AWC 眠れ、そして夢見よ 2−1   時 貴斗


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#538/555 ●長編
★タイトル (tok     )  19/03/21  17:38  (190)
眠れ、そして夢見よ 2−1   時 貴斗
★内容                                         19/04/03 00:11 修正 第2版
   夢を見る


   一

 三日後、滝田睡眠研究所の玄関の前に救急車が止まった。その中から
救急救命士達が下りてくる。助手席のドアが開いて高梨が姿を現す。
「さあさあ、こちらです」
 待ち受けていた滝田が彼らを誘導する。担架に縛り付けられた痩せこ
けた男が運び込まれる。
「家族には治療方針を決定するために一旦他の病院に移して検査すると
説明してあります」高梨が滝田にささやく。「本当に危険はないのでしょ
うね?」
「夢見装置は被験者の頭から出力される情報を得て、観測するというだ
けのものですよ。何かを脳の中に入力するわけじゃない。いたって安全
ですよ。それに比べれば体の中にX線を入射するレントゲンの方がよっ
ぽど危険ですよ」
 慎重に階段をのぼっていく救急救命士達の表情は、エレベーターもつ
いていないことに辟易しているようだ。
「こっちです」
 藤崎青年が観察室の薄桃色の分厚い扉を開けると、みんなゆっくりと
入っていく。患者を抱え、「せーの」と言ってベッドの上に移した。
 男の様子は異様だった。痩せこけ、髪は八割がた白髪になっている。
目はおちくぼみ、パジャマから出ている手足はまるでミイラのようだ。
「それじゃあ、滝田先生、お願いします」
 高梨は軽く礼をした。
 日に三度、医師が診にくることと、何かあったら小暮総合病院に連絡
するようにということを告げると、彼らはひきあげていった。
 寄付金とひきかえにこの患者の状態を調べること、論文のネタを高梨
に提供することは、もう青年と美智子にも言ってある。汚い仕事だが、
なぜ滝田が引き受けたのかといえば、それは患者の病態に興味をひかれ
たからである。なにしろ夢の中で過去の人物になるのだ。意義あるもの
に違いない。
「さてと、どうしますか」
 滝田は両手を握り合わせた。
「この人……倉田さんでしたっけ? ものすごい怪力で暴れ回ったって
言ってたじゃないですか」美智子は心配そうに眉をひそめる。「ベッドに
しばりつけておいた方がいいんじゃないかしら」
「いや、そう神経質になることもないだろう。もしも何か起こったら、
その時にそういうふうにすればいい」
 滝田はあごをさすりながら答えた。
 患者の顔は、安らかな眠りに落ちているとは言いがたかった。むしろ
苦痛にあえいでいるかのような表情だ。その額にも、ほほにも、深いし
わが刻まれ、くちびるは乾いてひびわれ、とうてい三十代には見えない
のだ。眼球は頭蓋骨の二つの穴に落ちこんでしまっているかのようだっ
た。


   二

 一時間後には患者の頭はそられ、ヘルメットをかぶせられていた。高
梨の話ではレム睡眠行動障害の状態を示すのは一ヵ月に一度程度という
ことだったが、夢自体は毎日見るだろう。ただし信号が微弱すぎる場合
は解読できないため、夢を観測できる機会は毎日というわけにはいかな
い。
 ディスプレイに次々と描き出される脳波を、美智子は見つめている。
こうして何か起こらないかと待ち続けるのは、実に退屈な作業である反
面、ずっと緊張を強いられるものでもある。美智子も青年も、患者のさ
さいな変化も見逃すまいと、ひたすらパソコンのモニターをにらみつけ
ている。そして頻繁に立ち上がっては、窓から患者の様子をうかがうの
だ。美智子が見下ろすその先には、まさにミイラという形容詞が似合い
そうな、倉田恭介が長い眠りについている。その横では点滴が、患者の
生命を維持するために、静かに薬液を送り続けている。患者の様子を見
ていると、かわいそうと思う反面、鳥肌がたってくる。
 そうして二時間ほどたっただろうか。
「疲れたわね。コーヒー飲む?」
 そう言って美智子が立ち上がりかけたその時……。
「あっ!」
 青年が短い声をあげた。
 モニターのうちの一台に変化が起こった。中央に白い十字マークが静
止していたのが、急に左右に動き出したのだ。
「眼球運動だわ」
 アイマスクに仕込まれたセンサーが男の目の動きを感知する。
「常盤さん、脳波はどうです?」
 美智子は慌ててディスプレイに目を落とす。
「レム睡眠よ。夢を見るかも」
 人の眠りには二種類ある。レム睡眠とノンレム睡眠である。レム睡眠
は脳が活性化された状態にあり、ノンレム睡眠は脳が休息した状態にあ
る。レム睡眠ではその名前の由来である急速眼球運動(REM:Rapid Eye
Movement)が起こり、この時に夢を見る。人は眠っている時にレム睡眠
とノンレム睡眠を交互に繰り返す。ノンレム睡眠時にも夢は見るが、あ
いまいでぼんやりしているので夢見装置で捕えられない。
 青年が大型モニターに向かうのに続けて、美智子もその黒い画面の前
に立った。
「あっ、今光ったわ」
 画面の中央にぼうっとした光の点が現れてすぐに消えた。二人が見て
いる前で、ずいぶんと間があって、今度は二度またたいた。
「来ますよ」
 青年の言葉が合図ででもあったかのように、画面が薄っすらと明るく
なってきた。白黒の、何千もの光の点が入り乱れ始めた。美智子はくい
いるように見つめる。
 画像は徐々に、ものの形を現してきた。ぼんやりとした風景、何か、
黄土色の岩のようなものがごろごろしている。大きさはまちまちだが、
どれもきれいな四角形である。あきらかに自然のものではない。その向
こうに、大きな石像らしきものが映っている。なにか、虎のような、ラ
イオンのような像、その左横に、大きくぼやけてはいるが、わずかに三
角形と分かるものがある。
「あっ」
 しかし、その映像は、長い時間待ってやっと現れたのに、あっという
間に消えてしまった。画面は元通りの暗闇に戻った。
「撮れた? どのくらい?」
 美智子は青年に顔を寄せて尋ねる。
「二秒ですね」
「たったそれだけ?」
 美智子は腕組みして考えた。
「どこかで見たことがある風景なんだけど」両手の指を胸の前で組み合
わせる。「どこだったかしら」
「あのライオンのような体は、たしかにどっかで見たような気がします
ね。あまりはっきりと映っていませんでしたけど」
「巻き戻してみてよ」
 青年がリモコンを操作し、映像を少し戻すと、再びあの、うすぼんや
りとした石像が映し出される。もっとはっきりしていれば簡単に思い出
せそうなのだが、なかなか思い出すことができない。それでも美智子は
じっと考え込んだ。
「そうだわ!」
 いきなり大声を出したものだから、青年がびっくりする。
「ちょ、ちょっと、常盤さん」
 青年が止める声も耳に入らず、美智子は部屋を飛び出していった。


   三

「見て下さい」
 翌日、出勤してきた滝田に、いきなり美智子が飛びついてきた。
「ああ?」
 滝田はまだ眠い目をなんとか見開いて、彼女が差し出した「神秘の王
国」という名の、科学雑誌らしきものを見つめた。
「昨日の夢ですよ。やっと見つけたんです」
 滝田は少しばかり思考が混乱したが、すぐに彼女が何のことを言って
いるのか分かった。
「ああ、昨日倉田さんが見た夢のことね。で、何が分かったって?」
「見て下さい。これです」
 ぼんやりとした視点が、彼女が開いたページの上をさまよう。昨日遅
くまで学術誌を読みふけっていたことからくる眠気が、一気にふっとん
だ。
「これは」
 滝田も昨日青年から話を聞いていたし、ビデオも見ていた。しかしそ
のぼやけた映像が何なのか、結局分からなかったのだ。
 そこにあったのはエジプトのギザの、スフィンクスとピラミッドの写
真だった。
「なるほど」滝田はつぶやく。「これか」
「おはようございます」
 室内に元気のいい声が響いた。どうやら藤崎青年は昨夜十分な睡眠が
とれたようだ。
「おや、何です?」
 青年が興味を示して二人が見入っている本をのぞきこむ。
「これは」青年は目を見開いた。「これか」
 何言ってんのよ、というような目で青年を見つめる美智子とは対照的
に、滝田は両手をもみ合わせながら、「さあ、忙しくなるぞ」と言った。
 しかしいったい何が忙しくなるのか、言った本人にも分からなかった。
やることといえば、相変わらず倉田氏が夢を見るのを待ち続けるだけな
のだ。
「これってやっぱり、倉田さんが今古代エジプト人になっているらしい
ことと、関係があるのかしら」
 美智子は小首をかしげた。
「大ありですよ」青年が興奮した声を出す。「これは倉田氏が古代エジプ
ト人になっているという、立派な証拠ですよ。彼は夢の中で、古代エジ
プトをさまよい歩いてるんですよ」
 滝田は口をすぼめた。
「まあ、そんな大げさなもんじゃないけどね。スフィンクスの夢くらい
だったら、誰だって見るだろう? でもまあ、次に倉田さんが起きだし
た時に、はっきりするんじゃないかな。高梨先生の話だけじゃ、分から
ないからね」
 それにしても不思議だと、滝田は思う。夢というのは、その都度ころ
ころと内容が違うものだ。しかし倉田氏が、例えば御見葉蔵氏にある一
定期間変化し続けるためには、その間ずっと御見氏の夢を見続けなけれ
ばならないことになる。そんなことが可能だろうか。
 無論、そういうことができる人々がいることは滝田も知っている。明
晰夢を見る人がそうだ。夢の中で自由自在に行動でき、好きなように夢
の内容をコントロールできるという、そういう人だ。現実の世界ではで
きないあらゆることが、夢の中だったらできるのだ。絶世の美女と食事
をするのも、社長になって人をこき使うのも、思いのままだ。その人に
とっては、夢は抽象的なつかみどころのないものではなく、現実世界と
は独立して、はっきりと存在するもう一つの世界なのである。
 明晰夢が一般的に知られ始めたのは一九六〇年代だが、現在に至るま
で睡眠研究のテーマとしてちょくちょく顔を出してきた。倉田氏もまた、
明晰夢を見る能力を持っているのだろうか? しかも全くの他人の人生
と寸分違わぬ夢を?
「常盤君」
「はい」
 美智子は何かを期待するような、にこやかな顔をした。
「コーヒーくれる?」
 美智子が不機嫌な表情をして向こうへ行くのを、滝田は遠くを見つめ
るような目つきでながめた。
 岩は四角形だった、と滝田は思う。全体的にぼやけた映像だったが、
手前に転がっている岩はかろうじて見えた。きれいな直方体だ。
 もしも、現在のスフィンクスであるならば、その手前に転がっている
岩は、元は四角形だったとしても、風化してもっと崩れているはずだ。
 いずれにせよ、今の段階ではあまりにも情報不足だ。倉田氏が次の夢
を見るまで、忍耐強く待つしかない。





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