AWC 魔法医ウィングル:刻印と移り香(後)   永山


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★タイトル (AZA     )  17/07/30  00:08  (352)
魔法医ウィングル:刻印と移り香(後)   永山
★内容                                         17/08/11 19:52 修正 第2版
 一週間後。再び迎えた休みの日に、しかし看護婦のニッキー・フェイドは職場に姿を
現した。
「事件の話をするのなら、ぜひとも聞きたいですわ」
 エプロンを取り去って、私服姿になったフェイドは、ウィングル及び二人の刑事――
スペンサーとレッド・ランカスター――の前に、お茶を並べた。軽くつまめる物は大皿
に盛って、すでに置いてある。
「先に始めたりしないから、お盆を仕舞ってきなさい、フェイド」
 お盆を胸に抱えた格好で座ったフェイドを、ウィングルは苦笑交じりにたしなめた。
この場の唯一の女性は、舌先をちろりと出し、「分かりました」と席を立った。
 戻ってくるまでの僅かの間に、ウィングルがランカスター刑事に頭を垂れる。
「すみません。口は堅い人ですから」
「まあ、病院勤めをされている方なら、口は堅いんでしょう」
 ウィングルの病院を初めて訪れたランカスターは、捜査の素人が関与すること自体
は、半ばあきらめるように了承していた。ただ、年上で先輩に当たるスペンサーには、
ややきつい視線を送る。
「お医者さんから捜査のヒントを得ているとは聞いていましたが、法医学的なことでは
なく、事件全般だとは思いも寄りませんでしたよ」
「そう言うなよ」
 スペンサーが抗弁を続けようとしたそのとき、フェイドが戻って来た。
「お待たせしました。さあ、始めてくださいます?」
 フェイドの言葉に、スペンサーは短く息を吐いて、ウィングルに顔を向けた。
「この間までの進展具合は、フェイドさんに伝えたんですか?」
「いや、口外無用の約束は守りましたよ」
 返事を聞いて、スペンサーは前回ウィングルとした話を、掻い摘まんで伝えた。お茶
がほぼなくなるくらいの時間を要したが、お代わりをすることなく、次の段階に進む。
「それでですね……先に、実験結果が出たので、話すとしますか。生物に対して部分的
に魔法を使い、そこを切除した場合、残りの部分から魔法痕は検出されるかどうか。生
物実験用のモルモットを使って、実験を行いました。時間の都合により、モルモットは
六個体。三個体を安楽死せしめた後に魔法を掛け、残る三個体を生きた状態で魔法を掛
けた後に安楽死せしめて、頭部もしくは尾部を分離。魔法痕を測りました。ああ、魔法
を掛けたのは全て頭部で、尾部は比較対象のためとか」
 スペンサーは懐から報告書を取り出し、丁寧に広げてから、淡々と話す。既に内容を
知っているであろうランカスターも含め、皆が興味深げに聞いていた。
「六個体それぞれについて魔法痕の計測を、頭部のみ分離後、尾部のみ分離後、頭部と
尾部を分離後に行いました。で、肝心要の実験結果ですが、複雑な手順を踏んだ割に、
単純明快。いずれの場合でも、魔法痕は出ました。分離された側にも、残った胴体にも
魔法を使った形跡は、ちゃんと記されていた訳です。さらに追加で行った、分離された
頭部が何らかの理由で原形をとどめぬほどに破壊された場合も、残りの肉体からは魔法
痕が計測できました。ただし、最初の実験では、何の魔法が使われたのかが、どの部位
からでも明確に判定できたのに対し、魔法を行使した部位を破壊した場合では、残りの
部位からの魔法痕は弱くなるのか、何の魔法が使われたのかは判別不可能になったとの
ことです」
「要望を聞き入れてくれての実験、ありがとうございます。ということは」
 ウィングルが口を開く。
「ラタン湖で見付かった首無し死体は、魔法の影響を受けていない、つまりアルセ殺し
の犯人ではないと言えそうですね」
「そうなります。アルセ殺しの犯人が便乗して、いかにもアルセから顔面に念写された
ように見せ掛ける目的で何者かを殺害、頭部を切断・隠蔽した可能性は残りますが」
「スペンサーさん、その構図であるならば、便乗と言うよりも、かねてから殺したかっ
た奴をついでに始末したとでも表現すべきでは」
 ランカスター刑事の指摘に、スペンサーは一つ咳払いした。
「まあ、分かり易いように各自解釈してくれればいい。さあて、ここからはランカス
ター、おまえさんの出番だ」
「ええ。分かっています」
 カップの底に残っていた、僅かばかりのお茶を喉に流し込むと、ランカスターは座り
直した。
「ウィングルさんから出されていた質問についてですが、まず、オーレイ・ホブマン事
件において、魔法痕の検出はどんな具合だったのか。最初に言及すべきは、やはり遺体
でしょうね。オーレイの遺体からは、どんな魔法か不明ですが魔法痕が二つ、検出され
ました。オーレイの死から間もない時点での計測でしたので、もしも魔法が彼の死に関
係しているのであれば、その種類は判定できる。だが実際には判定不可だったのだか
ら、オーレイの遺体から検出された魔法痕は、彼の死亡には関係していない、言い換え
れば生前に受けた何らかの魔法だと結論づけました。
 次に、周辺において関係性が疑われる地点も、魔法痕の有無を調べました。具体的に
は、血の落ちていた場所や農場の牛舎に厩舎、縄の類を保管する物置等々。遺体のあっ
た場所は言うまでもありません。その結果、魔法が使われていたのは、遺体の周辺だけ
でした。そして使われていた魔法は、不明の一回分を除くと、オーレイ・ホブマン自身
の伝達魔法が複数回だと分かりました。推測するに、これはオーレイが救助を求める声
をジーン・ホブマンに送ろうとしたのではないかと。しかし、現実問題としてジーンは
ワウブリンにおり、救助に駆け付けるのは不可能に近い」
 不可能の断言しなかったのは、ジーン・ホブマンの近くに移動魔法や治療魔法といっ
た、何らかの形で救助に役立つ魔法の使い手がいれば、妹を通して助けを求め得るため
だ。
「ジーンが深夜になって駆け付けたのは、オーレイの声を聞いたというのもあったの
か」
 スペンサーが独り言のように呟いた。ホブマン農場の捜査に関して、細かい点までは
聞かされていないようだ。
「ジーン本人が証言しています。声は聞こえたが聞き取りづらく、窮地に立っているこ
とだけは分かったが、いずれにせよどうすることもできなかったと。実際には、その時
点で町の救助隊が集まり始めていたから、ジーンが何らかの手を打ったとしても、オー
レイを救えたとは思えない。大勢に影響はなかったでしょう」
「あー、ランカスター刑事。よく分かりました。ところで、オーレイの右腕は調べまし
たか」
 刑事同士のやり取りが済んだところで、ウィングルが待ちかねた風に尋ねた。
「いえ。炭化が非常に進んでおり、また欠片に近い状態でしたから、事案発生時点では
調べませんでした。この度、あなたの指摘を受けて慎重に分別し、検査をしたところ―
―」
 一旦、口を閉ざすランカスター。勿体ぶっているのではなく、悔しがっているのは、
唇の噛みしめ具合から窺えた。見落としをしていたことと、それを素人からの指摘でや
っと気付いたことに対して。
「――使用の痕跡が認められました。そこで詳細に皮膚を検査分析し、相当不鮮明では
あるものの、魔法でしか付けられない文字の一部と見られる線が確認できました。他の
状況と考え合わせ、ロドニー・アルセの念写で間違いありません」
「つまり、オーレイ・ホブマンがアルセを殺した可能性が急浮上した訳です」
 ランカスターのあとを引き取って、スペンサーが言った。この辺りの捜査情報は、当
然ながら刑事達で共有済みである。
「思い付きが的を射ていたようで、私個人としては安心できました」
 柔和な笑みを見せるウィングル。一方、フェイドはいささか険しい顔つきになって、
遠慮のない批判を展開した。
「ちょっと待ってください。じゃあ、ランカスターさんは、オーレイ・ホブマンの右腕
の検査を怠ったばかりか、遺体から出た魔法痕の内、不明の一回分について深く考慮せ
ずにいたってことですよね?」
「まあまあ、フェイド君。魔法を分離した肉体に加えた場合の考察は、警察もまだ手付
かずで、捜査手法として確立していなかったのだから、やむを得ない面はあるよ」
「ですが、ここで甘い顔をしていたら、犯罪者に先を越されてしまいそうで、私、心配
なんです」
「肝に銘じます」
 ランカスターは深々と頭を下げた。スペンサー刑事の後輩で若いといっても、フェイ
ドよりは年上のはず。一人前の刑事たる男が、割と素直にミスを認め反省するのは、な
かなか珍しい。
「分かってくださればいいんです。私も不躾な物言いをして、ごめんなさいね」
 フェイドが殊勝に詫び、継いでぱっと明るい笑みを見せたことで、場の空気が少々弛
緩した。

「えー、それでは次に」
 フェイドがお茶を入れ直したあと、事件の話は再スタートを切った。ランカスター刑
事は、どことなくフェイドの視線を避けるように、身体をウィングルに向けた。
「以下はスペンサー刑事の受け持ちとも言えますが、私が引き続き説明をします。ロド
ニー・アルセの遺体発見現場で見付かった、尿の件です。遺体発見時で既に死亡から四
ヶ月が経っていたため、種類こそ分からないが、アルセの遺体には魔法を一度、行使し
た痕跡があった。これ自体は当初より判明していたことであり、いかなる魔法が使われ
たのか、それは犯行に関係しているのかは、想像する他ありません。そしてこの度、ウ
ィングルさんから提示されたのが、尿の移動による殺害現場の偽装という説でした」
 ランカスター刑事は魔法医を見やった。ウィングルは特に反応することなく、続きを
待った。
「飽くまで想像ですが、ジーン・ホブマンの分離魔法を用いれば、死後間もないアルセ
の身体から、尿を抜き取ることは可能でしょう。四ヶ月前、死んだアルセから尿をでき
る限り分離し、遺体発見場所の地面に散布。頃合いを見て、遺体をその上に遺棄すれ
ば、あたかもアルセがその場所で絞殺されたような現場が完成します。
 ならばジーンもまた兄と同様、アルセ殺しの犯人かというと、疑問符を付けねばなら
ない。彼女にはアリバイがあるので。遠距離を瞬時にして移動できる魔法の使い手が知
り合いにいるという情報もない。ですが、ホブマン家がアルセ殺しに関与した疑いは濃
厚です。そこで、我々警察はホブマン農場一帯の土を、アルセの遺体の首に残されてい
たロープにこびりついた土と比較し、同一と見なせる物がないか調べました。すると、
農場内ではなかったものの、すぐ隣にある沼地の泥の成分が、ロープの土と一致するこ
とが明らかになった。これは恐らく、アルセの遺体がしばらくの間、沼に沈んでいたこ
とを示唆する証拠と思われます。その仮定に基づき、沼及び周辺を捜索したところ、沼
の一部を囲う柵から、オーレイ・ホブマンの指紋が多数検出されました。ちょっと寄り
掛かったというようなものではなく、沼の縁に立って何かをするために柵を掴んだ、そ
んな指紋の付き方でした。さらに、オーレイの指紋に上から重なるようにして、ジーン
の指紋も出ています。数は兄よりも若干、少なめでした」
 ランカスターはさすがに喋り疲れたのか、お茶を呷った。その隙を突いた訳でもない
だろうが、今度はスペンサーが口を開く。
「よし、交代しよう。残るは首無し死体だ。身元不明のままだったが、事ここに至っ
て、ホブマン家に関係する人物ではないかとの推測が成り立つ。周辺の人物を当たって
みると、一人、行方知れずになっている男がいた。ナッソー・ロメイン、この町の出身
で、現住所はワウブリン。木材業者のレロイ・マクガートのところに勤めていて、ワウ
ブリンでの窓口業務の一端を担っていたようです。ジーンとはワウブリンで知り合い、
付き合っていたが、およそ四ヶ月前から姿を目撃されていない。ここまで分かれば、
ジーンに聞くのが一番だ。呼び付けると疑っているのを勘付かれる恐れもあったので、
こちらから首都に出向いて事情聴取をした。案外短い時間で、口を割りましたよ。列車
の切符を二人分、購入した記録が残っていたのも効いたんでしょうが。それで、ウィン
グル先生? ジーンがどう行動し、犯行に関わったのか、絵は描けてますか? 一通り
の自供を引き出せたので、おおよそのところは掴んでいます」
「答合わせという訳ですか。あんまりいい趣味じゃないですが、色々と動いてもらった
手前、私も恥を掻くつもりで話すとしましょう」
 ウィングルはひと呼吸を置き、少し考えてから語り始めた。
「うまくまとまっていないから、行きつ戻りつになるかもしれませんが、ご容赦を。山
火事のあった日、ジーン・ホブマンはオーレイ・ホブマンからの声を受け取った。それ
は彼女が警察に当初証言したような救いを求める内容ではなく、家の名誉を守るための
懇願あるいは脅しだったのではないでしょうか。オーレイはきっと、こんなことを言っ
たんです。『ロドニー・アルセを殺してしまった。隠蔽したいが、俺も山火事に巻き込
まれて長くは保たない。あのままアルセが見付かれば、ホブマン家の名は地に落ちる。
ジーン、おまえにも人殺しの妹という汚名が着せられるだろう。そうなりたくないな
ら、一刻も早く帰郷し、沼に沈めてあるアルセの遺体をうまく処理しろ』」
「まあ」
 高い声で反応したのは、もちろんフェイド。
「そんなことを頼まれて、実行するものかしら」
「状況と性格に因るんじゃないかな。ジーンは調香師として成功をつかみかけていたか
もしれない。ああ、オーレイはアルセから右手に何らかの印を付けられたことと、右腕
を犠牲にしてどうにか消したことも、ジーンに伝えたんじゃないかな。そうでないと、
いくらジーンが急いでもどうしようもない。オーレイの覚悟を感じ取ったからこそ、隠
蔽工作をする気になったのかもしれない」
「完全に納得した訳ではありませんけど、そういうことにしておきますわ」
 フェイドが澄ました調子で答えるのを聞き、ウィングルは思わず苦笑した。刑事達も
笑いを堪えている様子だった。
「決意したジーンは、夜遅くに農場へ到着すると、警察や消防から説明を受け、家の事
情や兄の様子を話した。ですよね? それから警察や消防が引き上げたあと、秘密の行
動に移ったはず。沼の岸辺に立ち、兄が沈めたという遺体を探し、引き揚げた。このと
き、分離魔法が役立ったのかもしれません。ジーンがどれほどの腕力の持ち主か知りま
せんが、女性が大の男の、それも死んだ者を沼から引っ張り上げるのは、簡単ではない
と思えます。でも、アルセの身体に付いた水分や、体内のあらゆる液体を一時的に分離
すれば、それだけ軽くなるし、乾燥もするでしょうから、扱いは容易になる」
「まるでミイラか何かのように?」
 ランカスター刑事の質問に、ウィングルは困り顔を返した。
「そこまでやったかどうかは分かりませんが、ジーンがアルセの遺体に魔法を使ったの
は確かでしょう。少なくとも、尿の移動をしなければいけないのだから。彼女がいつの
時点で遺体を遺棄する場所を定め、そこに尿をばらまいたかは知りませんが、魔法痕で
特定されるのを避けるために、なるべく早い段階でやったはずです。そもそも、遺体が
死後四ヶ月なのに、尿がたっぷり地面に染み込んでいるのはかなり不自然になってしま
いますから」
「アルセの遺体を四ヶ月間、どこかに隠しておいたんですね」
 フェイドが尋ねる。
「けれども、一体どこに……。下手に動かすくらいなら、沼に沈めたままと変わらない
でしょうに」
「いや、メタンガス流出の件を忘れてはいけない。完全に鎮火したあと、ガスの発生源
を特定するため、沼を調査するかもしれない。沈めたままだと、早々に発見されてしま
う」
「なるほど、そうでしたわね。是が非でも移動の必要があったと」
「恐らく、というか、私がジーンの立場で遺体を隠さなければならなくなったとした
ら、乾いて軽くなった遺体と液体分を別々に、ワウブリンの自宅へ運ぶね。この町で起
きた事件だ、遠く離れた家を捜索される恐れはかなり低い。あったとしても先のことに
なるという計算が立つ」
「ああ、ウィングル先生。一つ付け加えておきますと、ジーンの魔法は、分離した液体
を重さとは無関係に、人目にさらすことなく自由に動かせる、つまり持ち運べるんで
す。まあ限度はあって、本人の体重以上の重量は無理のようですが。普段は、香水の調
合に使うだけだから、重量感のある液体というイメージが湧きにくい」
 スペンサーの補足に、我が意を得たりとばかりに頷いたウィングル。
「それなら別々ではなく、一度で怪しまれることなく運べるね。次は――そう、ロメイ
ン殺害だ。ジーンはアルセが殺されたことそのものは、機会を見て公になるよう仕向け
るつもりでいた。襲われたアルセが犯人に何らかの印を残すはずだと警察が推理するの
を見越して、ロメインを殺害し、首無し死体として晒す計画を立てた。これも急がねば
ならない。いずれ見付かるアルセの遺体から死亡が四ヶ月前と判明しても、ロメインが
三ヶ月前まで顔に印を付けられることなく、大手を振って歩いていたら辻褄が合わなく
なる。殺そうとするからには二人の仲は冷めてたんでしょうが、ジーンは兄を失った寂
しさでも口実にしたのかな。よりを戻すことを匂わせつつ、故郷への同行をロメインに
頼んだ。そして、まあ、殺害時の細かい様子は想像つきませんが、凶器や切断道具は農
場にいくらでもあったと思います。うまくやり遂げたジーンは、頭部のないロメインの
遺体を、ラタン湖に沈める。身元不明でさえいてくれれば、いつ見付かってもかまわな
いと言えますが、理想はやはり、アルセの遺体の発見後でしょうね。だからもし、ジー
ンがロメインの遺体の浮上を調節するとしたら、水より比重の重い液体を詰めた袋を錘
にして、ロメインの身体を水中にアンカーしておくというのはどうだろう? アルセの
遺体が見つかったというニュースを知ったら、ワウブリンからやって来て、袋の液体を
分離魔法で抜き取れば目的達成です。このやり方なら、魔法痕は遺体には残らないでし
ょう」
 ウィングルがこう述べると、スペンサーとランカスターは「これは」「ああ」等とや
り取りした。次いで目配せをしたかと思ったら、若いランカスターの方が、「ちょっと
失礼をします。話は進めてくださって結構です」と言い置いて、出て行った。
「どうなさいましたの?」
 フェイドのきょとんとした眼差しを受けて、スペンサーが苦笑いをなした。
「いやあ、今し方の先生の推理が、ジーンの自供にはなかった事柄だったんで、確認に
走らせたんでさあ。推理通りなら、湖には明瞭な魔法痕の残った袋があるはず」
「ということは、ロメイン殺害を全面自供した訳ではない?」
「そうなんです。ジーンは計画殺人ではないことを訴えておるんですが、先生の袋説が
当たりだったら、覆せますよ」
「ふむ。ちなみに、これまでの推理はどうです?」
「誇ってもいいと思いますよ、ほぼ当たっていると言えます。オーレイが右手の印を処
理できたかどうかは、賭けだったようです。ジーンに届いたオーレイの音声魔法は、右
腕ごと炎に巻かれて焼けたとのみ伝えたらしいので。さて、続きと行きませんか」
「続きと言われても、あとはジーンがアルセの遺体を四ヶ月後に発見させる段取りくら
いかな? ロメインがマクガートの会社の社員なら、どの辺りをいつ調査するかの計画
を知っていた可能性がある。ジーンはそれをロメインから聞き出し、えっと何ていう名
前でしたか、マクガートのところの……そう、ドロン・バスが調査に来る前日に、遺体
を持ち出し、予め尿を散布しておいた場所に放置したんでしょう」
「はいはい、お見事です。ジーンはロメインの手帖を盗み見たと言ってましたが、大き
な違いじゃない」
 拍手の形に手を動かしてから、お手上げのポーズをしたスペンサー刑事。ウィングル
はさすがに面映ゆくなって、鼻の下を指で擦った。
「アルセの遺体にあった魔法痕は、ジーンが遺体から尿を始めとする液体を分離したと
きのものですね。戻す場合は、分離と戻すのとで一回と数えるから、魔法痕は四ヶ月前
のものとして検出された。遺体発見現場の魔法痕は、多分、ジーンが尿を撒いたとき、
地下により染み込まさせようとしたんじゃないでしょうか」
「それもご名答です。取り調べの場に、こっそり忍び込んでいたんではないでしょう
ね」
「はは。運に恵まれるのもこの辺まで。ジーンのやったことは、当人が生きているから
探りようもありますが、オーレイの方はなかなか難しいでしょう」
「アルセの念写で右手の甲に何らかの印を付けられたのは確実で、ジーンの証言もあり
ますし、凶器のロープに付着した土は、沼の物と合致した。これだけ証拠が揃えば、
オーレイがアルセ殺害犯であることは立証済みと言えますな。ただ、動機はまだ分から
ない。オーレイがアルセの店を利用したことはあったが一度だけ。だいたい、一体全体
何があってアルセを殺した直後、牛を追い掛けるような事態になったのやら。人を殺し
ておいて、牛を気にするのはしっくり来ないし、天候の悪化は予想できていたろうか
ら、いくらオーレイでも家畜が外に出ないようにするくらいは、ちゃんとやっていたと
思えるんですがねえ」
「……意図的なのかもしれない」
 ウィングルの呟きを、スペンサーもフェイドも聞きとがめた。二人の声が被さって、
聞き返す。
「何が意図的ですの、先生?」
「オーレイ自身が、牛を一頭、外に出したんじゃないかっていう……待って、思い付い
たばかりで、まだまとまらない。あ、そうか。アルセはオーレイの顔ではなく、右手に
印を念写した。そこ、気になってたんです」
「顔でも手でも、大差はないでしょう」
「いえいえ。手なら理由を付けて覆い隠しやすいんですよ。それが顔だとなかなか難し
い。続けざまに怪我をしたと嘘を吐いても、怪しまれるのは手よりも顔です。殺人犯と
して告発するためなら、顔に念写する方が絶対にいい。にもかかわらず、アルセは手に
やった。考えてみたんですが、アルセはオーレイに警告して、殺人行為を止めさせたか
ったんではないでしょうか?」
「警告?」
「今まさに自分を絞め殺そうとしているオーレイの右手に、殺人を告発する印を浮かび
上がらせるんです。同時に、ありったけの息を振り絞り、『オーレイ、手を見ろ! そ
いつを消せるのは私だけだぞ!』とでも叫ぶ」
「なーるほど。顔に印を念写したら、オーレイ本人には見えないから効果が薄い、か」
 感心するスペンサー。ウィングルは浮かんだばかりの推測を続けた。
「オーレイに少しでも冷静さが残っていれば、気付いて我に返るでしょう。手の力を緩
める。ところが、とうに瀕死の状態になっていたアルセは崩れ落ち、沼にはまってしま
う。ああ、凶行の現場は沼の畔だったと思います」
「沼に落ちたアルセを、オーレイは……とりあえず助けようとするでしょうな。印を消
させたあと、また殺そうとするかもしれないが」
「ええ。でも沼は沼地と呼べるほどぬかるんでいて、引っ張り上げることは困難だっ
た。アルセに意識があれば、また違ったかもしれませんが、意識を失っていたとした
ら、ずぶずぶと沈む一方だった可能性が高い」
「――あ、そこで牛ですか。牛に引かせて、アルセを沼から出そうと考えたんだ、オー
レイは」
「はい、私の推測ではそうなります。オーレイは輪っかにした縄をアルセに放り、その
縄の他端を牛に結わえた。だけど、輪がうまくアルセにはまらなかったのでしょう。柵
に掴まり、なるべく近くから投げようとしたんだと思います。柵から見付かったオーレ
イの多数の指紋がその証です。そんな努力も空しく、輪の準備が整わない内に、牛が突
然走り出してしまった。雷が鳴ったせいかもしれない」
「ああっ」
「牛に結わえた縄を、オーレイは当然手で握っています。慌てて引っ張りますが、力で
叶うはずもなく、逆に引っ張られる。ここで縄を手放せたらよかったんですが、恐らく
は右腕にしっかりと絡みついていたんじゃないでしょうか」
「うん? 何故、そんな風に思うんです?」
 スペンサーが待ったを掛けた。フェイドも追随する。
「そうですよ先生。右腕に縄が絡まって引っ張られたのなら、そのままオーレイ・ホブ
マンは引き摺られていきます。農場からは、馬も外に出されていたんでしょ? オーレ
イは牛を追い掛けるために、馬に乗ったはずです」
「牛が逃げただけなら、他の牛を出してくるさ。そのときのオーレイは、アルセを沼か
ら出すのが最優先事項なのだから。なのに、馬に乗って牛を追ったのは、それ以上の緊
急事態が起きたからに違いない」
「……分かりませんな」
 スペンサーが首を横に振り、フェイドはただウィングルの答を待った。
「縄が右腕に絡まったオーレイは、都会暮らしが長かったせいか、自らが沼にはまるの
を恐れて、しばらく頑張ってしまったんだと思う。左手は柵を掴んでいただろうしね。
そして頑張った結果、右腕が肩から千切れた」
「――」
 スペンサーは目を丸くし、フェイドはぽかんと開けた口を素早く両手で覆った。ウィ
ングルは彼自身の台詞の余波を楽しむでもなく、淡々と話を続けた。
「繰り返し念押ししますが、飽くまでもこれは推測、思い付き、空想です。右腕を持っ
て行かれたオーレイは、次にどうしたか。応急処置? 人を呼ぶ? それらも考えたか
もしれません。だが、衣服がうまい具合に捻れて止血の役を何とか果たしていると分か
ったなら、どうでしょうか。一刻も早く牛に追い付き、右腕を回収したいと考えるので
は。そこで馬を出してきたんです。そうだ、農場にあった血痕は、右の肩口から滴り落
ちた物だったと考えられます。オーレイは左腕だけでどうにか馬に乗り、牛を、右腕を
追った。すでに山火事の発生していた森に入ってから、右腕は縄から外れたんでしょ
う。それに近づき、回収しようとしていた矢先、またも雷鳴です。もしくは落雷か。激
しく驚いた馬はオーレイを振り落として、居心地のよい住処を目指し、来た道を戻っ
た。オーレイは自身の右腕を傍らに、振り落とされた衝撃で動けなくなる。さらに、さ
らにです。運の悪いことに、落雷か炎のせいか分かりませんが、近くの大きな木が倒れ
てきた。強烈な打撃を食らう形になったオーレイは、自分の命はここであきらめたかも
しれない。でも、家のことが頭をよぎった。ホブマン家の名誉はどうなる? アルセは
まだ息があったが、あのままではいずれ死ぬに違いない。オーレイが、会社を売り払っ
て戻ったというだけでも恥に感じていたのだとしたら、この上、殺人犯の名を冠せられ
るのは耐えがたい苦痛に思えたでしょう。そんな死の間際に脳裏に閃いたのは、己の魔
法を使ってジーンに後事を託すこと。――こういう顛末だったんじゃないでしょうか
?」
 感想を求めるウィングルに、スペンサーもフェイドもしばし言葉を失った。

 その後、ジーン・ホブマンの証言で、オーレイはこんな“企み”を冗談半分に話して
いたとされた。
『田舎に戻ったら、念画家がいてね。アルセっていう奴なんだが、推理小説が好きって
言う割には素直な性格をしていて、騙されやすい。思ったんだが、もしも金に困るよう
なことが将来あれば、アルセを仲間に引き入れりゃ簡単に稼げるんじゃないか? ほ
ら、ワウブリンで流行り出してるだろ、写真をネタに金持ちを恐喝するってのが。あれ
って、苦労して写真を撮らなくても、念写で充分じゃないか。アルセに金持ちの悪事や
濡れ場を念写させて、そいつをネタに脅すんだよ。事実に合うような念写が難しかった
ら、美人女優のヌードを念写するのもいいかもな。飛ぶように売れるぜ、きっと。アル
セを仲間に引き込む方法? それは色々あるが、ギャンブルが手っ取り早いな。ギャン
ブルで最初勝たせて、調子づいたところをいかさまで借金を作らせるんだ。それを免除
してやる代わりにって言えば、従わざるを得まい』

――終




元文書 #502 魔法医ウィングル:刻印と移り香(前)   永山
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