AWC 眠れ、そして夢見よ 8−1   時 貴斗


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#551/555 ●長編
★タイトル (tok     )  19/03/21  18:25  (378)
眠れ、そして夢見よ 8−1   時 貴斗
★内容                                         19/04/15 23:37 修正 第2版
   新たな夢


   一

 太陽の光がカーテンの隙間から漏れている。滝田はゆっくりとまぶた
を開く。何万光年も宇宙を旅してようやく目指す恒星にたどりついた宇
宙船の乗組員が、冷凍睡眠からたった今覚めたかのように。ゆっくりと
体を起こし、ベッドサイドテーブルの上にある目覚まし時計をつかむ。
まだ五時だ。セットしている時間は六時だが、最近ではこの時計が鳴る
のを聞いたことがない。
 歳とともに目覚める時間が早くなっていくのを感じる。大きくあくび
をし、頭をかく。元は真紅に近い色だったのが、すっかり薄桃色に変わ
ってしまったじゅうたんの上に足をおろす。
 カーテンを開くと薄い青色を帯びたような街が、もうすぐ起き出しそ
うな気配を見せていた。
 一段踏むたびに軋んで音を立てる階段を下りていく。だいぶ老朽化し
てきたな、と滝田は思う。滝田が老けていく早さに合わせて、この家も
また老いていく。売ってマンションでも買おうかと考えていた時期もあ
ったが、何を今更と思う。
 台所に立ち、水が入れっぱなしになっているやかんがのったクッキン
グヒーターのスイッチを押す。冷蔵庫を開け、きゅうりの漬物と卵を一
個取り出す。テーブルに置いてお新香のラップをはがすと、途中でちぎ
れて少しだけガラスの器の端に残った。それをはがして、大きい方と小
さい方を合わせて丸めてごみ箱に放った。急須をたぐり寄せ、ふたを開
けて中をのぞくと、湿ったお茶の葉が茶こし網にこびりついている。か
えようか、とも思ったが、昨日一度しか使っていないことを思いだし、
そのままにした。食器棚から小皿と湯のみと茶碗を取り出す。炊飯器を
開け、昨日の残りをよそう。椅子に座り、卵を割り小皿に落とし、醤油
の小瓶を握り、しずくをたらす。二滴、三滴。箸で混ぜると、黄味と白
味と醤油とがだんだんとその境界をなくし、それぞれの意味を失ってい
く。ご飯の真中に穴をあけ、流し込む。
 そうこうしているうちにやかんから湯気が吹き出してきた。滝田は笛
を開けたまま湯を沸かす。あの小うるさい音が嫌なのだ。
 座り込んでしまうともう一度立つのは面倒くさいと感じる。勢いを増
す蒸気に急き立てられて仕方なく立ち上がる。
 熱湯を急須にそそぎ、ケトルをクッキングヒーターの上に戻し、ほっ
として椅子に座る。しばらく待って湯のみにつぐと、ようやく朝飯の準
備が終わる。ご飯と卵をよく混ぜてほおばる。きゅうりをかじり、お茶
をすする。
 二年前までは、炊飯器など使わずコンビニで買ってきたレンジで温め
るだけの米を食べていた。五年前はトーストと目玉焼きだった。
 この国の人間は歳をとるほど日本人に帰るのかもしれない、と滝田は
感じる。どうして欧米化がいくら進んでも白米はなくならないのか。な
ぜレトルトご飯は味気ないと感じるのか。かまどで炊いていた頃の記憶
は、しっかりと遺伝子の中に残っていて、歳をとるに従ってよみがえっ
てくるのかもしれない。蒸らしたお米こそ、日本人の原風景なのかもし
れない。
 今では洋食、和食、中華、様々な料理が、安いものから豪華なものま
で、レンジで温めたりお湯を注いだりするだけでできる。二十一世紀に
入って猛烈に科学技術は発展し、それはこの国の食生活も変化させたよ
うだ。科学が進歩するほど、日本人は原風景から離れていくような気が
する。
 だがその繁栄も、最近になってようやく落ちついてきたようだ。新し
い世紀に入って続いた勢いも、さすがに終わりに近づくと萎えてくるの
かもしれない。
 しかし一旦沈静してしまうと今度は停滞期に入る。睡眠研究の分野に
おいても目新しい話題は出てこず、今までの大発見、大発明をつついた
り、いじくり回したりするばかりだ。
 滝田は自分の身の周りがどんどん老いていくのを感じる。つまらない
事を考えているうちにだんだんとまずくなっていく食事をやっと終え、
顔を洗いに行く。
 洗面台に立ち、鏡に映る髪が真っ白になってしまった自分の顔を、滝
田はぼんやりとながめた。


   二

「おはようございます」
 滝田が研究室に顔を出すと、宮田洋次が元気良く挨拶した。この真面
目だけが取り柄の小男は、夢見装置のプロジェクトに加わってから五年
目になる。天才型ではないが、何事もこつこつと忍耐強く続けるこの男
の最大の成果は、夢見装置で視覚情報だけでなく、聴覚の情報まで受信
できるようにしたことだろう。おかげで夢の映像だけでなく、音声まで
観測できるようになった。もっとも、音を得ることに先に成功したのは
アメリカだったが、こっちの方が、性能がいい。より明瞭に聞こえるの
だ。美智子のようなとげとげしさがなく、いい奴なのだが、なんとなく
物足りない。
 美智子か。
 あれから十年! 時間の矢は恐ろしいスピードで飛び去っていく。こ
の十年間にいろいろなことがあった。滝田には孫が生まれ、滝田研究室
のメンバーは入れ替わった。美智子はアメリカに、藤崎青年はイギリス
に移っていった。いずれも夢見装置を持つ研究所だ。新たにこの宮田と
いう男と、藤崎青年と同じくらいの歳なのだが、学生気分が抜けきれな
いまま大人になったような井上という青年がプロジェクトに加わった。
変わらないのは滝田だけだ。
「クラタさんという方から電話があって、先生にお会いしたいと言って
いました」
 滝田ははっとして宮田を見つめた。
「クラタ? 下の名前は?」
「いえ、苗字しか聞いていません」
 倉田恭介や倉田芳子とは別人だろう。彼らは滝田がこの研究所の所長
だということを知らないはずだ。だが、何かの機会に知った可能性はあ
る。
「年齢は? おじさん? おばさん?」
「若い男の方のようでした」
 滝田は目を伏せた。
「あ、そう」
「先生は九時半頃に出勤すると言いましたら、ではそのくらいに伺うと
いうことでした。お断りしますか?」
「いや、一応会うよ」
 廊下に出てゆっくりと歩く。
 何を期待したのだろう。倉田氏の件はもうずっと昔の話なのだ。今に
なって彼らが滝田に何の用があるというのか。
 所長室に入り、エアコンのスイッチを入れる。涼しくなるまでにはし
ばらくかかる。もうそろそろフィルターの掃除をしなければな、などと
思う。このクーラーももうだいぶ古くなってしまった。コーヒーメーカ
ーから一杯注ぎ、いつものように論文や学術誌の山とパソコンがのった
机の前に座る。ポケットから煙草とライターをもたつきながら引っ張り
だし、眉を八の字にして火をつける。顔を仰向けて空中に紫煙の矢をふ
く。
 出勤してしばらくの間は何もやる気がしない。もう頭脳労働をするの
は限界なのかもしれない。頭が働き出すまでに二時間や三時間は平気で
かかる。午前中はまるで仕事にならない。パソコンの電源を入れ、煙草
を持った腕をだらりとたらして起動画面を見つめる。起動するまでの間
は休憩時間だ。もっとも、立ち上がったからといってしばらくはぼんや
りしているのだが。
 煙草をたっぷり根元まで吸い終わると、それをくすんだ銀色の灰皿に
すりつけ、今度はゆっくりとコーヒーを飲む。初夏の日差しは研究所に
着くまでの間に体を幾分汗ばませていたが、滝田はホットコーヒーを飲
む。煙草の後のアイスコーヒーは腹の調子が悪くなる。
 パスワードを入力したがメールをチェックする気にもなれず、たいし
て読む気もない論文の字面をおっているうちに一時間ほどたっただろう
か。いきなりノックもなく部屋のドアが開いた。そんなことをする人間
は一人しかいない。思った通り、井上が顔を出した。
「先生、お客さんっすよ」
「あ、そう」
 長く伸ばした髪を茶色に染めているのはとても研究者には見えない。
頭もたいして切れないのだが、性格がのんきなのだけが救いだ。
「応接室に待たせてますんで」
「うん。すぐ行く」
 井上が扉を開け放したまま行ってしまうのを見て、滝田は苦々しく顔
をしかめた。
 近頃の若いもんは、などと考え始めている自分に気づいた。


   三

 応接室に入っていくと、水色と白のチェック柄のTシャツにジーパン
というラフな格好の若者がソファから立ち上がって会釈をした。
「こんにちは」ととりあえず挨拶する。
 若者は滝田の顔を見ると満面の笑顔になった。
「あ、こんにちは」
「あの、面会の場合はアポを取ってくれないと困るんですけど」
「先生、僕のこと覚えていませんか」
 奇妙なことを言う青年に滝田は不信感を抱いた。見覚えのない顔だ。
「僕、倉田志郎といいます。倉田恭介の息子です」
 あっ、と驚いた。そうだ。倉田という名で若い男といえば、倉田の息
子がいたではないか。突然の再会にびっくりすると同時にうれしくなっ
た。
「弟さん? それともお兄さん?」
「弟の方です」
 すると、USBメモリを渡した子だ。
「いやあ、大きくなったなあ。まあまあ、とにかく座って」
 青年が座るのに続けて滝田も腰掛けた。
「久しぶりだなあ。今、何やってるの?」
「大学生です。先生はお元気ですか」
「ああ、元気でやってるよ。今日は何の用?」
「まずはお礼を言いたくて。先生から頂いたUSB、もらった当時は何な
のかさえ分かりませんでした。高校生になった時に父がパソコンを買っ
て、中身を見て、難しい用語は分からなかったのですが、父がどういう
状態だったのかなんとなく知ることができました。有難うございます」
「だったら、今はもっとよく分かるだろう?」
「はい、検索して調べましたから」
 記録に余計なことを書かなかっただろうか、と滝田は心配になった。
大丈夫だ。夢の観察はあくまで病気の原因を探るためということになっ
ていたはずだ。
「どうしてここが分かったの?」
「滝田国際睡眠障害専門病院は見つかりませんでした。滝田研究所のホ
ームページを見て来ました」
 サイトには滝田の名前も顔写真も載せているから、渡した名刺がまだ
あれば分かるだろう。
「お父さんは今どうしてる?」
「父は二年前にクモ膜下出血で亡くなりました」
「そうか。お気の毒に……」
「僕は秘密を守りました。だから父は何も知らずに死にました。その方
が幸せだったと思います」
「そうだね。お父さんは自分に起こった事を覚えていないようだったか
らね」
 滝田は倉田氏を見殺しにするつもりだった。だが美智子の機転によっ
て助かった。しかし結局は死去してしまった。まああの悪夢のような状
態で亡くなるよりはマシだろう。
「先生の考えはおもしろいですね。前世の記憶をたどって過去にさかの
ぼったなんて。僕、すごく興味を持ちました」
「ああ、あくまで推測だけどね。しかしあの睡眠障害はなんだったのか、
前世に戻るとしても、どうしてそんなことができたのか、全く分からな
いままなんだ」
「僕も結論を出すまでに時間がかかりました。僕達の症状はいったい何
なのか。最近になってようやく僕なりの考えがまとまってきたんです」
 僕達? 滝田は聞きとがめた。この青年は何を言っているのだ?
「実は僕、毎日の睡眠時間が二時間くらいなんですよ。中学の時からず
っとです」
 あまりにもさらっと言ったものだから、滝田は目をむいた。青年は笑
顔のままだ。日に焼けたその快活な表情は、とても病気には見えない。
「君は、不眠症なのか」
「そうなんです。でも、先生。僕は大丈夫なんです。昼間居眠りをする
わけでもないし、どこか体が悪いわけでもないんです。それでも母は心
配して、あっちこっちの病院に連れていきました。でも、どこでも同じ
です。薬をもらって、それでおしまいです。生活にも支障はありません。
結局母はあきらめました」
 久しぶりの再会の喜びが、早くも不吉な疑念へと変わり始めた。父親
の睡眠障害は複雑怪奇なものだったが、息子の症状も変わっている。睡
眠時間が二時間だって? それでどこにも異常がないって? 中学から、
大学まで。
 もっとも、八時間は寝るべきなどというのは、人が勝手に決めこんだ
ことであって、短い時間の眠りでも平気な人間は存在する。ナポレオン
が毎日三時間しか寝なかったのは有名だし、エジソンも短眠者だった。
もっとも、ナポレオンは居眠りの天才であったとも言われているが。
「記録を読むまで、僕は自分の不思議な病気がなんなのか分からなかっ
たんですよ。この症状が始まってから時々見るようになった夢のことも」
 どうやら不吉な予感が当たりそうだ。この青年も、父親のような夢を
見るというのか。
 彼は少しも不安な様子を見せず、いきいきとした調子で続ける。
「僕は、父とは反対に未来が見えるんです。少し先のことから、遠い将
来のことまで。中学の頃は本当に時々でしたが、今は確実に見ることが
できます。見る、というより、行くといった方がいいかもしれません」
「つまり君は、予知夢を見るというんだね。君はそれが本物だって証明
できるかい?」
「証明、というとちょっと難しいんですけど、よく当たるんですよ。遠
い未来は実証できませんけど、近い将来ならまず当たります。先生は明
日危ない目に会いますよ。先生がびっくりした顔をして急ブレーキを踏
むのを、昨日夢で見ちゃったんですよ。僕は横にいました。もう少しで
大事故ですよ」
 まさか、と滝田は思う。父親が特殊な能力を持っていたからといって
その息子にもそんな力があるなんて。作り話ではないのか?
「で、君の考えはどうなの? お父さんや君の能力は、何だと思うんだ
い?」
「タイムトラベルの一種です」
「超能力っていうこと?」
「そうです。僕は父とは違って、睡眠時間は短いものの普通に生活する
ことができます。僕らの力は夢が大きな役割を果たします。だから、発
現できるようになる時に、代償として眠りに異常が起こるんだと思いま
す」
 それは滝田もこの十年間考えていたことだった。滝田は青年の意見を
もっと聞きたいと思った。
「お父さんの睡眠異常は何だったんだろう?」
「父は無意識に試行錯誤したんだと思います。自分の望む最適な状態は
何なのかを。そしてクライン・レビン症候群にたどりつきました。いつ
でも好きな時に夢の中で出現できますからね」
「じゃあ、レム睡眠行動障害は?」
「眠りっぱなしだと、外界との意思疎通が遮断されてしまいます。夢の
中に閉じ込められてしまうんです。そこでコミュニケーションの手段と
してレム睡眠行動障害という形を取ったんです」
「それはお父さんが意識して望んだものではなく、あくまでも潜在意識
下での願望なんだね?」
「そうです」
 滝田も同じように考えていた。ただし、滝田の見解が仮説であるのに
対し、青年の言い方は確信に満ちている点が違うが。
「じゃあ君の不眠症は?」
「僕は、何をするにも集中力を維持するのが、二時間が限界なんです。
予知夢を見るのも同じです。人は眠ってから一番深いノンレム睡眠に達
して、その後眠りの浅いレム睡眠になるんですよね。かかる時間は九十
分。でも個人差がありますよね。僕の場合は二時間なんです。普通なら
この周期を繰り返すんでしょうけど、僕はそれ以上注力することができ
ませんから、目が覚めてしまうんです」
「夢を見るのに集中力が必要なのか。それは興味深い話だね。しかしそ
んな能力のために君やお父さんが睡眠障害を抱えなければならないなん
て、なんだかかわいそうだなあ」
「とんでもない。これは素晴らしいことなんですよ」
 素晴らしいだと? 歴史を変えてしまうような恐ろしい力が輝かしい
ものであるはずがない。
「私はね、エジプト人はお父さんの夢が作り出した架空の存在であるか
のように思っていた。だがあのエジプト人は実在した本物だったのかも
しれない。だとしたら私は人殺しをしてしまったことになる。それでこ
の十年悩み続けてきたんだよ」
「本人ではないと思いますよ。だって高貴な人物なんでしょう? そん
な人が記憶喪失になったからといって砂漠をさまよっているでしょうか。
僕には不自然に思えます」
 滝田にはなぐさめのようにしか聞こえない。
「じゃあ君は何だと思うんだい?」
「アバターのようなものだと思います。ほら、オンラインゲームで髪型
や顔や服装を自分好みにカスタマイズした分身を作るでしょう? 同じ
ように夢の世界の中で自由に動けるアバターが必要なんです。父はその
分身にまず御見葉蔵の記憶を植え付け、インド人の記憶を植え付け、エ
ジプト人の記憶を植え付けていったんです」
「どうしてそんなに確信を持って言えるんだい?」
「僕がそう感じるからです。夢の中で行動する人物は僕自身だという気
がしません。あくまでも複製なんです」
「本物とは別に偽者がいたっていうこと?」
「そうです。おそらくエジプト人だけでなく、御見葉蔵も、父自身も」
「でもエジプト人もインド人も君のお父さんとは別人だろう?」
「御見葉蔵は前世の自分、インド人も前世の自分、エジプト人も前世の
自分、全部自分であることに変わりはないでしょう?」
 なんだかうまく言いくるめられた気分だ。察しはついたが、一応聞い
てみる。
「なるほど。君の意見は分かった。で、もう一度聞くが、今日は何の用
だい?」
「先生にお願いがあるんです。夢見装置で僕の夢を観察してほしいんで
す」
 冗談じゃない。倉田氏でもうこりごりだ。その息子をまた興味本位に
実験台にするなんて。
「それは困るよ。夢見装置は君の助けにはならないと思うんだ」
「いえ、助けるとか、そういうことではありません。僕は、最近はかな
り先の未来の夢ばかり見ます。それは、人類が月に進出した時代なんで
す。僕はある人物の名前を耳にしました」
 青年の瞳が滝田を直視する。
「本当のことを言うと、僕は先生に会いに来るつもりはなかったんです。
今頃になって来たのは、先生ならその人が誰なのか分かるかもしれない
と思ったからなんです」
「もったいぶらずに言ってくれないか。それはどんな人物なんだい?
私に関係あるのか」
「タキタという人なんです」
 なんだと?
「下の名前は?」
「分かりません。月面の日本人基地で、会話の中にその名が出てきただ
けなんです。詳しいことは分からないんです」
「しかし、タキタという姓は別に珍しくもないだろう」
「そうです。ですからここに来るべきかどうか迷いました。だから、ぜ
ひ先生自身に確かめてほしいんです。そのためには僕を夢見装置につな
ぐしかありません」
 滝田は苦笑した。
「その人物を見られたとしても、未来の話なんだろう? 私の家族か親
戚だとしても、判別できるかどうか……」
「分からないかもしれません。しかし分かるかもしれません。僕は先生
に関係あるという気がしてならないんです。これはもう僕の第六感を信
じてもらうしかありません」
「それも超能力なのかい?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
 青年の話を信じるべきかどうか。いずれにせよ装置を使わなければ確
かめられない。
「そうかい。それじゃあとにかく、明日また来てくれ。一度だけなら夢
見装置につないであげてもいい。あれはおもちゃじゃないんだ」


   四

 論文の字面を漫然と追う目を、滝田は壁の時計に向けた。夜の九時を
十分ほど回ったところだ。
 遅い。何をやっている。
 再び視線を紙に戻す。読んでなんかいない。ただながめているだけだ。
滝田は一日中落ち着かなかった。今朝起こった事件のためだ。まさかと
思ったが、倉田志郎の予告が的中したのだ。いきなり横から飛び出して
きた車に、もう少しで衝突するところだった。
 青年と約束していた時間は九時だ。だがまだ来ない。
 ドアをノックする音にはっとして顔を上げた。
「どうぞ」
 しかし現れたのは井上だった。がっくりと肩をおとす。
「先生、昨日の人が来てますよ」
 再び息をのんで身を乗り出す。
「入ってもらって」
 立ち去ろうとする井上に声をかける。
「宮田君は? もう帰ったの?」
「ええ。僕も帰ります。んじゃお先に」
 ひどい音をたててドアを閉めた。
 滝田は胸の前で両手の指を組み合わせる。井上は最初から当てにして
いなかったが、宮田も帰ったとなると他の研究室から応援を呼ぶか、滝
田一人でやるか、どっちかだ。
 再びノックの音がして、穴があくほどドアを見つめた。
「どうぞ」
 倉田志郎がにこやかな表情で現れた。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは」
 慌てて職業的な笑顔を作る。
「どうでした? 僕の予知夢は当たりましたか」
「ん? ああ、驚いたよ。まさか本当に起こるとは思っていなかったか
ら」
「そうですか。良かった。少しは信じてくれる気になりましたよね」
 青年はかぶっていた帽子をとった。滝田が指示した通り、丸坊主にな
っていた。
「それじゃあ、行こうか」
 青年の脇をすりぬける時、かすかにいい匂いがした。近頃の若者は男
でも香水をつけるのか。あらためて自分が年寄りになってしまったこと
を感じる。
 滝田が先に立って階段を降りていく。歩きながら考える。自分は単な
る興味から倉田志郎の夢を見ようとしているのだろうか。青年がタキタ
という人物に何かしようとしたら、そのアバターを殺したいのではない
か。
 そんなことを考えているうちに、被験者を寝せるベッドルームに着い
た。分厚い扉を開け、先に入れと手で示す。青年は臆することなく堂々
と入っていった。
「へえ。ここで父の夢を観察したんですか」
 滝田は答えずベッドの脇に立った。
「仰向けになって。服はそのままでいい」
 滝田は言われた通り横になった青年にヘルメットをかぶせた。
「すぐに眠れそうかい?」
「いえ、いつも眠くなるのが三時くらいなんですよ」
 錠剤が入ったシートの銀紙を破る。ポットから水をコップに注ぐ。
「睡眠導入剤だ。飲んで」





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