AWC 偽お題>書き出し指定>告四(後)   永山


        
#499/512 ●長編    *** コメント #498 ***
★タイトル (AZA     )  17/04/24  20:28  (466)
偽お題>書き出し指定>告四(後)   永山
★内容
 そして――七年後の今。
 僕と吉原は揃って大学に入り、上京した。さすがに住居は別だが、距離にして一駅と
違わないマンションに入った。同じマンションに入れなかったのは、吉原が家族の意向
もあって女性専用のそれを選んだからだ。結婚云々は別としても、互いの家族とも小さ
な頃から顔を合わせ、行き来もしており、公認の仲と言えるだろう。
 二人の時間を大切にするため、大学では、なるべる緩いクラブかサークルに入ろうと
考え、僕らは都市伝説研究会というサークルを選んだ。原則的に掛け持ち自由なので、
登録者数は百を超すが、サークル室に姿を見せるメンバーとなると二十人前後、さらに
そこからサークル名通りの活動に参加している者は、十人ぐらいだろう。
 僕と吉原は、都市伝説に興味がなくはないといった程度で、さっきの分類に従えば、
サークル室に姿を見せるが活動参加はあまり積極的でないタイプ。テストやイベントな
どの情報収集が目的のメインだった。
 ところが、ひょんなきっかけから、僕と吉原は活動の中心に躍り出る、いや、出され
る羽目になった。夏休みの合宿先を、先輩方が検討しているときのことだ。
「そういえば、君ら」
 部長(サークルだから会長と呼ぶべきかもしれないが、部長で通っている)の名倉絵
里さんが、部室中央の丸テーブルを離れ、僕らのいる長机の方にやって来た。
「何でしょう?」
 そう応じつつ、合宿先の意見を求められるものと思い、ホワイトボードに書き出され
た候補をちらっと見やった。
 しかし、予想に反して名倉部長はもっと個人的なことを聞いてきた。
「ロガーの事件が起きた地域の出身じゃなかったっけか」
「は、はあ」
 吉原も僕も似たような反応をした。厳密に言えば、僕の方がコンマ五秒ほど遅れたか
もしれないが。
「連続殺人事件のことですよね」
 吉原は笑顔でさらりと言った。怪談話でも始めそうな雰囲気だ。
「うん。えっと、七、八年になるかな」
 指折り数え、自ら納得したように頷く部長。僕も何か言わねば。鼓動の高まりを意識
しながらも、平静を装って、ゆっくりと口を開く。
「正確に言うと、出身って訳じゃないんです。隣接する市で発声しただけですから」
「それでも、話題にはなったろう? 小学生の頃なら、学校だってぴりぴりするだろう
し」
「はい。それはもう」
 笑みを絶やさない吉原。横目で見ていた僕も、つられて笑う。
「集団下校するようになったんですけど、登校のときと違って、上級生と下級生とで時
間を合わせるのが難しいから、すぐにやめになって。保護者が迎えに来るのをOKにし
たり、登校時にやってる交通安全見守り活動を、下校のときにも行うようになったり。
でも、子供の方は、距離的な実感なんてないから、家に帰ったら勝手に遊びに行ってま
したけど」
 彼女の思い出話を耳にして、僕も思い出した。隣の市まで殺人鬼が現れるようになっ
ていた割に、叔父は僕を一人で遊ばせていた。危ないとは考えなかったんだろうか。そ
ういえば、僕の親もあの日服を濡らして帰ってきた僕を、あんまり叱らなかった。叔父
を責める様子もなかったと記憶している。でもまあ、僕が見ていないところで、無責任
な叔父をきつく注意したかもしれないが。
 でも……。それなら後日、僕が自転車で遠出したのを、両親はよく許可したなと思
う。いや、嘘をついて出掛けたんだったかな? あのときは自分のことだけでいっぱい
いっぱいで、嘘をついている余裕すらなかったかもしれない。
「新年度になったら、全児童に防犯ブザーを持たせようっていう話まで出ていたらしい
んですけど、その四月中に犯人が分かって」
「犯人の遺体が見つかった沼だか池だかってのが、吉原さん達の地元でしょ」
 別の先輩が言った。妹尾という二年男子で、普段はあまり出て来ないが、合宿前にな
ると姿を現すそうだ。続けざまに、部長に尋ねる。
「ロガー事件で都市伝説って、何かありましたか?」
「メジャーじゃないし、都市伝説っぽさには欠けるかもしれないが、あるにはある。ロ
ガー生存説だ」
「ああ、それですか」
 その場にいるメンバーのほとんどが納得した風に頷いたり手を打ったりしたが、僕は
「えっ」と声に出して驚いていた。
「何だ、知らないの?」
「し、知りません。初めて聞きました」
「ふうん。吉原さんは」
「私もよく知りません。何か噂みたいなのは聞いたかもしれませんけど、地元はやっぱ
り、事件が身近だった分、決着したんだ、もうこれ以上は言うなって雰囲気があったの
かも」
「なるほどね。じゃあ、生存説の詳しい理由は知らないんだ? よろしい、話してあげ
よう」
 揉み手をしかねないほど嬉しそうに頬を緩めると、部長は資料を参考にすることな
く、以下の内容をそらで喋った。
 ロガー生存説をより厳密に表現するなら、二人による共犯説になる。つまり、ロガー
の犯行は、二人の人間の仕業であり、大家延彦はその片割れに過ぎない。もう一人は生
きており、今も犯行再開の好機を待っている。
 この説の根拠は、いくつかある。大家の犯行として認定された四件の殺人は、ロガー
の犯行八件の奇数番目のものばかりだったこと。一番目と三番目と五番目と七番目の殺
しが、大家の犯行で、二、四、六、八の偶数番目は共犯の犯行だとする見方。
 また、殺害方法が多岐に渡る点も、共犯説を補強する。大家の自室から紐状の凶器が
見付かったことで、考察や扼殺は大家が好んで用いた方法であり、他の手口は共犯の仕
業と推定される。
「あ、待ってください。ちょっといいでしょうか」
 突然、吉原が先輩の話を遮ったので、びっくりした。
「何?」
「記憶が朧気なんですけど、確か殺し方は、絞め殺すのが前半に集中していたような」
「その通り。奇数番目が絞殺や扼殺なんていう風にはなっていなかった」
「じゃあ、おかしい……」
「うん。そこがこの説の弱いところでね。だからあんまり話題にならず、今では風化し
ているのかもしれない」
「当時の警察の見解では――」
 名倉部長のあとを受けて、妹尾先輩が話す。
「ロガーは大家の単独犯行で、前半に絞殺や扼殺が集中し、後半は手口が変化したの
は、絞め殺すのに飽きて、新しい方法を試したくなったということだったかな。連続殺
人だと分からせるためのサインは、所持品のリレーとチョークで事足りる」
「絞殺が決め手じゃないのなら、どうして奇数番目が全て大家の犯行と認定されたんで
しょう?」
 僕も会話に加わっておく。長い間黙っていると、何となく不安を覚えるから。
 部長が反応する。
「地元で起きた事件なのに、頼りないな。この分じゃ、合宿先にしてもあんまりおいし
くなさそう」
「私達の地元を合宿先にして、ガイドさせるつもりでした? 無理ですよ、そんなの」
 吉原がこう応じた結果、僕らの地元を合宿先の候補にする案はあえなく没となったら
しく、そのまま話題が変わった。
 奇数番目が大家延彦の犯行と認定された理由は、聞けずじまいだった。なので、僕は
マンションに戻ってから、調べてみた。本当は帰宅を待たずとも、いくらでも検索する
手段はあったのだけれど、吉原と二人でいるときまで殺人事件のことを考えたくはなか
ったから、後回しにしたのだ。
「――なるほど。五番目と七番目の被害者の所持品の一部が、大家の部屋から見付かっ
ていたのか」
 独り言が出た。ノンアルコールビールを片手に、検索結果の画面を見ていく。
 所持品は順にハンカチとイヤリングで、ハンカチはきれいに半分に切り裂かれていた
という。部屋から見付かったのは半分だけで、もう半分が六番目の被害者の衣服に押し
込まれていた。イヤリングも部屋から出て来たのは片方のみ。もう片方は、八番目の被
害者の口の中にあったらしい。
「うん? こういう状況なら、六番目と八番目も、大家の犯行と見なせるんじゃないの
か」
 そもそも、一番目と三番目が大家の犯行と認定された上で、それぞれの被害者の持ち
物が、次の被害者の遺体のそばで見付かっているのなら、二番目及び四番目も同一人
物、つまり大家の犯行と見なしていいのでは。
 なのに、そうなっていないのには理由があるのか。
 検索結果を追ってみたが、警察の発表という形では、特に何もないようだった。
 ただ、芸能週刊誌やスポーツ新聞レベルの噂話として、大家にはアリバイがあったん
じゃないかという記事が見付かった。何番目の殺人かという言及はないものの、駅や商
店街、銀行などの防犯カメラ映像に、大家延彦らしき男が映っていたという。大家なの
か肯定も否定もしがたい画像でアリバイとは認められなかったものの、八件全部を大家
の仕業とするのにも引っ掛かりを覚える材料だったため、四件での書類送検に留まった
という経緯らしかった。
 改めて知ってみると、ロガーは二人いるとする説には、頷けるものがある。100
パーセントの肯定はまだ無理だが、あり得ない話じゃないという気になってきた。
 もし、ロガーがもう一人いたとして、そいつは共犯者を殺され、何を考えただろう?
 断るまでもないが、大家延彦の死は殺人事件として扱われ、今も捜査は継続してい
る。そのはずだ。これまで、僕の元を刑事が訪れることは一度もなかった。警察の方針
は知らないが、世間の大半は、ロガーは犯行中に反撃を食らって死んだ、自業自得だと
思われている。今度の検索で知ったが、ごく一部の人達、つまりロガー二人説を採る人
達は、仲間割れをして殺されたという見解らしい。どちらにせよ、世間一般は、大家延
彦に同情なんてしていないし、このまま犯人は捕まらなくてかまわないという風潮があ
った。だから警察も本腰を入れてないのではないか。そういう風に僕は考え、一応安心
して暮らしてきたのだが。
 本当にロガーがもう一人いて、共犯者を殺されたことや、その犯人だと思われている
ことに怒りを覚えているとしたら、そいつは僕を見つけ出し、落とし前を付けさせたい
と考えているではないだろうか。
 とは言え、そんな想像から、僕がぶるぶる震えているかというと、そうでもない。ロ
ガーは、共犯者を殺した人物を特定するために、どんな方法を採れる? まさか警察に
駆け込む訳に行くまいし、警察以上に捜査能力のある組織は、恐らく日本にはない。絵
空事の名探偵が入るなら、話は変わってくるかもしれないが。
 唯一、恐いのは、僕が大家を打ち殺すところを、もう一人のロガーが目撃していた場
合だが、七年も経ったのだから、心配の必要はない。いや、あの場にもう一人のロガー
がいたのなら、僕は即座にやられているに決まってる。
 意識することもなく、楽観的な考えに浸った僕は、その後も検索結果を適当にピック
アップしては、ざっと読む行為をだらだらと続けていた。やがて、瞼が重たくなってき
た。飲んだのはノンアルコール飲料のくせに。そろそろ寝る頃合いか。僕は最後のつも
りで、適当に検索結果をクリックした。
 それは誰かのツイッターらしかった。****年に@@市等で発生したロガー事件に
興味あります、みたいなことが書いてある。何か特別な情報や噂を知っている様子はな
く、逆に募集をかけている感じだ。名前は“きあらん”となっていた。
 プロフィール画像に目を凝らすと、イラストではなく、女の子の顔写真だと分かっ
た。小学生高学年ぐらい。細身と言うよりも痩せていて、面長に見える。後ろに映る電
柱や木の高さから判断すると、身長は結構ありそうだ。こんな小さな子が、七年前の事
件に興味を持つのかと怪訝に感じたが、プロフィールを読んで納得した。具体的な校名
はなかったが、東京の大学に通う学生で、年齢は二十一とある。当時なら十四歳。連続
殺人事件が近辺で起こったら、強烈な印象を残しても不思議じゃない。小さな頃の顔写
真にしているのは、プライバシーを守るため、今の写真を使いたくないからだろう。
 ――自分は今、どうしてこの女性の近辺で事件が起きたと思った? プロフィールを
見直して、すぐに答は見付かった。出身地が、僕と同じだった。
「あっ」
 次の瞬間、叫んでいた。
 髪に片手を突っ込み、がりがり掻きながら、目を細めて改めて顔写真に見入る。確信
を持てた。
 あのときの女生徒だ……。
 僕はみたび、プロフィールを読み直した。事件についての記述はなし。検索でヒット
した呟きに目を移す。彼女がロガー事件に興味を持った理由までは触れられていない。
情報を広く募る旨が書いてあるだけだ。始めたのが今年の四月からで、まだほとんど知
られていないらしく、リプライなんかも大した数じゃなかった。有益な情報が集まった
とは思えないが、一応目を通すと、怪しげな書き込みがいくつかあると分かる。「特ダ
ネを持ってるが、ネットで話す気はない。実際に会って、証拠ごと渡す」というニュア
ンスのものが、三つほど確認できた。まともに考えれば、ツイート主の女性に会いたい
だけの書き込みと思うのだが、きあらんは割と真摯に反応していた。と言っても、「会
います。日時はお任せしますから、待ち合わせ場所は※※警察署でお願いします」なん
ていう返しをするくらいだから、身を守る意識はちゃんと働いているらしい。無論、面
会が成立した様子はなかった。
「だからって、連絡を取る訳にいかない」
 ふっ、と息を細く短く吐いた。この女性が命の恩人を見つけ出し、礼を言いたいがた
めにこのつぶやきをしたのだとしても、僕には応じられない。勘繰るなら、警察の罠と
いう可能性だって、完全否定はできない。
 僕はネットを切断した。パソコンの電源をさっさと落とし、就寝の準備をする。
 何とも言えない、もやもやしたものを見つけてしまった。そんな気分では、布団を被
っても簡単には寝付けなかった。

 事態が急展開を見せたのは、僕がそのツイッターに気付いてから、四日か五日ぐらい
過ぎていたと思う。
 きあらんが殺されたのだ。
 最初にテレビのニュースで一報を見聞きしたときは、僕にとっては無関係な殺人事件
が起きたんだな、程度の認識だった。その後、ネットで改めてニュースを読み、ようや
く被害者がきあらんだと把握した。あの女生徒の本名は、荒木蘭子だと分かった。
 ロガー事件に関して情報を求めていたことも、関係者筋からの話として既に報じられ
ており、過去のロガー事件は瞬く間に注目されるようになった。
 翌日の続報では、さらに詳しいことが判明した。殺害方法は絞殺で、凶器は未発見。
遺体の傍らには、御影石の欠片が置いてあったという。八番目の被害者の所持品がどこ
にも見当たらなかったことから、ロガーが蘇って犯行を再開したのではなく、別人の仕
業だとする分析を、犯罪学者がワイドショーのスタジオでとくとくと語っていたが、午
後になって一変する。警察が八番目の被害者の入る墓を調べたところ、墓石の角が少し
壊されていたことが判明したのだ。鑑定待ちだが、恐らく遺体のそばにあった御影石
と、組成が一致するに違いない。
 僕は、大学をしばらく休むことにした。外出も控えねば。荒木蘭子は、もう一人のロ
ガーに見付かり、七年前の続きとばかりに殺されたのだ。そうに決まっている。
 ロガーが荒木蘭子の居所を突き止められたのは、きっとあのツイートが発端なんだろ
う。七年前、大家が九番目の犠牲者として荒木蘭子を襲うところを、共犯者は見守って
いたのではないか。八件の殺人も同様だったかもしれない。片方が実行犯で、片方が見
張り役。恐らく交互に殺人を行い、被害者の所持品を手に入れては、共犯者に渡してい
たのだ。
 ああ、そうか。僕は違和感の正体と理由に気が付いた。大家は九番目の殺人が未遂の
まま、死んだというのに、八番目の被害者の所持品を持っていなかったと思われる(持
っていれば、絶対に報道される)。犯行の時点では、共犯者が持っていたんだ。殺しの
あと、物を受け取るか、共犯者自身が物を遺体の懐に入れる算段だった……。
 だが、九番目はハプニング起きた。僕の介入だ。見守っていた方は、慌てたに違いな
い。飛び出して小学生の僕を排除するくらいできただろうが、その前に、どこの誰とも
分からぬ女子生徒に逃げられてしまった。下手に動くと、共犯者は捕まるリスクがあ
る。僕だけでも始末するという選択肢を選ばなかったのは、何故か。留まるリスクの方
が大きいと見て、早々に現場を立ち去ったのか。
 一人になったロガーは、長い潜伏期間を持つことになる。共犯を失ったことも大きな
理由かもしれないが、それと同時に、女生徒と僕の居場所を突き止める手掛かりを得る
必要があった。だけど、僕も女生徒も警察には行かなかったし、警察は大家殺しの犯人
を見付けられないでいた。名前の漏れようがない。長期戦を覚悟した犯人は、八番目の
被害者の所持品を、廃棄したのだろう。持ち続けていると、容疑を掛けられた際、物証
とされるから。犯人自身が市内の学校を中心に張り込みをすれば、僕や荒木蘭子を見付
けられたかもしれない。そうしなかったのは(しなかったはずだ)、やはり慎重を期し
たからに違いない。
 七年が経ち、犯人は荒木蘭子のツイッターに着目する。もちろん、全く無関係である
可能性もあったが、子供の頃の顔写真で確信を持てたのだろう。一方の荒木蘭子は、既
にロガーは死んだと思っているから、無防備になっていた。恐らく、他のツイートで上
げた写真に位置情報を含んだ物があって、ロガーは荒木蘭子の居場所を特定したのでは
ないか。仮にそうじゃなくても、市の中学校の卒業アルバムをどんなことをしてでもか
き集め、きあらんの子供のときと同じ顔がないか、当たっていけばいずれ本名が分か
る。本名が分かれば、あとはどうにでもなるのではないか。ロガーが殺人以外の犯罪に
どこまで精通しているかは分かりようがないが、一度狙った獲物は逃さないという執念
があれば、何としてでも調べ上げるのではないか。
 執念。
 脳裏に浮かべたその単語に、僕は身震いを覚えた。
 荒木蘭子の身に降りかかったのと同じことは、僕自身にも当てはまる。ロガーの次の
獲物は、恐らく僕だ。
 そのときから僕は、ネットをしなくなった。関係ない、意味のない行為とは思うが、
そうせずにはいられなかった。
 外出時には、色の濃い眼鏡とマスクを欠かさないようになった。帽子を被ることもあ
った。大学へもその格好で行ったが、周りの評判はあまりよくなかった。特に、吉原か
らは呆れられてしまった。理由を話せないのだから仕方がないが、これでもう彼女とは
別れるかもしれない。一緒にいて、彼女が巻き込まれるようなことになれば申し訳が立
たないという気持ちもある反面、別れたくない気持ちも当然あるので、現状では成り行
きに任せるとしよう。
 狙われてびくびくしているだけでは始まらない。対策も講じようとした。ロガーの顔
や姿を前もって知ることができればいいのだが、そんなことは無理に決まってる。だ
が、不審者の目星を付けるくらいなら、可能じゃないか? そこで思い付いたのが、荒
木蘭子の葬儀に足を運ぶことだったのだが……ロガーが姿を見せる確証がない上、自分
は危険を冒している。荒木蘭子の関係者でもないのに葬儀に顔を出せば、怪しまれる。
もしも警察が張り込んでいたら、注意を惹いてしまうだろう。天秤に掛けるまでもな
い。自らが不審人物であることを忘れてはならない。この程度の策ではだめだ。

 叔父から電話をもらったのは、僕が訪ねてきた家族に素っ気ない対応をしたしばらく
あとのことだった。
 叔父と話すのは、二年ぶりぐらいになる。直に会ったのは、もう五年ほど前になるの
ではないか。
「元気か? 何かあったんじゃないかって、みんな心配してるみたいだぞ」
 叔父の若々しい声は、うるさいくらいだった。僕は電話を耳から少し離し、応じた。
「うーん。ちょっとね。たいしたことじゃないんだけど、僕にとってはたいしたこと
で」
「何だ何だ、思わせぶりだな。家族や友達に言えない悩みか」
「でもないんだけど」
 曖昧にかわして終わらせるつもりだったけれども、ふと嘘の理由を思い付いたから、
そっちの方に叔父や家族の意識を向けさせておこう。
「まあ、叔父さんにだったら、話してもいいかな。昔、小さなときにはよく相手しても
らったし」
「こんな冴えない中年男でよければ、聞き手になってやるよ」
 叔父は自分では中年ぶるが、見た目は声と同様に若々しい。去年か一昨年にもらった
年賀状に、旅先での写真が載せてあったが、一つ上の父が、白髪が増えて老け込んだ印
象なのとは正反対に、IT企業の若社長って雰囲気を持っている。まあ、飽くまでイ
メージだけれど。今の実際の職業は――以前聞いたときから変わっていないとして――
カメラマンだ。と言っても、芸術家じゃないし、記者でもない。ありとあらゆる様々な
物事を撮影して、素材写真として提供する。そんな企業に所属している。
「実は今、仕事で東京まで出て来てる。今は無理だが、暇なときは相手してやれるぞ」
「会わなくても、電話で充分だよ。それがさ、ずっと付き合ってきた彼女と最近、すれ
違いが増えてきた感じでさ」
「それって、えっと吉原さんて子のことかい? 勿体ない」
「別れたい訳じゃないよ」
「理由というか、心当たりあるの?」
「なくもない。こっちはこの頃、あんまり出歩きたくないのに、向こうは外に行きたが
るとか、僕が都会の空気が汚れてる感じがして嫌だから、マスクとサングラスを掛ける
ようにしたら、不審人物だ何だとひどい言い方をされたんです」
「はは、そんなくだらないことで! 気に病む必要なんてないだろ。自然に元通りにな
るさ。ならないようなら、君が少し妥協すれば済む」
「妥協、ですか。男から折れた方がいいんですかね」
「まあ、いくら平等が唱えられても、そういうことになるかな」
 乾いた笑い声を立てる叔父。ようやく音量が調整された。耳を近付けたところで、話
題を少し変えられた。
「実はもっと深刻なことで悩んでるんじゃないかと思って、気になってたんだよ」
「深刻ですよ」
「だから、もっと、さ。ほら、そっちであれが起きたじゃないか」
「あれ?」
「ロガー事件だよ」
 一瞬だけ、どきりとした。心臓の鼓動が早まったようだ。鼻で強く息をして、整え
る。
「ああ、あれですか。完全に同一犯なのか、模倣犯なのかは分からないんじゃないです
か。第一、ロガーは七年前、沼で死んだのだから」
「そうだけどさ。まことしやかに囁かれていたロガー複数犯説を採用するなら、生き延
びたロガーがまた犯行を始めたように見えるだろ。君にとっちゃ、地元を離れたのに事
件が引っ付いてきたみたいで、いい気分はしないだろうと思ってね」
「それはまあ」
「ロガーが沈んでいた沼にも、遺体が見つかる直前と言っていいくらいに、出掛けたも
んな。覚えてるよ。あのときは君が沼に足を滑らしたとかで、服を濡らして一騒動だっ
たけれど、まさか殺人犯の遺体が浮かぶとは」
 僕は再び電話を遠ざけた。腕の長さ分いっぱいに。聞く内に、頭を締め付けるような
感覚に襲われた。何でこんな。他の人とロガー事件について話しても、ここまで不快な
気分になったことはなかった。僕が大家を殺したあと、最初に会った人物が叔父だから
か?
「まあ、何ともないのならいいよ。――聞こえてるかい?」
「あ、はい。聞こえてます」
「君の彼女は、事件について、何か言ってた?」
「吉原さんですか。うーん、楽しい話題ではないので、彼女との会話にはほとんど出て
来ません。ただまあ、サークルで話題に出たことがあって、そのときは割と平気な感じ
で話してましたよ」
「聞いたのは、吉原さんの話した内容なんだけどな。ロガー事件が起きてからの」
「ああ。そうですね……何言ってたっけ。印象に残らないくらい、ごく普通でしたよ。
また始まったのかしらとか怖いねとか」
「特段、トラウマが出てるようではないと。それならよかった」
 出ているとしたら、僕の方だ。
「しかし何だな。大家延彦の死亡推定日時ってのは、幅があるけども、僕らが松城山に
行った日も入ってるんだよな。ど真ん中に。だから、ひょっとしたらひょっとして、す
でにもう沼には死体が沈んでいたかもしれない訳だ。その沼の水に濡れたと思うと、君
だって平気でいられないんじゃないか?」
「や――やめてくださいよ」
 僕は無理矢理笑った。自分の声なのに、少し遠くに聞こえる。
「そんなことあり得ませんよ。あったとしても、死にたてなら水に混じってはいないで
しょう、その、体液とか」
「ははは、死んだばかりかどうかは分からんぜ。幅があるんだから、最も早い時期に死
んでいたとしたら、得体の知れない物が沼の水に溶け込んでいたかもな」
 叔父の声は明るい。だが、呪いのように僕の耳に届く。
「もしかすると、そのせいかな? 君の身体に染みついたロガーの体液や血液やらが、
今になって呪いの執念みたいなものを爆発させてさ。その結果、君の近くでロガー事件
が再開したのかもしれん。犯行に及んだロガーはかつての共犯なんかじゃなく、ロガー
の霊が乗り移った人間なんだよ」
「――」
 僕は何事かを叫んで、電話を切っていた。

 一眠りして、目が覚めて、飲み物と食べ物を軽く入れて、しばらくすると落ち着いて
きた。時計を見ると、深夜三時過ぎだった。
 冷静になったところで、ふとした疑問が頭の中をよぎった。
 叔父は何故、電話であんなことを言ったのか。いい年した大人が、悪ふざけにしては
度が過ぎるのではないか。
 想像を逞しくし、さらに七年前を思い出そうと試みる。
 七年前のあの日。松城山の近くまで、叔父の車に乗って連れて行ってもらったとき、
叔父は一体何の用事があったんだ?
 子供だったから詳しく聞かされていなくても当然だと思っていたが、本当は何もなか
ったんじゃないか? いや、言えなかったのでは?
 たとえば、叔父こそがもう一人のロガーであり、大家の犯行を見守ることこそが用事
だった――。
 証拠はない。根拠もゼロに等しい。妄想レベルだろうか。
 反証ならすぐに挙げられる。叔父がロガーなら、犯行現場の近くまで僕という子供を
連れて来て、自由に遊ばせたりするものか? 普通はしない。
 だが、殺人鬼は普通じゃない。たとえば、僕を十番目の犠牲者にするつもりだったと
考えれば、連れて来たことに説明が付く。身内を犠牲者に選ぶのは、犯人にとってリス
クを高める行為だろうけれど、最後のつもりならあり得るんじゃないか。犠牲者の数が
十で打ち止めならきりがよい。
 だとしたら、僕の早すぎる反撃は、ロガー達にとって予想の埒外だったのかもしれな
い。だから、僕を止めることすらできず、荒木蘭子には逃走を許し、大家は命を落と
し、叔父は立ち去るしかなかった。
 この仮説を肯定するなら、叔父は共犯者を殺したのが僕だと知っていながら、ずっと
放って置いたことになる。いつでも殺せるから? いや、むしろ、順番に拘ったのか。
九番目の犠牲者として荒木蘭子を見つけ出し、殺してから、最後に僕を殺そうという当
初の計画に拘った。
 すると――どうなる? 今や、ロガーにとって残す標的は僕だけ。叔父はロガーの片
割れとして、最後の“仕事”を遂行しようとする。さっきの電話は、殺しに行く前の様
子見だった? そういえば、こっちに出て来ていると行っていた。悪趣味な話を聞かせ
てくれたのだって、僕を恐怖させ、追い詰めるためにやったのでは。いや、そうに違い
ない。そしてじきに、ここへ来る。外出の機会がめっきり減った僕を、いつまでも待た
ないだろう。叔父なら、訪ねる理由を作れる。拒んで先延ばしにすることは、恐怖の先
延ばしにつながる。だったらいっそ、迎え撃った方が賢明なのでは。
 僕は椅子から立ち上がった。嘱託を離れ、台所を見渡す。キッチン下の扉の裏には、
包丁が何本かある。他に武器になりそうな物……修学旅行のとき、若気の至りで購入し
た木刀。あれを持って来たはずだ。どこに仕舞ったか……。
 僕は小学生のとき、吉原と付き合うために、秘密を抱える決心をした。彼女と別れな
い内は、秘密が増えるくらい、何ともない。

            *             *

「――ええ。大家延彦とは全く関係ありませんでした。他人の犯罪に便乗して、連続殺
人を起こせるかどうかという、一種の実験みたいなものを試みたかった。ただ、それだ
けです。だから、最初の方は私も彼と同じ殺害方法、絞殺を選んだんです。でも、自分
の犯行だという証拠も欲しかったので、チョークで白い印を残しました。
 最初の被害者? 最初とは、私にとって最初という意味ですね。大家が起こした最初
の殺人、桑間さんを殺した現場に行って、一人で冥福を捧げている女の子の中から物色
したんです。桑間さん同じ学校の子になると面白くないから、制服で区別しました。そ
うして選んだ三島さんが、まさか桑間さんと小学校時代同じクラスになったことがあ
り、しかも密かに付き合っていた仲だったとは、予想外の結果でしたが。ただ、その事
実を警察は掴めなかったみたいですね。それだけ慎重に、周囲に隠して付き合っていた
んでしょう。私だって、三島さんが持っていた手帳を見て、初めて知ったんです。おか
げで、大家と私が別々に起こした殺人なのに、期せずして連続殺人の様相を呈してしま
った。はい、生前、桑間さんが使い古した腕時計を三島さんにプレゼントしただけなん
でしょう、きっと。
 そのことを知った僕は、次第に面白いと思いました。大家が次の殺しを行うのなら、
何とかして三島さんの所持品を渡してやろうと考えた。最悪でも、次に大家が殺した被
害者の懐に、三島さんの手帳の一部を押し込んでやろうと。でも、大家がもう殺す気が
ないのなら、僕が自分でやるか、別の殺人を見付けるしかない。迷ったんですが、賭け
てみることにしました。大家は、自身の殺しを、誰だか分からない奴に勝手に連続殺人
に仕立てられたと思ってる。憤慨してるか面白がってるかは分からないが、乗ってくる
に違いない。そう考えたんです。こっちからコンタクトを取れないかと、新聞広告やネ
ット上に簡単な暗号文を載せてみたり、桑間さん、三島さんそれぞれの殺害現場に足を
運んだりしたんですが、なかなかうまく行かない。そうこうする内に三件目と言うべき
か二件目と言うべきか、殺人が発生した。絞殺で、しかも三島さんのアクセサリーが遺
体の上に置かれていたというじゃありませんか。大家の仕業だと直感しましたね。あ、
もちろん、その時点では大家なんて名前、分かってないですよ。最初の奴がまたやった
んだ、っていう認識です。
どうやって手に入れたのかは知りませんが、想像するなら、弔問客を装って三島家に上
がり込んで、うまくやったんじゃないですか。
 で……ですね、こうなったら私も続けなければいけない。今言った想像の通り、三人
目の被害者の、ええっと福木家の葬式に行ってみたんです。そのとき、ちょっとしたい
たずら心から、手に白のチョークを持ってみたんですよ。一見、煙草に見えるように。
 そうしたら――驚きましたよ! あの瞬間ほど驚き、そして嬉しかったことはない。
 声を掛けてきたんです、大家延彦が。さすが、同好の士だ。私達は最初の数分こそ互
いに警戒しましたが、じきに分かり合えました。このときになって初めて、私と大家は
共犯関係を結んだんです。
 それからは簡単でした。所持品を入手するのが楽になりましたから。私は大家から、
福木さんの身に付けていたシャープペンを受け取り、次の殺しのときに置いてきまし
た。あとはこの繰り返しです」

            *             *

 床にばったりと倒れた叔父の左手が、いつの間にかテーブルから落ちていたテレビの
リモコンに当たった。次の瞬間、テレビが入った。ニュースをやっていた。
 僕は返り血を浴びた顔を、用意しておいたトイレットペーパーで拭いながら、何の気
なしにアナウンサーの声に耳を傾けた。
<ただいま入りましたニュースです。ロガー事件の再開とも言われる女子大生殺人事件
の容疑者として、**署警察は自称・心理学者の男を逮捕しました。男の名は江畑栄
介。四十歳。警察に捜査協力した経験も幾度かあるとのことです>
 足元から、う゛ぉとんという音がした。僕の手から、木刀がこぼれ落ちていた。
 視界が揺らぐ、世界が揺らぐ。耳の中で何かがぐるぐる回って、脳の奥に入り込んで
くる。
「じゃあ……叔父は何だったんだ?」
 電話からほぼ二十四時間後、僕の部屋を訪ねてきた叔父は、もう二度と動かない。

            *             *

「普段、どうやって大家と連絡を取り合っていたのかと問われましても……何が不思議
なんです? 携帯電話を使った形跡がない? そりゃ当然です。使っていないのだか
ら。その気になれば、秘密裏に連絡を取ることは難しくはない。急ぐ必要がないのな
ら、一定間隔をおいて、決められた場所にメモを残すだけでも事足ります。尤も、私達
も多少は警戒していましたから、毎回、伝達方法は変えていました。
 大家が殺されたときのこと、ですか? いえ、残念ながら、たいしたことは何も知り
ません。現場の近くにはいなかったので。大家がターゲットを殺害後、所持品を交換す
る約束で、麓にて車で待機していたのですが、明らかに襲われたらしい少女が逃げ出し
てきた。これは大家がミスをしでかしたと直感したので、私はさっさと逃げることにし
ました。ただし、少女の顔はしっかりと記憶に刻みましたよ。大家が仕留め損なったの
なら、狙う価値があると感じたので。どこにいるのか突き止めるのに、思いの外、時間
が掛かってしまったな。こうして捕まったのは、ブランクがあったせいかもしれませ
ん。まさかあんな古寺の墓場に、あんな最新式の防犯カメラがカモフラージュの上、設
置されているなんて、まるで想像できなかった。
 えっ、恨み? ああ、大家を殺した犯人に、復讐しようとは思わなかったかってこと
ですか。特にしようとは……。共犯関係を結んだと言っても、助け合うというのではな
かった。相方がミスをしても、我が身の安全確保を第一に考え、行動を選択することを
原則としていました。
 ただ、今になって思えば、私が捕まったのは、大家という共犯を失ったのも大きかっ
たのかな。そういう意味でなら恨んでいます。七年ぶりに」

            *             *

「そうか……」
 時間の経過とともに、何とかして論理的な思考を取り戻した僕は、あり得べき一つの
新説に辿り着いた。テレビを消し、木刀をきれいに拭き、包丁を仕舞った。
「ロガーは三人の共犯だったんだ」
 間違いない。そうでなければいけない。

――終




元文書 #498 偽お題>書き出し指定>告四(前)   永山
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