AWC CD製作 〈愛知県唱歌〉


        
#372/549 ●短編
★タイトル (GSC     )  09/11/01  22:12  ( 89)
CD製作 〈愛知県唱歌〉
★内容

 尺八の師匠(西園流五代目宗家 小原西園氏)が亡くなって、まもなく
三ヶ月になる。今日はその追悼本曲献奏会が行われた。

 亡き師匠が、〈愛知県唱歌〉および〈名古屋唱歌〉の歌詞と楽譜を
見せてくれたのは、今から2年くらい前のことだった。
「東京のお寺の住職がこんな物を送ってきたよ。作詞の大和田建樹は
鉄道唱歌を作った人でね」
「はい、知ってます。『汽笛一斉新橋を』の歌でしょう」
「そうそう、あんたならきっとこういうものに興味があるかと思って…」
 歴史好きで、最近しばしば旅行に出かける私の趣味を、師匠はよく
知っていた。
「面白そうですねえ! 是非コピーをください」
 楽譜も歌詞も点字で書いてないから私には読めないが、家に持ち帰り、
妻に読んでもらって点字になおしたら、1番から35番まであり、
「これを是非自分で歌ってCDを作ろう」と思い立った。

  愛知県唱歌

 1  東海道の要衝に
    位置を占めたる愛知県
    尾張と三河二カ国の
    二市十九郡管轄す
 ………

 明治43年に発表された歌だから、歌詞も曲も甚だ古めかしい。
私が小学1年生当時(昭和19年)担任の先生から教わった頃でも、
愛知県には確か10市と18郡が在ったと記憶しており、平成21年の
今日、市が幾つに増え、郡が幾つ減ったのか、私は知らない。名所旧跡が
どれくらい残っているかも分からないし、産物も昔と今では随分変わって
きているだろう。曲の旋律が単純でごく有り触れている点もマイナス
要因だ。こんな歌をCDにしても、誰も聴く人はいないし、第一私の
歌唱力がおぼつかない。けれども、歴史としての意味はある筈だから、
このまま埋もれさせてしまうのはもったいない。

 まず、教え子のHMに頼んで、パソコンのMIDI音楽に寄るカラオケ
伴奏を作成してもらった。彼女はなかなか鋭いセンスを持っているが、
それでも私好みに修正するのに、メールや電話で何十回も打ち合わせを
して、ほぼ納得のいく音楽が出来上がった。
 たまたまパソコンのskypeで、フリーウェアのカラオケ用ソフトを
紹介してくれた人がいて、割合手軽に歌えるというので、私もそれを
使って録音することにした。さらに、各種音楽ファイルの変換・編集用
ソフトについても、メーリングリストで色々教わり(失敗談は省略
するが)、一応の準備は整った。

 さて、その後が大変である。わが家にはスタジオなど無いし、
マイクロフォン等の機器は安物、パソコンも旧式で、私の操作は未熟、
何よりも歌が不味くて声に魅力がない。それらを承知の上で、下記の
手順により録音を行った。
1. 家族が外出している間に済ませる。
2. 扉や窓を閉め、二重カーテンを引く。
3. 踏み台をパソコンの前に移動し、点字の歌詞カードを準備する。
4. 柱時計の振り子を停め、音の出る機器を遠ざける。
5. スタンドにマイクロフォンをセットし、パソコンとケーブル接続する。
6. パソコンを起ち上げ、ソフトを起動する。
7. マイクロフォンのスイッチを入れ、音量を調節する。
8. マイクの向き・歌詞カードの置き方・自分の位置取りを決める。
9. 伴奏音楽の読み込み・出力ファイル名の入力などのキー操作を行う。
10. 音楽をスタートさせ、歌って録音する。
 ところが、尾張の部22番・三河の部13番を、全曲通してすんなり
歌えることは滅多にない。歌いそこないは自分自身の責任だからやり直す
しかないが、ほかに色々なじゃまが入ってしょっちゅう中断させられる。
表通りの車は少ないが、家の真裏に幼稚園と小学校があり、金切り声や
放送の拡声器の音が突然響く。飛行場に近くて、ヘリコプターや
プロペラ機が離着陸や旋回を繰り返すし、犬や烏やヒヨドリの叫びも
結構耳に立ち、廃品処理や宣伝カーの轟音は迷惑このうえない。無事
何事もなく録音できてほっとした瞬間、パソコンの音声システムが余計な
音を発し、起動中のソフトの名前を言ったり、ディスプレイ画面の
一部を読み上げたりする。

 というようにして、この半年間に、最初から最後まで歌ったのが約
50回、途中までで中断したのを含めれば400回を越えているだろう。
それらのうち良い部分を巧くつなぎ合わせて一曲にする方法もあるが、
私はそれをやりたくない。例え録音であっても、全曲を一気に通して
歌いたいのである。私は今年72歳、声も歌唱力も衰えた上に、元来
声帯が弱くてすぐに声がかすれるから、何回も繰り返して歌うことが
できず、快復には日数がかかる。

 一昨日、満足度90パーセントでなんとか完成に踏み切ったが、友人の
KYに頼んでCDに焼いてもらったところ(私はCDの焼き付けが
できない)、音楽が濁って聞き苦しい箇所が随所に見られた。その理由は
二つあり、カラオケソフトの限界なのか、伴奏音楽をかなり絞らないと
歌声がひずんでしまうこと、および、他のソフトを使って全体の音量を
変更すると、音質が劣化してしまうことである。
 私はHMに電話して、元のMIDI音楽(カラオケ伴奏)の音量を下げ、
ついでにドラムの音も小さくしてもらった。
「ああ、今日から又400回も歌い直さねばならないのだろうか!」

     [平成21年(2009年) 11月1日   竹木 貝石]





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