AWC 条件反射殺人事件【10】別ver


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#569/598 ●長編
★タイトル (sab     )  20/11/07  17:44  (378)
条件反射殺人事件【10】別ver
★内容                                         20/11/07 17:51 修正 第2版
【10】

残ったのは馬面の新井隊長とあと二人。
「なにがあったんですか?」と新井隊長が聞いてきた。
「事情聴取をするんですか?」と書痙オヤジ。
「我々は高尾警察の警察官なんですよ。
私は警備課の新井警部です。
こちらは、生活安全課の山田巡査、あと交通課の江藤巡査」
狐顔の山田と狸顔の江藤が敬礼をした。
「はぁ、そうですかぁ」と書痙オヤジ。
「…どんな感じだった?」と亜希子の方を見る。
「突然、一人で、あばれだしたと思ったら、飛び跳ねて、
一回は私に抱きついたりしたんですけど、
勝手に離れると転落していったんです」と亜希子。
「その時に何か変わった事は」
「変わった事?」
「どんなに小さな事でもいいから」
「えー、」と亜希子は考え込む。
「そういえば、八王子市の放送がちょうど流れてきていました」
「放送?」
「ほら、ユーミンの♪you don't have to worry 『守ってあげたい』の
メロディーの放送です」
「えっ」と佐伯海里先生が顔を出した。「もしかして、そのユーミンと
何かが条件付けされているって事、ありませんか?」
「はぁ???」新井警部と二人の巡査は頭の周りに?マークを浮かべている。
後ろの方からそのやりとりを時任は睨んでいた。
(あの女、何を言い出す積りだ。そういえば、snsの浦野作治も、
臨床心理士には気をつけろ、と言っていたが)。時任は動揺してきた。
「私たち一行は、生活の創造会といって、神経症患者の集まりなんですけれども。
私は臨床心理士の佐伯海里と申します。
それで、神経症患者というのは、すぐに何でもトラウマにしちゃんですよ。
パブロフの犬みたいに。
例えば、メントスを食べた後に嘔吐して二度とミント味のものが
食べられなくなるとか。
同じ様に、ユーミンの放送で何か暴れるように条件付けされていたんじゃ
ないですかね」
「それ、今関係あるんですか」と隊長。
(そんな事は、関係ない、関係ない)時任は祈る様に心の中で呟いた。
じーっと考えていた、安芸亜希子が、顔を上げた。「そういえば、
郁恵ちゃん、ユーミンを好きにさせられているって言っていたわ」
「え?」
「あの、時任さんに」と時任の方を見た。「八王子市民ならユーミンを
好きにならないといけないと言われて、曲をプレゼントされて
何回も何回も、、、、」
「何回も?」
「えっ。うう」
「何回も何?」
「その、セックスの時に、繰り返しユーミンを聞かされたって。
しかも、こんなの恥ずかしいんですけれども、
重要な事だと思えるので言いますけれども、
郁恵は結構濡れやすくて、すごく濡れやすいんだと言っていました、
それで、最終的には、ユーミンを聞くだけで濡れてくるようになったと」
(くそー。萬田郁恵の家でちょっと話していたと思ったら、
そんな事までべらべら話していたのか)。
「という事は、ユーミンの放送が流れてきて、それで膣液を分泌して、
その後、あばれだして滑落した、という事ですか?」と新井警部が言った。
「そういう事は有り得ると思いますね」と佐伯海里先生。
「で、被害者は誰と付き合っていたんですか?」と新井警部。
「あの人です」と亜希子は時任を指さした
佐伯海里先生、安芸亜希子、書痙オヤジ、おじさんおばさん連中、
警部と巡査2名が時任を見ていた。
「へ、へへへ」と時任は笑う。「僕が、ユーミンと潮吹きを
条件反射にしたって? へっ。想像力がたくましいな。
つーか股間が濡れたら足が滑るとでもいうのかよ」

じーっと海里先生は時任を睨んでいた。
その視線は時任のツラからリュックに移動する。
「ちょっとリュックの中身を見せてくれない?」
「なんでだよ」
「警部、あのリュックの中に重要な証拠があるかも知れません」
「何?」と警部も時任を睨む。
「見せてくれよ」と書痙オヤジがリュックに手を伸ばした。
そして、警部と書痙オヤジに両肩を抑えられる格好になり、
そのままリュックがズレ落ちてしまった。
それを海里先生が奪うと中を見る。
「これは、さっき山頂で食べなかったお弁当ね」
と二つの弁当を取り出した。
「それが今なんの関係が」と警部。
佐伯海里は、牛タン弁当を乱暴に開封すると、
箸を出して牛タンと米粒をつまんだ。
「さあ、時任さんに食べてもらおうかしら」
「なんで今そんなもの食わないといけないんだ」
「いいから食べてみて。いいから」
と、牛タンと米粒をつまんだ箸をもって迫っていく。
時任は警部と書痙オヤジが両肩を抑えられていて、羽交い締めにされた状態で、
ちょうどダチョウ倶楽部の上島竜兵が肥後と寺門ジモンに押さえつけられて
熱いおでんを食わされる様な格好になっていた。
海里先生は、牛タンとご飯を時任に食わせた。
「モグモグ、う、うえー」と時任は吐き出した。
「なんだ」と警部。
「ガルシア効果だわ」と海里先生。
「ガルシア効果?」
「この時任さんと郁恵さんは、先々週の土曜、
焼肉を食べた後メントスを舐めて、その後バイクで車酔いをして吐いたんですね。
一回そういう事があると当分ミント味は嫌いになる、というのがガルシア効果。
実際、萬田郁恵さんは、先週の創造会の時にサイダーが飲めなかった。
しかし、このガルシア効果の条件付けは、ミントだけじゃなかった。
焼肉も、食べると吐き気がするという条件付けがなされていたのね。
それで今時任さんは吐き出した。
さあ。ここで疑問だわ。
時任さんは、何故食べられもしない牛タン弁当を買ってきたのかしら」
海里先生は、腕組みをすると顎を親指と人差し指でつまんだ。
安芸亜希子や、両肩を抑えている書痙オヤジ、警部も首をひねっている。
「何で食べられもしないのに牛タン弁当を買ってきたのよ」と亜希子。
「なんでだ。言ってしまえ」と書痙オヤジ。
「なんで?」
「なんでなのよ」
「なんでだ」
「なんでですか」
みんなの「なんで」の嵐が巻き起こる。
しかし時任は、羽交い締めを振りほどくと立ち上がり、
地面からリュックを拾うと担いだ。
「バカバカしい。俺は帰らせてもらうぜ」言うと一人で山頂の方へ逆戻りしだした。
「ケーブルカーで帰る積りかぁ」と書痙オヤジ。
「捕まえないんですか」と海里は警部に言った。
「さあ、牛タン弁当を持っていたというだけでは、どうにもねぇ」
腕組みをして時任の背中を見ている。
その背中はどんどんと小さくなり、やがてブナなどの茂みの中に消えていった。
「ふー」と警部はため息をつく。「それじゃあ、我々もこれで下山しますが。
ご一緒に下山しますか」
「いやいや、お先にどうぞ」
「それでは我々ははこれで失礼します」
敬礼をすると馬面警部と狐顔巡査、狸顔巡査は天狗の様なスピードで
下山していった。
「それじゃあ我々も下山するか。日が暮れるから」と書痙オヤジ。
「そうね」と安芸亜希子。
御一行は、書痙オヤジを先頭に、おじさんおばさん、亜希子、
そしてしんがりに佐伯海里の順番でとぼとぼ下山していった。
吊り橋を渡っている時に、『夕焼け小焼け』の鉄琴のメロディーが流れてきた。
八王子市では夕方五時に防災無線でこのメロを放送している。
吊り橋の底を覗いて、海里はぶるっと震えた。
(水が少ししかない。あれじゃあ痛かっただろうなあ)と思ったのだ。
後ろを振り返ると闇が迫っていた。
西の空には宵の明星が姿を現していた。

【11】
翌日の日曜日、一日中、佐伯海里は考えていた。
(あの時ユーミンのメロがトリガーになって郁恵は暴れだした。
ユーミンと潮吹きの条件付けしたのは時任に間違いない。
でも、股が湿ったぐらいじゃあ滑落しないだろう。
そこで出てきたのが牛タン弁当だ。
なんでガルシア効果で食べられない牛タン弁当なんて持っていたんだろう)。
考えても考えても、これらの点が線になる事はなかった。

夕方になって、書痙オヤジから電話がかかってきた。
「実は、萬田郁恵さんの葬式の事なんだが、今日通夜で明日告別式なんだよ」
「えー、検死とか解剖とかはしないんですか?」
「それが、事件性がないというんで事故として扱われたらしんだよ。
それで、お寺さんやら斎場の都合もあって明日が告別式になっちゃったんだよ。
で、海里先生にも来てもらいたいんだがねえ」
「それはいいですけど」

翌日の昼頃、海里は告別式の行われる市の斎場に着いた。
火葬場併設の式場で、四十五名収容と狭い為、
入りきれない弔問客はロビーで待っていた。
手首に包帯を巻いた書痙オヤジがいた。それ以外に安芸亜希子や
何時も見るおじさん、おばさん連中もいる。
なんと時任がきていやがった。犯人が犯行現場に戻るというのはこの事か。
相当飲んでいるらしくふらついている。
あんな事件をやってしまった後ではシラフではいられないのだろう。
それ以外に、新井警部と狐顔巡査、狸顔巡査の姿も見える。
やっぱり事件性があるのだろうか。

親類縁者などの焼香が終わると、弔問客が4人ひと組でお焼香をする。
お焼香の時に郁恵の遺影を見たが、まだ高校生の面影を残している。
さぞかし無念だったろう。この無念を晴らしてやりたい、と海里は思った。

焼香が終わると、又ホールに出てくる。
暖房のないホールはひどく寒かった。
十一月中旬は、晩秋ではなく完全に冬だ。
葬儀社の人が「これをどうぞ」とホッカイロを配っていた。
海里も一個もらって拝む様にもんで手を温めた。
となりにいたオバタリアン二人組が、
「この前、寒くてさあ、ホッカイロを下っ腹に入れて寝ていたのよ。
そうしたら下の方にずれて、お股が低温火傷しちゃった」
「あらあら、当分おあずけね」
などと、下卑た笑いをあげていた。
お弔いの席で不謹慎なおばさんたちだ、とは思ったが。
(何かひっかかるものを感じる)と海里は思ったのだった。

又反対側には地方から来たらしいおっさんが二人いて、
ホッカイロだけでは足りないらしく、
「お清めだから酒を飲もうか。体も温まるしさ」などといって、
缶入りの酒を取り出していた。
「これ、面白いんだぜ。この底のボタンを押すと酒があったまるんだよ」
「へー、底にヒーターでもついているの?」
「違うよ。ここに、生石灰と水が入っていて、
この缶底のボタンを押すと中で生石灰と水が混ざって、
それで熱が出るんだよ」
「へー」
「酒だけじゃないんだぜ。今日、八王子の駅ビルで物産展をやっていて、
そこで牛タン弁当を買ったんだが、それも底に生石灰が仕込んであって、
紐を引っ張ると温まる仕掛けになっているんだよ。見せてやるよ」
言うとおっさんはカバンから牛タン弁当を取り出した。
「この紐を引っ張ると中で生石灰と水が反応して熱を出すんだよ。
ここにそう書いてあるだろう」
あれは、時任が高尾山にもってきたのと同じものだ。
あの時はあわてて乱暴に開封したので、あんな温め装置には気付かなかったが…。(何
かひっかかるものを感じる)と海里は思った。

ロビーに、葬儀社の人間が出てくると「それではお別れの時間です」と告げた。
遺影や位牌をもった親類縁者がぞろぞろと出てくる。
親族の最後尾に続いて、火葬場に向かった。
別棟の火葬場に行くと、既に、火葬炉の扉の前に萬田郁恵の棺は置かれてあった。
「それでは最後のお別れでございます」
棺の小窓が開けられる。父母や兄弟が覗き込み、そして嗚咽して泣くのであった。

火葬炉の扉が開けられた。
中を覗き込んで、(あそこに入ると、火にくるまれて燃えてしまうんだわ)
と思ったその刹那、海里は思い付いた。
生石灰で牛タン弁当を温めるイメージと、ホッカイロで股間を温めるイメージから
ひらめいたのである。
キターーーー!!
「ちょっと待って」海里は声を上げるた。
弔問客を押しのけて、棺のそばまで行く。
「ちょっと待ってください。郁恵さんの無念を晴らす為に、
ちょっとみなさんに言いたい事があります」
「な、なにかね」と親族の一人が言った
「もう一回、高尾山での滑落の事件について考えてみたいんです。
あれは事故なんかじゃない。事件なんです」
「なにを?」と親族。
後ろの方では、新井警部らも見ていたが何も言わない。
「ここで言わないと、本当に郁恵さんの無念が晴れません。
だから、言わせて下さい」
「何をだね」
「じゃあ言います。
一昨日、高尾山の4号路の下りの、吊り橋手前で、郁恵さんは滑落しました。
その時にはユーミンのメロ、八王子の防災放送のメロが流れていた。
そのメロで突然暴れだしたんですが、
時任に、あの後ろにいる、あの男です、あの酔っ払っている男に、
ユーミンのメロを聞くと股間が濡れるという条件付けをされていたんです」
「何を言っているんだ、君は」
「でも、これは本当なんです。そしてこれを言わないと、
真相が明らかにならないし、郁恵さんの無念は晴れないんです。
だから言わせてください。
郁恵さんは、ユーミンのメロを聞くと股間が濡れる様に条件付けされていた。
パブロフの犬の様に、ブザーを聞けばヨダレが出る様に、
ユーミンのメロを聞けば股間が濡れるという条件付けを」
「何を言っているんだ、不謹慎な」
「不謹慎でも何でも本当の事を言わない方が郁恵さんは無念だと思います」
「だいたいどうやってそんな条件付けっていうのか、それをしたというんだ」
「それは、セックスの時に繰り返しユーミンを聞かせたりして」
「不謹慎な事を言うなッ」
「でも、真相を言わない方が郁恵さんは無念だと思います。
とにかく、郁恵さんは、ユーミンのメロを聞くと膣液を吹く、
という条件付けをされていた。
そして山中でユーミンのメロが流れてきた。それで潮を吹いたんです。
でも、それだけでは、滑落しない。股間が湿っただけでは足を滑らせたりはしない。
そこで出てきたのが時任の持っていた牛タン弁当です」
「一体、なんの話をしているんだね」
「時任が牛タン弁当を持っていたんです」
「それが何の関係が」
「関係あるんです。時任が牛タン弁当をもっていた、という事が。
しかも、彼は、先々週、焼肉を食べてバイクで酔って吐いてから、
もう焼肉系は食べられなくなっていた。だのにそんなものを持っていた。
それが謎でした」
「…」もはや親族は何も言わなかった。
「ここまでを整理すると、あの時、ユーミンのメロで股間が濡れた、
その条件付けをしたのは時任、でもそれだけじゃあ滑落しない、
そして時任は食べられもしない牛タン弁当をもっていた、という事です。
そして、今日、ここに来て、私は二つの事からひらめいたんです。
一つは、ホッカイロを股間にあてておくと低温火傷をするという事。
これがひっかかりました」
「き、君は、郁恵の最後を侮辱する積りか」
「そうじゃないんです。とにかく、ホッカイロを股間にあてるという事と、
それから、もう一つは、あれです」
言うと海里は、田舎からきた風のおっさんのところに行くと、
さっきの牛タン弁当を奪ってきた。
「これです。この牛タン弁当。今日ここで、偶然にも、
時任があの日もっていた牛タン弁当に出くわしたんです。
それがこれ。
そうでしょう。時任さん」と後部にいる時任に言うが、時任は返事はしない。
「まあ、いいわ。…それで、この牛タン弁当の底には生石灰があって、
この紐を引くと水と反応して熱が出るんです。
同じものを時任は事件の日に持っていた。
以上の2点から、私はひらめいたんです。
もしかしたら、時任は、生石灰を郁恵さんのパンティーに
仕込んでおいたんじゃないか、と。
それで膣液が出て、それを石灰が吸収して、発熱して、
それで、あちちちちとなって飛び跳ねて滑落した、と」
「き、きみ」とは言ったものの、親族一同は、今度は時任の方を見た。
「へへへっ。そんな事」時任は顔を引きつらせた。
「どうやって、パンティーに生石灰を仕込むんだよ」
「それは、潮吹きだから、替えのパンティーが必要で、
それに仕込んでおいたんじゃないの?」
「想像力たくましすぎだね」
「それじゃあ、新井警部」
「はいよ」
「調べてみて下さい。この棺の中の郁恵さんのパンティーを。
これは不謹慎でもなんでもないんです。
火葬にしてしまったら証拠は消えてしまうんです。
もしパンティーから、この牛タン弁当の生石灰と同じものが出てきたら
ビンゴじゃないですか。ねえ、警部」
「分かった」言うと、警部が親族の方に進み出てきた。
「それじゃあ、親族のどなたか、郁恵さんの下着を
取り出してもらえないでしょうか。それとも湯灌でもしちゃいました?」
「いえ、傷がひどいのでそのままでと」
「じゃあ、ご親族の方、ご遺体からパンティーを」
父親らしき男がため息をつくと、隣にいた若い娘、郁恵の姉妹であろうか、
に目で合図した。
そして娘が棺の蓋をずらすと、しばらくごそごそやって、そして、
ハンケチにブツを包んできて警部に渡す。
「江藤、山田、その牛タン弁当の底から生石灰を出してみろ」
それから3人は唸りながら、牛タン弁当の生石灰とパンティーのを比較する。
待つこと数分、新井警部が顔を上げた。「こりゃあ、調べてみる価値ありだな」
そして時任の方を向いて言う。
「時任さん、署に来て話を聞かせてもらいたいんだがね」
「それ任意だろ」
「なにぃ」
「任意だったら行かなくってもいいんじゃね? 
よくユーチューブとかでもやっているけれども」
「物証が出てきちゃっているじゃないか」
「物証が出てきたって現行犯じゃないだろう」
「物証が出てきているんだから、任意で応じないなら逮捕状請求するだけだな」
「だったら、札、もってこいや」
「何を言っているんだ、お前は、協力しろ」
「いやだね」
「協力しろよ」
「いやだね」
「なんでだよ」
「協力する義務がないから」
こういう言い合いがしばらく続く。
最後に時任が「俺は帰るぜ」と宣言すると踵を返そうとする。
が、酔っているせいでよろけた。
「危ないっ」と警部が叫んだ。「危ない、危ない。転ぶかも知れない。
保護だ。保護ーッ!」
その掛け声で二人の巡査は、時任を片腕ずつ抱え込んだ。
「待て、ゴルぁ、離せこら、離せ」
など言うが、二人の巡査に完全に脇を固められる。
時任は、ほとんどNASAに捕まった宇宙人状態で、
足を空中でばたばたさせながら、火葬場から連れ去られていった。
嗚呼哀れ、時任正則もこれで年貢の納め時。

ここより事件は警察が捜査する事となった。
火葬は中止になり、郁恵の遺体は警察がもっていく事となった。
近親者は複雑な思いでロビーに佇んでいた。
佐伯海里、書痙オヤジ、安芸亜希子、その他の生活の創造会メンバーは
とぼとぼと斎場から出て行った。
「参考人の調書なんてとられるのかなぁ」と書痙オヤジ。「とられるのは
いいけれども、署名しろなんて言われないだろうなあ。手が震えちゃうよ。
今日は包帯をして誤魔化したけれども、何時も包帯をしていたらバレるしな」
「そういえば、警察の取り調べではカツ丼が出るというけれども、
そんなの食べられないわ」と亜希子。
「ベジタリアンだから天丼にしてくれって言えばいいじゃない」
「でも、警察のメニューはカツ丼しかないって言うから」
「マスコミが騒いだりしないだろうなあ。みんなあの会に参加しているのは
秘密なんだから。テレビなんかで、この人達は神経症ですよーなんて
全国報道されたらたまったもんじゃない」
(全く神経症の人って、愛する人の葬式でも、
線香を持った手が震えないか心配しているのね。
でも、神経症の人って神経症自体の苦しみ以外に、
それがバレる事の恥ずかしさとも戦っているのね)と佐伯海里は思った。

斎場から通りに出たところで、ちょうど二時になり、
例のユーミンの曲が流れてきた。
(ユーミンのメロとの条件付けなんて誰が思い付いたんだろう)
と佐伯海里はふと思った。
(ユーミンと膣液の条件付けは鮮やかな感じはするのだが、
パンティーに生石灰を仕込むというのは如何にも鈍くさいと感じる。
せっかく遠くから聞こえてくるユーミンのメロに反応するという
遠隔操作的条件付けをしておきながら、
当日牛タン弁当を買うなんていうのもアホすぎる。
動かぬ証拠を持ち歩いてる様なものだから。
それは、犯人がアホだからではないのか。
もしかしたら、条件反射に関しては、
誰か入れ知恵をした者がいるのかも知れないな。
これは、もし事情聴取があったら、あの警部に言ってやらないと)
など思った。

とにかく海里は、自分は郁恵の無念を晴らしてやったのだ、とは思っていた。
そして空を見上げると初冬の空も晴れていた。

【了】










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