AWC 眠れ、そして夢見よ 4−1   時 貴斗


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#542/555 ●長編
★タイトル (tok     )  19/03/21  17:48  (315)
眠れ、そして夢見よ 4−1   時 貴斗
★内容                                         19/04/06 21:54 修正 第2版
   レム睡眠行動障害


   一

「さあ、旅立ちの時がやってきた」
 犬の顔に人間の体を持つ男が薄気味悪く微笑み、滝田を見下ろしてい
る。どうやらベッドの上にしばりつけられているらしい。身動きできな
い。
「待ってくれ、何のことだ」
「決まっておるだろう。お前はこれから旅立ち、オシリス神の支配する
国、アアルに行くのだ」
 男は長い真新しいナイフを胸の前に掲げた。嫌な光を放つ。
「お前は何者だ。私をどうするつもりだ」
「私の名はアヌビス。喜べ。お前をミイラにしてやる」
 アヌビス? どこかで聞いたことがあるような気がするのだが思い出
すことができない。
「ミイラだって! 冗談じゃない。私はまだ生きている!」
「おお、なんという哀れな者だ。自分が死んだことにさえ気づいていな
いとは」
 犬の顔をした男は大きく口を開けて笑った。とがった歯が並んだ間か
ら長い舌が吐き出される。男から顔をそむけると、横に四人の、筋肉隆々
の上半身裸で白っぽい腰布を巻いた男達が、壷を大事そうに抱えて立っ
ていた。それぞれの壷には犬や鳥の顔をしたふたがのっている。
「あれは、何だ」
「あれはカノプス壷だ。お前の肺、肝臓、胃、腸をおさめるのだ」
 滝田はもがいた。だが、太いひもが体にくいこんで逃れられない。
「いやだ! やめてくれ!」
「お前は喜ぶべきなのだぞ。高貴な者でなければ、ミイラになれないの
だぞ」
「なぜ私がミイラになるんだ」
 アヌビスと名乗る男はそれには答えず、意地悪く笑ってみせるだけだ
った。
「お前はお前の生涯において、罪を犯していないという自信があるか」
「な、なんだって? 罪を犯していなければミイラにならなくてすむの
か」
「そうではない。お前の心臓は天秤にかけられ、真実の羽根とつり合い
が取れればアアルへの扉が開かれるであろう。お前の罪が重ければ、お
前の心臓はアメミットに食われるであろう」
 男はナイフを振り上げた。
「さあ!」
「やめてくれ! やめろぉ!」

 滝田はふとんをはねのけ、体を起こした。額に手をあてるといやな汗
で濡れていた。ベッド脇のテーブルの上にあるランプをつける。卓にの
っている数冊のエジプト関係の本を悩ましげにみつめた。これを読みな
さい、と言って美智子からおしつけられたものだ。そのうちの一冊を一
気読みしたから、こんな夢をみてしまったのかもしれない。
 アヌビス神。ミイラ作りの神か。
 立ちあがり、ガウンを羽織り、階下へと下りていく。気分がすっきり
しない。
 台所に立ち、グラスにウイスキーを注ぐ。冷蔵庫から素手でいくつか
の氷をつかみだし、放り込む。和室に入り、妻の仏壇の前にあぐらをか
いた。
 琥珀色の液体を喉にながしこむ。妻が胃癌で亡くなってから、もう二
年にもなる。二人の子供はそれぞれの仕事に忙しいらしくてろくに帰っ
てこない。弟はごくごく平凡なサラリーマンになったが、土曜か日曜の
どちらか休めればいい方のようだ。兄は野心家で、独立して事業を起こ
したが、最近では宇宙開発などというプロジェクトに手を出しているら
しい。こっちの方は正月にすら帰ってこない。
 ついつい感傷的になりそうになるのを、仕事に思考を切り替えて払い
のける。割られたモニター、和田が打ち明けた秘密、そして美智子の反
論。
 ――とにかく、一気に全てが分かるってことは、あまりないもんさ…
…
 自分で言った台詞だ。いくら考えたところで、現時点ではたいして分
からない。もう一口、ウイスキーを飲み込むと、早くも心地よい酔いが
回ってくるのを感じた。
 このごろ悪夢をよく見るようになったな、と滝田は思う。こんなだだ
っ広い家に一人でいることが、精神的によくないのかもしれない。
「心地よい眠りのために」
 一人つぶやいて、グラスの残りを一気に流し込んだ。


   二

 美智子は研究室の椅子に腰かけて、ファイルをめくっていた。背に「明
晰夢関連」と書かれたそのファイルは、美智子が滝田にエジプト関係の
本を渡したのと引き換えに、滝田が彼女に渡したものだった。「明晰夢?」
とつぶやいた時、滝田は生真面目な顔をしてうなずいてみせただけだっ
た。
 滝田という男、なかなか頭がきれるのだが、何を考えているのか分か
らないところがある。たぶん、こんなファイルを渡したのも、今回の件
と明晰夢がなにかしら関係していると考えてのことだろう。理論的に筋
道立ててそう考えたのではなく、たぶん思いつきだろう。そういうこと
が多いのだ。しかしその発想が、案外的を射ていたりする。しかし理論
派の美智子から見ると、滝田のそういう所が受け入れられない。
 ドアが開く音で顔を上げると、藤崎青年がモニターを抱えて入ってき
た。
「大丈夫? 重そうね」
「手伝ってくださいよ」
「あら、男の子でしょ? レディーに重いもの持たせるの?」
「まったく」
 青年はもともと大型モニターが置かれていた箱の上にそのディスプレ
イを降ろした。
「一階の資料室からかっぱらってきました」
「あら、いけないわね」
「いいんですよ。あそこのパソコン、誰も使ってませんもん」
「パソコンのモニターなの? つながるの?」
「ええ、もちろん」
 青年は当然というふうに言った。
 だが、美智子にはPCのモニターが夢見装置につながる仕組みが分か
らない。超新星の爆発や、ブラックホールの近くでの時空の歪みについ
てはよく知っているが、こういうのはまるでだめなのである。
「私、手伝わないわよ。家のディスク再生装置だって、電気屋さんにつ
なげてもらったんだから」
「ええ? 僕だってもう疲れちゃいましたよ。一階からここまでこれ持
ってくるの、大変だったんですから」
 青年はため息をつきながら椅子に腰をおろした。
「ほらほら、こうしてる間にも、倉田さんが夢を見るかもしれないわよ」
「意地悪だなあ」
 青年はしかめっ面をして、面倒くさそうに立ちあがった。モニターの
背面に回り込む。
「常盤さん、そこのHDMIケーブル、取ってくれます?」
「えっ、どれ?」
「足元の、箱から出てるやつですよ」
 床を見ると、箱からこちらに向かって何本かのケーブルが伸びている。
「知らない」
 椅子を回転させて、ファイルをみつめる。
「まったく、もう」
 青年が背後のすぐ近くでかがみこむのを感じた。
「その辺にコンセント余ってません?」
「さあね。探せばあるわよ。頑張って」
 青年はしばらく作業をしていたが、美智子はもう興味を失って資料に
没頭し始めた。
「さあ、やっと終わった。だいぶ小さくなっちゃいましたけど、ちゃん
と映りますから」
 青年がスイッチを押し込む音が聞こえ、続いてディスプレイのかすか
にうなるような音が聞こえた。
「あの……常盤さん?」
「なあに?」
「当たりですよ」
「なにが?」
「さっき言ったじゃないですか。こうしてる間にも倉田さんが夢を見る
かもしれないって」
 美智子は驚いて立ちあがった。青年の後ろからモニターをのぞきこむ。
そこには例によって例のごとく、白と黒の幾千もの点が渦巻いていた。
「グッドタイミングね」
「ええ、間一髪でセーフですよ」
 砂嵐の画面は、ずいぶんと長い間続いた。やがて、点と点同士が集ま
り、像をむすび始めた。
 その時、何か、小さな物音が、背後でしたような気がした。美智子は
振り返ってみたが、しかし何事もなく、機器類が整然と並んでいるだけ
だった。再び、何かを映し出そうとしているモニターを見つめる。
 今度ははっきりと、人間のうめくような声が聞こえ、驚いて後ろを見
た。その声は、隣の部屋の音をひろっているスピーカーから出たように
思えた。
「うーん」
 今度は大きく、人間の低いうめき声がそのスピーカーから聞こえた。
美智子ははじかれるようにして窓辺にかけより、倉田氏を見下ろした。
「藤崎君、大変。すぐに先生を呼んできて」


   三

「どうした」
 滝田は室内に飛び込むなり怒鳴るように言った。時刻は夜の八時を過
ぎ、今日も何の進展もなしかと思いつつ、帰ろうとしていた矢先のこと
であった。
 すっかりかわいらしくなってしまった夢見装置のモニターが目に入り、
その画面をのぞきこもうとした。
「こっちです」
 美智子が青ざめた顔をして窓辺に立ち、手招きするのが目に入った。
滝田は一瞬のうちに、何か今までとは違う現象が起こったのを直感した。
 窓辺に立ち、両の手のひらをガラスにおしつけた。
「あっ」
 今までは、倉田氏が眠っている姿しか見たことがなかった。しかし今
の倉田氏は立ちあがっていた。酔っ払いのように体をゆらめかせながら、
腕から点滴の管をぶらさげたまま、立っているのだった。アイマスクは
自ら取り去ったのか、床に落ちてしまっていた。
 それは予想していたことのはずであった。倉田氏は、現在は一ヵ月に
一度程度の割合でレム睡眠行動障害の状態を示すと、高梨医師から聞い
ていた。そして倉田氏の担当医師が最後にそれを目撃した日からは、と
っくに一ヵ月以上経過していた。
「夢は? 夢はどうなってる?」モニターに駆け寄りのぞきこむ。「人が
映っている」
 ずいぶんと大勢の人間がいる。上半身裸で、下にスカートのような腰
布をつけた、褐色の肌をした男達だ。何か作業をしているようだ。彼ら
は古代エジプト人なのだろうか。何をしているのだろう。
 モニター画面の情景は、右に行ったり、左に行ったりを繰り返してい
る。
「常盤君、倉田さんは何してる?」
「なんだかきょろきょろしています。周りをながめているみたい」
 やはり、倉田氏のレム睡眠行動障害時の挙動と夢の内容とが一致して
いるようだ。
「あ、左の方をじっと見ています」
 モニターの動きが止まった。大きな、四角い石を数人がかりで運んで
いる。石の下に木でできたそりのようなものが敷かれ、それにつないだ
綱を何人もの男達が引っ張っている。その後方にも、別の石を運んでい
る男達が続いている。よく見ると、石の前方で男が水をまいている。巨
石を運ぶ男達の列がはるか彼方まで続いている。
 モニターに映る風景が、わずかに上下しながら移動し始めた。
「倉田さんが歩き出しました」と美智子が言った。「あっ、点滴を抜いた
わ」
 画面の中で、倉田氏はその石を運んでいる男達に近づいていく。滝田
は窓のそばに行き、見下ろした。倉田氏はゆっくりと歩いていき、やが
て部屋の壁につきあたった。
 ヘルメットからは、コードは出ていない。得られた信号は無線で夢見
装置本体へ送られる。レム睡眠行動障害や睡眠時遊行症で動き回ること
を想定してそういう仕様になっているのだ。
 再びモニターの前に戻る。男達と倉田氏の間の距離は、あきらかにベ
ッドと壁の間隔よりも離れていたのに、画面では男達がアップになって
いた。瞬間移動でもしたのだろうか。
 画面の右下から、褐色の肌をした腕が綱をひいている男の一人に向か
ってのびた。
「君達は何をしているんだね」
 隣の部屋の音を伝えるスピーカーから野太い声がした。
「壁に向かって話しかけてます」
「日本語だね」
 滝田は胸の前で両の手の指を組んだ。御見氏の時と同じように、古代
エジプト人の声色に変っているのだろうか。それとも倉田氏自身の声な
のだろうか。本人の声音はまだ聞いていない。
 話しかけられた男は画面に向かって何かわめきちらした。しかし、当
然声は聞こえない。
 映像はその男から離れ、かわりにそりの前に水をまいている男の方に
移動した。
「君達は何をしているのだ」
 男は倉田氏の問いに応じたようで、身振り手振りをまじえて何か説明
している。
「どのファラオだ」スピーカーから倉田氏の言葉が聞こえる。「ヒッドフ
ト王? 知らない名だ」
 男はさらになにか言っている。唇の動きからして早口でまくしたてて
いるらしい。ずいぶんと落ちつきのない男で、さかんに手を動かしてい
る。しかしそのボディーランゲージからも、何と言っているのかは読み
取ることはできない。
「分かった。もういい。邪魔したな」
 男が再び水をまき始めた。その時、画面がふっと暗くなった。
「夢が終わりそうです」
 後ろからのぞきこんでいた青年が言った。
 滝田は慌ててスピーカーの所に行き、その横に立っているマイクのス
イッチをオンにした。
「倉田さん、聞こえますか。倉田さん」
 その音声は隣室のスピーカーユニットから出力される。
 振り向いて画面を見ると、元の明るさを取り戻していた。風景があっ
ちへ行ったり、こっちへ行ったりしている。倉田氏が驚いて辺りを見回
しているのだろう。
「何者だ。私を呼んでいるようだが、私はクラタという名ではない」
「私達はあなたと話がしたいんです。いいですか?」
「寝言と会話してる」
 藤崎青年が呆然としたように言った。
「お前はどこにいるのだ。姿を現せ」
「僕、行ってきます」
 青年が駆け出した。
「私も。先生はどうします?」
「僕はここに残ってモニターを見張っている。さあ、早く行って」
 美智子は青年を追って、すごい音をさせてドアを叩きつけ、出ていっ
た。その時初めて、滝田はマイクを握りしめる手に汗をかいていること
に気がついた。
「倉田さん、じゃなくて、あなたはなんという名前ですか」
「無礼な奴だな。まず自分から名乗るのが礼儀だろう」
「失礼しました。私は滝田という者です」
「タキタ? 私に何の用だ」
「あなたの名前は何ですか」
「私か。それがな、私にも分からないのだよ。なんとか思い出そうとし
ているのだが、どうしても思い出すことができないのだ。だがクラタな
どという変な名前ではないことは確かだ」
「あなたはさっき、何を聞いていたんですか」
「ああ、彼らが何をしているのかということだよ。なんでも、ヒッドフ
ト王のペルエムウスを作るために、石を運んでいるのだそうだ」
「ヒッドフト王? そりゃ誰です」
「さあな。聞いたこともない名前だ」
「あなたは今どこにいるんですか」
 スピーカーから美智子の声が聞こえた。
「なんだ。すぐそばから女の声がしたぞ」
 美智子は倉田氏の近くにいるらしい。
「それは私の仲間です。これからあなたにいくつか質問をします」
 目は開いていたからうまくすると二人が夢の中に入り込まないかと期
待したが、残念ながら姿は現さなかったようだ。
「どこ、と言われても、私にも自分がどこにいるのか分からないのだよ。
君達はいったい何者だ」
「あなたはこの間までサッカラにいました。その前はギザにいました」
 美智子は無視して話を続ける。
「サッカラ? ギザ? 私には何のことか分からないが」
「あなたはこの間スフィンクスを見ていたわ。その次はジェセル王の墓。
違いますか」
「スフィンクス? なんだね、それは」
 滝田が割り込む。
「顔が人間で体がライオンの像のことです」
「ああ、あれか。確かに私はそこにいた。ジェセル王の墓も見た。だか
らきっと私はまだその辺にいるのだろう」
 画面が一瞬暗くなった。
「自分の意志で移動しているんじゃないんですか」
 美智子がとげとげしい口調で聞く。
「分からない。私は自分が誰なのかも、どうしてこんな所にいるのかも、
さっぱり分からないのだ」
「嘘よ。あなたは何か隠してるのよ。あなたどうして私達の研究室に現
れたの? 夢見装置のモニター壊したの、あなたでしょ」
「おお、これはどうしたことだ。まるで罪人扱いではないか」
 モニター画面が二度瞬いた。慌てて美智子を制する。
「常盤君、やめなさい。すみません。この女性の無礼をお許し下さい」
 滝田は、もうあまり時間がないと感じた。
「あなたは、インドに行かれたことはありませんか? あるいは、日本
に来たことはないですか?」
「インド? ニホン? それはどこにあるのだ。聞いたこともない場所
だ」
 モニターを振り返る。画面が徐々に暗さを増していく。
「私は疲れた。もうそろそろ休ませてくれないか」
「最後にもうひとつだけ。ちょっと自分の足を見てくれませんか」
「自分の足?」
 モニターの風景が、ゆっくりと下がった。そして、倉田氏、というよ
りも夢の中のその人物の、胸から下を映し出した。
 半円形の、青や赤や紫の小さな四角形をたくさん組み合わせて作られ
た首飾りが見える。その下には褐色の筋肉質の胸が、そしてひきしまっ
た腹が、さらに下には白い腰布が、そして砂の上に半ば埋まった裸足の
足が見えている。
「先生、もう夢が終わりそうなんですか?」
 美智子が叫ぶように言った。
「ああ、もう限界だ」
 美智子は奇妙な呪文のような言葉をつぶやき始めた。
「あなたはまた、夢の中で目覚める。あなたはまたすぐに、夢の中で目
覚める。あなたはまたすぐに、夢の中で目覚める」
 何言ってんだあいつ、と、滝田は心の中で舌打ちした。
 モニターの風景が急速に暗くなり、そして消えた。
「あっ、倉田さん」
 声に驚き、窓に駆け寄って下を見ると、倉田氏が倒れていた。





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