AWC 目の中に居ても痛くない!3−1   永山


        
#492/512 ●長編    *** コメント #479 ***
★タイトル (AZA     )  17/01/25  21:13  (327)
目の中に居ても痛くない!3−1   永山
★内容
第三話「帰路のための岐路」

 結論から記そう。
 リボラボが実験したところ、彼女の仮説は正しかったと分かった。エナライトレンズ
を通して目から体内に入った生物個体がもし死ねば、エナライトの影響は解け、同種生
物の他の個体に入れるようになる。だがそれで全ての影響がなくなる訳ではないらし
く、リボラボはまだ元の世界に帰ることができないでいる。
 これまでの試行錯誤から、帰る手段として一つの有力な仮説が成り立つ。リボラボが
僕ら人間の暮らす世界に来て以降、エナライトレンズを通して体内に入り込んだ生物全
てが死を迎えたなら、彼女はエナライトの縛りから逃れ、帰れるようになるはず。
 そのためには、僕・真霜光も死ななきゃいけない訳だけど……。
 日曜の朝からするには、ちょっと重くて難しい話を僕らはしていた。
「帰る方法は、他にもあるに違いない」
 根拠は?と問い返すと、リボラボは一瞬返事に詰まったが、すぐに言葉をつないだ。
「前に真霜が言ってくれたじゃないか。私が退治した獣人もエナライトを通して体内に
入ったのに、ちゃんと元の世界に戻れた。この事実だけで、信じるに足る」
 自分自身に言い聞かせるように、リボラボは右の拳を握った。その手をじっと見つめ
ている。
「新しく思い付いた実験がいくつかある。残念ながら、すぐには試せそうにないものが
ほとんど。だから、その、当初覚悟していたよりも更に長逗留になりそうなのだ」
 視線を起こしたリボラボは、その目を僕に向けて、訴えかける。僕は皆まで言わさ
ず、片手の平を広げて相手の喋りをストップさせた。
「いいよ。前にも言ったよね。帰れるようになるまで、ずっといてくれてかまわない」
「真霜――恩に着る」
 リボラボは僕の両手を取ると、膝を折り、押し頂くような姿勢を取った。時々、彼女
の世界での習慣や仕種なんかが不意に出て、戸惑うこともあるけれど、今回のはまだ分
かり易い。
「とは言え、厚意に甘えっ放しも気が引ける。とりあえずではあるが、仕事を見付けた
い」
「それは……難しいかも」
 僕は彼女に視線をやり、頭のてっぺんからつま先まで改めて見直して言った。不服そ
うな反応が即座に上がった。
「何故だ? これでも私は、私の世界では立派に仕事をこなしているのだぞ」
「でも、今は、今いる世界の話をしてる。リボラボはどう見ても未成年だし、できるこ
とは限られてくる。前言っていた探偵の看板を出すのは無理だろうね。そうなると」
「待て。無理と決め付ける理由は何だ?」
 立ち上がった勢いそのままに、詰め寄ってくるリボラボ。距離を取り、冷静に答え
る。
「未成年て言葉の意味、知ってるよね」
「ああ。成人していない状態であろう。だが、それが何だというのだ。私は元いた世界
の基準でも未成年だが、仕事をこなしていた」
「君のは特殊な例だと思う」
「かもしれない。ならば、こちらの世界にも特殊な例はあろう。未成年が探偵をやる特
殊な例も」
 僕は返答に詰まった。確かに、未成年の探偵は大勢いる。いやまあ、思い浮かべたの
は全て物語の中での話だけれど。
「それとも何か? こちらでは探偵には年齢の制約があるのか? 免許制度なのかい
?」
「い、いや、確か、探偵に免許はいらない。日本では、だけど」
「だったら、私が探偵を始めてもかまうまい」
 怒らせていた肩が、安心したように下がる。リボラボは自らを見下ろしてから言っ
た。
「こちらの風習に沿った衣服を身につけ、それらしい格好をすれば問題なし」
 赤毛の彼女は、服装の他にも色々変えないと目立つし、浮くだろうな。
「いや、しかし、外見だけじゃなくてね」
 税務申告が必要になるほど稼げるとは思えないけれど、その辺りを抜きにしても個人
が探偵業をやるには、色々と準備が必要なんじゃないか。事務所はうちを使うとしたっ
て、専用の電話がいるだろうし、宣伝もしなくちゃ。リボラボがちゃんとした報告書を
書けるのかさえ、未知数だ。書けないならば、専任の秘書か助手を置くことになる? 
諸々考えると、到底できそうにない。
 そういった感想を、僕が説明してやったら、リボラボは一つ頷いた。納得したのかと
思いきや、違った。
「分かった。一人でやろうとするから難しいのだ。探偵事務所に雇ってもらえばよい」
「いやいや、だから」
 ひょっこりやって来た女の子を探偵として雇う興信所なんて、ある訳がない。そもそ
も、履歴書にどう書くつもりだ。
「――そうまで心配してくれるのは、私の身を案じてのことか?」
 辞めさせようと説得を続ける僕に対し、リボラボは見当違いの返事を寄越した。あき
らめてくれるのなら、それに乗ってもいいのだけれど。
「それはいらぬお節介というもの。私はこちらの世界では、一種の魔法使いのような存
在であろう。多少の危険は切り抜けられる自信がある」
 胸を張ったリボラボは、本当に自信に満ちている。何だか、探偵でも何でもできそう
に見えてくる。――いやいやいや、それは幻想です、はい。
「ま、まあ、仕事のことはもう少しあとで考えよう。借りを作るのが嫌なのは理解でき
るけれど、今慌てて動くとかえってマイナスに働くかもしれないしさ」
「……こちらの世界の人間である真霜が判断し、そこまで言うのなら……。では、金額
をきっちり付けておいてくれないか。帰るときまでには、きっちり払う」
「分かった」
 ようやく翻意させることに成功して、ほっとする。ただ、リボラボの性格から推す
と、またいつ仕事を始めたいと言い出すかしれないな。
 あーあ、ライトノベルによくある展開みたく、リボラボが同じ学校に通えればいいん
だけれどね。普段から僕の目の届くところにいてくれたら、不安がだいぶ解消される。
実際には、異世界から来たリボラボを入学させるのは、まず不可能。あり得るとしたら
……体験入学? 認められたとして、どのくらいの期間、いられるのかしらん?
 などと詮無きことを想像していると、目の前からリボラボの姿が消えていた。あり
ゃ、知らない内に僕の目を通って中に入ってしまったのかなと焦ったけれど、そんなマ
ナーを欠いた行為をする彼女じゃない。
 視線を巡らせると、部屋を出て廊下を進むのが見えた。先には玄関がある。
「リボラボ、出掛けるの? だったら、その格好を何とかしないと」
「何を言ってる、真霜光」
 びっくり顔で振り返るリボラボ。鳩豆ってやつか。
「呼び鈴が鳴ったから、出なくていいのかと聞いたら生返事をする。私が出ようかと尋
ねると、うんと言ったじゃないか」
「え? あ、いやそんなつもりは。考え事をしてた、ごめん。僕が行くから、君は一
応、隠れてて」
 慌てたので早口で言い、彼女の横をすり抜けた。玄関ドアのノブに飛びつくと、のぞ
き窓の小さな穴で、向こう側を確認する。
「ん?」
 思わずそう発したのは、予想していない人物がそこに見えたから。
 天然パーマに眼鏡をしたクラスメート。城ノ内史華がいた。彼女がここに来るのは初
めてだ。
 彼女が僕に用があるのは承知している。史学研究部なる部を新たに作るために、僕に
も参加協力して欲しいという。僕は条件を出した。学校側から部活動を認められる最少
人数五名を確保できたら、勧誘に応じてちゃんとやると。
 その城ノ内が、月曜日の学校を待たず、わざわざ僕の家の前まで来たからには、何か
理由があるに違いない。
 さてここで問題になるのは、リボラボの存在だ。当然ながら、今まで誰にもリボラボ
のことを明かしていない。リボラボを見た人だって少ない。僕の知り合いの中では、隣
に住む同級生で幼馴染みの蘇我美月ぐらいだ。美月にはリボラボについて、外国に仕事
で行っている僕の両親が現地で知り合った子で、日本に来たときは世話をしてあげてほ
しいと言い付かった、という嘘の設定を説明しておいた。あと、やはり同級生のコロク
――六島鼓太郎にも、リボラボという外国人の子が来ていることだけは伝わっている。
そういえば、コロクの奴、リボラボに会ってみたいから近い内に来るなんて言ってた割
に、来ないな。金髪好きな奴だから、赤毛のリボラボへの興味は持続しなかったのか
も。
 そんなことよりも今は城ノ内さんだ。追い返すのは無理だろうから、上がってもらう
か、どこかに出掛けるか。リボラボは僕の目から中に入り込むことで、完全かつ瞬時に
姿を隠せるから、基本的には大丈夫なんだけど、いつまで隠し通せるやら。万が一、美
月が今ここへやって来て、リボラボのことを城ノ内さんに喋ったら、どこにいるのって
話になるだろう。
 とは言え、今すぐ打てる対策は、リボラボに隠れてもらうことぐらいしかない。振り
返って、ぽつんと立っているリボラボに言った。
「リボラボ。来たのはクラスメートで、上がってもらうかもしれない」
「そなたの中に居ればよいのだな。承知した」
 察しよく言うと、リボラボは魔法のランプじみた小道具を取り出し、軽くひと撫でし
た。あっという間もなく、彼女の姿は消え失せた。僕の目にはほんの微かな違和感が生
じるが、今ではもう気になるほどじゃない。
 ピンポンと呼び鈴が繰り返されたところで、急いでノブを回した。
「城ノ内さん」
 顔を見ながら名前を呼んだら、被せるように「遅い。いないと思ったわ」と言われ
た。ここは素直に謝っておこう。
「ごめんなさい。ちょっと手が離せない用事が。それに、びっくりしたから。急に来る
なんて」
「あー、学校でもよかったのだけれども、途中経過を見せたくって」
 そう応えた彼女は、学校で顔を合わせるときと違って、私服姿だ。柄の入ったTシャ
ツに、ブルーのジーパン。靴だけは学校指定のスニーカーだ。肩から提げた大ぶりのバ
ッグを、よいしょと掛け直す。
「途中経過? 部員集めの話だと直感したんだけど、違った?」
「合ってる。これから、最後の一人を勧誘に行くから、それに立ち会ってもらえないか
しら」
「……何のために」
 夏休み明けまでと期限を切ったのに、夏休みにならない内から順調に四人まで集めた
らしい。そのことに感心しつつも、より気になる点を問い質す。
「公明正大に部員集めしているところを見せるのと、一刻も早く、あなたにも入部して
欲しいからよ」
「いや別に疑ってないし、早く入られたいのなら先に五人目を確保してからの方が」
「それにもう一つ、場所が近くて同時にこなすのが便利なのよ」
 また意味不明だ。恐らく、五人目の部員候補がこの近所に住んでるっていう意味なん
だろうけどさ……あ。もしかして。
「城ノ内さん、ひょっとするとひょっとして、うちの隣のことを言ってる?」
「その通り。あなたには伝わってないはずだけど、勘がいいわね。それとも、当人から
聞いた?」
「ううん、何にも」
 慌て気味、急ぎ気味に首を横に振った。美月ったら、何を考えてる? 史学に興味な
んてあったっけ?
「私が四人目まで部員を確保できたら、五人目になるって言ってくれたのよ。今日、そ
の約束を果たしてもらおうって訳ね」
「いるのは確認した?」
「もちろん。家を出る前に電話をしたら、両親が買い物に出掛けて暇してるから歓迎す
るって言ってくれた。さらに、さっき窓越しに姿を見掛けたわ」
「なるほど。これは年貢の納め時かな」
「何よ、嫌そうに」
「嫌じゃないってば。ただ、部活をするようになったら、交友関係が広がるなあと思っ
て。自分、人見知りする方だからさ」
「とてもそうは見えないけれども」
 不審がられてしまった。
 実際のところ、僕が懸念したのは、部活動をするようになったら、リボラボを隠し通
すのがますます大変になるだろうなってこと。リボラボには、僕が学校のときは基本的
に家に閉じ籠もって居留守をしてもらって、これまでのところ問題なく過ごせている。
でも、僕の帰宅時間が今以上に遅くなると、不確定要素が高まるだろう。この近所も最
近、物騒になったみたいだし、トラブルやハプニングがいつ起こってもおかしくない。
 それなら常に一緒に、つまり彼女には僕の中に入っていてもらえばいい? リボラボ
がどの程度の時間、僕の中に居られるか知らないし、仮にずっと居られるのだとして
も、本当にずっと籠もってもらう訳にも行くまい、と思う。
 今後生じるであろう悩みに思いを巡らせながら、僕は外に出た。城ノ内に着いて行っ
て、隣家に向かう。行かなきゃしょうがないだろう。美月がリボラボの話をしたら、そ
のときはそのとき。
 ふと日差しのなさを感じて、空を見上げる。気付かなかったけれど、天気がいつの間
にか随分と崩れている。じきに雨が降り出しそうだ。
「城ノ内さん、ここへは自転車で来た?」
「歩きよ。ご心配なく、ちゃんと折りたたみ傘を持って来ているから」
 前を行く彼女が、僕の目の動きを知るはずもないのに、今の台詞は勘のよさ故か。あ
んまり勘がいいのも困るのだけれど……偶然だと思いたい。
「さあ、着いたけれど、どっちが押す?」
 顔を振って、インターフォンのボタンを示す城ノ内。別に、どちらが押そうとそれは
重要な事柄ではあるまい。美月と幼馴染みの僕に、変に気を回したのだろうか。だとし
たら、ここで断るのもおかしいので、黙って僕がボタンを押した。
「……」
 反応がない。しばらく待ったが、インターフォンは沈黙したままだ。蝉の声にかき消
された訳でもないようだけれど、念のため、再度ボタンを押す。
「……おっかしいな」
 背後で城ノ内の困惑声。つい先程見掛けたのであれば、それも当然だろう。でも、こ
の短い間に外出した可能性だってゼロではあるまい。ただ、友達が訪ねてくると分かっ
ていて、家を空けるというのは腑に落ちないが。
 僕はインターフォンから視線を移し、門の隙間から中庭を覗いた。自転車で出掛けた
としたら、地面にタイヤの新しい痕跡があるはず――なかった。出て行く足跡も見当た
らない。逆に、入って行く足跡が目にとまった。真新しいそれは、普通の靴には見えな
かった。想像を逞しくして表現すると、わらじのような靴底で、その周囲に七本ぐらい
のピンヒールが備わっている。しかもいくつかのピンヒールの先は、かぎ爪でも持って
いるのか、土を深く刻んでいる。
「何だこれ」
 口の中だけでもごもご呟いた。それと同時に、僕の脳内に声が響く。リボラボの声だ
った。
「真霜、真霜。注意喚起だ!」
「え?」
 名前の連呼に続いて、普段聞き慣れない言い回しに、思わず声に出して反応してしま
った。幸い、城ノ内には聞こえていないようだけれど、だからってこのままリボラボと
会話するのも難しい。
「あー、城ノ内さん。ちょっとの間だけ、離れて向こうを向いてくれる?」
「何で?」
 唐突なお願いに対し、彼女はやや憮然とした表情をなす。僕は最高速で、嘘の理由付
けを考えた。
「実は、美月が置き鍵をしてる秘密の場所があって。そう、幼馴染みだから教えてもら
ってるんだけれど」
「ふうん? だからって、勝手に鍵を使っては入れるの?」
「い、いや、それは難しいけれども、隠し場所にはメモがあるかもしれないんだ。伝言
が。一応、確かめたいから、その間だけ、見ないようにして欲しいなと」
「分かったわ」
 表情を緩めると、素直に返事し、踵を返す城ノ内さん。物分かりがよくて助かる。今
後、心の中でもずっと「さん」付けで呼んだっていい。
「あなたの家の前にいるから、終わったら呼んでよ」
 すたすたと歩き去りながら、そう言った彼女の姿が視界から消えたところで、こっち
も行動を起こす。まずはいかにも置き鍵の隠し場所に向かうふりをして、門扉の中へ。
なーに、美月はしょっちゅう僕の家に勝手に上がり込んでるのだから、これくらい全く
問題ない。
「リボラボ? どうかした? 今出て来られると、ちょっとまずいんだけれど」
「待て。先に人払い。域を発動させる」
 リボラボは人間に見られては困る行動をするとき、“域”を使って人を遠ざけること
ができる。域の発動により、リボラボと僕は他の人からは存在を感知されなくなる。長
時間は無理で、リボラボの体調がよく、かつ平穏時においてでも、せいぜい三十分が限
界らしい。
 ともかく、この状態であれば、リボラボがいきなり出現しても大丈夫だ。
「周りに誰もいないな、真霜?」
 ところが彼女はこんな、警戒を解いていない言葉を発した。僕は「うん」と答え、続
いて訳を尋ねようとしたが、姿を現したリボラボの顔を見てできなくなった。とても緊
張感に溢れている。唇を固く結び、目は油断なく周囲を窺う。鼻も利かせているよう
だ。見ると、手には短剣らしき刃物が握られていた。持ち手をガードする鍔は金色の
ドーム状。柄の末端からは、長いロープ状の物が延びている。銀色をしたそれは鞭のよ
うだ。以前に見た剣とはまた違う武器に、僕は唾を飲み込んだ。知らず、緊張してい
た。
「巻き込む形になってしまって、済まない」
「うん?」
「できるなら、真霜にも安全圏に避難してもらいたいんだが、私は生憎と宿主から完全
に離れて戦うことはできない」
 それは何となく理解している。リボラボのような“向こうの世界”から来た“保安師
”は、鋭気を養うために、僕らの世界の生物の身体を借りる。職務中に燃料切れを起こ
したら洒落にならないだろうって。
「何か……いる?」
「恐らく」
 短く答えるリボラボ。と、彼女の手にある短剣が反応した。鞭のような物がぴくりと
動いたかと思うと、鎌首をもたげた蛇みたいに、宙で姿勢を保つ。その先端は、標的を
探査しているかの如く、軽い前後上下運動を繰り返しながら、リボラボを導いているよ
うだった。
「やはり、この家に何者かがいる。真霜、入れないか?」
 リボラボの言う何者かとは、多分、彼女の側の世界から逃亡してきた罪人で、僕も一
度見た。獣と人間とが入り交じったような姿をしている。あれを思い返すと、ついさっ
き見付けた不気味な足跡にも合点が行った。
「えっ、無理無理。鍵が掛かってちゃ、どうしようもない」
 と応じつつ、玄関のドアノブを握って回してみると、意外にも楽に動いた。
「あ、開いてる……普段は在宅してても鍵掛けるのに」
「ふむ。何者かが玄関から入った証かもしれない。――真霜、エナライトレンズを置い
てきてしまった。すまない」
 エナライトレンズがあれば、敵を処理しやすくなる。レンズ越しにターゲットを覗く
ことで、強制的に取り込んだり、逆に取り込んだものを放出したりできる。その取り込
む軌道に合わせて、リボラボが剣を振るえばよい。
 が、そのレンズがないとなると……どうなるんだろう?
 いや、リボラボはこれまでレンズなしに保安師の仕事をこなしてきたはず。だからき
っと、心配することはない。今心配すべきは、美月の身の安全だ。
「しょうがないよ。それよりも、早く」
「分かった」
 リボラボに続き、僕も中に入る。三和土には、美月が普段よく履く靴が、そのままあ
った。一方で、来客の存在を示す靴はない。
 リボラボは靴を脱がずに上がった。僕は多少躊躇したが、彼女に倣う。
 僕と違い、美月の家に上がるのは初めてのリボラボだが、僕が案内する必要はなかっ
た。案内は、彼女が手にした道具がしてくれる。どうやらキッチンに向かっているらし
い。ありがたいことに、廊下の途中途中にある扉はどれも開いていて、視界を邪魔され
ない。じきに、台所が見通せる位置に来た。
 次の瞬間、僕は息を飲んだ。その音が外に漏れ聞こえたのではないかと思うほどに、
強く。そうしないと、悲鳴を上げてしまいそうだったから。
 キッチンカウンター越しに、上半身だけ見えたのは、青白い肌をした美形の男――多
分、男だ――だった。第一印象は、若いドラキュラ。頬がこけて耳が尖り気味で、肩に
はマントのような物が確認できる。若干前屈みで分かりづらいが、身長は百八十センチ
くらい?
 リボラボは右手を素早く動かした。あの鞭がしなり、そして真っ直ぐになって、不審
者目がけてその先端が突き進む。
 が、鞭が届く前に、不審者は勘付いた。目だけ振り向くと、身を屈めて攻撃をかわ
す。リボラボも既に鞭を引いた。第二撃を加えるには見通しが悪く、カウンターの向こ
うに何があるか分からない、という判断からだろうか。
「貴様、何をしている」
「他人の家に入って来て、第一声がそれか」
 噴き出すのを堪える風に表情を歪めた相手は、自宅にいるかのような台詞を吐いた。
もちろん違う。ここは美月の家だ。
「まあいい。探す手間が省けた。こんなに小さな家が並んでいるとは、想像もしていな
かったのでね。てっきり、こちらの家にいると思ったのだが、当てが外れて途方に暮れ
かけていた」
「つまり、貴様は私を追ってきたということか」
 リボラボが距離を測りながらも、僅かずつ接近する。僕は彼女の身体に隠れるように
して立っていた。
「その表現は、厳密ではないな。私は私のペットの臭いを追跡して来た。尤も、追跡を
始める前に、ペットは死体となって送り返されてきたが」
「……貴様は、あの逃亡者の知り合いか」
 リボラボが述べた推測は、僕も一拍遅れで理解できた。リボラボがこちらの世界に来
たのは、罪を犯して逃亡中の者を追跡してのこと。彼女は目的を達成するも取り残さ
れ、逃亡者の肉体のみが元いた世界に帰っていた。
「知り合いという表現も正確でない。今まさに言ったように、ペットだ。大事にし、い
とおしく思っていたが、ダノーマルはペットだ」
 件の逃亡者はダノーマルという名前らしい。そういえば、こいつの名前は何というの
だろう? 青い肌の若い男は続けて言った。
「さて。私はダノーマルの仇を討とうとしたのだが、肝心の保安師が戻ってこないでは
ないか。待ち構えていたのに、恐れをなして逃げた――などとは考えなかった。何かの
理由で留まっていると推測し、ならば私から出向こうと、ダノーマルの臭いを追跡した
訳だ」
「……素晴らしい能力だな。その能力を、保安師仲間も使えたのなら、すぐにでも私を
見付けて救出に来てくれるだろうに」
「黙れ! 何を巫山戯たことを言っている?」
 相手は急に大声を発した。こっちはびくっとしてしまった。今のところ、相手の眼中
に僕は入っていないようだけれど、戦いでも始められたら、狙われる危険性はありそう
……。
「ダノーマルを殺したのはおまえだろうが!? 私は戻ってこない保安師が誰かなんて
把握していなかったが、臭いを追ってここに来て、おまえがいたということは、おまえ
が犯人に違いないっ」
 激高しているようなのだけれど、顔色が青のままだから、いまいち伝わって来ない。
「待て。私は原則通り、くるみの剣を用い、かの者――ダノーマルを失神させた。命を
奪ってはいない」
「嘘をつくな! 私は確かに見た。ダノーマルは既に死んでいた!」

――続く




元文書 #479 目の中に居ても痛くない!2−2   永山
 続き #493 目の中に居ても痛くない!3−2   永山
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