AWC 眠れ、そして夢見よ 5−1   時 貴斗


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#544/555 ●長編
★タイトル (tok     )  19/03/21  17:57  (393)
眠れ、そして夢見よ 5−1   時 貴斗
★内容                                         19/04/07 21:03 修正 第3版
   古代――現代


   一

 高梨様。これまでに分かったことを報告致します。現在、夢見装置で
確認できた倉田氏の夢は四回です。そのうち一回はレム睡眠行動障害の
状態での観察に成功しています。最初の二回は、スフィンクス、ピラミ
ッドの断片的な映像でした。三度目は驚くべきことに、見たはずがない
我々の研究室の夢を見ました。その映像は実に正確であり、なぜ彼がそ
んな夢路をたどることができたのかは謎のままです。
 四度目がレム睡眠行動障害の状態でのものであり、彼は夢の中で古代
エジプト人達と会話をしております。我々は彼にいくつかの質問をする
ことに成功しており、その結果、御見葉蔵氏の時と同様、彼が現在古代
エジプト人になっていることはほぼ確実と思っています。
 今後の研究はさらに期待の大きいものとなる予定です。

 滝田は電子メールの文章をそこまで打って、しばらく考え込んだ。そ
して、ウィンドウの×マークにカーソルを合わせ、マウスをクリックし
た。
 こんな事を高梨医師に報告していいのだろうか、と滝田は思う。学会
で発表していい内容だろうか。
 おそらく一笑に付されるだろう。だが、証拠のデータが揃っている。
高梨が言った通り、医学の世界だけでなく、科学の世界にも大きな波紋
が生じるかもしれない。
 高梨の名誉などというくだらないもののために、どうしてこんな貴重
なデータを渡さなければならないのだろう。
 研究費の援助など断ってしまおうか。そのかわり、何の情報も渡さな
い。おそらくそうはいかないだろう。倉田氏を夢見装置につないでしま
った時点で、すでに後戻りできない状態になっていたのだ。いろいろな
ことを知りすぎてしまった。
 滝田は伸びをした。疲れた。右手で左肩をたたく。
 壁の時計を見るともう十時を過ぎていた。まだ誰か残っているだろう
か。
 ふいに、寂しさを感じる。この下では今も車や人が行き交っているだ
ろう。都会は眠らない。
 部屋を見まわす。本棚には様々な論文やら、本やらがぎっしりと詰ま
っている。楽しむために読むのではない、無味乾燥な資料達。こんなふ
うにふと、自分がいる環境が寂しいと感じることがある。普段は全く気
にしていないのに、何かのはずみに冷静な感覚がゆるんだ時に、長くつ
きあってきたはずの、学術誌や、パソコンや、カーテンが、ひどくよそ
よそしく感じられ、部屋の空気が急に冷たくなったように感じるのだ。
 滝田は立ち上がった。みんな帰っただろうか。倉田氏はどうしただろ
う。所長室を抜け出し、静寂に包まれた廊下を歩く。突き当たりの右手
に、夢見装置のある滝田研究室がある。入り口のドアをみつめる。この
扉もだいぶ古びてきたなと、滝田は思う。
 ドアをゆっくりと開け、中に入る。誰もいない。美智子も青年も今日
は帰ったらしい。明かりがついたままの、誰もいない部屋は、とても不
気味に感じられる。もう十年以上もここにいるのに、この気味悪さだけ
は決して慣れることがない。
 窓の方に行こうとしてモニターの横を通り過ぎた時、なにか、光がう
ごめいているのが目の隅に入った。振り返ると、モニターは例の白と黒
の点がうずまく砂嵐の画面になっていた。


   二

 ディスプレイが何かの像をむすび始める。滝田の胸に研究者の冷静な
感情が戻ってきた。寂しさや不気味さが、心の中から消え去る。だがそ
の冷静な感覚は、すぐさま驚きへと変わった。
 どこだろう? どこかの家のようだ。幸いにして、というべきか、こ
こではないようだ。あきらかに古代エジプトでもない。明かりが灯って
いる。廊下だ。前に見たような風景だ。どこで見たんだろう。現代だろ
うか。それとももっと前だろうか。日本の家屋のように見える。
 滝田はようやく思い出した。倉田家だ。倉田の妻に会いにいった時に
見た、倉田家の廊下だ。倉田恭介は夢の中で、自分の家に戻ってきたの
だ。古代エジプト人として? それとも倉田恭介自身として?
 慌てて窓から倉田氏を見る。眠ったままだ。急いでモニターの前に戻
る。
 夢の中の倉田氏、あるいは謎のエジプト人は、泥棒が盗みに入ったよ
うな感じで廊下を歩いていく。
 倉田氏は、滝田があの時案内された部屋のふすまを開け、中をのぞい
た。室内は真っ暗だ。するともう家族達は寝てしまったのだろうか。滝
田は腕時計を見る。まだ十時二十一分。もっとも、これは現在の倉田家
とは限らないが。
 開けっぱなしにしたまま、そこから離れる。倉田氏は階段の方へ歩い
ていく。
 家族が寝てしまったとすると、廊下の明かりがつけっぱなしなのはお
かしい。倉田氏は階段にたどりついた。真っ暗だ。壁を見て、その明か
りのスイッチをつけた。
 これで合点がいった。廊下の電灯は、倉田氏がつけたのだ。足元を見
ながらゆっくりとのぼっていく。
「あっ」
 滝田は思わず声をもらした。それは、古代エジプト人の褐色の足では
なく、やせ細った青白い裸足の足だった。あれは倉田氏のものだ。前は
古代エジプト人だったのに、なぜいきなり倉田氏自身になるのだ?
 階段をのぼりきるとまたしても廊下があった。倉田氏はその明かりも
つける。かなり大胆な行動だ。倉田氏の夢の中の行為がそのまま現実に
なるとすると、家中の照明をつけて回っていることになる。家族の誰か
が起き出したらどうするのだ?
 左手にある木製のドアを少しだけ開いた。廊下から差し込む光で中の
様子がうっすらと見える。そして大きく開き、入っていく。布団が二つ
敷いてある。倉田氏は二人の人物を交互に見つめる。一人はこの間見た
子供だ。あとの一人はもう少し大きい子だ。たぶんお兄ちゃんだろう。
 しばらくの間、画面は二人の子供の顔を映していた。倉田氏にとって
は久しぶりの再会だ。
 反転し、部屋から出ていく。木のドアをゆっくりと閉める。今度は通
路をはさんで反対側の扉を開けた。中はやはり真っ暗だ。廊下からの光
でかろうじて様子が分かる。倉田氏は室内に入りこんだ。画面がそこに
寝ている人物のアップになる。倉田の妻、芳子だ。
 滝田の頭に、あるアイデアが浮かんだ。実行するには少し勇気がいる
が、声を変えれば大丈夫だろう。携帯電話を持ち倉田の家に行った時に
聞いておいた電話番号をタップする。もしもモニターの情景が現在のそ
れであるならば、うまくいくはずだ。
 風景が反転した。足早に部屋を出る。画面がすごいスピードで動いて
いく。階段へ、そして階下へ。
 うまくいった。電話は一階にあるらしい。倉田氏は台所に飛び込んだ。
廊下から漏れる明かりで薄っすらと情景が分かる。入ってすぐの所にあ
る固定電話の前に立った。
 さすがに、倉田氏が受話器をとってくれることは期待できない。かけ
ている相手は倉田の妻だ。倉田氏はどうしてよいのか分からないという
ふうに、そのまま電話を見つめている。画面が回転し、台所の入り口を
映す。倉田の妻が登場した。眠そうに目をこすりながら、明かりをつけ
る。映像が少し横にずれた。倉田恭介がいた場所に立ち、受話器をとっ
た。彼女には倉田氏の姿が見えていないのか?
「はい、もしもし」
 滝田は鼻をつまんで話し出す。
「あ、奥さん? すみませんが、ちょっとそのまま私の話を聞いてくれ
やせんか」
「あの、もしもし? どなたですか?」
「廊下の電気、ついてたでしょ? 階段も」
「まあ」
 倉田の妻は例の耳障りなきんきん声で驚いた。
「あなたがやったのね? 泥棒!」
「いえいえ、あたしゃ奥さんの家に入ってませんけどね。ちょっと、和
室のふすまも見てきてくれやせんかね。開いてるはずなんですけど」
「ふざけないで! この変態」
「大真面目ですよ。あのちょっと、左を見てくれやせんか」
「えっ」
 彼女がこちらを向いた。そして彼女の前には、彼女の旦那が立ってい
るはずなのだ。
「何か、見えやせんかね。誰か立ってません?」
「何言ってるのよ。気色の悪いこと言わないで。この変態」
 おや? と滝田は思った。モニターの風景が、右に、左に回転し始め
たのだ。辺りを警戒しているらしい。感づかれたかな、と滝田はひやり
とする。
「あ、もうそろそろ切りやすんで。お休みなさい」
「ちょっと、待ちなさいよ」
 携帯を切る。倉田の妻は画面の向こうで何か言っている。だいぶ怒っ
ているらしい。しばらくして、ようやく電話の前から離れた。部屋の電
気が消える。
 一分近くたって、再び台所の明かりがついた。電灯のスイッチが映っ
ている。
 どうする気だろう、と思っていると、電話機の前に戻った。ボタンを
プッシュし始める。しまった。非通知でかけるべきだった。着信音が鳴
る。無視すべきかどうか一瞬迷ったが、ボタンをタップした。背筋の寒
くなるような声がこう言った。
「人の夢をのぞくな」
 モニターが急速に暗くなり、消えた。


   三

「父さん、待ってよ。父さん」
 ビルとビルの間の狭い路地を、父の背が遠ざかっていく。少年の滝田
は、灰色の背広姿の父を追いかける。懸命に走るが、どうしても追いつ
くことができない。父はゆっくりと歩いているのに、たどり着けなかっ
た。父が角を曲がった。滝田も後を追って曲がる。いきなり、父が滝田
の前に立ちはだかった。
「健三、宿題はやったのか」
 滝田は驚くと同時に、後悔の念にさいなまれ始めた。父を追いかける
べきではなかったのか。
「今日は、宿題がなかったんだよ」
 思わず嘘が口をついて出る。
「そうじゃない。お父さんの課題だよ。社会のテストの答案を見て、お
父さんはがっかりした。この間の試験よりも二十点上げることが、お父
さんの宿題だったはずだ」
「父さん、聞いてよ。僕は算数と理科が好きなんだ。社会科は嫌いなん
だよ」
 父は滝田の言葉を無視して、背を向けて再び歩きだした。父は言い訳
を聞かなかった。いつだってそうだった。父は、廃屋となって使われて
いないビルに入っていく。
「父さん、待ってよ。僕の話を聞いてよ」
 絶望感で涙があふれそうになる。いくら懸命に走っても、父はどんど
ん遠ざかっていくばかりだ。
 建物に飛び込んだ時、父は地下へ通じる階段を下りていく所だった。
「父さん、だめだ! その階段を下りると、体がちっちゃくなっちゃう
よ!」
 滝田は下り口に立つ。下へいくほどすぼまっている。壁も、天井も、
縦横の比率は同じまま、徐々に狭まっているのだ。父はすでに、人形く
らいの大きさになっていた。慌てて駆け下りる。滝田の体も、一段踏む
たびに小さくなっているに違いない。
 出口から出ると、そこはまたしても、ビルが立ち並ぶ間にある狭い路
地だった。だが元いた場所よりも全てが小さい世界であるはずだ。
 父がいない。どこだ。見まわすが、どっちに行ったのか分からなかっ
た。あてずっぽうに駆け出す。
「父さん!」走りすぎて、息が苦しい。「父さん!」
 父が、古ぼけた時計屋に入っていくのが目に入った。
「待って! 父さん!」
 時計屋の扉が開かない。取っ手を握って懸命にゆするといきなり大き
な音をたてて開いた。中に駈け込む。チクタク、チクタク。
 こげ茶色の鳩時計、金色の置時計、いろいろな時計が、てんで勝手に
時を刻み、その音が混ざって耳に入りこんでくる。
 店の主人が、椅子に座って新聞を広げている。
「ねえ、おじさん、父さんが来なかった?」
「知らんな。わしはお前の父親がどんな人なのか見たこともない」
「灰色の背広を着た人だよ。背の高い人だよ」
「ああ、その人ならそこの階段を下りていったよ」
 また階段か。滝田は走り出す。思った通り、下にいくほど狭くなって
いた。小さくなった父が下りていく。
「父さん! 行っちゃだめだ!」
 後を追いかける。疲れた。もう走れない。出口が外につながっている。
滝田はよろめきながら歩み出た。そこは地下のはずなのに、またしても
ビルとビルの間の路地だった。いったい何度繰り返せばいいのだろう。
こうしてだんだんと、小さな、小さな世界に入りこみ、最後には点にな
ってしまうのだろうか。
 ひざをさする。父がいない。嫌がる足を無理やりひきずって、再び駆
け出す。
 ふいに、背筋に冷たいものが走った。何者かの気配を感じる。上の方
だ。滝田はおそるおそる空を見上げる。黒雲がおおっていて薄暗い。そ
の雲の隙間から、いつの間に現れたのか、巨大な目が滝田を見下ろして
いるのだった。まつ毛の上にある小さなほくろから、誰なのかすぐに分
かった。父だ。父は、滝田を置いてきぼりにして、自分だけ元の世界に
戻ってしまったのだろうか。そして、この箱庭のような世界をのぞきこ
んでいるのだろうか。その目だけの巨大な父は、威厳ある低い声で言っ
た。
「健三、宿題をやれ」

 わあっ、という自分の声に驚いて、滝田は目を覚ました。
 また悪夢を見てしまった。
 父は、いわゆるエリートだった。いい高校を出て、いい大学を出て、
大学院の博士課程まで行って、一流商社に入った。古いタイプの猛烈社
員だった。土日も家にいないことが多かった。厳しく、恐ろしい父であ
ったという記憶しかない。滝田に、テストで悪い点をとることを決して
許さなかった。
 その父は、滝田が大学生の頃に、ある日突然階段から足をすべらせて
死んでしまった。後頭部強打、即死だったという。
 母は事故だと言ったが、葬式の席で、親戚の人達はささやいていた。
あれは過労死だよ、と。
 記憶の底に沈みこんでしまったと思っていたのに、しっかりと潜在意
識に根をはっていたのだろうか。
 滝田はウイスキーを飲むために、ベッドから抜け出した。


   四

「つまり、今度は倉田さん自身になったって言うんですか?」
 滝田が昨日の話をした時、美智子は目を丸くした。
「ああ、おかげで悪い夢を見てしまったよ」
「しかも倉田さんの夢がテレビ電話になっただなんて」
 青年も驚きの声をあげる。
「記録は残っている。電話の内容も、ちゃんと録音してある」
「倉田さんの家に連絡して、事情を説明した方がいいんじゃないかしら」
「何て言うんだい? 倉田さんが夢の中で古代エジプト人になっている
ことさえ、まだ奥さんには教えてないんだよ。ここで何が起こっている
か教えたら、パニックに陥るだろうね」
 聞きたいことは、山ほどある。倉田氏にも、倉田氏の妻にも、和田幸
福研究所の和田氏にも。しかしそれが聞けないから、もどかしいのだ。
「倉田さんは前にも現代に現れていますよね」と美智子は言った。「あの
時も、倉田さん自身として現れたんじゃないかしら」
 それは滝田も考えたことだ。当然、そういうふうに連想が働く。スパ
ナを振り上げた手は細く青白かった。しかし滝田は、彼女の意見が聞き
たくて、言った。
「どういうことだい?」
「倉田さんはずっとエジプト人で、昨日初めて倉田さん自身になったの
ではなくて、ある時はエジプト人、ある時は自分自身になっているんで
す」
「すると、今までの秩序がくずれるわけだ。順々に過去にさかのぼって
いたのに、今は過去に行ったり、現在に来たり、自由自在に行き来でき
るようになったわけだ」
 それは、昨日から今日にかけて滝田がずっと自問自答してきたことだ
った。だが、答が出ない。美智子なら、何か目新しいことを考えついて
くれるかもしれない。
「それは違います。倉田さんがどうして、順々に過去にさかのぼったっ
て言えるんでしょう。エジプト人よりもインド人の方が過去かもしれま
せんよ。そもそも、倉田さんが前世の記憶をたどって過去に行ったって
いう先生の考えにも、私は賛成できません」
「なるほど。前世案ははずれというわけだ。それじゃ常盤君は、どうし
て倉田さんが自由にいろんな時代に行けるようになったと思うんだい?」
「そんなの分かるわけがありません。今回の現象は分からないことだら
けなんです。現代医学では考えられない睡眠障害も、倉田さんが御見葉
蔵氏にとりつかれたようになったのも、古代エジプトもモニターが割ら
れたのも、すべて人間の理解を超えているんです。私達がちょっとやそ
っと考えたくらいで、分かるわけがありません」
 やれやれ、いつものように非難するだけか。滝田はがっかりした。
 保守的だと滝田は思う。神のみぞ知る。全ては人間に分かるわけのな
いこと、では科学など発展するわけがない。不可知な事象を必死に分か
ろうと努力してきたからこそ、今の科学があるのだ。
 意外にも新しい考えを提示したのは藤崎青年だった。
「ひょっとして、古代エジプトにタイムマシンがあったりして」
 青年は照れて笑った。
「どういうこと?」
 滝田は青年に向かって顔を突き出した。
「あ、いえ、先生の前世案が正しいとして、古代エジプト人となった倉
田さんは、古代エジプトでタイムマシンを見つけたんです。あくまで仮
定ですよ。それで現在にも現れるようになった……なんて」
「馬鹿げてるわ」美智子の顔にありありと軽蔑の色が浮かんだ。「そのタ
イムマシンは誰が作ったの? まさか宇宙人が持ってきた、なんて言わ
ないでしょうね」
「いや、すみません。僕は真面目に言ったつもりじゃ……」
「倉田さんはどうしてギザやサッカラなんていう、古代エジプトでは重
要な場所にいるんだろうね」と、滝田は言った。「宇宙人だか未来人だか
知らないが、彼らはタイムマシンで古代エジプトに行った。そして、ギ
ザかサッカラのピラミッドのどれかにタイムマシンを隠した。それを見
つけた古代エジプト人は、自由に時を越えることができるのを知ったん
だ。古代人は恐れおののき、以来ギザ、サッカラの辺りは聖地になった。
倉田氏はたまたまそのタイムマシンを見つけ、現代にも来れるようにな
った。そんな可能性が、百パーセント絶対にないとは、言いきれないと
思うがね」
「よくもまあ次から次へと、変なことを考えつきますね」
 美智子の眉がつり上がる。
「ピラミッドは必ずしも、王のお墓だったとは限らないそうじゃないか。
常盤君から借りた本に書いてあったんだけど」滝田は口をへの字に曲げ
た。「ギザの第一ピラミッドには、他のピラミッドと違って玄室が地下で
はなく、地上五十メートルくらいの所にあるそうじゃないか。案外そこ
が、実はタイムマシンだったりしてね」
「馬鹿馬鹿しい。知りませんわ」
 美智子はそっぽを向いた。
 だが残念ながら、青年のタイムマシン案は却下になりそうだ。それだ
と、現代に現れた時の痩せ細った手が説明できない。その時には倉田氏
自身になっているのだ。謎の古代エジプト人がタイムマシンを見つけた
のなら、夢見装置に映る手も褐色でなければならない。
「僕の考えを言おうか。藤崎君の考えと似たようなもんだから、怒らな
いでくれよ。倉田さんは記憶をたどって前世にさかのぼったが、古代エ
ジプトくらいに昔になると、記憶もかなりあいまいだ。だから完全に古
代エジプト人になりきれずに、時々倉田氏自身に戻ってしまうんだ。こ
れだと謎の古代エジプト人が、自分は誰で、どこの人間かも分からない
ことも説明がつく」
「御見さんは実在の人間なのに、まるでエジプト人は倉田さんの夢が作
り出した架空の人物のような言い方ですね」
 そうかもしれない。エジプト人の方は実際に存在したその人とは違う
偽者なのかもしれない。待てよ? すると倉田氏が死ぬとエジプト人も
消えてなくなるのか?
「あともう二つ、今回の夢には謎があるんだ。一つは、謎の古代エジプ
ト人の時には周りの人間には彼が見えていたのに、倉田氏の時には奥さ
んからは彼が見えていなかったことだ」
「幽霊じゃないんですか? ほら、幽霊だと姿が見えるのと、見えない
のがいるじゃないですか」
 美智子は皮肉で言ったのだろうが、滝田はさも感心したような顔をし
てみせた。
「なるほど。夢の中の倉田氏は、言ってみれば幽霊みたいな存在だ。自
由に姿を現したり、消したりできる能力があるのかもしれないね」
 美智子のかわいらしいくちびるがゆがんだ。
「もう一つは、『人の夢をのぞくな』という文句だよ。倉田さんは、夢見
装置で我々が彼の夢をのぞき見していることを知っている」
「そうよ。倉田さんは怒っているんだわ。だって、これはプライバシー
の侵害ですもの。モニターを壊したのも、そのせいだわ」
「どうしよう。倉田さんを怒らせてしまった」
 滝田は狼狽した。滝田の心中を察したかのように、美智子が言う。
「彼、今度現れたら、夢見装置を壊してしまうかもしれませんよ。モニ
ターだけでなく、全部」
「大変だ。なんとかなだめないと」
「古代エジプト人やインド人はなだめなくていいんですか?」と藤崎青
年が聞く。
「三人は別人だろう。共通の認識を持っているわけじゃない。エジプト
人はモニターが壊されたことを知らなかったようじゃないか」
 青年は腑に落ちない顔をしている。確かに、別の人物とは言っても一
つの脳で起こっていることだ。
「どうやってなだめます? 夢見装置は彼の視覚情報を得る能力しかあ
りませんわ。彼が何て言ってるのか聞くこともできない。こちらの話を
聞いてもらうこともできない」
「できないことはないさ。彼が彼自身としてレム睡眠行動障害の状態に
なった時がチャンスだ」
「今のところ、御見氏や、インド人や、古代エジプト人の時にはあった
けど、彼自身としてレム睡眠行動障害の状態になったことはないんです
よ」
「入院前にはあったよ。しかし、眠ったままでも話せる方法がある。あ
れだよ」
 滝田は研究室の隅の電話を指差した。
「あれに張り紙をしておくのさ。『どうかこの電話をとって下さい』って
ね。で、携帯でかけて話す」
 なかなかいいアイデアだと思ったのだが、美智子は納得していないよ
うだ。
「だったら電話なんかいらないんじゃありません? 電話で彼の声が聞
こえるのなら、この場で倉田さんがしゃべれば、みんなに聞こえるんじ
ゃありません?」
 姿は現さないのに声だけ発するというのはなんだか変だ。
「この場と言っても、夢の中のこの部屋だよ。現実世界とつながってい
ない。倉田さんが夢の中でしゃべっても、それを聞くことができるわけ
がない」
「それじゃあ、電話だとどうして話せるんですか」
「倉田さんが夢の中の現象を、現実の事象として実現できるからさ。彼
が夢の中の電話で話すと、実物の電話機にもその声が伝わると考えられ
ないかね?」
 また、こじつけだわと怒られるかと思ったが、美智子はあきれたのか
反論しなかった。
「あともう一つ、謎がありますわ」
「なんだい?」
「倉田さんが日本語で話すことです。どうして古代エジプト語や、イン
ド語じゃないのかしら」
「夢の中のエジプト人は古代エジプト語でしゃべった。しかし僕達が声
を聞いたのは倉田さんの口からだ。英語は少しくらい習ってるだろうが、
たぶん日本語しか知らないと思うよ」
 美智子はうなずいたが、納得していないことは明らかだ。
「では、こちらの言葉がエジプト人に伝わるのはなぜなんですか?」
「うーん」これは難しい。「倉田さんはイタコのような状態になってるん
じゃないか? 昔ある番組でアメリカの女優さんの口寄せを行った時、
彼女の霊は下北弁で会話に応じたというのを聞いたことがあるよ」
 美智子は苦虫を噛み潰したような顔をした。全て滝田の仮説にすぎな
い。
 滝田は思いついて付け足した。
「張り紙だが、ここの電話番号も書いておいた方がいいな。倉田さんか
らかけてくる場合もあり得る」





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