AWC ガイナス王のゲーム   永山


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#413/549 ●短編
★タイトル (AZA     )  13/02/27  22:10  (471)
ガイナス王のゲーム   永山
★内容                                         13/03/27 10:41 修正 第2版
「おまえ達の中の一人であるのは明白だ」
 ガイナスは眼前の四人を睨め付け、抑制の利いた低い声で言った。表面上の
怒りは必要最小限にとどめ、王の威厳を保ちつつ、この件に断固たる処置を執
るという意思表明。それは、王が独りで直々に、四人を問い質している時点で、
既に明白であったが。
「三月前に逗留したおまえ達四人の誰かが、ジョアナの部屋に忍び込み、関係
を持ったに違いない」
 最前、一人一人を尋問した折に突き付けた言葉を、ここでも繰り返す。
 王宮の片隅にある広間に、臨時に設けられた裁きの場において、空気は張り
詰め、息苦しさを増す。眼には見えない圧力が四人にのしかかり、部屋を実際
よりも狭く感じさせた。
「もう一度言う。正直に述べよ。当人でなくてもよい。何かを知っておるなら、
洗いざらい話すのが賢明だ。話すのは、今が大きな好機であるぞ」
 今を逃せば、あとで申立てをしても大した益はないと言わんばかりの口ぶり
に、男達は顔を見合わせた。だが、それでも話し出す者はいない。
「演芸団として、誰か一人でも欠けると、興行に悪影響が出ると心配している
のか? もしそんなことで躊躇しているのなら、私がいくらでも一流の大道芸
人を見つけて、連れて来てやろうじゃないか。息子が大いに感銘を受けたおま
え達の演目を損なうのは、私も本意ではない」
 ガイナスは笑みを浮かべて提案し、演芸団員一人一人の顔を見た。
「ジャグラーが欠けたならジャグラーを」
 ジャグリングを得意演目とするレジーを見据え、王は言う。
「奇術師が欠けたなら奇術師」
 様々なマジックのレパートリーを持つライバートンに視線を移す。
「コメディアンが欠けたならコメディアンを」
 スタンドアップコメディで観客を沸かせたキアスを見下ろす。
「腹話術師が欠けたなら腹話術師を呼んで来てやろう」
 こんな場でも人形を抱えているオルンバを最後に見た。
 王の顔付きは、好条件を示すことにより少なくとも一人は口を割るであろう
という確信が、踊るように浮かんでいた。一歩間違えれば、にやにやとした薄
気味悪い表情になるのが、そうはなっていない。国王の血筋がなせる業かもし
れない。
 一方、王女を孕ませた疑いを掛けられた四人の男は、ガイナス王の提示した
約束を聞いても、まだ心を動かそうとしなかった。この現実が、王を怪訝にさ
せる。信じがたい。まさか、四人の中に“犯人”はいないのではないか――そ
んな疑いさえちらりと浮かんだガイナスは、頭を激しく振った。
 四人の誰かであるのは確実だ。問題は、疑わしいからと言って四人全員を秘
密裏に裁くと、目立ちすぎる点。王女を守るため事を公にせず、別の罪状で裁
くのは、せいぜい二人までだろう。何としてでも白状させ、そいつに取引を持
ち掛け、うまく罠に誘い込む必要がある。
「諸君らの麗しい友情に、感動を覚えないでもない」
 ガイナスは蔑む調子で始めた。
「だが、このまま黙りを決め込まれて、私が見逃すはずがないのも理解できよ
う。充分に賢明な頭脳を持っているのであれば、最後の機会を逃すとどうなる
かも、自ずと想像が付くだろう。さよう、四人全員共犯と見なし、仲よく打ち
首に処す」
「――」
 四人の表情を子細に窺っていたならば、皆、微かに血の気が引く様が見て取
れたことだろう。耳が痛くなるほどの静寂が降りてきた。
 約一分後、ガイナス王は己の言葉の効果を実感したところで、改めて言った。
「今、いいか、今であるぞ。今、この場で一人が白状すれば、他の三人を放免
するのは言うまでもないが、当事者であるその一人にも助かる機会をやる。条
件付きではあるが、四人揃ってあの世に旅立つよりはましだ。――諸君らが、
各々どう思うかは知らんがね」
 ガイナス王は、ジャグラー、マジシャン、コメディアン、腹話術師を順番に
睨め付けた。
 やがて、演芸団員の一人が口を開いた。

           *           *

 事件は、大地の神に本年の豊穣を感謝し、来年もまた同等の豊かな実りを祈
願する儀式が執り行われている最中に起きた。
 清めの済んだ壷を、巫女のアラメラがしきたりに則り、両手で捧げ持つ。一
旦、床に降ろし、壷の口を覆う蝋紙を、勿体ぶったような厳かな手つきで取っ
た。弟子から火を灯した燭台を受け取ると、その火で蝋紙を燃やす。瞬く間に
蝋紙は灰になった。開かれた壷の中身は、聖水。巫女アラメラは改めて壷を捧
げ持つと、顔の位置まで下げ、水を一口だけ飲んだ。
 毎年恒例の流れに異変が生じたのは、その三十秒ほど後だった。
 齢五十を迎えんとして、未だに若い時分を想起させる美貌のアラメラだが、
その表情が歪んだ。かと思うと、膝立ちをしていた彼女は喉元を掻く仕種を僅
かにすると、前後に揺れ、そして前のめりに突っ伏した。
 鏡と巻物を置いた見台が倒れる。隣の香炉台も煽りを受けて振動し、灰が多
少飛び散った。そんな様が、天窓からの日差しに白く浮かび上がっていた。
 もちろん、周囲の者達は異常事態を前にして、指をくわえ、呆然と眺めてい
た訳ではない。一拍の後には、何人かの男女が駆け寄り、アラメラに呼び掛け
つつ上を向かせ、抱き起こした。宮殿常駐の医師がじきに到着し、診察した。
が、その頃にはアラメラは意識を失い、手の施しようがない状態に見えた。設
備の整った病院に搬送されたが、本格的な診断・治療を受ける前に死亡を確認。
可能な限り速やかに検死作業に移行した。結果、死因は呼吸器系に働きかける
毒物によるものと判明。警察の捜査により、聖水にも同じ毒が混入していたこ
とが後日明らかとなる。
 さらに、毒は宮殿内の物が使われた公算が強まった。というのも、宮殿内に
は国王ガイナスの一人息子タロックのために作られた“実験室”があり、そこ
の棚には様々な薬品類が収納されている。事件が起きた日、タロックは別の行
事に出席しており、実験室は無人。当然ながら鍵が掛けられ、誰も入れないよ
うになっていた。だが、アラメラの死後、警察の捜査で実験室の鍵が破壊され、
毒物が消えていることが発覚。タロック及び宮殿内の部屋の合鍵全てを管理す
る使用人頭の証言によれば、当日九時過ぎにチェックを行ったが、問題の毒物
は前回と比べて量に変化はなかったという。
 問題はいくつかに絞られてきた。当面は三つ――犯人の正体、毒の入手機会、
毒の混入方法――である。
「あー、憂鬱だ」
 リボーンスキー警部は壁や天井を見上げてから、独りごちた。部下のティカ
ット刑事がそばにいるからこその独り言だ。白髪が目立ち始めたもじゃもじゃ
頭を掻きながら、喋り続ける。
「王宮内での変死ってだけでも気が重いのに、報告の限りだと、現場の状況が
かなり面倒臭い」
「ですね。清めの間は、一種の密室状態だったと思われますから。中に起きっ
放しだった聖水に、どうやって毒を入れることが可能だったのやら」
 清めの間は、宮殿の一番奥に、突き出した離れ小島のように築かれていた。
角部屋である儀式の間から延びる渡り廊下により、行き来できる位置関係だ。
 聖水の元は、単なるわき水。当日早朝、宮殿裏の山へ少し入ったところにあ
る泉にて、巫女の弟子二人と農相の計三名によって汲まれ、素焼きの白い壷を
満たす。壷は蝋紙と紙紐による封を簡単にし、宮殿内にある清めの間に運び込
まれる。そこで一度封を解き、巫女自らが口を付ける。この際には、何ら異常
は認められなかった。
 再び封をした壷を祭壇に置き、清めの間は外より施錠される。無論、中は無
人だ。それから清めのため、しばしの時を要する。朝五時から十一時まで、清
めの間を封鎖し、誰も出入りできなくする。これにより、わき水が聖水に変わ
るとされるのだが……少なくとも今回に限っては毒入りになっていた訳だ。
 部屋は、ドアノブに施されたごく普通のシリンダー錠により、ロックされる。
このドアを開けるための鍵は、普段よりアラメラが肌身離さず持っており、事
実、死亡したときも身に着けていた。
 先にも述べたように、宮殿内の部屋の合鍵管理は、使用人頭の男の役目であ
る。清めの間に限らず、宮殿内の全ての部屋のシリンダー錠は二本ずつ鍵が存
在する。その内、合鍵は使用人頭が持ち出しも含めて管理する。当然、おいそ
れと持ち出せる物でなく、鍵の使用者が直接、使用人頭に会い、命令ないしは
依頼することで持ち出しが適う仕組みだ。事件当日までに、清めの間の合鍵が
持ち出されたことはなかった。
「鍵だけでも厄介なところへ輪を掛けて、人の目もかいくぐらねばならないと
来た」
 清めの間に向かうには儀式の間を通らねばならないが、壷に封じたわき水を
運び込んでからアラメラが死亡するまでの間、儀式の間には必ず人がいた。人
目を避けて清めの間に出入りすることは、まず不可能と考えられるのだ。
 事件発生時に、現場たる儀式の間にいたのは、被害者自身を含めて十人。ア
ラメラとその弟子二人、農相ルマイラ、大地の神をもてなすために呼ばれた演
芸団の団員四名、儀式を取材し報道するよう、唯一呼ばれたマスコミのヨーク
ス記者、そして国王のガイナス。この他、開け放たれた戸口の両サイドに、護
衛官が一人ずつ立っていたが、彼らは持ち場を離れていない。
「実験室の方は、密室じゃないみたいですから、よかったと思いましょう」
「当たり前だ。これ以上、ややこしくされてたまるか」
 実験室から毒物が持ち出されたのは、午前九時から事件発生直前までの二時
間と推測される。先の十名の内、この時間帯に宮殿を離れていた者はいないが、
確固たるアリバイを有する者なら、何名かいた。まず、演芸団員達は二人ずつ
に分かれて、宮殿を案内されていた。また、アラメラの弟子達は、アラメラを
加えた三人で儀式の間に籠もり、一心不乱に祈祷を繰り返していたと証言した。
「さて……くじ引きをやり直す気はないよな?」
 第二応接室とかいう部屋の前で、リボーンスキー警部は足を止めた。部下の
顔をまじまじと見つめる。
「嫌ですよ。前と同じ人が当たった方が、何かと都合がいいでしょうし。だい
たい、今さら僕と交代したらしたで、不安になるんじゃないですか、警部?」
「それはそうなんだが」
 少し言い淀んだ警部。その隙に、部下はさらに奥の部屋へ、すたすたと足早
に行ってしまった。
 リボーンスキー警部は小さく舌打ちした。あきらめの溜息をつくと、髪を手
櫛で整え、服のしわをできるだけ伸ばした。

「王を二度も調べるなんて畏れ多くて、本意ではないのですが」
 困惑顔に苦笑を加えたリボーンスキー警部は、了解を取って椅子に腰を下ろ
した。対するガイナス王は、縦横に充分大きなソファに悠然と、しかし威厳を
保って座っている。
 事件発生の一報を受けた警察の到着直後から、王宮内の一室を借り、特設の
取調室ができていた(部下のティカットが向かった部屋だ)。捜査本部が署に
起ち上げられたあとも、その部屋が使えるよう取りはからってもらっていた。
とはいえ、王は特別扱いせねばならない。たとえ王宮内の臨時の取調室でも、
取調室には違いない。そのような場所は王にふさわしくないとされ、第二応接
室で話を聴くことになった。
「気にせず、何でも聴いてもらって結構だ。あなたはあなたの仕事をすればよ
い。私はただ、早期の解決を期待している。幸い、今日は時間がたっぷりある。
アラメラが死んで儀式が中止になり、その分、政務を進められたというのが大
きいのだがな」
 理解あるところ示すガイナス。健啖ぶりを表すかのような黒々とした顎髭を
一撫でし、リボーンスキーを促す。
「お気遣いに感謝します。では早速」
 最初の嫌な緊張が解れてきた。警部は手帳を開き、完全に平静になった。そ
して質問の順番を考える。すでに、とある噂を掴んでいる。一番聞きにくい問
いを一番に持ってくるべきか、最後に回すべきか。
 彼の逡巡を見て取ったか、ガイナスから声を掛けた。
「警部、迷っているのかな? もしや、私とアラメラとの関係を問い質したい、
しかし率直に聞いてよいものか否かと躊躇っているのであれば、遠慮は無用だ。
私は彼女と関係を持っていた。色々な意味でな」
「それはつまり」
 助け船をありがたく思う気持ち半分、戸惑う気持ち半分のリボーンスキー。
「愛人と呼んでかまわん。妃の墓前ではだめだがな」
 声を立てずに笑うガイナス。リボーンスキーはお追従をしてしまわぬよう、
頬を引き締めた。
「聞きにくい質問に、気安くお答えくださり、助かりました」
「民の願いを読み取り、実現してやることが、政を担う者の勤めだ。たいした
ことじゃあない」
「それで……アラメラさんとの仲は、順調だったのですか」
「悪くはなかった。つまり、喧嘩をしていた訳ではないという意味でだな。飽
いてきたところであったし、互いにそろそろ終わりにしようかという話になっ
ていた」
「そのことを――国王とアラメラさんの関係及び、もうじき切れるであろうと
いうことを知っている人は?」
「宮殿の中になら、何人もいるだろう。警部、あなたが耳にしたのもそのおか
げだ」
「確かにそうですが」
 手帳に視線を落としたリボーンスキー警部。どうも調子が狂う。
「午前九時からの行動をお話しください」
「特別なことはしておらんが……ああ、アリバイ確認のためか。儀式に立ち会
ったのは、十一時十五分前ぐらいだったな。それまでは……八時から九時まで
なら、一日の予定確認で、大臣らと顔を合わせていたのだがな。うむ、九時か
ら十時半までは、執務室で書類に目を通しつつ、たまに来訪者の陳情を聞いた。
知り合いからの紹介だと、なかなか断れん。常に誰かと一緒にいた訳ではない
が、九時から十時半までの、いつ来訪されても応対できるようにしていたとい
うのは、アリバイになろう」
「……確かに、そういう理屈になります」
 尤も――と、リボーンスキーは心の内で続けた。
(王のためなら、いくらでも偽証する人間がいたとしても、ちっとも不思議で
はない。ただ、これも逆に考えれば、偽証を引き受ける者がいるのなら、一緒
にいた証人でもでっち上げて、もっと完璧な偽アリバイを用意すればいいもの
を、そうしていないってことは、真実を話している証なのか)
 王を疑うのは畏れ多いと意識しつつも、結局検討をしてしまう自分に苦笑す
る。刑事の性というやつか?
「王から見て、アラメラさんの死を願う人物にお心当たりは」
「ないと言いたいところだが、あれも巫女である以前に人間であり、女であっ
たからな。弟子に対しては厳しかったようであるし、若い頃に付き合っていた
男もいただろう」
「あのう、言葉足らずでした。今回、宮殿内にいた人物に限定しての話です。
弟子二人には一応、アリバイがありますが、彼らへの当たり方は、殺人に発展
するほどのものだったんでしょうか」
「私の知る限りでは、師と弟子として極当たり前の指導であり、特段酷くも苛
烈でもなかった。なあ、リボーンスキー警部よ。あなたは先ほどからアリバイ
を気にしてばかりいるが、この件は――これが殺人事件だとして、かなり特殊
な状況下で起きたと言えるのではないかね?」
「仰る通りです。儀式の最中、密室状況の部屋の壷に毒が投じられた、一見不
可能な出来事が起きてしまったと言えます」
「特殊であればあるほど、犯人も絞り込みやすいものではないか? 犯行をな
せる者は、自ずと限定されるはずだ」
「はい……しかし、九時から十一時までの間に、実験室から毒物を持ち出せる
機会があり、かつ、その後壷に触れる機会をも有していた者となると、現時点
では見当たりません。何しろ、壷は朝の五時から清めの間に置かれて、誰にも
触れられない状態だったのですから」
「なるほどな」
 ガイナス王は圧力を感じさせる眼をぎょろりと動かし、天を睨む風になる。
「壷に触れた者は、アラメラ自身と弟子二人以外に、誰がいる?」
「ルマイラ農相に記者のヨークス、それに演芸団の四名が触れたようです。い
ずれも清めの間に置く前のことで、壷の紙を外してはいないのは言うまでもあ
りません」
「なるほどな」
 最前と同じフレーズを繰り返すと、王は視線を警部に戻した。
「農相が触れたのは分かる。記者も取材を理由に触れよう。演芸団の者達は、
いかなる理由で壷に手を伸ばしたと言っておるのか?」
 警部は手帳のページをめくった。メモに頼らなくとも記憶していたが、念に
は念を入れる。
「えー、演芸団員達は、神をもてなす芸を披露するために呼ばれたんでしたね。
そのためには、まず身を清める必要があったとかで、早朝からここに足を運び、
アラメラから清めの儀を執り行われたそうです。その直後、水を入れた壷が運
び込まれ、滅多にない機会だからと触れることを許されたという成り行きだと
か」
「そうそう、思い出した。あの演芸団は以前に一度呼んで、息子のタロックが
大いに気に入ったのだよ。今回、他の儀式と重なったことを非常に悔しがって
おった。個人的に親しくしているほどだから、次の機会を用意してやりたいが
……あの四人の中に、犯人がいる可能性をどう思う?」
 率直な質問をされ、警部は眼を丸くした。まさか被疑者――しかも国王だ!
――から、捜査方針に口を挟まれるとは。
「可能性は低いかと。何しろ、九時から十一時までのアリバイが確保されてお
り、毒を手に入れられないのですから」
「そう言うのであれば、他に有力な容疑者はおるのか?」
「いれば、ご多忙な国王を煩わせてなぞいません」
「正直なところを話せ。状況が特殊故、ある程度は絞れているはずだ。目星く
らい、ついているのではないのか」
「特殊な状況を合理的に解釈する試みは重ねましたが、手応えのある答は見つ
かっていないのです」
「それでもいくらかの答を導き出したのであろう? それを言ってみよ」
 どんどん、普通ではない成り行きになっている。気重さを感じるリボーンス
キーであったが、王の命令とあっては背けない。再び手帳を繰って一瞥。小さ
く咳払いしてから、喋り出す。
「まず浮かんだのは、アラメラさんが最初に倒れたのは、お芝居だったのでは
ないかという説でした」
「芝居とはどういうことだ? 何の意味があって、アラメラが芝居なんぞを」
 ガイナスの反応を聞き流し、タイミングを見計らって説明を再開する。
「背景は不明ですが、アラメラさんと犯人とが組んでいたと仮定するのです。
アラメラさんは儀式中、聖水を口にして倒れるふりをする。そこへ犯人が駆け
寄り、薬らしき物を飲ませると、アラメラさんはあっという間に息を吹き返す
というお芝居をしたと考えれば、密室での毒の混入なんて関係なくなる訳です」
「つまり何か。犯人は周囲に、アラメラと同等かそれ以上の霊能者だと認識さ
せたくて、アラメラと組んだとでも?」
「まあ、色々な想定が可能です。しかし……実際には、こんなことはなかった
ようじゃありませんか」
「ああ。アラメラに近寄り、抱き起こす者はいたが、あれに薬を飲ませたり打
ったりする者はいなかった。それにだ、もしもお芝居をしていたのなら、予定
と違うことをされた瞬間、アラメラは必死で犯人の名を叫ぶはずであろう」
「はい。そういった点も考慮し、お芝居説は放棄しました」
 ガイナス王を立てつつ、警察の見解を示していく。リボーンスキーは要らぬ
苦労を覚えつつ、さらに続けた。
「次に考えついたのは、弟子二人が犯人であると仮定した説です。アラメラさ
んが亡くなった今、弟子二人が揃って祈祷していたという話は、彼ら二人の互
いの証言でしかない。もし仮に一人が抜け出し、毒を入手していたとすれば、
犯行も可能だったのではという考え方です」
「筋の通った理屈だ。が、鍵の問題があろう」
「その通りです。アラメラさんの身に着けていた鍵を使い、ドアを開閉して初
めて、清めの間の壷に毒を投じられます。でも、被害者のアラメラさんから無
理矢理鍵を奪う訳に行きませんし、借りるにしてもどんな理由付けがあり得る
か……儀式の最中に抜け出す理由と合わせて、到底無理だと結論づけた次第で
す」
「ふむ、分かった。次は?」
「多少なりとも現実的な線は、この二つだけです。残る仮説は、かなり無理が
あることを念頭に、お聞き願えれば幸い――」
「前置きは省いて、早く言うがよい。互いに時間は大事にせんとな」
 王のいらだちを見て取り、警部は先を急いだ。
「えー、三つ目は壷のすり替え説。もう一つの壷を用意して、丸ごとすり替え
た。もちろん、中の水は毒入りです。これの大きな弱点は、すり替えの機会が
ないこと。辛うじて、弟子ならできた可能性がありますが、被害者自身に怪し
まれずに行うことは無理でしょう。
 四つ目は、これが最後になりますが、壷の内部に予め毒が塗られていたとい
う説です。実験室から消えた毒とは無関係に。泉のわき水を注いでしばらくの
間は毒が溶け出さないため、アラメラさんが儀式前に飲んだときは、何の異変
もなかったと」
「面白い考えだが、そのような都合のよい毒物が果たしてあるのか?」
「毒そのものではなく、他の物質の特製を利用すれば、ある程度の計算は立つ
ようですが……壷の水を検査した結果は、毒以外に人為的に加えられた物質は、
全く検出されなかったため、この説も消えました」
「なるほど。捜査本部が尽力していることは、非常によく分かった。この調子
で続けて、光明を見出してもらいたい」
 王の激励に、リボーンスキーは思わず礼を返し、そのまま退出しそうな気分
になった。気分だけで、実際にはそんな振る舞いはしなかったが。
 その後、いくつかの質問と答のやり取りがあり、前もって定められた制限時
間が近づいてきた。新たに質問するには時間が足りないので、切り上げる。
 そこへ、ガイナス王から尋ねてきた。
「誰が怪しいか、私の個人的な考え。いや、直感を言ってもよいかな。先入観
を植え付けられるのは困るのであれば、やめておくが」
「とんでもない。拝聴しましょう」
 浮かした腰を椅子に戻し、メモを取る姿勢になる。内心、過度の期待を抱く
訳でもなく、飽くまで一関係者の意見として聞いておく。
「リボーンスキー警部、あなたは演芸団員達の特技を把握しておるか?」
「確か、腹話術にお手玉、奇術、あと一人はコメディアンだから、特技は何に
なるんでしょう?」
 真顔で応じた警部に対し、ガイナス王は右手の人差し指を振った。
「注目すべきはそこではない。奇術師が怪しいと思わんか?」
「はあ」
 戸惑いを隠し、承りましたという顔を作るリボーンスキー。
(まさか、手品の技法で毒を壷に入れたとでも言うのだろうか)

           *           *

 ガイナス国王は、夜半の宮殿で、密かに一人の若者と会った。演芸団の奇術
師、ライバートンである。
 ライバートンは、前もって指示された通路を渡り、中に入った。若さから来
る恐れ知らずさ故か、侵入する間は落ち着いていた彼だったが、待ち合わせの
部屋に足を踏み入れ、多少動揺した。その部屋に電灯はなく、代わりに蝋燭の
ゆらめく火の光がいくつもあった。
「待ちかねたぞ、ライバートン」
 戸口からは行ってすぐ脇から声がして、ライバートンはさらに驚かされた。
顔を向けると、ガイナス王が杖を支えにし、どっしりとした構えで立っていた。
蝋燭のおかげである程度の表情は読み取れるが、判然とはしない。笑っている
ようでもあり、怒っているようでもある。
 だが、奇術師には、怒りを買う覚えはなかった。すでにジョアナ王女と関係
を持ったことを白状し、その咎に対する国王からの条件提示にも、きちんと答
えたつもりだ。
「お言葉を返すようですが、遅刻はしておりません」
 アラメラの不審死から一ヶ月後。今夜、王と会うことは、前々から決められ
た予定通りの行動である。
「気に留めるな。私の感情を言い表しただけだ」
 今度は明らかににやりと笑い、用意された椅子に座るガイナス。
 ライバートンはその前に距離を置き、直立姿勢を取った。彼からは喋らない。
王が口を開くのを待つ。
「警察はまだ、誰がどうやってアラメラを毒殺したのか、掴めていないようだ」
「は、そのようですね。何せ、僕はこうして自由の身でいるのですから」
 ライバートンが言った。日常会話の続きのような口調で。
 ガイナスは大きく首肯し、傍らのテーブルから一枚の書類を取り上げた。書
類と言っても契約書の類ではなく、手書きのメモのような代物だ。
「おまえの咎を許す条件に、どのような約束をしたか覚えているな?」
「無論です。収穫の儀式の日に、巫女のアラメラの命を奪う。その後、別人が
犯人として誤認逮捕されるか、迷宮入りして捜査本部が縮小に向かえば、僕は
全面的に赦される、でした」
「もう一つ、肝心な点を忘れてはならん」
「あ、他言無用、です」
「その誓いの方は、守っておるだろうな」
「当然です。口外すれば、命に関わる」
「アラメラを屠った首尾は、見事であった。あれは色々と知りすぎた。口を塞
ぐ必要があったのでな」
「一ヶ月経過して、捜査本部はまだ縮小されませんか? 僕の知り限りでは、
そんな報道はなく、些か焦りを覚え始めたところなんですが」
「それなんだがな」
 ガイナス王は、ライバートンを指差した。そしてその指を顔の前で立てて、
意味ありげに笑みを浮かべる。
「私は見破ったかもしれん」
「――え?」
 最前、彼の言葉の中だけだった“焦り”が、姿を覗かせた。見開いた眼、し
ばし半開きになった口、せわしなく開け閉めを繰り返す両拳。
「ご冗談ですよね?」
「冗談ではない」
「でも、国王は最初から僕が犯人だと知っているのだから……」
「方法は知らん。そこを看破できたとしたら、警察に伝えてやろうと思う」
「……とりあえず、聞かせてください、ガイナス王」
「要するに、困難は分割せよというやつだろう。おや、顔色が変わったんじゃ
ないか? そんなに驚くことではない。奇術の基本として、おまえが王子に語
って聞かせていたのを、私も耳にしたのだよ」
 奇術師の変化を、楽しげに見つめる国王。ライバートンはそれどころではな
い。まだ看破されたと決まってはいないが、まさか、王自らが解明を試みると
は予想の外だった。
「今回の殺人で困難な点は、毒の入手方法と混入方法だろう」
「そうですよ、僕には毒が実験室から消えたときのアリバイがあるし、密室内
の壷に毒を入れることもできません」
「まず、思い込みを捨てねばならんな。殺人に使われたのは、タロックの実験
室から消えた毒と同種ではあるが、同一ではない。そう考えてみた」
「……」
「おお、的を射抜いていたかか? なに、私が単独で思い付いたのなら誇りも
するが、警部の話がヒントになったのだから、自慢にならぬ。だが、今のおま
えの反応は実に快感だ。おまえは、いや、おまえ達四人は以前来たときにタロ
ックと親しくなり、その際にタロックから実験室について詳しく聞かされたの
だろう。実験室は王子にとって楽しいおもちゃのような物で、つい、自慢した
くなるのも無理はない。ともかく、事前に、実験室にある毒を把握し、同じ物
を予め用意することは可能だった」
「……筋道は通っています。認めざるを得ません」
 早くも、立っているのが辛いとばかり、ライバートンは上半身がゆらゆらと
し始めた。王は余裕を見せ、適当な椅子に腰を下ろすように促した。
「恐れ入ります。では失礼を……」
 椅子に沈み込むように座った奇術師は、手の甲で額に宛がい、汗を拭った。
それでも反撃を試みる。
「実験室は実際に荒らされていたんですよね? あれはどう解釈するんでしょ
う? 殺人とは無関係の人物が、偶然、実験室に侵入し、偶然、同種の毒物を
持ち去ってくれたと?」
「まさか、そんなに偶然が重なることはあるまい。よく考えると、ライバート
ン、おまえのアリバイはさほど堅固ではない。突き詰めれば、気心の知れた仕
事仲間と二人一組で行動していたというだけだ。ましてや、そいつはおまえを
かばおうとしていた。実際の犯行でも、手を貸したと仮定すれば、アリバイは
簡単に崩せる。つまるところ、おまえが単独行動をしても、ずっと一緒にいた
と偽証する、ただそれだけだったんだろう」
「う……じゃ、じゃあ、毒を壷に入れた方法は? いくら最初から毒を持って
いたって、封のされた壷に毒を入れるのは無理だ。そうでしょう?」
 自らを奮い立たせるためか、声を大きくしたライバートン。身を乗り出しさ
えしている。そんな彼に、ガイナスは姿勢を変えることなく、勝ち誇った視線
を送った。
「壷に触れたそうではないか」
「触れたと言っても、極短い時間。封を開けた訳じゃない」
「大げさな金細工の施された頑丈な蓋が使われていたのなら、関門と呼べる。
が、儀式に用いられた壷を封じていたのは、単なる蝋紙。針一本で突破できる
んじゃないかね」
「……正解です」
「おや、白旗を揚げるのが早いな。正確を期すと、針は針でも注射針だろう? 
毒液を仕込んだ極小さな注射器を隠し持ち、壷に触れる際に、蝋紙越しに注入
した。それだけのことだったんだ」
「ええ、その通りです」
「蝋紙には小さな穴が残るだろうが、気にする必要はない。封を開けたあと、
蝋紙は燃やすのが習わしなのだからな」
「もういいじゃありませんか。そんなことより、僕はどうなるんですっ?」
 若き奇術師は疲れ切り、一気に十ほども老けたかのように見える。きっと、
蝋燭の炎による錯覚に違いない。
「そんな、絶望の沼に両足を突っ込んだような顔をするな。警察に突き出すと
決めた訳ではない」
「え? というと……」
「私はおまえを憎んでいるのは、変わっていない。しかし、邪魔な存在になり
つつあったアラメラを片付けてくれた手際と、その結果には感心し、満足して
いる。このまま警察に引き渡して、下手なことを喋られる恐れもある。私の力
をもってすれば、握り潰すのは容易いが、小さな煙一つ立たせるのも嫌な性分
でな」
「じゃ、じゃあ、一体。どう見ても、放免させてくれそうにはない」
 ライバートンは戸惑いを広げるばかり。落ち着きをなくしていた。このまま
見物するのも楽しいかもしれないが、潮時を見誤るとまた別の面倒が引き起こ
されかねない。ガイナス王は本題に入った。
「ライバートン。本来なら絶対に許せない行為をしたおまえに、機会を与えた
のはどうしてだと思う?」
「それは、あの巫女が邪魔になったから始末させるため、でしょう」
「違うな」
 即座に否定するガイナス。でも、すぐにかぶりを振り、言い直した。
「いや。それだけではないと言うべきだった。邪魔な存在の処分も理由ではあ
る。だが、私は本質的にゲームが好きでね。命を賭したゲームを、おまえのよ
うな若者がやり遂げるかどうかを見てみたかった」
「……」
 口をむずむずさせ、結局無言のままだったライバートン。王の台詞を解釈し
かねたようだ。
 ガイナスは気安く言った。
「だから、今度もゲームでけりを付けるのだよ。命を賭したゲームで」
「ど、どんな……」
 奇術師がごくりと喉を鳴らした。喉仏が大きく動くのが、薄明かりでも分か
った。
「簡単で、すぐに決着するゲームだよ。これからする質問に、振り返らずに答
えよ。よいな?」
「え、ええ」
 急な話に、緊張で身体を硬くするライバートン。
「ここに入って来たとき、何本もの蝋燭があるのが見えたろう」
「は、はい。今でも何本か……」
「もう一度言う。振り返らずに答えよ。振り返ったら、即失格だ。この部屋に
火の灯った蝋燭は何本ある?」
 ガイナス王はゲームの開始を告げると、大きく息をついた。炎を吹き消さん
ばかりの勢いで。

――終





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