AWC 「心臓が止まっても死なない男」五 朝霧三郎


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#532/598 ●長編    *** コメント #531 ***
★タイトル (sab     )  19/02/15  20:13  (106)
「心臓が止まっても死なない男」五 朝霧三郎
★内容
五

 それからなお二日間、我々は怠惰な湯治を楽しんでいた。
 その二日目の温泉の帰り、フロイトの前を通ると、
主任管理員の猪が声をかけてきた。
「お客さんからもらった饅頭があるんですよ。食べて行きませんか?」
 私と中川は管理室の中に入った。
 部屋は10畳ぐらい。家電量販店並の明るさ。
奥の壁には、防犯カメラのモニタ、防災関係の盤などがずらーっと並んでいる。
真ん中にスチールデスクが2個あって、ノートPCが一個置いてある。
 我々はそのデスクにキャスター付きチェアを寄せ合って座るとお茶をすすった。
 突然PCの右下にウィンドウが開いてスカイプの着信音が鳴った。
 「なんだ?」主任管理員が通話のボタンをクリックした。
 画面にタンクトップ姿の斉木がぼーっと現れた。
「なんだ。斉木さんか?」
「おー、おー、繋がったか」
「何処にいるの?」
「アンヘレス」
「アンヘレス?」
「フィリピンのアンヘレスだよ」
「なんで又そんな所に」
「まあ色々事情があってな」
 画面の中の斉木に誰かが皿を運んで来た。
ノースリーブのワンピースを着た女性だが顔は映っていない。
あれはカミールなんじゃないのか。
 斉木は「サンキュー、サンキュー」と言いながら
皿を受け取って机の上に置いていた。
「やっとインターネットを出来る環境が出来たんで、繋いでみたら、
このスカIDがあってんで、掛けてみたんだ。
こんな事すりゃあ、飛んで火に入るなんとやらなんだけれども、
俺って、そっちじゃあ、どうなっているかなーと思って」
言うと斉木はケケケッと猿の様に喜んだ。「つーか、驚いたことに、
そこには中川先生と佐山さんもいるんだ。
ちょうどいいや。今回の俺様殺人事件の答え合わせをしてみようよ。どうだよ」
「それはこっちも望むところやな」PCに向かって中川が言った。
「そうこなくちゃ。じゃあ中川先生、まず、ホワイダニットから言ってみなよ」
「だからそれは、あのストリップ劇場に行った晩、
お前は女のアッシー君をやって、四人も持っていかれて、
その穴埋めに偽装結婚をさせようと思ったが上手く行かず、
落とし前をつける羽目になったが、死にたくない、
そこでカミールと共謀して偽装殺人を思い付いた、ってとこだろう?」
「それじゃあ全然答えになっていないよ。
なんでカミールが偽装殺人に協力するんだよ。おかしいだろう。
実はカミールには俺に協力したい理由があったんだけれども、知りたい?」
「ああ、知りたいな」
「俺は確かにやくざに脅かされていたが、
もう一個カミール絡みで別の話があったんだよ。
実は牛山さんは生命保険に入っていて、
それをカミールに渡したいと思っていたんだよ。
でもカミールもイマイチ信用できない。
そこで俺にカミールの故郷まで金を運べって頼んで来たんだよ。
それでカミールも偽装殺人に協力したって訳さ。
結局はカミールに保険金が入るんだから」
そこまで言うと斉木は天を見上げて何か考えていた。
そして続ける。
「つーか。そもそも俺はあの疑惑の銃弾で死んだ訳じゃないんだけど。
俺はコールドスリープで死んだんだよ。
つまり、トリックは二つあって、
疑惑の銃弾のホワイダニットはやくざへの落とし前だけれども、
コールドスリープの方は保険金目当てって感じだな。
 それをさぁ、やくざへの落とし前を偽装するためにカミールが手伝った、
なんて言うんじゃあ、全然分かっていないな。減点一だな。はははっ」
と笑って乳歯の様な矮小歯を見せた。「だいたい今回の事件はホワイダニットは
どうでもよくてハウダニットが凝っているんだから。
だから、ハウダニットについて言ってみな。まず、疑惑の銃弾についてから」
「ああ、言ってやるよ。お前何か呼吸器の病気があって傷があっただろう。
あと、どっからか回ってきた銃で熊を撃って弾を取り出したのも分かっている。
その弾をその傷口に埋め込んだんじゃないのか?」
「おいおい、呼吸器の病気って何だよ。病名が分からないのかよ、
T大卒のお医者さんが。
それじゃあ裁判で勝てないぞ。今スマホで調べてみろよ。
胸、穴があく病気とかで」
「気胸か」調べるもなく中川はひらめいた様だった。
「そうだよ。気胸だよ。しかも通院で治療出来る方法があるんだよ。
胸に穴を開けて、ドレーンチューブを引っ張ってきて、
腹のあたりにポンプをつけてね。
その胸の穴に弾をめり込ませたって訳さ。
そんでカミールにラブホで空砲を撃たせて、
それから病院に担ぎ込まれた。
でかい病院じゃあバレるかも知れないが
アルバイトの研修医がいるみたいな病院に行けば撃たれたって事になるだろう。
医者に勘付かれたら逃げてくればいいし。それが疑惑の銃弾の真相さ。はははっ。
 でも、別に俺はその偽装殺人で死んだ訳じゃないんだぜ。
コールドスリープで心肺停止状態になったんだ。
そっちの方のハウダニットは分かる?」
「大胆な予想をしてやるよ。
お前はホテルで撃たれて僻地病院に運ばれて寝ていた。
そこに、血液交換マニアの牛山看護師の登場だ。
まず看護師は個室用の透析器でお前の血を全部抜いた。
そして血の換わりに生理食塩水を点滴する。
同時に窓を開け放って部屋を冷たくした。
そうやって体温が十度になれば全ての細胞は活動を停止するからな。
つまり心肺停止状態になるって訳だ。
これは金魚が半冷凍になるのとは違って、完全に心肺停止状態になるものだ。
実際、二〇一四年だかに、血を抜いて生理食塩水を入れて
仮死状態にして手術をする、という症例がピッツバーグだかであったんだよ。
とにかくそうやってお前はまんまと検死を突破した。
その後、血を元に戻して、霊柩車の中で甦った。
ところで、牛山看護師にも動機はあった。
兄の保険金を有効に使いたかったという」
「それは当たりだな。大したものだよ。はははっ」と斉木は力なく笑った。
「しかし全体で見ると、
やくざへの落とし前ということは分かっても保険金の事は分からなかったし、
コールドスリープのこと分かっても、気胸という病名は分からなかったんだから、
二勝二敗だな。
まあ、今回は引き分けって事にしてやるよ。ハハハ歯歯歯はははっ」




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