AWC 眠れ、そして夢見よ 8−3   時 貴斗


        
#553/555 ●長編
★タイトル (tok     )  19/03/21  18:31  (128)
眠れ、そして夢見よ 8−3   時 貴斗
★内容
   九

 スピーカーのノイズ音で目を覚ます。いかんいかん、いつの間にか眠
ってしまったようだ。画面には砂嵐が現れていた。二時間の間に二度夢
を見ることもあるわけだ。青年が覚えていないだけで。
 それは期待通り、さっきのシーンの続きだった。彼らの目の前には大
きな谷が広がっている。タキタはここに落ちたのだろうか。
 大変なことになった。こんな所に落ちて、助かるわけがない。
「おーい! タキタ!」
 宇宙服の人物達が、崖のふちに手をついて叫んでいる。
「いたぞ! あそこだ!」
 青年は近寄って下をのぞきこんだ。
 かなり深い峡谷だ。その途中の岩場に、骨組みと車輪だけのおもちゃ
のような月面車がひっくりかえっているのが見えた。そしてそこからさ
らに下に、小さく白い人物がうつぶせに倒れているのだった。
 危険だ。彼はかろうじて岩にひっかかっている。このままでは落ちて
しまうかもしれない。
「しっかりしろ! 今行くぞ!」
 ロープが放られ、宙を舞う。
「俺が行く」
 一人がそう言って、縄をつかんで下り始めた。
 ごつごつした岩肌に足をかけながら慎重に下っていく。ヘルメットの
丸にタンクの四角が、だんだんと小さくなっていく。
 月面車の横を通り過ぎた。
「あと少しだ!」
 誰かが叫んだ。
 頼む、生きていてくれ。それが誰であるにせよ。
「あっ」
 誰かが叫ぶのと、モニターの前の滝田が声を上げるのが同時だった。
男は足を岩にかけそこなったらしく、ロープをつかんだまま急速に降下
した。
 ひやりとしたものの、どうにかもち直したようだ。おかげでタキタに
一気に近づいた。
「大丈夫か、ヒラタ」
 ああ、あの男はヒラタというのか。ヒラタと呼ばれた男は、こちらに
向かって手をふってみせた。
 なんとか無事タキタが倒れている岩の上に下り立った。タキタの肩を
揺さぶるがぴくりともしない。もう死んでいるのか?
 ヒラタはタキタを抱え起こしてロープにつかまった。だがタキタを抱
えたままではとてもじゃないが上れない。上げてくれと手で合図した。
 風景が仲間達の方へと動く。彼らは綱引きのようにロープを引っ張り
始めた。ずいぶんと乱暴なことをする。綱がちぎれたらどうするのだ。
 ようやく、崖のふちにつかまる手が現れた。仲間達が手助けする。ヒ
ラタはタキタを地面に降ろした。
 ぐったりとしている。
「おい、大丈夫か」
 太いチューブを背中のタンクに差し込む。エアを送っているようだ。
 タキタの体が動いた。うめき、右手を宙に伸ばす。よかった。彼は助
かったのだ。
 その後に仲間の口から出た言葉は、滝田を愕然とさせた。
「大丈夫か、タツオ!」
 タキタ タツオ! それは他でもない。今年二歳になる、滝田の孫の
名前だった。
「大丈夫……だ……」タツオはかすれた声で言った。「ブレーキが……き
かなくて……」
「あんなポンコツに乗ってくからだ」
「どこが痛い?」と、もう一人が聞いた。
「どこも折れていないようだ……すまない」
 青年はタキタに近づいていく。ヘルメットの中をのぞきこむように顔
を近づける。滝田によく見てみろと言っているようだった。
 左目の下にほくろがある。孫とまったく位置が同じだった。


   十

「ひょっとしたらと思ったんですが、やはりそうでしたか」と、青年は
言った。
 滝田はベッドに腰掛けた青年と向かい合っていた。
「私の孫は将来宇宙飛行士になるのかい?」
「前にも言いましたが、僕のは行って見てきた事実です。今から何年後
かは分かりませんが、必ずそうなります」
「私の孫はまだ二歳だ」
 とは言ったものの、だからどうだというのだ。
 滝田は心配だった。達夫が危険の多い宇宙飛行士になるなんて。しか
も今の青年の夢ではあやうく死ぬところだった。この後もっと危ない目
にあうこともあるかもしれない。
「僕ら、もう会わないほうがいいと思いますよ」
 青年は物憂げに言った。
「え、どうして」
「僕は、おそらくこれからも月の夢を見るでしょう。もしも先生のお孫
さんがとんでもないことになったら、僕はそれを先生にお見せしたくあ
りません」
 青年はまるで滝田の心を見ぬいたかのようだった。
 滝田の心境は複雑だった。達夫の未来の姿をもっと見てみたいという
気持ちと、もしも不幸なことになるとしたら、それを先に知ってしまう
のが怖いという気持ちが混じりあっていた。
「しかし、あのままで終わったら、達夫が大怪我をおったのか、それと
も無事なのかも分からないじゃないか」
 骨は折れていないようだが、他のことは分からない。
 青年は目をふせた。
「先生、僕は間違っていたのかもしれません。僕は、彼らの会話にタキ
タという名前が出た時、ぜひ先生に報告すべきだと思ったんです。でも、
そうするべきではなかったのかもしれません。僕はこんな夢を見てしま
うことを、全く予想できなかったんです。彼が重傷なのかどうかも、も
う先生に知らせるべきではないのかもしれません」
 自分は軽率であったと言いたいらしい。
 過去を変えることには、誰もが危機感を持つ。それに比べて未来を変
えることにはそれほど批判的ではない。むしろ積極的に未来を変えよう
という言い方さえされる。滝田にしても、このまま青年に孫を見守って
もらい、危なくなったら助けてほしいとさえ思う。が、それはできない。
 時間移動をして未来に行く場合、歴史を変えてしまうことよりももっ
と大きな問題がある。それは、知りたくなかった事実を知ってしまうこ
とだ。だが、もしそれが先に分かったのならば、なんとかそうならない
ように回避しようとすることができる。例えば、達夫が宇宙飛行士にな
らないように説得できる。だがここで、「運命」という、やや宗教的な考
え方が出てくる。たとえ避けようと工作しても、結局は同じような将来
になってしまうのではないか。
 それでもやはり、達夫のその後が知りたいのだ。
「せめてもう二、三日、僕につきあってもらえないかい?」
「先生は最初、夢見装置には一度しかつなげてあげないと言っていませ
んでしたか?」
「それはそうだが、今は事情が違う」
「僕の目的は、先生に夢の中のタキタさんを確認してもらうことでした。
もう目的は達成できました。ですが、今では反省しています。僕らの能
力は、人に迷惑をかけすぎます。自分の夢のことは誰にもしゃべらず、
おとなしくしているのがいいんです」
 滝田は言葉につまった。それはないよ。君達の能力は科学の進歩に大
きく貢献するんだよ。君達が沈黙することで、そのチャンスを逃すんだ
よ。
 そんなことを言うつもりはない。科学の発展よりも一人の人間の方が
大事だ。第一、この夢は公表すべきではないと考えたのではなかったか?
 青年がそうしたいのならば、それを尊重する方がいいのだろう。
 二人ともしばらく黙っていたが、やがて滝田が口を開いた。
「さ、送っていこう」
「いいです。今日は僕、バイクで来ましたから」
 青年は立ち上がった。
「気が向いたら、また来ます」
 だが彼は二度と来ないだろうと、滝田には分かった。





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