AWC 私的バレンタイン・サガ (下)   永山


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#535/554 ●長編    *** コメント #534 ***
★タイトル (AZA     )  19/02/23  00:02  (441)
私的バレンタイン・サガ (下)   永山
★内容                                         19/02/26 20:46 修正 第2版
 夏休みは、序盤に林間学校があったが、一泊二日と短く、班も男女別で自由に行き来
できるものではなかったため、ほとんど接触はなし。その後本格的に休みに突入する
も、互いの家族単位の里帰りや旅行などの行事があり、河田と米崎が会うチャンスはそ
んなには多くなかった。二人きりはデートが一回きり、極短いものが二回だけで、あと
は地元の夏祭りや近くの街の花火大会に、友達大勢と繰り出したくらい。もちろん、祭
の途中で二人きりになるシーンはあったけれども、大勢で動いていたときとさして変わ
らぬ内容に終始した。要するに、大勢だろうが二人きりだろうが、出店を回って、特設
舞台のショーを観て、花火を見上げたということ。中学二年生なら、これくらいのもの
だろう、うん。河田は自分を納得させていた。
 二学期になり、水泳の授業と運動会のリハーサルにて、印象的な出来事があったのだ
けれども、それはまた別の機会に回そう。今言えるのは、それらの出来事を経て、河田
は米崎との親密さを増し、結果、告白したも同然で正式に付き合い始めたという事実
だ。元々いい感じでデートを少しずつ重ねていたのだから、デートやその他付き合いの
中身が劇的に変化することはなかったが。気の持ちようが大事なのである。
 そうした心の変化を経て以降、最初の大きなイベントは文化祭である。が、二人で校
内を回るといかにも目立つ。他の生徒から冷やかされたり、教師から余計な注目を浴び
せられたいは避けたい。そこで、板垣・志崎ペアと示し合わせて四人で一グループを形
成する作戦に出る。
 男子二人にとって幸いにも?米崎と志崎は気が合うようだ。少し前の初対面時に、名
字で共通する「崎」の読みが「さき」か「ざき」かでいきなり盛り上がり、打ち解けた
らしい。
「うまくやっているようで何より」
 志崎と米崎の女子勢が連れ立って洗面所に消えたところで、板垣が河田に話し掛けて
きた。ボリュームは出だしから小さく、内緒話の気配が濃厚に漂う。河田も合わせた。
「うむ。板垣のおかげとも言える。さっきカフェでセットをおごったのは、感謝の印の
つもり」
「やっぱりか。遠慮せずに受けとくぜ。で、気になってるのは、バレンタインのことな
んだ」
「気が早い」
「まあ気にするな。バレンタインに念願のチョコ、もらえそうか」
「今の時点では不明としか」
「そうか? 一年近く経てば、何となく分かるものがあるもんだ。バースデープレゼン
トはもらったんだよな」
 河田は黙って首を縦に振る。
「だったらバレンタインも大丈夫だろ」
「その前にクリスマスがあるからなあ」
「はは、そうだった。まあ、クリスマスは万が一何もなかったとしてもだ、自分は宗派
違いだからと思っとけばいいさ」
 およそ一ヶ月半後のクリスマスにおいて、河田はそんな思いを味合わずに済んだ。
 クリスマスプレゼントは前もって相談して、普通のプレゼントとは別に自分が読んだ
ことのある本で相手に読んで欲しい物を贈り合おうと決められた。
「万が一、相手がすでに持っているか読んでいる本を贈った場合は罰ゲーム」
「え、どんな罰?」
 河田からの提案に、米崎は興味津々を絵に描いたように食いついた。
「次にプレゼントを贈り合う機会……バレンタインとホワイトデーでワンセットだけ
ど、そのときに贈るプレゼントを思いっ切り豪華にすること、ていうのはどうかな」
「……だめ。お断りします」
「えええ、何で」
 去年に続いて早々と拒絶されたものの、河田にはまだ余裕が残っていた。罰ゲームで
負けなくても豪華にする予定だから、なんていう答を心のどこかで夢想していたせいか
もしれない。
「どうしても! 他の罰ゲームにして」
「じゃあ」
 密かにしょんぼりしていたが、河田は明るく振る舞った。
「正月に初詣、行くかい?」
「そのつもりでいるわ」
「負けた方が、その日、家まで迎えに来るっていうのはどうかな」
「うーん、それならま、いっか。晴れ着にするつもりだったのに、あきらめなくちゃ
ね。残念」
「う」
 タクシー代を出せるものなら出してあげたいと思った。
 その後の二十四日にあったクリスマスプレゼントの交換は、滞りなく行われた。米崎
からは一から手作りしたミニサイズのクリスマスケーキと、ホラーミステリを謳った少
女小説。河田からは完成すると有名絵画の柄になるパズルに一輪挿し用の花、そしてサ
ンタクロースが登場する大人も楽しめる絵本を。
「罰ゲームにならないよう、絶対に持ってなさそうなのをセレクトしたわね」
「えー、お互い様と思ったけどなあ」

 クリスマス前に一度断られたにもかかわらず、河田は粘りに賭けてみた。バレンタイ
ンデーを四日後に控えた週末、放課後に教室に居残った際に、何気ない風を装って持ち
出す。
「バレンタインのことなんだけど、やっぱクリスマスのときみたいに贈り合わない? 
一ヶ月先のホワイトデー、知恵を絞るからさ」
「だーめ。嫌よ」
 即答。河田の台詞に被せ気味ですらあった。
(どうしてここまで拒むんだろ。チョコレート嫌いな訳じゃないし。アレルギーが出と
かでもないよな。確か素手で触って、食べるのを最近見たっけ)
 彼女の目の前で首を捻った河田。それに対して、米崎は気付いているのかいないの
か、説明をしてくれることはなかった。
「いいじゃない。チョコに拘らなくたって。デートするだけじゃつまらないって言うの
かな、河田クンは?」
 こう言われると、反対のしようがなくなる河田であった。こうしてこの年のバレンタ
インデーでもチョコレートをもらえなかった。
 昨年と違ったのは、あとになって次のような話が耳に入ったこと。
「今年は上々だったんだろ」
 男女別の体育の授業中、体育館の壁際でマット運動の順番を待っていると、忍川が名
前の漢字通りに忍び寄ってきて、河田の脇を肘で突っついた。突然だったのと、自らの
短い叫び声のせいで、河田は何を言われたのか聞き取れないでいた。
「やめろっ。何て言った?」
「そんなにくすぐったがることか。彼女からチョコもらえたのか、確認しておこうと思
ったんだが」
「もらえていない」
「嘘つくなって。スーパーでチョコレートの材料を買い込む米崎さん、見掛けてんだか
ら」
「はあ? そんな馬鹿なことは」
 今年も米崎からチョコをもらっていないと説明する河田。忍川はますます不思議そう
に、首を傾げた。
「邪魔したら悪いから声は掛けなかったが、見間違いなんかじゃない。まさか、米崎さ
んには一卵性双生児の姉か妹が?」
「いや、そんな話は聞いたことない。そっくりな親戚がいれば、話題にするに決まって
る。目撃したのって、何日?」
「確か二月の九日だった」
 その答を聞いて、河田も混乱を深めた。
(今年もチョコあげないと言われたのが十日。その前日に材料を買っていた。どういう
こっちゃ?)
 彼女が自分で食べるために買った……なんておめでたいことは、河田も考えない。※
本作の時代には友チョコやマイチョコの概念はまだなく、言及しません。あしからず。
(もしかして)
 河田が心中に浮かべた想像を、その直後、忍川が声に出した。
「言いたくはないが、米崎さん、他の誰かにチョコをあげてる可能性は?」
「――言いたくないのなら、黙ってて欲しい」
「分かった。いないんならいいんだ」
 忍川が離れていって、独りになった河田は練習の順番が回ってくるのも忘れ、考え続
けた。
(お父さん用とか? だとしたら、聞いて確認すればすっきりするんだけど、もし違っ
ていたらどうしよう)
 本命の男が別にいると想定する方がしっくり来る。毎年バレンタインデーのチョコを
拒まれていたのは、本命にのみ渡していたから。誕生日やクリスマスはどうとでもなる
が、バレンタインだけは特別という考えの持ち主だとしたら、辻褄が合ってしまう。
(でもな。米崎さんにもう一人男がいるとしたら、忙しすぎて身体がもたないんじゃな
いか。そういえば、去年の二月に映画を観たときだって、三日間の内のいつがいいか
を、こっちに選ばせてくれた。普通、本命がいるのなら、まず本命のスケジュールが最
優先だろ。米崎さんがこの日ねって言ってきた訳じゃない)
 希望を見出すために捻り出した、薄いロジックかもしれない。けれども、河田は信じ
ることに決めた。理由は、信じたいから。

 一年生、二年生と同じクラスだったのに、三年生になって初めて別々のクラスになっ
た。
「まあクラスは隣同士だし、学校の外でならこれまで通り会えるし」
 気にしていない風を装って、河田が言うと、米崎も乗っかった。
「そうだね。教室が近いと、何をやっていても目が届く」
「こっちの台詞」
「あはは。だけど、三年生のときに別々ってのは痛いわ。色々とあるのに」
「色々って?」
「修学旅行でしょ、卒業アルバムの写真でしょ、文化祭のクラス単位の出し物も。一緒
にやりたかった」
「……しょうがないよ。こちとら、一番心配なのは、受験なんだけどな」
「あー、それもあったね。一緒に勉強するとしたって、進み具合が違ったら、ちょっと
面倒かしら。最終的には、帳尻を合わせてくれるはずだけど」
 心配していた勉強に関しては、クラスが別になったことがプラスに作用した。河田が
苦手な科目の授業は先に米崎が受け、逆に米崎が不得手な科目の授業は河田のクラスが
先になる。それぞれ内容をしっかりノートし、相手に見せることでこの上ない予習にな
る。
 反対に、マイナスの影響が出たのは、やはり校内で会うこと。機会が減るのは予想で
きていたから、昼ご飯ぐらい一緒に食べようと約束していても、時間が合わないことが
しばしば起きる。約束していて叶わなかったら不安やいらいらが募るだけで、精神衛生
上よろしくない。結局、昼食に関しては、河田の方が余裕があるときのみ誘うことで落
ち着いた。無論、誘った上でだめなケースも結構あるが、互いに独自に動いて互いに気
を揉むよりはずっとましという訳。
 と、そんなルールを決めたあとだったから、六月十五日の昼休みになるや否や、米崎
が河田のクラスに飛んできたのには面食らった。
「今大丈夫だよね?」
 手招きされて廊下に出ると、ひそひそ声で話し掛けられた河田。じきに各教室からぞ
ろぞろと生徒が出て来たので、周囲は騒がしくなる。
「大丈夫だけど、どうしたの米崎さん」
 普通の声量で聞き返すが、相手はひそひそ声のまま。
「分かんない? 六月の十五日よ」
「……分かった。歳は取りたくないものだ」
 冗談を言った河田の鼻先に、紙袋が突きつけられる。正面から見た面積は、十センチ
四方程度か。
「これ何? あ、いや、プレゼントってのは分かってる」
「開けていいわよ」
 まだ周りには人がいるけれども、渡す当人がいいと言うのなら、まあいいだろう。
「――手袋?」
「そう。苦労した手編みだから感謝して」
「ありがとう……でも何でこれから暑くなるのに」
「受験の頃には寒いでしょ」
「ああー」
「クリスマスプレゼントに回してもよかったんだけど、その頃だと私も編んでる余裕な
いかもしれないし、かといってクリスマス用に今編んでおいて、別の何かを誕生日に渡
すってのも懐的に厳しいから」
「分かった。本当にありがとう」
「ところで自分自身の誕生日を忘れるくらいだから、私のことなんて忘れてるわよね」
「いや、そんなことはない」
「嘘」
「ほんとほんと。用意はまだだけど、小遣い節約してる」
 お金の話をするのは嫌だったが、先に米崎が口にしたので、まあよしとしよう。
「ふうん。だったら、リクエストしてもいい?」
「へ? う、うん、まあ、予算内であれば」
 めっちゃ高いアクセサリーか服でもねだられるのか。今から新聞配達のアルバイトを
したとして、二週間でどれほどもらえるんだろう……などと不安を一気に募らせる河
田。
「私、お守り的な物が欲しいな」
「お守り……分かるけど、的ってどういう意味だよ」
 価格の相場が分からないのもあるが、とりあえず“的”が気になった。
「神社で売ってるような物でなくてもいいのよ。持っていて安心できる物なら何でも。
かつ、願いが成就すればもっといいけど」
「漠然としていて、希望の物が分かんねー」
「だから、河田がお守りになると思った物なら、何だっていい。ま、身に付けておける
小さい物が望ましいかな」
「……アクセサリーになるんじゃないか」
「あー言わなくていい! マスコット人形やキーホルダー、何だってあるでしょ!」
 米崎が急に声を大にしたので、びくっとしてしまった。とにもかくにも、アクセサ
リーじゃなくてもいいようだ。彼女の言葉を額面通りに受け取るのであれば。
「例によってテスト期間と重なるから、終業式の日まで待ってあげる。期待しないでい
るから、気楽に選んでね」
「うん」
「で、折角だからこのあと一緒にランチしましょ」
 やりたいことを達成したような、満足感にあふれた笑みで米崎が誘ってきた。河田は
即承知したが、頭の中は別のことが占める。
(リクエストされて、かえって難しくなった気がしないでもない……)

 米崎への誕生日プレゼントを渡すのは、終業式の日にずれこんだ。学校のその日の行
事が何もかも済んだあと、下校前にプレゼント。
 おもちゃとファッションアイテムの中間のような短めのネックレスだったのだが、、
意外と喜んでくれたのでほっと一安心。ロザリオ風(あくまで“風”。人によっては十
字手裏剣が付いているように見えるかもしれない)の代物で、どことなく祈りを連想さ
せたのがこれにした決め手だったが、もしも気に入られなかったときのために、フェル
ト製のマスコットキャラが着いたキーホルダーも買っておいた河田だった。もちろん、
今となってはそのことを打ち明けるつもりはない。別の何でもないときにあげよう。
「何か具体的に願い事、あるのかな」
「こういうのって秘密にしておくもんじゃない? 叶ったときに教えるわ」
「分かりました。いつまでも教えてもらえなかったら、俺の責任みたいになるので嫌だ
なあ」
「大丈夫。ほんとに責任になるから」
「ど、どういうこっちゃ?」
 訳が分からんと頭をかきむしった河田だったが、米崎は最後まで意味を説明してはく
れなかった。
 その後、夏休みは人並みに高校受験に備えた勉強をしつつ、たまに会って息抜きし
て、適度に遊んでの繰り返しで過ごす。希に、米崎さんに会いたいなあという思いが強
まることのあった河田だったが、相手も同じ思いをしているに違いない、あのネックレ
スを握って我慢しているんだろうと想像――妄想とも言う――して、我慢した。一度、
彼女からももらった手袋を握りしめてみたが、暑苦しいのですぐにやめた。
 なお、六月前半に修学旅行、九月終盤に運動会、十一月頭に文化祭があった。それな
りに語るべきエピソードがあるにはあったが、長くなるので泣く泣く割愛しよう。これ
もまたの機会があれば、そちらの方で。
 この間の河田や米崎にとってより重要なことは、上記以外にあった。同じ高校への進
学を目指すことが決まったのだ。
「これでモチベーションが上がる」
 米崎から進路の話を聞いた河田が、素直に喜びを口にしたが、彼女はちょっとひねく
れているのか単にドライなのか、「でも受験まで三ヶ月ちょっとになったから、しばら
く二人で会うのはやめた方がいいわね」とあっさり言い切った。
「一緒に勉強するのは?」
「勉強だけで済むならね」
「済むでしょ。今までだって、何度もあった」
「だったら、一緒に勉強し終わって、家に帰ったあと、どんな気持ちになるのか想像し
てみて」
「……ちょっと寂しいかな。それから、相手が今何をしているのか気にするかもな」
「ほらね。じゃあだめだわ。勉強が手に付かなくなる」
「うう。確かにそうなる恐れは……認めざるを得ない」
 それでも完全になくすのはきつい。二人に共通する認識だった。その対応策として、
他の友達を巻き込む形ならいいだろうとなり、一月一日に初詣を兼ねてみんなで合格祈
願に行くと決まった。
 そんなこんなでクリスマスは跳ばして、年が明け、初詣を迎える。
「現時点でカップルでいるというのが、信じられないな」
 独り身の――独身という意味ではなく、恋人がいない――忍川が、他の四人を評し
て、呆れ顔を作る。
『受験生の自覚はあるのかね、ないのかね、君らは』
 国語教師の声真似をして、笑いを取る忍川。
「忍川君なら大丈夫。少なくとも見栄えはいいんだから、すぐに彼女さんできるわよ」
 志崎が太鼓判を押すが如く、忍川の手を握って、何度も上下に振った。
「少なくとも、か。中学三年間、縁がなかったのはその辺に原因があるのでしょうか」
 俯いて片腕を顔に当て、泣くポーズをする忍川を、板垣が強引に元の姿勢にさせた。
「縁起でもないから、嘘でも泣く真似はよせ」
「うれし泣きとは思ってくれないのか」
「話の流れ的に無理がある主張だぞそれは」
 三人のやり取りは眺めながら、河田は頬を緩め、白い息を吐いた。両手は革ジャンの
ポケットに突っ込んであるが、寒さからではない。填めてきた手編みの手袋を、友達の
目からは隠そうという意識が働いていた。ちなみにこれをくれた米崎には、填めている
ところを真っ先に見せている。
「よく似合ってるね」
 河田は自分の贈ったネックレスをしてきた米崎に、そう囁いた。
「私のコーディネートのおかげかな」
「それも認めるけど」
「このトップの部分、金属が冷たいのよ。冬は肌に当たるとびくってなっちゃう」
 かなわないなと口を閉ざし、苦笑をただただ浮かべた河田であった。
「さて、あまり混み合わない内に、向かうとしようぜ」
 頭一つ分ほど背の高い板垣が、神社への道を見通しながら言った。
 鳥居をくぐるのは正式には左足からとか、山道は左側を通るだとかの豆知識を耳にし
た覚えは朧気にあった。が、実際に近付いていく内に、それらに拘っていられる程は空
いていないと分かり、あれよあれよという間に押し出されるようにして賽銭箱の前まで
到達。そこからは意外と時間が取れて、作法に則ってお参りできた。
 河田ら五人が願ったのは志望校郷学であることは言うまでもない。
(――バレンタインのチョコはいりませんから、どうか合格させてください)
 河田はそんなフレーズを付け足してみた。
「ね、ね。合格の他に何か願った?」
 米崎から問われて、河田は考える素振りをした。たっぷり時間を取って返事する。
「おかしいな。こういうことって、秘密にしておくもんじゃなかったっけ?」

 二月に入った。
 河田らのいる地域の今年の高校入試は、十五と十六の両日に渡って行われる。初日が
学科試験で二日目が面接その他だ。合否発表はこの一週間後である。
(ただの試験だったら、この日程は恨んだだろうけど)
 自宅の部屋で一月のカレンダーを破り取った河田は、サインペンで赤く丸の入った1
5と16の数字を見て、それから14へと目を移した。
(高校入試だからな。バレンタインなんて関係ない。初詣のときにも言ったし。そもそ
も米崎さん、この二年間にくれる気配全然ないし)
 とうにあきらめている。なので入試に集中できるというもの。いや、この地域では入
試が終わったあと学年末試験という日程なので、入試に集中と表現しては語弊がある。
勉強に集中できる、だ。
 学校の昼休みでも、昼飯を食べながら単語帳を食って、もとい、繰っている。
「そんな物ばっか食ってたら、体調崩す恐れが出て来るぞ」
 単語帳を片手にパンをかじっていたら、板垣が上から覗き込んできた。彼と志崎は私
立合格を先んじて決めていた。心理的に余裕があるのが、表情からにじみ出る。
「受験当日に風邪を引くかもとかびびらせるつもりなら、聞かないぜ」
 河田はパンを口から離して、顔は動かさずに答えた。と、頭のてっぺん、つむじの辺
りに違和感が不意に訪れた。
「俺をそんな奴と思ってるなんて心外だな。あったか〜いコーヒーを買ってきてやった
のに」
 その言葉の通り、頭に熱が伝わってくる。あったか〜いどころか、熱いっていうレベ
ルだこれは。
「ごめん、気が立っているもので」
 素直に謝って、コーヒーを受け取る。財布から硬貨を出そうとすると、「いらん。今
日はおごり」と手のひらを立てられた。
「サンキュー。出世払いするよ」
「ははは。待ってると言っておく。そういや忍川から聞いたんだけど、昔、小五のとき
に米崎さんから百円もらっておきながら勝負に負けたんだって?」
「忍川がどういう説明したのか分からんけど、バレンタインのチョコレートで勝負し
た」
 あらましをざっと説明する。説明したあと、「負けたって、こんなときに縁起でもな
い話を振るなよな」と抗議調で付け加えた。
「すまん。でも、嬉しそうな顔してるぜ」
 指摘されて、河田はパンと単語帳を置き、頬に手を当て上向きに引っ張った。確かに
頬が緩んでいたような気がする。
「米崎さんとの馴れ初めか」
「……まあ、そうかな」
 顔から手を離し、また食事と勉強に戻る。板垣から気が抜けたような声があった。
「れ? 逆襲しないのか。俺と志崎さんの馴れ初め、知りたくない? ずっと前に話し
たバレンタインのエピソードよりも濃厚なんだぜ」
「興味なくはない。が、今、頭の中を桃色にする訳にはいかないんだよっ」
 そう言ってから、ちらりと米崎の顔を思い浮かべ、すぐにベールを被せた。

 入試を全て終えてからの帰り道、合否発表の日に一緒に見に行く約束を米崎とした。
正確には、最初に言い出したのは米崎の方からで、河田が約束させられたのだが。
「二人とも合格するとは限らないんだから……」
「何を気弱なこと言ってるの。手応えなかったの?」
「そんなことはないが……周りがみんな満点だったら」
「それこそ、そんなことはない、よ。模試の判定だって余裕で圏内だったでしょ」
「そんな昔のことを持ち出されても」
 正直な気持ちを言うとしたら、万が一にもどちらか片方だけが落ちて、気まずい空気
になるのは嫌だったから。
「米崎さんは自信ありそうだね」
「分かんない」
「え?」
 小さな段差か何かに爪先が引っ掛かって、河田は転びそうになった。米崎に腕を引か
れ、どうにか無事に体勢を立て直した。
「大丈夫?」
「それより、分かんないってどういうことだ?」
「本心ではね、あなたと一緒だよ。周りの全員が百点満点だったらどうしようって。で
も、表向きは自信がある!と言い切るわ」
 パワーというかオーラというか、とにかく目には見えない何かがみなぎってる感じの
米崎。受験から解放されて元気はつらつといったところか。
 と、かような経緯で、発表当日に彼女の家の前まで迎えに行った河田だったが。
「遅い」
 声に出してから、腕時計を見る。時刻確認は、かれこれ四度目だ。前もって約束した
時間から、すでに二十分近くオーバー。
 もう一度呼び鈴を押そうかと思ったそのとき、玄関が開いてやっと米崎本人が転がる
ように出て来た。合否の確認を行くだけにしては、アクセサリーやヘアスタイルで結構
お洒落をしている上に、手提げ鞄を一つ持っている。
「ごめんなさーい。色々と準備に手間取っちゃって。上がって中で待ってもらいたかっ
たんだけど、バタバタしてて内情を見せたくないなって。寒かった?」
 こんなに言い訳する彼女は珍しいと思いつつも、河田はむすっとして頷いた。
「手袋してたから、何とか保った」
「――でしょ」
 不安げだった米崎が、破顔一笑した。
「持とうか、荷物?」
「ううん、いいよー。待たせた上に荷物持ちをさせちゃあ申し訳ないです」
 それから二人だけで合格発表を見に行った。が、途中で何人も知っている顔を見掛け
たりすれ違ったりするものだから、二人きりという気分はどこかに飛んでしまった。友
達やクラスメートだからと言って、声を掛け合うことはなかったが、これなら始めから
学校に集合した後、皆で見に行ってもよかったんじゃないかと感じるほど。
「学校によっては、先生が合否をチェックして、まとめて知らせてくれるとこもあるら
しいわ」
「そっちの方がいいかも」
「そう? 不合格だった人にはどう伝えるのかしら」
「なるほど、その問題があるか」
 ちょっと考えてみたが想像付かなかった。ただ、今はとにかく不合格の憂き目に遭い
たくない、それだけを改めて思う。
 高校の前まで来て、ほんの少し歩みが鈍った河田に対し、米崎はぐんぐん進む。手提
げを揺らして、今にも駆け出しそうである。
「遅いっ。足が竦んだのなら、私が見てきてあげるけど?」
「ご冗談を。ここまで来て、直に確かめないなんてあり得ん」
 追い付いて、並んで行く。すぐに臨時の掲示板が視界に入った。
 二十分遅れの出発になったおかげか、混雑のピークは過ぎたらしく、割とスムーズに
最前列まで行けた。
 ここに来て、さしもの米崎も口数が減る。手にした受験票をじっと見つめてから、面
を起こし、掲示板に張り出されたか身の上の数字をサーチする。
「――あった」
 ほとんど同時に言った。思わず、抱き合う格好になったが、すぐに冷静さが脳裏に降
りてきて、離れる。それから代わりに手を差し出した。
「一緒に合格できてよかったわ」
「うん。これでめでたく春から高校生だね。よろしく」
 握手した手を、大きく上下させた。

 高校の校門から出ると、河田は米崎に聞いた。
「このあとどうする? 学校にはわざわざ言いに行かなくたって、高校の方から連絡が
とうに入っているなんて説もあるが」
「ま、礼儀っていうか慣習っていうか、行くのが筋でしょ。校則がなければ、ちょっと
早めのお昼ご飯をどこかで食べてからにしたいところだけどね」
「さすがに、今になって校則違反してばれて、卒業取り消しなんてなったら洒落になら
ねえ」
 声を立てて笑った河田。米崎も同じように笑っていたが、ふっと止んで、いきなり手
提げをごそごそやり出した。
「あ? 何?」
「遅くなったけど。というか、お待たせしました、かな」
 話しながら、米崎は手提げの中から厚さ五センチほどの正方形の箱を出した。包装紙
は水色のリボンで彩られ、赤いリボンで作られた花のおまけ付き。
「これって、その、もしかして」
 河田が中途半端に曲げた人差し指で、箱を差し示そうとする。と、その手に箱がぐっ
と寄せられた。
「バレンタインチョコレートよ。受け取って」
「……あ、ありがとう」
 驚きのあまり、声が掠れる。
「どう? ご感想は?」
「び、びっくりしてる。君はバレンタインだけは興味ないもんだとばかり。ひょっとし
て合格祝いとか?」
「そんな訳ないでしょ。バレンタインってさっき言った」
「だよな。何で急にくれる気になったのさ」
「急にじゃないわよ。毎年、あげようと思ってた。買うだけ買って、無駄にしたことも
あった」
 しっかりした語調で否定され、河田の困惑は極まった。
「ええ? でも、くれなかったじゃないか」
「あげられないわよ。あんな、『義理チョコでいいから』だの『ホワイトデーにはお返
しするから』だの言われて、はいそうですかとあげるなんて」
「? 意味が……」
「だからっ。私は自分の意思であげたかったの! 言われて渡したんじゃ、そう見えな
いでしょ」
「……はは。そうか。なるほど」
 全身から力が抜ける気分を味わった河田。実際、膝を折ってふにゃっとなる。上体を
折り、空いている手を膝についた。
(忍川が目撃したのは、俺にくれるつもりで買ったのに、俺の不用意な発言のせいで、
気が変わったってことか)
「鈍いんだから。だいたい、バレンタインに興味ないなんてあり得ない。小五のときの
こと、私は凄く大事に思ってる。……」
 続けて「河田のことほんとに好きになるきっかけだったし」と呟いたようだった。よ
く聞き取れなかったけれども。
「同意します。俺もあれで米崎さんのこと好きになり始めたから」
 河田はもらったばかりのチョコの箱を抱え直し、姿勢を戻した。
「さて、受け取ったあとなら言ってもいいんだよな? ホワイトデーのお返し、これか
ら考えなきゃ。そのために、米崎さんの――君のこともっと知りたい」
 米崎は一瞬目を見開き、次にぷ、と噴き出した。
「おかしなこと言ったかな?」
「あははは。言った。映画のタイトル思い出した。あーおかしい」
 言われてみれば被ってしまってたなと、河田も記憶を甦らせる。
「かなわないな。まずは米崎さんの記憶力がいいってことが分かったから、よしとする
か」
 そう言うと河田は頭を掻きながら思った。
(ホワイトデーはとりあえず、今日もらった物より最低でも百円分は値打ちが上のプレ
ゼントにしよう。小五のときの借りを返さないとな)

――終わり




元文書 #534 私的バレンタイン・サガ (上)   永山
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