AWC そばにいるだけで 67−3   寺嶋公香


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★タイトル (AZA     )  18/12/29  22:13  (384)
そばにいるだけで 67−3   寺嶋公香
★内容                                         18/12/31 17:12 修正 第2版
「それなんだけどねえ」
 昼休みに三度電話を掛けたがつながらず、太陽の観測に顔を出す必要もあったため、
連絡が取れなかった。なので放課後、純子は相羽とともに事務所に寄って聞いてみた。
部屋に入るや開口一番、「加倉井さんのところから話があったと聞きましたが」と切り
出すと、市川は明らかに困り顔で反応した。
「アルファグループのプロジェクト的には、細かい部分は進めながら決めていく方針だ
から、よそ様のタレントが絡んできても、よい使い方を考えるだけなんでしょうけれ
ど、うちにとってはあんまり美味しくない話」
「あ、いや、そういう部分の問題じゃなくて、そもそも何で加倉井さんがテラ=スクエ
アのキャンペーンに協力したいと言い出してきたのか、理由があるのなら知りたいなと
思ったんです」
「うん、その辺のことならさっき、と言っても一時間以上前だが、連絡をもらった。テ
ラ=スクエアの仕事で協力する代わりに、久住淳との将来の共演を確約して欲しいとい
うご要望だったよ」
「うわ」
 そういう狙いだったのね。一応、納得するとともに、冷や汗をかく思いもする。
(もし朝の段階で加倉井さんとホットラインが通じていて、迂闊にOKの返事をしてい
たら、大変だったかも)
 好ましく思っていないのは、市川も同様だった。回転椅子を軋ませ、事務机越しに身
振りで、高校生二人にソファに座るよう促す。純子と相羽はテーブルを挟み、向き合う
形で座った。
「そんなこと言われたってねえ、先方やアルファさんにはメリットがあっても、うちに
はほとんどないから。そりゃあ、加倉井舞美との共演は魅力的な話ではあるけれども、
その加倉井舞美とあなたが夏休みの間中、しょっちゅう顔を合わせていたら、さすがに
ばれる恐れが高まる。リスクが大きい」
 市川の深い深いため息を引き継いで、杉本がデスクから顔を起こして言った。市川の
デスクとは直角をなす位置におり、純子からは斜め後ろを振り返らないと杉本の姿が見
えない。
「せめて、テラ=スクエアでの仕事そのものが、加倉井舞美ちゃんと久住淳との共演な
んていう要望だったならよかったかもしれませんね。だめ元で、こっちから提案してみ
ます?」
「いや、それはそれで不自然になるだろうね。その共演が行われている間、キャンペー
ンガールの風谷美羽がどこかに消えちゃう形になるんだから。どこをつつかれてもおか
しくない理由を用意できるなら、考えてみる余地はあるが」
「だめですよ、断るべきです」
 相羽が不意に発言した。言葉は柔かだが、口調に断固としたものが感じられる。皆が
注目する中、彼は続けた。
「加倉井舞美さんは、久住淳との共演話は遠い将来という形で希望していたと聞いてい
ますが、間違いないでしょうか」
 大人達へ尋ねる口ぶりだったが、これには純子が答える。
「ええ。あの時点で、加倉井さんはスケジュールが決まってる風だったし」
「それなのに、今回の件は若干、話を急いでる気配がある。もしかしたら、別の都合が
新たに加わったのかも。完全に想像だけで話すと、たとえば、加倉井と久住でカップル
として売りたい、とか」
「え! カップル?」
 相羽の隣で叫んでしまった純子。意味がすぐには飲み込めなかった。
「なるほどね。今はあんまり流行らないけれど、昔は結構あった売り出し手法だね。こ
の男優にはこの女優、みたいなイメージを世間に植え付けるわけだ。ゴールデンコンビ
として認識されれば、しばらくはその組み合わせだけで結構売れる」
「中には、本当にカップルになって、結婚するのもいましたねえ」
 芸能の歴史や事情をよく知る市川と杉本は、説明がてらそんなことを言った。
「け、結婚て……絶対に無理じゃないですか。断らないと」
「いや、あの、決定したわけじゃないんだし」
 焦りが露わな純子を、相羽が落ち着かせる。
「でも、当たっているかどうかは別にして、また、加倉井さんからの要望を聞くか否か
とも関係なく、この話自体、僕は拒むべきだと思いますよ」
「理由を聞こうじゃないか、信一君」
 純子に代わって、市川が聞き返した。
「今の加倉井さんと一緒にやったら、純子ちゃんは食われてしまいます」
「そりゃまあ、理屈だね。相手の方がキャリアは上で、トーク力もある。食われて当
然。だが、私の見立てでは、個性は五分と踏んでいる。キャンペーンの内容によって
は、純子ちゃんが勝つことも可能じゃないのかな?」
「加倉井さんの個性を殺すような勝ち方では、だめなんじゃないですか。恐らく、互い
にマイナスになります。キャンペーン自体の勢いを削ぐかもしれない。ですから、どう
してもこの話を受けるのなら、相手を立て、持ち上げることに専念するのがましじゃな
いかって気がします。そういうのって、圧倒的に差がある人と共演するよりも、力が近
い相手と共演するときの方がずっと難しいでしょうけど」
「なるほど。案外、的を射ているかも」
 市川は目を丸くし、感心した風に息を吐いた。
「さすがね、風谷美羽の一番のファンだけはある」
「べ、別にそんなつもりでなくたって、おおよそのところまでは想像が付きますよ」
 市川にからかわれた相羽は、目元が赤みがかった。純子の方をちらっと見て、「1フ
ァンとしては、彼女の気持ちを最優先にしてもらいたいなって思ってます」と、捲し立
てるように市川に進言した。
「分かった。では聞こう。どう?」
 市川は座ったまま、椅子ごと身体の向きを換えると、純子の顔をじっと見てきた。
「私は……加倉井さんと一緒に仕事をしたくないわけじゃないんですけど、テラ=スク
エアとは切り離した方がいいと思うんです。白沼さんが関係していますから」
「ほう?」
「加倉井さんが来ると多分、芸能界の話題が出るし、久住淳についても色々発言するは
ず。中には外に漏れたらまずい話が出るかも。それが万が一、白沼さんの耳に入った
ら、ややこしくなりそう」
「あの子は口が堅そうだし、仕事とプライベートをきちんと分けられるように見えたけ
ど」
 これは杉本の感想。ほぼ印象のみで語っているはずだが、当たっている。
「ゴシップ程度なら問題ないです、多分。心配なのは、久住淳に関すること。下手をし
たら、一人二役、白沼さんに勘付かれるかもしれません」
「彼女、そんなに勘がいいのかい?」
 市川の質問に、純子は軽く首を傾げ、
「分かりませんけど……久住淳として会ったことがあるので、記憶を刺激するような話
題は避けたいんです」
 と答えた。
「ああ、そういえばそうだった。よろしい、決めた。今回は断る。と言っても、うちが
できるのは、共演を断る意思表明くらいで、企業が別口で加倉井舞美と契約する分には
口を出せないけれどもね」
「充分です。よかった」
 純子が笑み交じりに反応すると、市川の行動は早かった。すぐさま電話をかけ始めた
かと思うと、今決定したばかりの判断を先方に伝え、さらに今後もこのプロジェクトに
関しては共演なしでお願いしたいと強く要望を出し、会話を終えた。
「これでよし、と。――ついでに聞いておきたいんだが、純子ちゃん」
「はい?」
「本音のところでは、どうなの。テラ=スクエア関係は脇に置くとして、加倉井舞美と
張り合って――たとえば、同じ映像作品でダブル主演みたいな形で共演して、負けない
自信はあるのかな? 久住へのお誘いはあったわけだし」
「あのー、全然ありません。こと演技に関しては、加倉井さんは尊敬の対象というか」
 あんまり自信のない物言いをすると怒られるかなと懸念しつつ、正直な気持ちを答え
た。さっき相羽が示した見方の通りねと、純子も自覚している。
 果たして市川は、怒りはしなかった。
「だろうね。この場にいない加倉井舞美に気を遣って、『一緒に仕事をしたくないわけ
じゃない』と前置きするくらいだし」
「え、あ、それは」
 口ごもる純子に、市川は意地悪く追い打ちを掛ける。
「けど、それってつまり、演技以外なら勝負になると思ってるんだ、うん」
「ま、まあ、演技に比べたらまだましかなー。あはは」
「そういえば、歌は勝ってたよ」
 市川が言ったのは、五月の頭に催されたライブのこと。思いがけないハプニングを経
て、星崎とともに急遽出てくれた加倉井は、単独でも一曲披露した。
「冗談きついです。リハーサルやウォームアップなしに、あれだけ唄える加倉井さんが
凄い」
「じゃ、今いきなり唄ってみる? あのときの加倉井さんと比べて進ぜよう」
「もう〜、市川さん、やめましょうよ〜。私、これでも学校生活で忙しいんですっ」
「学校生活で“も”、でしょうが。いいわ、相羽君と仲よくお帰りなさいな。しっかり
休んでね」
 急に物分かりよく言ったのは、市川も仕事を思い出したためかもしれない。気が変わ
らぬ内にと、相羽を促し、急いで腰を上げる純子。
「それじゃあ、失礼します」
「――あ。大事なことを伝え忘れてたわ」
 背中を向けたところで、そんな言葉を投げ掛けられた。純子は嘆息し、相羽と顔を見
合わせた。苦笑を浮かべ、二人して振り返る。
「何でしょうか」
「昼過ぎに鷲宇さんから連絡があったわよ。連絡と言うより、報告ね」
 据え置き型のメモ台紙を見下ろしながら、市川は言った。心持ち、穏やかな表情にな
ったような。
「美咲ちゃんの手術が行われて、成功したって」
「えっ――やった! よかった」
 喜びを露わにする純子。隣の相羽は対照的に、「本当によかった」と静かに呟いた。
「帰国はもう少し先になるそうだけれど、順調に回復を見せているとのことよ」
「音沙汰がないから、海外に渡ってもドナーがなかなか見付からないんだと思っていま
した。いきなり聞かされて、びっくり」
「実を言えば、ドナーが見付かったという話もちょっと前にあったんだけれど、あなた
達には伝えずにおこうと決めてたの。気になって、仕事が手に着かなくなる恐れありと
見てね」
 臓器提供が決定したら、ほとんど間を置かずに手術が行われる。仕事が手に着かなく
なるほど、気にしている暇はないだろう。だから、市川のこの台詞の背景にあるのは多
分、手術の結果も併せて伝えたかったのと、万が一にも悪い結果に終わった場合を見越
してのもの……だったのかもしれない。
 ドアからまた引き返してきて、市川のデスクに両手をついた純子。熱っぽく要望を口
にする。
「帰ってくる日が分かったら、すぐさま知らせてくださいね。そして美咲ちゃんに会え
るように、スケジュールを」
「分かった分かった。今日のところは早く帰って、学校の宿題でも片付けなさいな」
 呆れ口調で応じた市川は、まるで追い払うように手を振った。
 純子と相羽は、事務所のある建物を出てだいぶ歩いてから、自分達もあることを知ら
せるのを忘れていたと気が付いた。
「あ――合宿の日程!」
 美咲の手術成功のニュースが、あまりにも吉報に過ぎた。

「そうですか。やはり、遊びに行くのは無理と」
「ごめん!」
 両手のひらを合わせる純子。頭を下げた相手は、淡島と結城だ。
「いいって、気にしなくても。だいたいは予想してた」
 結城が寛容に笑いつつ、言う。昼食後の休み時間、廊下に出てのお喋りは、今の気候
と相俟って、ついつい長くなりがち。
「天文部の合宿参加を純子、あなたが決めた時点で、他の諸々に影響が及ぶのは目に見
えてたわ」
「うー、面目もありません。当の私が、予想できていなかった。罪滅ぼしと言っちゃお
かしいんだけど、今度の土曜の午後、二人に付き合う」
「暇があるの? なら、その時間、私達に使わずに休養に充てなよ」
 結城の言葉に、純子は内心、頭を抱えたい気分になった。次の土曜日を仕事なしにで
きたのは、他の日にちょっとずつ無理をした積み重ねであって、もちろん淡島と結城の
ためにやったことなのだ。
(忙しいことを先に話したのがいけなかったかな。最初に土曜日の件を言って、約束し
ちゃうべきだった)
 後悔しても遅い。ちょっとだけ考え、再チャレンジ。
「私、遊びに行きたい。だから、マコも淡島さんも付き合って。だめ?」
「――まぁったく。あんたって子は」
 結城が両手を純子の頭に乗せ、軽くだがくしゃくしゃとなで回す。
「そういうことなら、付き合うわ。ね、淡島さんも?」
 純子の頭に手を置いたまま、淡島へ振り向いた結城。淡島は、最前の純子よりは長く
考えて、おもむろに口を開いた。
「基本的に賛成、同意しますが……一つ、いえ、二つ、よろしいでしょうか」
「え、何?」
 頭から手をのけてもらい、純子は面を起こしながら応じた。
「まず、一つ目は、涼原さんは補習の方は大丈夫なのでしょうか」
 心配げな淡島に対し、純子は微笑を返しつつ、また少し考える。テストの点数に関し
てなら、赤点にはなっていない。今、心配されるとしたら、出席日数の方だ。同じ科目
の授業を三度四度と続けて欠席するようなことがあれば、必要に応じて補習を受ける。
もちろん、純子だけが特別扱いという訳ではなく、他の人と一緒に受けるので、タイミ
ングもある。
「心配掛けてごめんね。今のところ、大丈夫だよ」
「そうでしたか。今後を見通して、余裕ができたときに補習を先取り、なんてことはで
きないでしょうし」
「あはは、無理無理」
 それこそ、頭がパンクしちゃうんじゃないだろうか。苦笑する純子。
 淡島もつられたように笑みを浮かべ、それから二つ目の件に移った。
「二つ目は、遊びに行くと仮定して、リクエストなんですが。もう一人、連れて行くの
はいかがでしょう」
「うん、いいかも。それで誰を誘う?」
「相羽君ですわ」
 にこにこと笑顔の淡島。純子は対照的に、表情を強ばらせた。
「あのー、淡島さん。相羽君を選ぶのはどういう理由から……」
「もちろん、二人のためを思ってのこと。付け加えるなら、その様子を端から見守りた
いという気持ちもあります」
「うう。それはさすがに嫌かも」
 冗談で言っていると信じたい純子だが、淡島の顔つきからはどちらとも受け取れて、
判断不可能。とりあえず、拒否の方向で。
「相羽君と一緒に行くのが嫌なのですか?」
「そ、そうじゃなくって、相羽君とはまた別の機会に……二人で……」
 純子は結城に視線を送って、助けを求めた。察しよく声が返ってくる。
「ほらほら、その辺にしておきなさいって。純が困ってる」
「そうですか。少しでも一緒にいられる時間を増やして差し上げようという、いいアイ
ディアだと思ったのですが」
 本気だったんかどうか、まだ分からない言い回しをする淡島。
「あ、ありがとう。気持ちだけで充分、嬉しい。でも、相羽君も最近、何だか忙しいみ
たいだし」
「言われてみれば」
 首を傾げ、教室内に注意をやる結城。
「今もいないみたいね。ま、休憩時間にいないからって、単なるトイレってこともある
だろうけど。純、本人に何か聞いた?」
「ううん。前に忙しそうなときは聞いたけど、大げさに騒ぐようなことじゃなかったか
ら、今後は聞かないでおこうって」
「あれま。気にならないの?」
「気にならない、ことはないけど。気にしないようにしてるの。でも三年になってから
も同じ調子だったら、気になるかなあ。だって、進路に関係してそう」
「なるほど。同じ大学に進みたいと」
「そ、そこまではまだ分かんない」
「てことは、芸能界に専念したい気もあるの?」
 結城は意外そうに目をしばたたかせ、声のボリュームを落とした。純子の方はまた慌
てさせられた。
「違うのよ。そんな意味じゃなくてね。進学したい気持ちの方が圧倒的に強いのだけれ
ど、相羽君は多分、目標が明確になってるのに、自分は全然定まってないなってこと。
こう言うと事務所の人から怒られるかもしれないんだけど、学校の勉強以外でも地球や
宇宙について知りたい。仕事を減らして、勉強してみたい。化石を発掘してみたいし、
オーロラや流星雨を観察したい。知りたいこと、体験しておきたいことはいっぱいあ
る。ただ……研究者を目指すのかと問われたら、強くはうなずけない」
「――ほへー。純て、星だけでなく、足元の方にもそこまで興味あるんだねえ。純の星
好きって、相羽君に合わせてるんだと思ってた」
 結城が感心する横で、淡島は「私は分かっていました」とぼそりと呟いた。と、強い
風が吹いて、開け放たれた窓から砂粒が少々飛び込んできた。ちょうどいい折と見て、
窓を閉めてから三人揃って教室に入る。場所を変えても、話題は変わらない。
「化石には、相羽君、関心ないのかな?」
「ううん、相羽君も好きみたい。でも、私が化石に興味持ったのは、相羽君に会う前だ
から、これも合わせたんじゃないのよ」
「そんなに強弁しなくても信じるって。進路の話からずれてきてるし」
「あ。それで……相羽君の一番したいことは音楽だと思う」
「だろうね」
「対して、私の目標がこんな宙ぶらりんな状態だと、相羽君に相談することもできない
し、一緒の大学に行こうだなんて、それこそ言えないわ」
「進路、迷ってるんなら、迷っていること自体を話すのは、ありなんじゃない?」
「うーん。相談したら、回り回って、相羽君と相羽君のお母さんが喧嘩になるんじゃな
いかと想像してしまって」
「い? 何ですかそれは」
 さっきと違い、今度は予想外だったのか、妙な驚き声を上げた淡島。
「私が相談を持ち掛けると、相羽君は、私が仕事を辞めたがってると受け取るかもしれ
ない。そうしたら、相羽君はお母さんに言うと思う。辞めるのは無理でもせめて仕事を
減らしてとか。でも、おばさまは反対するでしょ。契約あるし」
「考えすぎだと思うなあ。相羽君、それくらい承知でしょ。親子喧嘩なんかしない方向
で、純の相談に乗ってくれるんじゃない?」
 笑い飛ばす風に始められた結城の言葉だったが、急にボリュームが下げられた。彼女
の目線の動きを追って、純子と淡島が振り向く。廊下を通り掛かる相羽の姿が、窓越し
に見えた。
「帰って来たと思ったら、またどっか行っちゃった。何を駆けずり回ってるんだろ」
「職員室での用事が済んで、トイレに行っただけでは」
 結城はやたらとトイレ推しだ。それはともかく、確かに方向は合っているが。
(職員室に用事なら、ここに戻って来る途中にトイレあるのよね)
 純子は内心、ちょっとだけ不安を感じた。気にしないように努めても、やはり気にな
る。
「とりあえずさあ、遊びの方の話を決めておきたいな。純は相羽君を誘う、決まりね」
「え?」
 結城の強引さに、呆気に取られてしまった。
「誘っても来られるかどうか……ほんとに忙しいみたい」
「忙しいあんたが言うなって話だけど。相羽君が来られなくても、別にかまわないか
ら、私らは。誘うことが大事」
「うー。分かった」
「成功確率を少しでも高めるには、遊びの内容を相羽君の好みに寄せるのと、それ以上
に、誘うときの純の格好が重大要素になるね」
「格好って……」
 苦笑いを浮かべた純子だったが、次いでおかしな想像をしてしまい、顔が火照るのを
感じた。友達二人に気取られぬよう、手のひらで頬をさする。
「そ、それで、どんなことして遊ぶ? 二人のやりたいこと言ってよ。私が付き合うっ
て言い出したんだからね」
「ぱっと浮かんだことが一つあります」
 淡島が言った。水晶玉にかざしているかのように、宙を動く手つき。
「流行り物ですが、VRの技術を取り入れたプラネタリウムが先頃、オープンしたはず
です」
「あ、それ、知ってる。イタリア発のプラネタリウムのショーに対抗して、作られたや
つだね。文字通り、星に手が届く感覚が味わえるとかどうとかって。私も興味あるな。
星なら純も相羽君にもいいし。ただ、料金が結構高いのと、場所が遠くなかった?」
 結城の反応が早かったので、黙っていたが、純子ももちろん知っていた。天文好き
云々以前に、とある伝があった。そのことを言い出せない内に、淡島が答えている。
「料金は忘れましたが、距離は確か……一時間半ほど掛かると記憶しています。電車だ
けで一時間でしたか。あ、でも土日にはホリデー快速みたいなのがあったかもしれませ
ん」
「何にしても電車で一時間は、ちょっと時間がもったいない気がするねえ。あー、で
も、純にはちょうどいいか」
 にまっ、と笑い掛けられ、純子はきょとんとなった。
「何で?」
「移動中、睡眠に充てられる」
「そこまで寝不足に悩まされてないよー」
「休み時間、スイッチ切ったみたいにぱたっと寝てること、しょっちゅうあるくせに」
「あれは時間の有効活用と言ってほしい……」
 実際、寝ているところへ話し掛けられたら起きるのだから、という補足反論は心に仕
舞っておく。
「ま、移動時間はいいとしても、入場料が」
「あ、チケットの方は、私に任せて」
「だめだよ、純」
「まだ言ってないけど」
「私達の分を出すとか言うつもりじゃないの。いくら普通のバイト以上に稼いでいて
も、それはだめだよ」
「違うって。実はそのプラネタリウムの運営会社と、お仕事でちょっとつながりがあっ
て。割引券をいただいたの」
 ぼかして言った純子だが、その運営会社とはテラ=スクエアの関連グループだ。割引
チケットは白沼から直に渡された物で、「くれぐれも相羽君と二人きりで行くことのな
いようにっ」と、釘を刺されてもいた。尤も、今の白沼は二人の仲を一応、曲がりなり
にも認めてる訳だし、二人きりで行くな云々は、万が一にも芸能ネタになるのを避ける
ようにしてよねって意味らしい。
(マコと淡島さんが一緒なら、相羽君を誘って行っても問題なし、だよね)
 渡りに船という言葉を思い浮かべつつ、純子は結城らの反応を待った。
「……お金は自分で出す物と言った手前、非常に言いにくいわけですが。その割引券は
何枚あるの?」
「五枚。あ、でも、そもそも一枚で五名まで適用可よ」
「割引って何パーセントです?」
「えっと、七十パーセント引き。有効期限はオープンから一年。ただし、オープンから
半年間は、日曜を含めた休日のみ適用除外で使えない。混雑が予想されるからかな」
「おー、土曜ならセーフ。素晴らしい」
 結城は純子の両手を取り、「お世話になります」と頭を下げた。無論、わざとしゃち
ほこばって見せているのは純子にも分かってるのだが、元々もらい物なのだから、感謝
の意を表されても居心地がよくない。だから、言うことにした。
「白沼さんからもらったんだから、お礼なら白沼さんに言って」
「へえー」
「そういうことでしたの」
 結城と淡島は順に反応を示し、続いて白沼の席に目をやった。が、不在。純子はそれ
を承知の上で言ったのだけれど。

            *             *

 この場にいない白沼に代わってというわけでもないが、純子と結城と淡島の会話に、
じっと耳をそばだてていたクラスメートが一人いた。
(あの様子だと、相羽の奴、まだ言ってないな)
 自分の椅子に収まる唐沢は頬杖をつき、顔を廊下とは反対の方に向けた姿勢でいた。
聞き耳を立てていることに、勘付かれてはいないはず。
(ちょうどいいタイミングを計ってるに違いないけど。俺が口を挟むことじゃないかも
しれないけど)
 すぼめたままの口から、ため息を細く長く吐き出す。
(ああやって、相羽を誘って遊びに行く相談をしているのを聞くと、少し心が痛むぞ。
本人に聞かせてやりたい)
 相羽自身が純子達の先の会話を聞いたとして、その場で留学のことを打ち明けること
は、まずないだろう。それでも聞かせてやりたい。
(合宿までに伝えるつもりとか言ってたが、ほんとにできるのかね? ぎりぎりまで引
き延ばすつもりだとしたら、それはちょっとずるいぞ、相羽。相手にも考える時間てい
うか、気持ちを整理する時間をやれって)
 今度相羽と二人で話せるチャンスがあれば言ってやろうかと心のメモに書き留める。
ただ……それくらいのことを分からない相羽だとは考えにくいのもまた事実。
(早く決着してくれないと、俺まで気になるんじゃんか。おかげで、勉強も何も手に付
かねーよ)
 いざとなれば、俺の口から――と思わないでもない唐沢だが、実行に移すにはハード
ルが高い。高すぎる。
(そういえば)
 会話している三人の内、淡島に目を留めた。
(淡島さんは占いが得意なんだっけ。あの子に相羽の留学話を打ち明けて、占いの形で
涼原さんに伝えてもらう――)
 一瞬、悪くはないアイディアだと思えた。
(淡島さんがそんな芝居、できるかどうかは知らないが、涼原さんの受けるショックを
和らげる効果はあるんじゃないか。それに、相羽だって、直に打ち明けるよりは、気が
楽になるんじゃあ……)
 ただ、懸念がなくはない。
(涼原さんにしてみれば、相羽から自主的に話してほしいだろうなあ、きっと。女子の
気持ち、何でもかんでも分かるとは思っちゃいないが、これくらいは想像できる。占い
で示唆されて、相羽に確かめるなんて真似はしたくないに違いない)
 やっぱり、あんまりいいアイディアじゃないな。唐沢はこの案は捨てることにした。
(相羽から打ち明けるのを早めさせられたらいいんだが。あいつ、誰に背中を押された
ら、そうなるんだろう? 一番は母親だろうけど、でも、方法が思い付かん。俺が関与
できるのはクラスメート……白沼さんとか。確か今、彼女の親父さんだかの会社のキャ
ンペーンの仕事を、涼原さんがしているんだっけ。その線を突っつけばどうかな。涼原
さんがショックを引き摺って、仕事に影響が出たら迷惑だから、少しでも早く打ち明け
て!とか。……待てよ。それ以前に白沼さんて、相羽のことを完全にはあきらめていな
い雰囲気なんだよな。相羽の留学話を教えたら、彼女自身が動揺するかもしれん)
 状況を徒にややこしくするのは避けべき。賢い方法を見付けたい。
(あと頼れそうなのは、うーん、うーん……あ)
 不意に、一人の顔が浮かんだ。女子、でもクラスメートではなく、ここ緑星の生徒で
すらない。唐沢の幼馴染みで、ご近所さんだ。
(芙美。あいつにこのことを話したら、何かいい案を出すかな?)

――つづく




元文書 #516 そばにいるだけで 67−2   寺嶋公香
 続き #518 そばにいるだけで 67−4   寺嶋公香
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