AWC 広がるアクセスマジック 2   亜藤すずな


前の版 次の版 
#489/598 ●長編    *** コメント #488 ***
★タイトル (AZA     )  16/11/29  21:39  (350)
広がるアクセスマジック 2   亜藤すずな
★内容                                         17/04/24 03:33 修正 第2版
「テストというのは、どんなことをするんです?」
「それは……順を追って話した方がよさそうだ。まず、『Reversal』の出所か
らね。アンバー・トンプソンという伝記作家が、ビリーとジェイドのゲイル夫妻につい
て調べ始めたのがきっかけだ。ゲイル夫妻は十年ほど前(※本作の年代は一九九六年
頃)に亡くなった人物で、元々は発明で財をなしたんだが、交通事故で生死の境を彷徨
ったのを機に、何やら“目覚めて”しまったらしい。奇跡を求めるという風にね。老後
は、夫婦で錬金術や超常現象といった怪しげな研究に時間と金を費やしたんだ。普通な
ら成果が上がるはずがないんだが、ゲイル夫妻は何らかの発見もしくは発明を成し遂げ
たという噂があって、くだんの伝記作家が興味を惹かれたのもそこなんだ。トンプソン
は調査の末に、ゲイル夫妻に協力していた考古学者の存在を突き止め、その娘に会うこ
とができた。さらに、ゲイル夫妻に関係すると思われるいくつかの品物を見せてもらえ
たというんだ。その中に、3.5インチフロッピーがあった。インデックスにはRev
ersalと書いてあるフロッピーがね」
「それが、長門さんの落とした物なんですね」
「いや、違うんだ]
 意外な返事の意味を、あたしや江山君が考えているところへ、注文した料理が届い
た。長門さんの前にはホットコーヒー、あたしにはパフェ、江山君にはサンドイッチと
野菜ジュースが並ぶ。
 長門さんは、「食べながら話そう」とあたし達を促した。手を合わせていただきます
をしてから、またまた話に戻る。
「オリジナルのフロッピーをコピーしたんだよ。コピーした物でも元と同じ力が備わっ
ているか否かを調べるためにね」
「コピーできたんですね」
 江山君がまだ意外そうに反応を示してる。前を向いたまま野菜ジュースに差したスト
ローの吸い口をくわえようとするものだから、何度か空振りしてた。
「コピーの成功確率が異常に低いけれどね。千回に一度もないんじゃないかな。話の順
番を戻そう。アンバー・トンプソンは問題のフロッピーを含めた数点の品を、借りる許
可を得た。そしてフロッピーの中身がゲームソフトであることを確認し、ひとまずプレ
イしてみたが、何も起きなかった。プレイした君らなら知っていると思うが、キャラク
ターの職業を選ぶ等、いくつかのパターンがあるが、その全てを試す暇のなかったトン
プソンは他の品を当たる間、『Reversal』を姪っ子の小学生、ルビィに自由に
遊ばせた。その結果が、魔法使いの誕生ってことで、大騒ぎになった」
「どういう経過というか手順で、魔法使いになってしまったんですか」
 興味津々、あたしは身を乗り出し気味に聞いた。長門さんはしかし、残念そうに首を
横に振った。
「分からないんだ。今言った通り、トンプソンはその場に居合わせていなかったし、小
学生の子は驚きのあまりよく覚えていない有様だったから。でも、その後のテストで判
明はしている。多分、松井さんも該当するはず」
 そう言って長門さんが教えてくれた、『Reversal』をプレイした人が魔法使
いになる手順は、あたしが経験の上で想像していたのとほぼ重なっていた。違うのは、
一枚のフロッピーディスクにつき、魔法使いになるのは多くても一人だけということ。
ゲームを最初にプレイした人のみが対象になり、条件に当てはまった者が魔法使いにな
ってしまう。詳しいことはまだ長門さんも掴んでいないそうだけど、最も重要なのはキ
ャラクター設定の途中でフロッピーに触れること、さらにそのときに電気が流れたよう
なショックを受けるかどうかに掛かっているみたい。
「他にもこうじゃないかって推測している事柄はあるんだけれど、その辺りは追々と伝
えたい。まだまだ分かっていないことが多いし、できれば松井さんに協力して欲しいの
が本音なんだよね」
 目線をもらって、こちらはどぎまぎしてしまった。スプーンの動きを止め、「あたし
も知りたいです。だから協力したい気持ちはあります」と答えた。それから隣を振り返
って、江山君の顔を見る。
「基本的に賛成、だけどいくつか明快にしてもらいたい点があります。まず……国の組
織ですか、民間ですか」
「民間だ。扱う物事から言って、国家が関わるのは現状では難しいだろうし、そもそも
魔法の実在を公にしづらいからね」
「危険はないんでしょうか? 敵対する者がいるみたいですが」
「テストする分には危険はないと考えている」
「テスト以外では危険があると?」
「……あんまり言いたくないんだが、MRPに関わることで、敵からより狙われやすく
なる恐れはある」
「防衛・迎撃態勢は? 熟練の魔法使いが警備に就いているんじゃあないんですか」
「残念ながら、いない。協力者ならいるけれどね。その前に、君達は勘違いしているか
もしれないな。大きなビルに仰々しい看板を掲げて、ここはMRPの研究所です、なん
てやっている訳じゃないよ」
「それじゃあ、敵はどうやって魔法使いを見付けて攻撃してくるんでしょう?」
 江山君からの尤もな疑問に、長門さんは難しい顔をした。眉間に皺を寄せ、考え考
え、紡ぐように答える。
「正直言って不明なんだが、松井さんの場合は、私のせいかもしれない」
「ええ?」
「君とぶつかった日、私は敵と思しき男に追われていた。だからこそ、ぶつかっても急
いで立ち去らざるを得なかったんだけれども。狙いがフロッピーにあるのは明らかだっ
たからね。で、その後、交通事故に遭って結構な重傷を負った。その事故が敵の仕業か
どうか分からないが、私の上司が重大事態だと見なしてくれて、秘密裏に入院療養させ
てもらっていた。その間、私を追っていた男は、何らかの方法でフロッピーが私の手元
にはなく、松井さんに渡ったことを察した。そうして君の前に現れたんだと推測でき
る」
「何らかの方法っていうのが分からないんじゃあ、話にならないですよ」
 江山君が半ば呆れたみたいな声を出した。すると長門さんの表情には笑みが浮かん
だ。
「仮説はある。ゲームを進めていけば、出て来るんだけれど、まだそこまで到達してい
ないのかな」
 そう言って、あたし達を当分に見やってくる。あたしは首を左右に振った。
「ゲームって『Reversal』ですよね。クリアするという意味でだったら、大し
て進んでないんです。なるべく多くの魔法を身に付けた方がいいと思って、そっちばか
り力を入れていました。慣れていないゲームで下手に戦って、もし死んだら、現実の自
分がどうなっちゃうのか不安もあったし……」
「なるほど。確かにその危惧はある。MRPでも試していない。だけど、魔法使いでな
い者がやる分には、問題ないことが証明されている。だから、江山君がやってあげれば
いい」
「ああっ、そうか」
 これには思い当たらなかったという風に、頭に手をやる江山君。あたしも全く同じ思
いだ。二人して、ゲームは魔法使いが進めなければならないと、頭から決め込んでいた
わ。
「まあ、今からちまちまやりなさいって言うのも酷だろうから、分かっている範囲で教
えると……敵は匂いを嗅ぎつけるようなんだ。魔法使いに関する物や魔法使いが触った
物からは特定の匂いがしており、連中はそれを頼りに標的を定める」
 話を聞いて、思わず鼻をくんと鳴らしてしまった。今までにない匂いが身体に付いて
いるのかしら。そんな意識、これまで全然なかったし、今も全く匂ってこない。
「それが事実なら、いつ襲撃されてもおかしくない訳か……。あ、ごめん、怖がらせる
つもりはないんだ。ただ、注意を怠らないようにと」
 江山君に謝られて、気付いた。自分、震えてる。
 長門さんはこちらを見て言った。
「安心材料になるかどうか分からないが、敵の数自体は多くないと推測されている。現
在、活動が確認されていたのはちょうど十人。うち、日本国内では三人だったが、一人
は松井さんが倒したことになる」
「国内というからには、外国にもいる?」
「発端がアメリカだからね。アメリカで四人、欧州圏で三人。他の地域は情報がない」
「念のために伺います。そいつらは普通の人間と同じように、出入国できるんですか」
「できると見なすのが妥当だろう。外見上の差はないし、元々は普通の人間だったと考
えられるのだし」
「――普通の人間が、どうやってその、敵になったんでしょう? あたしが魔法使いに
なったみたいに、『Reversal』をプレイした結果?」
「そちらの方は、完全に五里霧中だ。原因が分かれば、対処の講じようもあるかもしれ
ないが、今は望み薄」
「ゲームをプレイすることで、何か推測できないのですか」
「『Reversal』を終えた者が、まだいないんだ。この摩訶不思議な現象に取り
組む機関としてMRPが組織されて三年だが、本当にエンディングがあるのかすら、疑
わしい。MRP成立以前からやっている人もいるんだけどねえ」
「そんなに時間があったのなら、プログラムを解析した方が近道なのでは」
「そうそう、そこなんだ。ある意味、最も不思議なのは。『Reversal』はフロ
ッピーディスク一枚に収まっているが、プログラムとして記述されている訳ではない。
真っ白なんだ。それでいてファイル名は存在するし、コピーも一応できる。しかも実質
的な空き容量ゼロ。まさしく、魔法で書き込まれたゲームなんじゃなかと」
「……当然、誰が作ったのかも不明なんですよね」
「ゲイル夫妻とジート・カーン博士――夫妻に協力した考古学者――の三人が作ったの
かもしれないが、証拠はない。彼らにプログラミングの知識はなかったようだしね。ど
ちらかと言えば、ジート・カーンがどこからか発掘してきたとでも考えた方が、ありそ
うな気がするよ」
 半ば冗談なのだろう、長門さんは苦笑を隠さずに言った。
「ジート・カーンは、まだ存命してるんですか」
 江山君が尋ねる。
「いや。ジート・カーンは友人の誘いで小型クルーザーに乗り合わせたとき、悪天候に
より転覆・遭難し、行方不明の状態が続いたが、今では死亡認定されている。事故は、
えっと確か五年前だ」
「ふうん……ついでに、ゲイル夫妻が死んだときの状況も、分かっているのなら教えて
ください」
「二人とも病死とされている。記録によると夫のビリーが先で、一九八五年の十二月に
肺炎をこじらせ、亡くなった。妻のジェイドは約四ヶ月後、心臓発作で永久の眠りに就
いた。年齢を考えれば、二人ともありがちな死因で、不自然ではない。ジャドーの呪い
って訳ではなさそうだ」
「病死させる能力、とかじゃない限り、ですね」
 江山君は本気とも冗談ともつかない口ぶりで言った。あたしはパフェを片付けたのを
機に、質問してみた。
「ゲイルさん夫妻はともかく、ジート・カーン博士の事故死は、敵にやられた可能性も
あるんじゃあ……」
「船が見付かっていないから何とも言えない。でも、その後、彼の家族に害が及んだ話
はないから、やはり単なる事故じゃないのかな。もしも敵の仕業なら、フロッピーを入
手しようと、家捜しぐらいはしそうなものだ」
 気休めかもしれないけれども、ちょっと明るい気分になれた。重ねて質問する。
「敵がフロッピーを欲しがるのは、どうしてなんでしょう?」
「向こうにとって天敵である魔法使いを、これ以上増やさないため、かな。戦闘例はま
だごく僅かなんだが、松井さんの話で、攻撃魔法だけでなく、杖そのものでもダメージ
を与えることができると分かったし」
「……もしかして、敵と戦って死んだ人って、いますか?」
 嫌な質問を思い付いてしまった。だけど、聞かずに済ませられない。長門さんは答え
にくそうに、口元を手の甲で拭った。十秒くらい間を取ってから、思い切ったようにし
ゃべり出す。
「いるにはいる。MRPのメンバーで、一般職員が二人。魔法使いに犠牲は出ていな
い」
 またちょっとだけ安堵できた。組織の人が亡くなっているのは怖いけれども、魔法使
いには死んだ人はいないのだから。
「注意喚起のために言うけれど、MRPとつながりのある魔法使いだからこそ、敵の存
在を意識できたし、対策の取りようもあった。こう解釈すべき。MRPの調査でね、欧
米で発生した不可思議な死に方をした事件・事故の中には、死んだ者が実は魔法使いだ
ったと思える例があったんだ。その人の日記とかでね。フロッピーは持ち去られただろ
うから、確実な物証はないんだが」
 つまり、魔法使いでも敵と戦って死ぬ場合はある……。さっきからあたしの精神状
態、上がったり下がったりを繰り返して、まるでジェットコースター。
 と、長門さんが懐に手をやった。携帯電話が鳴っている。通話を始めた長門さんの声
は、少し低くなっていた。
 しかし、会話の内容は部分的に漏れ聞こえてくる。やがて、あたしの耳は、その言葉
をしっかり捉えた。
「――魔法使いの犠牲者って日本で? え、戸口さんが?」

 緊急事態だからと長門さんは代金を置いてすぐに出て行ってしまった。後日、再びフ
ァミリーレストランで会って、教えてもらった話によると、亡くなったのは戸口徳文と
いう人。MRPに協力していた魔法使い。初めての犠牲者が出てしまったことになる。
 説明を聞いて呆然とするばかりだったあたしに比べると、江山君はしっかりしてい
た。彼が気にしたのは、戸口という人がどんな風にして亡くなったのかという点と、ど
んな魔法を獲得していたか、だった。
 まず、死んだときの状況。これがよく分かっていない。昼日中の公園で、それなりに
人がいたにもかかわらず、目撃者はゼロ。異変を来す前に、戸口さんらしき人物を見掛
けた人なら数名いたそうだけれど、襲われた瞬間となると皆無だった。気が付いたら、
人の形に黒く焦げた物体があった、という事態だったらしい。防犯カメラはなく、怪し
い人物の目撃情報もなかった。
 それから、戸口さんが使えた魔法。四つあって、まず攻撃魔法。これはあたしも使え
る。レベルは分からないけれど、あたしより低いことはない。これを習得していながら
倒されるっていうことは、使ういとまがなかった?
 次は治癒魔法で、これまたあたしも使える。治せるのは怪我で、病気は無理。そし
て、魔法使い自身には効果がない。この辺りはレベルが上がれば変わってくるのかもし
れないけれど、戸口さんもあたしと同レベルだった。
 三つ目は浮遊魔法。物を浮かせられる魔法らしい。原則的に目で見える、手で持てる
物に限られており、しかも自分の体重の半分程度が上限だったと言うから、あんまり便
利じゃない。
 最後はいくつかある防護・防御魔法の一種で、ラスレバー・カバーという呪文を使う
もの。両手に乗るサイズの大きさの物なら、絶対確実に守る能力。この三つ目と四つ目
は、一度呪文を唱えてスタートすれば、魔法使いが解除しない限り、効果を発揮し続け
るんだって。それなりに自分自身の体力を削られるみたいだけど、呪文を唱え直さなく
てもずっと発動し続ける魔法があるなんて、初めて知った。
「魔法使いが亡くなったら、そのラスレバー・カバーはどうなるんですか」
 メモを取るあたしの横で、江山君が長門さんに尋ねる。
「これまでに例がなかったから分からなかったが、MRPのメンバーが身元確認に駆け
付けたときには、解除されていた。いつ解除されたのかは不明だけれど、戸口さんの守
ろうとした物は無事に残っていたから、敵が立ち去るまでは効果が継続していたんだろ
う」
「守ろうとしていた物って? 差し支えがなければ……」
「『Reversal』のフロッピーその他、メモ書きだ。戸口さんは主に、魔法使い
になった者が新たなフロッピーでプレイした場合、どうなるかをテストしていたんだ。
別の魔法使いとして生まれ変わるのかとか、他の職業を選んだのならその方面の特殊能
力が身に付くのか、とかね。芳しい結果は出ていなかったと聞いているけれど」
「攻撃魔法を身に付けていながら、相手を倒せなかったのは、どんな理由が考えられる
んでしょう?」
「うーん、いきなりやられた、つまり急襲されたか、呪文を唱えるための声を封じられ
たか、周囲の一般人への影響を考えて出方を窺っていたか。敵の狙いはフロッピーだろ
うから、急襲ってのはないと思うけどね。声を封じるというのも、どうかな。敵は原則
的に、一人が持てる特殊能力は一つだけ。戸口さんを焼死させた能力で、声を出させな
くすることまで可能とは考えづらいな」
 周囲のことを考えて様子見した結果、亡くなったのだとしたら……。
「松井さん」
 江山君が名前を呼んでる。振り向くと、いつも以上に真剣な顔つきで言ってきた。
「今後もし松井さんが敵に襲われたとしたら、とにかく生きることを一番に考えて行動
するんだよ。そうしなきゃだめだ」
「え、でも、いいのかな」
「当たり前じゃないか、決まってる」
 理由を言わず、言い切る江山君。あたしは長門さんの方を見た。
 長門さんは少しの間だけ、困ったような迷ったような具合に目を泳がせたが、すぐに
決意した。
「計算高い大人の役を演じさせてもらうと――私としても、貴重な存在の魔法使いには
いつまでも協力してもらいたい。その上で、全員を守れたら最高だね」
 長門さんがこんな憎まれ口を叩くのは、きっとあたしが重荷に思わないで欲しいか
ら、なんだ。何だか、場がしんみりとする。
 その空気を破るのも長門さん。「そうそう、前に会ったとき、渡そうとして忘れてい
たんだっけ」と切り出し、テーブルの上に置いたのは、紙袋。
「あのときはお詫びって建前だったから、菓子折を用意してたんだ。色々と予想外のこ
とが起きて、すっかり忘れてしまったけど、賞味期限はまだだいぶ先だから、安心して
食べてよ」

            *             *

 電話ボックスを見付けて入ると、カロン・ジーラはそらんじている番号をプッシュし
た。一度目のコールですぐにつながる。簡単にお互いの確認を取ったあと、本題に入っ
た。
「どうなってるんです? 例の中学校、英語教師の募集の件がなくなってしまったよう
ですが」
 電話をした先は、依頼人だ。聞かされていた話が違ってきたため、説明を求めるべく
電話をしたのだ。言葉遣いは丁寧でも、詰問調を隠せない。
「すまない。英語教師として潜り込んでもらう計画は、白紙に戻ったと受け取って欲し
い。ただ、弁解するようだが、こちらの手違いではない」
「というと?」
 プライドを傷付けられた感は拭い切れていなかったが、とりあえず、聞く耳を持つと
する。
「学校側がさっさと代役を見付けてしまったのだ。ハーフだというのも受けがよかった
のか、あるいは学校関係者に血縁の者でもいるのかもしれない。念のため、調査に当た
っている」
「……もしかすると、魔法使いの仲間達が先手を打った可能性があるんでしょうかね」
「あるいは、な。差し当たって気になるのは、驫木が追っていた人物か。驫木が報告を
入れなかったせいで情報が不足していて、今もって消息不明だ」
「よく、女子中学生の方を突き止められましたねえ。確かな情報なんでしょうか」
 遠慮なしに疑いを口にしたカロン・ジーラ。電話の相手は、自信があるのか、強い調
子で「99.99パーセント、確かだ」と答えた。
「驫木の奴も興味が最初の男から移ったらしく、魔法使いと化した女子中学生について
はある程度の記録を残していたんだ。そこからの分析結果に、まず間違いあるまい」
「信用するとしましょう。万が一、誤りだったとしても、無辜の人間が一人、犠牲にな
るだけで済みます」
「頼むから、フロッピーの奪取を最優先に考えてくれたまえ」
「心得ています。それでは、潜入計画はなくなったのであれば、私は私の考えで行動し
てかまわないのかな」
「うむ……止め立てはしない。が、どうするつもりなのかだけは聞いておきたい」
 提示した段取りが崩れた負い目があるせいか、相手の語調は強くはなかった。
「実は今、その中学校と目と鼻の先にある公衆電話から掛けています」
「何? まさか、即座に行動に移すつもりかね?」
 相手の声が大いに慌てる響きを含んだ。対して、軽く笑い声を上げるカロン・ジー
ラ。
「ははは。即座ではありません。何せ、問題の女子中学生を特定する必要がありますか
ら。恐らく、その者は魔法使いとしての立場を理解し、敵の存在を常日頃から意識して
いるはず。普段からウォンド(杖)を携帯している可能性が高い。裏を返せば、匂いを
嗅ぐことで、その人物を特定できるという読みです」
「そういうことなら、まあかまわないが……くれぐれも、不審者扱いされぬように。端
から見れば、女の子に近付いては匂いを嗅ぐ外国人なんだぞ」
「私の鼻の利きは仲間内でもよい方でしてね。さほど接近する必要はないんですよ。い
ずれにせよ、特定できたとしても、実際に接触するのは明日以降になります。私の能
力、夜には弱いのでね」
 電話を終わらせたカロン・ジーラは、心の中で付け加えた。
(尤も、匂いが漏れないように厳重に包むなどの処置をされていると、ちょっと厄介で
すが……我々の攻撃に備えているのなら、何重にも包んでいるとは思えない。だから多
分、楽に特定成功となるはず)
 確信を持って、電話ボックスを出た。
 ほとんど同時に、中学校のチャイムが鳴り響き、終業時間を知らせる。

            *             *

 今日は疲れる一日だったわ。あたしは放課後、下校の間、何度もそう思い返した。
 まず、朝一番から、司に詰め寄られて困ってしまった。司――三波司は仲のいい女友
達三人組の一人で、同級生。同じく同級生の江山君のことが、以前から好きなんだけれ
ど、はっきりとは言い出せずにいる。今は今の友達関係が続くことを願う気持ちの方が
大きいのかもしれない。だからといって、江山君が他の女子と親しくなるのは気になる
らしくて。
「ファミレスで二人きりで入ったって聞いたわよ」
 そう、長門さんを含めて三人で入ったときのことを、学校の誰かが目撃していたらし
く、司の耳にも噂が伝わったの。しかも、三人だったのに二人きりだという間違った形
で。
「司、興奮しないの」
 三人組のもう一人、成美――横川成美がたしなめるように間に入ってくれた。実際、
あたしは司に詰め寄られて、自分の机を背に追い込まれ、のけぞりそうになっていた。
「興奮なんかしてないもんっ」
「そうかな? さっき、『ファミレスで二人きりで入った』って言ってたけれど、『フ
ァミレスに二人きりで入った』でしょうが」
「ちょ、ちょっとした言い間違いですっ」
 二人がやり取りしている感に、説明を考えた。一から十まで全部ほんとのことを話す
訳には行かない。だって、『Reversal』や魔法使いのこと、司には(もちろん
他の人にも)全然打ち明けてないんだから。知っているのは、江山君だけ。そうなった
のはひょんなきっかけからであって、他意はなかった。少なくとも当時の段階では。
「司。ごめんね、心配させるようなことして」
 そう切り出すと、司は成美との会話を打ち切って、勢いよくあたしの方を向いた。
「じゃあ、やっぱり」
「違う違う。二人きりじゃない。江山君とあたしの他に、もう一人、外人さんがいたの
よ」
「外人さん?」
 司だけでなく、成美まで声を揃えて言った。
「そうよ。第一、考えてもみてよ。中学生だけで、ファミレスに入るなんてできない
よ。制服だったんだし」
「そっか。それもそうだね」
 よかった。やっと落ち着いてくれた。
「でもって、その外人さんとやらは、どういういきさつで、あなた達と一緒に?」
 成美の冷静な質問に、あたしは唇を少し湿して、先程まとめたばかりの作り話を披露
する。
「えっと、あのときはあたしが話し掛けられたの、外人さんから。あ、男の人でね。
ハーフっぽいんだけれど、日本語は片言以下だったから、あたし、もーあたふたしちゃ
ってさ。困ってるところに、偶然、江山君が通り掛かって助け船を出してくれたの」
「あー、江山君、英語も結構得意だものね。ぺらぺらに話せるほどじゃないにしても」
「うん。あとは想像が付くと思うけれど、外人さんに道順を教えてあげたら、そのお礼
に何かごちそうしましょうってことになって、近くのファミレスに入ったという流れな
の」
「なーるほど納得した」
 成美が大きく頷く。この声と仕種は、司に見せるためかもしれない。その効果があっ
たのか、司もまた納得したみたいね。泣きそうだった顔がからっと晴れて、にまにまし
てる。こっちは内心、ほっとしていた。誤解が解けたことと、嘘がばれなかったこと
に。
 その後、学校に来た江山君に事情を説明し、話を合わせて頼んだのは言うまでもな
い。ただ、その頼み事をするところを司に見られるとぶり返しかねないから、慎重を期
したわ。
 そして三時間目。英語の授業があったの。前いた先生が長いお休みを取るということ
で、今日から代わりの先生が来るとは知っていたんだけれども……教室に入ってきた先
生の顔を見て、椅子から飛び上がり、叫びそうになっちゃった。真面目な話、椅子から
何センチか腰を浮かしたと思う。
「皆さん、初めまして。私は、長門紫音です。本日からここの学校に赴任することにな
りました。見た目の通り、英語を担当します。以後、よろしくお願いします」
 長門紫音ことショーン長門は、あたし達の英語の先生にもなった。

――Period4.終




元文書 #488 広がるアクセスマジック 1   亜藤すずな
一覧を表示する 一括で表示する

前のメッセージ 次のメッセージ 
「●長編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE