AWC 絡繰り士・冥 2−2   永山


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#501/514 ●長編    *** コメント #500 ***
★タイトル (AZA     )  17/05/31  01:39  (474)
絡繰り士・冥 2−2   永山
★内容                                         18/06/03 03:13 修正 第4版
             *             *

 木部逸美(きべいつみ)。それが、音無さんに化けて七日市学園に入り込み、死亡し
た女性の本名だった。
 東北の出身で、年齢は十八。地元の公立高校を一年で辞め、家族と離れて上京。俳優
志望で、数多ある小劇団の一つに入っていた。が、最近は稽古に出て来なくなり、幽霊
団員と化しつつあった。その矢先の事件である。
「若い団員達は劇団の用意したシェアハウスに入るパターンが多くて、木部もそこに入
っていた。が、年始にそこを出て三ヶ月ほど経った頃から、段々と足が遠のくようにな
っていったらしい」
 すっかり顔なじみになった八十島刑事が、捜査の進捗状況を話してくれた。もちろ
ん、明かせる範囲に限られているんだろうけど、これまでの十文字先輩の実績や、五代
家の口添えのおかげか、ハードルが比較的低い気がする。
「シェアハウスを出た木部は、どこに行ったんです?」
 十文字先輩が聞いた。ここは八十島刑事が指定したラーメン屋だ。雑然としている上
に、カウンター席もテーブル席も間仕切りがあるので、秘密の会話もしやすいらしい。
 今日は放課後、捜査本部のある警察署に出向き、木部逸美のものだという音声データ
を聞かされた。事件当日、僕の携帯に電話をしてきたのが木部逸美に間違いないか、確
認を求められた次第だ。僕の返答は「似ている気はするが、断定まではできない」とい
うレベルに留まった。尤も、電話の音声の仕組みからすれば、これは無理もないことら
しいが。
 ともかく、その調べが済んだあと、情報をもらうためにこの店に寄った。署内でやる
のは、さすがにまずいという訳だ。
「まだ分かってない。劇団員の証言で、男がいたのは間違いないんだ。前髪を茶色くし
た痩身だが高身長。見掛けた者の証言では、ゆうに一八五センチはあるそうだよ。バタ
臭いというか洋風の顔立ちに薄い色のサングラスをだいたい掛けていて、ハンサムに入
る部類らしい。具体的な容貌はさっぱり掴めないし、どこで何をやっているかも分から
ない。名前は苗字だけ、ウエダと。そいつの家に転がり込んだんじゃないかっていうの
が、大方の見方だが、捜査はまだまだこれからだね」
「想像を逞しくして、ウエダが事件に大きく関与しているとします。恐らく、俳優や映
画、ドラマ業界に関する何らかの美味しい話を持ち掛け、木部を連れ出し、手元に置い
たんじゃないでしょうか。実際、業界に詳しい可能性が高い。木部に特殊メイクを施し
たのが、ウエダの手配だとしたら、ですが」
「ウエダが木部の変装に力を貸したのは、まず間違いないだろうと、我々も見ている。
だが、木部殺しに関わっているかとなると、何とも云えない。わざわざ変装させ、木部
とはまるで関係のない学校に入り込ませ、そこで殺害するという行為に意味を見出せな
いからだ。仮に、百田君を陥れ、十文字君に事件を解くよう仕向けるためだとしたっ
て、やり方が迂遠すぎるじゃないか」
 店に入ってから、先輩と僕はラーメンを、八十島刑事はチャーハンを注文したのだ
が、僕らが早々に平らげたのとは対照的に、刑事のチャーハンはほとんど減っていな
い。残すのなら、タッパーにでも詰めて一ノ瀬に持って行ってやろうか。
「仮に、ウエダが木部を騙していたとして」
 十文字先輩が、議論の焦点を変えた。
「『音無亜有香という女子高生に変装し、七日市学園潜入しろ』という命令を、木部が
素直に聞くものでしょうかね」
「うーん。『演技テストだ。うまくやったら、映画に出られるようにしてやる』なんて
云われても、鵜呑みにするとは思えんね。ウエダが本物の業界人でない限り、じきに嘘
がばれるだろう。今の時代、調べれば割と簡単に分かるはずだ。ましてや、学校に無断
で入るのは、明らかにおかしな行為だし」
「……木部は、どんな俳優を目指していたんです? 音無君に化けられたのはマスクと
メイクのおかげで、木部の素顔は際だって美人と云うほどではなかったような。だか
ら、性格俳優?」
 辛口批評をずけずけと云う名探偵。
「いや、違う。意外にも、アクション俳優だったそうだよ。日本の女優には激しいアク
ションのできる人はあまりいないから狙い目だと考えていたみたいで、当人もスポーツ
は得意だったようだ」
「アクションですかぁ。ますます分からなくなった。変装しての演技テストという想定
から、遠くなってしまった」
「アクションの演技テストを受けたけど、何らかのハプニングで凶器が刺さり、死んで
しまった、というのはどうでしょう?」
 僕は思い付きを口にした。深くは考えない。間違っていても、先輩や刑事達の頭脳を
刺激する材料になれば御の字だ。
「事件ではなく、事故だと?」
「侵入行為そのものの説明は付かないけれども、アクションの相手をしていたウエダが
黙って出て行った理由にはなってるでしょう? 予想外の事態に動転して、木部を見捨
てて行った」
「一見、筋が通っているようだが、密室は?」
 八十島刑事が当然の疑問を口にした。引き継いで、先輩がはっきりと表現した。
「動転しているのに、わざわざ現場を密室にしてから逃げる訳がない、か」
「それを言い出したら、僕を陥れるための殺人だったとしても、密室を作っていくのは
やりすぎって印象受けるんですが」
「まあ、君を気絶させて、被害者と同じ部屋に置いておくだけでも充分効果的だとは思
うよ」
 応じたのは刑事。チャーハンは相変わらず、ほぼ手付かずだ。お冷やのグラスに着い
た水滴が、テーブルに小さな水たまりを作りつつある。
「一応容疑者の君に、ここまで喋っていいのか分からないが、密室だったせいで、かえ
って君への疑いは薄まったとも云えるんだ。犯人が死体とともに密室に籠もるなんて、
心理的にはまずあり得ない」
 そこで言葉を区切ると、八十島刑事は十文字先輩を見た。さあ名探偵はどう判断す
る?とでも問いたげな視線だ。
「勇み足のようですよ」
 まず、先輩の一言。
「整理するために、少しだけ話を戻しましょう。予想外のハプニングで木部は死んだと
いう仮説は、そもそも成り立ちそうなのか? ここから考えなければいけない。重要な
のは、百田君、君が気絶させられたという事実だ。電話とメモを使って家庭科室まで呼
び出されたのだから、君が関係したことは偶然じゃない。木部もしくはウエダが望んだ
んだ。ならば、アクション演技のテストだとすると、君はどういう役回りをさせられた
んだろう? 君を殴って電気ショックで気絶させることまでが、テストなのか?」
「い、いえ、それはないですよ、多分。テストなら、あそこまで強く殴らない」
 痛みが甦った気がした。思わず、頭に手をやっていた。
「だったらハプニング説は捨てよう。これは殺人だ。殴ったのがウエダにせよ木部にせ
よ、演技テストなんかじゃないこともまず確実だ」
「あー、ちょっとストップしてもらっていいかな」
 八十島刑事が口を挟んだ。ようやく、チャーハンが減っていた。
「なかなかの論理展開だと思う。ただ、気になったのは、ウエダなる男がその場にいた
と決め付けて語っているようだけど、どうなのだろう?」
「と、云いますと……もしかして、男の不審人物は七日市学園に出入りしていない証拠
でも見付かったんですか」
「証拠って程じゃないが、学校へ通じる周辺の道路には、いくつか防犯カメラがあるか
らね。それを全て当たった結果、事件前後の近い時間帯に、正体不明の男が出入りする
様子は確認できなかった」
「しかし、木部逸美は」
「被害者の方は、女生徒のなりをしていたから、紛れ込むのは簡単だったろう。現段階
では、いつの時点で入り込んだのか掴めてないんだけどね。マスクを着けている子が多
くて、手間取っている」
「だったら、ウエダも男子か先生に化けて」
「それは厳しいだろ。ウエダは目立つくらい背が高い。出入りしたのなら、我々がカメ
ラの映像の中から見付けている」
「そうでしたか。早く教えてくれればよかったのに」
 両肩をすくめると、先輩は気を取り直した風に笑みを浮かべた。
「あれ? でもさっき、ウエダが木部殺害犯の可能性どうこうって云ってませんでした
か、刑事さん?」
「実行犯ではなくとも、関与しているケースは考えられる。木部の行動をある程度コン
トロールできるとしたら、ウエダだろうからね」
「なるほど。じゃあ、ついでに伺いますが、木部以外に学校関係者じゃない者が入り込
んでいたという可能性は? 情報の小出しは勘弁してください」
「飽くまでも今のところだが、見付かっていない。知っての通り、当日は基本的に休み
だから人が少ない方だが、大勢の中から特定の一人を探し出すのならまだしも、不審人
物がいないか生徒や教職員らの顔写真と照らし合わせながらだと、どうしても時間が掛
かるんだ。マスクも厄介だしな」
「それでも、木部の他に校内に潜入するとしたら、犯行時刻の直前か、せいぜい一時間
前ではないでしょうか。生徒らに見られて、不審がられたらアウトだ」
「無論、犯行時刻と思しき午後三時から四時を中心に、範囲を広げながらチェックして
いるよ。そうした上での話だ」
「つまり、変装して入り込んだのは、木部一人しかいなかったと考えても?」
「私的判断では、かまわないと思う」
「では、その前提で進めるとしましょう。木部を手引きした学校関係者がもしいたな
ら、また話がややこしくなるが、変装させて学校に呼んで殺害するメリットがない。少
なくとも、僕には思い付かない。音無君に見せ掛けるのも、ほんの短い間しか効き目が
ない。百田君に濡れ衣を着せるのも同様。だからここは、当日、木部は単独行動してい
たと仮定します。大前提と云ってもいい。さて、変装は何のためにやるか。百田君、ど
う?」
「え? えっと、他人になりすますため」
「そうじゃなくて、なりすますのは何のためかってことさ」
 呆れたように鼻で笑われてしまった。さすがにしゅんとなったが、僕は頑張って答を
探した。
「普通なら、悪事をなすためでしょう。自分のやりたくないような」
「同意する。木部も恐らく、何らかの悪事を働こうとしていた。それが、君を呼び出し
ての襲撃だ」
「そこまでは納得できます。でも、そのあとが……」
 僕は口ごもった。まさか、僕が正当防衛で死なせたって云い出すんじゃないですよ
ね? 凶器の件があるし、大丈夫だと信じていますが。
 からつばを飲み込んだ僕の横で、先輩はしかし、続きの推理を語らなかった。
「八十島刑事。木部が望んでいた職業が、本当にアクション俳優なのか、調べられませ
んかね?」
「ああ? それが事件に関係あるって?」
「分かりませんが、多分、あります。状況証拠ないしは傍証になる程度ですが」
「まあ、被害者と犯人をつなぐ線は当然、調べているが、被害者の過去、それもかなり
幼少期となるとねえ」
「幼少期じゃなくてもいいんです。元々、憧れの職業として俳優とは全く異なるものを
言葉にしていた可能性があるんじゃないかと」
「十文字君。君は一体、何の職業を思い描いているんだ?」
 刑事からの率直な問いに、先輩は名探偵らしくもったいを付けた。
「正規の仕事とは云えません。裏稼業の一つで、僕らも何度か事件を通じて見知ってい
ると云えるでしょう」
「殺し屋か」
 この単語が日常会話で飛び出したら、荒唐無稽、絵空事で片付けるに違いない。しか
し、僕らにとって「殺し屋」や「遊戯的殺人鬼」は、日常語になっていた。
「ええ。木部はその行動原理から推して、職業的な殺し屋ではなく、遊戯的な殺人鬼の
方だと思いますが」
「行動原理?」
「真っ当な動機なしに、まるで関係のない者を殺そうとしたんですよ、木部は。百田君
をね」
「え?」
 そうなのか? こうして助かったから、感覚が鈍くなっているのかもしれないが、ま
さか殺されかけていたとは。
「先輩の推理が当たっているとして、じゃあ、どうして僕は殺されずに済んだんでしょ
う? 意識を失っていたんだから、自由にやれただろうに」
「助けられたんだろうねえ」
 十文字先輩は云ってから、にやっと笑った。
「誰にですか」
「木部を殺した犯人に、さ。助けるために、木部を殺したと云えるかもしれない」
 いつの間にか、僕は椅子からずり落ちそうになっていた。力が抜けて、改めて入れよ
うにもうまく行かない。そんな感覚がずっと続いた。
「誰が百田君を助けたかは、目処が立っているのかい?」
「いえ、そこまでは」
 刑事の質問に、探偵はあっさり首を横に振った。八十島刑事は手帳に何やらメモをし
てから、場を促す。
「では、ひとまず整理しよう。木部逸美が何をしようとしていたか、だ。動機は斟酌し
ない」
「待ってください。強いて云えば、動機は、音無君を窮地に陥れ、恐らくは僕に謎を解
かせるためだったかもしれません」
「つまり、以前、君に挑んできた連中と同類ってことかい」
「高い確率で、当たっているんじゃないかな。七日市学園で殺人事件を起こすことは、
すなわち、十文字龍太郎の介入を覚悟しているも同然。しかも、僕の親しい知り合いで
ある音無君を容疑者に仕立てようとしたのだから」
「音無さんを窮地に陥れるとか、容疑者に仕立てるとか、その辺りの説明をしてくれな
いか」
「簡単ですよ。音無君に変装した木部は、百田君を殺害した後、第三者にある程度目撃
されつつ、立ち去るつもりだったんでしょう」
「そうか。殺害現場から立ち去ったのが音無さんの姿形をしていれば、音無さんに疑い
が向くのが当然の流れだ」
「実際は、急用で音無さんが来られなくなり、おかしな状況になってしまいましたが。
いや、そもそも、殺人を失敗した挙げ句、自分自身が命を落としたことが大誤算だ」
 八十島刑事はまたメモを書き付け、顎をさすってしばらく考える姿勢になった。その
間に僕は先輩に質問をぶつけた。
「音無さんが学校に来ることを見越して、木部は計画を実行したんですよね? おかし
くないですか。罪を被せる以前に、鉢合わせの危険性があります」
「いや、殺人実行まで身を潜めていれば、鉢合わせする危険はさほどあるまい。侵入か
ら殺人実行までの時間は、なるべく短くするに越したことはないが」
「それでも、音無さんがクラスにずっといたらアリバイ成立するから、濡れ衣を着せる
のだって難しくなるような」
「そこは仲間がいて、恐らくウエダが手を打ったんだと思う。予め打ち合わせしておい
た時刻になったら、ウエダは音無君の携帯番号に電話して、呼び出す算段になっていた
んじゃないか。連中がどこまで音無家について調査したかは知らないが、それこそ、刀
が発見されたという理由付けで呼び出すことを思い付いたかもしれない。あ――」
「どうしたんだい?」
 八十島刑事が云った。考えている間もちゃんと話を聞いていたらしい。
「もしかすると、本当にそうやって呼び出したんじゃないかと思ったんですよ。だが、
音無君の方はちょうど刀を確認しに行くところだったから、再確認の電話と受け取っ
て、何となくおかしいと感じつつもスルーしたんじゃないかな。ウエダはウエダで、呼
び出しに成功したと信じ、木部に最終的なゴーサインを送ったと」
「想像力たくましいな。実際、木部の所持していた携帯電話には、事件の直前と思われ
る時間帯に、四度鳴っただけで切れた着信記録が残っていた。非通知だったから気に留
めなかったが、ウエダの合図だった可能性はあるな」
「念のため、音無君にそういう電話がなかったか、聞いてみればいいのでは? もしイ
エスなら、彼女の携帯電話の着信を調べる」
「木部やウエダの犯行計画を炙り出すには、必要かもしれん。手掛かりとしては期待で
きないだろうがね。十中八九、いや、百パーセント非通知か公衆電話からだろう。木部
の携帯電話に残っていたのも、念の入ったことに公衆電話からの非通知だった」
 と、ここで時刻を確かめた刑事は、慌てたように席を立った。
「こりゃいかん、長居しすぎた。密室の検討がまだだが、しょうがない。あー、追加注
文するのなら、ひとまず自腹で頼むよ」
 八十島刑事は一方的に喋ると、伝票を持って急ぎ足でレジに向かう。チャーハンの大
部分が残された。

             *             *

 どんなによい計画でも、人任せにすると無惨な結果に終わることがある。
 冥は改めて肝に銘じた。
 十文字龍太郎を試すための犯罪なのだから、その絡繰りを見破られるのは一向にかま
わない。だが、計画した犯罪そのものが不発に終わるのは無惨としか云いようがなかっ
た。計画通りに行かない上に、貴重な同胞を失うわ、誰にやられたのか分からないわと
来た。これを無惨な失敗と云わずして、何を云うのか。
(洗い出して、けりを付けるべきか、それとも優れた探偵達をピックアップするのが先
か。悩ましい)
 問題はもう一つある。上田(ウエダ)をどう遇するか。この度の計画の実行を任せた
のだが、この有様では続けて重用するのは難しい。系統だった組織がある訳ではない
が、それでも示しが付かないであろう。一方で、上田当人からは挽回の機会をと必死の
アピールがあり、かつてないほどのやる気を見せている。
(木部を屠った輩を見付けるよう、命令を下してもいいのだけれども……あれの年齢や
風貌では、七日市学園に潜入調査するのは難しかろう。今一度、百田充を襲うことで、
おびき出せるか? 最悪でも、上田を当て馬に、木部をやった者の正体を突き止められ
ればいいのだが、確実性を欠く。
 春先でも、辻斬り殺人の件で、やられているからな。同一人物による仕業だとする
と、矢張り、無差別な遊戯的殺人を嫌う職業的殺人者が最有力。そんな奴をおびき出す
には、無差別殺人や遊戯的殺人を起こすのが手っ取り早い。上田には、七日市学園の人
的・地理的周辺で、殺人を起こさせるとするか。十文字龍太郎が食いついてきたら、そ
ちらの方は私自らテストをしてやるとしよう)

             *             *

「おまえ、最近何かやったか?」
 行き付けにしている数少ない食堂で、カウンター席に着くなり店の主人から問われ
た。
 上田は表情を変えないように努めつつ、サングラスのブリッジをくい、と押し上げ
た。
「誰か訪ねて来たとでも?」
「警察と警察じゃないのが来たよ。それより注文、早くする」
 唐揚げとビールを頼むつもりだったが、やめた。とりあえず、早く食べ終われそうな
丼物の中から、天津丼を選んだ。
「それだけ? お酒なし? 給料日前か」
「いいから、早くしてくれ。どんな奴が来たのか、話してくれたら、倍払うよ」
「ああ。警察は若いのと中年のコンビ。名乗られたけど、忘れたよ」
「いや、そっちはいい。刑事じゃない方が気になってるんだ」
「何だ。――ほいよ」
 天津飯の丼を受け取る。割り箸立てに手を伸ばし掛けたが、レンゲを頼んだ。
「警察じゃないのは、女が来たね。派手で華やかな感じで、三十前ぐらい? ファッシ
ョン雑誌から抜け出したようなきれいななりなのに、腕っ節は強そうだったね」
「美人の女か……」
 心当たりはなかった。
「どんなことを聞かれた?」
「警察も女も、似顔絵を見せてきて、『このウエダって男を知らないか』って。どちら
の絵も、そっくりだったよ」
 手に持った玉じゃくしで、上田を示してくる店長。上田は飯をかき込んでから、くぐ
もった声で聞いた。
「で、何て答えた?」
「知らないと云っておいたよ。だって、おまえ、『ウエダ』じゃないもんね」
「ああ」
 上田は水を飲んだ。通常は香取と名乗っている。趣味の殺しに関係している場合の
み、上田と称しているのだ。
「けど、あの調子じゃ特定されるのは時間の問題よ。ほんとにまずいのなら、覚悟しと
くか、逃げるかしたらいいよ」
「ご忠告、ありがとさん」
 財布を引っ張り出し、天津飯二杯分の金をカウンター上に置いて、座り直す上田。
(予想以上に早いな。どうやって絞り込んだのか。それとも、ローラー作戦か。でも、
警察はともかくとしても、女ってのは何者だ? 単独で動いているとは思えない。まさ
か、殺し屋グループの一人か)
 殺すのは好きでも、殺されるのは御免被る。
(冗談抜きで逃げたい気分だ。だがしかし、冥からの指示を受け、新たな計画に着手し
たばかり。今度しくじれば、冥の信頼は最早得られなくなるに違いないし、俺も途中で
投げ出すのはプライドが許さない。殺し屋連中が俺を探しているのなら、むしろ好都合
じゃないか。おびき出した上で、処分してやる)
 食事を短時間で終わらせると、上田はそそくさと店をあとにした。
 およそ一時間半後、わざと遠回りをしてから“根城”に戻った上田は、計画の段取り
を再確認した。
 今回、上田がやろうとしているのは、フラッシュモブを利した無差別殺人だった。
 想定しているのは、イベント企画会社が仕掛けるそれではなく、ネット上での呼び掛
けにより有志が自由勝手に集まって行うタイプ。突然始まった“お祭り騒ぎ”に足を止
めて見入る観客の中から犠牲者を選んでもよいし、フラッシュモブの内容によっては、
参加者を犠牲者にすることもできるだろう。
 問題は、上田にとって都合のよい、条件にぴたりと当てはまるフラッシュモブが近々
行われるかどうか、である。なるべくなら、自らが呼び掛けて発起人になる事態は避け
たい。
 幸運にもこの週末は、条件に合うフラッシュモブが二つ予定されていた。七日市学園
と同じ市内か、隣接する都市が地理的な最低条件だが、今週末の二つは、いずれも近
い。一つは、新しく開発の始まった駅前の噴水広場、一つは廃止された遊具施設の跡地
となかなか対照的だ。
 できれば、その場所に七日市学園の関係者を誰でもいいから来るように仕向け、犠牲
者とするのが一石二鳥の妙手。自分の仮の名前を使えば、エキストラとして選んだ人間
を、ある程度意のままに操ることはできる。が、警察が動き出した今、表に名前を出す
ような行動は取るのは賢い選択とは云えない気もする……。

             *             *

「非通知と云ったって、実際には記録されている訳だから、特別な事情があれば、情報
の開示は可能なんだ。公衆電話も基本的には同じ」
 八十島刑事の説明を受けて、僕らは捜査の過程をよく理解できた。
「それでウエダがどこの公衆電話から発信したのか、特定できたんですか」
「そう。あとは、その周辺で聞き込みを掛けて、目撃証言を集めたり、知っている者が
いないかを当たったりした結果、香取丈治と名乗っている男が問題のウエダらしいと分
かったんだよ」
「木部は殺人に成功し、現場から無事逃走するつもりだったのだから、着信履歴にさほ
ど頓着していなかった。通常の連絡を非通知にしておけば充分だと考えていたんでしょ
うね。それが仇となった訳か」
 十文字先輩が補足説明するかのように云った。上田発見に関して、探偵能力を発揮す
る機会がほとんどなく、せめてここで意地を見せておきたかったのかもしれない。
「それで、上田を拘束したんですよね? 事情聴取では何て云ってます?」
「だんまりを決め込んでいる。名前や年齢、職業すら口を割らない。実は、しばらく泳
がせていたんだがね。次の殺人を計画している節があり、上田の他に実行犯がいて連絡
を取り合うかもしれなかったから」
「次の殺人?」
「雑踏の中で殺しをやらかそうと考えていたことは、木部とのメールのやり取りで分か
ったんだが、具体的な情報が掴めない。拘束に踏み切って、奴さんのパソコンや携帯端
末やらを浚った結果、フラッシュモブの人混みを利用しようとしていたと推察された」
「わざわざフラッシュモブじゃなくても、混雑しているところならどこでもできるだろ
うに。通勤ラッシュの駅とか夏休みのプールとか」
「その場にいても不自然じゃない状況が欲しかったんじゃないかな。通勤ラッシュなん
かだと、日常的にその路線を利用していないと不自然だろ」
「上田が映画業界、ドラマ業界に詳しいとしたら、フラッシュモブにも何か理由があり
そうですが。エキストラとして選んだ人物をフラッシュモブの現場に送り込む、といっ
た」
「なるほど。その手口なら、被害者をある程度は選べそうだ。無差別殺人に見せ掛け
て、狙った人物を始末する。口を割らせるのに役立つかもしれないな。お見通しだぞっ
ていう圧力を掛ける」
 殺人を未遂に食い止めた喜びからか、いつにも増して軽い口ぶりの八十島刑事だ。事
件の話をしないのであれば、豪華なレストランに連れて行ってくれたかもしれないと期
待させるほど。現実は、いつものラーメン屋もしくはファミレスのどちらかだが。
「僕らとしては、木部逸美が死んでいた事件の方が気になってるんですが」
 十文字先輩が云ってくれた。なかなかその話題に移らないので、やきもきしていたと
ころだ。
「さっきも云ったように、上田の奴がだんまりなんで、新たに判明したことは少ない。
ただ、上田は木部に、ターゲットから逆襲されたときや邪魔が入ったときの心構えとし
て、防御か、一撃を加えた後の逃亡を説いていたと分かった」
「……それって、有益な情報ですか? 当たり前の対処法のような」
 僕が疑問を呈するのを、十文字先輩は止めた。
「いや、案外、真相を突いているかもしれないよ」
「どういう訳です?」
「要するに、殺人鬼として追い詰められたときの対処法だろう。殺しが好きでも、自害
するってのは矢張りないようだ」
「そりゃそうでしょう」
「でも、考えてみるんだ、百田君。防御をした上で、当人が死んでしまったらどうなる
か」
「え? 防御したあと、死ぬ?」
 何で死ぬんですかと聞きそうになったが、さすがに分かった。致命傷を負った者が、
死ぬ前に何らかの行動を取るケースを云ってるんだ。
「木部逸美は、家庭科室に呼び付けた君を襲って、自由を奪ってから殺すつもりだっ
た。が、そこを目撃した何者かに邪魔された。その何者か――面倒だからXと呼ぶよ、
Xは恐ろしいほど素早く行動を起こしたんだろう。凶器を取り出し、家庭科室のドアの
ところで、中にいる木部を刺した。受けた木部は、これはまずいと理解したかもしれな
い。していなくても、とにかく逃げよう、防御しようとする。だが、逃亡は無理だ。廊
下はXが立ち塞がっている。できることは、ドアを閉め、鍵を掛け、傷の具合を見て、
可能であれば二階の窓から外へ脱出するぐらいだろう」
「あ。鍵」
「そう。密室は木部自身が作ったんじゃないだろうか。逆に、施錠されたら、Xとして
もどうしようもない。いや、鍵を取りに行けば追撃可能だが、現実的でない。それに多
分、手応えがあったんだと思う。どうせ動けないはずだという確信が」
 先輩は刑事に目をやった。
「もう解決間近だから、教えてくださいよ。凶器は何だったのか」
「……T字型をした金属の棒だよ」
 八十島刑事は一段低くした声で教えてくれた。
「コルク栓抜きみたいなやつさ。横棒を手のひらに握り込んで、指の隙間から出した縦
棒の先端で相手の急所を刺す」
「凶器と云うより、特殊な武器だな。使い慣れた者なら、一突きで仕留められるんじゃ
ないですか」
「その辺はよく分からないが、犯人は――木部を殺した犯人は、一突きではなく二突き
していた。極短い間隔で、連続的に刺したという見立てだ。二突き目から逃れようと、
木部は手で払ったらしく、そのせいで傷口が大きく開いた。そこから大量出血につなが
り、動けなくなったと推定されている。たとえ窓から逃げようとしても、無理だったろ
うね。十文字君の推理が当たっているとして、鍵を掛けるだけで精一杯だっだと思う」
「Xが凶器を捨てたのは、捜査が入ることを見越し、手元に置いておきたくなかった
と。Xの行動からすると、いつでも取り出せるようにしておいた、手に馴染んだ武器だ
っただろうに」
「足が着かない自信があったんだろう。指紋も汗も、何も検出されていない。お手製み
たいだから、流通ルートを辿ることもできない」
 まさにプロの殺し屋の仕業。そう感じたが、一方で、信じられない気持ちもまだ残っ
ている。この七日市学園に殺し屋がいるって? 殺人鬼がいたというだけでも驚きなの
に。
「七日市学園は一芸に秀でた生徒を多く集めていると、前に聞いたけれど」
 そこまで喋った八十島刑事は、最後のひとすくいを口に入れてから、話を続けた。今
日はカツカレーをきれいに平らげた。
「まさか、殺しの得意な生徒も入れてるんじゃなかろうね」
 冗談と分かっていても、笑えない。
「八十島さんは七尾弥生君とも親しいんでしたよね?」
 先輩が聞いた。頷いて水を飲む刑事。
「彼女の前で、同じ話をしたことあります?」
「まさか。ないよ。あの子が学園長の身内というのとは関係なく、今の冗談は思い付い
たばかりだから」
「そうですか」
「何だい、高校生探偵。本気で可能性を考えているのか、殺人の得意な生徒を集めてる
んじゃないかって」
「ふふふ。まあ、思考実験と云いますか、ありとあらゆる可能性を考えておきたいんで
すよ」
 十文字先輩は声では笑いながらも、表情は真顔のままだった。

             *             *

 冥は実験結果に満足していた。案出した殺人トリックの一つを使うと決め、ミニチュ
アを調達して、思った通りに動くかどうかを確かめたのだ。
(ミニチュアで成功したから、実物でも成功するとは限らないが……これで目処は立っ
た。あとは、実行役だけれども)
 冥は大きく息を吐いた。満足していた気分がしぼむ。
(上田に任せてやろうと思っていたのに、あっさり捕まって……文字通り、使えない奴
になってしまった。さあ、どうしたものか。ここ最近、人材不足を感じる。殺し屋側の
人間に、こちらの面々が次から次へとやられているから。全く、忌々しい)
 冥の心中の呟きでは、一方的に押されているようなニュアンスだが、実際には冥ら遊
戯的殺人者の側も、殺し屋サイドへ被害を与えている。ただ、遊戯的殺人者の犠牲は、
いずれもそこそこ大物であるのに対し、殺し屋側で命を落としたのは総じて小粒。考え
てみればそうなる理由があって、遊戯的殺人が世間で騒がれ、目立ったからこそ、殺し
屋サイドから目を付けられたのだ。反対に、遊戯的殺人者が狙える殺し屋は、過去につ
ながりがあった顔見知りの連中がほとんどで、大物に行き当たらない。
(七日市学園関係者に殺し屋がいるのは、ほぼ確実。それも、学校内での事件にちょっ
かいを出してくる傾向があるようだ。それはイコール、十文字龍太郎が絡んだ事件でも
あるか。不確定要素は可能な限り排除したいから、十文字へのテストとする殺人は、学
校の外で起こすのが吉かな。――それにしても、木部をやった奴は、どうして木部を怪
しんだんだろう? 完璧に化けたと聞いたのに。警察発表を信じるなら、犯人は音無亜
有香に変装した木部を目撃してすぐに見破り、一瞬の内に仕留めたみたいじゃないか)
 しきりに首を傾げる冥だった。

             *             *

 土曜の午後、八神蘭は電車に揺られながら、そのニュースを知った。
 木部逸美の密室死亡事件が一応の解釈がなされ、犯人の正体に関しては依然として不
明であると分かり、まずは安心できた。
(自分が捕まらない自信はある。けれども、百田充に迷惑を掛ける意図は全然なかった
から気になってはいた)
 電車のシートに放り出されたスポーツ新聞から視線を外し、八神は目を軽く閉じた。
(積極的に助けるつもりもなかったが、どうやら大した怪我もなく、生きながらえた様
子)
 八神は百田充を助けに入ったのではなかった。
 あの日、学校で木部逸美を見掛けた刹那、何だこいつはと感じた。音無亜有香そっく
りの格好をして、何を企んでいる?と。
(あのとき、瞬時に変装を見抜けたのは、矢張り、音無亜有香を好敵手と認めているか
らかな。技術的に私の好敵手たり得る音無亜有香を、つまらぬことで貶めるのは許せな
い。そう思ったからこそ、身体が自然に動いた)
 木部のあとを尾けた八神は、百田が殴り倒されるのを見た時点で、おおよその察しが
付いた。どんな事情があるか知らないが、音無に殺人の濡れ衣を着せるのはやめてもら
おうか。思ったのとほぼ同時に、手が凶器を握り、日常動作の中に織り込んだ仕種で、
木部を刺していた。
(あいつが遊戯的殺人者の一人だったとは、全く想像できなかった。結果オーライとは
云え、あまり目立つのは殺し屋としてよくない。敵側に何か知られたら厄介だ。まあ、
十文字龍太郎の周囲で網を張っていれば、何人かが出て来るはずとの読みは、見事に当
たっているし、継続することになるだろう)
 頭の中で考えていると、急制動により身体が大きく傾いた。乗客はさほどなく、席も
だいぶ空いているが、電車が停止するとさすがにざわざわする。
 程なくして、人身事故発生のアナウンスがあった。長くなるかもしれない。
 八神蘭は、再び目をつむった。決して、緊張感は緩めない。神経を張り詰めておく。
(――私が乗っているから、事故が起きて死人が出る、ということはあるまいが)
 ふっと、妙な想像が浮かんだ。
(もしも音無亜有香が、人を殺す経験をすれば、今よりもさらに優れた剣士になるだろ
うに。そう考えると、あの木部逸美の邪魔をしない方がよかったか。殺人容疑を掛けら
れた音無が、どう変化するのか。ちょっと見てみたかった)

――終わり




元文書 #500 絡繰り士・冥 2−1   永山
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