AWC 絡繰り士・冥 3−1   永山


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#521/555 ●長編    *** コメント #501 ***
★タイトル (AZA     )  19/01/30  22:43  (471)
絡繰り士・冥 3−1   永山
★内容                                         19/02/01 01:30 修正 第2版
「これをどう思うね?」
 十文字先輩が白い封筒とその中身の便箋を示しながら云った。
「この住所のところに行ける? ちょっと季節外れでも、南のリゾート地に行けるなん
てうらやましいにゃ」
 一ノ瀬和葉が答えて、ホットミルクの入ったグラスを両手で引き寄せた。穴の開いた
棒状のお菓子をストロー代わりにして、ぼそぼそと吸っている。
「――百田君、君は?」
 先輩の目が僕に向いた。先輩の注文したコーヒーと焼き菓子がちょうど届いた。
「招待状を受け取る心当たりはあるのですか」
 僕は冷めつつある残り少ないパスタをフォークで弄びながら尋ねる。
 ここは七日市学園のカフェだ。今は放課後の四時。他の利用者はほとんどいない。冷
たい雨が降っているせいか、早々と帰路に就いた者が多いのだろう。唯一、遠く離れた
席で、女子の二人組がお喋りに花を咲かせている。――いや、何やら深刻そうに話し込
んでいる。
「ないさ」
 きっぱりとした返答の十文字先輩。名探偵を志し、実際にいくつかの凶悪犯罪を解き
明かしてきたこの人にとっても、見知らぬ人物から招待状を送られるなんて経験は、珍
しいらしい。それで先輩が困惑したのかどうかは分からないが、意見を聞きたいという
ことで、僕らはカフェに呼び出され――来たのは先輩の方が遅かったけれども――、今
に至る。
「字は毛筆体だが、プリンターで出力したものだね。差出人の名は小曾金四郎と書い
て、こそ・きんしろうと読むと判断した。初めて見る名だ。住所の記載はなく、消印す
らない。直に郵便受けに放り込んだと思われる。中身は便箋と飛行機のチケット。文面
は多少凝っているが、内容は至ってシンプル。『貴殿の探偵業における日頃の活躍を賞
し、また慰労のため、保養の地にご招待する所存』云々かんぬん。要するに、探偵とし
てよくやったから骨休めに来いという訳だ。どこで活躍を見てくれていたのか知らない
が、これを直に郵便受けに投じていることや、スマホや携帯電話その他モバイル機器の
類は持参するなと書いてあること等からして、怪しさ満点だよ」
「小曾金四郎ってのも本名じゃないんでしょうね」
「恐らく、いや間違いなく偽名だろうな。振り仮名がなかったんだが、こそきんしろう
と読める名を名乗ったのは、別の意図があるんだと思う」
「と云いますと?」
 僕が莫迦みたいにおうむ返しした横で、一ノ瀬が「あ」と叫んだ。ストローは消え、
ミルクも飲み干していた。
「もしかして、アナグラム? えっと、ローマ字なら、KOSOKINSHIROUだ
から……」
「KURONOSOSHIKI――『黒の組織』になる」
 すかさず答えた十文字先輩。著名なアニメでもお馴染み、悪者グループの俗称、代名
詞みたいなものと云えよう。
「これが偶然でないとしたら、ますます警戒する必要があるのだが、こういった招待状
に対して、怖じ気づいて応じないというのも名探偵像にはない」
「じゃあ、乗り込むんですか」
「それは君の返事次第だよ、百田君」
 想像の斜め上から来た文言に、僕は口をぽかんと開けた。頭の方も一瞬、ぽかんとな
ったかもしれない。
「ど、どういう意味ですか」
「お誘いの文句には、集合する日時と場所の指定に続けてこうある。『同封したもう一
枚は、お連れの方の分としてご自由にお使いください。ただ、一つだけ当方の我が儘を
述べさせていただきますれば、十文字探偵の名パートーナーでワトソン役である方をご
同伴願えたらと、切に願う所存です。』とね」
「僕のこと、ですか」
「そうなるね。ワトソン役を連れてこいということは、向こうで事件が起きる、少なく
とも準備がなされている可能性が高い。モバイル禁止は、外部の助けを借りるなという
示唆じゃないかな。向こうがここまでして待ち構えているのに、行かずにいられようか
という気分の高鳴りを覚えるんだよ。無論、君の意思は尊重したい」
「待ってください。僕が行かないとしたって、他に誰か頼めばいいのでは? たとえば
……五代先輩を通じて、警察の人に同行してもらうとか」
 五代春季先輩は十文字先輩の幼馴染みで、警察一家に生まれた。柔道の腕前は強化選
手クラスだ。
「この段階で、警察が動くとは考えづらい。仮に動いてもらったとして、何も起きない
内から、探偵が警察を連れて来るというのもまた前代未聞じゃないかな」
「だったら、せめてボディガード的な……それこそ五代先輩や音無さんがいれば、心強
いじゃないですか」
 音無亜有香は僕や一ノ瀬と同級で、剣道に打ち込んで強さを磨いている。こと暴力沙
汰になれば、僕なんかよりずっと役に立つ。
「ご指名は――名指しじゃないが――君なんだよ。特別な理由なしに、君以外の者を同
行させたら、僕が臆病風に吹かれたみたいに映るじゃないか。そうなるくらいなら、最
初から招待を断る」
 何となく格好いいこと云ってるみたいに聞こえるけれども、矛盾してる。そこまでメ
ンツを気にするなら、行かないというのはあり得ないはず。一人でも行くというのが最
後の選択肢なのではないのかしらん……なんてことを先輩相手に指摘できるはずもな
く。多分、十文字先輩は僕に着いてきて欲しいのだと思う。理由は不明だけれど。
「いつなんですか。都合がつけば行きますよ」
 僕の返事に、高校生名探偵は破顔一笑した。

 いくら南国のリゾート地といえども、連休を丸々潰して出向くには、不気味で不確定
な要素が多すぎる。一ノ瀬が云ったように時季外れだし……と、旅立つ前はそう思って
いたのだけれど。
「ようこそ、ワールドサザンクロスへ」
 空港のすぐ外、送迎車らしきワゴンカーの前で待機していた女性二人は朗らかに云っ
た。僕の方に付いた女性は、どことはなしに全体的な雰囲気が音無さんに似ていて、そ
れだけでこの旅がいいもののように思えてきた。あ、毎度のことだから記すのが遅くな
ったけど、僕の理想の女性像は音無さんなのだ。
 尤も、年齢は僕ら高校生より上であるのは確実で、四年生大学卒業前後といった辺り
に見えた。彼女はミーナと名乗り、十文字先輩に付いたもう一人はシーナと名乗った。
もちろん本名ではなく、当人らの説明によると、小曾氏の自宅に隣接する形で氏がオー
ナーを務めるリゾート施設があり、そこのショーに出演するプロのパフォーマーだとい
う。
「そんな方々が迎えに、わざわざ車を運転してくるなんて。まさか、自動運転じゃない
でしょう?」
 先輩が真顔でジョークを飛ばすと、ミーナとシーナはより一層の笑顔を見せた。
「ご安心ください。運転手は別にいます。名を東郷佐八(とうごうさはち)といいま
す」
 スライド式のドアを開け、中へと導かれる。運転席の中年男性に挨拶をすると、振り
向いて強面を目一杯柔和にして挨拶を返してくれた。
「このまま我が主の邸宅へ向かいますが、寄りたい場所があれば云ってください。道す
がら、目にとまった場所でもかまいません」
「とりあえず落ち着きたいので、目的地に直行でお願いします」
 実際問題、下調べをするゆとりがなかったため、どこに何があるのかさっぱりだ。結
局、コンビニエンスストアに立ち寄って、ご当地仕様のお菓子や飲み物なんかを多少買
い込んだぐらいで、他に寄り道はせず小曾邸に着いた。最終的に車は五十分ほど走った
ようだ。
 門をくぐって、噴水を中心にロータリーみたいになっているところで降ろされた。
ミーナが荷物を持ちましょうと云ってくれたが、断った。つい浮かれ気分になりそうな
陽気だが、この旅行は正体不明の差出人からの怪しい招待を受けてのもの。警戒するに
越したことはない。それを云い出したら、迎えの車に乗るのはどうなんだとなるが、だ
ったらそもそも招待に応じなければいいとなるので、虎穴に入る覚悟をある程度してい
る。
「こいつは……想像していたのとは若干違うが、豪邸だな」
 先輩の言葉に、僕も同感だった。ちょっとしたお城のような洋館を思い描いていたの
に対し、目の前に現れたのは、平屋造りの日本家屋。ただ、敷地面積がやたらと広い。
多分、余裕で野球ができる。
 隣接されているレジャー施設も背の高い建物はなく、黄色と青色を配したかまぼこ型
の屋根が長く伸びているのが確認できたのが精一杯だった。
 背の高い扉の玄関の前まで来て、ふと気付くとミーナもシーナもいない。東郷は元か
ら車を離れていない。
 どうしたものかと迷う間もなく、観音開きのドアが内側から押し開けられた。スムー
ズな動きで、音はほとんどしない。
 執事か何かが登場すると思っていたら、筋肉質な身体の持ち主がいた。若い男――と
いっても三十前ぐらいか――で、黄色のシャツに赤いジャケット、膝下でカットしたブ
ルージーンズという信号機みたいななりをしている。男前なのに残念なセンスの持ち主
なのかなと思った。
「よく来てくれたね。僕が小曾金四郎だ。よろしく」
 いきなりの招待主登場に、僕は面食らった。対照的に先輩は、小曾が満面の笑みで差
し出した右手を自然に握り返し、握手に応じている。ああ、何はともあれ、名前の読み
は“こそきんしろう”で当たっていたんだ。
「探偵の十文字です。お招き、ありがとうございます。こちらはワトソン、百田充君で
す」
 先輩の紹介に続いて、僕も小曾と握手。とりあえず名前だけ云って、あとは黙ってお
いた。
「早速ですが、僕らを招いた真の目的は何です? 本当に称えるためだけなら、失礼で
すがこのような僻地まで呼び付けずとも、僕らの地元で祝ってくれればいいのにと感じ
たんですがね」
「話が早いのは助かる。依頼がしたい」
 小曾は最初の笑顔を消して云った。
「依頼なら他に簡単な方法が――」
「ただの依頼じゃない。訳あってこのような迂遠な方法を採ったんだ。否、採らされ
た」
「採らされたとは?」
「言葉通りの意味だ。強制されたのだ」
 つい先程から、低い振動音が微かに聞こえている。スマートフォンか携帯電話のマ
ナーモードによる音らしく、どうやらそれは小曾の方から聞こえる。
「やっと許可が出た。僕は小曾金四郎ではない。俳優だ」
「はあ?」
「名前は岸上健二(きしがみけんじ)、あんまり売れていないが、ネットで調べればい
くつかの舞台劇や映画に出ていると分かるだろう。そんなことは重要じゃない。僕は今
の今まで、小曾金四郎役を強制されていた。さっき、スマホに着信があったんだが、そ
れが合図でこうして事情を君達に喋っている」
「きょ、強制されているって、何が原因なんです?」
 思わず、僕は口を挟んだ。横手から軽く舌打ちする音がして、十文字先輩が僕の肩に
手を掛けた。
「百田君。今は岸上さんの話を聞くのが先決だ。何者か知らないが、彼を操っている人
物から話すチャンスを与えられたようなのだからね」
 なるほど、喋れることを全て喋ってもらおうということか。質問するだけ時間の無駄
という訳だ。岸上も意図を汲み取り、一気に話す。
「僕には妻と子供がいて、三日前から人質に取られている。相手は小曾金四郎と名乗
り、妻達の身の安全と引き換えに、僕に指示をしてきた。警察には届けていない。君ら
には申し訳ないが、この条件なら達成できると思った。云うことを素直に聞いて、妻と
子供を無事に返してもらうつもりだ。条件というのは、さっきの着信まで小曾金四郎の
ふりをして、云われた通りの役回りを務めることと、もう一つ。君達というか十文字君
に、簡単な問題を解いてもらうことだと聞かされている。問題が何かは聞かされていな
い。このあと、指示が来るはずだ。それから、小曾がどこかから見張っていると思うん
だが、詮索するなと厳命されている。そのことは君達も守ってくれ。お願いだ」
 岸上が明確な返事を求める目を向けてきたので、先輩も僕も首肯した。
「もちろん、守ります。話したいこと、話せることは以上ですか」
 先輩の問い掛けに、岸上は一瞬考える仕種を覗かせ、次に早口で云った。
「聞きたいことがあれば聞いてくれ。次の指示があるまでは、自由に答えられる」
「とりあえず三つまとめて聞きます。いつどのようにしてここに来たのか。小曾からの
接触はどんな方法だったか。奥さんとお子さんが無事である証拠は示されたのか」
「着いたのは昨日だ。正午過ぎだった。多分、君らと同じ車で運ばれた。犯人の小曾か
らは三日前の夜、家の固定電話に電話があった。妻が自転車で保育園に飛翔(かける)
を迎えに行った帰り道、妻と飛翔を誘拐したと云っていた。ここへ来る交通費やルート
は、郵便受けに入っていた。無事である証拠は声を聞けた。最初の電話のときから一日
に一度ずつ、一分あるかないかの短い時間だったが」
「次の三問です。昨日着いてから今まで、何をして過ごしましたか。この家や隣の施設
に実際に使われてきた形跡はありましたか。あなたの他に、誰がいますか」
「到着したその日はずっと監禁されていた。奥の方の土蔵のような部屋だった。見張り
の有無は不明だが、外から鍵を掛けられた。食事は小型冷蔵庫があって、その中から適
当に食えと云われていた。トイレも簡易式の物があった。こう説明していると牢屋だ
な、まるで。今朝になって部屋を出された。身なりを整え、こんな格好に着替えさせら
れ、君らの到着を待った。二問目については、よく分からん。この家の方は使っていた
形跡はあるが、住人がいたのかどうかは知らない。隣の施設となるとさっぱりだ。サザ
ンクロス何とかだっけ? サーカスか何かみたいなものだと思っていたが、人の気配や
歓声はなかったな。それから他に誰がいるかは、答えることを禁じられている。云える
のは、犯人側ではない者が何人かいるとだけ」
「――他に禁じられていることは何? 電話をしてきた小曾の声の調子はどんな感じだ
った? それから」
「すまない。着信があった。時間切れらしい」
 岸上は俯き気味に首を振った。ポケットの中で、機械を操作するのが分かる。
「このあと、僕はまた小曾金四郎として振る舞わねばならない。君らもそのつもりで対
応してくれ。他の連中は何が起きているのかをまだ知らない。抽選に当たってただで旅
行に来られてラッキーと思っているようだ」
 言葉を句切ると、岸上は「入ってくれたまえ」と語調を改めて云った。
「案内は彼女達がやってくれる」
 ドアが閉じられてから、岸上が手で示した先には、ミーナとシーナの二人がいた。初
対面時のラフな格好と異なり、ホテルマンのような制服を身につけている。
 岸上の方には東郷佐八が着き、先を歩かされるようにしてどこかへと消えていった。
「ミーナとシーナ。君達には質問してかまわないかい?」
 先輩は物怖じする様子もなく、むしろ気さくな感じで尋ねた。女性二人は顔を見合わ
せたかと思うと、ミーナが口を開いた。
「こちらは将来、宿泊施設に改装もしくは増改築することを念頭に、今回テストとし
て、お客様にはお泊まりいただくことになっております。お二方もモニターという訳で
す。ご質問にはできる限りの範囲でお答えしますが、かような事情ですから、確定的な
返答ができかねる場合もありますことをご了承ください」
「ああ、いや、そうじゃなくて」
 表情に戸惑いが微かに滲む十文字先輩。その間に部屋への移動が始まる。
 やがて、まずは手探りとばかりに、当たり障りのない質問を探偵は発した。
「あなた方はパフォーマーなのに、従業員のような役割を受け持っている? おかしく
ない?」
「現在、私達は故障を抱え、パフォーマンスの方はお休みをいただいています。その
間、別の業務を、という判断がなされました」
「あなた達を雇っているのは小曾金四郎? いや、名前ではなく、さっきいたあの男
性?」
「違います。オーナーの姿を見掛けたことはあまりありませんが、先程の方でないこと
は確かです。あの、質問を返すのは申し訳ないのですが、先程の男性はあなた方に小曾
と名乗られたのでしょうか」
「――ええ、まあ」
「では、オーナーがお客様の皆さんのためにご用意した趣向だと思います。詳しいこと
は一切聞かされていないのですが、誰もが驚くイベントがあるとか。そのおつもりで、
お過ごしください」
「ええ、楽しみに……。東郷さんとは、以前からのお知り合いなんですか」
「はい。東郷は送迎バスの運転手の他、雑用をこなします。ワールドサザンクロスの設
備に不具合が見付かれば、あの人が修繕することがほとんどです」
「なるほど。他にも宿泊客がいるはずだけど、彼らもモニター役とは知らずに来たのか
な」
「知っている方もいれば、ここへ来て初めてお知りになった方もいました。現時点では
皆さん把握されていますから、気兼ねなく交流をお楽しみください」
「……」
 先輩が黙り込む。と同時に、部屋に着いた。扉には味も素っ気もない漢数字「一」の
プレートが掛かっていた。
「こちらになります」
 二人部屋で、扉を開けてみると、玄関の土間に当たるスペースが設けられており、部
屋へはもう一つ内扉があった。再び扉を開け、ようやく十畳程の和室と分かる。内扉は
ふすま風で、外扉は洋風のドア。上がり框が設けられていることからも、すでに宿泊利
用のため、この和風建築のそこかしこに手を入れてあると窺い知れる。
「ご宿泊中は、そちらにありますスリッパをお使いになれます。室内の小さな冷蔵庫は
ご自由にお使いください。中の物もご自由にどうぞ。夕食は――」
 ざっと説明を済ませたあと、シーナとミーナは部屋のカードキーを置いて去って行っ
た。
「さて、できることならワールドサザンクロスに関して、もっと調べておきたいところ
だが」
 荷物を部屋の片隅に放りつつ、先輩が云った。
「素直にルールを守ったおかげで、ネットが使えない。近所に聞き込みに行くのも簡単
ではなさそうだ」
「近くに民家は見当たりませんでしたからね。それよりも、案内してくれた人やその他
と、どう接するのがいいんでしょう? 犯人の小曾と通じている者だっているかもしれ
ませんよ」
「今は、相手のやり方に乗っかるしかあるまい。人質を取られていることを忘れないよ
うに」
「ですが……問題発言かもしれませんけど、あの岸上さんの話を信じられるかどうかも
分からない訳で」
「無論、それを含めて、敵の策略かもしれない。しかしこれは相手が仕掛けてきたゲー
ムだ。最初っからレールを踏み外すような真似はしまい。僕に害を加えることが目的な
ら、歓待の席で毒を盛るなり、行きの飛行機を落とすなり、簡単な方法や派手な方法は
いくらでもあるだろう。わざわざ舞台を用意するからには、意図があるに違いない。恐
らく、この十文字龍太郎の探偵力を試す」
 語る先輩の顔は、微笑しているようにも見えた。

 小曾金四郎が何を解かせようとしているのか提示されない内は、こちらか動く必要は
ないとの判断で、夕食のある午後六時半までは自由に振る舞うこととなった。
 とはいえ、矢張り気になる。何しろ、誘拐事件が起きているのだから。岸上の近くに
いて、一刻も早く次の小曾からの指示なり何なりを掴むのが最善の策ではないのか。そ
のような意見を先輩にしてみた。
「云いたいことは分かる。だが、そんな風に待ち構えるのは、詮索の一種になるんじゃ
ないか」
「それは……微妙な線だと思いますが」
「今現在、岸上氏は小曾金四郎として振る舞っている。その前提を無視するのは、避け
た方がよい気がするんだよ」
「確かに先手の打ちようはないですし、外部に援軍を求められる状況でもないでしょ
う。しかし、何かできることはあるんじゃあ……たとえば、隣の施設に行って、下調べ
をしておくとか。わざわざこの場所を指定したからには、きっと何らかの関連があるん
ですよ」
「僕もそれは考えた。考えた上で、二番目の優先事項だ。ここにいなければ、犯人から
の指示を報せてもらうのが遅れる可能性があるからね」
 そうか。携帯電話やスマホがない影響がここに出る訳か。
「携帯端末を誰かから借りるのはどうです? 従業員は信用できるかどうか半々でしょ
うけど、宿泊客なら」
「宿泊客なら信用できるという理論は怪しいが、借りるのは考え方として悪くない。問
題は、他の人達が持って来ているかどうかだ」
「え? そりゃ持ってるでしょう」
「どうかな」
 十文字先輩は後ろを向いた。
「館内専用のようだが、電話がある。あれでフロントに問い合わせてみないか? スマ
ホなどの持ち込み禁止ルールは徹底されているのか、といった具合に。他の宿泊客にそ
んなルールがないとしたら、電話に出た従業員は怪訝な反応を示すだろうさ」
 僕はすぐにやってみた。すると電話に出た女性従業員――多分シーナ――は、「は
い、厳密に守られています」との返事をくれた。それとなく理由を尋ねると、「皆様は
モニターとしてお試しで当施設をご利用になられています。云うなれば、企業秘密に関
わる事柄ですので、ここでの体験や情報をリアルタイムかそれに近い形で外部に流され
るのは禁止させていただいております」との答を得た。
「――だめでした。矢っ張り、全員が禁止です」
「そうだろう。理由付けがし易い状況だしな」
 満足げに頷く先輩。モニター云々という理由を見越していたらしい。
「まあ、落ち着かないのは分かるが、落ち着こうじゃないか。買ってきた菓子でも食べ
て、栄養補給しておくといい」
「そうですね。夕飯にはまだありますし」
 木製の四つ脚テーブルの上には、電気式の小振りなポットが一つと、湯飲みが二つ、
ティーバッグがいくつかまとめて置いてあった。茶菓子もあるにはある。
「お茶、入れます? それとも冷蔵庫の中から……」
「実は迷っている。いや、何を飲むかじゃない。もし僕を試すつもりなら、飲み物類に
は全て眠り薬が仕込んであって、迂闊に飲んだらぐっすりと眠りこけてしまうんじゃな
いか、とね」
「そういうテストまでされるんだとしたら、気力が保ちませんよ。風呂にいるときだっ
て、布団で寝ているときだって、襲われる可能性を念頭に置かなきゃならなくなる。今
だって、いきなり何者かが乱入してきたら」
「僕が云っているのは、ちょっとニュアンスが違うんだが、まあいい」
 十文字先輩がそう云ったとき、部屋の戸が激しくノックされた。ついさっき、乱入な
んて想像していただけに、余計にどきりとした。僕達は二人して応対に出る。鍵を掛け
たまま、まず僕がドア越しに「どなた? 何ですか?」と誰何する。
「東郷です。十三号室の小曾金四郎様から言伝があります」
 ノックの激しさとは裏腹に、落ち着いた調子のダミ声が響いた。僕の隣で先輩が「十
三号室? オーナーではなく、岸上氏のことか」と呟く。それから外に向けて、「この
まま読み聞かせてください」と云ったのだが、反応は歯切れが悪かった。
「それが、読み上げるにはいささか不適切な内容なので……」
「分かった」
 先輩はドアを開け、東郷佐八を中に入れた。彼の手を見てさらに云った。
「メモがあるのなら、直に見たい」
 この申し出に東郷は考える様子もなしに、すっと渡してくれた。この施設専用のメモ
用紙らしく、ロゴが入っている。
<犯人からの指示があった。君達への出題だ。直に奥の部屋に来てもらいたい。13号
室 岸上>
 なるほど、ドア越しに声を張り上げるには、「犯人」とは云いにくいだろう。
「奥の部屋とは十三号室のことなんですか」
 靴を履きながら問う十文字先輩。東郷は「恐らく。前の廊下の突き当たりが十三号室
なので」と答えた。
「その部屋は土蔵や牢屋のようになっている?」
「まさか。こちらの部屋と同じですよ」
 苦笑交じりに返答された。岸上が監禁されていた部屋は、別にあるらしい。
「急ごう」
 足早に行動を開始した先輩に、僕だけでなく東郷も着いて行く。
「東郷さんに聞きたい。これはイベントの一環?」
「分からんのですが、多分そうなのでしょう。実を云うと、三日前からオーナーは姿を
くらましていて、こちらにはおりません。秘密主義のところがある男で、またいつもの
癖が出たなと」
「あなたはオーナーの小曾金四郎氏とはどのくらい親しいんですか」
「親しいも何も、オーナーとは親戚でして。私の妻の兄が、オーナーの義理の母と姉弟
の関係になる」
「……小曾金四郎というのは本名なのですか」
「いえ。オーナーはかつて芸人をやっており、そのとき名乗っていた芸名をそのまま使
っている次第で。本名は那知元影(なちがんえい)と云います」
 東郷が矢継ぎ早の質問に淀みなく答え切ったところで、十三号室の前に辿り着いた。
「それでは自分はここで」
 帰ろうとする東郷。オーナーの部屋に案内してもらうような錯覚をしていたので、こ
の人に取り次いでもらうのは当然だと思っていたが、考えてみれば関係ない。仮にイベ
ントだとしても、従業員が特定の客に肩入れする形になるのはまずかろう。
「――待ってください。返事がない」
 早々にノックしていた十文字先輩が、東郷を呼び止めた。扉の取っ手をがたがた揺さ
ぶりつつ、「鍵も掛かっている。どうすれば?」と続ける。
「おかしいですな」
 素が出たような困惑の呟きをした東郷。扉にロックがされていること及び中に呼び掛
けても反応がないことを確認し、首を捻る。
「伝言を預かったのは、ついさっきなんだが。十分も経っていない」
 来いと呼び付けておいて、十分足らずで部屋を離れるのはおかしい。意図的に身を潜
めたか、あるいは。
「開けることは?」
「マスターキーを取ってくれば、開けられますが」
「……オーナーの指示で禁じられているとかでないのなら、開けてください」
 十文字先輩の要請に、東郷は黙って応じた。きびすを返し、今来た長い廊下を急ぎ足
で戻る。
「悪い予感しかしないな」
 先輩の言葉に、僕は「え?」と目で聞き返す。
「岸上氏は命じられて強制的に操られているだけで、直に害を蒙ることはない。そう思
い込んでいた。だが、今の状況は……」
 そこから先は口をつぐむ名探偵。もしや十三号室の中には、襲撃されて声も出せない
岸上がいるのだろうか。それこそ最悪の事態を想像したそのとき。
「あ? 開いている」
 何の気なしに触れたドアが、すっと開いた。
「何かしたのか、百田君?」
「いえ、何も。触れただけです」
 冷静さを失って、どもりそうになるのを堪えながら、僕はドアが動くことを示した。
「よし、入るとしよう。ただし、二人一辺に入るのはよそう。閉じ込められでもしたら
間抜けだ」
「でも、中に犯人がまだいるとしたら、一人は危険なんじゃあ」
「現段階では、誘拐が起きたと岸上氏が云っているだけだ。殺人や傷害事件が発生した
とは限らない。そこら辺を確かめないと、話が進まないんだよ。心配しなくても部屋に
入るのは僕で、君は見張りを頼む。充分に注意して、何かあったら大声で知らせてく
れ」
「先輩も気を付けて。中で何かあったら知らせてくださいよ」
「五代君に鍛えてもらったから、多少の心得はあるつもりだ」
 云い置くと、十文字先輩は扉を全開にした。僕は廊下全体に意を注ぎながらも、入っ
て行く先輩の背中を見送った。

 意識を取り戻すと、状況が激変していた。
 時刻は夕方。ブラインドの降りた窓からそれらしき光が差し込んでいる。場所は……
宛がわれた部屋ではない。荷物がないし、布団を敷いた覚えはないのに、今の僕は布団
の上に腰を落としている。そして寝床の横には人の刺殺体がある。
 驚きのあまり声を失うという経験が今までにもないではなかった僕だけれども、この
ときばかりは悲鳴を上げたつもりが出せなかった。物理的にシャットアウトされてい
る。緩くではあるが猿ぐつわをされていた。両足首には手錠のような物がはめられ、両
手首も後ろ手に結束バンド(直に見えてないので恐らく)で自由を奪われている。身体
が固いつもりはないが、この状態で腕を前に持って来るのは無理。肩が抜けそう。縄抜
けの術があれば習っておけばよかった。探偵助手としてのたしなみというもの――いや
いやいや、僕は探偵になりたい訳じゃないし、ましてやワトソン役に好んでなった訳で
もない。
 とにもかくにも、現状の理解だ。
 廊下を見張っていたら、突然、首筋に電撃みたいな一撃を食らって、意識を失った…
…んだと思う。薄れる意識の中、背後は壁なんだ、襲われるなんてあり得ないと疑問に
感じて振り返ったのを覚えている。そのとき視界に端っこに、壁が開いて中から腕が出
て来ていたような。恐らく、壁には仕掛けがあって、普段は単なる壁にしか見えないの
が、機械的な操作で口が開き、そこから腕を伸ばして僕の首筋を殴ったか、電気ショッ
クを与えたかしたのではないか。だとしたら、位置関係から類推するに、僕を襲った腕
の主は十三号室の中にいたことになる。つまり、十文字先輩も襲われて、僕と同じよう
に拘束されているのか?
 ……まさか、死んでいるのが先輩?
 僕は確かめるために、身をくねって遺体ににじり寄った。
 遺体は俯せで、あちらに顔を向けている。そもそも僕がこの人物を見て死んでいると
判断したのは、背中に深々と突き刺さった刃物状の凶器と、床に広がる大きな血溜まり
が理由だが、絶対確実に死んでいるとは言い切れない。といって、声を出せない今、ち
ょんちょんと爪先でつつくぐらいしか反応を見ることはかなわないのだが、もちろん実
際にはしない。
 やや近くで見る内に、この人物が東郷佐八その人だと分かった。後ろ姿が、記憶と重
なる。十文字先輩とは全く異なるシルエットなのに、一瞬でも勘違いしそうになった自
分が情けない。メンタルの疲弊を覚える。自覚したならしたで、意識して己を奮い立た
せる。
 何故、僕がこんな目に遭うのか。もっと云えば、何故、十文字先輩ではなく、僕なの
か? 招待状は高校生探偵である十文字龍太郎宛だった。こうして死体を見せつけるの
なら、名探偵相手に展開するのが常道ってやつじゃないのか。しかし、現実にはそうな
っていない。理由は何だろう?
 まず考えられるのは、僕だけじゃないってケース。さっき思い浮かんだように、先輩
も同じ状況下に置かれているのかもしれない。その場合、先輩が監禁されているのは、
十三号室か?
 次に、何かの手違いや思い違いで、僕が十文字龍太郎だと見なされているケース。可
能性は低いだろうけど、ないとは言い切れない。敵が深読みをする奴で、“名探偵たる
者、こんな怪しげな招きに乗ってくるからには、最初からワトソン役と入れ替わってい
るに違いない”なんて誤解した恐れ、なきにしもあらず。
 三番目は、想像したくないけれども、十文字先輩が既に亡くなっているケース。死者
を相手に死体を見せつけてもしょうがない。犯人だってわざわざ呼び寄せた名探偵をい
きなり殺すつもりはないだろうから、あるとしたら十三号室で乱闘になり、先輩の方が
制圧されて命を落とした可能性ぐらいか。犯人は計画を放り出せずに、僕を代役にして
続行している。もしこれが当たりなら、僕にとって最悪だ。
 四番目は……だめだ、思い付かない。意識を失っていた影響もあるのかもしれない。
 とにかく助けを呼ばなくては。窓ガラスを割るのが最も手っ取り早いだろうが、手足
を拘束された状態で、怪我をせずに割れるかどうか。窓の高さは、一般的な成人男性の
腰の辺り。普通よりは低いかもしれないが、それでも割るのは大変に違いない。道具も
使えそうになく、そもそも窓の下まで五メートルはある。あそこまで這っていくのと、
ぴょんぴょん飛び跳ねていくのとどちらがいいだろう。後者の方が楽だろうけど、もし
転倒すると血溜まりに身体を突っ込む恐れがある。
 まあそれらは些細な点だ。もう一つの脱出経路を検討してみる。ドアだ。窓と反対側
でやや暗く、すぐには気付かなかったが、ドアがある。学校の体育倉庫によくあるタイ
プ。横にスライドする大きな金属製の扉らしい。外から施錠されているのかどうか、こ
こからは分からない。危険防止のため、外からのロックを内側からも開錠できる仕組み
になっているのか否かも不明。距離は窓までよりも若干遠く、七メートルくらい? こ
うして観察していくと、意外に広い。本当に倉庫なのかもしれない。影になって見えづ
らいが、部屋の隅には大ぶりな物体がいくつか置いてあるようにも見える。
 と、ここで別の不安が沸き起こった。おいそれと助けを求めて大丈夫なのか。犯人に
見付かるのは避けねばならない状況なのだろうか。――これにはすぐに判断を下せた。
こうして人を拘束した上で死体を見せつけているのだから、犯人はとっくに立ち去って
いるだろう。次はおまえがこうなるという警告ではなく、飽くまでも高校生探偵への挑
戦と見なすのが妥当。こうとでも信じなければやっていられない、というのも無論あ
る。
 他に出入りできそうな場所を求めて、再三再四、視線を走らせる。するとまた新たな
発見があった。体育倉庫みたいだという連想が効いたのか、壁際の下部、踝ぐらいの高
さに、いくつかの小窓があると分かった。窓と云ってもガラスはなく、板状の蓋を横滑
りさせて開閉できる仕組みのようだ。体育館や体育倉庫にあった、空気の入れ換えのた
めの吐き出し口みたいなものか。施錠の有無は不明だが、どちらにせよ、大の大人が通
り抜けられる程のサイズはないと見えた。目算で、たてよこ三十センチメートルより大
きくはあるまい。二枚の蓋の間に柱がなければ、その二枚とも外に蹴り飛ばすことで、
穴が大きくなるのだが、現実には頑丈そうな金属の棒が通っている。
 検討結果が出た。窓ガラスを割るのが最も手早くできるはず。うまく割れずに脱出し
損なっても、音で気付いてもらえる可能性がある。
 僕は意を決し、身体を起こそうと試みた。やや遠回りになってもいいから血溜まりを
避け、なるべく窓に近付く。もし転倒したらそこからは芋虫のように這うか、横方向に
転がるか。
 ある程度状況を想定した上で、実行に移す。が、その努力は意外な形で幕が下ろされ
た。
「百田君、いるか?」
 足元の小さな扉がスライドし、その軋むような音に混じって十文字先輩の声が聞こえ
た。
 僕は猿ぐつわの存在を忘れ、「います!」と叫んだつもりだった。

――続く




元文書 #501 絡繰り士・冥 2−2   永山
 続き #522 絡繰り士・冥 3−2   永山
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