AWC 目の中に居ても痛くない!3−2   永山


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#493/512 ●長編    *** コメント #492 ***
★タイトル (AZA     )  17/01/25  21:14  (349)
目の中に居ても痛くない!3−2   永山
★内容                                         17/01/25 23:03 修正 第2版
「馬鹿な。ダノーマルが転送されてくるのを見たのか?」
「ああ、そうだとも。逃亡者の関係者として、捜索本部とやらに呼び出されていたから
な。転送台の傍らで事情を聞かれていた。その目の前に、現れたんだ!」
 怒りの波が収まらない男。よくよく観察すると、案外若いようだ。と言っても、地球
人の常識や感覚を当てはめていいのか、怪しいところだけれど。
「そんな……あり得ない」
「あり得ない? 起きたことは事実なんだよ!」
 飛びかかって来んばかりの口吻だが、相手は口ばかりで動こうとしない。もしかする
と、まだこちらの世界に来たばかりで、活動しづらい? 確か、リボラボもいくらか鋭
気を養ってから活動を始めると言っていたし。
 一方、リボラボも動かない。最前の相手の言葉に、少なからずショックを受けている
ようだった。油断はしてないが、集中力を乱されている。そんな動揺が、僕からでも分
かった。
 が、さすがにプロの保安師だ。立ち直りも早い。
「話し合いたいのだが、その余地は?」
「ない!」
 相手は答えると同時に、何かを投げつけてきた。リボラボは避けることなく、右手を
動かし、鞭でその物体を絡め取る。
 からんと乾いた音を立てて、真下の床に落とされたのは出刃包丁だった。台所を物色
して、武器になりそうな物を見付け、投げてきたということか。
「貴様、いや、あなたの怒りは受け止めてもいい。ただし、私もこのままでは納得でき
ない。ここは冷静になって、矛を収めてくれまいか。このまま争っても、双方が傷つい
て終わるだけだ」
「信じられるかっ。……おまえの仲間達は、おまえがミスをしたか、やむなく殺したの
だろうと言っていたんだぞ」
 呼吸が荒くなっていた。さっきの攻撃をあっさり食い止められて、焦りを覚えたのか
もしれない。
「おまえが帰って来ないのは、ミスをしたからに違いないとも言っていた。そんな奴の
言葉が、信じられるものか!」
「私は自らの意思で戻らないのではない。戻れないのだ」
 リボラボが冷静さを保つのに努力しているのが、手に取るように感じられた。仲間が
誰も自分のことを探してくれていないのではないか? そんな嫌な想像が脳裏をよぎっ
たのだろう。深まる動揺を隠しつつ、彼女は続けた。
「ねえ、名前は何ていう? そこから教えてくれないか。私はリボラボ。ご覧の通り、
まだ若輩者だが、礼儀は弁えているつもりだ」
 この呼び掛けに、相手はストレートには答えなかった。
「――そこまで言うなら、証拠を見せろ! 戻れないという証拠をなっ」
「証拠……無理だ。あなたの身体で試せば、あるいは証明できるかもしれないが、さす
ればあなたまで戻れなくなる恐れがある」
 リボラボが絞り出す風に言った。その台詞を耳にして、僕は思わず呟いた。
「前にリボラボは、こっちの世界へ行き来できるのは、保安師の能力の一つだ、みたい
なこと言ってなかった? だったらどうしてあの人は……。ダノーマルだって」
「それは」
 リボラボが答えようとする。だが、最後まで言い終わらぬ内に、当事者が口を開い
た。
「逃亡の手助けを生業とする者がいるのさ。私がこちらに来られたのも、その者の助け
を借りた。この時点で私は既に罪人。最早、引き返せない。今はただダノーマルの仇を
討つのみ!」
 男はまた決意を固めてしまったようだ。僕の発言が、悪い方へ働いた。リボラボはさ
ぞかし起こっているだろうと思いきや、そっと表情を伺うと、そうでもなかった。むし
ろ、余裕を取り戻したかのように見えた。彼女は一歩前に進み出ると、仁王立ちした。
「敵討ちと称するからには、後ろめたいところはなかろう。正々堂々、名乗るべきだ」
「――」
 しばし怯んだ様子が顔色に浮かんだ男は、唇を噛みしめると、すぐに言った。
「アブネル。マートン家のアブネルだ。ダノーマルとは身分の違いから、ペットと呼び
続けていたが、彼は古くからの親友も同然。そんな親友の命を奪った者を、私は許せ
ん」
「私は合点が行っていない。だが、アブネル。あなたが意志を貫くのであれば、私も保
安師として誇りを持って応じよう。アブネル・マートンを逃亡者と見なし、すぐさま送
り返す」
 リボラボは右手を一振りした。すると得物が、短剣と鞭の合わせ物から、長剣に変化
していた。ダノーマルを射通した、あの細身の剣だ。実際に武器が変化したのか、それ
とも目にもとまらぬ早業で入れ替えたのかは分からない。
「アブネル。あなたは生物の中に入り込んで、鋭気を養うことはできないのだろう? 
今の体調で、私と勝負する気か?」
「――リボラボだっけ? 君の言う通り、できない」
 そう答えたアブネルの顔色が、不意に赤みを帯びた。いや、全体に青みがかっている
のは元のままだが、生気を取り戻したように見えた。口元に笑みをたたえている。何
か、状況が好転したとでも言いたげに。
「だが、他の方法がある。突然入ってこられたときには焦ったが、時間稼ぎが成功して
よかったよ」
「――まさか」
 今まで距離感を重視していたリボラボが、急に動いた。と言っても相手に突進するの
ではなく、キッチンの内側を覗ける位置に。僕も続く。そして思わず、声を上げた。
「あ!」
 美月が俯せに倒れていた。頭は向こう側だからよく見えないが、その肩口には、アブ
ネルの両足の指、というか履き物のサイドに着いた突起物が食い込んでいる。そこには
赤い染みが僅かだがあった。
「美月に何をした!」
 気付くと叫んでいた。いけない、これは冷静さを失う。手近にあった丸い何かを掴
み、アブネル目がけて放っていた。アブネルはカウンターを乗り越え、反対側に降り立
つ。余裕を持ってかわされたが、奴が美月から離れたので、ほんの少しだけ安堵でき
た。もし人質に取られたら大変だった。
 遅れて、がしゃんと物が割れる音がした。
「吸血の種族か」
 リボラボの言葉を僕は咀嚼し、何となく想像・理解した。恐らくアブネル・マートン
は、美月の血を吸収することで、鋭気を養ったのだ。問題は、どのくらいの血を奪った
のか?だ。美月はぴくりとも動かないし、声一つ聞こえて来ない。
「気付かれないかとひやひやしていた。今なら、互角に戦えよう」
 もう勝利した気でいるのか、アブネルは得意げに言った。身長が低くなったように見
えるのは、さっきまでは美月の身体を踏み台にしていたからだ。何て奴だ。
「アブネル・マートン。命は惜しくないな?」
 冷たい口調になったリボラボが、いきなり問うた。
「な――何を今さら」
 一瞬怯んだアブネルだが、懐から束になった鉄串めいた鈍色の物を取り出した。その
武器を構えることで踏ん張り、自信を保ったようだ。
 リボラボは警戒を怠らず、また言った。
「事前に警告を与えるのが義務であろう。この剣、普段なら対象者を生きたまま自由を
奪い、送り返す。ところが今は、理由は分からぬが、どうやら対象者を死なせてしまう
らしい。それでもかまわないのなら、覚悟を持って掛かってくるがいい」
「……」
「言っておくが、今の私は優しくない。あなたは、いや、貴様は私の恩人の友達を傷付
けた。掛かってくるのであれば、容赦しない。保安師を、なめるなっ」
 リボラボの一喝に、明らかに気圧されるアブネル。それでもまだあきらめて投降しな
いのは、ダノーマルのためを思ってか。それとも、プロの保安師に打ち勝つ特技でも身
に付けているのか。動揺ぶりから見て、後者はないはずだけど。
「――くそっ」
 汚い言葉を吐くや、アブネルは右手の串数本をリボラボ目掛けて投げた。リボラボは
すぐに反応し、剣で全て払い落とした。手の動きが丸分かりだったせいか、余裕綽々
だ。かわすこともできたに違いないが、それだと僕に当たっていたかもしれない訳で。
 真後ろにいたら、リボラボも余計な神経を使わねばならないと気付き、僕は右斜め後
ろに下がった。戦いの場からなるべく離れつつも、美月のところへ行ってやりたい。で
きれば、救急車を呼んだ上で、外へ運び出したいのだけれども、域の発動中、救急車は
この家に接近できるんだろうか。
 と、そんな僕の視線に、アブネルが気付いたらしかった。
「二人とも動くな! 動けば、そこにいる人間にこれをお見舞いするからな!」
 しまった。僕のせいで、アブネルは悪知恵を思い付いてしまった。焦りと動揺で震え
を覚える。
 が、リボラボは場慣れしていた。剣を再び、鞭と短剣に戻すと、鋭い声で言った。
「試してみるか、アブネル? 私の鞭と貴様の串、どちらが早いか。貴様は身のこなし
こそ早いようだが、その串の武器はなっちゃいない。私の腕前なら、簡単に絡め取れ
る」
「――そこまで言うのなら、何故、私を直接攻撃してこない? 殺せる自信がないんじ
ゃないのか?」
「違う。死なせたくないからだ」
 リボラボの台詞に、アブネルの表情が少し変わった。怒りや恐ればかりだったのへ、
理解できないものを見聞きしたというきょとんとした色が加わる。
「貴様は目的を達したあと、帰る手段を確保してるんだろう? 保安師でない者が帰る
には、何らかの不正な方法を採るか、くるみの剣で貫かれるかだ。さっき貴様が証言し
た通りなら、私の剣は今、命を奪う危険な代物と化している恐れがある。だから、無事
に帰りたければ、貴様が貴様自身の手で帰るほかない。それを見越した上で、私はこう
考えている。帰還した暁には、私の現状を向こうにいる皆に伝えてくれまいか?と」
「何だって?」
 素っ頓狂な声とはこれのことかと、端で聞いていた僕は一人、解釈した。想像の埒外
のことを言われて、アブネルは面食らっていた。今なら闘争心も反応速度も、通常より
だいぶ劣っているのではないだろうか。
 それでもリボラボは一気に畳み掛けることはせず、説得を試み続けた。戻るための希
望の一筋なのだから、当然だろう。
「違法な手段でここまで来たことは、錯誤があったためとして不問に付すよう、私から
も進言する。全くの無罪放免を確約できるものではないが、力を尽くすことを約束しよ
う」
「……お仲間から疑われている君が進言したところで、大した助けにならないだろう」
 アブネルが言った。言葉では疑問を呈していながらも、徐々に軟化している気配があ
る。このまま、一刻も早く穏便に終わってくれ。そして美月を病院に!
「私が異変に見舞われていることは、ある物体による効果だと推測できるのだ。だか
ら、その物体を……持って行かれるのは困るが、そのような物体が存在することを向こ
うの面々に伝えてもらえれば、きっと分かってくれる。そう信じている。だからという
訳ではないが、アブネルも私を信じて欲しい」
 要請を伝え切ると、リボラボは手から武器を消した。僕は内心、え?っと焦ったが、
どうしようもない。幸い、アブネルが美月に攻撃を仕掛けることはなかった。
 リボラボは改めて両手のひらを相手に向け、何も持っていないことを示すと、重ねて
言った。
「私の提案を聞き入れるつもりがあるのなら、そちらも武器を手放してもらいたい」
「……条件がある」
 アブネルはすでに鉄串を束ねていた。最早、すぐさま投げられる状態ではない。
「実は、こちらの世界に来るために、ある人物と取引をしたんだ。そいつは、前金とし
て半額を受け取ったあと、残り半分の支払いは、ある物を持ち帰ってくることで成し遂
げられると言った。持ち帰れぬ場合は、三倍の金額を支払わせられる。元々の額が額だ
から、三倍となると大変なことになる」
「ある物とやらを見付けねば帰れないという訳か。――行き来する方法を知る人物と、
我ら保安師が直接会うのは難しいかな?」
「恐らく無理。警戒心が強く、複数名だと会ってくれない」
「では、誰かがアブネル・マートンに変装して、というのはどうだろう」
 リボラボがそこまで言ったとき、僕は辛抱たまらなくなった。二、三歩前に出て、声
を張る。
「あの! 話し合いもいいけれど、美月のこと覚えとてよ!」

 美月の顔色がよくなってきた。意識はまだ完全には戻らないが、命に別状がなかった
ことは分かったし、大きな怪我をしてもいない。倒れた拍子に腕や足に痣ができたよう
だけれど、現状ではこれでよしとせねばならないのだろう。とりあえず、今目覚められ
ると、状況説明に窮すのは明らかなので、もうしばらく眠っていてもらうことに。
 ここは美月の家の中。病院には行っていない。ソファに横たわらせた美月の傍らで
は、アブネル・マートンが、その特徴的な足から延ばした管を、するすると戻したとこ
ろだった。アブネルら吸血の種族は、一度奪った血をある程度返すことができるそうな
のだ。別の生物の身体に入った血を、そのまままた戻しても大丈夫なのかと心配だった
けれども、ついさっき目の当たりにして、納得した。論より証拠ってやつ。
「これで全部だ。残っていた血は全部返した」
 ばつ悪げに言ったアブネル。こちらとしてはもっと怒っていいのかもしれないが、ア
ブネルにも思い込むだけの事情があるようだし、リボラボにとってはアブネルは帰還の
ための手掛かりだ。休戦協定の成立にやぶさかでない。
 ちなみに、ほったらかしだった城ノ内さんには、美月の回復を待つ間に、僕が話に行
き、今日のところは帰ってもらった。理由付けとして、「美月が貧血で倒れた」という
線で説明すると、納得したようだった(この理由付けは、後ほど、美月本人にも使うつ
もり)。ただ、それならお見舞いをという彼女を、今はまだ無理だの何だのと押しとど
めるのにちょっと苦労した。
「血は足りるようだから、こちらは一応よしとして……」
 リボラボは美月から視線を外すと、アブネルを見やった。吸血の種族は血を返却した
せいか、どっと疲れが押し寄せたようだ。片膝を突き、近くのテーブルに頭をもたせか
ける格好で、ぐったりとしている。
 なお、蘇我家の中、特に台所近辺はリボラボとアブネルのおかげで、結構荒れていた
のだが、あらかた片付け終わっている。幸い、破損して直せないような物はなかった。
ガラスのコップと皿が一つずつ割れていたけれども、これは美月が貧血で倒れた拍子に
割ってしまったことにしてもらおう、うん。
「何か食わさなくちゃ、話が進まない」
 アブネルを顎で示しつつ、リボラボ。そんな彼女に聞いてみた。
「リボラボみたいに、生物の中に入り込んで鋭気を養うのは?」
「それは保安師しかできない――はず。この間のダノーマルは、エナライトの効果で吸
い込まれただけのようだ」
「だったら、アブネルもエナライトレンズで吸い込ませれば……」
「いや、それは避けたい。ダノーマルが死亡した原因は、あのレンズを通ったせいかも
しれないからね」
 なるほど。そこまでは思い付かなかった。リボラボとしては、自分のミスや道具の不
具合なんかではなく、飽くまでエナライトに全ての原因があると考えたいに違いない。
「いずれにせよ、この家に長くいるのは賢明じゃないと思う。済まぬが真霜の家に戻っ
て、彼に栄養補給をさせたい」
「分かった。でも、美月を一人にするのは……」
 美月の両親は、未だ帰宅の気配がない。今すぐ帰って来られても困るが、極度の貧血
状態を脱して間もない美月を一人にするのは、なおよくないだろう。
「許可が得られるのなら、私がインスタント食品を用意するのだが」
「もちろん、かまわないよ。けど、二人きりになって大丈夫?」
 休戦状態とは言え、リボラボへの復讐のためにやって来たアブネルだ。些細なことで
再び開戦状態になる恐れ、なきにしもあらず。
「大丈夫」
 一言で請け負うリボラボ。同い年ぐらいなのに、とても頼もしい。
「アブネルの言う、取ってくるように要請された物について、検討する必要もあるか
ら、ちょうどいい。話をじっくり聞いてみることにするよ」
 一方のアブネルからは、何の反応もない。会話が聞こえているのかどうかさえ、定か
じゃなかった。
「僕の家まで行けるのかな?」
 できれば人目に付かないようにお願いしたい。
「問題ない。――アブネル、歩けるかい? 隣の家に移動だ」
「……」
 もっさり、とでも形容したくなる動作で、アブネルが上体を起こした。半開きの目を
僕とリボラボに向け、力なく頷いた。
「この世界の食べ物は初めてだろう? だが案ずることはない。美味だ」
 そんな風に元気付けながら、リボラボはアブネルとともに中庭の方から出て行った。
 さて――。
 僕は庭に面した窓の鍵を閉めると、美月のいるソファへと引き返した。ようやく起こ
せる。が、無理に起こす必要もあるまい。
 料理でも作ってやるか。貧血から少しでも早く回復するには、適した食べ物を摂るの
がいいはず。レバーとか小松菜とかアサリとか。台所に立つと、まずある物を確かめ、
そこから勝手に使っていい品目を見当づけてから、メニューを考える。がっつりした物
ではない方がいいだろうから……ハマグリの缶詰とほうれん草と牛乳とで、クラムチャ
ウダーもどきでも。
 十五分ほどで完成し、ほうじ茶も用意してから、美月を起こした。
「――何? 何かあったの? どうして光がいるの」
 目覚めると、そのままの姿勢でこっちをまじまじと見つめ、聞いてきた。僕は予め考
えておいた答を口にする。
「訪ねたんだけど返事がなくて、ドアが開いていたから入ってみたら、台所で倒れてい
るのを見付けた。顔色が悪くて、意識を失ってたから、貧血じゃないかな。ここまで引
っ張ってきて、寝かせたんだけど、重かったよ〜」
「……そういえば、凄く恐い目に遭った気がする」
 どきりとした。覚えているのか、侵入してきたアブネルを。あの男が言うには、一瞬
見られただけで、じきに卒倒したとのことだったが。
「恐い目? 血の気が引くような?」
 話を合わせつつ、そらす方法も考える……考え付いた。
「そうそう、城ノ内さんが来たんだけど、こういう状態がだったから、帰ってもらっ
た。いいんだよね?」
「あ、そうか。そうだった。城ノ内さんに悪いことしちゃったなあ」
 美月はようやく起き上がった。鼻をひくつかせながら、台所の方を見る。
「お茶を用意するつもりで、台所に立ったんだけど、何故か倒れちゃったみたい」
「ふうん」
「ところでこれ、何の匂い?」
「貧血に効く料理を即席で作ってみた。もし入るようなら、食べてみて」
 キッチンカウンターを越えたところにあるテーブルを指差す。
「移動するのがしんどいなら、持って来るけど」
「あ、多分平気」
 言って立ち上がる美月。その刹那、ふらついたようだけど、すぐに落ち着いた。その
まま歩いて、テーブルに着く。
「お。美味しそう」
「念のため、薄味にしてるから、気に入らなかったら塩こしょうでも何でも振りかけ
て」
 そう言っている間にも、美月はスプーンを手に取り、いただきますと同時にスープを
口に運んだ。
「あー、いい。これでちょうどいい」
「よかった」
 僕は小さくガッツポーズをした。自信はあったけれども、実際にこの耳で感想を聞く
までは、不安が残るというもの。
「でも何で飲み物がほうじ茶? うちにあるお茶っ葉は、緑茶や玄米茶だってあるし、
麦茶もパックのがあるはず」
「ほうじ茶も貧血に効くっていう話、聞いたことがあったから」
「へー、渋いことまで知ってるねえ、光」
 見る間に元気になった様子の美月は、口を大きく開けてハマグリを食べた。それを飲
み込んでから、こっちをじっと見つめて来て、さらっと言った。
              、、
「やっぱり、こういうところは女子だよね」
「な、何を今さら」
 たじろぎつつ、僕はどうにか反応した。
「だって、普段は『僕っ子』なのに、ちゃんと料理スキルがあって、知識も持ち合わせ
てるっていうのは、凄いと思う」      、
「そんなこと言うのなら、美月こそ、もう少し男らしくした方がいいんじゃない?」
「あ、久々に言われた。性別による『らしさ』なんて気にしないんじゃなかったっけ」
「いくら何でも、台所でぶっ倒れるのはひ弱だってーの」
「それについてはほんと、おかしいんだよ。貧血なんて、今までなかったのに」
 あんまり突っつくと、藪蛇になりそう。僕は早めに矛を収めた。
 女子と男子の幼馴染みで、こんなに長く続いている関係を、壊したくないし。

 小一時間ほどして美月の両親が帰宅した。僕は何があったのかを詳しく説明――もち
ろん、こしらえた嘘の状況説明だ――し、しばらくの間は美月の様子に注意してあげて
くださいとお願いした。そのまま帰ろうとしたら、二人から、特におばさんから凄く感
謝されてしまって、胸の内では冷や汗をかいちゃった。何かお礼をと言い始めたので、
いいですいいですお互い様ですからと断って、ようやく自宅に戻れた。そうそう、割れ
てしまった食器類に関しては、思惑通り、お咎めなしで済んだ。ほっとする。恐らく、
皿を割ったのは僕が投げたからだろうなあ。
「ただいま……。リボラボ、状況は?」
 家の中はしんとしていた。まさか、あのあと協定は破られ、戦闘再開となったのでは
あるまい。普段からなるべく静かにしているよう、申し渡している。不意に来客に備え
てのことだ。
「お帰り、真霜」
 食堂に通じるドアが開き、首から上を覗かせたリボラボ。どことはなしに、疲れてい
るようだ。
「どうかした? あいつは?」
「アブネルなら、ようやく寝入ったところだ。ああ、リビングのソファを使っているけ
れども、事後承諾になってすまない」
「それぐらい、早く体力回復させるためにも、仕方がない」
「他にもあって……アブネルの奴がそれほどまでに消耗していたのか、それとも単に大
食漢なのか知らないが、一食出したくらいじゃ足りなくて」
「まあ、それもしょうがないよ。インスタントってラーメンだよね。いくつ食べた?」
 この質問に、リボラボはまるで自分のことで恥ずかしがるように、素早く答えた。
「八つ」
「え、八つも? そりゃ……凄いな」
「あ、ああ。事情は分からぬが、呆れてしまう。ほんの数時間前まで、仇と目していた
相手に、平気で所望してくるとは。何度も何度もお湯を用意させられて、こっちは疲れ
た」
「はは。だったら、電気ポットを作動させておけばよかったかもね」
「電気ポット? 何それ」
 割とこっちの世界の知識が豊富なリボラボも、電気ポットは知らないらしい。使い方
を含め、あとで教えることにして、僕は最重要事項に話題を移した。
「アブネルの言っていた、持ち帰るべき物ってのは分かった?」
「いまいち、要領を得ない」
 アブネルによると、こちらの世界へ行き来するための橋渡しをしたブローカー(そう
呼ぶことにしよう)から要求されたのは、カッツェルケルという名を持つ物体らしい。
その名称は飽くまで、リボラボらの世界での名称であり、こちらで何という物なのかは
分からない。リボラボも初めて聞いたというし、アブネルにしてもブローカーが何のた
めに欲しがっているのかまでは把握していない。
「形状は色々だが、品物としては黒い粉末で、研磨剤みたいな物らしい。とても稀少だ
が、こちらの世界の方が比較的多く存在するとも。と言っても、大きな差ではないみた
いだ。それでも一掴み分は持ち帰れと言われているところからして、そのくらいは楽に
採れるのかな。せめて、サンプルでも持たされているのであれば、探しやすくなると思
うんだが」
「ないの? じゃあ、どうやってアブネルは、カッツェルケルか否かを判断するんだろ
う?」
 リボラボは尤もな疑問だとばかり、指を鳴らした。
「迂闊だった。まだ聞いていない」
 彼女はリビングに、文字通り飛ぶように駆け込む。僕が追いつく前に、戻って来た。
「特殊な磁石を持たされていた。これがそうらしい」
 アブネルから借りたのか、無理矢理ひったくったのか、リボラボの右手にはそれが乗
っていた。馬蹄型の磁石にそっくりだった。一点違うのは、アーチの部分が三重に捻れ
ていること。青と赤で色分けされてはなく、ひたすらに黒い。そのせいで重厚感があっ
たけれど、手に取ってみると、見た目よりは軽かった。
「僕は見たことがなかったけれども、検知鉱の一種だな。これを近付けて、吸い付く物
がカッツェルケル。そうでない物、つまり無反応なら違う」
「どうしよう……手当たり次第に近付けてみる?」
 そう言いながら、検知鉱の磁石を軽く振ってみた。
 と、僕は次の瞬間、磁石を持つ右手を見つめた。
「ううん?」
 微かながら、引っ張られるような感覚があったようななかったような……。

――第三話終わり




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