AWC 広がるアクセスマジック 1   亜藤すずな


前の版     
#488/514 ●長編
★タイトル (AZA     )  16/11/29  21:38  (261)
広がるアクセスマジック 1   亜藤すずな
★内容                                         17/04/24 03:24 修正 第2版
            *             *

 カロン・ジーラは標的と対峙したときにいつもするように、警告を発した。
「誰かが通り掛かって助けてくれるなんて、期待しないことです」
 時間は平日の正午過ぎ、場所はオフィス街の公園。周囲に人はもちろんいる。
「光の屈折をちょっといじってやって、私もあなたも、その姿は他人に目にはとまらな
くなっていますから。声の方も、周囲をぐるりと真空の層で囲みましたので、届きませ
ん」
「それだけなら、行き交う人がたまたま入ってくることもあるんじゃないのか、その真
空の層に囲まれた内側に」
 標的である男は、ネクタイを少し緩めながら言った。やや前傾姿勢を取り、カロンの
動きに即座に反応できるよう身構えている。
「対処はしてあります。入った瞬間、その者の視力と聴力は失われますから。よほどの
覚悟を持って、しかも最初からあなたを助けるのだという決意を固めた者でない限り、
この場に入ってきても、何にもできますまい。それに」
 カロン・ジーラは自身の右手に視線を落とした。水滴がいくつも付いている。
「大して時間を掛けずに、目的は達成されるはずです」
 ボールを下手投げする要領で、スナップを利かせて右手を振る。水滴がいくつか飛ん
だ。矢のように、猛スピードで標的を目指す。
 いかにも日本のサラリーマンらしいスーツ姿の標的は、咄嗟に両腕を身体の前でクロ
スさせた。その腕に、小さな穴が空く。水滴と同じ数だけできた穴からは、少しだが血
がにじみ出た。
「痛いですか? 加減はしています。血が滴り落ちると、面倒なことになる可能性が高
まるので。ディスクを大人しく渡して、他言無用を約束してもらえるのなら、すぐにで
も終わります」
「こちとら、おまえらの実在を承知していたんだ。暇さえあれば、経験値を上げて能力
を磨いていたんだぜ」
「魔法の? 『Reversal』を介して得た魔法は発声を伴わねばならない。私に
とって空気を操り、声を奪うぐらい、簡単なことですよ」
「嘘だね」
 標的の発言に、カロンは初めて余裕の色を消した。表情を歪め、「何?」と短く問い
返す。
「空気を操れるのが本当なら、端から俺の声を奪っていたはず。そうしていないってこ
とは、おまえにそんな能力はないってことじゃないのか。何せ、俺のような魔法使いと
違い、おまえらは一人で一つの能力しか持てない。真空の層云々てのは、他の奴の力を
借りたんだろう。おまえらは仲間内において、時間制限あり等の条件付きで、能力の貸
し借りができるって、情報を得てるんだ」
「……まったく、あのゲームの作り込み具合には、驚かされる」
 元の余裕を取り戻そうと、冷静さの回復に努めるカロン。
「手の内を知られているのなら、のんびり構えてもいられない。交渉を打ち切り、実力
行使と行きましょう」
 言いながら動く。標的が今、ディスクを持ち歩いていることは確実だ。無傷での回収
が望みだが、最悪、破壊してもよい。だから遠慮なく、水滴を打ち込める。最前よりも
速く、手首を振った。
 標的の男の腕に、穴が増えた。
「確かに強烈な水の弾丸だが、慣れてくるとそんなに驚異じゃないな」
 強がりなのか、正直な感想なのか、男は笑みを口元に浮かべながら言った。
「これなら逃げ切れると思いましたか?」
「分からんが、可能性は上がった」
「いや、ありませんね」
 カロンは最後のつもりで、手首をみたび振った。今度はいくつか当たらなかった。
「私の力を、高速で物を飛ばすことだと考えているとしたら、それは大間違いですよ」
「何?」
「能力の貸し借りは、一対一でしかできない。つまり、真空の層は借りてきた力だが、
もう一つの光を操るのは私の力だということ」
「……」
 男のこめかみを、汗が一筋伝った。
「光を操り、水を高速で飛ばす。このどちらか一方の能力で、両方を実現するには? 
答はそう、水を操るのが私の能力なんだ。自分で用意した、ごく少量しか扱えませんが
ね」
「――もしや」
 はっと、何かに思い当たった顔になる男。その刹那、カロン・ジーラは己の能力を最
大限、攻撃的に発動させた。
 男の身体に火が着き、一瞬にして燃え上がった。ばたりとその場に倒れ込んだとき、
彼は既に死体になっていた。
(光を屈折させていたレンズは、全て私が操った水のレンズ。ちょいと角度を変えて、
太陽光を標的に集中させれば、一瞬にして焼き尽くせるのですよ。――おっと、呑気に
解説している場合じゃありません)
 借り物の力である真空の層が、時間切れを迎えていた。このまま視覚的に消えていて
も、煙や異臭で周りの人間が気付くだろう。カロンは公園を立ち去ることにした。ディ
スクは燃え尽きたに違いないから、確認の必要もない。
(そういえば)
 公園で騒ぎが始まったのを背中で感じつつ、カロンは思った。
(あの男はいかなる魔法の数々を身に付けていたのか、分からないまま終わってしまっ
たな。まあよい。呪文を詠唱することは叶わなかったのだから)

            *             *

 ショーン長門は、これなら興信所に頼まなくても、自力で突き止められたかもしれな
いなと思った。報告書や資料が一式入った封筒を帰宅後広げ、読み終えての感想だ。
 リストアップされた女子中学生は四十五人。報告書に添付されたそれら顔写真の中か
ら、あの日あの朝ぶつかった子を見付けるのは、案外簡単だった。
(松井飛鳥さん、中学一年生だったのか。あのときは一瞬だったからか、記憶に残った
彼女の印象はもっと年齢が上に見えた)
 写真をテーブルに戻し、さて、と腕組みをする。交通事故でこの数ヶ月動けなかった
遅れをやっと取り戻せたが、このあとどうすればよいか。
 やるべきことは分かっている。あのフロッピーディスクの行方を突き止める。この女
子中学生が所持している可能性はそれなりに高いだろう。所持していると仮定して、問
題はこの子かその周囲の誰かが既にゲームをプレーしたか否か、それも魔法使いを選ん
でプレーをしたかどうか、そして最も重要なのはキャラクター設定の途中でディスクに
触れたのか――つまり、本当の魔法使いになったプレーヤーがいるのかどうかだ。ノー
なら、速やかにフロッピーディスクを取り戻す。この場合、家捜しも辞さない。
 イエスならどうか。とうに騒ぎになっていてもおかしくないのだが、今のところ音沙
汰なし。だからといって、魔法使いが誕生していないとも限らない。うまく隠している
のかもしれない。少なくとも、悪用はしていないのだろう。
 ともかく、松井飛鳥に接触しなくては始まらぬ。そのための手も考えてはいる。成功
確率百パーセントとは言えないが、他に思い付かない。
 肝心なのは、余計な第三者を介在させないことだ。できるのなら、当人のみとコンタ
クトを取りたい。不審者扱いされないよう、いかなる段取りで行くのがよいのか。
 長門はしばらく沈思黙考したが、妙案は降りて来なかった。

            *             *

 日本での“初仕事”を終えたカロン・ジーラに、次の依頼が入った。
「英語教師として、ある中学校に潜入する? ええ、資格の点は問題ありませんが、今
すぐという訳には行かないんじゃありませんか?」
「心配無用。近い将来、その学校の英語教師に欠員が出る。採用されるよう、手筈は可
能な限り整えておく。あとはカロン・ジーラ、あなたの売り込み次第だろう」
「分かりました。それで、この仕事こそが、あなた方の言うへまをやらかした仲間の尻
ぬぐいでしょうか」
「そうなる。標的を突き止めるのに時間を要したのは、驫木空也の奴が単独行動に走っ
たからで」
「挙げ句、浄化されて元の人間に戻るとは、情けない限りです」
「言わんでくれ。あなたのように人間でいる内から積極的に荷担してくれた者と、強制
的に仲間に引き入れた者とでは自ずと差が生じるようなのだよ。それよりも、依頼の話
をしたい。標的は若い女――女の子と判明したのだが、意外と手強いかもしれない。驫
木空也は個人プレーが過ぎたが、特殊能力や戦法に関しては皆が認める実力者だった。
それを倒す程なら、腕の立つ魔法使いに違いない」
「せいぜい、注意するとしましょう。頼まれてわざわざ日本に来たからには、きちんと
こなしてみせますよ」
「言っておくが、次こそはディスクを奪取してもらいたい。敵を知るためにはあれを入
手・分析するのが近道だと考えられるのだから」
「そちらの保証はできかねます。私だって死にたくはないし、この力を失うのもお断
り。成り行きに任せるしかありません」

            *             *

 自慢にならないけれども、あたしは記憶力に自信がある方じゃない。試験勉強で必死
に覚えたことなんて、大半をじきに忘れてしまう。買い物はメモをしておかないと怪し
いし、道順にしたって方向音痴の気がある。少なくとも、胸を張れるレベルじゃないの
は確か。
 だけど、そんな私でも、今目の前にいる男の人は覚えていた。
「すみません。私は長門と言います。覚えておいででしょうか」
 幾分頼りのない、おずおずとした口調で切り出した相手男性は、三十代に見えた。彫
りが深く、見方によっては日本と西洋のハーフって印象。顔は、世間一般の基準に照ら
してなかなかの男前と評されるに違いない。両手で一つの紙袋を提げ、やや猫背気味に
しているため、ハンサムによるプラスが帳消しになりかねないけれど。
 いや、そんなことよりも。
「お、覚えてます。三ヶ月ぐらい前、この先の公園で……」
「はい。ぶつかってしまいました。あのときは急いでいたものですから、お詫びも何も
できずに立ち去ってしまい、大変申し訳ないことをしました。今さらですが、お詫びを
しようと思い、待っていたのです。お時間はありますか」
 本日ただいま、木曜日の放課後。宿題はもちろん出ているが、いつもに比べれば少な
い方。って、そんな状況とは関係なしに、この人には聞きたいことが山ほどある。
「あの、長門さん? 長門さんはあのとき、落とし物をされませんでしたか?」
「――しました。拾ってくれていたのですか?」
 男性の顔が少し強張り、すぐに柔和な表情に戻った。あたしが見ても分かる、明らか
な緊張、ひょっとしたら動揺?
「拾いました。あ、すぐに返そうとしたんですよ。あのあと、また公園に来てみて、あ
なたが通り掛からないか待ってみたんですが、一向に現れなくて。警察に届けるべきだ
ったかもしないですけど、その前に落とし主のヒントがあるかもって思って、その、フ
ロッピーディスクをパソコンに入れてみたんですよね……」
 あたしは相手に探るような目を向けていた、と思う。駆け引きするつもりはないもの
の、敵か味方か分からない内は、こうして探り探り、進めるしかないじゃない。
 対する長門さんはというと、唇をぐっと噛み、次にちょっとだけ嘗めてから小さく息
を吐いた。間が生じていた。この人は恐らく、『Reversal』について、詳しく
知っている。そして、あたしが『Reversal』をプレイしたのか、魔法使いにな
ったのか、量りかねている? 敵だとしたら、とうにあたしが魔法使いだってことは掴
んでいるはず。いきなり襲撃してきてもおかしくないのに、そうじゃなかった。だか
ら、敵ではない。味方同士になれるかどうかは分からないけれども、今はとにかくあた
しの方には敵意のないことを知ってもらいたい。
 あっ、そうだ。こんなときに備えて、江山君と相談していたんだった。携帯電話を持
っていれば、すぐに連絡を取れるんだけれど、今のあたし達にはないからってことで捻
り出した方法――そう、魔法を使う。
「長門さん。あたし、魔法を使えます。少しだけですけど」
「――そうか」
「今から、魔法を使って友達を呼びますね。信頼を置いているクラスメートで、フロッ
ピーについても知っています」
「待て。その友達をここにいきなり呼び寄せるというのか?」
 周囲に目を走らせ、往来を気にする様子の長門さん。あたしは首を横に振った。
「そんな魔法は使えません。携帯電話の代わりに、メモを友達の元へ送るんです」
 言いながら、あたしは生徒手帳のページを一枚破り、必要な事柄を書き付けた。起き
ている事態とこの場所を伝えるために。
「移動魔法を使います」
 小声で言ってから、メモを瞬間移動させる先を心に明確に思い描く。誰それのいる場
所、という風なのはだめで、具体的に場所や空間を思い描く必要がある。この場合、あ
たしは江山君の生徒手帳のカバー裏を脳裏に投影した。これだけでは気付かない恐れも
あるから、カバー裏と表紙の間に異物が挟まると、小さなブザーが鳴る仕掛けをして
る。もちろん、江山君の自作。
「ラスレバー・エブリフェア」
 呪文を唱えつつ、メモが瞬間移動する、つまり消えるところを見てもらおうと、メモ
の紙を載せた手のひらを心持ち前に傾けた。
「――確かに」
 感心した口ぶりで、冷静なまま答える長門さん。が、不意に思い出したように聞いて
きた。
「杖を持っていないようだけれども? 杖を持たずに魔法を使えるようになるものなの
かい?」
 そうそう、杖があったわ。ゲームを最初にプレイしたときに生成?された、ペンライ
ト大の小ぶりな杖。これを身に付けていなければ、魔法は発動しない。最初は律儀に握
っていたのだけれど、衣服のポケットに入れる等して、身に付けていればいいと分かっ
た。
 説明を聞いた長門さんは、これまた感心したように頷いた。意外と知らないことが多
いみたい。あたしとしてはちょっと不安になる。落とし主と出会うことで、魔法のフロ
ッピーディスクの謎が解けると期待していたのに。
 あたしの心配をよそに、長門さんは改まった声で、秘密めかして始めた。
「率直に話してくれて、ありがとう。私は『Reversal』の発見に携わった関係
者なのだが、どうすれば信じてもらえるだろうか」
「……襲ってきた人とは、どういう関係なんでしょう?」
「襲ってきた? もしや、すでにジャドーの者から目を付けられているのか」
 再び、緊張を露わにする長門さん。さっきよりも強烈で、手の先が震え始めたように
すら見えた。あたしは黙って頷き、「杖のおかげで助かりましたけど」と答えた。
「詳しく聞かせて欲しい。杖で撃退できたというのかい?」
「撃退というか……相手の人が勝手に杖に触れたんです。そしたら何か化学反応をした
みたいになって、相手の手がただれたみたいになって」
 この説明に、長門さんの緊張が少し解け、安堵する。
「敵はそのあとどうなった?」
 あたしの方にも聞きたいことは一杯あるのに、何故か質問攻めにされている。思って
いたのと違うけれど、仕方がない。攻撃魔法を使った結果、敵は一時的に気絶し、意識
が戻ると普通の人に戻って、何も覚えていないようだったことを伝えた。
「なるほど、興味深い。――そうだ、信用してもらうために、杖を押し当ててみるとい
うのはどうだろう」
「……敵なら皮膚がただれたみたいになる、そうじゃなかったら何の変化もないってこ
とですね」
 これにはあたしも気付いていた。正確には、江山君と相談する内に思い付いたんだけ
れど。実例が一つしかないのが心許ないとは言え、有効じゃないかしら。あたしは杖を
取り出した。長門さんが差し出した右腕は、袖がまくられ、肌が露わになっている。
「押し当ててみて」
「はい」
 遠慮なく、きつめに当ててみた。何も起きない。長門さんも全く動じない。
「これで一応、証明できたかな。尤も、普通の人間のまま、ジャドーに協力している輩
がいるとしたら、この方法で分かるのかどうか」
「え? そんな怖がらせるようなこと言われたら、信用しにくくなるじゃないですか」
「ごめんごめん。でも、もし私が敵に与する普通の人間なら、今のチャンスを逃しはし
ないと思うよ。杖を奪う絶好のチャンスを」
「あ、そっか」
 中学生のあたしに、大人の男の腕力にあらがう力はない。
 場の空気がだいぶ和んだところへ、長門さんはさらに和ませるようなことを言った。
「ところで、松井さんの友達という人は、あとどれくらいしたら来てくれそうなんだろ
うか」

 学校にいた江山君は、十分足らずで駆け付けてくれた。
 息を切らしながらも、長門さんを見て警戒を露わにするものだから、あたし、慌てち
ゃった。事の次第を急いで話すと、さすが江山君、即座に把握したみたい。自己紹介を
そつなくこなし、早速、「長門さんの知っている話を、僕らに教えるつもりはあるので
しょうか」と切り出した。
「もちろん。そうしたいところなんだが、適当な場所が近くにあるかい? 君達の指定
する場所に移動するよ」
 往来でするような話じゃないのは当然よね。
「それじゃあ、そこそこ騒がしいところがいいでしょうから」
 ってことで、最寄りのファミリーレストランに移動した。校則でこういう店の出入り
は禁じられているけれど、大人と一緒なら入れる。あ、カラオケ店という選択肢もあっ
たけれど、やっぱり会ったばかりの人と個室空間で膝をつき合わせるのは不用心だと考
えた、とあとで江山君が言っていた。
「何か食べるかい? 一応、経費で落ちるから」
 長門さんの言葉に甘えて、メニューから物色を始める。けど、あたしと違って江山君
は対照的に、「今、経費と言いました。長門さんは何らかの組織に属して、組織の思惑
で動いているのですか」と尋ねた。
「そうだ」
 力強くうなずいた長門さんは、通り掛かったウェイトレスを呼び止め、ホットコー
ヒーを頼んだ。あたしと江山君もそれぞれオーダーしたあと、会話再開。
「こんな仕事だから、名刺は作っていないし、携帯電話にもろくな情報は残していない
んだが、私はテストする部署に所属している。組織名はメイジリバーサルプロジェクト
という。略してMRP」
「明治?」
 あたしと江山君の声が揃った。長門さんが笑みを浮かべて補足説明をしてくれる。
「メイジはアルファベットでmageと綴って、魔法使い、魔術師を意味するマジシャ
ンに相当する古い英語表現なんだ。いや、私も知らなかったんだが、組織のお偉いさん
がそう名付けたってだけで。ああ、もし第三者に聞かれても、明治リバイバルとかの聞
き違いだと思ってくれそうだから、なんて理由もあるとかないとか」

――続く




 続き #489 広がるアクセスマジック 2   亜藤すずな
一覧を表示する 一括で表示する

前のメッセージ 次のメッセージ 
「●長編」一覧 永山の作品
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE