヒントが嘘ではないとして、だが。
(もし嘘だったら、11、12、13のどれかが正解。それに対してあと六つ
もヒントを出す必要はないはず。つまり、このヒントは事実を言ってる……と
考えていいの?)
 とりあえず、13を捨てる。端末画面を見ると、今井奈緒は12を捨ててい
た。マークは同じハートだと知れる。
「お二人とも、アイテムは使いませんね。では、次のヒント。『4で割り切れ
ない』」
 残る数の内、4で割り切れる数は、4、8、12。佐和子は、両方のヒント
に当てはまらない12を捨てた。今井奈緒は8を捨てていた。
「おっと、今井さんから質問が出たようです。『メモを取ってはいけないのか』
ということですが、私どもの答はメモ禁止、です。全て記憶してください」
 そうして三番目のヒントが告げられる。
「『奇数である』」
 これは大きなヒントだ。候補が一気に減る。佐和子は8を、今井奈緒は4を
捨てた。
 それよりも――と、佐和子は熟慮する。
(そろそろ、審判のアイテムの使いどころ? ヒントが七回出るのなら、その
真ん中辺りで使うのが、最善の選択だと思うんだけれど。だって、真ん中で使
えば、それまでに嘘が含まれていてもいなくても、判断の対象になるヒントの
数はほぼ同じ、三つと四つに分かれるんだから)
 七つのヒントの真ん中は四つ目だが、『奇数である』という大きなヒントに、
方針が少し揺らいだ。
 しかし、佐和子はやめた。最初の方針に従いたい気持ちが一つ。もう一つは、
画面の向こうで今井奈緒が、審判のアイテムカードを行使したから。
 もちろん、審判の結果は、今井のみに知らされ、佐和子には伝わらない。そ
れでも、今井のこのあとのカードの出し方を見れば、何かつかめるかも。そう
期待してのことだった。
(ただ、出し抜かれる危険性も高まったわ)
 気を引き締めた佐和子。対戦相手を見据えるメガ、自然と鋭くなる。
「四つ目のヒントは、『2以上である』です」
 これが正しいヒントなら、1が外れる。候補はだいぶ絞られた。3、5、7、
9のいずれかだ。佐和子は4を捨て、今井奈緒は11を捨てた。
 ここで佐和子は挙手をし、審判アイテムの使用を宣言した。
 米田は大きく頷き、メモ用紙に手書きで何文字か書き付けた。その紙を、佐
和子にだけ見えるように差し出す。
(『これまでのヒントに、嘘が含まれています』)
 来た。いいタイミングだったんじゃないかと内心、喜ぶ。佐和子は可能な限
り素早く、頭の中で仮定を組み立てた。
 二番目のヒントが嘘だとすると、4で割り切れるはず。が、三番目の『奇数
である』と矛盾するので、二番目は真実。
 四番目が嘘だとすると、答が2未満、つまり1に確定する。これは他のヒン
トとも矛盾しない。
 一番目が嘘なら、他の条件を満たすのは、11と13。13を既に捨ててし
まったのは、ミスなのかどうか。
 三番目が嘘なら、答は偶数だから、他のヒントも考え合わせると、候補は2
か6か10。
 そこまで考えをどうにかまとめたところで、米田が口を開いた。
「ヒント、五つ目は『素数である』」
 素数……佐和子は小学校時代を思い起こした。
(まず、これ以降のヒントは全て真実。素数は1、3、5、7、11、13だ
から、正解はこのいずれか。……ううん、ちょっと待って。よく思い出さない
と。1は確か素数じゃなかった気がする。ええ、間違いないわ。候補は3、5、
7、11、13。さっきした仮説検討と組み合わせたら、あり得るのは、11
または13。一番目のヒントが嘘だったんだわ)
 もし13が正解なら、復活のアイテムを使えばいい。佐和子は少し安心でき
た。あとは相手次第。先んじなければならない。といっても、一か八かの賭け
に出て、11を答として宣言するのは早いし、危険すぎるだろう。
(けれど……)
 佐和子の内に、悩みと迷いが浮かぶ。最前より分かっていたが、考えまいと
していたことを、今考えてしまう。
(私が勝てたとして、この女性の子供はどうなる?)
 葛藤混じりの思考は、米田の声で中断した。
「六番目のヒントを言いましょう。『6以下である』」
「ええ? そんな?」
 佐和子は思わず、声に出していた。すぐさま口をつぐみ、脳裏で必死に再検
証する。
(11か13が答のはず。なのに、『6以下』? そんなばかなことって。ヒ
ントに嘘が混じるのって、二度? いや、そういう条件じゃなかった。
 落ち着くのよ。それこそ、素数でもカウントして冷静にならないと。
 『6以下』が真実なのだから、『絵札ではない』も真実。『素数』『4で割
り切れない』も真実と分かってる。つまり嘘は、『奇数』か『2以上』。『素
数』であるなら、『奇数』なんだから、『2以上』が嘘になって、答は1? 
おかしい。1は素数じゃないのに)
「式神佐和子さん。捨てるカードを早く決めてもらえますか」
 米田が急かし始めた。
 この段階で、佐和子が冷静であれば、確実に捨ててよいカードが何枚かある
のだから、すぐにでも応じられた。だが、軽いパニックを起こしている今の彼
女は、機転が利かない。
 時間稼ぎのつもりで、質問をひねり出した。
「捨てる前に質問します。えっと、二人とも同じ段階で当てるか、ともに間違
えたときはどうなるの?」
 米田は間髪入れずに返答した。
「決着してほしいのは山々ですが、私どもも時間に限りのある立場ですからね。
両者とも同時に正解した場合は、お二人のお子さんとも無傷でお帰しします。
両者とも不正解の場合は、お帰しはしますが、無傷かどうかは」
 肩をすくめ、両腕を開いてみせた米田。笑顔でいる分、怖さが募る。
 このやり取りは、当然、端末を通して今井奈緒側にも伝わっている。だから
なのか、待っていた様子の今井は、何かを思い付いたように挙手をした。
「私、答が分かった気がするのですけれど」
 一旦、言葉を切り、今井は佐和子をじっと見つめてきた。しかも、何らかの
意図を込めたらしき、目配せをする。
 佐和子は相手が先に正解に辿り着いた様子を前にし、震えと焦りに襲われて
いた。が、今井のウィンクにはじきに気がついた。ただ、意味するところはま
だ分からない。
「回答前に、一つだけ、質問を」
「何でしょう?」
 向こうサイドの男の声が受け答えする。
「2は素数に含まれますか?」
「そのようなゲームの根幹に関わる質問には、お答えできないことになってお
ります。あしからず」
「そう、ですか。2は素数だと習った気がするんですけれどね。まあ、いいで
す」
 つれない返答にがっかりした様子はない。今井はまたも、画面を通して目配
せをしてきた。
 佐和子はそれを受け取りつつ、今の質問文をよく咀嚼した。
(あ……2も素数だ。記憶が朧気だけれど、その数自身と1以外に約数を持た
ない、1以外の自然数が素数。2も当てはまる)
 脳細胞をフル回転させ、ヒントの再々検証に取り掛かる。すぐに分かった。
 三番目の『奇数である』が嘘なのだ。
 絵札にあらず、4で割り切れず、偶数で、2以上で、素数。
 答は2。
 6以下の条件にも当てはまる。
 佐和子は喜色を露わにした。が、まだ考えるべき事柄は残っている。
(彼女は何故、2は素数に含まれるかなんて質問を、この段階でしたのか。そ
して目配せの意味は……。私と彼女にとって、このゲームで最高の結末は)
 佐和子は瞬く間に理解した。答を確定するよりも、さらにずっと早く。
 深呼吸をし、佐和子は画面越しにウィンクを返した。そして口を開く。
「私も分かった気がする。ううん、分かったわ」

 回答が出揃ったところで、米田は告げた。
「正解は――その通り、2でした」

           *           *

 ゲームが終了し、米田は十万円を手に立ち去った。
 少なくとも正君が帰宅するまで、第三者に連絡してはならない。激しくそう
念押しして行った。
 それから小一時間と経たない内に、玄関のドアがかちゃかちゃと音を立てた。
鍵を開ける音だ。
 テーブルに肘をつき、頭を抱え、一点を見つめて待っていた佐和子は、その
物音を聞くや、椅子から跳ねるように立ち上がった。
 玄関を見通せる廊下に息せき切って駆けつけると、正の姿が確かにそこにあ
った。よかった、助かったんだと思った途端、涙に映像がにじんだ。
 合い鍵で入ってきた息子の方は、そんな母親の様子にびっくりして、目を丸
くしている。強く抱きしめられ、「お母さん、痛い」と言った。
「正、どこも怪我をしてない?」
「してないよ。痛いっていうのは、今、お母さんが――」
「本当に? でもこれ、このハンカチ」
 米田から返された水色のハンカチ。くしゃくしゃに丸めて、ポケットに突っ
込んでいたのを、引っ張り出した。赤い染みの部分を息子に見せる。
「これ、あんたのよね。血が付いてるみたいなんだけれど、何かあって怪我を
してない?」
「あれ、ハンカチ、何でお母さんが持ってるのさ?」
「何でって……まず正、あんたはハンカチをどうしたの」
「僕……あ、汚したけれど、怒らないでね」
「怒らないから、早く話して」
 息子の両肩に手を載せ、顔をのぞき込む佐和子。正は少し上目遣いになって、
ゆっくり話し出した。
「下校の途中、公園で遊んでたら、知らないおじさんがうめいててさ。しゃが
んでたし、かわいそうだったから、近寄って聞いたの。どうかしたのって。そ
うしたら、肘をすりむいてしまって、血が止まらないんだって言うんだよ。だ
から僕、ハンカチを貸してあげたの。汚れるのは分かってたけれど、お母さん
にはなくしたって言えばいいと思ったから、そのままハンカチはおじさんにあ
げることにして」
「そ、そう、あげたのね」
 佐和子は困惑の笑みを浮かべた。今ひとつ、状況が飲み込めない。話がかみ
合っていない気さえする。
「ねえ、正。今まで――公園でおじさんにハンカチをあげてから今まで、どこ
で何してた?」
「公園で、遊んでた」
「ええ? おじさんと一緒に、どこかに行ったんじゃないの?」
「ううん。おじさんは一緒に遊んでくれたけれども、どこにも行ってない。ず
ーっと、公園にいた。本当だよ、怒らないで」
「怒ってないから。でも……おじさん以外の誰かと、一緒にいたってこともな
いのね」
「うん」
 困惑は解けない。この子は本当に誘拐されていたのだろうか?
「ハンカチ、戻ってきてよかったね。おじさんが返しに来てくれたのかな」
「そうね」
 息子の言う通りだ。男はハンカチを返しに来た。もちろん、公園で怪我のふ
りをした男と、米田と名乗った男は別人だろうが、共犯には違いあるまい。二
人、いや、今井奈緒とその娘に接触したであろう二人を加えると合計四人の犯
行グループが、ハンカチなど子供が身につける小物を一つ十万円で売りつけに
来た、とも言える……のだろうか?
(警察に届けても、すぐには信じてもらえないかもしれない。かといって、放
置することもできないし。他に被害者が出ない内に)
 通報の決断をした佐和子が腰を上げると同時に、息子が叫ぶように言った。
「あ、思い出した。おじさんが言ってたんだ」
「何なに?」
 誘拐犯に関する手掛かりかもしれない。意識を集中する佐和子。
「帰ったら、すぐに郵便受けを見るようにお母さんに言ってごらん、だって。
どういう意味なんだろう? ハンカチは返してあるのに」
「……お母さんにも分からないわ。とにかく、郵便受けを見てくるから、正は
ここで待ってて」
 佐和子は勝手口に向かった。そこの戸を開けると、右側に設置してある郵便
受けに手が届く。
 つまみを引いてふたを開けると、茶封筒があった。震え気味の両手で取り出
し、急いで中を見ようとする。なかなか開けられず、ふーっと息を吹き込んで、
やっと中身を取り出せた。
「……どういうこと?」
 封筒には十万円と、ことの顛末を簡単に説明した短い文が入っていた。

『この度はかようなひどいゲームにお付き合いくださり、感謝しております。
お母さんお二人が同時に正解という選択をするかどうか、試させていただきま
した。見事に最高の選択をされたので何ら問題はありませんでしたが、もしも
そうでなかった場合は、お子さんの前髪をほんの少しだけ切らせてもらい、お
帰しするつもりであったことを付記しておきます。
 なお、私どもは警察その他に捕まることのないよう、手はずを整え、万全を
期しておりますが、できうることなら、通報や追跡などなさらぬよう希望しま
す』

――おしまい





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