AWC 条件反射殺人事件【1】


        
#559/569 ●長編
★タイトル (sab     )  20/11/03  17:19  (127)
条件反射殺人事件【1】
★内容
林田式という神経症の精神療法を知っている人はどれぐらい居るだろうか。
林田式といったらまず“ありのまま”だ。
“ありのまま”というのは、「だるいからやらない」というのはダメで、
「だるいなら、だるいなりに今を受け入れて、やるべき事をやる」
という姿勢である。
これを“恐怖突撃”という。
この“ありのまま”と“恐怖突撃”で病気を陶冶していくのである。
もっともこんなに厳しいのは入院林田式なのだが。
入院はちょっと、という人の為に、生活の創造会という全国組織の
自助グループがあるのだが、そこは、“ありのまま”やら“恐怖突撃”
などはなされず、林田式がむしろ禁止している、
愚痴と慰め合いの場に成り果てているのであった。

時任正則の住んでいる八王子地区では毎週土曜日に労政会館で
創造会の集まりがあった。
時任は何時もは立川の創造会に参加していたのだが、
今週は八王子のに参加していて、今まさに、みんなの前で
愚痴を披露しているところだった。

「僕は本当に、IT長者みたいなのが嫌いで…」
□型に配置されているテーブルには一辺に五人ぐらい座っていた。
つまり二十人ぐらいの前で時任は話していた。
まだ三十に充たない、TOKIO松岡似の男。
「ホリエモンとかひろゆきとか、楽天の社長とかアメブロの社長とかが
嫌いで嫌いで、見た途端に、ばりばりばりーっと心にヒビが入るんです。
自分はアパートに住んでいて派遣社員なのに、
なんであいつら楽して金儲けしているんだろう、と。
でも、それは、自己受容が出来ないからだと最近気づきました。
なんでか、自分は、この自分の体と心でいいや、と思えなくて…。
そうすると比較しだすんですよねぇ。
例えば、クラブでナンパする時だって、自分は自分だと思えないから、
ありのままの自分をさらけ出す事が出来なくて、
ちょっと見劣りのする友人に行かせて、
あいつでも相手にされるんだったら俺だって、と比較する。
それと同じで、テレビやスマホでIT長者を見ると比較するから、
殺したくなるんですよね。殺しちゃまずいけど、ははは。
という訳で、僕の当面の目標は、
“ありのまま”に自分を受け入れて、“恐怖突撃”する事だと思います」
オーディエンスの内、比較的若い層は、そうかもしれない、
リア充って難しいものねぇ、などと頷いていた。
中高年は、自分と他人の区別がつかないとはどういう事か、
みたいな視線を送っていたが。
とにかく、時任正則としては他言無用を条件にありのままを語る場と
なっているので、本当の事を告白したのだった。来週の目標も付け添えて。
「それでは次の方」と司会役のおっさんが言って、ノートに何やら書いたが、
書痙で激しく鉛筆を震わせていた。
その隣には、創造会に協力している病院から、臨床心理士が来ていた。
佐伯海里(さいき かいり)とネームプレートに書かれている。
喜多嶋舞似の、ちょっと顎がしゃくれた花王ちゃん。
「萬田郁恵といいます」まだ二十歳そこそこの、
若い頃の榊原郁恵と安室奈美恵を足して2で割った様な
可愛らしい感じの女の子が言った。
「不潔恐怖症で悩んでいます。
ばい菌とか大腸菌なんですけど。
別に、自分だけが綺麗という訳じゃないんですけれど。
外から帰ってきて、とりあえずスマホとか全部消毒するんですけれども、
手を洗う時に蛇口をひねると蛇口にばい菌がつくし、
蛇口をスポンジで洗うとスポンジにうつるし、
そのスポンジから皿に伝染するからそのスポンジは捨てないと、って。
ウェットティッシュで拭いてもゴミ箱に伝染するから
ゴミ箱も使い捨てのにしないと、とか。
そうやってキチガイみたいに、あっちに伝染した、こっちに伝染した、
と騒いでいます。
むしろ、指で舐めちゃえば平気なんです。
汚れ自体よりも、伝染していくのが嫌なんです。
という訳で、私の目標は、一通り手洗いをしたら、そこで気持ちを切り替えて、
“ありのまま”に“恐怖突撃”をする事だと思います」
「はい、どうもありがとう。それでは、今の萬田さんで自己紹介は終了なんで、
ここで少し休憩にしたいと思います」と書痙オヤジが言った。

みんな、椅子をギーギー鳴らして立ち上がった。
一部のおばさん達は、部屋の後部に行って、お茶とお茶菓子の用意を始めた。
他は廊下に出て行く者、トイレに行く人もいる。

時任が廊下に出ると、窓のところで萬田郁恵が外の空気を吸っていた。
ニヤッと笑みを浮かべて歩み寄った。
「君、えーと名前は」と話しかける。
「萬田郁恵」
「ああ、萬田さんかぁ。さっきの話だけれども、萬田さんの不潔恐怖って、
自分は自分と思えないからなんじゃない?」
「はぁ?」
「僕は、自己受容が出来ないから、だから自分は自分と思えなくて、
それで、人から人へと転々と比較しちゃうけれども。
汚れも同じで、その汚れはそれだけなんだ、と思えないから、
手から蛇口へ、蛇口からスポンジへ、と伝染していく感じなんじゃない?」
「えー、私は別にホリエモンとか羨ましいとは思わないもの。
関係ないと思える。ばい菌は関係あっても」
「同じだよ。対象をありのままに受け入れないから比較しだすんだよ」
「えー、違うよ」
その時、風に乗ってユーミンの『守ってあげたい』が流れてきた。
これは、市の防災無線放送で 毎日午後2時になると市内四百十八箇所の
スピーカーから木琴で演奏された『守ってあげたい』が流れてくるのだった。
「あー、これ、嫌いなんだ」と萬田郁恵は顔をゆがめた。
「なんで?」
「ユーミンのミンが嫌いで…。ミンミン蝉みのミンみたいで。
セミってゴキブリみたいだから、それを潰したら手もゴミ箱も汚れるから、
という感じで伝染していく」
「僕もユーミンは好きじゃないけど。
何しろホリエモン的成功者が嫌いなんだから、ユーミンとか嫌いだよ」
「元気そうじゃない。久しぶりー、と言っても一週間ぶりか」
と言って別の女性が割り込んできた。
「ああ、亜希子さん」
亜希子さんは、歳は萬田郁恵と同年代だが、吉行和子似で、老けてみえる。
「初めまして。時任さんだっけ。安芸亜希子といいます。
症状は、摂食障害で、『人体の不思議展』を見てから肉が
食べられなくなったの。だって同じ哺乳類でしょう」
と聞いてもないのに、自分の症状を語りだした。
「いやー、聞きたくない。伝染るから」と萬田郁恵は耳を塞いだ。
「時任さんって、あんまり見ない顔じゃない?」
「何時もは、立川とかに行っているから。知っている人に会うと嫌だから。
今日は何気、地元の会に来たけれども」
「本当? ナンパできたんじゃないの?」
「え」
「あんたは、自分がいじけ虫だから、メンヘラ狙いなんでしょう」
(ずけずけ言う女だなあ。アスペルガー入っているんじゃないのか。
そういうの林田式の適応外だけれども)と時任は思った。

休憩後は、4つのグループに分かれて、おやつ(ブルボンのアルフォート)
を食べながら、どうやって、自分の“ありのまま”を実践に移すかなどの
話し合いが行われた。
時任は萬田さんと一緒のグループになりたかったのだが、残念、
おじさんおばさんの神経症の愚痴を聞かされる事になり、
あっという間に五時になった。
「それでは二次会に行きましょうか。今日は中町の焼肉屋に予約してあるから」
書痙オヤジが元気に言った。
「わー、焼肉ひさびさ」などの声があちこちから上がる。





 続き #560 条件反射殺人事件【2】
一覧を表示する 一括で表示する

前のメッセージ 次のメッセージ 
「●長編」一覧 HBJの作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE